第八章
第八章
<息子 日本の受験から逃げてアメリカで猛勉強>
親父 親父の話をずっと聞かせたんだけど、次は聞き手であるところの団塊ジュニアの息子の話をしてもらおう。俺も尋常でなはないけど、あんたも少年時代から一種異様な、世界に住んでいたよね。
息子 そう、精神世界に対する異常な執着。
親父 精神世界に対する異常な執着を持った伜が、なにゆえ現在ただいま禿鷹キャピタリストになったかっていう話を聞かせてください。
息子 精神世界に執着を持ったっていうのは、まああんた達の夫婦関係などの家庭問題で悩まされたからね。だから、中学生の頃から、頻繁に本屋さんに行って、セルフヘルプとか自己啓発の棚の本を立ち読みする習慣が付いた。心を明るく保つ方向とか、いまでいう癒し系の本とかをね。
親父 自分が変われば世界が変わるというような本だね。
息子 そう、そういう本ばっかり読んでいた。なんで俺はこんな不幸な家庭に生まれたのかとか、いろいろ悩みながら読んでいた。親父が仕事上で悩むとかかを受けて、間接的にも直接的にも影響を受けていたわけだね。カーネギーじゃないけれども、積極的に心を保てば、「道は開ける」とかさ、ああいう本が好きだった。マジック・オブ・ビリービング(信念の魔術)とかそういう本だね。
息子 そういう本を立ち読みして、本を読んだあとは気分が晴れるんだけどね。現実はうっとうしい。逃げる場所は本屋さんしかなかったような気がする。
親父 図書館じゃなくて本屋に行ってたの?
息子 本屋で立ち読みばっかり。中学校の時に、オウムの麻原に出会って、麻原が選挙に出て、これは当選するんじゃないかと期待していたお馬鹿な自分であったと。
親父 今でも覚えているけど、麻原が当選したら俺はオウムに入るってあんたは宣言していたよね。「分かった。当選したらオウムに入っていいけど、当選しなかったら絶対だめだよって」、キミのお袋が言ったんだよね。
息子 オウムが選挙に負けて、俺は助かったわけだ。
親父 麻原が当選していたらオウムに行って
息子 霞が関で親子2代捕まっていたかもしれない。そしらら、死刑判決だった。ともかく精神世界にしか興味がなかったし、高校のときは逃げるようにして部活しかやっていなかった。勉強はまったくしなかったから、センター試験も受からずどこにも行くところがなくなった。
親父 センター試験受けなかったんだろう、そもそも。
息子 行ったんじゃなかったっけ。完全に忘れている。で、運よくというか、運悪くというか、アメリカに逃げた。
親父 そう運良くだと思うよ。
息子 しかし、入ったアメリカの大学のレベルが低すぎて本当に困った。ひどかったよ。
親父 ウェストバージニア大学はひどかったようだね。
息子 英単語のスペルも危ない。入学した時に、外国人にはチューターといって個人教師による補助授業が付いて、時間外にちょっと宿題を見てもらうんだよね。でも、そのチューターが英語のスベルもできないわけだね。a lot ofというのを、alotofとくっつけて1単語になっていたりする。習っている俺のほうがそれを直しちゃうみたいな感じだった
親父 チューターがそうなのか。
息子 チューターをつけくれたんだけど、役に立たなかった。数学の授業というか、数学というより算数の授業なんだけど、マイナスが出てくると、分かりませんってアメリカ人は手を上げだすんだよ、それは衝撃的だった。
親父 マイナスになるって、どういう意味だよ?
息子 3−5とかになると、分かりませんって手を上げだすんだよ、それが1人じゃなくてさ、5、6人もいっせいに手を上げるんだよ。
親父 大学だろう?
息子 うん大学だよ、数学じゃなくて算数のレベルなんだよ。これはやばいところに来たなと分かったわけだね。
親父 逆に言えば、いやー国立高校ってすごかったなーっていうことか?
息子 今でも数T数Uとかについていける自信がないけど、まともに授業されたからね。アジア人の数学のレベルはやっぱり高いわけだよ。
親父 そこで危機意識を持って、大学を変わろうとしたわけだ。
息子 そう、だから2年で大学を転校したんだけど、今度の学校はまともだった。ニューヨーク州立大学はね。とにかくウェストバージニア州立大学は、ノンコンペティティブ(無競争)なんだよ。
親父 ノンコンペンティブっていったって、途中で落として簡単には卒業させないだろう?
息子 ドロップアウトは何割かするね。大学生でアル中になったり、ドラッグにはまったりするやつはいたからね。学内で逮捕される現場も見たよ。学生寮から引き出されて、連行されたやつがいて、ドラッグ使用をちくられたんだよとかいう話を聞いた。
親父 アメリカなら、いまどき薬やるぐらいは逮捕しないんじゃない。だから、売人だったんじゃない?
息子 ただ、一応キャンパスの中では薬は犯罪だからね。みんなやっているけど。この場合は、ルームメートかなんかにさされたんだよ。
親父 で、それからニューヨーク州立大学に行った。
息子 そういうわけでニューヨークに行って、やっとまともな大学になった。キャンパスにはアジア人が多かったし、アジア人が多い大学はレベルが高い。コンピュータサイエンスはほとんど台湾人、さもなければインド人で、アメリカ人はほとんどいなかった。EE、そのエレクトロリニクス・エンジニアリングか、電子工学もほとんどアジア人で占められていた。中国人。韓国人、台湾人、インド人。中国系とか韓国系とかインド系のアメリカ人も含めてね。というわけで、そこは比較的まともだった。
そこで、弁護士を目指していたんだけども、どうもアメリカの弁護士は日本と違う。アンビュランス・チェーサーというんだけど、日本では弁護士は尊敬される職業だけど、アメリカでは、金だけを追っかけているようなイメージだった。あまり尊敬される職業じゃないっていうことが分かった。それも衝撃的なカルチャーショックだったけどね。
親父 アンビュランス・チェーサーっていうのは、
息子 救急車を追っかけるってこと。
親父 交通事故の賠償交渉の代理人になるってことか?
息子 交通事故とかなんか訴訟ごとがあったときに、そこにくっついて金を取るという感じの職業イメージだね。アメリカは訴訟社会だから。
親父 弁護士という職業のなかでの格差が広いってことか?アンビランスチェーサーと政府機関の顧問弁護士との格差とか。
息子 そうそう、ディボース(離婚)200ドルで引き受けますとかいう広告もある。あとは、日本でも最近電車の中でよく見るけど個人破産専門の弁護士とかね、トップクラスには、M&Aとかのロイヤーとかもいるけどね。弁護士が溢れてる分、競争が激しい。イミグレーション(移民許可)500ドルとか、そういう弁護士もたくさんいた。
親父 で、なんで会計を専攻することになったの?
<息子 大学はアメリカが圧倒的に優れている>
息子 大学で一番面白かったのが会計の授業だったからだよ。
親父 スピリチュアルな世界への関心と、CPA(公認会計士)とかアカウンティングにへコンサーンっていうのはどこでどう結びついているの?
息子 日本にいた時には、家庭も勉強も面白くなかったから精神世界に逃げた。でも、アメリカに行って1人になったら家庭問題もなければ勉強問題もなくなった。だから、
親父 勉強するしかなかったのか?
息子 頭から熱が出てウワーっと熱くなるほど勉強した。近くにいたアメリカ人が、俺を見て落ち込むほど勉強した。アメリカ人はけっきょくパーティーとか遊ぶのが好きで、飲んで遊んで部屋に帰ってくると、ルームメートの俺がずーっと勉強している。お前そんなにやるのか、信念があっていいなみたいなこという。俺に愚痴るんだよ。
親父 それはニューヨークで?
息子 両方の大学ともだよ。ニューヨークでもウェストバージニアでも、キチンと勉強する学生はいなかった。俺も日本人とはつるまずに、図書館に引き籠もっては、タイムとかニューズウイークをひっぱり出して読んでいた。書き写して、翻訳をする。そうやって単語を覚えた。頭が痛くなるほど勉強しました、あのときは。
親父 タイムの英語は難しいもんなあ。
息子 難しい。単語がもう分からない。
親父 ニューズウイークの単語は分かるんだよ。だけど、タイムマガジンが読めない。
息子 そう、タイム語っていうのがあるんだよ。それは、覚えてても無駄で、その雑誌でしか出てこない単語なんだよ。つまり、タイムマガジンは、アメリカ流の格差社会を象徴するようなコミュニケーションツールなんだよ。難しい単語を使えば、馬鹿なやつは読めないだろっていう、アメリカ知識階級のエリート意識のシンボルなんだよ。
親父 タイムが読めるということが一種のステータスになるわけ?
息子 そういうことだよ。
親父 タイムマガジンが読めるってこと自体がステータス、ザ・エコノミストが読めること自体がステータス。で、エコノミストや、タイムの記事を話題にできることが、ああタイムが読めるんだ、じゃあエリート大学の出身だということかな。エコノミストであれば、オックスフォードとかケンブリッジか、とういう話なんだね。
息子 たしかにそういうこと。俺も高校出てアメリカに行くときに考えたのは、日本の大学に行ったってどうせ勉強しないし、大学なんかあまり行かないでバイトとか合コンばっかりやっている。そんなところに行く意味があんのかって思った。大学行かなければ、いい就職口がないという話を聞いて、なんだその腐ったシステムはって思った。一生懸命勉強するべきときに勉強しないやつらエリートになるのか、これじゃあ日本は目茶苦茶になるんなって思った。一高校生に、このシステムのだめさを見限られたというのが悲しかったかな。
親父 まあそうなんだろうね。
息子 実際そうなんだよ。だって、俺が夏休みに日本に帰ってきたときに、同級生の大学訪問をしたんだよ。国立高校だからいい大学に行っているわけだよ。で、早稲田の授業見学をさせてもらった。本当に早稲田の大教室に行ったんだよ。
親父 そういうことをしたんだ。それはすごい。
息子 200人ぐらい入る教室に、学生は5人か10人ぐらいしかいない。その学生たちは教室の後ろのほうに座っておしゃべりしている。教授はぼそぼそ独り言みたいにしゃべっているだけ。これが日本まあトップ10に入る大学でなんだよ。これでいいのかと、しみじみ思った。
親父 それは国高の同級生と行ったわけ?
息子 そう、同級生と行ったわけだよ、実際に。ある有名私立大学にも一緒にいって、ゼミクラスっていうディスカッションクラスに参加したんだけど、教授が与えたテーマに教授が欲しい答えを返さないと受け入れなれない。学生のほうも前日にリハーサルして参加するほどのやる気はない。先生にも学生にも熱意が感じられないクラスだった。だから、俺は日本の大学に行かなくてよかったって心底思った。日本の大学教育は腐っているという実感がした。一番勉強しなきゃいけない時期に全く勉強をしない。日本企業の採用側は、白紙の人材を採りたいっていうけどね。
親父 でも白紙じゃなくて、馬鹿になっているもんな。
息子 そう。日本の学生には、専門分野の基礎知識がない。それがひどい。勉強をしようと思っている学生にとっては、アメリカの教科書は素晴らしいんだよ。広辞苑みたいに部厚くてね、何も知らない新入生が読んでも理解できるまでかみ砕いて、基礎から書いてある。だから、基本のキから分かる。もちろん、膨大な読書量が要求されるけどね、ろくな教育を受けていない新入生にとってはね。
親父 しかも、キミの場合は、英語がマザーランゲージじゃないからね。
息子 非常に厳しかったけど。
親父 でも、その本を一冊読み抜くと、会計っていうのが何であるかは
息子 全部ゼロから分かるからね。素晴らしい教科書だと思ったし、だから会計を専攻しようと思った。日本みたいに、白紙のまんま社会人になるよりかは、あれだけの教科書を何冊か読んで身に付けているほうが、圧倒的に使える人材だろうなってことは決まりきっている。工業簿記とかを分かって職を得るのかそうじゃないのかで、仕事についてからが全然違うからね。
<息子、就職に挫折、格差社会の最下層暮らし>
息子 会計をしっかり学んで大学を出たのはいいけれども、しかし、就職活動で挫折を味わった。当時ビッグ5と呼ばれた大手会計事務所のアーンスト・ヤングに就職しようとして、みごとに失敗した。
親父 アーンスト・ヤングを受けたのか。
息子 社長にはいたく気に入られたんだけど、なんか大学院出の競争相手がいて、負けちゃった。日本企業を相手にするジャパンデスクの枠が一人しかなかったんだよね。あとから考えると、求職先をジャパンデスクに絞ったのが失敗だったなと後悔しているんだけどね。それが1回目の挫折かな。
親父 そうだね、あのときは本当に落ち込んでたもんな。電話でも伝わってきたよ。
息子 ただ、そのあとに必死になって就職活動をした。求人している会社を全部ネットで調べて次々応募した。最初にオファーもらったところが、通信関係企業。当時は2000年問題の直前でITバブルの前だったから、テレコム系がまだ伸びていたときで、ATTに対抗する独立系の通信会社が事業を拡大していた。ATTなどの大手はやっぱり料金が高いからもっと安く回線サービスを提供するような。そういう会社からオファーもらったけど、俺は外国人だから、法的問題がクリアできそうにないから、諦めてくれっていうふうに電話を受けたこともあった。で、とにかくずーとずーと受け続けて、日系企業にやっと就職できた。
親父 とりあえず。
息子 とりあえず、賃金は大卒最低の2万5千ドル、格差社会の一番下。でも、他に仕事がなくて仕方がなかった。
親父 いくらアメリカでも2万5千ドルはきつかった?
息子 うん、よく生き延びられた。でも、そのときが1番貯金できた。一年で1000ドル残った。
親父 それは、女に貢がなかったからだよ。
息子 貢げないんだよ、2万5千ドルの年収じゃ。ガールフレンドとデートもできない。日々生きていくのだけで精一杯。
親父 あのときのフラストレーションもすごかったね。
息子 あの給料では先になんの望みもなかったからね。
親父 とにかく交渉して給料上げてもらえよって言ったよね。
息子 そう。俺の仕事よりもっとアシスタント的な仕事の人が3万5千ドルもらっているっていう話を聞いたから、あの人が3万5千ドルなんだから、俺のほうがもっと頭使う仕事をしているんだから、3万5千ドルに上げてよって言った。「難しいと思うけど、社長に言ってみると」と、ボスはブツブツ言っていたけれど、社長に言ったら1発で通った。1万ドル上がった。率にして30%から40%ぐらいは上がった。
親父 3万5千ドルだったら、まあまあなの、ちょっと余裕ありか。
息子 それでも、前年と比べりゃましという程度だよ。で、その後、ポンポンと5万ドルぐらいまで上がった。2年連続で、アシスタントマネージャーからマネージャーに昇進もした。もちろん最初から、ビックファイブの会計事務所にいっていれば、最初から5万ドルなんだけどね。就職に失敗した分だけ、到達が遅れたよ。でも、最底辺の生活を身をもって体験したっていうのは貴重な体験だったと思う。今、日本が格差社会って言われているけど、確かに、あの状態が10年続いたらどんな人間でも腐ってしまうと実感したからね。
親父 2万5千ドルだとね。だけど、アメリカで万5千ドルっていったら、日本でいうとどのくらい?
息子 生活実感では、1ドル百円よりももうちょっと価値がある。2万5千ドルは、300万円から350万円ぐらいあると思う。
親父 300万でも人間腐るか?
息子 腐る。あれじゃ生活できない。彼女できないのは当たり前だもの、デートなんかできないよ、あの給料だったら。秋葉原の加藤君はもっと気づくのが遅れて、一時はスポーツカーに乗ってたわけでしょう。そんなことしてデート資金が出るわけはないよ。
親父 最初はレストランで食事から始まるからね。
息子 いきなり500円のラーメンを二人で食いにいくわけにはいかないんだからさ、最初のデートでは。
親父 アメリカなら、1人25ドル、2人で50ドルぐらい、チップ合わせたら60ドルとか、使うことになるよね。
息子 そう。2万5千ドルだと、デートするってこと自体があり得ない給料だよ。彼女ができないって切れるのは当たり前のことで、そんな会社は辞めてやるっていうのはごくごく自然な感情なわけだよ。ましてね、派遣社員でいつ首切られるか分かんない状態だったら、やけくそになるのは当たり前かなと思う。そういう生活を自分自身で体験した。それは貴重な体験だったよ。
親父 でも、アメリカで5万ドルはまあまあよかったでしょう。
息子 マネージャーになったからね。一人なら楽、でも結婚して二人だと、やはり大変だったよ。金は残らなかった。だけら、前妻はバイトをしていた。
<息子、ジョブホッパーとなり給料2倍以上に>
親父 で、日本に帰ってきて最初の就職先は、
息子 450万とか70万とかそんなものだった。
親父 ダウンしたということか?
息子 帰ってきたばかりで、日本の相場が分らなかった。日本の賃金のほうが、為替レートよりインフレだったことにあとから気づいたからね。だから、最初の会社は半年ぐらいしかいなかったわけだよ。
親父 で、次行って、次は幾らに?
息子 次は、600万。
親父 その会社にいた間にまた上げたわけ?
息子 そこの上司が仕事できないから、自分が目茶苦茶に残業せざるを得なくなった。「分かった残業をしていいのなら予算関連の仕事を全部引き受けるからって、一人で全部仕事をしたんだよ。で、ベースは700万程度だったけど、残業代が250万くらいついて、1千万近くの年収までいったわけ。
親父 なるほどね。
息子 そのとき、IT系の会社から950万のオファーを取ってきたわけね。で、上司にここまで上げて下さいといったけどだめだった。毎年10パーセントしか上げられないという制限があった会社だった。それで1年がまんして、一年後に今の会社から1千万のオファーが来たから、今の会社に転職した。毎年4月の査定アップに満足しなかったから転職したっていうことかな。だから、3、4年でまあ給料を2倍にしたわけ。
親父 それはよくやったんじゃないの。
息子 なんだけどね。キャピタリズムの悪いところは、これだけ高い給料になったからって満足しないわけだよ。次は、1千500万、その次は2千万っていう話になっちゃうからね。現在の段階では、この辺で手を打とう、忙しくないから9時5時の仕事だしと思っているけどね。今はサブプライムで、ヘッジファンドも大人しくなっているからこれでいいよ。でも、今より高いオファーが来れば、その仕事に飛びつくと思う。
親父 今のところ、会社よりあんたが得していると思うよ。
息子 そう。1千万の給料は高いかなという感じがするけどね。で、振り返って思うのは、親父のいう欲望資本主義であって、個人の欲望の世界なんだよね。給料の高い会社にどんどん変えてね、ただのジョブ・ホッパーだよ。
親父 確かに、ジョブ・ホッパーだよね。
息子 企業会計の仕事は、もう全てプロとしてできるから、どこの会社に行っても同じなんだよね。どの会社でもできるからっていうのがあるから、会社を変えられるわけだけどね。
親父 企業経理がプロとしてキチンとできればいいわけだよね。バランスシートの右側も左側も、完璧に作れるというふうに理解していいわけ?
息子 うん。だけど、古い企業っていうか、会社にこだわる人事の人たちは、俺のような奴が嫌いな人もいる。入社するに際して、志望動機を気にする人たちもいるわけだよ。「なんでうちの会社に来たいの」って。でも、俺にとっては、どの会社だろうと関係ない。この仕事で貢献できるから来るんだと思っているわけだよね。
親父 会計のプロだから。
息子 だからどこでやっても通用するし、今までいろんなところでやってきた。会社によって単位は変わるわけだよね。面積が平米だったり、単価が坪単価だったり、体積が立法メートルなのかキュービックスクェアなのかとか、今の会社なら、レントの坪単価とかね。でも、数字のプロであれば、単位が何に変わったって対応できるんだから、どの業種でもいいですよって言うわけだよね。そういうと、「うちの会社に来るメインの理由は何だね」っていうことになる。志望動機がはっきりしないからって、それで落とされたのがいくらでもあった。日本ではそこが難しい。そういうことにこだわらない、採用担当者もいるんだけどね。
親父 はっきりいって適当な理由でっち上げるんだね。
息子 うん、そういうこと。だけど、求職活動は楽しいよ。面白い人たちと会えるから。そこはフランス系のコンサルティング会社だけど、不要な部署があるわけね。インターナショナルデビジョンとかいって、世界的な活動を統括するような部署なんだけど、けっきょくそこは単なる管理部門で要らない。日本のコンサルティング部門が直にフランスのヘッドクオーターにレポートすればいいという提案をした人にあったよ。その時は、2、3時間、面接というより経験交流自慢大会になって大いに盛り上がったよ。
親父 そこには行けばよかったのに。
息子 そこは今すぐ来て欲しいっていうのがあって、時期的に合わなかった。
親父 じゃあ、今度入ったところは、たまたま禿鷹ファンドであったっていうことか。
息子 いまの会社は、1番いい給料呈示したっていうことだよ。で、運良くか、運悪くかは別にして、サブプライム危機でそんなに仕事をする必要もなかい。今のところね。だから、だから、死にそうな親父の相手もできる。起業の準備もできる。まあ、いつ首になるかは分からないけどね。ヘッジファンドにとっては、現在は準備段階だからね。
親父 なんか台風の目の中にいて平穏という話だな。
息子 そう。仕事が忙しいときは、スピリチュアルな世界のことは気にしなくてよかったんだけど、こういうふうに暇ができると、またその世界を考えてしまう。
親父 そのうえ、親父は死にかけているしね。
息子 うん、そう。
<外資の厳しさ、日系の馬鹿馬鹿しさ>
親父 ジョブホッピングで給料を上げるという快感を一度覚えちゃうと、サラリーマンなんだけど独立自営という感じで、やめらんないということじゃない?、
息子 快感というより、不快感から逃げるという要素が大きいと思う。こんだけの仕事をやってこんだけの給料かよ。そこから逃げるとか、いやな上司がいたらそこから逃げる。逃げるついでに給料も上げろということかな。アルバイトの人が1円でも時給が高いところに移動するのとそんなに変わらないかもしれないよ、感覚的には。
親父 でも仕事を変えることが恐い人も多いでしょう、日本には。
息子 でもね、日本の会社は比較的優しいから、会社代わるのはそう難しくないと思う。最初の3カ月くらいは頑張って認められなければならないけど、そのあとはわざわざ残業しなくてもいいよとか言ってくれるしね。簡単にはクビにならないしね。俺が聞いたことのある話では、一部の外資系で、3カ月に1度いつでもあなたを解雇できますよという契約にサインしなきゃいけないっていう会社がある。そういう会社は結構精神的に厳しいよね。そういうところは会社を休むことすらできない精神状態になるよね。
親父 でもキミだって、そういう契約書にサインしてるでしょう。エンプロイメントアットウイルっていう書面に。
息子 確かに、名目上そういう契約書にはサインしているけど、日本の労働市場は相当に守られてるから、あれはアメリカで裁判をすれば有効な契約かもしれないけど、日本では多分無効だから。日本は正当な理由があって、さらに書面で通告されなければ解雇できない、法律的には非常に手厚く守られている。正社員に関してはね。まあ笑い話というか恐い話があって、上司がいやで逃げて転職しなのに、元の会社と合併してしまって、元の上司のところに戻ったという話は聞いたことがあるよ。せっかく転職して逃げたのに意味なかったという話だよ。
親父 そうか、何が起こるか分かんないわけだね。
息子 だから、転職するにしてもあまり派手な喧嘩をしないほうがいいっていうことかな。俺がいる企業会計の業界でも、人の出入りがこれだけ烈しくなってくると、いつどこでまたいやな顔にばったりと再会するか分からないから、まあ辞めるときでもそんなに喧嘩はしないほうがいいかなというのは思ったけど。
親父 なるべく平和的に、ただし、金の面はシビアにっていうことか。
息子 そう。
親父 終身雇用というのが我々の世代では圧倒的に主流だったわけだけだし、俺の同級生なんかも、一部の例外を除いて、ほとんどがそうだった。その結果、労働市場が固定化して、流動性を失って硬直化していった。私の友人たちが、サラリーマンとして働いた時代はまさにそういう時代だった。ほとんどの同級生が20代前半に入社したとこから動いてない。たとえば、A新聞に入社して55過ぎて子会社に移りましたとか、そういう移り方しかしてないからね。
息子 人によるだろうけど、一般的な傾向としていえば、同じ所にればマンネリになって腐っていく。少数だと思うけど、そういうなかで腐らない人は偉いと思うよ。会社代われないという状況のなかで、何年間か変な上司に当たったら終りだもんね。ある日本の超大企業、H製作所の途中入社試験を受けたことがあるんだけど、そのときの面接で切実に感じた。まだ20後半ぐらいのときだよ。
親父 へえ、面接に行ったの?
息子 面接したけど、30秒で終わった。これまで、コーポレートブライニング、経営企画の仕事をやってきましたって自己紹介をした瞬間に、「そういう仕事は、ウチでは入社して20年以上立たないとできません」っていうんだよ。それで一瞬に面接が終わり。
親父 若いうちは我慢しろっていうことね。
息子 そう、おじさんの手先の仕事で我慢しろっていうことだね。経営企画というようなブレイン的な仕事は、もうおじちゃんたちがやるというだね。グローバリゼーション時代とは逆行しているんだけどね。はなから若い人を育てる気はないし、頭がガチガチになった頑固親父たちが経営企画やってる。だから、もうだめに決まっているっていう会社だね、あそこは。
親父 たしかに、あそこ経営数値もひどいね。
息子 技術とか技術者はすごいとは思うんだよね。よく言われるのは、技術者というライオンを羊が率いている。そんな状態だから、どうにもならないんだと思う。でも、優秀なリーダーが出てくれば、やっぱりすごい会社になるとは思うけど。
親父 たぶんね。リーダーシップの問題だけだからね。よく言われる話だけど、次の社長を指名するのは今の社長だから、これまで現社長に逆らったことのないやつが指名される。そして、それまで上司に逆らったことのないやつなんてろくなやつじゃないに決まっているわけだからね、社長が代わるたびに、社長のレベルが落ちる。
息子 だって大企業の社長の名前なんて、その会社の社員以外誰も知らないじゃない。覚える必要もないくらいの意味しかない。
親父 その企業グループの社員はよく知ってるけどね。
息子 ビッグバンクの頭取の名前なんて、誰も知らないよ。知らなくても不自由しないし、個性っていうのがないしね。そういう意味では、ホリエモンとか、孫さんとか、折口さんとか、がらはよくないかもしれない、そういう人たちのほうが目立っている。
親父 彼らのほうが、人として魅力的だよね。
息子 この社会に、ビジネスを通じて正面から立ち向かっているってという姿勢が感じられるよね。
親父 そう。この社会の中で、自分の会社をなんとかものにしようとして懸命に闘っているっている。その姿勢だけは確実に伝わってくる。そういう人たちを、40代後半にならないと経営企画ができないというような会社がよってたかって潰してるわけだよね。
息子 うん、40代のやつに、いきなり経営企画しろなんていってもできるわけがないよね。
<息子はハゲタカ資本主義と精神世界をどう結合させるのか?>
親父 じゃあ、親父の息子への最後の質問なんだけど、あんたは必ずしもグリービーキャピタリストではないということなのかね。
息子 いや、グリービーキャタリストではあると思うよ。ちょっとニューエイジ的なスピリチュアリティにも関心がある、まあ若いころからのバックグラウンドにそれがある。
親父 で、要するに、あんたはこれから何をしたいわけよ。
息子 仕事という意味では、グリーディーキャピタリストであることとスピリチュアリティとのバランスをとりたい。その間に自分のライフワークを見つけたい。その方向性は、癒しビジネスであるということは見えているのね。いまは、マッサージとか整体とかを覚えようとしているけどね。金も稼げるし、人も癒せる。そういう仕事に行きたい。
で、原価会計で企業経営をやりたいという野心が俺にはあるのね。価格のなかにコストを表示するという形のビジネスに挑戦したいと考えているわけね。100円ショップが、この商品は実は原価20円ですっていったら売れないのから、ローコストップロバイダー、低価格商品や低価格サービスの供給者ならコスト表示なんかする必要はかもしれないけど。だけど、資本主義の一番引っ掛かるところが、コストと価格の差で、そこにはどうしても詐欺的要素が入ってくる。そこをなんとかできないのか。例えば、回転寿司にしても、減価20円だけど100円で売っていますっていうふうになるわけだよね。
親父 だから、100円ショップでいえば、原価が50円で入れているものもあれば、20円のもあるし、90円のもあるでしょう。
息子 もしかしたら110円のもあんのかなっていう。
親父 もしかしたら、コスト110円の商品もあるかもしれないけど、それは200円で売るか、売らないかしかないと思うけどね。
息子 まあ、ローコストプロバイダーはコストを表示する必要はないし、ぎりぎりコストを引き下げてやっているっていうのは伝わってくるからね。一番許せないのは、食品関連の産地偽装だよね。偽装すれば単価が上がって売上がどかんと上がるわけでしょう。それがあの手の詐欺の温床になっている。そういう詐欺的ビジネスの正反対のビジネスをやりたい。透明性の高いビジネスをやりたい。そのなかでコストの公開を考えたいと思っているんだよね。コストを出すっていうのは、仕入れ原価だけではなくて、社長から従業員の給料まで透明にするという意味だよ。そこで難しいのはプライバシーの問題なんだよ。社長の給料の公開はいいんだけど、従業員の給料の公開は個人情報保護法に引っ掛かる。だから、企業の従業員という形ではなくて、ボランティアとして仕事に参加して、自発的にその収入を開示しますっていうふうにしようかなとか、いろいろ考えているんだよ。ボランティアで給料、時給25000円ですっていうふうに、名札に書いておくとかね。「この人はこのマッサージが出来ます。なぜなら、彼はこの機械が使いて、このマッサージができます。ただ、整体はできません。いま勉強中です」とか、付加価値のリストを付けて、結果としての時給を算出して、それを顧客に表示したいんだよね。グリーディ・キャピタリズムとニューエイジの癒しビジネスを結合するというのは、そういうイメージだよ。
親父 一種施療院みたいなのやりたいわけね。
息子 そうセラピービジネスだね。幅広くメニューは幅広くして、マシンも使うし、手や足を使ったマッサージもするし、整体もする。マーサージマシンも、足踏みマッサージも、結局は対処療法なんだよね。根本は体の姿勢のゆがみだからね、整体コンサルタントが基本かなと思うよ。整体とか、チベット体操とか、ヨガとか、気功とかだね。立ち姿だけ見て、あなたはここがおかしいから、この整体体操をしなさいっていうコンサタントが必要だと思う。ヨガのインストラクターであり,チベット体操を知り、気功のプロであり、整体のプロであるっていう、そういう付加価値のあるプロが必要だと思う。そういうプロは、病院の医師よりも付加価値がある。そういう話だと思うんだよね。これだけの価値があるプロだから、それを表示してしまおうというようなことを考えている。ニューエイジのビジネスモデルだよ。21世紀のビジネスモデル。早すぎて、22世紀のビジネスかもしれないけど。
親父 あんたもいろんなことを考える奴だね。
息子 あんとの息子だからね。
親父 後半とかね、その1920年代のビジネスとかで
息子 誰がどうスピリチュアル・ビジネスをやるかっていう問題なんだよ。あなたはどっちを見てビジネスをしていますか。最終消費者を見てビジネスしなければだめだろうなって思うわけだよ。結論からいうと、精神世界へのこだわりとキャピタリズムを結び付けるのを、そういう形でやりたいなってことだね。その終局的な形は、トランスペアレンシーの確保なんだよ。それがこれからのビジネスのテーマになってくると思う。2008年7月という時点で、息子はこんなことを考えているっていうことだよ。
プロフィール
- 親父
- 1946年 岐阜県生まれ 1965年 県立岐阜高校卒業 1965年 東京大学教養学部文科3類入学 1669年 同大学中退 その後主として文筆関連業に従事して今日に至る。
- 息子
- 1974年 東京都生まれ 1993年 東京都立国立高校卒業 1994年 米国ウェストバージニア州立大学入学 1998年 米国ニューヨーク州立大学卒業 1998年 日系企業に現地採用で入社、米国CPA資格を取得 2003年 帰国、米国系IT関連企業に就職 2005年 フランス系化学関連企業に転職 2007年 米国系ヘッジファンドに転職 2009年 日系企業の欧州法人に勤務 現在ドイツ滞在中
- 手術結果
- 親父、2008年8月 肺がん手術 右肺上葉を切除。腫瘍の大きさは長径68ミリと大きかったが、浸潤・転移なし。2010年8月現在転移・再発せず。生存中。
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