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りゅこ倫(1997〜2007)

「どう解く」の系譜・2 社会契約説とイギリス経験論(上)

1.社会契約説 2002/05/01

 今回は、3年前の『どう解く』の系譜では扱わなかったイギリスの思想を中心に扱う。
ただし対象は「近代」だから、現代哲学であるところの分析哲学等はここでは扱わない。
今回扱うのは、社会契約説イギリス経験論の2つで、具体的には下記の通りである。

  1.社会契約説

1).『リヴァイアサン』 (ホッブズ 1588〜1679)
2).『市民政府論』 (ロック 1632〜1704)
3).『社会契約論』 (ルソー 1712〜1778)
4).『法の哲学』 (ヘーゲル 1770〜1831)
2.イギリス経験論
1).『人間知性論』 (ロック 1632〜1704)
2).『人性論』 (ヒューム 1711〜1776)
3.参考文献
(管理人注・このHPの容量の関係で、この章では「1・社会契約説」のみ掲載し、「2・イギリス経験論」と「3・参考文献」は次章に掲載します。

1.社会契約説

1).『リヴァイアサン』 (ホッブズ【Thomas Hobbes】1588〜1679)

 ホッブズは、エリザベス一世の治世に生まれたイギリス人である。ベーコンに師事し、ガリレオを訪ね(1636年)、デカルトに会う(1648年)など、同時代の科学者・哲学者達と交流を持った。彼の生後まもなく、イギリス(イングランド)はスペインの無敵艦隊を破って世界史の真っ只中に踊り出ることになる。だが、そのイギリスにしても、すべてが順調であったわけではない。1603年にエリザベス一世が崩御し、ジェームズ一世の治世になると、王党派と議会派の政争や、宗教(キリスト教)も新旧入り混じっての争いが激化してくる。ピューリタン革命もこの時代(1642年〜)の話だ。良くも悪くも、ホッブズはイギリスの激動期を生きた人なのだ。

 この激動期について端的にいえば、「主権の欠如」であった。国王と議会は「イングランドにおける主権者は誰か」という問題をめぐって武力闘争に突入した。この時期に彼自身が課題として認識し取り出したのは、イングランドの平和であり、そのために絶対的な主権者を創設することであった。要するに、彼の主著『リヴァイアサン』(“Leviathan” 1651)の核は主権論にある。以下、この『リヴァイアサン』について見てゆくことにしよう。

 ホッブズは人間分析の起点を、快・不快の感覚を生み出す生命活動に求めた。欲求がなくなった人間は、感覚と想像力が停止した人間と同じく、生きることはできない。人間の生の目的は、自己保存と快楽の追求にある。

 ちなみにホッブズ以前には(そしてしばしばホッブズ以降も)、マキアベリのような例外を除けば、「人間の生の目的」は、宗教的・道徳的な「正しさ」に置かれている場合が多い(カントがそうだったし、現在でさえ「倫理学」はしばしばカントまで後退したレベルで語られている)。そのため「欲望」と「理性」は必ずといってよいほど対立的な概念として扱われてきた。欲望や情念(=感情)を基礎に置くホッブズの視点は、この意味でも画期的であったといえる。

 能力において平等(ここでは、ネズミや牛や象に比べれば人間の能力はほぼ同じ、という程度の意味)な人間が、もし同一のものを欲望すれば互いに敵になり殺し合いになる。したがって、《自然状態》(共通の権力と法のない状態)では、「人間は、各人の各人に対する戦争状態」にある。そこでは人間は、《自然権》すなわち「自分自身の自然すなわち生命を維持するために、自分の力を自分が欲するように用いるよう各人が持っている自由」を持つ。ホッブズは《自然状態》(戦争状態)においては、自己保存のために相手の生命をも奪う権利が各人にあると考えた。《自然状態》とは権力と法のない状態をいうのだから当然である。それゆえに、人間は死の恐怖から逃れ、快適な生活への意欲や希望のために、平和に向わなければならない(=そのための動機を持つ)。

 

 ここでいくつか補足しておこう。まず《自然状態》について。後世、この《自然状態》という考えに対して批判が出ているが、その多くは「そのような歴史的事実はなかった」というものだ。確かにそのような時代について記録した資料もなければ、神話(例えば『創世記』のような創造神話)でさえそのような時代の存在を示唆するものはほとんどない。だがおそらく、ホッブズのモチーフは、まず人間が自然に持っている性質(本性)を明らかにし、そこから後に述べるような考えを導き出す、という点にある。したがって、この《自然状態》もそもそも歴史的事実について述べたものではなく、「もし権力や法といったものがなければ人間はどうなるか」という、一種の思考実験として捉えるべきだろう。もちろん、彼のこの思考実験は一種の性悪説であって、性善説とは対立するものだ。だが、私の考えでは、彼はこの時代には珍しいリアリストだと言えるし、また上に述べたように、現に彼が生きていた時代のイギリスもまた戦争状態にあったのである。
 次に、《自然権》について。この自然権という「権利」は、私達が「権利」という言葉に対して持っているニュアンスとは違って、法で定められたものではない。これは《自然権》が、《自然状態》においても存在するとされていることからも明らかだろう。むしろこの「権利」は、「それを制限する正当な根拠がない」ということを意味している。また、ホッブズの次にロックについて説明するが、《自然権》とはロックがいう「天賦人権説」のような、天や神が与えた権利でもない。デカルトやロックと違って、そもそもホッブズは「天」や「神」といった概念を、自分の論拠として少しも使っていないのだ。『リヴァイアサン』の記述から察するに、彼はおそらくは無神論者であった。そう明言してはいないし、それを明言できる時代でもなかったが、それと匂わせるようなことは述べている。「天」や「神」のような、証明不可能な概念を論拠にしないところにホッブズの面目躍如たるところがある。

 さて、「《自然権》とは自分自身の自然すなわち生命を維持するために、自分の力を自分が欲するように用いうるよう各人がもっている自由である」。ホッブズは、戦争状態においては自己保存のために相手の生命を奪う権利があると考える。それゆえに、そうならないために各人は平和を勝ち取るために努力せねばならない。ここから自然法が導き出される。中世以来の自然法の考えは、人間の意思とは無関係にこの宇宙を支配している法則や規則の事であり、それは当然、神の意志であった。ホッブズの自然法は、人間が自己保存し快適な生活を送るための条件であり、したがって人為的なものであった。

 各人は、第一に平和のために可能なあらゆる方法によって自分自身を守れ、第二に、平和と自己防衛のために「自然権」(ここでは当然、自己保存のための殺人の権利も含まれている)を放棄せよ、というのが自然法である。つまり、「自分自身してほしくないと願う事は、他にも行なうな」という法則である。こうしたいわば「相互譲渡(相互承認)」を根底にして契約の概念が創り出される。ただし、「死、傷害、投獄を避けることこそが権利放棄の唯一の目的である」ので、自己防衛をしないという契約は無効である。逆にいえば、生命を奪おうとしてかかってくる敵に対しては、「抵抗する権利を放棄することはできない」。

 自然法によって各人の自然権は放棄され、各人相互間の契約によって第三の人格に権利が委譲されて、主権者が誕生する。これは同時に「コモンウェルス(国家)」の誕生でもあり、コモンウェルスの目的は人間の安全保障にある。こうして主権者の言葉と行為は、各人自身と同一のものとなる。各人は相互契約によって主権者の行為と言葉を、自らの行為と言葉にすることに同意したのだから、主権者にすべての権限を与えたことになる。したがって各人は主権者の権限を変更したり剥奪したり出来ないし、異議を申し立てる事も出来ないのである。主権者の権利は絶対的である。

 ところで、各人の権利が委譲される「人格」とは、ホッブズでは自分の言葉や行為の代理人・代表者のことである。それを構成する人数は、単数であっても複数であっても構わない。多数の人々が一個(一人、合議体)の人格に統合されたとき「コモンウェルス」が生まれる。ホッブズは個人的な意見としては王権を支持する。しかし彼の再優先の目的はイングランドの平和にあった。したがって実権を一人(王)が握るか議会が握るかは、少なくとも彼にとっては最重要の問題ではなかったのだ。いずれが実権を握るにせよ、その根拠は国民の意志に基づく「契約」にあると考えていることになる。したがって彼は、王権を支持しているにも関わらず、王権神授説に対してはこれを批判・否定していたことになる。

 

 実際に、ホッブズは神を根拠に主権を主張する王とピューリタン(特に長老派)を攻撃した。彼は神授権に反対し(したがって人権天賦説を主張することもできない)、個人の契約に基づく主権、当時の状況では王権を生み出す事によって、主権争いに決着をつけようとした。ゆえに、ホッブズの主権(王権)論は絶対王制ではない。絶対王制は法に拘束されない国王の支配権を認めるが、ホッブズの絶対主権は国民すべての同意に基づく契約に根拠を置くもので、それは具体的な政治にあっては法による制限を受けるものであった。
 ホッブズの法律についての考えを見てみよう。彼によれば、市民法とはすべての国民にとってコモンウェルスが善悪(何が規則違反で何がそうでないのか)の区別に用いるよう、言葉、文書、その他の意思を示すのに十分なしるしによって、彼らに命じた諸規則である。コモンウェルスにおいて唯一の立法者は主権者である。主権者以外は何人も制定された法を廃止できない。あらゆる国民を義務付けているが文書化されずに公布もされていない法(不文法)は自然法である。万人の理性に訴えるもの、例えば「他人にされて理不尽と思うことは他人にたいしてもしてはならない」は自然法である。市民法は文書その他の方法ですべて人々に知らされなければならない(成文法)。「罪なき者を罰する」ことは自然法に反する。すべての裁判官は証拠の審理を拒否すれば正義を拒否するものである。

 主権者(それが王であれ議会であれ)の権利は絶対的だが、しかし主権者といえども自然法に反する事は出来ない。自然法は自然権と違って、各人から「委譲」されたものではないからだ。主権者は、各人の安全と平和の確保のために設立されたのであるから、もし主権者が自然法に背く命令を出した場合には、各人は(自己保存のため)服従しなくてもよい。各人には主権者への抵抗・革命権はないが、不服従の権利は残されている。ホッブズの考えでは自己保存を最優先に置くので、ルソーと異なり、戦争に駆り出されて自己の生命を危険にさらすような義務は設定できないのである。

 ホッブズが考える国家(コモンウェルス)では、絶対服従が原則だが、それは各人の契約の意思に基づいている。したがって彼は、けっして「自由」ということを考えていないわけではない。国民の自由は、主権者が彼らの行為を規制した際に不問に付したことがらのみにある。売買、契約の自由、住居・食事、生業の選択、教育等々の自由である。国民の自由は主権者の無制限の権力と両立する。その根拠は、国民一人ひとりが主権者のあらゆる行為の本人である点にある。国民は自分の身体を防衛する自由を持つ。仮に主権者がある人に自殺を命じたり、自分の身体を傷つけたりする命令をしても服従しない自由を持つ。また、国民は自分を告訴するように義務付けられない。国民が主権者を相手取って起こす訴訟は、主権者の意思に反するものではなく、国民はその言い分を聞いてもらい、法に即した判決を求める自由を持つ。

 以上のホッブズの考えを見てきて、注意深い人は意外の感を持ったかも知れない。なぜなら、彼の説は社会契約説の「はしり」であるにも関わらず、必ずしも議会を王の上に置こうとは考えていなかったからである。言いかえれば、民主制の王制に対する優越ということは、社会契約説を展開する上で必要条件ではない、ということになる。しかし、絶対王制はここでは否定されている。ホッブズの考えでは、コモンウェルスには必ず「それが除去されればコモンウェルスが完全に崩壊するような法」としての基本法(憲法)がある。主権者といえども、これを無視することは出来ない。現代風にいえば立憲君主制に近い。ただし、現在の日本やイギリスを見ればわかる通り、立憲君主制では「主権者=君主」ではない(強いていえば「形式的な主権者」ではあるかもしれない)。

 いずれにせよ、国民としてこれだけは譲れないという線がある。ホッブズはそれを「人権」とは呼んでいないが、しかし『リヴァイアサン』には、間違いなく「人権」に相当する概念が扱われている。それは今から見ればきわめて荒削りなものだが、既に何度も述べたように、「天」や「神」といった概念に頼らずにいう事ができる、ということが大切なのだ。
 彼が、「天」や「神」の代わりに用いている根拠は、各人が持っている自己保存の性質、つまり「死にたくない」ということだ。これなら証明しなくても、各人が自分の内面を内省してみればわかる。そこが大切なのであって、《自然状態》が歴史的事実として存在したかどうかという事は、的外れな批判である。出来るだけ多くの人が単純に納得出来る事柄を考えの出発点に置く、ということが重要なのだ。

 この出発点を「原理」と呼ぶ。日本で「原理」というと、理数系のそれか、あるいは「原理主義」のような言葉を思い浮かべる人が多い。理数系でいう「原理」も、思考の出発点には違いない。ただし、「原理主義」というのは要するに狂信的な教条主義であって、哲学や理数系でいう「原理」とは意味が違う。いわゆる「基本的人権」だって英語では fundamental human rights で、直訳すれば「原理的人権」である。人権を主張する人の中にも「狂信的な教条主義者」がいることは認めるが、まさか「基本的人権」が大事だと思っている人のすべてを原理主義者と呼んだりはしないだろう。考えの出発点に置くための、出来るだけ多くの人が単純に納得出来る事柄が「原理」なのである。だから現代では、「天」や「神」は「原理」としては使えない。少なくとも、国家や法律を考える上では、使うことが出来ない。これが「政教分離」ということの意味なのである。


2).『市民政府論』 (ロック【John Locke】1632〜1704)

 ロックは、ホッブズ(1588〜1679)よりも少しだけあとの時代のイギリス人で、在世期間が重なっている。ロックの場合も、根本的なモチーフは「平和」であって、この点はホッブズと変わらない。王権神授説の否定についても同様である。逆に、私的所有権の根拠を考えたことと議会制を正当化したという点が、ロックがホッブズと異なる点だろう。また、国民が政府を改廃出来ると考えた点も、ホッブズと比較した場合のロックの特徴である。

 ここでいう「政府」がホッブズのいう「主権者」にあたるわけだが、ホッブズの考えでは国民が主権者を廃止することができなかった。なぜなら、ホッブズの思想では主権者は「国民相互の契約」に基づいて作られたのであって、「国民と主権者との契約」が存在したわけではない。だから国民が主権者に対して「お前の悪政は契約違反だ」ということが出来ない。これは詭弁めいた論法で、もしホッブズのいう通りだとしたら、主権者はどのようにして国民から権利の委譲を受けたのか、という話になる。「各人相互間の契約によって第三の人格に権利が委譲されて、主権者が誕生する」のだから、当の主権者は知らぬ内に「お前が主権者だ」と決められたという話になってしまうのだ。「誰が」政治権力を握るのかということが、どのようにして決定されるのか。この点が政治原理としては弱い。ただホッブズの考えでは、イングランドの内乱がそもそも主権争いから生じているわけだから、ホッブズは主権の安定ということを第一に考えていたフシがある。それはホッブズ自身の、

「強大な権力が有害をもたらしたとしても、それは主権がない場合よりもはるかにましである」
(『リヴァイアサン』第18章)

という言葉によく表れている。この「主権がない場合」とは、もちろん《自然状態》(=戦争状態)を指している。

 さて、ロックの思想である。ここでは彼の『市民政府論』(1690)の説明になるのだが、まずはこの本についての説明が必要になる。この本は通常、『統治論』と呼ばれていて、その第1篇はフィルマーという人物の王権神授説への反駁になっている。第2篇は議会制の根拠についての自身の考えを述べたもので、1688年の名誉革命の正当化だといってもよい。この第2篇が岩波文庫から『市民政府論』のタイトルで刊行されている。ちなみに岩波文庫に示されている原題は“TWO TREATISES OF GOVERNMENT”、つまり『二政府論』である。中央公論社の「世界の名著」には『統治論』のタイトルで納められているが、これも第2篇だけを収録しているから、タイトルは異なっても両者は同じものだ。したがってここでは現在、比較的に入手しやすい岩波文庫版のタイトルを用いることにした

 『市民政府論』の核心は、私的所有権と統治機構について述べることにある。ここで注意すべきことは、この問題、特に私的所有権の問題が、単に王党派と議会派の対立だけに関係するのではなく、カトリックと新教の対立をもその背景に含んでいるということだ。後世マックスウェーバーが指摘したように、労働の成果の自己所有、およびその結果としての蓄財が、新教の特徴である。だから『市民政府論』は単なる政治論ではなく、新興市民階級(ブルジョアジー)の経済活動にも論拠を与えるものになっている。

 ロックもホッブズと同様、まず最初に《自然状態》を想定する。ただしその内容はホッブズとは異なる。ロックの考える《自然状態》は、自立した自由な人間が平等で互恵的な関係を結んでいる、というものだ。そしてそこには、人間の定めた法は存在しないが、神の定めた《自然法》が存在している。それは、誰も他人の生命、健康、自由、所有物を損なってはならないというものであり、人間は理性を通じて《自然法》を知る。《自然法》に違反するものを処罰する権利も、各人が平等に持っている。

 

 ここで補足。ロックの上記の考えにおいて、平等な権利を持つとされている「各人」というのは、「すべての人間」という意味ではない。「完全な理性の持ち主」を指している。これは現代風にいえば、さしずめ「成人」というほどの意味。理性が充分に発達していない子供などは、この「各人」に含まれない。なぜなら、ロックの考えでは、人は理性を通じてのみ《自然法》を知ることが出来るのだから、《自然法》を知ることの出来ない者(理性の不充分な者)が《自然法》に基づく権利を行使するということは矛盾なのだ。

 各人が《自然法》に従って理性的に行動する限り、《自然状態》は「平和や善意や相互援助や保全の状態」である。しかしそこには共通の権力や裁判官がいないので、権利は不安定になり、恐怖や危険がはびこる状態でもある。こうした状態を脱するために、人々は自らの「処罰権」を放棄し、他人との同意によって「政府」を作る。これは「各人の相互間での契約」である。そして、立法部に対する権力の信託が行なわれる。処罰権は政府に委ねられ、私刑は禁止される。これはホッブズの思想にはなかった「各人と政府との間の契約」である。

 ロックの考える所有権(私的所有権)とは、どのようなものか。まずロックによれば、この世のあらゆる物は、神が人間の「共有物」として創った。人間には《自然法》において自己を保全する権利があり、自己の保全に必要なものを手にする。あるいは加工する。人間は自己が労働(採取や加工など)を加えた限りのものを自分の所有物とする。すなわち、人は自分自身の内に、所有権の根拠を持っている。その際に、他人の同意は必要ない。また、労働によって私的所有権が発生することそれ自体は、「共有物」を減らす行為ではない。耕作地は、荒地よりも多量の食糧を生産することが出来るし、人が労働を加えたものは自然のままのものよりも価値がある(労働価値説)

 ただし、これはあくまでも《自然状態》における「共有物」を対象とした話である。だから、現代の公園のように、人々が共有地として定めた土地は、労働を加えても(例えばそこを耕して畑にしても)所有権を主張することは出来ない。また、あらゆる物を無条件に、そして無限に自己の所有物にできるわけでもない。なぜなら、所有の目的は「自己の保全」にあるのだから、原則的にはこの目的に沿う限り、つまり自己の保全に必要な分だけを、自己の所有物に出来るのである。

 そこからこういう話が出てくる。腐りやすい木の実(例えば桃を考えてみよう)を、自分が食べきれないほど大量に木からもぎ取って、自己の所有物にしたとしよう。その大部分は食べきれずに腐らせてしまう。そして、腐らせてしまった桃は、もし彼が自己の所有物にしなかったとすれば他者の保全の役に立ったはずだ。だからこういう行為は他者の権利の侵害になる。しかし、食べきれなかった桃を、1年は腐らないクルミと交換したならば、そのクルミを腐らせない限りにおいて(つまり、クルミが他者にも利用可能な形で保全されている限りにおいて)、彼は他人の権利を侵害したことにはならない。

 金銀やダイヤモンドなどは、腐ったり自然消滅しないし、食糧のようにそれ自体が直接に生命の維持のために有用なものでもない。だから、労働の成果(としての食べ物や衣類など)を貨幣や宝石などと交換し、それを蓄えても、他人の権利を侵したことにはならない。こうして貨幣による蓄財ということが行なわれるが、それは正当な所有である。

 所有権の保全のために、人々は(上に述べたように)契約と信託によって公権力(政府)を設立する。権力の信託は、人々と政府との間の契約であり、信託違反の判定者は国民となる。国家の最高権力は立法権である(議院内閣制の原型となる発想)。しかし政府も議会も、信託の目的に反する行動を取った場合には、国民はこれを改変したり解体することが出来る(抵抗権・革命権)

 ロックの思想はおよそ上記の通りだが、もう少し説明を続けよう。ロックは議会の優位を説いたが、王制そのものに反対したわけではない。現に今でもイギリスは立憲君主国として存続している。ただし、「国家の最高権力は立法権」なのだから、ロックの考えでは王権もまた議会に対して優位に立つことは出来ない。つまり、彼が否定するのはあくまでも「絶対王制」であり、その根拠となる「王権神授説」である。彼は『市民政府論』の中で「父権」や「家父長制」を否定するが、これはもちろん現代のフェミニズムのそれとは、根本的にモチーフが異なっている。

 「家父長制」は、この言葉から誤解されやすいが、近世・近代の日本における「家」の長というような意味ではない。そうではなくて、小さな共同体(例えば村落や部族)のように、全体が何らかの血縁でつながっているような集団の長のことだ。だから、「家父長」はむしろ「族長」と訳した方が正確だろう。キリスト教社会では(これはユダヤ教やイスラムでも同じことだが)、人間の先祖はアダムだということになっている。だから、全人類がアダムの子孫であり、いわば血縁集団だということになる。したがって「初代族長」はアダムであり、彼が族長(=家長・家父長)であることは、神から与えられた地位である。そして王が君臨するのは、王が族長たるアダムの正当な後継者だからである。したがって、王権もまた(アダムが族長であったのと同様に)神が王に授けた権限である。簡単にいえば、これが「王権神授説」だ。

 ロックは「王権神授説」を否定するために、やはりアダムとイブの『創世記』の時代に遡って反駁する。

 

  • アダムはその子供達や世界に対する支配権を持っていなかった。

     

  • 仮に持っていたとしても、その相続人達はそういう権利を持っていなかった。

     

  • 仮にアダムの相続人達がそれを持つとしても、誰が正当な相続人であるかを
    定める自然法も神が定めた実定法も存在しないから、相続人を確実に定める
    ことはできなかったはずだ。

等々…。また、親としての権限に男女の別はないはずだから、「父権」という言葉は「親権」と呼ぶのが適当だ、という意味のこともいっている。繰り返して念を押しておくが、だからといってロックは決して、フェミニストやジェンダーフリー論者であったわけでは、ない。親権に男女の別はないと書かれているのは『市民政府論』の第6章だが、続く第7章には夫婦に関して、「最後の決定権すなわち支配権というものはどこかに置かれていなければならないので、自然それは、より有能で、より強い、男の方の手に置かれるのである」とも書かれている。

 だが私の考えでは、ロックの「王権神授説」への反駁は、原理的にきわめて脆弱である。なるほど、旧約聖書を読んでも、神がアダムに「子供達や世界に対する支配権」を与えたとは書いていない。だが同時に、ロックが主張するような《自然法》も、そこで発生する所有権も、やはり「神が人間に与えた」とは書かれていない。要するに、「王権神授説」を唱えるフィルマーも、それを否定するロックも、「自分の考えこそ神が定め給うたものだ」と主張しているという点では同じであり、優劣のつけようのないフィクションなのである。理由は簡単で、誰も神の真意を確かめることなど出来はしないからだ。

 現在、一部のイスラム社会(いわゆるイスラム原理主義の支配下にあるような社会)における人権侵害を問題視する人がいる。だが、少なくともロックのような方法で人権を根拠付けようとするならば(天賦人権説)、そんなところで説得力を発揮できるわけがない。彼の主張は旧約聖書にもコーランにも明記されていないのだから、イスラム原理主義者は、ロックが王権神授説を否定したのと同じ方法で、ロックの思想を否定することが出来てしまう。つまり、ロックの思考には普遍性が乏しいのだ。

 一方、同じ《自然権》という言葉でも、ホッブズの場合にはまったく意味が異なっている。ホッブズが《自然状態》において想定した《自然権》は単純に、いわば物理的に「できる」という意味だ。そして、人間が自己を保全しようとする心性を持っていること。これもかなりの普遍性を持っている。カトリックも新教もイスラムも、また王党派も議会派もない。そして、こういう普遍性を持つ条件だけを根拠に自説を積み上げようとする。これは、信念対立を解こうとする場合には、必ず必要な手続きだ。それに対してロックの場合には、既存の信念に対して、新しい信念体系を対置する方法を取っている。信念対立を解くよりも、むしろ信念対立を作り出す作業になっている。この点が、きわめて拙いと思う。

 とはいえ、ロックの思想には見るべきところもある(だからこうして取り上げて紹介している)。論の立て方は拙いにしても、私的所有権に着目し、それをなんとか根拠付けようとしたこと。これはやはり、近代社会の無視できない基礎をなしている

 近代とは何か。一言でいえば、個々人の自由の実現である。他人に、それも特定の個人や集団に生活手段を握られていれば、その人(達)の言いなりにならざるを得ない。だから、自己の保全のために必要なものを、他人を排除して占有し、それを自由に処分できることは、いわば自由の物質的な基礎である。そのためには、私的所有という概念がどうしても必要になる。また、「自由に処分できる」ということのためには自由市場が必要だし、もちろん移動の自由も必要になる(日本の古い言葉で言えば、楽市楽座と関銭の廃止、ということになるが)。それらの条件があって、人は初めて経済的に自立した「個人」になり得るのだ。私は上で、

 

『市民政府論』は単なる政治論ではなく、新興市民階級(ブルジョアジー)の経済活動にも論拠を与えるものになっている。

と書いた。政治制度は「近代」の必要条件だが、それだけでは十分条件にはならない。おそらくは、ロックはそれを承知していたに違いない。彼は単なる「権力と国民」の対抗図式で社会を捉えるのではなく、個人間の利害対立とその調整という視点を持っている。また、彼は単純な平等論者でもない。平等はあくまでも自由の実現のための条件であり、「あらゆる平等」を考えると、かえって上手くゆかないことを知っていた。彼の思想の基調にあるのは、むしろ労働と勤勉、そして自由競争である。それがなければ、各人の自己実現ということはあり得ない。また抵抗権・革命権についても、彼はその限界を心得ており、濫用を戒めてもいることを付け加えておこう。


3).『社会契約論』 (ルソー【Jean Jacques Rousseau】1712〜1778)

 ルソーはイギリス人ではないが、社会の問題を取り上げるとなれば、外すことの出来ない重要な人物である。そこで次の挙げるヘーゲルともども、ここで取り上げることにした。

 ルソーもやはり最初に《自然状態》を想定した一人だが(『人間不平等起源論』)、ここまで述べてきた3人の中では最も能天気な想定をしている。原初の人間は「自己保存」と「憐れみ」の情のままに生きており、幸福で自由で平等で「平和にもっとも適し、人類にもっともふさわしい」状態だとされている。ホッブズロックでは《自然状態》に何らかの問題があり、それを解決するために人間が社会を作るのだが、ルソーではむしろ問題は人間が社会を作った後に発生する

 社会状態に入ると人間に自尊心や虚栄心が芽生え、利己的な所有欲から闘争が引き起こされる。そこで人々は、自分たちの生存の仕方を変えて、自由と権利に基づく社会にしなければならないと思う。したがってルソーの考えでは、自由や権利は神(自然)に由来するのではなく、「人間同士の約束に基づくもの」と考えられている(彼は『社会契約論』(1762)の中で明確に天賦人権説を否定している)。もちろん、新しい生存の仕方としての社会も、約束(契約・合意)に基づく社会として構想されている。

 

 したがって、ルソーはホッブズと同様に、自説の根拠から「神」やその他の宗教的なフィクションを排除している。ただ、先回りして書いておくと、彼は『社会契約論』で最後に国民宗教という統一宗教を持ち出してくる。ちなみにフランス革命の際に祭壇に祭られた「最高存在」というのも、これが原案になっている。そのためロックの出足の拙さとは対照的に、ルソーは最後の最後でコケた、という印象をぬぐえない。しかしその部分を除けば見るべき価値のある思想である。請け負ってもよいが、決して知っておいて損はない。

 もっとも、《自然状態》の定義は違っても、ルソーの根本的な考え方はホッブズと変わらない。ホッブズでは《自然状態》が「万人の万人に対する戦争状態」だった。ルソーでは、この状況が《自然状態》の後にやってきたとされている。しかしどちらも、その状態を脱するために、人々が契約に基づく社会を作るという点では同じことだ(『社会契約論』を読んでも、ルソーがロックよりホッブズを高く評価していることは、随所に見て取れる)。

 ルソーのいう契約とは、一言でいえば、共同体において自分の一切を他者に与えることだ。もちろん、これは誰もがお互いにそうするのだから、人は失うすべてのものと同じ価値のものを手に入れる(与え合うことによって結局は相殺される、ということ)。それに加えて人々は社会の秩序を得ることが出来る。ルソーはこれを「各人は自己のすべてを人に与えて、しかも誰にも自己を与えない」と表現している。

 これは私の解釈で付け加えるのだが、「誰にも自己を与えない」ということには、「自分が自分でありつづける」ということを含んでいるのだと思う。「私は私である」ということは、「自由」の実現のための十分条件ではないが、しかし「自由」の根幹である。ルソーよりも後に、J.S.ミル(1806〜1873)は、

「人は専制支配下に置かれようとも個性が生き続ける限り最悪の事態に陥ることはない。逆に個性を押しつぶしてしまうような政治は、それがいかなる名前で呼ばれようとも、まさしく専制支配に他ならない」

と述べている。私は、ルソーも含めて近代西欧の優れた思想家は、これと同じ感度を共有していると考えている。だからこそ、彼等は例外なく「個人」をその思考の出発点に置いたのだ。

 そうはいっても、このルソーの「各人は自己のすべてを人に与え」という考えは、近代国家における自己犠牲・滅私奉公のようなものを連想させやすい。また実際にそういう面があることも否定できない。ただ、彼のここでのモチーフは、おそらく個人を「すべての個人的従属から保護する」(第一編・第七章)という点にある。昔は、個人が個人に従属する、あるいは個人が別の個人の所有物になるといった、農奴・奴隷といった制度が存在した。あらゆる個人が等しく個人として国家に参加するということは、このような奴隷制の否定と、特権的な参政権(一握りの者たちしか政治に参加できないような制度)の否定とを含んでいる。「自由」ということを考える場合、現代ではほとんど忘れ去られた問題だが、この時代の人間にはそれも現実的な問題として意識されていたはずである。

 

またこの視点は、実は決して過去のものではない。冷戦の終結以降、「国家」の縛りが弱くなった世界で起こったことは、決して「世界市民」の実現ではなく、むしろ「宗教」や「民族」を旗印とした地域紛争の頻発、いわば世界の再細分化である。近代市民社会は、宗教や民族、あるいは人種や性別、家柄などに関係なく、市民(公民)として対等だということが、その核になっている。もちろん、このことは宗教や民族の独自性を無視して均質化するという意味ではない。逆に、そういう違いがあるにも関わらず「市民としては対等」ということが重要なのだ。現代思想では、この点が全く押さえられていないために、かえって「宗教」や「民族」を旗印とした地域紛争を後押ししているような光景が展開されている。これは再考に値する問題ではないだろうか。

 ルソーにおいて、国家の目的は「公共の幸福」という点にある。この「公共の幸福」を目指す意思をルソーは「一般意思」と呼ぶ。ヘーゲルに「普遍意思」という用語があるが、両者は同じものだ。この「一般」や「普遍」の対語として「特殊」という言葉がある。ルソーにも「特殊意思」という言葉があって、これは全体の一部分だけの利益を追求する意思ということになる。

 ここで、注意が2点ある。まず「一般意思」とは抽象的に「公共の幸福を目指す意思」のことであって、ある具体的なアイデアを絶対的に「これが一般意思だ」ということは出来ない、ということだ。ルソーが「一般意思は誤またない」というのは、「公共の幸福を実現するアイデアは間違いではない」という意味だが、「何が一般意思か」ということを保証する原理は、『社会契約論』には述べられていない。もう一つは、「一般意思」と「特殊意思」とは、あくまでも相対的な概念だということだ。例えば、ある団体に各都道府県の代表が参加していたとする。この団体の中で自分の県の利益だけを追求するのは「特殊意思」であり、団体全体の利益を考えるのが「一般意思」だということになる。しかしこの団体の「一般意思」は「国家」全体から見れば、「特殊意思」のひとつに過ぎない。国家の目的が「公共の幸福」にある以上、主権は「一般意思」の行使に他ならない(一部の利益を追求する「特殊意思」によって主権が動いてはいけない)。

 さて、何が「一般意思」であるかは、皆で話し合って決める。特定の誰かが「私の意見が一般意思だ」と言い出すと、これは後のフランスの恐怖政治やスターリニズムになる。では、皆で話し合ったら必ず「何が一般意思か」ということがわかるだろうか。残念ながら、その保証はない。もちろん「誰もが賛成する意見」があればよいのだが、必ずしもそうならない。また、仮に全会一致で決まったことでも、それが本当に「公共の幸福」を実現するかどうかはわからない(ただし後者の場合は、その責任はそのアイデアを採用した国民自身にある)。どうしても意見が一致しない場合には、多数決になる。

 そのため、「民主主義の基本は多数決だ」という誤解が、現代にいたるまではびこっているが、これは間違い。「一般意思」と「多数意思」とは必ずしも同義ではない。なぜなら、多数派の「特殊意思」が「多数意思」になってしまうということも考えられるからだ。例えばある国家が、多数派のA民族と、少数派のB民族とで構成されているとする。「B民族は、A民族の2倍の税金を払え」という法案はA民族の「特殊意志」に過ぎないが、これがこの国の「多数意思」になってしまうということが、ないとはいえない。しかしこれは「多数意思」ではあっても「一般意思」とはいえない。「一般意思」は、「その本質においてと同様、またその対象においても一般的でなければならぬ」(第二編・第四章)からだ。「社会契約は、市民のあいだに平等を確立し、そこで、市民はすべて同じ条件で約束しあい、またすべて同じ権利を楽しむことになる」(同前)。

 あるアイデアが「一般意思」たり得るかどうかは内容の問題であって、数の問題ではない。だから多数意見が常に正しいわけでもない。また、マイノリティの意見こそ正しいと考えるのも、同じ考えの裏返しに過ぎない。民主主義の本質は「多数決」にあるわけではなく、あくまでも「何が一般意思か」についての「話し合い」にあるのだ。しかしどうしても意見の一致が見られなければ、「やむをえず」多数決によることになる。そうしなければ、意見の一致がみられない限り何も出来ないということになるからだ。しかしこの場合も、意見の一致が得られなければ無条件に「多数意思」を「一般意思」とみなす、というのではない。「多数意思」が単なる多数派の「特殊意思」にならないように努めなければならない。これが「少数意見の尊重」ということの、本来の意味なのである。

 さて、私は上に「主権は『一般意思』の行使に他ならない」と書いた。ルソーでは、この「主権」とは具体的には立法府を指しているようだ。だから「何が一般意思か」の話し合いとは、議会を意味している。議会での決定を受けて具体的な仕事をするのが行政機関という事になる。したがってルソーでも、ロックと同様、立法府は行政府の上位に位置付けられている。この、立法府と行政府の違いについて見てみよう。

 立法府は何が一般意思かを法という形で定める。それが「その対象においても一般的でなければならぬ」ものだということは既に述べた。だが、実務においての対象として存在しているのは、「一般」という抽象概念ではなく、個々の人間だ。大雑把にいうと、例えば「貧困者に生活保護を与える」というのが法である。この段階では「貧困者」という限定はあるものの、それが具体的に誰を指しているのかということは特定されていない。つまり誰でも一定の条件を満たせば、生活保護の対象になるという一般性を保っている。具体的に、誰が生活保護を受けるかという事を決めるのは、行政機関における実務上の話である。このような行政府の決定は「法」ではなくて「命令」である。逆にいえば、こういう個人の特定に関する問題を、立法府では扱わない。

 

私は以前から、法律の内容がひどく大雑把で抽象的なことに疑問を持っていた。法律の条文から具体的な問題を考えようとすると、細かいことは政令で定めると書かれていて、六法全書から省かれている。そこで思考が行き詰まるという経験を、何度かしている。その理由が、この『社会契約論』を読んで理解できた。つまり、「法」で扱う範囲と「命令(政令)で扱う範囲」とがどのような基準で分かれているのか、という原理が、ここに書かれていたのである。

 ちなみに立法権と行政権は、ルソーではそれぞれ「立法権」と「執行権」と呼ばれている。「行政」とは「法の執行」に他ならないからだ。ルソーもロックと同様、必ずしも王制を否定してはいない。ただ、王は存在するとしても、あくまでも執行権を行使する存在であり、法や議会に超越するような存在ではない。


4).『法の哲学』 (ヘーゲル【Georg Wilhelm Friedrich Hegel】1770〜1831)

 ヘーゲルは、以前に『どう解く』の系譜の中でも取り上げたことがある。その時は、『精神現象学』(1807)を取り上げたのだが、今回は『法の哲学』(Grundlinien Philosophie des Rechts)の中から、ここまでの流れに関係がありそうな部分について触れようと思う。あらかじめかいておくと、実はヘーゲルは、ロックやルソーのところで述べてきたような意味での「社会契約論者」ではない。だがその説明は下記に譲るとしよう。

 この『法の哲学』(1821)は日本では、『法権利の哲学』というタイトルで訳されていることもある。ドイツ語では「法」も「権利」も同じ「レヒト(Recht)」で、ほかに「正しい」という意味もある。この「正しい」は、「不当」に対する「正当」という意味だ。つまり「正当」なことと「権利」とは不可分な関係にある。この「レヒト」は英語では「ライト(right)」に当たる言葉で、英語でも「権利」と「正当」の両方の意味で使われている。

 だからヘーゲルの『法の哲学』は、単なる「法律の哲学」や「権利の哲学」なのではなく、それらを含めた「正当」ということの哲学、規範全般についての考察と考えたほうがよい(事実、この本の中では「道徳」についても考察されている)。

 ヘーゲルの若い頃に、隣国のフランスで革命が起こった。彼も当時はカントルソーを愛読し、革命を夢見ていた一人だった。ただ、彼がホッブズロックルソーと違うのは、自由を目指して王制を倒したはずの革命が、実際には恐怖政治(テロリズム)を呼び込んでしまった事実を知っている、ということだ。そのためヘーゲルは、単純に「人権万歳!」、「革命万歳!」では納得できなくなった。

 あらかじめ断わっておくと、私はこの『法の哲学』をどこまで「ヘーゲルの主張」だと信じてよいのか、少々迷いがある。というのは、一説にはこの『法の哲学』の公刊直前にプロシャで検閲制度が始まり、そのために検閲をパスできるように内容が修正されているともいわれているからだ。この時期、ヘーゲルはベルリン大学の教授だったのだが、この頃の彼の講義ノートをまとめた『法哲学講義』の内容は『法の哲学』よりもリベラルだといわれている(ただ昔は『法の哲学』の方が広く知られていたために、「プロイセン国の御用学者」というイメージが強く刻み付けられてしまった)。しかし、私自身はまだ両者の比較検討をしたことがないので、ここではあくまでも『法の哲学』に沿って話を勧めようと思う。一部には悪名高い(?)『法の哲学』も、その中身をよく読めば、必ずしも後世にイメージされるような「国家主義」的な内容ではないことが見て取れるからだ。

 事実、当時の若者はこの『法の哲学』を「自由の哲学」とみなして指示していたことは確かだ。それは、ヘーゲルが『精神現象学』から一貫して「自由」をテーマの中心に据えていることからも理解出来る。社会制度の根底には自由が存在していなければならないということは、ヘーゲルの生涯を貫く主張になっている。

 レヒト、つまり法律、権利、社会制度、そして道徳も含め、あらゆる「正当性」の究極の根拠は「自由」にある。逆にいえば、自由に基づかない中世封建的な、不合理な制度や規範をヘーゲルは認めない。と同時に、彼のいう「合理性」とは、もちろんロックが用いたような「天賦人権」を前提としたものでもありえない。彼のいう「自由」とは、『精神現象学』で展開されているように、あくまでも人間の内側から生じているものだからだ。

 人は誰でも「自由」を求める。自分がそうだ、というだけではなく、この「誰もが」という事がわかると、民族や宗教の違いに関係なく誰もが「自由な意思をもつ人格」だということが理解できる。そのことを互いに認め合って、互いの自由意思を尊重し合うこと。「権利」の根底にあるのは、このような自由な人格の相互尊重である

 この「権利」ということを、さらに見てゆこう。ヘーゲルは、近代になって「幸福追求の権利」「主体的な洞察の権利」が認められるようになったという。前者は要するに、他人の権利を侵さない限り自分の利益を追求しても、咎められない(=正当=権利)ということ。今どきなら、誰でも知っているような権利である。後者は「何が権利で何が義務か」ということを自分で考えて判断する権利ということだ。だから社会のルールは「神が定めた法だから」とか「伝統だから」といって誰も手を触れられないようなものなのではなく、「自分で納得すること」を求められる。したがって、この「主体的な洞察の権利」は人々の社会批判の根拠でもあるわけだが、変にねじれて解釈されると危険なものになる。「一切の善悪は私が決める」という恐怖政治もここから生じるからだ。だから、いかなる権利や義務に対する個人の判断も、それ自体が直ちに社会のルールになるわけではない、ということを、わきまえておく必要がある。ルソーのところで書いたように、何が「一般意思」(ヘーゲルでは「普遍意思」)であるかを、いかなる個人も個人のままで決めることはできない。そこには必ず民意を問う手続きが必要になる。

 ロックやルソーには、素朴な意味での「個人の自由」と「人々の共通の利害に対する配慮」という二点が共通している。もちろんヘーゲルもこの二点を認めるのだが、彼はそれに「社会生活における自由」を付け加える。この点に、彼が「人権万歳・革命万歳」では納得できなかったことの答えがあるのだと思う。「社会」や「国家」は、人間がお互いの自由を実現するために作るのだから、社会生活の中で「自由」が実感できなければおかしい。これは、現代にも通用する問題意識ではないだろうか。では、それはいかにして可能になるのか。

 ヘーゲルは、「社会」を3つの領域に分類する。男女(夫婦)とその子供からなる「家族」、契約が関係を仲立ちをし各人が自分の利益を追求する「市民社会」、それに政治制度としての「国家」である。

 

現代では「市民団体」というように、人々が政治的な活動を行なう領域を「市民社会」と呼ぶのが普通になっている。だが、ヘーゲルでは経済的な活動領域を意味しており、この場合の「市民」とは「シトワイヤン」ではなく「ブルジョアジー」の意味に理解するのが近いだろう。もちろんこの場合の「ブルジョアジー」は後にマルクス主義などでいう「資本家」に限らない。もっと広義に「自分の意思で経済活動に参加する人」と考えればよいと思う。

 これらの3つの領域はそれぞれ異なる原理に立脚しており、人はこの3つの領域においてそれぞれ「自由」を実感できなくてはならない。「家族」の領域では愛情と信頼の獲得を、「市民社会」においては経済的な自立と他者からの承認(=「一人前」として認められること)の獲得を、「国家」においては、その法と政治において国民の共通の意思が表現されているという実感の獲得を。それぞれの領域における、それぞれの獲得が「自由」を意味する。

 これは、ホッブズやロックにはなかった考えだ。ルソーの考えには国家の構成員について「集合的には人民(Peuple)」、「(個々に)主権に参加するものとしては市民(Citoyens)」、「国家の法律に服従するものとしては臣民(Sujets)」という、いずれも国家との関係においての異なる側面の分類はある。だがこれも、ヘーゲルの「家族・市民社会・国家」という分類とは発想が根本的に異なっている。人間が社会生活においていかに在るか、どのような側面から構成されているかということを、これほどシンプルに取り出した例はない。

 

ちなみにこの区別を無視して、人間のあらゆる側面を「市民社会」の原理のみで洞察しようとするとマルクス主義のようなものが出てくる。「家事労働に賃金を」と主張するマルクス主義フェミニズムもその変種だ。

 例えば、「家族」は私なりに解釈するならば、「エロス的な結び付きの領域」ということになる。だからいわゆる「家族」の他に、友人や恋人といった関係を加えてもよいだろう。それは、「市民社会」とは違って契約で成立している関係(いわば、打算的な関係)ではない。それは少なくとも金銭的な面を基準とすれば「見返りを求めない承認」の関係なのだ。その代わりに、契約には拠らない(契約書どころか口約束すら介さない、まったく暗黙の内に成立するような)「信頼」という要素が重要な役目を持っていたりする。

 この「エロス的」ということをヘーゲルは「愛」と呼ぶ。もちろんこれは「市民社会」の契約関係とも、また「愛着(性的にエロティックな結び付き)」とも違う。相手のことを思いやり配慮することが、そのまま自分の悦びになるような関係のことだ。

 

したがって上に書いたマルクス主義の場合とは逆に、「愛」を原理として「社会の問題」を考えても、やはり同様の顛倒が起こる。抽象的な「社会の人々」という概念に対して、目の前の具体的な「この人」(例えば、愛する妻子)に対するのと同質の(あるいはそれ以上の)「愛」を持てというのが、人間の心理的な性質に照らして無理な注文なのだ。その無理を実現するためには、結局は「愛」を持つことを強制するという形にしかならず、それは近現代においては必然的に「自由な人格の相互尊重」とは程遠い、抑圧的な思想にしかならない。

 またヘーゲルは「婚姻(結婚)」について、両性の合意にのみ基づくべきこと、婚姻によって成立する家族(核家族)が「家族」だということを強調している。また、(「個人」を別にすれば)社会の最小単位は「家族」ではなく「夫婦」だとも書いている。つまり「家」制度の否定である。これは現在の日本でも、(憲法上はこのような制度になっているものの)人々の意識において充分に浸透しているとはいえない。もちろん、ヘーゲル当時のプロシャではなおさらのことだった。もっとも、ヘーゲルは代々続くような「家」制度は否定するが、個々の「家族」においては「男」が家長だとしている。ただし、家長たる男性は財産の管理権を持つが、家族の資産は本質的に共有財産だということも強調している。

 この「家族」の領域で、人々がどのような「自由」を獲得するのか。これは私が説明するよりも、ヘーゲル自身の言葉で語ってもらう方がよさそうだ。

 

〔愛の概念〕 愛とは総じて私と他者とが一体であるという意識のことである。だから愛においては、私は私だけで孤立しているのではなく、私は私の自己意識を、私だけの孤立存在を放棄するはたらきとしてのみ獲得するのであり、しかも私の他者との一体性、他者の私との一体性を知るという意味で私を知ることによって、獲得するのである。
(中略)
私が他の人格において私を獲得し、他の人格において重んぜられるということ、そして他方、他の人格が私においてそうなるということである。

(『法の哲学』§158追加)

 さて、「市民社会」である。繰り返すが、ここでいう「市民社会」とは政治的な領域ではなく、個人が(公民ではなく)「私人」として参加する経済活動の領域を指している。それはヘーゲルのイメージでは、自由市場が遍在する商品経済の世界だ(実際にはヘーゲルの当時には、まだ片田舎の農村には自給自足の世界が残っていたと思うので、これはずいぶんと時代を先取りしたイメージだ)。自由な売買、自由な移動、自由な職業選択。これが人間の「自由」の条件である

 現在では当たり前のような話だが、経済的に自立が出来なければ「自由」どころではない。生活の基盤を特定の個人や団体に握られてしまっていれば、ルソーのところで書いた「個人的従属」という問題を避けられないからだ。ヘーゲルの構想でも、このような「個人的従属」を排除しようとする姿勢がはっきりと打ち出されていいる。その結果として、人々はただ市場にのみ依存するようになる。もちろんこの「依存」は、現代のシステム理論(たとえばボードリヤールのような)と違って、市場を変に実体化して考えられたりはしていない。ヘーゲルの考えでは、これはあくまでも個人間の全面的相互依存のシステムなのだ。

 ここで重要なことを指摘しておくと、商品の取引や契約という行為は、民族や宗教を越えた合理性を生み出すのである。特に、扱う商品が数も種類も豊富になり、また取引の範囲が広がるほど、この傾向が強くなるものらしい。例えばルネッサンス期のイタリアがそうであり、またその後にはイギリスやオランダがこれにとって変わる。江戸時代の大阪を考えてもよいが、合理的な精神が芽生え、学問が発達する。各地から様々な商品が集まるということは、様々な文化が集まるということでもある。そこから普遍性が抽出される。ヨーロッパにおいては、商品だけではなく、人間についても同じことが起こる。宗教や民族の違いに関係なく、誰もが一個の「人格」なのだということが発見されるのだ。

 

これはまったくの蛇足だが、日本の場合には昔から「誰も同じ人間ではないか」という考えが歴史の地下に伏流していたように思える。皇族や公家、一部の神官の家柄などを別にすれば、日本人にはおよそ他人の家系を本気で尊ぶという事がない。私の考えではおそらく、日本の律令制時代にはこれらの例外的家柄を除いて「みな農民だった」ということが大きいのだろう。農民を意味する「百姓」は、元の漢語では国の人々(今風にいえば「国民」)を意味するし、他の職業から農業に転じることを帰農、「農ニ帰ル」という。「元をたどれば同じ百姓ではないか」という意識が士農工商のすべてに通底していればこそ、封建制の時代にさえ欧州には見られなかったような身分の流動性を保ち得たのだともいえる。

 さて、しかし「市民社会」では自由な売買、自由な移動、自由な職業選択といった条件が整えられただけでは、人々は「自由」を獲得することは出来ない。「市民社会」は自由競争の場だから、「活躍する場」が与えられても、自分に「活躍する能力」がなければ何も出来ないからだ。そこで人々は教養を積む。知識や技能を身につけるのである。それによって経済的な自立を目指し、自主独立の誇りを持つと同時に、他者からも「一人前」として認められるようになるのだ。これが、人々が「市民社会」で獲得する「自由」である。

 しかし「市民社会」は、つまり自由競争は、放置しておくと必ず貧富の差が発生し、しかもその差が拡大する。これはまずい。単に貧しい人がいるからいけないというのではない。それだけなら、努力してそこから抜け出そうとするのも、競争社会のルールだからだ。しかし、あまりに貧富の差が大きくなりすぎると、競争のハンディが大きくなりすぎて、いくら努力しても無駄ではないかと思えるようになってくる。そうすると競争社会そのものが崩壊する。また、社会のルールを守ることに意義が感じられなくなって犯罪が増えるなど、人心が荒廃してくるのだ。だからヘーゲルは、貧富の差が開き過ぎないような経済政策の必要性を説くが、その具体的な内容は(特に根本的な解決といえるようなものは)思いつかなかったようだ。

 さて、最後に「国家」である。既に述べたように、ヘーゲルは、ロックやルソーのところで述べてきたような意味での「社会契約論者」ではない。むしろ彼は、社会契約説でさえフィクションとみなして、これを斥ける。そして、人々は国家への貢献を通して本当の生き方が出来るというようなことさえ書いている。これが、ヘーゲルが「国家主義者」とみなされてきた直接の理由だろう。

 だが、実はヘーゲルは「国家」という言葉を二つの意味で使っている。一つは「家族」や「市民社会」と区別されるような「国家」で、これはまぁ、政治制度のような意味である。もう一つは、この狭い意味での「国家」と、「家族」や「市民社会」を合わせた、人々の総体という意味だ。私の理解では、ヘーゲルが「国家」に貢献せよというとき、おそらくこの「国家」は後者を意味している。そしてこの「国家」に対する「貢献」とは、「家族」においての「一体感」や、「市民社会」においての「全面的相互依存システム」と通じる概念ではないかと思う

 「家族」や「市民社会」において、人は孤立して「私は私だ」というだけで満足できないような存在として示されている。いずれの領域においても、それぞれの「仕方」は異なるとはいえ、人は他者から認められることで「自分」であり得る。また同時に、人は他の人間を認める存在でもある。人は、自分が自分であるために他者を必要とする。それは、他者との「関係」を必要とする、ということでもある。だから、自分自身を守ることは他者や他者との関係を守ることと、しばしば重なり合う。

 さてヘーゲルにおいて、狭い意味での「国家」とは何かといえば、これは要するに「家族」や「市民社会」を守るためにある。簡単に言えば、国内での利害対立を調整したり、国外からの侵略を防いだりするのが、この意味での「国家」の役目なのだ。だから、ヘーゲルにおいては、「国家」に貢献することと、「自己」や「家族」や「市民社会」を守ることとは、おそらく区別されていない。これは『精神現象学』でいう、「世界は私であり、私は世界である」という絶対知の考えとつながっているのだろう。彼が、「国家」への貢献を人間の本当の生き方であるかのように書いているのは、このことを外しては考え難い。

 もし、私のこの解釈が正しいとすれば、逆にいえば「国家」がいかにあるべきかということも、そこから考えることが出来る。これはおそらく、今回のヘーゲルの説明の最初の方で書いた、「社会制度の根底には自由が存在していなければならない」ということと「社会生活の中で「自由」が実感できなければおかしい」ということが、その答えになっている。この2つの条件を満たさないような「国家」を、誰が守りたいと思うだろうか。いいかえれば、現在の「国家」の在り様が確かに自分の存在を支えている、と実感できるときに、人は自ら「国家」を守りたいと意思するのではないだろうか。私の目にはヘーゲルは、無条件に「国家」に貢献すべしといっているのではなく、むしろ「どのような場合に人は自発的に『国家』を守ろうとするのか」という、その条件について考えているようにも見える。

 ここまでは広い意味での「国家」の話だが、政治制度としての「国家」についても触れておこう。ヘーゲルでは、政治制度としての「国家」は「君主権」と「統治権」、「立法権」に分類される(「司法権」が見当たらないのはこれまで述べていたロックやルソーも同じで、これは「統治権(行政権)」に含まれている)。

 現在の私達が知っている、「立法、行政、司法」の三権分立を唱えたのは、ヘーゲルよりずっと前のモンテスキュー(1689〜1755)で、ヘーゲルもこの三権分立のアイデアは知っていたようだ。だが彼はこのアイデアを、国家の統一が失われる危険があるとして、採っていない。逆に、国家全体を統合する役目としての「君主権」を置いている。彼の考える君主は、国家組織の頂点にあって「形式的決定」を行なう人である。要するに「はい」といってハンコを押す人(ヨーロッパでは、サインをする人、かな?)。それを支えるのが「統治権」における優秀な官僚、という図式になっている。ただ、現在に至るまでドイツがそうであるように、自治の必要性を強調してもいる。ヘーゲルは「議会」に期待しなかった人で、「立法権」が議会にも政府にも君主にもあるという、現在の私達から見るとおかしな構想になっている。実質的にヘーゲルが期待したのは官僚であって、議会は国民に公共的な関心を喚起するために置かれている、という意味合いが強い(だから議会は必ず公開でなければならない)。

 現在では、ヘーゲルのこういう国家論は人気がなさそうだ。ここまでに挙げた4人の内、現代の日本でもそれなりに知られているのがロックとルソー、あまり知られていなかったり不人気なのがホッブズとヘーゲルではないかと思う。だが、私は次のような理由で、むしろホッブズとヘーゲルを推す

 もちろん私も、ホッブズやヘーゲルが示す「国家」像に問題がないというつもりはない。だが、彼らがなぜこのような不人気なアイデアを提示したのか、とりわけヘーゲルが先人の(例えばモンテスキューの)アイデアを斥けてまで、このような「国家」像を示したのか、ということは一考に値することではないだろうか。

 私の印象では、ホッブズやヘーゲルは共に、強烈なリアリストなのだ。「評判の悪いリアリスト」の先輩格としてマッキャベリがいるが、彼らはいずれも、空虚な理想を提示しない。そしてフィクションを斥け、論理の飛躍を忌み嫌う。その結果として、彼らは「時代の現実」という制限を、自らに強力に課してしまったのだ。だが、その「時代の現実」がいかなるものであったかについて、それぞれの時代背景を調べれば調べるほど、彼らの思想から感じる束縛感は驚嘆へと変化する。徹底的に「時代の現実」にこだわりながら、同時代の他の人間には考えつかなかったような斬新なアイデアを提出するのは、至難の技である。それが理解できないのは、後世の人間の傲慢というものだ。彼らを笑うことは、たいした知性を持たなくても、ただ「現代に生まれた」というだけで可能だからだ。いや、むしろ知性と想像力の欠如した者ほど、「自分には彼等を笑う権利がある」と確信するだろう。もちろん私は、そのような心の働きを「知性」とは呼ばない。

 私が見て欲しいのは、彼らが「何を考えたか」ということだけではなく、その思考方法である。「知性」とは「教養」であり、「教養」とは「知識」と「考える技術」である。現代の世の中に「知識」の持ち主は多いが、「考える技術」の持ち主は驚くほど少ない。また、その「知識」でさえ、「権利とは何か」、「人権とは何か」、「自由とは何か」に答えられる人は予想外に少ないのである。たとえ「近代」を批判するにせよ、まず「近代」を理解しなければ、本当は不可能なはずだ。だが現実には、近代を知らない「近代批判」のなんと多いことか。それもまた、「知性」とはほど遠い在り様である。

 また「権利」や「自由」などについて、それが何であるかということは、決して専門家(例えば学者)が独占して素人の口出しを許さないような概念ではない。「学問だから正しい」とか「学者が言うから正しい」という思考停止に陥ることなく、誰もが自分の問題を、自分の頭で、根本から、真に理性的に考えることが出来るような世の中であってほしい。心からそう思う。

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