りゅこ倫(1997〜2007)

「どう解く」の系譜・2 社会契約説とイギリス経験論(下)

2.イギリス経験論 3.参考文献 2002/05/01


 今回は、3年前の『どう解く』の系譜では扱わなかったイギリスの思想を中心に扱う。
ただし対象は「近代」だから、現代哲学であるところの分析哲学等はここでは扱わない。
今回扱うのは、社会契約説イギリス経験論の2つで、具体的には下記の通りである。

 

  1.社会契約説

1).『リヴァイアサン』 (ホッブズ 1588〜1679)
2).『市民政府論』 (ロック 1632〜1704)
3).『社会契約論』 (ルソー 1712〜1778)
4).『法の哲学』 (ヘーゲル 1770〜1831)
2.イギリス経験論
1).『人間知性論』 (ロック 1632〜1704)
2).『人性論』 (ヒューム 1711〜1776)
3.参考文献
 
2.イギリス経験論

1).『人間知性論』 (ロック【John Locke】1632〜1704)

 ロックは今回、再度の登場である。だがロックについて述べる前に、「イギリス経験論」の説明が必要だろう。まずは『どう解く』の系譜で紹介したデカルトの「おさらい」から始めよう。

 デカルトでは、人間が「正しい知識」を得る事が出来るのかどうかが問題だった。そして彼は、あらゆる事物の存在を疑い尽くした結果、「自分があらゆる事物の存在を疑っている」ということだけは疑えない、ということに気がつく。これが有名な「コギト・エルゴ・スム(われ思うゆえに我あり)」だ。だが、彼はそこから先に進むことが出来なくなってしまった。いや、彼は先に進んだつもりだったのだが、その進み方にまるで説得力がなかった。そのデカルトの考えとは、およそ次のようなことだ。

 コギト(考える我)の存在は疑い得ない。そして、その「私」の中に様々な観念があることも疑い得ない(いろいろ思い浮かべることが出来るから)。「私」は不完全で有限な存在なのに、私の中には完全にして無限な「神」という観念がある。不完全なものから完全なものが生じるとは考えられないから、私の中の「神」の観念は「私」から生じたものではない。「神」の観念は「私」以外の、そして完全で無限なる存在から生じているとしか考えられない。したがって、そのような存在、つまり「神」は存在する。

 これが、デカルトの「神の存在証明」である。そして「神」は人を欺かないから、「私」に見えるものは存在する…、という形で「主観」と「客観」の一致を保証する。もちろん現代では、このような説明は通用しない。ということは、「主観」と「客観」が一致する保証は、デカルトにおいては証明されていない、ということになる。「主観」と「客観」が一致するかどうかというのは、「人間の認識」と「認識の対象」とが一致するかどうかということであり、簡単に言えば「人間はありのままに正しい認識を得ることは可能か」というという問いに他ならない。その後、この問題について、デカルトに続いてヨーロッパ大陸で考えられた系統を「大陸合理論」、イギリスで考えられ続けた系統を「イギリス経験論」という。

 「大陸合理論」は今回も扱わないが、とりあえずめぼしい名前だけを挙げておくと、スピノザライプニッツなどが有名なところだ。

 さてロックは政治思想だけでなく、この「主観=客観問題」についても考察して、「イギリス経験論」の開祖のような存在になった人だ。では、この「経験論」とはどういう意味なのだろうか。

 簡単にいえば、「経験論」とは人に意識に生じる観念の由来を問う哲学だ。デカルトが自分の中の「神」の観念を「本物の神」に由来すると考えたように、人の意識に生じる様々な観念が何に由来するかということを考え詰める。そして「経験論」以前には、人間には生まれつき備わっている観念(生得観念)があると考えられていた。この常識を覆して、人間は生まれた時にはいわば「白紙」の状態であり、観念は経験を通じて作られるものだと考えるのが「経験論」なのである。

 「天賦人権」を唱えたロックが「生得観念」を否定するというのもおかしな話だが、実はこれも「王権神授説」の否定に一役買っている。なるほど、人権はともかく、政治形態は人間が必要に応じて作り変えることが出来るというのが彼の説だから、経験論の主張は「王権神授説」より「市民政府論」に有利に働くのが道理であろう。観念が人間の内で作られるということは、敷衍して考えれば「世界像」もまた、神や教会から「与えられた」変更不可能なものではなく、自分自身の内にその根拠を持つものといえるからだ。だがここでは政治向きのことから離れて、「経験論」の説明に絞ろう。

 人間が持つ観念は、しばしば人によって食い違う。だからこそ、彼の時代にも政治や宗教が深刻な対立を起こしていたのだ。だから観念は誰にも生まれつき同じように与えられているものではなく、人間が何らかの道筋(経験)を通じて作り上げたものだ、とロックは考える。

 人間は生まれた時にはいわば「白紙」の状態で、この「白紙」に、「感覚」や「内省」によって様々な観念を書きこんでゆく。「感覚」は外界の事物を知覚して、事物についての観念(赤、三角、熱い、など)を生み出す。「内省」は私達の心の諸作用(考える、意思する、など)についての観念をもたらす。これらの「感覚」と「内省」がもたらした「単純観念」を、人の心はさらに組み合わせて様々な観念(複雑観念)を作り上げる。したがって、人間が確実に知り得ることは、経験から得られた観念だけだ、ということになる。

 そうすると、「主観」の外に実在する事物そのものや神については、何も確かなことは語れない、ということになるはずだ。だがロックは、心の外に事物や神が明らかに存在する、と主張してしまう。単純観念の根拠は物体の側にあるとして、固さや大きさや形、運動といった物質の性質を「一次性質」と呼ぶ。また、味や色や音などの単純観念は「物」の側に備わっているものではなく人間の感覚が生み出すものとされて、これらを「二次性質」という。

この「一次性質」と「二次性質」の区別は、現代に生きる私達には不思議なものに見える。だがこれは当時の自然科学の状況に、その理由がある。近代の自然科学、とりわけ物理学の特徴は、対象の数値化・数式化にある。例えば物体の大きさは「長さ」を数値で表すことが出来るし、時間も計ることが出来る。これらは「長さ」や「時間」の単位を定めることで計測可能になる。また速度は「長さ」と「時間」がわかれば、数式から求めることができる。一方、味や音や色は、この当時は数値化が不可能だった(現代でも「味」の数値化は出来ないと思うが、色や音は波形で表すことが可能で、振幅や周波数という形で数値化が可能である)。だから、この「一次性質」と「二次性質」の区別は、この当時の科学で数値化・数式化が可能だったか否か、ということにその基準を置いていたのだ。そしてこの当時は数値化・数式化が可能ということが、そのまま「客観的・科学的」ということを意味していた。したがって、ここでいう「一次性質」は「客観的性質」を、「二次性質」は「主観的性質」を、それぞれ意味していたと考えればよい。

 認識能力の範囲は観念に限定されていたにも関わらず、ロックは「主観」の外側の事物の存在や性質を実在と考えてしまう。もちろん、それを証明することは不可能だから、ここでのロックの考えは「論理」ではなく、あくまでも素朴な常識から生じた「思い込み」に過ぎない。ロックはここでも、自らが唱えた説によって自分自身の主張を否定できてしまうようなミスを犯している。この不徹底さの最大の欠点は、デカルトが残した「主観=客観問題」に何も答えていないということだ。この不徹底さが、後に批判と発展を呼ぶことになる。


2).『人性論』 (ヒューム【David Hume】1711〜1776)

 「イギリス経験論」の系譜では、普通はロックヒュームの間にバークリーという人物が入る。だが、バークリーの考えでは「主観」の外側の事物の存在は否定されているものの、神の存在が残されている。それに「主観」の外側の事物の存在は「証明不可能」なのだから「あるともないともいえない」というのが本当だ。だが、バークリーはこのような客観的事物の存在をはっきり否定してしまったために、「観念論」というよりは一種の「唯心論」になってしまっている。上のロックと、このバークリーの欠点を批判して登場するのが、ヒュームで、先に書いてしまうと、このヒュームの影響を大きく受けているのがカントである。

 ヒュームの考えでは、「人間は自分の『主観』の外に出られない」ということが徹底して貫かれている。したがってロックバークリーのような「外界から観念を受け取る」という考えも排除して、あくまでも人間の内面に定位して考察を進めている。

 「観念」はヒュームでは「知覚」と呼ばれ、この知覚はオリジナルに与えられた根源的知覚としての「印象」と、「印象」のコピーとしての心像である「観念」とに分けられる。「印象」は未知の原因から生じて、心の中に「観念」として残る。このコピー(観念)が再び心に現れると、希望や恐れといった新たな「印象」を生む。この「印象」は、観念と内省から生まれた二次的な印象だ。印象は観念を生み、観念は印象を生んで、人間の知覚は増殖して行く。

 ヒュームはこのような増殖の道筋(経験)をたどる「知覚(印象&観念)」だけが確かな存在だとする(誤解のないように書いておくが、ここでいう「確かな存在」とは「真理の根拠」という意味ではなく、単に「確かに存在する=存在を疑えない」という意味だ)。彼の考えでは、確かに存在するといえるのは、このように生成変化して行く「知覚の束」だけだ。

 また、彼は因果関係といった客観的法則も、その実在を否定する。「炎」と「熱」が、「炎=因、熱=果」という因果関係で捉えられるのも、人間の「習慣(経験の繰り返し)」に基づく主観的な結合に過ぎない。これは「炎」と「熱」から作られた複雑観念だ。単純観念から複雑観念が作られる仕方(観念連合)として、ヒュームはこの「因果」の他に「近接」と「類似」を挙げているが、ここでの説明は省く。このように、ヒュームの考えでは、自然科学が提示する世界の客観的秩序も、世界の究極の存在原因である神も、すべては人間の習慣と信念(信憑)によって「つくられた」観念だということになる。

 これは、真理の認識(主観と客観の一致)の否定であり、真理を探求する形而上学の否定である。ここまで来れば、フッサール現象学まであと一歩だ。ここでは、問題になるのは客観的事物の「いかに在るか」ではなく、観念の成り立ちを問うことである。いいかえれば、「世界」を問う形而上学から、「世界観」を問う現象学への変化がここに見られる、ということだ。

 だが、こうしたヒュームの考えにも全く問題がないわけではない。というのは、ヒュームの考えでは人々の世界像が必ずしも一致しないことの説明は出来るのだが、数学や自然科学のように(例えば「2+3=5」のように)、ある領域では人々の間で共通の理解が成立する理由がわからなくなってしまうのだ(この欠点はニーチェも同じ)。そのために、カントはこの問題を解決しようとして、再び客観的事物(もの自体)の存在を呼びこんでしまうことになる。

 人々の認識は、なぜある領域では一致し、また別の領域では多様性を生み出すのか。この問題の解決について人類は、20世紀のフッサール現象学の登場を待たねばならなかった。

 


3.参考文献(管理人注・本の題名はアマゾンの購入サイトにリンクします。)

  • 『はじめての哲学史』」(竹田青嗣/西研[編]・有斐閣)
     哲学史全体を見渡すのに最高の本。個々の哲学者の考えを説明しているだけではなく、誰が誰の影響を受けたか、なぜそういうことを考えたのかということがきちんと説明されている。普通は哲学者の一覧になりがちなのだが、この本は「哲学史」の文字通り、きちんとつながった「歴史」として読むことが出来る。

     

  • ホッブズ(世界の名著・中央公論社)
     ホッブズの『リヴァイアサン』は、岩波文庫から全4巻で出ていたが現在は絶版状態。「世界の名著」版は抄訳のようなものだが、ポイントはきちんと押さえている。しかし現在はこれも入手困難。

     

  • 市民政府論(岩波文庫)
     本文でも触れたが、同じ内容のものは中央公論の世界の名著『ロック・ヒューム』にも『統治論』のタイトルで納められてる。岩波文庫版は現在でも入手が容易なのでこちらがお勧め。

     

  • 社会契約論(岩波文庫)
     これも入手が容易な岩波文庫版を用いた。また本文中で触れた『人間不平等起源論』も岩波文庫で読める。

     

  • 法の哲学(中公クラシックス・中央公論社
     これは以前に中央公論の世界の名著『ヘーゲル』に納められていたのと同じもの。現在は上下2巻セットになって容易に入手出来る。ただ、初めての人が独力で挑戦するには、ちょっと辛いかもしれない。

     

  • ロック・ヒューム(世界の名著・中央公論社)
     今回扱ったロックの『人間知性論』と、ヒュームの『人性論』が両方とも納められている。だが現在では入手が難しい。『ホッブズ』も含めて、中公クラシックスでの復刊を望みたい。

     

  • ヘーゲル・大人のなりかた』(西研・NHK ブックス)
     ヘーゲルの入門書として最適。大部分は『精神現象学』の説明だが、第6章が『法の哲学』の解説になっている。

     

  • 自分を知るための哲学入門(竹田青嗣・ちくま学芸文庫)
     今回扱った問題は、直接にはほとんど出てこない。しかし哲学史上の問題を解説しているので、理解には役立つ。何よりも「哲学とは何か」を知る入り口として、一番勧めたい本。

     

  • はじめての現象学(竹田青嗣・海鳥社)
     本文の最後で触れたフッサール現象学を知るための、神名のイチオシ。これを読んだら、同じ竹田氏の『現象学入門』(NHK ブックス)、西研氏の『哲学的思考 -フッサール現象学の核心-』(筑摩書房)の順で進むとよい。また現象学に関連して、西研氏の『実存からの冒険』(ちくま学芸文庫)もお勧め。ニーチェ、ヘーゲル、フッサール、ハイデガーがわかる。
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