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machine head

machine head 11-4

【5月19日午前6時3分 宗助個室】

慣れないベッドで眠った事による独特の気怠さと格闘しながら、宗助は昨日の事を思い返す。
まさかの再会だった。運命的かどうかというのならば、それはかなり運命的な再会であったのだろう。
それでも、彼女と別れた後にどっと疲れが押し寄せてきて、それからはあまりハッキリとした記憶が無いのだった。

「確か、夕方5時過ぎに帰所して……」

そう、宗助と白神は昨日夕方5時に帰所して、そのまま間髪入れずに翌日へ向けての打ち合わせに参加した。しかし打ち合わせ中にも関わらず、宗助は心ここにあらずといった様子で、そんな様子に気づいた不破に窘められるまでその状態は続いた。
それでは少しだけ、時を遡ってみる。


machine head 11-4

思い出は思い出のままで

伊勢周



【5月18日・午後10時24分。宗助個室】

「ほうほう。それで、そっからどうなったんだ?」

不破と宗助は、宗助の個室で二人きりで対談していた。
不破は室内に備え付けられた椅子に、通常の座り方とは逆方向に座り、(つまり背もたれに顎を乗せた態勢)ベッドに腰掛ける宗助に問いかけ続ける。
あまりに腑抜けている宗助を見かねた不破が、“俺によるチームのための生方宗助尋問会”をとり行っている最中だ。
と言っても、最初は真面目その物だったそれも、宗助の口から『昔の彼女』なんて単語が飛び出してからというものの、その尋問会のノリは『お前、正直あの子のこと好きなんだろ?』とかいう会話が行きかうような、高校生の修学旅行の夜のソレに近くなっていた。
宗助もやけになって洗いざらい語るものだから不破も悪ノリして、かなり突っ込んだところまで踏み込んでくる始末。
白神の千咲への想いは、さすがに言わなかったが。

「……それで。チケットをね、渡されたんですよ。明日近くでライブだから見に来てって。そりゃあダメですよね。わかってますよ。任務中ですし」

宗助は自嘲気味に息を大きく吐き、すぐさま可能性を自分で否定する。それに対して、不破が出した答えはというと。

「いや、ダメじゃねぇだろ」
「え」
「明日は結構行程進めるみたいだが、スケジュールが乱れなきゃ十分いける。5時開場なら、始まるのは5時半か6時だろ?いけるって」

不破は、『何を言っているんだこいつ』とでも言いたげな顔で、宗助に言った。そもそも、「せっかく貰ったんだし、行かないと失礼だろ」というのが不破の考え方なのである。『できそうならとりあえずやってみる。ちょっと無理そうでもとりあえずやってみる』それが彼の基本的な考え方なのだ。

「……でもね、不破さん。俺は、行きたいって気持ちもあるし、なんだか、行きたくないって言う気持ちもあるんですよ」
「ほう。と言うと?」

不破はどこか楽しそうに続きを促す。こういった類の話が好きな部分は、小春と似ているのかもしれない。

「なんていうかね。昔に別れた彼女が活躍して、世間に認められている姿を見るのが、怖いっていうか……悔しいっていうのかな……。ああ、子供っぽいのはわかっていますけど……。素直に彼女の事を、応援できないんです」

宗助はそう言ってから項垂れる。

「……まぁ、わからんでもないな。その気持ちも。未練って奴さ。あるいは妬み。若いうちはみんな未練を残すもんさ。俺だっていくらでもある」
「……不破さんだってまだ若いでしょ……」
「だがまぁ、部屋でもやもやしてるよりは、そうだな……。宗助、これは上官命令だ。明日、一緒に見に行くぞ」
「……は!?」
「俺もちょっと興味あるんだよ、篠崎あかね。無料なんだろ?見張りは白神に任せれば大丈夫。よし行こう、絶対行こう」

有無を言わせぬその声色で、明日の夕方のスケジュールを二人分、簡単に埋めてしまった。そして白神に了解をとっている訳もなかった。
唖然とする宗助に対して、不破は「明日も早いから、さっさと寝とけよ!」と言い放つと立ち上がり、すたすたと部屋から去って行く。その姿を眺めながら、宗助は思った。

「絶対あの人、自分が行ってみたいだけだろ」



【5月19日午前6時25分。宗助個室】

何はともあれ、その日は始まった。宗助はもぞもぞと布団から抜け出して、顔を洗い歯を磨いてから制服に着替え始めた。
昨日とは違う棟での解析になる為、カレイドスコープを移送。そのまま解析が始まればその様子を眺め続ける。これが非常に退屈で、不破と白神は至ってまじめな面持ちで任務にあたっているのだが、夕方の事も有ってか宗助にとっては時間が経つのがやたらと遅かった。何度も腕時計を確認して、不破に「集中しろ」と怖い顔で怒られるのであった。

肝心のコアの解析は、不破がその形状を必要以上にぐちゃぐちゃにしたため少し手間取っているようだった。
だが午前のその解析で判明したことは、コアと地上に居たカレイドスコープそのものは、材質が違うもののようである、という事だ。すぐにすべてがわかるという訳でもないので、全ての情報の後に『ようである』とか『らしい』が付けられるのだが、それでも、確かに今回の解析が“前に進んでいる”事を確信させるには十分の物だった。

【5月19日午後4時5分。第3研究棟】

その日は信じられない程の順調さで解析作業が進行した。研究員の一人が言うには、このまま順調ならば明日の午前中には解析は終了する。だが、宗助にとっては、明日の事よりもまず今日、これからちょっとした用事があるのだ。宗助は周囲から不審な目で見られない程度の急ぎ足で自室に戻る。

着替えを済まして部屋を出る。廊下ですれ違った亜矢子に「生方君、なに急いでんですか?用事?」と話しかけられたがやんわり躱しつつ、研究所を出た所で不破と合流し、研究所所有の車で二人、会場へと向かう。
道路は特に渋滞もしておらず、会場から少し離れた場所にある有料駐車場に車を止めて車を降りると、沢山の人が同じ方向へとぞろぞろ歩いているのが見えた。特に若い女性が多く見える。皆、一様に笑顔である。
中には過去の篠崎あかねのライブ記念Tシャツなんかを着用している集団もいて、彼女の人気が根強い物なのだと認識させられた。

「さ、行くか。人通りが随分多いな。全部コンサートの客かこれ」

往来を眺めて立ち止まっている宗助に向かって、不破が声をかける。その声を合図に宗助は再起動して、道行く人々の作る流れに合流していった。
しばらく歩いたのちコンサート会場に辿り着くと、開場を待つ人々で長蛇の列が出来上がっていた。いつもおおらかな不破でさえ「ひぇー」だとか「うわぁー」だなんていう感嘆詞を並べて、その列を眺めている。

「宗助、チケット見せてくれよ」
「あ、はい」

宗助は財布から2枚のチケットを取り出す。そのチケットで確保されている座席は、ステージ横の最前列。オペラグラスなど一切無縁の場所である。

「関係者だからって、新鋭の人気歌手のコンサートだ、こんな良い席とれねぇだろ……。俺もそう言った話には疎いけどよ、これはお前、彼女が前もって自分で金出して確保したんじゃねぇの、多分」
「やっぱり、そうですかね……」
「っていうか絶対そうだよ。やっぱり、このチケットを無効にしなかったのは正解だって」

そんな会話を交わしているうちに開場の時刻になったらしく、係員の案内する大きな声があちこちで飛び交っている。

「うし、行こうぜ宗助。あー、不破さんなんだかテンションあがってきましたよ!!」

会場の熱気に当てられたのか、少し高めのテンションで先へ先へと進んでいく不破を見て、宗助は今更ながら思った。なんでこの人と、昔の恋人が歌うコンサートに来ているんだろう、と。



瞬く間に満員に膨れ上がる会場。
一体何人の人間が、彼女の歌声を聴こうと集まって来たのだろうか。このコンサートに来ていなくても、きっと彼女という人間に、彼女の歌声に聴き惚れている人間は山ほどいるのだろう。
そう思うと、宗助の心はますますもって複雑な気分へと迷い込む。
しかし、そんな宗助の思惑は置き去りにされたまま、定刻通りコンサートは始まった。
賑やかなポップチューン。体ほどのギターを抱えた、ラフな服装の“彼女”が登場すると、会場の盛り上がりはいきなり最高潮に達する。
それから、片想いを歌った曲であったり、青春や友情を歌う曲であったり、今の社会を風刺するような歌まで、さまざまな曲が彼女の喉から飛び出した。歌っている彼女は、宗助がどの角度から見ても掛け値なしに綺麗で、可愛くて、とても楽しそうだった。
曲と曲の間のMCなんかも軽快で、彼女が場馴れしているだろうことも見て取れる。
あの細い体のどこにそんなエネルギーがあるのかと思わせる彼女の力強く芯の通ったその歌声は、宗助の心を大きく揺さぶる。
ステージまでほんの10歩程歩けば辿り着けそうな程近い場所にいるのに、宗助には彼女との距離がとても離れているように感じられる。
宗助には、あかねがとても眩しかった。その堂々たる姿に圧倒されていた。

「あぁ、そうか」

ぽつりと呟く。宗助は理解した。昨日から感じていた、もやもやとした気持ちの正体についてだ。
それはなんてことない、不安と劣等感だった。
確固とした自分持っているあかねが眩しくて、直視することができなかったのだ。
『俺は、この道で良いのか?良かったのか?』
そんな不安な気持ちを気づかないフリをして誤魔化して、がむしゃらに走ってきた。「今日はまだ大丈夫だったけれど、明日には死ぬかもしれないぞ」、なんて声が聞こえてきても聞こえないふりをして、ただがむしゃらに。
だけど、本当はまだ、ずっとこの道を進んでいく覚悟が出来ていなかった。太陽のように眩しく照らしてくる彼女の存在が、それをくっきりと浮き彫りにしてくれたのだ。
「そこまでわかったなら、話は簡単だろう」、と宗助の頭の中で、内なる自分が大声で叫ぶ。「振り返ってみろ」とも一つ叫ぶ。
自分の意志でスワロウに入隊すると決めて、毎日訓練に明け暮れて、時には出会ったばかりの少女を何の見返りも求めずに命がけで守ったりもした。
彼女も、彼女の歌う場所も、彼女を慕う人も、きっと守ろう。もちろん、彼女が知らない場所で。
そして、その彼女が人々の共感と支持を得るたびにきっと、こう思えるはず。
『俺は、この道で良かったんだ』
宗助はようやく彼女を、一人の人間として見ることが出来た。もう眩しさは感じない。不安も拭い去る事ができた。

「がんばれ、あかね」
『ありがとう。がんばるよ、私』

不思議と、そんな声が宗助の耳に届いた気がした。



コンサートも終盤に差し掛かる。
彼女のパフォーマンス力は落ちる事は無く、むしろここにきて更に上昇しているように感じた。だけど、ついに最後の一曲を迎える。
その曲は、失恋の曲で。
明るくリズミカルな曲調でありながら、過去に戻りたい、夢を追いかけるために別れを告げたけれど、それでも別れた人への想いが今も断ち切れぬままである、という内容の歌詞。
優しさと悲しさが交じり合ったような声色。その表現力が為せる業なのか、まるで彼女の心が自分の中に入ってくるような感覚。
本当に悩んで、苦しんで、悔いてはいないはずなのに、今もその決断にだけは自信が持てないままでいる。そんな心情が手に取るように感じられた。
周囲の客は泣いていて、あかねも泣いていた。
さすがに隣の不破の表情を見るのは憚られたが。

最後の曲も終わり、ステージの照明は全て消され、コンサートのすべてのプログラムが終了したという旨のアナウンスが場内に放送され始める。篠崎あかねの単独コンサートは無事、終了を迎えたのだ。宗助は、不破と共に帰り支度を始める。

「あかね、すごかったですね。……来てよかったです。後で白神さんに謝って――」

宗助が不破の方を見ると、宗助とは対照的に不破は複雑そうな顔を浮かべていた。

「?どうしたんですか、そんな変な顔して」
「変な顔って、おまえなぁ……まぁいい。ちょっくら外に出てから、話がある」



【5月19日。午後10時16分】

二人は今、会場近くの駐車場に止めてある車の中に居た。エンジンはかけているものの、ライトは点灯しておらず走り出す様子はない。

「ありゃあ恐らく、ドライブ能力だ」
「え?」

運転席に座る不破が突然そう切り出すと、(毎度のことだが)いきなりの話題フリに宗助は付いて行けず、聞き直す。

「彼女の歌声だよ。生で聞いてわかった。俺たちは“そういうの”に自覚があるから、お前にも多少感じ取れたはずだ。サブリミナル効果とかが近いのかな、あれは」
「……なんだか、なんていうんでしょうか、表現が難しいんですが……心を直接触られたような、そんな感覚はしました」
「それだ、それ。彼女の歌う声には恐らくだが、人の心をある種の“洗脳状態”のようにすることが出来る力がある。歌う声にだけだ。心を奪うっつーのかな、共感させるというか。お前の言う通り、表現が本当に難しい」

不破は運転席のシートにもたれかかり、頭をがしがしと掻く。思うように自分の感じた物を伝えられないことにもどかしさを感じているのだ。

「んで、それは、篠崎あかねの持つドライブの仕業だって言ったんだ。あの子に自覚は無いみたいだがな」
「あかねに、ドライブが?」

宗助は、ステージで力いっぱい歌を歌い続ける彼女の姿を思い出す。汗を流して走り回って、笑顔いっぱいで、時に泣いて。一人一人の耳に届くようにと、声を絞り出していた姿を。

「まだはっきりとは言えないが、もしドライブの能力なら放っておく訳にもいかない。理由はお前がウチに来た時話したな。彼女には、ドライブとは何かってので、少しの間訓練と教育が必要になるかもしれん」
「ドライブ……能力……」

ドライブ能力、なんて言い方をすると、漫画やアニメみたいな、なんだかいかにも“ものものしい物”のように感じるのだが、宗助は近頃、このドライブ能力と言うものに自分なりの見解を持つようになっていた。
それは、ドライブとはきっと人間が持っている才能の一部分に過ぎないのであって、例えば『逆上がりが上手』だとか、『走るのが得意』だとか、根本的な所は『そういうの』と何一つ変わらないんじゃないだろうか、という考え方である。もちろん、『歌が上手』というのもその一つだ。
そして、そこから今宗助が思うのは、彼女に「君の歌は、ドライブ能力があるから共感を得られている」と伝えるのは何かが違うという事だ。
彼女の感性と様々な経験をかけあわせてひねり出されたのだろう独特な歌詞、細い体を精一杯使って、聴いている人皆に気持ちが伝わるように懸命に歌っている姿。そんな彼女の頑張りを、『ドライブという能力のおかげだから』という一言で否定してしまうような事なんて、誰にも出来ない筈だと、そう思ったのだ。
だから――。

「ねぇ、不破さん」
「なんだ?」
「彼女には、ドライブの事は、伝えないで欲しいんです」
「なんで」
「だって彼女、あんなに頑張っていたじゃないですか」

宗助は微笑んでいた。昨夜の、何かに苛まれるような表情は欠片も無い。

「そんなこと言ってお前、彼女がマシンヘッドに襲われたらどうする。ドライブの才能を持った人間は狙われやすい可能性があるんだぞ」
「守りましょう。みんなで」
「……彼女がドライブで何か事件起こしたら、お前、責任とれるか?」
「それは無理ですね」
「おまえな」

呆れたように不破が宗助を窘めようとするが、宗助はそんな暇を与えずに続きを語る。

「不破さんだって、育てた人間に恩をあだで返されたらどうしよう、って思いながら俺や一文字の面倒見てるわけじゃないでしょ」
「む……」
「今はもう付き合っていないし、ほとんど無関係の人間ですけど。彼女の努力を否定してあげたくないんです。彼女は、すごく頑張ったからあれだけの結果が出ている。それでいいじゃないですか」

不破は宗助が言わんとするところをなんとなく感じ取り、そして昨晩宗助が「別れた彼女を、素直に応援できそうにない」と言っていたのを思い出した。

「…………。わーったよ。リルって子と一緒で、要観察くらいにしとくさ。それでいいか?」
「……ありがとうございます、不破さん」
「お前に礼を言われる筋合いは無い」

不破は窓の外をみながら、言葉とは裏腹に少し嬉しそうに笑っていた。



宗助が携帯の電源を入れると、これまた懐かしいアドレスからメールが来ていた。
篠崎あかねからだ。着信時間はついさっき。
アドレスを消さずに置いておいてくれたのかと思うと少しだけ嬉しさがこみ上げてきたが、首をふってその気持ちを打ち消す。しかし次に文面を見た時には、流石にどきりと心臓が大きく跳ねるのを抑える事は出来なかった。

差出人:篠崎あかね
件名:『今日はありがとう』
内容:『ちゃんと見に来てくれてたね。ステージからでも見えたよ。それで、ちょっとだけ話がしたいんだけど、会場の裏の通りの所まで来てくれないかな』

しばらく携帯電話の液晶と仏頂面でにらめっこしていた宗助だったが、携帯電話をカチッと音を立てて閉じると、扉のレバーに手をかけた。

「不破さん、すいません。少しの間、ここで待っていてくれませんか」
「んん?…………あぁ。とっとと行ってこい。最近少し寝不足でな、寝てるわ。俺」

不破は何かを察したのか、相変わらず宗助に目もくれず、言葉だけを彼に投げかける。

「ありがとうございます」

宗助は勢いよく車から飛び出すと、宗助は来た道を全速力で引き返し始めた。

“暗殺者”をモデルに戦闘タイプとして教育されているため、なかなか軽い身のこなしで警備と交通整備員の目をくぐりぬけて、あかねが指定した“裏の通り”へと急ぐ。
宗助は、車を出てから僅か3分弱で彼女のもとへ辿り着いた。

「あかね」

宗助が近寄りながら呼びかけると、彼女は振り返った。宗助の顔を確認すると少し微笑んで、2歩、3歩と歩み寄る。
風がひとつだけ、ひゅうと二人の間を駆け抜ける。

「……ごめん、こんなところに呼び出して」
「いや、そう遠くに行っていなかったから」

あれだけ歌いまくった後だから当然なのだが、少し枯れた声だった。だが、彼女の言葉の歯切れが悪いのは、それのせいだけでは無いようだ。

「ねぇ、木原君は元気にしてる?しょっちゅう一緒にいたよね、宗助と木原君」
「……あぁ、亮太は、元気にしてるよ」
「そういえば、昔さ。木原君と3人で出かけたことあったよね。なんだかちょっと気まずそうにしててさ、流石に私――」「なぁ、あかね」

会話を無理矢理斬る様な宗助の声に、あかねは少しだけ体を強張らせる。

「そんなことを言うために呼び出したのか?」

そして少しだけ、無言の時間が流れる。

「ん……、そうね。今日の感想をね、聞きたくて……」

きっとそれも、彼女の本音ではない。宗助はそう思いながらも、彼女の望む通りに、コンサートの感想を思うまま述べた。

「すごかった。感動したよ、本当に」
「ありがと。一生懸命歌った甲斐があったよ、そう言ってもらえるとさ」
「……最後の曲、めちゃくちゃ気合入ってたな。本当に、すごかった。同じ事しか言えないけれど、本当にすごいとしか言いようがないくらい、すごかった。……、」

宗助は今喉の奥まで出かかっている言葉を、そのまま続けて彼女に言うべきか言わぬべきか、考える。そんな様子を見て、あかねが不思議そうな顔で尋ねた。

「どうしたの?」
「……いや……。あかねはすごいって思ったんだ、今日。自分の道を迷わず進んでるって。それに比べて俺はどうなんだろうって、考えさせられたよ。すごく」

宗助の尊敬を込めたその言葉には、あかねは少し気まずそうな顔を見せた。

「最後の曲はね」
「ん?」
「最後の曲は、私の弱さが、すごく沢山詰まった曲。歌えば歌う程、悲しくて、情けなくなって、今まで来た道を引き返したくなる。それでも私は、どうしてもあの歌から離れられなくて……」

「――あれから、2年も経ってるのにね」

もう一度、風が二人の間を通り抜ける。それは先程よりも少し長く、強かった。
宗助は、何も言えない。

「……宗助、あのね。あの曲はさ、あんな別れの告げ方しておいて、虫のいい話だって、思うかもしれないんだけどでも。私が、あの曲を書いたのは――」「あかね」

ハッキリと一文字ずつにイントネーションをつけて、宗助は再度あかねの言葉を遮った。

「……後ろを振り返るのは楽しいよな。辛くなったときとか、尚更。けどさ、なんていうか、あかねは前を向いている方があかねらしいっていうか」
「前……」
「そう。ずっとあかねは、俺の事情とかお構いなしで俺を引っ張りまわしてただろ?だから、あかねの顔を見てた時間よりも、背中を見てた時間の方が絶対長いと思うんだ」

宗助の言葉に「なによ、それ」と言い、呆れたようにあかねは微笑む。

「だから、後ろをちらちらと振り返ってるあかねは、俺からしたらなんかこう、あかねっぽくなくて」
「私っぽくない?」
「うん。もっとこう、前向きな歌を歌っている方が良い。ほら、オープニングの曲みたいなさ、片想いしてます、今を楽しんでます!みたいな曲!」
「そうかな」
「そうさ!…………それで、これから、好きな人ができたら、その人に歌ってあげたりして!そしたら、絶対そいつは落ちるね!うん、男なら間違いなく落ちる!いや、女でも落ちるかもな!正直、俺の知っている中で一番可愛かったよ、あの曲を歌ってるあかねは。いや、ほんとに!」

宗助は、自分でも何を喋っているのかだんだんと判らなくなってきていた。ただ、あかねがあの後、どんな言葉を連ねようとしていたのかは定かではないけれども、それを聞いたらいけない気がして、とにかく何かを喋りまくったのだ。
あかねは何かを諦めたようにふぅ、と息を一つ吐いた。

「……そうだね。書いてみる。前向きな歌で、今を歌った歌」
「……あぁ。陰ながら応援させてもらうよ」

しばし無言で、見つめあう。

「それじゃあそろそろ俺は、人も待たせてるし、戻るよ」
「……うん。来てくれて、ありがとう」
「ああ、こちらこそチケットありがとう。じゃあ」

そして宗助は、通りの暗がりの向こう側へ、少し駆け足で去って行った。
あかねはしばらくその場に立ち尽くして、宗助の去って行った方向をじっと眺めていた。

「「またね」って、言ってくれないよね。そりゃあそうだ。私が、悪いよ」

あかねはぽつりと呟いた。彼女が閉じたまぶたの裏に映るのは、決して切り離すことはできない思い出。
今しがた、過去に甘えてばかりではいけないと言われたばかりなのに、勝手にまぶたの裏に映っていく。彼女の好きな『一瞬』が、沢山詰まった思い出が。


『生方君、こっちこっち!』
「ちょっと、先輩、腕痛いです、腕が!引っ張らないで!」
『いいからいいから!フンッ!』
「ちょっ、ドアくらい手で開けてって……うわ……!」
『どう?すごいでしょ、ここから見える夕陽!これ、生方君と一緒に見たかったんだ』
「俺と?」
『そうよ!……ねぇ、生方君!』
「?はい」
『わたしね!あなたの事が!めちゃくちゃ好き!』

――あの、空全体をオレンジで混ぜ返したような夕焼けをバックにした、一世一代の大声の告白も。

「ねぇ先輩」
『なぁに、生方君』
「その、なんというか。……あかねって、呼んでいいですか?」
『……』
「っと、変な事言っちゃいましたか?」
『んーん、やっぱり、本当にかわいいなぁ、 宗 助 は!って思って!』
「……っ、かわいいですか?」
『ふふふ。それはもう、たまらなく。あとは、その敬語をやめて頂こうかしら。ね、宗助?』

――あの、緊張だらけのはじめてのデートの思い出も。

「なんだか、こうしてあかねと話すのも久しぶりだな」
『宗助』
「最近お互い、結構バタバタしてたもんな」
『宗助!』
「……なに?」
『勝手で悪いんだけど、私、もうあなたとは付き合えません。ごめんね、さようなら』

――あの、最低の別れのセリフも。


もう、思い出は思い出でしかない。
時間が経ち過ぎていた。

あかねは、ぶんぶんと頭を振る。




「……ホントに、ウソ下手だね」









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