鬼神伝 鬼の巻 神の巻
2013年9月13日 22時06分42秒 (Fri)
高田崇史さんの「鬼神伝 鬼の巻」と「鬼神伝 神の巻」一気に読みました。児童書です。
普通の中学生、天童純がある日突然、平安時代にタイムスリップ。オロチを操って鬼退治をしろとか言われます。鬼退治しますが、鬼はなんで人に悪さするのかと疑問をもち、鬼の少女、水葉に近づいて、鬼の住処に潜入。そこで、悪いのは鬼じゃなくて、人なのでは・・・と。
読んだ感想は、はっきり言って最悪でした。このイライラをどこかにぶつけたくてしょうがない・・ので、すみません。以下、ちょっとアレです。
頼光様ぁあああああああぁあああぁっ! かっこいい頼光きたと思ったのに、なんで・・・!? どーせ頼光じゃなくなるなら、もとからオリキャラにしてくれたらいいのに! 綱たちまで出して!
主人公が嫌いすぎる。ここまで嫌な主人公も珍しい。「鬼は悪さをするから、退治する」という人間の言葉には、「何故、鬼は悪さするんだろう」という疑問を持つのに、鬼から「人から戦いをしかけてきた」って言われたら、あっさり信じた。鬼側に寝返るも、人を殺すのも嫌とかで、戦わないで解決する方法は~とか言う。そのわりに、物語の最初で、人の首が飛ぶシーンがあっても別に普通にしてた。え、普通の中学生として生きてきてたんですよね?
鬼側に寝返ったときに、仲良くなった頼光たちに罪悪感を感じないのもすごい。というか、頼光たちは信頼してくれてるのに、「鬼はホントに悪いのか」とか疑問を持ちながら、でも、鬼が人を殺すのも許せないみたいなはっきりしない考えで、ものすごい力をもったオロチを操るものすごい。
んで、頼光たちが帝釈天らにされたら、全力で殺しにかかる。頼光たちと刃を交えたくないというのは一文だけでてくるも、その後、鬼たちを見捨てることもできない。そう考えた直後に、元の世界に戻りたいって、言うのはどうかと・・・。そりゃ、帰りたいと思いますが・・・。じゃあもう、全部見捨てて、自分は安全なところに逃げたいですって言えばいいのに、その後もなんやかんやで、正義ヅラして戦いだすし。んで、綱たちと戦うことになって、初めに、ちょろっと「綱、僕が分からないのか」的なことを言うも、その後は、何のためらいもなく殺しにかかる。葛藤ゼロ。まず、頼光たちがそんなことになったと聞いたとき、悲しみも、そうした奴らに対する怒りも感じてなかった。怖いわー。
まず、この作品の鬼の定義が分からない。スサノオやアマテラスも鬼で、一般庶民も鬼。人なのは、ごく一部の貴族だけだそーですが、まぁ神は、鬼神ともいうから鬼と紙一重っていうのは分かるけど・・・。一般庶民・・・? 朝廷にさからう民、まつろわぬ民が「鬼」とされるのは分かるけど、普通に従ってる庶民は「鬼」じゃないと私は思います。一般庶民も鬼、つまり全人口のほとんどが鬼、つまり我々は節分の日に、自分たちの先祖に向かって豆をぶつけてるんだ!って言われても・・・。一般庶民が鬼と呼ばれる理由がわからん。「鬼」はもともと「隠(おん)」。正体不明のものを意味しているとするならば、山の中や、朝廷の目の行き届かないところにいるまつろわぬ民は、朝廷から見たら正体不明。それに、従わないものを「鬼」とすることで殺すことを正当化したというのも頷ける。
んで、アマテラスが鬼だとすると、「人」である貴族のトップ、天皇は・・・? 天皇って神の子孫・・・古事記などの神話って、天皇を神の子孫とするために書かれた・・・この小説では、アマテラスもスサノオも実在したことになっており、スサノオなんかは実際に人と戦いだすんですが、彼らは天皇のために作られた存在では・・・? なんか、わけわからん。
私が頼光たちのことを特に好きでなかったとしたら、こんなに嫌な小説だと思うことはなかったんですが(^^; 頼光のことも、鬼のことも、何もしらない小学生時代に読んでいたら、楽しかったのかもしれません・・。
普通の中学生、天童純がある日突然、平安時代にタイムスリップ。オロチを操って鬼退治をしろとか言われます。鬼退治しますが、鬼はなんで人に悪さするのかと疑問をもち、鬼の少女、水葉に近づいて、鬼の住処に潜入。そこで、悪いのは鬼じゃなくて、人なのでは・・・と。
読んだ感想は、はっきり言って最悪でした。このイライラをどこかにぶつけたくてしょうがない・・ので、すみません。以下、ちょっとアレです。
頼光様ぁあああああああぁあああぁっ! かっこいい頼光きたと思ったのに、なんで・・・!? どーせ頼光じゃなくなるなら、もとからオリキャラにしてくれたらいいのに! 綱たちまで出して!
主人公が嫌いすぎる。ここまで嫌な主人公も珍しい。「鬼は悪さをするから、退治する」という人間の言葉には、「何故、鬼は悪さするんだろう」という疑問を持つのに、鬼から「人から戦いをしかけてきた」って言われたら、あっさり信じた。鬼側に寝返るも、人を殺すのも嫌とかで、戦わないで解決する方法は~とか言う。そのわりに、物語の最初で、人の首が飛ぶシーンがあっても別に普通にしてた。え、普通の中学生として生きてきてたんですよね?
鬼側に寝返ったときに、仲良くなった頼光たちに罪悪感を感じないのもすごい。というか、頼光たちは信頼してくれてるのに、「鬼はホントに悪いのか」とか疑問を持ちながら、でも、鬼が人を殺すのも許せないみたいなはっきりしない考えで、ものすごい力をもったオロチを操るものすごい。
んで、頼光たちが帝釈天らにされたら、全力で殺しにかかる。頼光たちと刃を交えたくないというのは一文だけでてくるも、その後、鬼たちを見捨てることもできない。そう考えた直後に、元の世界に戻りたいって、言うのはどうかと・・・。そりゃ、帰りたいと思いますが・・・。じゃあもう、全部見捨てて、自分は安全なところに逃げたいですって言えばいいのに、その後もなんやかんやで、正義ヅラして戦いだすし。んで、綱たちと戦うことになって、初めに、ちょろっと「綱、僕が分からないのか」的なことを言うも、その後は、何のためらいもなく殺しにかかる。葛藤ゼロ。まず、頼光たちがそんなことになったと聞いたとき、悲しみも、そうした奴らに対する怒りも感じてなかった。怖いわー。
まず、この作品の鬼の定義が分からない。スサノオやアマテラスも鬼で、一般庶民も鬼。人なのは、ごく一部の貴族だけだそーですが、まぁ神は、鬼神ともいうから鬼と紙一重っていうのは分かるけど・・・。一般庶民・・・? 朝廷にさからう民、まつろわぬ民が「鬼」とされるのは分かるけど、普通に従ってる庶民は「鬼」じゃないと私は思います。一般庶民も鬼、つまり全人口のほとんどが鬼、つまり我々は節分の日に、自分たちの先祖に向かって豆をぶつけてるんだ!って言われても・・・。一般庶民が鬼と呼ばれる理由がわからん。「鬼」はもともと「隠(おん)」。正体不明のものを意味しているとするならば、山の中や、朝廷の目の行き届かないところにいるまつろわぬ民は、朝廷から見たら正体不明。それに、従わないものを「鬼」とすることで殺すことを正当化したというのも頷ける。
んで、アマテラスが鬼だとすると、「人」である貴族のトップ、天皇は・・・? 天皇って神の子孫・・・古事記などの神話って、天皇を神の子孫とするために書かれた・・・この小説では、アマテラスもスサノオも実在したことになっており、スサノオなんかは実際に人と戦いだすんですが、彼らは天皇のために作られた存在では・・・? なんか、わけわからん。
私が頼光たちのことを特に好きでなかったとしたら、こんなに嫌な小説だと思うことはなかったんですが(^^; 頼光のことも、鬼のことも、何もしらない小学生時代に読んでいたら、楽しかったのかもしれません・・。
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- 雨傘蝙蝠と申します。そのまま、あまがさこうもりと読んでください。
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