2024年6月 アーカイブ
2024年6月30日 0時57分22秒 (Sun)
本当は監禁をしたくなかった(3)はじめは監禁でなかった
こんにちは。
猿田彦大神です。
今回は、川崎牧師が脱会活動をしてきた経緯を紹介致します。
米本ブログの内容が参考になりますので、ともに考察してみたいと思います。
監禁にいたる経路の考察になります。
最初は監禁する必要はなく、
監禁ははじめなされず、説得を谷村教会にて行い、信者自身の意思(いやいやでも)にてとある。
統一教会からの妨害(無言電話、尾行)がはいる為、エスカレートしていった。
監禁が必要となり手法は、村上密牧師から学んだようです。
今利さんからの提訴があり、和解勧告を受けたことにより、監禁に対しての対策をするようになった。
監禁は親にさせて、脱会させてから「いのちの家」にて監禁せず宿泊させて説得する手法に転換した。
親にさせるには、親に責任を持たせるトークも必要。母からは、「子育てを失敗した烙印のトーク」を聞いてます。
親の責任にて監禁。裁判になったときに責任が自身にこないような仕組みを構築。
それが、小諸いずみ会「いのちの家」で、脱会を表明した信者の親子が滞在するもの。
①この妨害は果たして、監禁された信徒にとっても、妨害にならなかったのか?
②牧師は、親に責任を持たせることで、親を追い込むトークに拍車がかかり、
陰湿になったのではないかということです。
このことが、さらに親子関係修復ができないことに拍車をかけたのではないか?
③キリスト教会と会話をしていれば、監禁をしなくてもすむ対話 (宗教間の対話)
④責任者が親と交流して教会を知ってもらう(説明責任をはたす)
⑤もし、責任者の親の訪問、宗教間の対話があれば、脱会の対策の在り方が変わったのではないか?
という視点から監禁に至った動機と経路を考察してみました。
この5つの視点から見直すことで、監禁の見え方を本質的な解決はみつかり、親子修復(脱会関係なく共通課題)とキリスト教会との和解、宗教間の争いに大きな転機をもたらすことを期待致します。
下記内容を参照ください。
あと10年をポジティブに生きる記録 米本和広ブログより
罪深き人の名は川崎牧師! 2012/03/02 17:30
「川崎牧師の人格」
1980年から統一教会信者の脱会説得に関わってきた川崎氏の「対統一史」を時代区分すれば、次のようになると思います。彼女から直接聞いた話をもとに。
◆80年代前半:
家族に連れられてきた信者を教会(都留市の谷村教会)で、資料をもとに説得した。信者はしぶしぶであろうが、自分の意思で川崎氏と会った。
「1日ないし数日の説得で、面白いように脱会した」(川崎)
◆85年から02年:
主に都留市界隈のホテルを利用しての強制説得。
「教会で説得していると、教会の外から仲間が『頑張れ』とか『負けるな』といった大きな声をあげ、妨害が入るようになった。それと同時に、統一教会が対策を取るようになったため、いったんは脱会に傾いていた信者が翌日やってくると、元の木阿弥に。それで、統一教会の影響から遮断する必要性を感じて、ホテルを利用するようになった」(川崎)
「ぼくと川崎さんが保護説得の手法を学んだのは、アッセンブリー京都教会の村上密牧師からだった」(清水)
「ああ、確かに伝授した。清水さんの証言は正しい」(村上)
この時代の初期、川崎氏のところに、統一教会の信者と思しき人たちから無言電話があったり、尾行があったりした。おそらく、この頃から、川崎氏は「信者の救出」から「統一教会との戦争に突入した」という意識に変化したのではないかと思われる。
◆02年から今日:長野県小諸市の「いのちの家」で、教会の雑事にとらわれることなく、脱会説得のみとなった。教会の牧師時代は、統一教会とは関係のない信徒も多いだけに、日曜礼拝などで気の利いたこともしゃべらなければならない。そこからも解放された。
ホテルでの強制説得から、方針を転換したのは、次のことが影響したと思われる。
(1)99年に、教会員の今利理絵さんが清水牧師と黒鳥牧師を提訴した。
2人の牧師とは連携して強制説得を行っていたし、ましてや黒鳥牧師は川崎氏が保護説得を直接伝授した「妹分」。提訴に、川崎氏は激しいショックを受けた。
(2)裁判には多額の弁護士費用がかかることもわかり、これにもショックを受けた。
(3)そこで、川崎氏は訴えられてもいいような安全策(自己保身策)を編み出した。
すなわち、信者家族に拉致監禁させ、監禁下で親に「統一教会に詳しいおばあさんのところに行こう」と子どもを納得
させる。
同意したら、子どもを「いのちの家」に連れて来させる。(しぶしぶであっても、やってきたのは本人の意思である)
いのちの家の施設では、鍵をするようなことはせずに、逃げようと思えばいつでも逃げることができる環境にした。
(これによって、提訴されても、違法性は阻却され、簡単に裁判は終わる。弁護士に多額の報酬金を払う必要もない)
http://yonemoto.blog63.fc2.com/blog-entry-310.html#:~:text=%EF%BC%91%EF%BC%99%EF%BC%98%EF%BC%90%E5%B9%B4%E3%81%8B%E3%82%89,%E5%BF%85%E8%A6%81%E3%82%82%E3%81%AA%E3%81%84%EF%BC%89
猿田彦大神です。
今回は、川崎牧師が脱会活動をしてきた経緯を紹介致します。
米本ブログの内容が参考になりますので、ともに考察してみたいと思います。
監禁にいたる経路の考察になります。
最初は監禁する必要はなく、
監禁ははじめなされず、説得を谷村教会にて行い、信者自身の意思(いやいやでも)にてとある。
統一教会からの妨害(無言電話、尾行)がはいる為、エスカレートしていった。
監禁が必要となり手法は、村上密牧師から学んだようです。
今利さんからの提訴があり、和解勧告を受けたことにより、監禁に対しての対策をするようになった。
監禁は親にさせて、脱会させてから「いのちの家」にて監禁せず宿泊させて説得する手法に転換した。
親にさせるには、親に責任を持たせるトークも必要。母からは、「子育てを失敗した烙印のトーク」を聞いてます。
親の責任にて監禁。裁判になったときに責任が自身にこないような仕組みを構築。
それが、小諸いずみ会「いのちの家」で、脱会を表明した信者の親子が滞在するもの。
①この妨害は果たして、監禁された信徒にとっても、妨害にならなかったのか?
②牧師は、親に責任を持たせることで、親を追い込むトークに拍車がかかり、
陰湿になったのではないかということです。
このことが、さらに親子関係修復ができないことに拍車をかけたのではないか?
③キリスト教会と会話をしていれば、監禁をしなくてもすむ対話 (宗教間の対話)
④責任者が親と交流して教会を知ってもらう(説明責任をはたす)
⑤もし、責任者の親の訪問、宗教間の対話があれば、脱会の対策の在り方が変わったのではないか?
という視点から監禁に至った動機と経路を考察してみました。
この5つの視点から見直すことで、監禁の見え方を本質的な解決はみつかり、親子修復(脱会関係なく共通課題)とキリスト教会との和解、宗教間の争いに大きな転機をもたらすことを期待致します。
下記内容を参照ください。
あと10年をポジティブに生きる記録 米本和広ブログより
罪深き人の名は川崎牧師! 2012/03/02 17:30
「川崎牧師の人格」
1980年から統一教会信者の脱会説得に関わってきた川崎氏の「対統一史」を時代区分すれば、次のようになると思います。彼女から直接聞いた話をもとに。
◆80年代前半:
家族に連れられてきた信者を教会(都留市の谷村教会)で、資料をもとに説得した。信者はしぶしぶであろうが、自分の意思で川崎氏と会った。
「1日ないし数日の説得で、面白いように脱会した」(川崎)
◆85年から02年:
主に都留市界隈のホテルを利用しての強制説得。
「教会で説得していると、教会の外から仲間が『頑張れ』とか『負けるな』といった大きな声をあげ、妨害が入るようになった。それと同時に、統一教会が対策を取るようになったため、いったんは脱会に傾いていた信者が翌日やってくると、元の木阿弥に。それで、統一教会の影響から遮断する必要性を感じて、ホテルを利用するようになった」(川崎)
「ぼくと川崎さんが保護説得の手法を学んだのは、アッセンブリー京都教会の村上密牧師からだった」(清水)
「ああ、確かに伝授した。清水さんの証言は正しい」(村上)
この時代の初期、川崎氏のところに、統一教会の信者と思しき人たちから無言電話があったり、尾行があったりした。おそらく、この頃から、川崎氏は「信者の救出」から「統一教会との戦争に突入した」という意識に変化したのではないかと思われる。
◆02年から今日:長野県小諸市の「いのちの家」で、教会の雑事にとらわれることなく、脱会説得のみとなった。教会の牧師時代は、統一教会とは関係のない信徒も多いだけに、日曜礼拝などで気の利いたこともしゃべらなければならない。そこからも解放された。
ホテルでの強制説得から、方針を転換したのは、次のことが影響したと思われる。
(1)99年に、教会員の今利理絵さんが清水牧師と黒鳥牧師を提訴した。
2人の牧師とは連携して強制説得を行っていたし、ましてや黒鳥牧師は川崎氏が保護説得を直接伝授した「妹分」。提訴に、川崎氏は激しいショックを受けた。
(2)裁判には多額の弁護士費用がかかることもわかり、これにもショックを受けた。
(3)そこで、川崎氏は訴えられてもいいような安全策(自己保身策)を編み出した。
すなわち、信者家族に拉致監禁させ、監禁下で親に「統一教会に詳しいおばあさんのところに行こう」と子どもを納得
させる。
同意したら、子どもを「いのちの家」に連れて来させる。(しぶしぶであっても、やってきたのは本人の意思である)
いのちの家の施設では、鍵をするようなことはせずに、逃げようと思えばいつでも逃げることができる環境にした。
(これによって、提訴されても、違法性は阻却され、簡単に裁判は終わる。弁護士に多額の報酬金を払う必要もない)
http://yonemoto.blog63.fc2.com/blog-entry-310.html#:~:text=%EF%BC%91%EF%BC%99%EF%BC%98%EF%BC%90%E5%B9%B4%E3%81%8B%E3%82%89,%E5%BF%85%E8%A6%81%E3%82%82%E3%81%AA%E3%81%84%EF%BC%89
2024年6月25日 13時22分10秒 (Tue)
本当は監禁をしたくなかった(2)子育てを失敗 マニュアルトーク
こんにちは!猿田彦です。
前回に引き続き、本当は監禁をしたくなかった 故 川崎経子牧師の証言 (2)をお伝えいたします。
監禁された兄弟姉妹の救出活動は、いつも監禁がおこってからの対処になりました。
監禁のパターンは様々ですが、親が準備したアパートを訪問する。実家を訪問する。脱会後のリハビリ施設を訪問する。
監禁が起こってしまったら、これしかできません。
そもそも、親が監禁(保護)をしないといけないと思わされたのは、親のマインドがコントロールされる(不安を煽る)報道、書籍と牧師からの「子育てを失敗した」というメッセージが原因です。
これは、子供の言葉を信じなくさせるころし文句となりました。
長年たくさんの親からお聞きしてわかったことは、どの説得者(牧師や説得者)も「子育てを失敗した」という烙印を、親にトークしています。
私の親は自分をせめて責任をとらないといけないと、こそこそ犯罪者「犯罪者の親として」のように生活しながら、自殺も考え、両親は生きてきました。〈これは、親子関係修復ができて本音を聞けて分かったことです。〉
親にマインドコントロール(こころをたきつけられた)をしてきたのが真実です。 牧師、書籍、マスコミ報道、国家権力が親のこころを追い詰めました。 親をマインドコントロールし、監禁を先導したことを監禁した牧師は知っています。
困って相談にくる親に「子育ては失敗した」だから責任を取って監禁「時間とお金をかけても脱会させないと子供は犯罪者になる」と追い立てられて、親はやりたくない監禁をしてきた。
ところが、川崎牧師から亡くなる直前に遺言のように、監禁を親にさせてきた川崎牧師から
泣きながら「監禁をしたくなかった」と言われました。録音があれば皆さんにお聞かせできました。
亡くなる前のだれにも言えない懺悔でしょうか?
加害者のほうが、被害者よりも苦しみは大きいといいます。
この懺悔の言葉、監禁と分かって今まで親を精神的に追い込んできた川崎牧師の最後の言葉を皆さん覚えて下さい。
では、どうして川崎牧師が監禁をするようになったのか?
ほかに方法はなかったのか?
皆さんも気になりませんか?
監禁という犯罪を決意するようになる「動機と経路」があるなら知りたいと思うようになりました。 (続く)
前回に引き続き、本当は監禁をしたくなかった 故 川崎経子牧師の証言 (2)をお伝えいたします。
監禁された兄弟姉妹の救出活動は、いつも監禁がおこってからの対処になりました。
監禁のパターンは様々ですが、親が準備したアパートを訪問する。実家を訪問する。脱会後のリハビリ施設を訪問する。
監禁が起こってしまったら、これしかできません。
そもそも、親が監禁(保護)をしないといけないと思わされたのは、親のマインドがコントロールされる(不安を煽る)報道、書籍と牧師からの「子育てを失敗した」というメッセージが原因です。
これは、子供の言葉を信じなくさせるころし文句となりました。
長年たくさんの親からお聞きしてわかったことは、どの説得者(牧師や説得者)も「子育てを失敗した」という烙印を、親にトークしています。
私の親は自分をせめて責任をとらないといけないと、こそこそ犯罪者「犯罪者の親として」のように生活しながら、自殺も考え、両親は生きてきました。〈これは、親子関係修復ができて本音を聞けて分かったことです。〉
親にマインドコントロール(こころをたきつけられた)をしてきたのが真実です。 牧師、書籍、マスコミ報道、国家権力が親のこころを追い詰めました。 親をマインドコントロールし、監禁を先導したことを監禁した牧師は知っています。
困って相談にくる親に「子育ては失敗した」だから責任を取って監禁「時間とお金をかけても脱会させないと子供は犯罪者になる」と追い立てられて、親はやりたくない監禁をしてきた。
ところが、川崎牧師から亡くなる直前に遺言のように、監禁を親にさせてきた川崎牧師から
泣きながら「監禁をしたくなかった」と言われました。録音があれば皆さんにお聞かせできました。
亡くなる前のだれにも言えない懺悔でしょうか?
加害者のほうが、被害者よりも苦しみは大きいといいます。
この懺悔の言葉、監禁と分かって今まで親を精神的に追い込んできた川崎牧師の最後の言葉を皆さん覚えて下さい。
では、どうして川崎牧師が監禁をするようになったのか?
ほかに方法はなかったのか?
皆さんも気になりませんか?
監禁という犯罪を決意するようになる「動機と経路」があるなら知りたいと思うようになりました。 (続く)
2024年6月24日 19時02分23秒 (Mon)
本当は監禁をしたくなかった(1)争いは何も解決しない
こんにちは。猿田彦です。
今回は日本キリスト教団の故 川崎経子牧師の遺言ともいえる発言についてです。
川崎牧師には、感謝する内容がありました。
それは教会員の監禁の為親子関係が難しくなった修復に対して、協力してくれたことです。
暴力的な監禁に対して、川崎牧師を糾弾する為、ルポライターともに今は更地になっている”小諸いずみ会 いのちの家”に脱会後のリハビリのため、宿泊しているであろう姉妹の救出のため訪問致しました。当時の責任者数人も一緒でした。
外から姉妹の名を呼んで、出てくるのを待つという作戦でしたが、音沙汰なく終了。
憎んでも姉妹はかえって来ないし、何も解決しないことがはっきりと理解した瞬間でした。
憎みきった為か分かりませんが、「憎むことに疲れてしまった」という気持ちになりました。
意を決して、「話し合いをしよう」と当時の女性責任者といのちの家のピンポンを押しました。
下記写真は、罪深き人の名は川崎経子牧師!

http://yonemoto.blog63.fc2.com/blog-entry-310.htmlより
もちろんダッシュして逃げません(笑)争いがあっても姉妹とは話せないし、神様は喜ばれないと思ったからです。
それから、姉妹を救い出すために、監禁する牧師を理解しようと探求する気持ちになりました。(続く)
今回は日本キリスト教団の故 川崎経子牧師の遺言ともいえる発言についてです。
川崎牧師には、感謝する内容がありました。
それは教会員の監禁の為親子関係が難しくなった修復に対して、協力してくれたことです。
暴力的な監禁に対して、川崎牧師を糾弾する為、ルポライターともに今は更地になっている”小諸いずみ会 いのちの家”に脱会後のリハビリのため、宿泊しているであろう姉妹の救出のため訪問致しました。当時の責任者数人も一緒でした。
外から姉妹の名を呼んで、出てくるのを待つという作戦でしたが、音沙汰なく終了。
憎んでも姉妹はかえって来ないし、何も解決しないことがはっきりと理解した瞬間でした。
憎みきった為か分かりませんが、「憎むことに疲れてしまった」という気持ちになりました。
意を決して、「話し合いをしよう」と当時の女性責任者といのちの家のピンポンを押しました。
下記写真は、罪深き人の名は川崎経子牧師!

http://yonemoto.blog63.fc2.com/blog-entry-310.htmlより
もちろんダッシュして逃げません(笑)争いがあっても姉妹とは話せないし、神様は喜ばれないと思ったからです。
それから、姉妹を救い出すために、監禁する牧師を理解しようと探求する気持ちになりました。(続く)
2024年6月24日 18時45分15秒 (Mon)
責任者が親子修復の鍵
こんにちは。猿田彦です。
今回は、平和を愛する世界人からメッセージを紹介いたします。
以下抜粋
神様は愛と平和の世界を願ってこの世をつくられました。
自分の宗教だけが唯一の救いであると言い張って混乱を引きおこすのは、神様が願われることではありません。
神様は、この世界のすべての人が平和と和解、共生のために一生懸命に働くことを願われます。
教会に行くがゆえに家の中に混乱が起きるとすれば、私は躊躇なく家庭を先に守りなさいと言います。なぜかというと宗教は神様の完全な世界に入って行くための手段であって、それ自体が目標ではないからです。 P.292
私は監禁が起きそう、ないしは起きたら、「信仰は本人の決めること、でも精神的な障害がのこるようなことにならないように」と川崎牧師にいつも電話、ないしは訪問し、お伝えしてきました。
また家の中に混乱が起きたときには、すぐに親に会いに行くか責任者に会いに行ってほしいとお伝えしてきました。
勇敢な孝成教会のT青年部長「当時」は、監禁から逃げてきてすぐに、私と親御さんを訪問して話し合いをしてきました。親は安心して親子の和解に大きく貢献されていました。
「教会に行くがゆえに家の中に混乱が起きるとすれば、私は躊躇なく家庭を先に守りなさい」ということを責任者がしっかり理解して行動されていました。
責任者がこの親子関係修復を率先してくれたことにその兄弟はどんなに感謝したでしょうか?
家庭を守りなさいというメッセージを私たちは大切にして、信教の自由が守られるよう、
宗教間の対話をしていきたいと思います。
今回は、平和を愛する世界人からメッセージを紹介いたします。
以下抜粋
神様は愛と平和の世界を願ってこの世をつくられました。
自分の宗教だけが唯一の救いであると言い張って混乱を引きおこすのは、神様が願われることではありません。
神様は、この世界のすべての人が平和と和解、共生のために一生懸命に働くことを願われます。
教会に行くがゆえに家の中に混乱が起きるとすれば、私は躊躇なく家庭を先に守りなさいと言います。なぜかというと宗教は神様の完全な世界に入って行くための手段であって、それ自体が目標ではないからです。 P.292
私は監禁が起きそう、ないしは起きたら、「信仰は本人の決めること、でも精神的な障害がのこるようなことにならないように」と川崎牧師にいつも電話、ないしは訪問し、お伝えしてきました。
また家の中に混乱が起きたときには、すぐに親に会いに行くか責任者に会いに行ってほしいとお伝えしてきました。
勇敢な孝成教会のT青年部長「当時」は、監禁から逃げてきてすぐに、私と親御さんを訪問して話し合いをしてきました。親は安心して親子の和解に大きく貢献されていました。
「教会に行くがゆえに家の中に混乱が起きるとすれば、私は躊躇なく家庭を先に守りなさい」ということを責任者がしっかり理解して行動されていました。
責任者がこの親子関係修復を率先してくれたことにその兄弟はどんなに感謝したでしょうか?
家庭を守りなさいというメッセージを私たちは大切にして、信教の自由が守られるよう、
宗教間の対話をしていきたいと思います。
2024年6月22日 14時51分30秒 (Sat)
判決よりも「将来の親子関係回復こそが大事なことである」との配慮に満ちた和解勧告であった
こんにちは。
サルタヒコです。
親子関係修復をすすめてきましたが
じつはこんな最高裁判所の判決が出ていました。
今利さんの家族において、関係者の修復が最高裁にて勧告されている内容です。
この事実をどう捉えるかによります。
やちまたの会としては、親子関係修復を願う和解勧告は、家庭連合と日本キリスト教団の宗教間の対立に終止符を打つきっかけとなるものと信じます。
今まで、多くの親子がどれほどの苦痛を感じてきたでしょうか?
過去は変わらないが、これから両教団がこの和解勧告を直視して歩みよるきっかけとなれば、
多くの監禁、監禁未遂、監禁しないまでもいがみ合う関係の修復に一筋の希望となるでしょう。
私サルタヒコは、導きの神として、”国津神”と”天津神”の橋渡しをしてきました。
日本キリスト教団と家庭連合が協力しあえば、たくさんの親子関係が修復されることでしょう。
この親子修復は共同事業として両教団の協力を呼び掛けていくつもりです。
これからもやちまたの会を宜しくお願い致します。
下記内容は、日本キリスト教団のホームページからのものです。
【4604号】八年三ヶ月の裁判に決着、全面勝利 黒鳥、清水最高裁判決
サルタヒコです。
親子関係修復をすすめてきましたが
じつはこんな最高裁判所の判決が出ていました。
今利さんの家族において、関係者の修復が最高裁にて勧告されている内容です。
この事実をどう捉えるかによります。
やちまたの会としては、親子関係修復を願う和解勧告は、家庭連合と日本キリスト教団の宗教間の対立に終止符を打つきっかけとなるものと信じます。
今まで、多くの親子がどれほどの苦痛を感じてきたでしょうか?
過去は変わらないが、これから両教団がこの和解勧告を直視して歩みよるきっかけとなれば、
多くの監禁、監禁未遂、監禁しないまでもいがみ合う関係の修復に一筋の希望となるでしょう。
私サルタヒコは、導きの神として、”国津神”と”天津神”の橋渡しをしてきました。
日本キリスト教団と家庭連合が協力しあえば、たくさんの親子関係が修復されることでしょう。
この親子修復は共同事業として両教団の協力を呼び掛けていくつもりです。
これからもやちまたの会を宜しくお願い致します。
下記内容は、日本キリスト教団のホームページからのものです。
【4604号】八年三ヶ月の裁判に決着、全面勝利 黒鳥、清水最高裁判決
教団新報 > 【4604号】八年三ヶ月の裁判に決着、全面勝利 黒鳥、清水最高裁判決
2006年6月10日
主文「本件上告を棄却する。本件を上告審として受理しない」
これは四月二五日に黒鳥、清水両牧師裁判に下した最高裁判所の判決である。この裁判は上告人である今利理絵と今利智也が黒鳥、清水両牧師と両親及び関係者を訴えた。その中で今利夫婦は統一協会から脱会させるために暴行、拉致監禁し脱会を強要したと主張し、損害賠償を求めてきた。
二〇〇四年一月二三日に横浜地方裁判所で、同年八月三一日に東京高等裁判所で黒鳥、清水牧師と両親側が全面勝訴したが、控訴人はこの判決を不服として上告していた。
すでに、統一協会の信者らが東京地方裁判所に清水牧師と両親を訴えた裁判と浅見定雄氏が雑誌「創」に室生忠氏が掲載した記事に関し名誉毀損で訴えた裁判は、いずれも二〇〇三年に最高裁で勝訴が確定した。
今回の判決で当教団の教職をめぐる統一協会関係の裁判は三つとも全面勝訴したことになる。その点で統一協会により被害を被った人たちを救済する働きを行ってきた当教団の動きを阻止しようとする統一協会の思惑は脆くも崩された。それはまた当教団が被害者救済に熱心に関わってきた活動が裁判所においても是認されたことに他ならない。この判決の意義は大きい。
今も救済を求める相談は絶えることはない。悲鳴とも言える相談者の声に、今後とも熱心に耳を傾ける当教団であることを、この際明らかにしておきたい。
それにしても八年三ヶ月におよぶ裁判であった。黒鳥、清水牧師が訴えられたことで、教団は総会において全面的に支援していくことを決議した。この決議により当教団の諸教会は、このために祈り、支えた。三つの裁判の全面勝訴は、このような祈りと支えがあった結果である。この紙面を借りて改めて感謝したい。また、この裁判の代理人となって心血を注いで弁護してくれた山口広、渡辺博、紀藤正樹の三人の弁護士に心より感謝したい。
なお、今利理絵と今利智也から訴えられた両親と関係者に対し、最高裁判所から異例な措置として和解を勧められた。判決よりも「将来の親子関係回復こそが大事なことである」との配慮に満ちた和解勧告であった。これをもとに今年三月に親子間の和解が成立し、新たな関係を現在模索し始めている。統一協会によって引き裂かれた親子関係の回復が出来るよう期待したい。これこそわたしたちの願いであった。
(山北宣久議長談)
長く続いた横浜裁判が遂に最高裁で勝利を勝ち取ったことに、関係者の皆さまに心から敬意を表します。傷つき痛めつけられている人と共に戦い抜いたこの勝利は、多くの人々に希望と勇気を与えるでしょう
https://uccj.org/newaccount/16996.html
https://uccj.org/newaccount/16996.html
プロフィール
最近のコメント
アーカイブ
2026年
携帯用QRコード
- アクセス数

- ページビュー数
