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2024年11月 アーカイブ

2024年11月19日 12時00分51秒 (Tue)

手をついて、ひれ伏して、方向をかえて、

こんにちは。
猿田彦です。
目覚めよ。キリスト教会の名誉回復のために 続きです。
もし、川崎経子牧師が監禁下でなく、冷静に家庭連合の祈りを神との対話を証しを聞いたらどう思うでしょうか?
私は何を彼らに与えていたのかと思い、はなはだ恥ずかしくなったに違いありません。きっとこう言うでしょう。

彼らの祈りを少し聞いたことはあったけど、ああいった環境下でしたから、自然ではなかったでしょう。私はあなた達を通して神に繋がるという意味が少し分かりました。親子の情など、我と主なる神にあろうかと…。それは頭で分かっても、気持ち、心がそのような(親子の情の)形に馴染むのは難しい。あなたがたの祝福がスタートであるように、私達もまた祝福はスタートなのです。

もし、川崎牧師があの世からみてるとすれば、こう言うかもしれない。

時間は同じスピードではないが、地上人を通して私達は同じ心情というものを学ぶのです。

あの監禁してきた川崎牧師に家庭連合の信徒ならこう言うだろう。

川崎牧師、私はあなたの人生の切れ端しか、私は知りません。
あなたは、あなたこそは、ただ1人の、他に代わりなき、神の愛し子です。


主よ、父よ、母よ、私の父母様、そうなのですか。なんという人生を送ったのでしょうか。私の目は見えていませんでした。心情で理解しました。アーメン、アージュ!一人一人に謝らなければならない。手をついて、ひれ伏して、間違いを教えてしまったと言わなければならない。どうか…

聖句
けれども、明るみに引き出されるものは、みな、光によって明らかにされます。明らかにされたものはみな、光だからです。それで、こう言われています。「眠っている人よ。目をさませ。死者の中から起き上がれ。そうすれば、キリストが、あなたを照らされる。」 エペソ5:13

参考
キリスト教会では「悔い改め」という表現を度々使います。しかし、「悔い改める」のギリシャ語はメタノイエオーであり、「考え直す」「心を変える」という意味です。しかし、英語のrepentは、日本語と同じで、罪を悔いて悲しむという意味があります。そうすると、本来の意味からずれてしまいます。もちろん、悔いて悲しむことが伴うこともあるでしょうが、肝心なのは「心の向きを変える」ということです。きょうは、キリスト教会で良く言われる「悔い改め」について考えたいと思います。  
https://kameari-church.com/archives/4433

聖歌26番「輝く御国」 「ヒーリング聖歌~安らぎの森とハープの調べ~」
https://www.kogensha.jp/news_app/detail.php?id=18257

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 ※扉の前で、当時のYマザーといのちの家のインターホンをおす猿田彦
私たちもたくさんゆるされて、ここまで生きてこれました。
監禁した牧師も私たちの家族です。親子修復するには、一緒に取り組む必要があるからです。今後川崎経子牧師の活躍を期待致します。
猿田彦


 

2024年11月18日 14時32分32秒 (Mon)

目覚めよ。キリスト教会の名誉回復のために

こんにちは。
猿田彦です。
今回はもし、川崎経子牧師が生きていたらという事で、考察していきたいと思います。
川崎牧師は、今どんな気持ちでしょうか?
牧師でありながら、親子を断絶する為、「子育てを間違った」とどの親にも伝えて、親を監禁に追い込んだ。
全国弁連の弁護士と連携して監禁は保護であると親を導き、お金と時を奪うようなことをしてきた。
2012年9月のある日、電話で、私は監禁を本当はしたくなかった。でも統一教会が悪かったから。と涙で告白。同年10月7日に逝去。あれから12年、彼女は主のもとにあったとは、考えられないのですが、、、

きっと以下のようだったに違いありません。

ただ、主について訴えたいことはあります。
私は死んで主の懐に抱かれると思っておりました。主の光が私を包んで下さると信じていたのに、何故このように暗い所に閉じ込められなければならないのですか。
なぜ私の手元には聖書がないのですか。読みたいのに読めず、とても辛いです。
主よ、私をかえりみてください。あなたの救いの手は…


もし、神様ならこう本人に伝えるでしょう。

私の子よ、あなたを愛している。暗闇にいるあなたは、いま目にしているこの者達を通して私に会いに来るしかないのだよ。あなたが憐れんだ小さい群れの、統一教会の、あなたが閉じ込めた一人一人を覚えているかい?彼らの名前を呼び、彼らに手をついてあやまりなさい。私はあなたを見ている。一生懸命やってきたことも、学業も、家庭の日常も、祈りも全て。いつか救いの時がやってくるまで、辛くはあるが、私もその十字架を背負うので、ついて来なさい。愛する子よ、愛する子よ。

主よ、私の手に触れて下さい、主よ…
私は奉仕し、努力して教会も建てました。猿田彦さんは、私に親子の関係を修復したいと申し出てきた。私に何が出来るでしょうか。統一協会から子供を救いたい親達のために頑張ってきた私に、方向を変えてと…?
本心では分かっています。間違っていました。私は主の名を借りて、彼らを変えてしまいました。
信仰は命より貴いと知りながら、異端にはその権利を与えませんでした。申し…訳、ありま…せんでした…



尽くしなさい。今いる地上の牧師に目覚めの時を知らせましょう。

私猿田彦は、以下の内容を天の父母様にお祈りいたします。
川崎経子牧師が今後、キリスト教会の名誉回復のために、監禁をしたことを主の前に悔い改めてキリスト教会の再建に立ちあがり、監禁した教会員と親子さんに謝罪し、共に親子修復と隠された監禁の首謀者のやってきた真実を世にすべて告白する勇気ある牧師が出てくるように監禁した牧師を悔い改めに導いて下さることを天の父母様にお祈りいたします。
アーメン。アージュ。


天にまします我らの父よ               
願わくは、み名をあがめさせたまえ。
み国を来たらせたまえ。
みこころの天に成るごとく
地にも成させたまえ。
我らの日用の糧を、きょうも与えたまえ。
我らに罪をおかす者を我らが赦すごとく、
我らの罪をも赦したまえ。

我らを試みに遭わせず、
悪より救いいだしたまえ。
国と力と栄えとは、
限りなく汝のものなればなり。

アーメン
                                  UC[統一教会]食口の悲劇!


                                   
 

2024年11月15日 1時00分34秒 (Fri)

良心は神様にまさる 弁護士も良心から判決を受ける

こんにちは。
猿田彦です。
マインドコントロールにこだわる紀藤弁護士の真実について。
下記書籍を検証してみることで、紀藤さんがどんな立場でマインドコントロールをみているかがわかります。

決定版 マインドコントロール 紀藤正樹 2017
   img_20240703-160526.jpg       img_20240703-160657.jpg
間違いだらけの「マインドコントロール」 魚谷俊介 


⇒①まず、紀藤さんのP.5のまえがきから紹介致します。

img_20240703-161509.jpg
↑ ついに司法がマインドコントロールの違法性を認める初判決を下します。 
  
その後も続々と「マインドコントロール」の違法性を認める判決が相次いでいます。
  すでに最高裁の判例も出ており、司法ではもはや決着事項ともいえます。
 
とあります。

⇒②次に魚谷さんのP44.45のマインドコントロールが否定された裁判事例を紹介致します。

img_20240703-163052.jpg  img_20240703-163246.jpg
1998年3月25日の名古屋地裁 
「原告らの主張するいわゆるマインドコントロールは、それ自体多義的であるはか、一定の行為の積み重ねにより一定の思想を植え付けることをいうととらえたとしても、原告らが主張するような効果があるとは認められない」
1999年 3月24日 岡山地裁で勝訴
2001年4月10日 神戸地裁
「信仰に至る過程において、被告あるいは被告の教義の内容及び入信後の信者の生活や活動についての情報が不足していたとは認められず、外部との接触も遮断されておらず、被告あるいはその信者による原告らに対する勧誘、教化行為が詐欺的、洗脳的であるとはいえず、原告らは自己の主体的自立的判断において信仰を持つに至ったものであり、被告や信者らの勧誘、教化方法は違法とはいえない」「主体的自立的意思決定をなしえない心理状態にあったとはいえない」


↑上記内容はマインドコントロールが認められなかった判例ですが、
紀藤さんの”まえがき”にはマインドコントロールが認められなかった判例があることが隠蔽されています。
つまり、
 マインドコントロールが認められていない判例が複数存在するのにも関わらず、紀藤氏はこれらには一切言及せずに、「司法ではもはや決着事項ともいえます。」と記載していている。
これは意図的な事実の隠蔽としか言いようがない。自分に都合の悪いものには蓋をするのである。と魚谷さんは指摘。

⇒③さらに検証していきましょう!

魚谷さんのP46に記載
 広島高裁判決は「マインドコントロール」をみとめたのか ということを検証してみましょう
img_20240703-203327.jpgimg_20240703-203034.jpg   

↑ 上記に記された広島高裁について考察
一審判決はマインドコントロールを否定、統一教会が勝訴
控訴審にて逆転勝訴し、最高裁でも認められて統一教会が敗訴
これが
「まえがき」で紀藤氏が「2000年9月14日広島高裁岡山支部でついに司法がマインドコントロールの違法性を認める初判決を下します」と言及した問題の判決である。
この判決で原告元信者が勝訴し、統一教会敗訴したことは事実であるが、「司法がマインドコントロールの違法性を認めた」とうのは、嘘である。


⇒④それでは、広島高裁は「マインドコントロール」についてどのような判決をしたのか検証してみましょう。
以下抜粋

不法行為が成立するかどうかの認定判断をするにつき、右概念は道具概念としての意義をもつものとは解されない
(外部からの意図的操作により意思決定していると評価される心理状態をもって「マインドコントロール」された状態と呼ぶのであれば、右概念は説明概念にとどまる)

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上記P48  紀藤さんのマインドコントロールの本 P54
「マインドコントロールという考え方は心理状態を説明しているだけで、不法行為が成立するかどうかを判断するときの道具には使えない、いってます」

この裁判がマインドコントロールの違法性を認めた判決というできない。紀藤氏は
「まえがき」の5ページでこの判決を「マインドコントロールの違法性を認める初判決」と紹介しているのである。

完全に矛盾しており、とても同じ著者の言葉とは思えない。まともな国語力のある者なら、54ページの文章を読んで、これがマインドコントロールの違法性が認められた判決だと言うことができないであろう。
以上が魚谷さんの考察でした。


結論
紀藤さんが何がなんでもマインドコントロールの違法性が認められないと
監禁の正当性がない。だからどうしても統一教会の信者はマインドコントロールされている必要がある。
でないと拉致監禁の行為が犯罪になる。
だから、完全に矛盾しており、とても同じ著者の言葉とは思えない。と魚谷さんが言うように、
反対する人々はマインドコントロールの違法性はないと分かっていて
反対するための”ウソ”をついていることを自ら教えてくれていると考察できる書籍です。

書籍にて確認してみてください。
監禁したお母さんは紀藤さんを尊敬していましたが、
このことを伝えると「残念ですね」と肩を落としていました。
弁護士として尊敬されていましたが、このように真実が明らかになるとき、どんな判決が下るのでしょうか?
神様が判決をされるのでなく、最後は自分の良心によってひとは判決をうけると思います。

それくらい良心は自分のことをよく知っています。
だれもが避けられないこの真実に早く気づきますように。


良心宣言   文鮮明

良心は両親にまさる

良心は先生にまさる

良心は神様にまさる

 

2024年11月1日 22時26分19秒 (Fri)

生きているうちに和解を 親族の訪問 (1)

こんにちは。
猿田彦です。
今回、問い合わせのあった親子修復の件を報告致します。
お問い合わせを頂いた方の許可を頂き掲載させて頂きます。
【経緯】
■件名
韓国より、初めてお便りさせて頂きます  2024/04/19 16:16


■お問い合わせ内容
はじめまして。
この度は、このようなサイトを立ち上げて頂いたことを、心よりありがたく思います。と、言いますのも、現在は韓国に住んでいるのですが、安倍さんの事件以降、日本にいる両親との仲がぎくしゃくしていて、親に対してどうしてあげることが親子の関係を修復することになるのか、よくわからないので、何かアドバイスを頂けたらと思い、ご連絡をさせていただきました。


【岡山県蒜山が実家】
長くなりますが、私の状況を説明させていただきます。出身は岡山県の蒜山という田舎で、そこには現在両親が住んでいます。1995年の36万双の祝福式で、韓国の男性と祝福を受けました。実家には、祝福の相手が決まった時点で、統一教会で結婚するということを電話で話しました。祝福式まで数か月の期間があったので、埼玉にいる母の兄(創価学会員)に統一教会を紹介をしたいと思って連絡を取って、待ち合わせをしていたのですが、会いに来てもらえませんでした。仕方がないので、合同祝福結婚式に参加した後にでも、説明をしようと思っていました。祝福式の1か月後に、母から連絡があり、弟の結婚式があるとのことで、帰省しました。

【監禁された帰省】
その時に、拉致監禁をされました。担当牧師は高山牧師でした。私は拉致監禁の対策教育を受けていなかったので、何をどうすればいいのか分からなくて、とりあえず、素直に大人しくしていました。統一教会の悪い情報を教育されもしましたが、私に話している人の話は真面目に聞くタイプなので、じっと聞いていました。私の意見を求められもしたのですが、私が何か言ったら全部ひっくり返そうとしているのは分かっていたので、言葉控えめに勉強した内容に対しての質問程度にとどめていました。みんなが思っていたよりも私がとても大人しかったので、そのうちに食事を手伝ったり、掃除、洗濯もさせてもらえました。けれども、この生活が延々と続くことは本当に耐えられないとは思っていました。実は、私は大学を卒業して社会人になったときに、自分が自己肯定感がとても低く、教会の活動をしながら、社会人としての二重の生活をしながら暮らすのはきついと思っていました。もともと教会内の人間関係に居心地の良さは感じていなかったので、教会に通わなくなった期間がありました。よって、教会に戻れないことに罪意識は感じませんでしたが、神様を求めて、神様と共に私の人生を送りたいと心から祈った時に、再び真のご父母様のみ言葉に接することが出来、私の意志で祝福結婚を望んだので、祝福を壊すことは私が自分の今後の人生を全部ごまかしながら生きていくことになると感じました。また、1度しか会ってはいないものの、夫となる人や義両親の心に杭を打ち付けるような事は絶対にしたくないと思いました。でも、両親の状態を考えると、私が逃げたら辛いのは分かるので相当迷いつつ、偽装脱会すれば自由の身になれて何とかなるのではないかと淡い期待を抱くようになっていました。

【啓示をうけて監禁から脱出】
ところがある日の夜、眠ろうとした時に、脱走する方法を啓示で受け取りました。そして次の日、反対牧師が、偽装脱会をしてもすぐにはここから出れないという話をしたので、本当に逃げないといけないと思い、その日の夜、啓示通りに行動して無事に逃げ出しました。拉致されてちょうど2週間目でした。逃げた後は東京に行ったのですが、どこかに私を拉致する人がいるのではないかという恐怖心がかなり付きまとっていました。当時、私をケアーしてくださっていた方が、母に連絡をするように勧めてくれました。何日後かに、渋々連絡をしたのですが、案の定喧嘩になりました。でも、ひと月に一度くらいは連絡をしました。

【うそをつかれて再度監禁】
次第に私も落ち着いてきて、一年後に祖父のお墓参りで帰って来いと言われたので、帰省したところ、また拉致監禁されました。この時は、1週間目に脱出しました。その頃には、親は可哀そうだけど、娘の私ではなくヤクザの様な人たちの方を何の疑いもなく信じているという、その状況自体に憤りを感じました。それが1996年の10月の事でした。

【今どきの日本にはこれほど誠実な人青年はあまりいない】
翌年の2月に、私は韓国の嫁ぎ先に行くということで、母を東京に招待して、一日だけ一緒に居ました。わだかまりがスッキリと解けた感じではありませんが、そこで喧嘩をすることはなく、元気でいようねと挨拶をしました。
韓国へ渡ってからは、夫と義両親と一緒に暮らしていました。夫も義両親も、情が深くて、とても温かい方達でした。2000年と2002年に息子を授かり、母は毎月のように、子供たちにお菓子とか本を送ってくれました。そして、2004年ごろには、母が知り合い達と韓国の家に訪問をしてくれました。その時、夫がとても手厚く母たち一行をもてなしてくれたので、母は、”今どきの日本にはこれほど誠実な人青年はあまりいない、いいお婿さんで良かったね”と言ってくれました。

【孝行賞、孝婦賞を地域社会から受賞】
そんな夫は、2005年、農機械の事故で即死してしまいました。親族たちはみんな、子供は置いて、日本で新しく人生を始めるように勧めてくれました。しかし、神様の前に、永遠の愛を中心とした家庭を作ることを心に決めて祝福を受けて授かった家族なのに、この家族を見捨てて新しい人生を始めるなどとあり得ないと思っていましたですから、夫と営んでいた農業をそのまま続けることにして、トラクター、トラクターに連結して使う大型機械、コンバイン、田植え機、耕運機など、すべてを操縦できるようにして、お米作りと肉牛の飼育で生計を立てていました。高齢で少し体の不自由な義両親と幼い息子達と暮らして、一人で生計を立てていたものですから、地域の団体や県に当たる団体など、3か所の団体が、5年間に渡って孝行賞とか孝婦賞などを授与して下さいました。

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↑孝行賞
務安朴·寧海2008-9
 
貴下は日本人で日本の大東文化大学を卒業。
そして1995年にパク◯◯と国際結婚し、2005年に夫の農機事故で亡くしたあと、農作業をすべて習得し、直接農業をしながら 3代が一つの家で半付随の
舅に心から尽くし、2人の息子をよく養育し、周囲の称賛が高く、その孝行を称えられました。ここに宗人の真心を尽くして、この牌と副賞を差し上げます。
 
2008. 05. 05
 
務安の朴氏、寧海(ヨンヘ)派宗親会会長 朴東晩

【8年間に3度帰省 喜ぶ父母】
私が一人で農業を始めて、8年目に義母が無くなりました。その頃は、米も肉牛も値段が落ち、機械も老朽化していくので農業はやめて、医療施設で働くことにしました。この時からが、私が韓国社会に浸かって暮らすことがどういう事なのかを肌で感じ始めた時です。この間も、ひと月に一度は母と通話をしていたり、8年間に3度ほど子供たちを連れて、日本の実家へ帰省もしていました。帰省をすると、父も母もとても良くもてなしてくれて、子供たちもとても喜んでいました。

【安倍事件をきっかけに】
そういう状況だったのに、安倍さんの事件以降のマスコミの騒ぎで、両親の態度がすっかり変わってしまいました。
何を言っても、もう連絡をするなとか、本当にひどいことを言われた時もありました。でも、このまま放置して、親子関係をめちゃくちゃなままにするわけにもいかないので、季節の節目に贈り物をしていました。

【父は、3年は難しいよ】
また、親の恨みを私が受け止め切れていないのをすまなく思ったり、そう思うだけでなくて、子供たちを連れて両親に会いに行こうと一大決心をして、去年(2023)の秋には実家に訪問しました。そうしたところ、父がものすごい剣幕で、帰って来るなと言っただろう!どうして帰って来たんだ!と、子供たちもいる前で怒鳴って部屋に入りました。息子達には事前にうちの事情を話していたのですが、やはり驚いていたようでした。しかし、母とは玄関先で、40分ほど会話をしました。本当はもっと長く話をしても良いかなと思ったのですが、突然、向こうの部屋で父が誰かに連絡をして、ややこしい事になるのではないかという嫌な予感がしたので、そのくらいで話を切り上げました。母には韓国からのお土産とお小遣いを現金で渡しました。母は、お父さんは今は難しいよ、あと3年くらいは待たないといけないかもね、と言っていました。

ちゃんと暮らしているのが伝わってくる
その後、同じ村にいる母の姉妹の家にも行って挨拶をし、お土産を渡しました。
母の姉は食堂を営んでいるので、そこで昼食をとったのですが、うちの事情をまあまあ知っているおじさんたちもいました。叔母が私を紹介するので、その方たちに挨拶をしながら、韓国でどのような暮らしをしているのかをお話ししました。そうしたところ、顔の艶はいいし言葉遣いがとても丁寧で、ちゃんと暮らしているのが伝わってくると褒めて頂けました。また、うちの息子達も片言の日本語を喋るので、喜んで頂けたようです。この食堂の叔母が、夜にご飯を食べに行こうと誘って下さり、母にも連絡を取って下さったのですが、父の手前、出かけられないから娘たちをよろしくと言っていたとの事でした。

【母は父の顔色を伺いながら】
以上の事から、母が一人でいる時には、母と私は結構話が弾みそうなのですが、電話をするといつも父がいるらしく、父の顔色を伺いながら会話をしているのが感じられます。日本を訪問した後にはそう思っていましたが、最近は、家の中でこけてひざを痛めたらしく、数か月、ずっと家にいるようです。近所に親戚もいるのに積極的な交流もなく、テレビを見ながら父と二人で、家でゴロゴロしていると言っていました。安倍さんの事件後から、どうも近所付き合いが出来なくなったような気もします。その年の春に、何十年も続けてきた乳牛の飼育を終わりにしていたので、人との付き合いが減ったというのもあるし、村にある教会に通ってはいたのですが、膝の手術のために出歩いていなかった期間も長かったようです。いろいろなことが重なって、世間から引きこもっている状態のようです。

【全ては統一教会に通っているという理由。。。】
私の兄弟は、弟が2人いたのですが、上の弟は子供が3人いて、親と半2世帯住宅的な環境で十数年間暮らしていましたが、夫婦間の不和により、自害してしまいました。その弟の妻は、子供を連れて実家に帰り、以後は時々は連絡をくれたり、孫が来たりしていたようですが、最近はたぶん何の交流もなくなっているようです。
下の弟は、たぶん愛知に住んでいるのですが、親とトラブルがあって、連絡を何年も取れていない状態です。私もその弟には連絡が取れないでいます。弟たちが自分たちの思うようにならなかったのも、すべて私が統一教会に通っているからだと言っていました。去年、実家に行って胸が痛かったのは、実家の庭にも家の中にも周りも、要らないものが多く放置してあって、そのような環境の中で何の不自由も感じていなさそうな感覚で両親が暮らしている事でした。そのまま、人生の終わりが来るのを待っている感じです。

【お前たちには会いたくない】
私が電話をしても、もうそっと生きていたい、波風を立てたくない、だから電話で話をするのも面倒だし、お前たちには会いたくないと、何度か聞きました。そこへ去年帰省したので、父が烈火のごとく怒ったという感じです。
私は、これから親にどのように対するかをいくら考えてみても、月に何度か電話をし、時には楽天を利用して、両親が好きそうなものを送る事しかできないと思っています。親自身が、もう一度親子の情を戻したいと考えている気配を感じることが出来ないので、こういう努力は無駄になるのだけなのではないかとも弱気になります。私が親を思う気持ちの弱さの反映でもあるとは思うのですが、その辺、どうなのかアドバイスを頂けるとありがたいです。

以上が問い合わせの内容になります。
そして今回、10月26日から30日まで問い合わせの方から日本に帰国すると連絡がありました。
その理由は、高齢の父親がガンの疑いがあるとの事でした。最後の別れになるかもしれないこともあり、八街の会としてのサポートしました。
①準備として、監禁経験のある親と話して頂くことで、実の親の気持ちを理解する為土台ができる。
②現地にて実際親御さんに会って、挨拶をしてご不安などお聞きする。
次回はその様子をお伝え致します。


猿田彦

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