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2025年7月 アーカイブ

2025年7月15日 20時09分36秒 (Tue)

憲法20条にかけているもの

こんにちは。猿田彦です。
今回は児童虐待に宗教虐待を加えたガイドラインについての考察をお伝え致します。
信教の自由は憲法第20条に規定され以下のようになっています。

信教の自由には、下記3つがあります。下記3つは憲法20条で保障されています。
①信仰の自由 (特定の宗教を信じる自由、信仰を変える自由)
②宗教的行為の自由 (礼拝、祈祷等を行う自由、布教の自由)
③宗教的結社の自由 (宗教団体を設立する自由、宗教団体に加入する自由)
また、上記3つをしない自由も憲法20条によって保障されています。


信教の自由の限界がある

誰もが信教の自由を有することから、他人の人権と衝突することもあり得ます。そのため、上記の「宗教的行為の自由」と「宗教的結社の自由」の2つは、「公共の福祉」による制限を受ける場合があります。しかし、信教の自由は内心に関わることなので、その規制に対して、慎重でなければなりません。


とあります。
限界とは「公共の福祉」による制限とあります。
では、憲法12条で規定される「公共の福祉」とは

国民は、これ(憲法で規定されている自由や権利:基本的人権)を濫用してはならないのであって、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。

皆さん、憲法20条、12条を見てみると
他人の人権と衝突を防ぐために、公共の福祉による制限をかけるとあります。

この拉致監禁のループを解くカギは、聖書の 創世記  2/16‐17にあると思います。
聖書では、人間の幸福を願い
三つの祝福を人類始祖に与えました。

① うめよ。  自己の成長を願う。
② ふえよ。  結婚して幸福な家庭を築く。
③ おさめよ。 地球を管理する主人となりなさい。


これを三大祝福を呼んでいます。

また、創世記  2/16‐17には、戒めを与えたとあります。

主なる神はその人に命じて言われた、 「あなたは園のどの木からでも心のままに取って食べてよろしい。 しかし善悪を知る木からは取って食べてはならない。それを取って食べると、きっと死ぬであろう」。

取って食べてはならない。それを取って食べると、きっと死ぬという戒めを与えました。

聖書でいう戒めとは、神様からみれば、どんな意味があるのでしょうか?


子の幸せを願い祝福を与えた神様のこころは、子供の幸せを願う親の愛です。では戒めはどうでしょうか?
私達の経験から、善悪の良しあしが分からない子供に、叱ったり、注意して三つの祝福を受けとる自分以上の人になってほしいと戒めをもって、教育することはごく自然なことです。

この戒めを守る一日一日が親と子の信頼の絆であり、築かれた関係が一番の公共の福祉であると考えます。

信教の自由は戒めを守る真の意味を実現する保証であり、幸福な家庭の根っこにある親子関係を補完する目的のものと考えます。

結論は、一番の「公共の福祉」は健全な親子関係であり、これを実現するため信教の自由が保障されないといけない。

拉致監禁をしてきた牧師や、法的に監禁を保護とするために、親族を集めなさいと研修を親たちにしてきた弁護士は、人間の人生にとって一番の公共の福祉は、親子関係をよくすることである事をよく考え直して頂きたい。
切に願っています。

信教の自由は、第一祝福に相当し、
親子関係、家庭をよくすることは第二祝福に相当。
公共に福祉は、第三祝福に相当すると考えられる。

信教の自由は、家庭をよく構築する事で「公共の福祉」がなされるはずです。今の信教の自由は家庭の構築が土台にない法律であると思われる。信教の自由の限界を補完するのは、よい家庭を構築することを項目に入れて初めて公共の福祉(おさめよ。 地球を管理する主人となりなさい)に貢献できると考えられる。この問題を宗教者、法律家が話し合う必要が今求められている。

拉致監禁が、保護として取り締まられないことの理由に
信教の自由が、家庭を視野に入れてなく、公共の福祉という制限をかけたところに、政治的に信教の自由を規定、個人の規定した欠陥が理由にあるように思われる。
いまこそ宗教者が集い、この信教の自由に家庭の大切さ、親子関係の尊さを入れた本質的な議論を宗教、宗派を超えて家庭再建、国家再建を打ち出す時が今ではないでしょうか?

最後に平和を愛する世界人として 文鮮明自叙伝から紹介致します。

神様は愛と平和の世界を願ってこの世をつくられました。自分の宗教だけが唯一の救いであると言い張って、混乱をひきおこすのは、神様が願われることではありません。神様は、この世界のすべてのひとが平和と和解、共生のために一生懸命に働くことを願われます。教会にいくがゆえに家に中に混乱が起きるとすれば、私は躊躇なく「家庭を先に守りなさい」と言います。なぜかというと宗教は、神様の完全な世界に入って行くための手段であって、それ自体が目標ではないからです。                                                                                                                          P291-292

 

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