本当は監禁をしたくなかった(1)争いは何も解決しない
2024年6月24日 19時02分23秒 (Mon)
こんにちは。猿田彦です。
今回は日本キリスト教団の故 川崎経子牧師の遺言ともいえる発言についてです。
川崎牧師には、感謝する内容がありました。
それは教会員の監禁の為親子関係が難しくなった修復に対して、協力してくれたことです。
暴力的な監禁に対して、川崎牧師を糾弾する為、ルポライターともに今は更地になっている”小諸いずみ会 いのちの家”に脱会後のリハビリのため、宿泊しているであろう姉妹の救出のため訪問致しました。当時の責任者数人も一緒でした。
外から姉妹の名を呼んで、出てくるのを待つという作戦でしたが、音沙汰なく終了。
憎んでも姉妹はかえって来ないし、何も解決しないことがはっきりと理解した瞬間でした。
憎みきった為か分かりませんが、「憎むことに疲れてしまった」という気持ちになりました。
意を決して、「話し合いをしよう」と当時の女性責任者といのちの家のピンポンを押しました。
下記写真は、罪深き人の名は川崎経子牧師!

http://yonemoto.blog63.fc2.com/blog-entry-310.htmlより
もちろんダッシュして逃げません(笑)争いがあっても姉妹とは話せないし、神様は喜ばれないと思ったからです。
それから、姉妹を救い出すために、監禁する牧師を理解しようと探求する気持ちになりました。(続く)
今回は日本キリスト教団の故 川崎経子牧師の遺言ともいえる発言についてです。
川崎牧師には、感謝する内容がありました。
それは教会員の監禁の為親子関係が難しくなった修復に対して、協力してくれたことです。
暴力的な監禁に対して、川崎牧師を糾弾する為、ルポライターともに今は更地になっている”小諸いずみ会 いのちの家”に脱会後のリハビリのため、宿泊しているであろう姉妹の救出のため訪問致しました。当時の責任者数人も一緒でした。
外から姉妹の名を呼んで、出てくるのを待つという作戦でしたが、音沙汰なく終了。
憎んでも姉妹はかえって来ないし、何も解決しないことがはっきりと理解した瞬間でした。
憎みきった為か分かりませんが、「憎むことに疲れてしまった」という気持ちになりました。
意を決して、「話し合いをしよう」と当時の女性責任者といのちの家のピンポンを押しました。
下記写真は、罪深き人の名は川崎経子牧師!

http://yonemoto.blog63.fc2.com/blog-entry-310.htmlより
もちろんダッシュして逃げません(笑)争いがあっても姉妹とは話せないし、神様は喜ばれないと思ったからです。
それから、姉妹を救い出すために、監禁する牧師を理解しようと探求する気持ちになりました。(続く)
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