乗っ取られた日本基督教団 1-1
2025年1月5日 13時59分36秒 (Sun)
こんにちは。
猿田彦です。
今回は、「乗っ取られた日本基督教団」宗教新聞社から記事をご紹介致します。
まえがきにて紹介がありますが、宗教界への共産主義の浸透という危機的状況において書かれたレポートです。
このレポートは、拉致監禁の温床とも考えられる内容と感じ連載させて頂きます。
今回は「利用された【対話】路線言いなりになった飯議長」を紹介致します。
■反万博が造反の口火
1967年3月6−91まで開催されたNCC主催による日本宣教協力会の席上にて、日本のキリスト教界が参加するかを元大阪女学院院長の西村次郎氏が提起。当時、NCC議長の大村勇牧師と西村氏は、1967年7月4日から6日まで軽井沢で開催された教団の1967年度第五回日本キリスト教協議会の席上にて教団常議員として万博キリスト教館の建設について訴え、温かい拍手をもって迎えられた。さらに同年9月6日西村氏と中路嶋雄牧師(大阪扇町教会牧師)の二人は、カトリック大阪教区の田口芳五郎司教を訪問。キリスト教館共同出展を要請。即答こそなかったが好意をもって受け止めた。
■プロテスタント諸教派と万博キリスト教館に共同出展
翌年1968年一月末カトリック司教協議会は、プロテスタント諸教派と万博キリスト教館に共同出展することを決定した。NCCの決議は同年三月十九日から二十日までの第21回総会において、西村氏、石田正次郎氏の報告と説明がなされての結果であった。この時に全国委員会が組織され、予算は一億と決まった。以上のようにカトリックとプロテスタント諸教派が合同で万博キリスト教館建設、出展という歴史的な事業が開始。中央委員会は組織されて、会長に八代斌助首座主教(聖公会)、副会長には田口芳五郎大司教(カトリック)、大村勇牧師(NCC議長)、五十嵐文夫氏(白羊社社長)らが、事務局長に西村氏が選任された。
■参加もしなければ、資金協力もしない
ところが、10月21日から24日まで開催された教団第十五回総会において(日本万国博『キリスト教館』建設に参加、並びに募金に関する件)否決され、ただ(日本万国博にNCCが主唱してキリスト教館を出展することに賛成し、推進運動を支持する)ことを可決したのである。これは、(賛成し、推進運動を支持する)が自らは(参加もしなければ、資金協力もしない)というなさけない決議であった。
■個々の有志において万博キリスト教館実行委員会が組織
そこで、個々の有志において万博キリスト教館実行委員会が組織され、日本基督教団豊中教会の森里忠生牧師(教団常議員)が委員長に選出された。
■万博反対運動はキリスト教館をめぐって拡大
ところが、日本基督教団の中に万博反対運動が、容社・容共牧師によって起されるようになる。一九六九年二月十三日には、兵庫教区臨時総会に反対議案が提出され大きく揺れ動いた。三月一日には、大阪教区の桑原重夫牧師ら三十五人が反対の意向を表明、万博反対運動はキリスト教館をめぐって拡大してきた。六月九日には、教団立神学校、東京神学大学の「靖国、万博共闘会議」は公開質問状を常議員会に提出した。六月三十日には、病気中の鈴木正久教団議長と高倉総幹事は、「教団はキリスト教館出展に賛成し、この推進運動を支持するが、これに直接参加して具体的な行動は起こさない」と回答。七月十四日には、鈴木正久議長の死去に伴って、飯清副議長が議長に就任し、万博に対しては、先に教団が発表して回答に承諾した。しかし、この飯議長がその後次々と造反グループと妥協し、暴力に屈し、教団を共産主義者に売り渡していく元凶となっていくのである。
続く
猿田彦です。
今回は、「乗っ取られた日本基督教団」宗教新聞社から記事をご紹介致します。
まえがきにて紹介がありますが、宗教界への共産主義の浸透という危機的状況において書かれたレポートです。
このレポートは、拉致監禁の温床とも考えられる内容と感じ連載させて頂きます。
今回は「利用された【対話】路線言いなりになった飯議長」を紹介致します。
■反万博が造反の口火
1967年3月6−91まで開催されたNCC主催による日本宣教協力会の席上にて、日本のキリスト教界が参加するかを元大阪女学院院長の西村次郎氏が提起。当時、NCC議長の大村勇牧師と西村氏は、1967年7月4日から6日まで軽井沢で開催された教団の1967年度第五回日本キリスト教協議会の席上にて教団常議員として万博キリスト教館の建設について訴え、温かい拍手をもって迎えられた。さらに同年9月6日西村氏と中路嶋雄牧師(大阪扇町教会牧師)の二人は、カトリック大阪教区の田口芳五郎司教を訪問。キリスト教館共同出展を要請。即答こそなかったが好意をもって受け止めた。
■プロテスタント諸教派と万博キリスト教館に共同出展
翌年1968年一月末カトリック司教協議会は、プロテスタント諸教派と万博キリスト教館に共同出展することを決定した。NCCの決議は同年三月十九日から二十日までの第21回総会において、西村氏、石田正次郎氏の報告と説明がなされての結果であった。この時に全国委員会が組織され、予算は一億と決まった。以上のようにカトリックとプロテスタント諸教派が合同で万博キリスト教館建設、出展という歴史的な事業が開始。中央委員会は組織されて、会長に八代斌助首座主教(聖公会)、副会長には田口芳五郎大司教(カトリック)、大村勇牧師(NCC議長)、五十嵐文夫氏(白羊社社長)らが、事務局長に西村氏が選任された。
■参加もしなければ、資金協力もしない
ところが、10月21日から24日まで開催された教団第十五回総会において(日本万国博『キリスト教館』建設に参加、並びに募金に関する件)否決され、ただ(日本万国博にNCCが主唱してキリスト教館を出展することに賛成し、推進運動を支持する)ことを可決したのである。これは、(賛成し、推進運動を支持する)が自らは(参加もしなければ、資金協力もしない)というなさけない決議であった。
■個々の有志において万博キリスト教館実行委員会が組織
そこで、個々の有志において万博キリスト教館実行委員会が組織され、日本基督教団豊中教会の森里忠生牧師(教団常議員)が委員長に選出された。
■万博反対運動はキリスト教館をめぐって拡大
ところが、日本基督教団の中に万博反対運動が、容社・容共牧師によって起されるようになる。一九六九年二月十三日には、兵庫教区臨時総会に反対議案が提出され大きく揺れ動いた。三月一日には、大阪教区の桑原重夫牧師ら三十五人が反対の意向を表明、万博反対運動はキリスト教館をめぐって拡大してきた。六月九日には、教団立神学校、東京神学大学の「靖国、万博共闘会議」は公開質問状を常議員会に提出した。六月三十日には、病気中の鈴木正久教団議長と高倉総幹事は、「教団はキリスト教館出展に賛成し、この推進運動を支持するが、これに直接参加して具体的な行動は起こさない」と回答。七月十四日には、鈴木正久議長の死去に伴って、飯清副議長が議長に就任し、万博に対しては、先に教団が発表して回答に承諾した。しかし、この飯議長がその後次々と造反グループと妥協し、暴力に屈し、教団を共産主義者に売り渡していく元凶となっていくのである。
続く
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