楽天市場
[無料でホームページを作成] [通報・削除依頼]

乗っ取られた日本基督教団 1-2 日本基督教団を悪魔の集団に売り渡し、サタンの巣窟としてしまった

2025年1月5日 21時20分30秒 (Sun)

こんにちは。
猿田彦です。

今回は、「乗っ取られた日本基督教団1−2」、前回の続きをご紹介致します。

■クリスチャンたちは、マルキシズムが教会の中に潜んでいるとは全く思いもよらなかった

一九六九年4月6日
、同志社大学付属教会同志社教会総会が開催されたが、総会中に万博問題を提議した同志社大神学部学生小林俊彦らが騒ぎを起こし、ついに流会にさせてしまった。さらに同志社大学の教授会に万博問題の回答を求め、学内紛争を巻起こしていった。五月十三日教団京都教区総会が開かれたとき、(議長報告と展望)の発表が始まるや、小林俊彦は壇上に上がって、いきなりマイクを取り上げ「この総会には総括がないじゃないか。」(靖国問題はデモするしかないとの論議があったが、結論がでないままでいた)と言い出して仲間と共にあばれ、教区総会をメチャクチャにして解散させ、流会にさせた。その後、自分の要求をのもうとしない田中伊佐久牧師(当時京都教区議長)の教会に乱入していった。七月六日、聖日礼拝中の京都丸太町教会に一大事件が持ち上がった。田中伊佐牧師の説教中のことである。突然礼拝堂に侵入した小林俊彦は仲間を引き連れて講壇に駆け上がり、田中牧師の説教原稿を取り上げ、引き破って、大声で叫んでいった。「原稿がなければ説教ができないのか!」敬虔な信徒たちは、突然の暴力行為になすすべを知らなかった。まさか神に祈る礼拝中に乱入し、礼拝をも破壊するなどとは、思ってもみなかった事である。戦前の警察さえそのようなことはしなかったから、田中牧師らは震撼し、彼らの暴力の前に言うべき言葉と行動を失ってしまい、乱入者のなすがままになってしまった。小林俊彦らは、講壇を占拠し、(自主礼拝)と称し、自ら勝手にしゃべりアジ演説[一定の政治目的をもって大衆に対して情緒的に訴えかけ、あおりたて興奮させることによって、大衆の思想と行動を自己の思いどおりの方向へと操作すること。]を始めた。もはや、それは礼拝などというべきものでなかった。神聖なる教会に土足で踏み込まれた京都丸太町教会は、それ以後、造反[ 体制に反逆すること。中国からの輸入語で文化大革命以降に一般化。]派に占拠され彼らの暴力的脅迫を受け続けたのである。このような暴力の前に日本の牧師たちは断固たる処置をとることが出来ず、暴力に屈服していった。暴力の背後にある思想が何であるかを見抜けない牧師や信徒たちは、彼らの要求に妥協し、「対話」することによって解決しようと計ったのである。しかしそれは、次の要求を通すための手段であることに気付かなかった。クリスチャンたちは、マルキシズムが教会の中に潜んでいるとは全く思いもよらなかったからである。

同志社大学神学部闘争委員会が7.22クーデターを実行

地元の教会と教区総会に乗り込んで乱入し、屈服させた小林俊彦ら造反グループ=同志社大学神学部闘争委員会は七月二十二日、東京の日本基督教団本部事務所(当時教文館9階銀座)に乗り込んでいった。そして教団事務所を封鎖してしまったのである。封鎖した彼らの人数は、九人に過ぎなかった。その中には女性もいたのである。当時の教団総幹事高倉徹牧師(引退)らは吊るしあげられ、彼らの言うなりになってしまった。七月十四日、鈴木正久議長の死に伴って飯副議長が議長に昇格したばかりであったが、クーデターグループは高倉総幹事と木村書記に圧力をかけ「飯を呼べ」と詰め寄った。彼らの意図を見抜けない高倉総幹事は、飯議長に電話した。議長になったばかりの飯氏も彼らを単なる青年クリスチャンの造反としかみていなかったようである。

サタンに売り渡された日本基督教団

同氏は、彼らとの話し合いに応ずるためにやってきた。そして、共産主義者の戦略と戦術が何であるかを知らない飯議長と高倉総幹事らは、彼らの要求のままに、彼らの言う「話し合い」「対話」という団体交渉の土俵の上にのってしまったのである。彼らは、やってきた飯議長に対して次の二つの要求を突き付けたのである。①九月一日の常任常議員会を公開すること、②万博参加問題について論議すること。飯議長はこの要求に屈してしまったのである。こうして、七・ニニクーデターは成功した。この飯議長の妥協が以後の日本基督教団を終止符のつかない大混乱に陥れる原因となったのである。「飯議長の保身的で妥協的な態度が彼らの術中にはまり、日本基督教団を悪魔の集団に売り渡し、サタンの巣窟としてしまった。」(教団のある長老の言)である。どこのだれがこの民主主義の日本において役員でもないものの要求によって、宗教法人の最高の役員会議を公開にするだろうか。さらに議案までも資格のないものの要求によって提案させられ決議するだろうか。この意味で飯議長の責任は大きい。

■まとめ
教団紛争の原点となる暴力で屈服させるクーデターを紹介致しました。7月22日のクーデターの後9月1-2日に会議がありました。日本基督教団福音主義教会連合の広報委員長の佐伯洋一郎委員長(当時)はその会議の録音テープを資料として「9.1-2の記録」として残しています。母は日本基督教団の窓口で相談した牧師から、脱会説得の為、保護説得(監禁)「強制的に拉致して」をすすめられました。
過去の教団の歴史から学ぶことは大切である。次回は、「弱腰の教団執行部 造反集団の暗躍を許す」をご紹介致します。


 

この記事にコメントする



メールアドレスは公開されません。サイト運営者からの連絡に使用されることがあります。

入力すると投稿者名がリンクとして公開されます。


表示されているひらがなを入力してください
認証コード

プロフィール

プロフィール画像

活動報告

1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031

反対してきた親の協力

1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031

二世の部

1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031
QRコード
携帯用QRコード
アクセス数
ページビュー数