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道徳授業づくり

学級経営



『学級経営 10の原理100の原則』  
2011 学事出版  著者 堀裕嗣
世界観の形成 5  実践への影響 5
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書評
本書は10の原理100の原則シリーズの中で、一番先に出版された書籍です。だからでしょうか。このシリーズのどの書籍と比べても、「最低限」という意味合いの強い原理・原則が並んでいます。まず、本書の中心視座は、「失敗しない学級経営」です。「新卒であろうと中堅であろうとベテランであろうと、まずしなければならないのは『失敗しない学級経営システム』を構築すること」(第5~6頁)であると、堀裕嗣さんは言います。後述していくことになろうと思いますが、岩瀬直樹さんの実践のような、自由度が高く生徒が躍動している学級経営は、確かに魅力的です。しかし、そのような学級経営を、誰もがすぐにできるようにはなりません。岩瀬実践などは、学級という生徒集団を統率する勘所を掴んでいて、教師の高い指導性のもと、生徒との信頼関係を学級開きの時から構築できているからこそ、実践可能な提案であるわけです。本書の提案は、岩瀬実践のような「最高の学級経営」という視座では書かれていません。あくまで、「最低限の学級経営」です。学級担任であれば、学級崩壊させないために、この程度のことは意識して学級経営してほしいという視座で書かれているのだと思います。では、失敗しないシステムの構築とはどのようなシステムなのか。まず10の原理では、「一時一事の原理」「全体指導の原理」「具体作業の原理」など向山洋一が『授業の腕を上げる法則』で提案された教師の教授行為を機能させる法則を学級経営になぞらえ、堀裕嗣さんが精選し提案されています。10の原理100の原則シリーズの他の著書では、原理の箇所は、環境調整型権力の発想で、システム設計や環境調整について、主に書かれることが多いのですが、本書の場合は、教師の教授行為を生徒に機能させる根本原理について書かれています。そして、その発想の中心は、『授業の腕を上げる法則』の書評にて書きましたが、「明確な指示」と「適切な評価」で生徒を統率するというもの。堀裕嗣さんは学級経営を、横藤雅人さんが提案された「織物モデル」で説明されますが、その中の、あくまで「縦糸」に関わる指導技術です。まず、教師は「明確な指示」と「適切な評価」を行い、学級を統率する。生徒の不安を払拭し、安心感を形成する。その一つ一つの営みが、教師に対する信頼感を熟成する。その信頼感が「織物モデル」における縦糸なのであろうと思います。すなわち、本書の原理は、あくまで「縦糸を張る」という点に特化した原理。学級経営を最低限成立させるための原理は、ファシリテーションやエンカウンター、協働学習やクラス会議などの横糸的な活動ではない。まずは、教師ー生徒関係の縦糸の構築が必須なのだ、というメッセージを自分は感じました。原則の章も同様のメッセージを感じます。席替え、給食、掃除など、堀裕嗣さんが実践した「失敗しない学級経営システム」が記されています。よって、原則の章は非常に個別具体的です。堀裕嗣さんの教育観や北海道の教育文化がにじみでてくる、そんな章になっています。ただ、ここに関しても感じることは、縦糸の構築です。席替えも、給食も、掃除も、学級経営に関わるほぼすべての部分で、偶然性を排除し、教師の意図が介入します。「学級経営とは、教師がシステムを固め、そのシステムの中で生徒にいかに工夫させるかという営み」(第60頁)であると本書は定義されていますが、教師が主語となっているのが、堀裕嗣さんの学級経営の提案を物語っているのだろうな、と思います。偶然性を排除するとは、すなわち、問題が起きにくく、安心感を形成できるシステムを事前制御していくということです。そして、その安心感こそ、教師ー生徒関係の縦糸の構築に繋がります。あくまで、100の原則の章も、縦糸の構築という発想で書かれているのです。本書の提案で十分理解しなければいけない箇所は、「最低限の」という留保であろうと思います。学級の中で生徒が自立的に成長していくという発想や、生徒が自分たちで学級の中の諸問題を解決していくという発想などは、本書を読む限りは見られません。縦糸を張った後に横糸をどう張っていくかという記述も見られません。あくまで、学級崩壊を起こさない最低限の学級システムを作り上げるために教師は教授行為(10の原理)においても、学級システム(100の原則)においても、強固な縦糸を張りましょう、という視座で書かれた提案です。したがって、堀裕嗣さん自身も、本書の提案を、学級経営の最終到達地点であるとは全く捉えていないであろうなぁ、と自分は思います。最低限、この発想で学級を回せるようになったら、次に羽ばたいていけば良いんじゃないの、という感じで。自分自身も、学級経営は、最終的に岩瀬直樹さんをイメージした、ゆるやかな集合体をゴールイメージとして捉えています。また、赤坂真二さんが提案されている自治的集団を目指すという強いイメージも持っています。しかし、そもそもその集団を目指すためには、教師の指導が入らなければいけません。赤坂さんは「教師の指導優位期」と書かれていますが、強固な信頼という縦糸がまずは張られないいけないのだと思います。あくまで、縦糸を張るという学級経営の初歩段階について書かれたのが本書であり、教師の指導優位が確立できるようにならなければ、ゆるやかな集合体の形成や自治的集団形成という学級経営の一歩先に、そもそも到達できないよ、という、まさに「最低限」を示してくれている書籍であると、自分は解釈しています。


『スペシャリスト直伝!学級を最高のチームにする極意』  
2013 明治図書  著者 赤坂真二
世界観の形成 5  実践への影響 5
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コメント
「学級づくりとは、最初『群れ』の状態の子どもたちを『団』つまりチームという課題解決集団に育てる営み」(第10頁)という視座で書かれた教育書です。「4月はそれこそ手取り足取り、やってみて、させてみて、ほめるといった指導のイロハを貫きます。そして、3月は、教師が子どもたちの活動を離れて腕組みして見ている状態です」(第30頁)というように、本書の最大の特色は、学級経営というものを、1年間を通した生徒の成長の物語として編み直している点です。1年間かけて、子どもたちをどのように個別的には自立させていき、集団的には自治的集団にさせていくか。その学級経営の物語を、理論的に提示しています。本書では、学級経営の成長段階を、「緊張期→教師の指導優位期→子どもの自由度増加期→自治的集団期」と4つに分けています。特に、最後の自治的集団期では、「『見かけ上』、教師があたかも指導をしていないかのように子どもは生活し、学習します。しかし、それは、ルールが潜在化し、教師が口に出して言わなくていいくらい定着しているからです」(第29頁)。「この段階では、価値が内在化しているということです。先生に言われるからそうしているのではなく、子ども自身がその状態を心地よいと感じ、自らの判断でそう行動しているのです」(第29頁)。このような状態は、自分にとっても理想の教室です。ではどうすれば、自治的集団を教室に形成することができるのか。本書では、緊張期から子どもの自由度増加期までの学級経営の流れを、事細かに解説しています。まず、緊張期のテーマは、安心感の形成です。その安心感は、好意の伝達という部分に集約されるのであろうな、と思います。「折句で自己紹介」「くすだま」など、学級開きで行われるネタが紹介されていますが、あくまでそれは小学校の発達段階に応じて実践されていることであり、コミュニケーションツールとして用いられているものです。そして、それは「君たちと出会えて嬉しい」という好意を伝達するという目的が第一になっています。どんな方法であれ、好意が伝達できれば、人は安心できます。緊張期では好意を伝達し、未来への明るい展望を持たせ、担任への警戒感を解いていくことが、次の教師指導優位期への流れの中で、大切になるというわけです。続いて、教師の指導優位期で大切にされるのは、教師への信頼関係の構築です。堀裕嗣さんの学級経営では、教師は「明確な指示」と「適切な評価」を行い、学級を統率する。生徒の不安を払拭し、安心感を形成する。その一つ一つの営みが、教師に対する信頼感を熟成する。そういった流れが、教師の指導を機能させる信頼関係の構築に繋がっていくというものでした。赤坂さんも同様のことを主張されている箇所もあるのですが、それ以上に感じるのは、生徒と一対一の関係を教師が紡ぐという関係性の構築という視座です。赤坂さんは、その関係の紡ぎ方の視座を、「①自分のことを理解してくれる。②ほめてくれる。③叱ってくれる。④やる気を出させてくれる」(第52頁)に分類されているのですが、まさに良好な関係性の構築に集約される視座であろうと思います。「言うは易し。行うは難し」の視座ですが、教師の指導優位期では、生徒と一対一の関係を紡ぐということを赤坂さんが求めているということがわかります。そして、教師の指導優位が確立した後に移行できるのが、子どもの自由度増加期。ここで赤坂さんは多様な協働学習を提案されています。教師の指導優位期では、教師ー生徒の関係性の構築でしたが、子どもの自由度増加期では、生徒ー生徒の関係性の構築を図るということになろうかと思います。さて、改めて整理すると、緊張期では好意の伝達が優先される。教師の指導優位期では、教師ー生徒間の関係性の構築が優先される。子どもの自由度増加期では、生徒ー生徒間の関係性の構築が優先される。というものでした。そして、その考え方を達成するために最も大切なのは、技術ではなく、教師の在り方であるという部分が、何度も書かれています。さて、学級経営の物語を描くという点で、本書が示した意義は概ね正しかろうと思います。もちろん、教師ー生徒間の関係性の構築という縦糸的活動の時期と、生徒ー生徒間の関係性の構築という横糸的活動の時期を明確に区分するわけにはいきませんので、あくまで理論として理解し、現場の実践に活かしていけば良いのだろうと思います。学級経営の流れをイメージしながら学級づくりを行うという観点は、非常に重要な視点であろうと思いますし、そういう点で明確に学級経営の流れを子どもたちの成長という観点からイメージできるので、本書の提案はとても優れているなぁと思います。自分も赤坂さんの提案の流れを概ね頭に浮かべながら、学級経営を行っています。


『スペシャリスト直伝!成功する自治的集団を育てる学級づくりの極意』  
2016 明治図書  著者 赤坂真二
世界観の形成 5  実践への影響 5
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コメント
本書は、教師生活3年目に読みました。自分の教師としての在り方に変革を迫った1冊です。人間は、「幸せになるために生きている」(第26頁)。したがって、「子どもたちの幸福感を高めることが、教育的成果をあげる」(第27頁)。アドラー心理学によれば、その「幸福感は、自分の能力を発揮して他者に貢献することで得られる」(第30頁)。その他者貢献を内在化するために、教師は、「教師の指示で他者に貢献するのでなく、子どもたちの判断で、誰かのために行動するような機会を設ける」(第32頁)。そして「子どもたちの幸福感の高い集団の姿は、自治的集団である」(第33頁)。上記のような人間観・教育観・学級経営観のもと、自治的な学級経営について書かれた本が本書です。さて、前著で赤坂さんは、学級経営の成長段階を、「緊張期→教師の指導優位期→子どもの自由度増加期→自治的集団期」と4つに分けました。ただし、前著で紹介したのは、緊張期から子どもの自由度増加期まで。最後の自治的集団期に関しての紹介はありませんでした。本書は、最後の最も重要な自治的集団期に関して書かれた書籍という位置付けになります。自分は学級経営をしていて、子どもの自由度増加期には、持っていけるという感覚はあります。しかし、自治的集団期を目指すとなると、途端に大きな壁を感じます。教師と生徒の関係性は紡がれているし、指示も通る。そして、子どもたちの関係性も良好。しかしながら、クラスが自治的に運営され成長しているのか、という観点で見ると、そうではない。この自治的集団が形成できるか否かの大きな差は一体何なのだろう、と悩んでいるのが、教職3年目の現状でした。本書は、その問いに、答えを出してくれています。そして、その最大の答えは、自分の在り方が問題であった、ということでした。例えば、「価値を語り続けること、求め続けること」(第60頁)の重要性について。学級全体への価値づけや生徒の行動への価値づけなど、教師が望ましいと思える姿への価値づけを常に行っていくことが大切で、その価値に「『感覚に気づく』レベルになっていないと、不可視の部分へのアプローチは難しい」(第62頁)と赤坂さんは言います。自治的集団は、「『日常的』で『全方位的』な、教師の願いに基づいた働きかけが『継続的』に保障されたときに実現する」(第62頁)という結論は、方法論ではなく、教師の価値観・本気度が重要なのだ、という在り方のレベルを問われているな、と痛感しますし、自分がまだできていない部分です。なぜ自治的にクラスが運営されると良いのか。まだまだ、その価値を語れていません。給食においても、清掃においても、ショートホームルームにおいても、学級活動においても、体育祭や合唱コンのクラスの活動においても、日々の活動一つ一つに自治的な集団形成のための視点が巡らされているはずなのに、そこに自分が着目できておらず、価値付けを行えていません。生徒の行動一つ一つをつぶさに見て、自治的な活動があった時に、そこに価値付けを施すこともできていません。そういった自分の振る舞いの一つ一つが、学級が自治的な集団になることを阻害してしまっているのだなぁ、と大きく反省をしました。そして逆に、自分が変わればクラスも変わると、未来の変革への可能性も感じた次第です。この「生徒の中に価値が内在化されるまで、教師が価値付けを行う」という視座は、教育という営みにおいて、どの部分にも当てはまる非常に大切な観点であろうと思います。この観点は日々の授業にも向けられています。協働学習において、「グループ学習をしても、自分の意思を表明せず、同意するだけだったり、活動したふりをして、学習が終わったことにする」(第95頁)といった消極的な学習への参加者やフリーライダーが出ている授業が多いと、書かれています。3年目の今、まさに自分はこの問題に悩んでいます。この状況は、「学力はつかないばかりか、その子たちは他者に貢献していませんから幸福感は高まりません。また、周囲に援助させることもしませんから、周囲の幸福感の向上も阻害します。つまり、幸福感を向上させる授業を実現するためには、フリーライダーの出現を極力抑える必要がある」(第96頁)ということです。では、そのためにはどうすべきか。本書では杉江修治さんの協同学習論を引用して、「学級のメンバー全員のさらなる成長を追求することが大事なことだと、全員が心から思って学習すること」(第96頁)が大切だと言っています。まさに、この点も、教師の在り方が問われていると感じます。「生徒の中に価値が内在化されるまで、教師が価値付けを行う」という営みを毎回続けていくこと。最後のところは、これしかないよな、と思います。自治的集団を形成するためには、全員の成長を心から願うという思いをクラスの全員が共有できるまで教師が価値づけを続けるという教師の在り方が問われているな、と強く思います。学級経営における自治的な集団の形成とは、最後はシステム的な面ではなく、教師の在り方的な面に集約されるのでしょう。ですから、本書の提案とは、再現可能性が高い提案というわけではありません。実は、自分の今までの教師としての在り方に変革を問わなければならない、ある種非常に厳しい視座のもとの提案なのであろうと思います。「在り方を問う」とは、「自分をメタ認知する」ということ。そして、「変革を厭わない」ということ。自己変革をしていかなければクラスは変わらない。授業も変わらない。部活も変わらない。そんな強い決意を持たせられた一冊です。


『スペシャリスト直伝!成功する自治的集団を育てる学級づくりの極意』  
2017 明治図書  著者 赤坂真二
世界観の形成 5  実践への影響 5
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書評
上記に紹介した2冊は、学級経営における1年間の物語をどう構築していくか、という視点が中心でした。特に2冊目では、自治的集団をどう形成していくか。学級という集団に焦点を当てて書かれている書籍でした。本書の場合は、最終的な目標地点が個に焦点化されます。子どもたち一人一人が主体性を発揮するためには、どのような学級経営をするべきか。そういった視座で書かれています。さて、そもそも主体性とは何か。本書では、主体性(やる気、内発的動機)が発揮される3つの条件として、「有能感と、自己決定感と、他者受容感」(第27頁)を上げています。自己決定感は、もちろん、『自分のことは、自分で決めている』という気持ちです。しかし、自分で決めただけでは、学習意欲は起こってこないのです。そこには、『自分は勉強ができる』『やろうと思えば勉強ができる』という気持ちである有能感が必要です」(第27頁)。「他者受容感が『安心して勉強ができる場』をつくる要素である」(第28頁)。以上のことから、子どもたちの「有能感・自己決定感・他者受容感」をどう高めていくか、ということが大切なテーマとなります。そして、子どもたちが主体性を発揮するために最も大切なのは、教師のリーダーシップであるというのが結論です。「リーダーシップとは『目的達成に向けた影響力』のこと」(第4頁)であると、本書は言います。そして目的とは、子どもたちの主体性の発揮です。ではどうすれば子どもたちは主体性を発揮するようになるのか。本書では、その中心を、教師のリーダーシップの在り方に求めます。結局のところ、それは最後の「学級機能アップチェックリスト」(第137頁)に集約されています。そして、そのほとんどが教師の在り方についてのものであり、自分自身の在り方を常に見直させられます。全20のチェックリストでしたが、教師生活3年目段階での自分がチェックした時、20項目中◯は12項目、×が8項目でした。赤坂さんの著書を読むと毎回痛感させられるのですが、最終的に子どもたちを成長させるのは、教師の在り方なんですよね。自分の中では、まだまだ磨かれていない足りないないなと思う部分です。システムは事前に構築すれば実践可能ですが、在り方はそうはいきません。自分の中に価値が内在化されていて、その価値を具体的な教育場面の事例に即して語ることもできる。そういった力量が求められるのであろうな、と思います。赤坂さんの書籍を読むと、学級経営について勉強しようと思って読んだはずなのに、最終的には自己変革を迫られるんですよね。そして、その感覚が自分にはとても好きなのです。赤坂さんが提案されている学級経営に対する考え方。まだ理解が不十分な部分は多々ありますが、それでもなお、内在化して実践していきたいと強く思います。


『必ず成功する「学級開き」魔法の90日間システム』  
2017 明治図書  著者 堀裕嗣
世界観の形成 5  実践への影響 5
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書評
本書では最初に横藤雅人さんが提案した織物モデルについて言及しています。まず最初に教師は学級に縦糸(教師ー生徒関係)を強靭に張ること。その後、教師は学級に横糸(生徒ー生徒関係)を紡ぐこと。そして、最終的には縦糸(教師ー生徒関係)が見えなくなるくらい横糸(生徒ー生徒関係)が太くなり、学級という一つの織物が作られるということ。これが織物モデルの概略です。その上で、本書は、教師が張る縦糸に焦点化し、その強靭な縦糸をどう張っていくかという視点で、学級開きから1学期の終業式くらいまでの道のりを、堀裕嗣さんが具体的に実践された事例を通して、記述していきます。さて、その中学校における学級開きから始まる日々に対して、堀裕嗣さんは、野中信行さんが小学校での学級開きにおける考え方として提唱した「3・7・30の法則」を中学校版に組み替え、「3・7・30・90の法則」を提唱してます。特に、本書では中学校1年生の入学時に着目しています。まず、最初の三日間では生徒との距離を縮めることを優先。そこでの発想の根幹は、例えばギターで歌うとか、くすだまを割るとか、そんな生徒を楽しませて好意を伝えるような学級開きではありません。もちろん、堀裕嗣さんが、あの風貌でそんなことをやられていたら生徒は動揺してしまうと思いますが(笑)、優先順位の第一はそういうことではないと言います。生徒の不安を払拭すること。それが優先順位の第一位であると言います。したがって、「入学式で失敗しないこと」「次の日に何をすべきか明確にし、明日への不安を払拭すること」。この2点が第一義だと言うことです。自分は、基本的にこの堀裕嗣さんが提案される生徒との心理的距離の縮め方の方向性に賛成していると同時に、安心感も感じています。自分は、ギターを弾いて盛り上げたり、くす玉を用意して割ったり、あいうえお作文で名前を自己紹介したり、そんなことをするのが苦手なタイプです。何だかわざとらしさが出てしまいそうで、自分にはできません。滑っている自分が想像できます(笑)。でも、学級開きの本を開きけば、そんな実践ばかり。「学級開きってキツイなぁ…」と思っていました。しかし、生徒目線で考えれば、それ以上に大切なことはあるだろうというのが、堀さんの提案であろうと思います。楽しい学級開きができるならそれでいい。しかし、それ以上に、生徒の不安の払拭をしてあげること。教師はここに尽力すべきだ。その考え方を自分はベースにして、学級開きを行っています。そして、最初の7日間で学級のルールを確立。ここは完全に教師の指導優位です。「(1)日直(2)給食(3)清掃(4)班づくり(5)係分担(6)席替え(7)座席配置」(第42頁)と7つの絶対的なシステムが用意されます。ここに関して強く見られる発想の一つ目は効率性・公平性です。よく小学校の清掃で、「掃除プロ制」や「会社活動」などが見られますが、あくまでそれは発達段階としては小学校まで。中学校では、裏にある「掃除をさせたい」「係活動を機能させたい」という教師側の思いがスケスケに見えて機能しないだろうなぁ、という部分が明白です。堀裕嗣さんはその点に関しては、とてもドライな視点を持っていて、自分はそこに共感できます。例えば、給食に関しても清掃に関しても、基本的には面倒くさいことであるということを認めていて、その面倒くさいことを如何に効率的に公平に、実践していけるか、という視点が見られます。自分も全く同感の視座です。清掃で心を磨くとか、係活動で責任感を育てるとか、理想を言えばそうですが、教師だって、たまに回ってくる日直業務は面倒くさいことこの上ないですよね(笑)。子どもも毎日忙しいですし、できるだけ、効率良く公平に日々の生活を回してあげたい。無駄な仕事はできるだけさせないようにする。学級システムに関する自分の発想は、上記のような発想が強いです。理想よりも現実という感じです。さて、上記のシステムを定着させるのが、次の30日間。システムとして回っていくかの確認、評価、価値付けを行う期間です。そして、90とは授業システムの定着を表す期間。教科担任制ですので、約1学期間はかかると堀裕嗣さんは見ています。さて、堀裕嗣さんは書籍の最初に、「(1)自分(学級担任)の思いを先行させるのではなく、学級経営における諸事象を常に『生徒・保護者にどう見えるか』という視点で捉え直すこと」(第13頁)が、本実践の発想の核となっていると述べています。まさに、生徒の安心感を形成することに主眼をおいた学級開きにおける実践も、生徒にとっての効率性と公平性を中心においてシステムを作っている学級のルールにおける実践も、中心的な存在は生徒。あくまで、自分が生徒であったらどう感じるか、という視座に立って実践されています。その気遣いが細部まで宿ったシステムの中で生活することにより、生徒は教師に対し信頼感を抱くのであろうな、と思います。システムとしてもそうですが、心理的にも信頼関係を築けるような視座であると感じます。そして、もう1点が「(2)一人でやろうとしないこと。常に周りの教師を頼ること。自分たちが『チーム』であると意識すること」(第13頁)が大切であると言います。堀裕嗣さんが出された学年会資料からは、そのエッセンスが十二分に感じられます。まぁ、ここは中学校教師にとっては、絶対に持たなければならない当たり前な視座であると思うのですが、その具体を感じられる点で、非常に勉強になります。さて、最初にも書きましたが、本書における実践は、あくまで縦糸を張ることに特化した実践であるということを、絶対に外してはなりません。赤坂真二さんの提案に即せば、「緊張期→教師の指導優位期→子どもの自由度増加期→自治的集団期」の教師の指導優位期までが書かれている提案であるということです。すなわち、その後に目指すべき、子どもの自由度を徐々に増加させ、最終的に自治的集団を作っていくという営みを実現するためには、本書だけでは不十分であるということを自覚しておかなければならないということです。あくまで教師の指導優位期、縦糸の形成に特化した提案であることを重々理解して読めば、本実践は非常に価値の高いものであろうと自分は思います。


『アイスブレイク入門』  
2009 解放出版社  著者 今村光章
世界観の形成 2  実践への影響 2
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書評
学級経営において、まず最初に求められているのは、安心感の形成。逆いいえば、不安の払拭です。では、不安の原因は何かといえば、それは人間関係への不安です。そして、その不安は教師に対する不安と、生徒間での不安の二つに大別されます。教師に対する不安に関しては、こちら側が何とかできる部分ですし、何とかしなければならない部分です。しかし、生徒間での不安は、何か手立てを打たなければ、全く繋がりが生まれず、ずっと同様の人間関係で、不安を残したまま、1年間が終わってしまうことも無くはありません。それに加え、生徒にとってみれば、生徒に対する不安の方が、教師に対する不安よりも、圧倒的に大きいはずです。人は安心感のある空間でこそ、主体性を発揮できます。したがって、早めに生徒の人間関係の不安感を、取り除いてあげなくてはなりません。そのための一つの手法がアイスブレイクである。自分は上記のように捉えています。ちなみに、アイスブレイクの定義とは、「アイスブレイクとは、見知らぬものどうしの出会いの緊張をほぐす演出法です」(第5頁)とのことです。さて、特に本書に掲載されているもので実践しているのは、「バースデイ・チェーン」(第28頁)、「ネームチェーン」(第34頁)、「ヤルキチェーン」(第39頁)、「実家の固定電話チェーン」(第40頁)、「血液型パズル」(第43頁)などん「チェーン術」です。非常に簡単で自己紹介に繋げやすいため、行うことが多いレッスンです。また、「キーパーソンを押さえ、それとなく協力してもらう」(第84頁)など、「アイスブレイク」のコツも書かれています。自分にとって、このアイスブレイクは、生徒ー生徒間の人間関係を紡ぐという視点で、「構成的グループエンカウンター」の第一回目のような、そんな位置付けとして実践しています。実践回数は多くはありませんが、知っていて損はないかな、と思います。


『よくわかる学級ファシリテーション』  
2011 解放出版社  著者 岩瀬直樹 ちょんせいこ
世界観の形成 5  実践への影響 4
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書評
本シリーズは、①「かかわりスキル編」②「ホワイトボードミーティング編」、③「授業」の3冊が出版されています。さて、まずファシリテーションとは、「集団による知的相互作用を促進する働き」(学習指導の書籍紹介『ファシリテーション入門』参照)と定義されます。一般的には、会議などの場でアイデアを出し合ったり練り合ったりしたい時に、誰かがファシリテーター(知的相互作用の促進者)となり会議を回していくというイメージが強い言葉であると思います。その点においては、教師がファシリテーターとなり、子どもたちの知的相互作用を促進していく関わりをしていくことを推奨している本なのかな、と題名だけでは感じます。しかしながら、本書はそういった教師主導の提案ではありません。もちろん、教師がファシリテーターになることは、大前提として提案されているのですが、本実践の白眉はその後。生徒全員がファシリテーターとなり、教師を頼ることなく、生徒自身の力で学級の諸問題を解決していく。すなわち、自治的集団を形成していくということに、本書の提案性があります。そのための一連の流れを提案しているのが本書です。まず、本書が目指すクラスのイメージは「信頼ベース」のクラスです。「信頼ベース」とは、人間関係における安心感を誰もが持っている状態、であると自分は考えているのですが、そのようなクラスを達成するために、まずは教師がファシリテーターになることが大切であると本書は言います。そのファシリテーターのとらえは、「知的相互作用の促進者」というとらえよりも広く、「安心感・信頼感を形成できる人」という広さを持つ、教師の在り方に関わる部分であろうと思います。そういった姿勢で、教師ー生徒間関係や生徒ー生徒間関係を、同時並行で、学級開きから様々な手法で紡いでいきます。例えば「質問の技を磨く」「セブン・イレブンじゃんけん」「先生の自己紹介クイズ」「対話型絵本読み聞かせ」「振り返りジャーナル」「ホワイトボードでペアトーク」「教室リフォームプロジェクト」「静かをつくる」「お掃除プロ制」「会社活動」などなど。赤坂真二さんが言われる学級経営の成長段階のプロセスである「緊張期→教師の指導優位期→生徒の自由度増加期」までを、楽しく多様な活動で人間関係を紡ぎ安心感を熟成していくことで、どんどん「信頼ベース」の階段を登らせていっているという印象を受ける実践群です。ただ、ここまでは、実践内容は異なるとは思いますが、多くの学級で実践されていることだろうと思います。例えば、その手法は「構成的グループエンカウンター」であったり、「プロジェクト・アドベンチャー」であったり、様々だとは思いますが、生徒の自由度増加期までのプロセスがある学級は多いのではないでしょうか。ただ、本実践がすごいのは、その後の「自治的集団形成期」への段階です。「子どもホワイトボード・ミーティング」というのを、本書では提案されています。それは、子どもたち一人一人に、オープンクエスチョンなどの相手の考えを引き出す技法を身につけさせ、拡散・集束・活用の合意形成や課題解決をホワイトボードを用いて子どもたちだけ行えるようにしていくというものです。つまり、子どもたち全員をファシリテーターにしてしまおうという発想です。そして、これを何度も行っていくと、学級内で問題が起こったとしても、子どもたちだけでホワイトボードの前に集まり、話し合いを行い解決できてしまう学級になるとのこと。まさに自治的集団の形成。「先生がいなくても大丈夫。ボクたち、私たちでやっていけるよ」(第26頁)と子どもたちが本気で言える状態に集団が成長していくとのことなのです。何よりも、この実践が自分は凄いなと思いました。自治的集団をどう形成していくか。縦糸をしっかり張れるようになった後の学級経営における最大の悩みは、そこに収斂されていくことと思います。そのための一つのロールモデルとして、本実践は光を放っています。赤坂真二さんが提唱されているクラス会議。岩瀬直樹さんやちょんせいこさんが提唱されているホワイトボード・ミーティング。日本では昔から実施されている特別活動に位置付けられる学級会。どの実践も、最終目標は自治的集団の形成。自分には、そして目の前の子どもたちには、どの方法を選択することが最善に当たるのか。今の自分は、学級会をベースに考えているのですが、考え続けていかなければならないなぁ、と思います。そして、結局どの実践を選択したとしても大切なのは、教師の在り方。教師が価値を語り、もしくは、子どもたちに価値を気付かせ、子どもたちの中に価値を内在化することができるか否かが、実践の成功の分かれ道なのでしょう。自分なりのやり方で、最終的に岩瀬学級のようなクラスを作れると良いなぁ、なんて考えています。


『学級通信を出しつづけるための10のコツと50のネタ』  
2012 学事出版  著者 石川晋
世界観の形成 2  実践への影響 4
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書評
自分は、年平均で50号程度の学級通信を配布しています。その意図は二つ。一つ目は、学級での日々の様子を、物語として将来共有できるよう紙媒体で残しておくということ。二つ目は、学級での生徒の様子を保護者にできるだけ鮮明に伝えるということ。上記の2点の目的に従って、できるだけ短時間で、できるだけ労力をかけず、学級通信を作成しています。例えば、「レイアウトを統一して上書きしよう」(第15頁)、「『定期的に書くもの』を用意しよう」(第20頁)、「『写真』『資料』をふんだんに使おう」(第21頁)などと石川晋さんの実践の中では、他の実践に比すれば、再現可能性の高いコツが明示されていて、実学的な部分で参考になっています。ただ、石川さんのように毎日発行しようという感覚は自分にはありません。あくまで、発行したい時に発行しますという位置付けです。学級通信にかける労力と、その効用を比較すると、それほど高い効用は見込めないという自分の結論から、上記のような不定期更新のような形をとっています。ただ、その時々の写真であるとか、その時々の生徒の感想や想いであるとか、その時々の生徒の姿であるとか、何かの資料に残しておかないと忘れ去られてしまう物語も多いのかなぁと思います。いつか、その物語を思い出す時の、何かの一助になれば嬉しいなぁと思って、自分は学級通信を出しているような気がしています。


『思いっきり笑える爆笑クラスの作り方12か月』  
2010 黎明書房  編著 中村健一
世界観の形成 2  実践への影響 2
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書評
「片手に厳しさを、片手にユーモアを!『厳しさ』と『お笑い』、この両方が備わってこそ、安定した学級経営ができるのです」(第2頁)と書かれる中村健一さんが編集した、「お笑い」の書籍です。「水よ!出てきてくだされ!」(第28頁)、「教育実習生にむちゃぶり」(第33頁)、「1人だけ紹介しない」(第34頁)、「お祝いしてよ誕生日」(第73頁)、「ラッキーおみくじ」(第75頁)、「在校生、起立!」(第90頁)、「赤ちゃん当てクイズ大会」(第92頁)など、教師も生徒も楽しめる実践がいくつもあります。特に飯村友和さんが書かれた実践が、ユーモアの感覚と教師の指導性が強力すぎない点で、自分には合っているな、と感じます。さて、「本書で紹介しているユニークな取り組みで、教室に『安心感』を生み出すことができると確信しています。本書は、野中氏の言う『横糸』を張る1つの方法なのです。本書を使って『横糸』を張りましょう!ただし、『縦糸』を張るのも忘れずに!」(第3頁)。と本書には書いてあります。ただ、自分はこの「お笑い実践」が横糸かどうかは怪しい部分があるのではなかろうか、と思っています。中村健一さんも土作彰さんもそうですが、「お笑い」や「ミニネタ」を学級経営の一つの軸とされている先生方は、教師の指導性が非常に高い統率型の学級を作ることで知られています。生徒の行動も、ピシッと規律があり、全力で何事にも取り組むような学級です。すなわち、縦糸(教師ー生徒関係)が強固な環境であることを意味していると思います。その上で、このお笑い実践は何を意図しての実践かというと、ピリッした緊張に緩和を加え、生徒に楽しさや安心感を抱かせ、学級への所属感、ひいては担任への所属感を高めるための実践です。それは、すなわち、縦糸(教師ー生徒関係)を成立させるための工夫ではないでしょうか。もし生徒間の人間関係を紡ぐための実践であれば、それは間違いなく横糸(生徒ー生徒関係)でしょう。しかし、本書の場合、基本的には教師側がお笑いをしきり、生徒を楽しませる実践群です。ですので、あくまで、縦糸の一部ではないでしょうか。学級経営での書籍紹介では何度も引用していますが、赤坂真二さんは学級経営における生徒集団の成長プロセスを、「緊張期→教師の指導優位期→生徒の自由度増加期→自治的集団期」であると提示しています。その時に、本実践を当てはめた場合、教師の指導優位期のまま終わってしまうのではなかろうか、と思うのです。もちろん、お笑いやミニネタ実践は、あくまで教師の指導を成立させるための一工夫であるという位置付けで、最終的には生徒の自由度を高め、自治的集団を形成していくんだ、という意図があるならば、自分は構わないと思います。ただ、統率型指導とお笑いやミニネタ的活動の裏文化活動の両輪で学級を作り上げていこうとすると、「緊張期→教師の指導優位期」までで終わってしまい、自治的集団を作り、自立的に学級で生活していくという生徒の大きな成長には繋がらないと思うのです。ですので、本実践を横糸(生徒ー生徒関係)の構築と捉えるのは、誤った理解ではないかな、と思います。あくまで本実践は縦糸(教師ー生徒関係)を成立させるための工夫。学級経営における初期的な状況までしか、本書のような実践は保証し得ないと留保を持って読むべきであると自分は思います。


『伝説の教師 鈴木惠子 「明日の教室」発! 子どもの力を引き出す魔法の学級経営』  
2014 学事出版  著者 糸井登・池田修
世界観の形成 3  実践への影響 2
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書評
「『授業の名人』と呼ばれていた有田和正先生が、かつて『日本一の授業』と評された鈴木惠子先生」(本書表紙)の講演と実践をまとめたものが本書になります。鈴木惠子さんから学べるのは、まさに教師の在り方です。生徒を自立的に成長させるためには、教師はどのような在り方で日々の教育活動に向かえば良いのか、そういった視点で読むとと、本書には大切な金言があふれています。「イソップ物語の太陽になって、子どもたちの輝きを引き出したい、子どもが自ら良い方向へ向かって行こうとする、その芽を引き出すきっかけをつくってあげたい」(第11頁)。「子どもたちは、大人が自分をどう見ているか、愛してくれているかどうかということにとても敏感」(第15頁)。「素敵!と教師が思わなければ、それはその子たちの良さとして、顕在化しません」(第20頁)。という記述は、教師の在り方が子どもたちに安心感を与えるための第一義であることを、明確に伝えてくれます。どんなシステムを作っていても、子どもたちの良い部分を見ようとして、子どもたちを心から愛して、子どもたちが行動した素敵な行動に着目して価値付けできなければ、それは子どもたちの安心感の形成や自立に結びついていかない、ということを感じさせてくれます。また、「教師がどれだけ我慢できるか、待てるか、子どもに任せきれるか、それが大事です」(第53頁)。という記述も、どれだけ子どもたちに成長する力があると信じきれるか。教師の在り方を規定する言葉であろうと思います。「教育の最大の目的は、自立させること」(第14頁)。「自分を信じる。自分の信念を信じる。そして、子どもを信じる」(第183頁)。子どもたちには自立する力がある。それを信じて、子どもたちを見守り、価値付け、勇気付けし続ける。教育という営みは、優れたシステムでどうにでもなるものではなくて、やはり教師の在り方が、重要なのでしょう。基本的なことであろうと思いますが、鈴木さんのお話は、改めて「教育は人なり」という言葉を実感させてくれる、そんなものになりました。


『向山型スキル・学級活動の授業パーツ100選』  
2012 明治図書  プロデュース 谷和樹  編集 国友靖夫・佐藤泰弘
世界観の形成 3  実践への影響 3
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書評
本書では、向山型学級活動を100に分類し提案しているのですが、なんと最初の42項目が黄金の三日間に関する記述です。どれだけTOSSが学級開きの黄金の三日間を大切な期間として捉えているかが、よく分かる構成であるなぁ、と思います。「年度最初の三日間、このときばかりは、ほとんどのこどもが担任の言うことをきく。そこで向山洋一氏は、『黄金の三日間』と名づけた」(第16頁)とあるように、この三日間で如何に生徒に、教師から与えられるルールを確立していくか。言い換えれば、赤坂真二さんが言われる教師の指導優位期を確立し、織物モデルで言う縦糸を強靭に張るかが、非常に重要であるということです。まずは、徹底して、教師の指導優位を確立し、学級集団を統率する。これが、TOSSによる学級経営の一つの肝となっているのだなぁと改めて思います。その教師の指導優位を確立した上で、本書には様々な学級経営における向山実践が紹介されています。例えば、教室における「裏文化活動」、向山学級における「イベント・パーティー」などは、縦糸・横糸をより強固に張ることができるし、自治的集団形成にも寄与していくような魅力的な実践群だなぁと思います。向山実践は、言われるほど統率型一色ではない、魅力にあふれた実践群だなぁなんて、自分は思います。あとは、それを、子どもの実態に合わせ変容させて実践することを是とするか否とするか。実践しないという選択肢も是とするか否とするか。TOSSという組織の多様性や寛容性の問題なのかなぁと思います。例えば本書の中では、「自由立候補ジャンケンシステム」は、自分はおかしいシステムであると思います。教室が民主的な場であれば、立候補者が多数いた場合は、投票するのが当然だと考えるからです。人気投票になってしまうと書いてありますが、学級委員を人気投票でしか選べないような学級に育ててしまった教師が悪い、と自分は思います。この子なら任せられるという意識でしっかり投票することの繰り返しが、市民的資質を育てると自分は思います。そういう意味で、「自由立候補ジャンケンシステム」には反対なのですが、TOSSとはそれが是とされる場であるのか、ということですね。どのような教育技術にも完成はありません。教育技術は、批判され乗り越えていかれなければいけません。ただ、TOSSという組織は、向山洋一さんの実践を誰も乗り越えていないところに、最も大きな問題点があると思います。学級経営とは離れてしまいましたが、本書の実践を取り入れるにしても、それはTOSSの実践として取り入れるのではなくて、自分の教育観や子どもの実態に照らし合わせた時に最善の選択肢であると考えるから、取り入れるわけです。TOSSから向山洋一実践批判なんか出てきたら絶対その実践は評価されるだろうになぁ、なんて思います。


『学級通信ガリバー』  
1973 社会評論社  著者 村田栄一
世界観の形成 4  実践への影響 2
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書評
絶版になっている本のため、古書店にて入手しました。不意に小学校一年生の子どもたちや先生の周りに発生したハプニングをいきいきと価値づけ描写しており、こんな筆力のある学級通信が書きたいなぁと心底思います。村田さんの思想的訴えもところどころで書かれており、私は読みごたえがあり好きです。「いたずらは、心を生き生きと躍動させるビタミンです。与えられた知識やルールのわくを突き破る創造力=想像力の出発点でもあります」(第60頁)なんて、良いなぁって思います。「教師は、いたずらの取締り屋ではなく、いたずらの中で心と行動を育てる『ガキ大将』でなければいけない、とぼくは思うのです」(第60頁)なんて、ぼくも思うなーって感じです。また、子どもに怪我をさせてしまったことも赤裸々に書いて「完全にぼくの軽率さが生んだ事故でおわびのしようもありません」(第46頁)と謝罪もそのまま載せています。「あぁ、こんな生徒や保護者と想いを共有できるような、形式的で学校的でない通信を出したいな」と、私に決意をさせた一冊でした。管理職からしたら、不安に想う内容もあると思いますし、いまこの通信を管理職に起案したら、自分だったら突き返されてしまうだろうな、と思う通信もあります。それが面白いな、と思います(笑)。

 
コミュニケーション能力って何?』 
2013 学事出版  著者 堀裕嗣
世界観の形成 5  実践への影響 4
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書評
中学校教師である堀裕嗣さんが現状<是>と感じている学級経営を中心とした洞察がふんだんに記述されている著書、そのような印象を感じます。「多数の<情緒>の安定を優先する無意識的な同調圧力のことをこの国では『空気』と呼ぶ」(第17頁)、「誤解を怖れずに言えば、『カウンセリング・マインド』とは、生徒たちに共感的な姿勢を示しながら予定調和に誘っていく営み」(第68頁)、というような堀裕嗣さん独自の本質をついた定義に唸りました。また、「礼儀正しさ」を「少なくとも日本人がコミュニケーション行動として採用する場合、その目的は『ディセンシー(筆者補:礼儀正しさ)によって自分を守る』ということに焦点を合わせがちになる」(第44頁)というように、「自分を守るためのコミュニケーションの手法」という洞察での位置づけは、自身の礼儀観を形成しました。また、「<マクドナルド化>の動きを学校教育に引きつけて考えてみると、先にも述べたように、『これが正しい』と生徒たちに教師が強制する指導の在り方から、<効率性><計算可能性><予測可能性>を保障する環境を整えながら、生徒たちにいやな思いを抱かせずに指導目的を達成させる指導の在り方へと移行してきている」(第80頁)と、堀裕嗣さんは述べます。そして、その移行してきた指導の在り方を「環境調整型権力」(第81頁)と名づけ、その「環境調整型権力」に基づいた教育では、「『カウンセリングマインド』『チーム・ビルディング』『特別支援教育』『学びのしかけ』『協同学習』『学び合い』』『ファシリテーション』『クラス会議』など多くの手法・思想が取り入れられている」(第77~79頁)と喝破しています。「私が行いたい教育は、子どもたちにストレスを溜めないことに重点を置いた「環境調整型権力」に基づくものだったのだなぁ…」と本書を読み、内省できました。まだまだ引用したい箇所がたくさんある、本質的洞察に満ちた書籍です。


『子どもが力をつける話合いの助言』  
1997 明治図書  著者 橋本定男
世界観の形成 5  実践への影響 5
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書評
教師生活2年目、初担任の自分は、学級会がうまくいかず悩んでいました。「子どもの前に出て指導することを控え、活動を見守るようにして、子どもの自主性を育てたい。しかし、出ないでいると子どもの活動は停滞し、自主性が高まっていない。出てもだめ、出なくてもだめ」(第11頁)という、自分がいつも思っていることを、本書では、よく教師が陥るジレンマとして紹介してくれています。その記述を見て、「これは自分の悩みを解消してくれる一助になるかもしれない!」と思い、本書を購入しました。まず、本書では、「出ないー決める『内容』に口を出さない。子どもの選択に任せる。 出るー話合いの『やり方』について出る。やがて子どもがその働き掛けを必要としなくなることをねらって出る」(第19頁)という記述に、強く反省させられました。時に話合いの内容にも参加し、「話し合っている内容について全面的に任せられている。最終選択権をもっている」(第21頁)という安心感を、自分は子どもたちに持たせられていなかったのです。そして、「『口を出さない』ということは、『口を出さなくても大丈夫という状態にしておく』」(第22頁)ということが、全くできていませんでした。話合いの方法も、話し合うまでの仕掛けも、全くせずに、無防備に話合いに子どもたちを望ませていた自分。本当に子どもたちに、特にリーダーである学年委員たちに、申し訳なくなりました。また、「子どもが自主的に活動する『形』の具現で終わりにせず、『その先』に踏み出すこと。『その先』とは、子どもに力をつけ、心にくい込む活動を具現すること」(第34頁)という記述にも反省させられました。自分は、「当面、そこ(子どもが自ら動くこと)を目指して日夜努力」(第35頁)している教師でした。しかし、それは、「形ばかり追ってい」(第36頁)ただけでした。「自分の主張を相手に伝え、相手の意見を理解し、異なる思いや願いをつき合わせ、互いに合意点をさぐり、決議をだす。それに基づいて協力し実践する」(第2頁)という、心を動かす実践を目標としなければと、想いを新たにさせられました。また、「『子どもが動きだす状況』をつくる(仕掛ける)」(第70頁)という考え方。そして、教室で発生したハプニングを「事件にしてしまう」(第78頁)などの助言の方法。子どもたちの多くが、「大変だ。大切なことだ。何とかしよう」(第87頁)、「おもしろそうだ。楽しそうだ。やってみたい」(第87~88頁)と思えるような世論づくりの助言など、ここでは、学級会を行うまでの準備の大切さを学びました。学級会が活性化しないのは、この準備が全くできていないからだと、初めて学級会が活性化しない理由を、明確化できました。また、教科の授業でも、本書の助言を生かし、生徒が動きだす状況を作れるように取り組んでいます。当時、隣のクラスのK先生のような学級会がしたくて、追いかけ続けていた時期です。K先生の実践を日々見つめる中での、成長への意欲への刺激は、何物にも変えられませんでしたが、その意欲のもと、多くの学びを与えてくれたのが本書です。教師生活2年目の悩みとともに、本書は思い出の1冊になりました。


『自分を鍛え、集団を創る!特別活動の教育技術』  
2013 小学館  著者 杉田洋
世界観の形成 5  実践への影響 4
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書評
「最近、特別活動というカリキュラムは揺らぐことなく存続しているのに、特別活動を指導できる先生がめっきり少なくなったという」(第6頁)から始まる本書。初担任を持った自分は、まさに特別活動の指導に苦手意識を感じる、特別活動を指導できない教師でした。本書ではまず、特別活動の意義を、「各教科の役割は、優秀なエンジン(知識・技能等)をつくることであり、頑丈なボディをつくるのは、保健・体育、ハンドルやブレーキをつくるのは、徳の指導に該当する。…。しかし、それだけでいきなり道路に出てしまえば、交通事故が多発することは目に見えている。だから、実際に一般道や高速道路などに出て運転をしてみる路上教習も必要となる。つまり、教科書も副読本も使わず、生活や社会とのかかわりの中で体験的に学ぶような場が特別活動や総合的な学習の時間であると考えればわかりやすい」(第8頁)と説明しました。そのわかりやすさに唸りましたし、特別活動の重要性を再認識しました。そして「年度当初の子どもたちは、たまたま同じ舟に乗り合わせたような子どもたちの集まりにすぎない。だからこそ、学校にも学級にも目標が必要になる。みんなが共通の目標に向かって努力し、役割を分担し協力してその実現を目指し、苦労と喜びを共にし、やり遂げた喜びを味わえるような集団まで高めることが特別活動の役割の一つである。ぜひ、学級を引っ張って走らせるモーターボートではなく、子どもたちが同じ目標に向って、全員が仲間となって舟を漕ぐような集団にしたいものである」(第19頁)という記述。自身の教育観をそのまま規定しています。では、「どのように子どもたちが共通の目標をつくるのか」などの指導技術の部分が、後半に記されています。例えば、「学級会を活性化するためには、学級や学校の生活づくりの問題に気付く目を育てることからはじめたい。そのために、まず生活の問題を洗い出す活動から取り組ませたい」(第52頁)という記述。生活上の諸問題について話し合わせたいと思っていても、子どもたちに課題意識がなければ、それは空砲になってしまうということを実感している時に目にし、自分がなぜ失敗したのかがよくわかりました。「安易に多数決で決めてしまうならば、よい話し合いとは言えない」(第54頁)ということはわかっていても、「じゃあどうすれば良いんだろう?」と思っている矢先に、「折り合いの付け方のパターンを教師がいくつ知っているか」(第54頁)という記述にも出会いました。「意見Aと意見Bの両方を満たす方法」「意見Aを中心にして、意見Bのよさを加味する方法」「意見AとBを合体させる方法」「意見AとBの発想を生かして新しいものをつくり出す方法」「サラダの盛り合わせ型の方法」「優先順位をつけて妥協する方法」(第55頁)など、たくさん紹介されていました。自分の学級が話し合い場面で収束が貧弱になってしまうのは、自分の折り合いをつけるための視点が少なかったからだと、強く反省させられました。司会の子どもたちに関しても、初担任時は、「労を多くして功少なし」(第56頁)になってしまっていたと思います。今は、「話し合いの流れをシミレーションして、ディスプレーとしての板書の仕方(板書計画)を想定して」(第56頁)などの司会の技術も、第2回目の話し合いからは会議をして考えさせ、話し合いの成功体験を積ませるようにしています。(第1回はあえて失敗させ、反省会をし、第2回の成功体験につなげる場合が多いです)。この司会の技術に関しても、司会の声がけの手法が具体的に記載されています。このように、特別活動に悩んでいた自分に、多くの示唆を与えてくれたのが本書です。担任2年目から、隣の学級のK先生の実践や本書や『子どもが力をつける話し合いの助言』の学びを経て、特別活動が有意義なものになっていきました。


『「最高のチーム」になる!クラスづくりの極意』  
2011 農文協  著者 岩瀬直樹
世界観の形成 5  実践への影響 3
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書評
「だってこのクラスつくったのオレたちだよ」「イワセンはケーキでいうと土台のスポンジをつくってくれたんだよ。それに一生懸命きれいにデコレーションして、ケーキに仕上げたのは私たち!」(第9頁)。岩瀬学級の卒業式の日の生徒の言葉です。「こんなことを子どもたちが言えるようなクラスを作りたい!」という憧れ。子どもたちが自らクラスを作り、ゆるやかに安心感を持って過ごせる空間を作りたいという理想。この岩瀬直樹さんの実践が、自分の学級経営の大きな目標となっています。本書には岩瀬さんの実践が盛りだくさんです。「教室リフォームプロジェクト」「お掃除プロ制度」「プロジェクトアドベンチャー」「文学サークル」などなど。「まだ、今の自分には踏み込めないなぁ」と感じる実践も、正直多いですし、あくまで目標を達成するための手段の一つ一つなので、自分にはできていなくても、あまり気にはしていません。現状、自分の実践で取り入れているのは、「三月にこうなっていたい!という夢を共有」(第44頁)して作る、「子どもも担任も『読んでワクワクする』」(第45頁)な学級目標づくりです。でも、その後の振り返りは、岩瀬さんほどはできていません。今後の課題にしなければ、と強く思っています。他にも、家庭学習に関しての「ボクがサポートできることってある?」(第101頁)という姿勢で関わる面談だったり、「みんなができるようになるのが目的」(第96頁)だから、何度も受けられるテストを実施したり、授業中の『学び合い』でも、「保安官バッチを捨てました。この授業のなかでの子どもたちのプラスの行動、いい行動だけに目を向けよう!」(第92頁)という意識での生徒への関わりだったり、自分の中では、本書から感じる岩瀬さんの子どもたちへの関わり方・教育に対する姿勢の一つ一つが目標となっています。自分の目指す学校での子どもたちひとりひとりの姿。それは、岩瀬学級のような姿なんだろうなぁ、と本書を読む度に思います。大きな目標となっている大切な一冊です。


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