学級経営
学級経営
『スペシャリスト直伝!学級を最高のチームにする極意』
2013 明治図書 著者 赤坂真二
世界観の形成 5 実践への影響 5

書評
学級経営について、様々な書籍を刊行し講演をされている赤坂真二さん。自分の学級経営に関する根本的な考え方は、赤坂真二さんの理論に強い影響を受けています。本書は赤坂さんの書籍の中でも、自分が最初に読んだ書籍であり、自分への影響度で言えば、一番強いかもしれません。さて、理論的影響と書きましたが、赤坂さんが提唱されている学級経営の理論の中でも、最も強く自分が意識している理論は、学級経営の段階論です。「学級づくりにおいては人間関係づくりを目的化してはならない。その上に成り立つ課題解決集団の育成を目指すべきである」(第17頁)という目標のもと、最終的にはゴールとして子どもたちが自分たちの問題を自分たちで解決できるという自治的集団になっていくことを目指します。そのことを赤坂さんは、「学級づくりとは、群れ状態の子どもたちをチーム化すること」(第10頁)なんて言い換えてもいますが、そこに移行するまでには、4つのステップがあると、提唱しています。第一段階は、「緊張期」。教師と子どもの関係、子ども同士の関係ができておらず、緊張状態の段階です。第二段階は、「教師の指導優位期」。教師が主導して、学級や授業を成立させていく段階。第三段階は、「子どもの自由度増加期」。子ども同士の人間関係がつながり、広がっていく段階です。そして、第四段階が、「自治的集団期」。教師の介入なくとも、自分たちの課題は自分たちで解決できる、子どもたちが学級のオーナーシップを持っている段階であるとも言えます。まず、学級経営には、大きく捉えればこの四段階があるということが、自分の学級経営観の根幹となっています。そして、最後の「自治的集団期」では、一見、教師は何もせず学級が子どもたちの手で回っているように見えるけれども、実はそれまでには、「緊張期」「教師の指導優位期」「子どもの自由度増加期」それぞれで、教師が適切な手立てを打ったから、「自治的集団期」が形成できたのだという、学級経営のストーリーを描く必要があるということを、本書からは教えてもらいました。目安としては、「3日間で「緊張期」を脱する。7日間で「教師の指導優位期」体制をつくる。30日間で「教師の指導優位」体制を定着させる」(第34頁)。そして、「90日間で子どもの自由度を徐々に増加させるとともに自治的活動の下地をつくる。120日間で自治的活動を軌道にのせる」(第35頁)というものが示されています。あくまで目安ですが、参考になる視点かな、と思います。さて、本書は上記の四段階の中でも、「緊張期」「教師の指導優位期」「子どもの自由度増加期」の三段階について、詳しく書かれています。まずは、「緊張期」に関して。「スタートの3日間で最も優先しなくてはならないことは、担任に対する安心感を持たせること」(第41頁)。そのための、様々な手立てが紹介されています。ここで紹介されているネタは、「小学校の先生だなぁ」と思う実践が多く、自分のキャラクターも踏まえ、中学生に実施するのは尻込みしてしまうようなものが多いのですが、「安心感を持たせる」という一点の目標に依拠していれば、何でも良いと思っています。続いて、「教師指導優位期」。実は、本章が非常に面白くて、本章では、教師指導優位を成立させるための方法論からは入りません。例えば、細かい日直システムや給食システムなどは解説しません。では、何を最も大切にしているかと言うと、「教師の在り方」です。「育てると言うことは、結果に関心を持たねばなりません。教えっぱなしでは育てたことになりません。教えた後、変容を見取り、ときには励まし、ときにはやり直しをさせるなど教えることよりもさらに深いやりとりが子どもとの間に求められます。すると、教師の行為や言葉が子どもにより受け入れられる関係性が必要になります」(第47頁)。すなわち、「教師指導優位」を成立させるためには、まずは子どもとの信頼関係の構築が必要で、それは子どもとの日々の関わりなどの教師の在り方が根本にはあるということを、示してくれている章であると思います。「子どもの安全基地になろう」という言葉が紹介されていますが、子どもが自由に活動していくためには、この先生のもとならば安全に挑戦できるという信頼関係が何よりも大切だということを示しているなぁ、と思います。そして、「子どもの自由度増加期」。ここでは、子どもたちをつなげていくための方法がたくさん示されています。そして、課題達成の小さな経験を積み重ねていきながら、「自治的集団期」へと移行していこうという流れ。本書における学級経営のストーリーは、自分が学級経営を考える際の根本となっています。「今の学級はどの段階か」「自分の指導はどの段階の指導にあたるのか」など、本書の主張と照らし合わせながら学級に向き合っています。自分はまだまだ「自治的集団期」に上手に生徒を移行させることができていないのですが、「自治的集団期」を目指さなければ、という意識があるかないかで大きく違うと思いますし、いつかは「自治的集団期」を生徒とともに作り上げることができるクラスを夢見ています。本書の主張は、自分の学級経営観の根幹。振り返りながら、進んでいきたいと思っています。
『スペシャリスト直伝!成功する自治的集団を育てる学級づくりの極意』
2016 明治図書 著者 赤坂真二
世界観の形成 5 実践への影響 5

書評
前の書評で、赤坂真二さんの学級経営の四段階の理論を紹介しました。「緊張期」「教師の指導優位期」「子どもの自由度増加期」「自治的集団期」の四段階です。しかしながら、「自治的集団期」については、前著にほとんど記述がありませんでした。本書では、その「自治的集団」に学級を育てていくための理論・方法を示しているという、そんな書籍であるという印象です。まず、理論に関してですが、本書が非常に面白いのは、「幸福とは何か」という、哲学的なテーマから、教育の目的に迫っているところです。その理論的根拠はアドラー心理学の共同体感覚です。「自己受容」「他者貢献」「他者信頼」からなる「共同体感覚」ですが、本書では、「幸福感は、自分の能力を発揮して他者に貢献することで得られる」(第30頁)と示されている通り、「他者貢献」を中心に記述されています。この「他者貢献」を主体的に行える集団こそが、「自治的集団」であると示し、だからこそ、「自治的集団」の形成は大切だ、と赤坂さんは主張しています。アドラー心理学については、以前から理解していたつもりでしたが、子どもたちの心理面からのアプローチでも自治というのは大切なんだなぁ、と気付かされた次第です。さて、本書では、「自治的集団」を築くために最も大切なことは何かという問いに、こう答えています。「価値を語り続けること、求め続けること」(第60頁)。そう、結局はやはり、教師の在り方なんだなぁ、と思わされました。「「感覚的に気づく」レベルまでになっていないと、不可視の部分へのアプローチは難しい」(第62頁)という言葉も、自分には大きく刺さった言葉で。子供達が感覚的に気づくまでに、自治的であること・民主的であることを語り続け、求め続け、気付かせ続け、考えさせ続けているだろうか、と考えると、まだまだ自信がありません。教師の在り方、自治的集団形成への本気度への顕在化が何よりも重要なのだ、という赤坂さんの言葉。「お前は本気なのか?」と心に突き刺さってきます。さて、本書では、「自治的集団」形成への方策として、授業と特別活動の二つに分けて論じています。軸は、どちらも課題解決が第一の目的であること。課題解決集団としての自治的集団の形成が大切にされています。まず授業。本書では、チーム学習と紹介されていますが、有り体に言えば、『学び合い』と一緒(※分かりやすさを優先し書評は『学び合い』で統一します)という理解で良いのかな、と思っています。クラス全員の達成を目指し、クラス全員が目の前の課題達成に向かっていく。まさに課題解決集団であるからこそできる授業。教科の授業ではあるけれども、「自治的集団」として機能しているからこそ、機能度が高まるのが『学び合い』なのか、と思いました。この『学び合い』。やはり機能させるために一番重要なのは、教師の在り方であろうな、と自分は読み解きました。結局、「全員達成」を求める際、どれだけその「全員達成」の価値観を本物に落とし込めるかは、教師の在り方次第。どれだけ本気で教師が子供達に求めていくかだと思います。そして、それがフリーライダーの発生を防いでいく。教師の在り方が大切だという点は、強調しても強調しすぎることはないなぁ、と思います。続いて特別活動。ここで紹介されているのは、赤坂真二さんですので、もちろんクラス会議です。クラス会議に関しては別の書評に書きたいと思いますが、ショートもあり、ロングもあり、様々な生活課題に関して話し合うことが可能で、とても自治的な活動であるなぁ、と本書を読んで改めて思いました。さて、「自治的集団期」に関しての理念と方策の提示が、本書で示されている中心であると最初に述べました。でも、理念さえ共有していれば、方策は変わってOKなのだと思います。大切なのは、理念。そして、教師の在り方。本気で自治的集団を作りたいんだという想いと、その伝え方。本気度が大切なんだ、と背中を押された気持ちになった一冊でした。「子どもの自由度増加期」と「自治的集団期」には大きな壁がある、と自分は思っています。担任として学級経営をしながら、「子どもの自由度増加期」にはいけるけれども、「自治的集団期」には、うちのクラスは入ってないよなぁ…とよく思うのです。でも、その壁を破っていかないとなぁ。頑張ります。
『スペシャリスト直伝!成功する自治的集団を育てる学級づくりの極意』
2017 明治図書 著者 赤坂真二
世界観の形成 5 実践への影響 5

書評
上記に紹介した2冊は、学級経営における1年間の物語をどう構築していくか、という視点が中心でした。特に2冊目では、自治的集団をどう形成していくか。学級という集団に焦点を当てて書かれている書籍でした。本書の場合は、最終的な目標地点が個に焦点化されます。子どもたち一人一人が主体性を発揮するためには、どのような学級経営をするべきか。そういった視座で書かれています。さて、そもそも主体性とは何か。本書では、主体性(やる気、内発的動機)が発揮される3つの条件として、「有能感と、自己決定感と、他者受容感」(第27頁)を上げています。自己決定感は、もちろん、『自分のことは、自分で決めている』という気持ちです。しかし、自分で決めただけでは、学習意欲は起こってこないのです。そこには、『自分は勉強ができる』『やろうと思えば勉強ができる』という気持ちである有能感が必要です」(第27頁)。「他者受容感が『安心して勉強ができる場』をつくる要素である」(第28頁)。以上のことから、子どもたちの「有能感・自己決定感・他者受容感」をどう高めていくか、ということが大切なテーマとなります。そして、子どもたちが主体性を発揮するために最も大切なのは、教師のリーダーシップであるというのが結論です。「リーダーシップとは『目的達成に向けた影響力』のこと」(第4頁)であると、本書は言います。そして目的とは、子どもたちの主体性の発揮です。ではどうすれば子どもたちは主体性を発揮するようになるのか。本書では、その中心を、教師のリーダーシップの在り方に求めます。結局のところ、それは最後の「学級機能アップチェックリスト」(第137頁)に集約されています。そして、そのほとんどが教師の在り方についてのものであり、自分自身の在り方を常に見直させられます。全20のチェックリストでしたが、教師生活3年目段階での自分がチェックした時、20項目中◯は12項目、×が8項目でした。赤坂さんの著書を読むと毎回痛感させられるのですが、最終的に子どもたちを成長させるのは、教師の在り方なんですよね。自分の中では、まだまだ磨かれていない足りないないなと思う部分です。システムは事前に構築すれば実践可能ですが、在り方はそうはいきません。自分の中に価値が内在化されていて、その価値を具体的な教育場面の事例に即して語ることもできる。そういった力量が求められるのであろうな、と思います。赤坂さんの書籍を読むと、学級経営について勉強しようと思って読んだはずなのに、最終的には自己変革を迫られるんですよね。そして、その感覚が自分にはとても好きなのです。赤坂さんが提案されている学級経営に対する考え方。まだ理解が不十分な部分は多々ありますが、それでもなお、内在化して実践していきたいと強く思います。
『学級経営10の原理100の原則』
2011 学事出版 著者 堀裕嗣
世界観の形成 5 実践への影響 5

書評
「いまの時代、何よりも大切なことは「成功すること」ではなく、「失敗しないこと」なのです」(第5頁)という記述から分かる通り、失敗しないための最低限の学級経営の考え方や方法が本書籍では示されています。例えば原理の章では、「一時一事の原則」「全体指導の原則」などを具体的な事例を交えて紹介しているのですが、これはすべて教師の指導を学級で通すための原理。原則の章でも、「席替え」「給食指導」「清掃指導」「ショート・ホームルーム」など、非常に構成的でシステム化された細かな学級経営の方策が紹介されていて、「学級経営とは、教師がシステムを固め、そのシステムの中で生徒にいかに工夫させるかという営み」(第60頁)という堀裕嗣さんの言葉からも分かる通り、まず大事なのは、教師がシステムを明確に固めること。すなわち、原理でも原則でも、赤坂さんの学級経営理論でいけば、「教師の指導優位」の確立を目指して行われているのが本書の提案であると解釈し、本書を読み進めました。ですから本書は「学級経営」と書いていながらも、「緊張期」「教師の指導優位期」「子どもの自由度増加期」「自治的集団期」のうち、基本的にはすべて「教師の指導優位期」に関わる記述であるということは考慮に入れて読み進める必要がある書籍であると思いますし、別の捉え方をすれば、「教師の指導優位」さえ確立できれば、成功とは言えなくとも失敗しない学級経営はできる、ということになろうか、と思います。本書に紹介されている「席替え」「給食指導」「清掃指導」「ショート・ホームルーム」などの一つ一つの実践は、個別具体的であるため、地域や学校、学級に合わせて自分が最良の方法で学級経営を行えば良いと思うのですが、何よりも大切なのは本書を貫く発想。「教師の指導優位」を作ることが大切。そのためには、「安定したシステムが必要」だということ。最初から「自治的集団」を作ろうとしてもうまくいきません。「まずは、これができるようになってからね」という教師としての最低限のスタートラインを示している一冊であろうと、自分は本書を捉えています。
『必ず成功する「学級開き」90日間システム 資料増補版』
2017 明治図書 著者 堀裕嗣
世界観の形成 5 実践への影響 5

書評
堀裕嗣さんが実践された「学級開き」を超具体的に示してくれている一冊です。この増補版で素敵だなぁ、と思ったのは、序文として示されている織物理論。織物モデルの縦糸は、教師ー生徒関係。横糸は、生徒ー生徒関係。その概略は、「(1)〈縦糸〉だけでも〈横糸〉だけでもいけない。(2)ただし、〈縦糸〉があってこその〈横糸〉であって、〈縦糸〉がなければ〈横糸〉はほつれてしまう。(3)とはいえ、〈縦糸〉はできるだけ見えない方が良い。織物を美しく見せるのはあくまで〈横糸〉のコントラストである。(4)織物は、強靭な〈縦糸〉と美しく織りなす〈横糸〉とが互いに補完し合っている」(第9頁~10頁)。自分は、赤坂さんの学級経営の四段階をベースに、常に学級経営について見る癖がついているのですが、織物理論もほぼ同様の学級経営理論であるなぁ、と思いました。まずは強靭な〈縦糸〉を張るのが「緊張期」「教師の指導優位期」でしょう。続いて、〈横糸〉を「子どもの自由度増加期」で張っていき、最終的な「自治的集団期」では、子どもたちが学級のすべてを動かしているように一見見えるため、〈縦糸〉は消えてしまったかのように思えます。しかしながら、実はその活動は、強靭な〈縦糸〉によって支えられてる。どちらの理論で説明しても学級経営の流れは上手に表現できているなぁ、なんて考えながら読みました。さて、本書の主題は、「学級開き」。すなわち、「緊張期」と「教師の指導優位期」。織物理論でいえば、〈縦糸〉を張る時期の詳細な実践群の紹介です。『学級経営10の原理100の原則』では見えなかった「学級開き」から「教師の指導優位」の確立までの流れが明確に紹介されています。まずは、「緊張期」から。ここでの目標は、生徒たちとの心理的距離を縮めること。しかし、それは生徒と仲良くなろうという発想ではありません。堀実践で何よりも大切にされてるのは、安心感の形成です。入学式への準備。入退場という不安を解消するための取り組みを最優先に実践します。そして、大量の提出物に提出日を書かせ、安心して帰宅できるようにします。生徒たちとの心理的距離を縮めるという発想だと、仲良くなろうという考え方だけにいきがちですが、まずは安心感を形成するという視点は、子どもたちにとっては楽しさと同様に大切な観点であろうと思いましたし、徹底的に子ども目線になって考え抜かれている取り組みだなぁと思います。続いて、「教師の指導優位期」。ここで大切だなぁと感じたのは、平等の観点。例えば、清掃。堀裕嗣さんの視座は非常に現実的で、「清掃なんて、基本的には面倒くさいものだ」という視座に立っているのだろうなぁ、と思います。自分は、そう捉えています(笑)。そうであるからこそ、できるだけ掃除時間が平等になり、掃除内容も平等になるよう係を変えていこうという発想には、子ども目線で考えれば、とても現実的で好感が持てました。さて、他に、強く意識されているのだなぁ、と思ったのは教師間の連携の観点。生徒に強い指導をした後は、一応管理職に報告を行っておいたり、学年全体が同様のシステムで回せるよう配慮できていたり、学年会資料の丁寧さなんかを見ると頭が下がります。「(1)自分(学級担任)の思いを先行させるのではなく、学級経営における諸事象を常に「生徒・保護者にどう見えるか」という視点で捉え直すこと。(2)一人でやろうとしないこと。常に周りの教師を頼ること。自分たちが「チーム」であると意識すること」(第13頁)。この2点が本書の提案の考え方の肝であることが、本書の冒頭で示されていました。まさに読み進めると、「あ、この実践は(1)だな」「(2)の意識が強い!」と至るところで感じますし、読めば読むほど、その大切さが分かってきます。本当に丁寧に考え抜いて学級開きが行われているのだなぁ、と感じ入った読書でした。さて、最後に、あくまで本書で示されているのは、「緊張期」「教師の指導優位期」、織物モデルでいえば〈縦糸〉を張るという点に特化した実践であることは抑えておくべきであると思います。したがって、本書で示されているのは、学級経営のあくまでスタート。その後は、本書から離れ実践を作り上げていかなければならない、ということです。『学級経営10の原理100の原則』も含めてですが、堀裕嗣さんが実践として示しているのは、「緊張期」「教師の指導優位期」がほとんど。ファシリテーションなどで「子どもの自由度増加期」、すなわち〈横糸〉を張る実践は見ることができますが、「自治的集団期」の実践は、自分が知る限りでは見たことはありません。あくまで堀実践は、学級経営のゴールを示しているものではない。この点は、明確に理解していなければいけないと思っています。
『中学校学級づくり 構成的グループエンカウンターエクササイズ50選』
2014 明治図書 編著 吉澤克彦
世界観の形成 4 実践への影響 5

書評
構成的グループエンカウンターとは、国分康孝さんが提唱した開発的なカウンセリング方法の一つです。本書では、その構成的グループエンカウンターでも、中学校で実際に実践され、効果があったと実践者たちが考えた、たくさんの事例が紹介されています。さて、編集代表である吉澤さんは、構成的グループエンカウンターの効果について、2つ言及しています。「①人間関係づくりができる。②一人一人の成長を支援できる」(第9頁)。まず、①人間関係づくりについて、自分は、教室で構成的グループエンカウンターを実施する際、現状最も意識しているのが、人間関係づくりです。「緊張期」「教師の指導優位期」の後にやってくる「子どもの自由度増加期」。この「子どもの自由度増加期」で最も大切なのは、子どもたちの人間関係が繋がっているかどうか。自分はその人間関係を繋げる機能を、構成的グループエンカウンターに担ってもらっています。構成的グループエンカウンターの何が良いか。教師側から見ると、一度作ったプリントは何年も使用可能だし、構成的であるため流れを踏めばどんな教師であれ実践可能であるという点は、優れた点かなぁ、と思っています。生徒側から見ても、普段話さない生徒と強制的にでも繋がることができたり、相手の深い部分まで知ることができたり、魅力的な部分はたくさんあるなぁ、と思っています。中学校では教科担任制であるため、もちろん授業内での協同学習は仕組みますが、他の授業でも同様に実践されているかは分かりません。ですから、学級活動や道徳の時間で意図的に子どもたちを繋げる必要があると思います。そういう意味で、構成的グループエンカウンターが作り出している効果は非常に大きいものであると思っています。2点目の一人一人の成長について。カウンセリングという点では、こちらの方がメインなのかもしれません。ここで大切なのは、振り返りですよね。子どもたちが自身の取組や感情を、素直にメタ認知できること。振り返りを大切にしていきたいなぁ、と思っています。本書とともに、姉妹編であるミニエクササイズの書籍もよく活用しています。意図的・計画的に、一つ一つのプログラムを実施する時期を、子どもたちの実態に応じて考えながら、構成的グループエンカウンターを実践していきたいなぁ、と思っています。ただ一点だけ。あくまで構成的グループエンカウンターは、学級経営の視点からいえば、「子どもの自由度増加期」までの実践。それ以降の「自治的集団期」では、非構成的な集団決定が行われることが大切であろう、と思いっています。構成的グループエンカウンターで学級の人間関係が円滑になっただけで満足しない。学級の人間関係を円滑にして、最終的に自分たちだけで課題解決ができる自治的集団を作っていかなければいけない。そのように思います。
『よくわかる学級ファシリテーション①かかわりスキル編』
2011 解放出版社 著者 岩瀬直樹 ちょんせいこ
世界観の形成 5 実践への影響 5

書籍
信頼ベースの学級ファシリテーション。本当によく作り込まれている提案だなぁ、と本書を読めば読むほど思います。まずは、本書では教師としての在り方に言及。これが、ファシリテーターのかかわりスキル10か条です。「クラスや学びのオーナー(当事者)は子どもたち。先生もその一員です」とか、「主語はボクたち、私たち。「やらせる」「させる」ではなく「一緒にやろう」」とか、「ひとりでがんばりすぎない。仕事を楽しむ!学び続けます」とか。これはスキルというより、在り方だよなぁと。子どもたちが学びの主体者であるという構え。教師は子どもたちのやる気を引き出す促進者であるという構え。これが在り方として示されているなぁ、と思います。では、その在り方のもと、具体的にどんな学級を作っていくのか。その点が、具体的に紹介されています。まず、「緊張期」。ここでは、「対話型絵本の読み聞かせ」「ホワイトボードでペアトーク」「先生自己紹介クイズ」「教室リフォームプロジェクト」「4つのコーナー」「会社活動」「振り返りジャーナル」「掃除プロ制」などなど、たくさんの実践が紹介されていて、しかも、「最初の一週間の過ごし方の例」まで紹介されています。ここは、生徒や学校の実態に応じて作り替えれば良いと思いますが、とても丁寧な紹介に素敵だなぁ、と思います。「緊張期」に関しては、何よりも「安心感」だなぁ、と感じます。「このクラスは楽しそう」「私たちって力があるかも」「好きなことに挑戦できそう」「先生は応援してくれる」と感じられるような取組の数々。子どもたちの心を温めることに、何よりも重点が置かれているなぁ、と思います。そして、実は、「教師の指導優位期」と「子どもの自由度増加期」を同時進行で保証してます。様々な取り組みを最初は教師が丁寧なインストラクションのもとに提示し、「先生の提案にチャレンジしてみたら、楽しいな・頑張れるな・間違いないな」という部分を保証しつつ、人間関係をつなげていく。素敵だなぁ、と思います。しかもそこには、小さな子ども集団としての「自治的集団」が形成されていく。「教室リフォームプロジェクト」や「会社活動」、「掃除プロ制」なんて、その典型かなぁと。子どもたちの日常をプロジェクト化していく。そして、最初から、子どもたちは学びのオーナーとして、自治的な学級をデザインしていく立場にある。素敵だなぁ、と思います。そして、本実践の白眉は、ホワイトボードミーティングだと自分は捉えています。この取組は、一言でまとめると、子どもたち全員がファシリテーターになるという取組。最終的には、子どもたちが自分たちが解決したいプロジェクト(喧嘩の仲直り、授業での課題解決、お楽しみ会など)の規模に応じて、必要なメンバーで課題解決ができるという営み。学級会って、毎回全員で話し合いを行うけれども、それって自然じゃないなぁ、と思っていました。社会に出たら、会社や学校の全員で話し合う事例ってよほど大きいこと。でも、自分自身が解決したい問題って、それほどの問題ではないよなぁ、ということもあると思います。このホワイトボードミーティングの実践は、そういった問題に関して、とても柔軟に対応できる優れた実践だなぁ、と思います。どこでも、誰とでも、自治的集団が形成できて、問題が解決できる。それは時には数人だっていいし、時にはクラス全体だっていい。自分が目指したい緩やかな自治的集団の理想だなぁ、と思っています。これに、授業内での『学び合い』やプロジェクトが絡まって、課題解決が当たり前な集団となっていく。素敵ですねぇ。さて、同じファシリテーションでも、実は堀裕嗣さんの教室ファシリテーションの提案とは真逆で、堀さんの場合は、明確なシステムのもと、ファシリテーターがいなくても実践可能であるという提案。本書の場合は、全員をファシリテーターにしてしまおうという提案。ファシリテーションという語句を用いながらも、目指している方向は違うんだなぁということも感じながら読みました。さて、この信頼ベースの学級ファシリテーション。「緊張期」から「自治的集団期」までの学級経営を、見事に紹介している書籍であるなぁ、と思います。このエッセンスを自分なりにしっかりと落とし込み、自分の学校で実践できることを考え、できるだけ子どもたちが自治的に生活できるように学級をデザインしていけなければなぁ、と思っています。
『子どもが力をつける話合いの助言』
1997 明治図書 著者 橋本定男
世界観の形成 5 実践への影響 5

書評
本書を読んだのは、教職2年目の冬。学級会がうまくいっていない。でも、なぜ学級会がうまくいかないのかがわからない。隣のクラスのK先生のもと行われる話合いと、自分のクラスの話合いの違いは何なのだろう。自治的集団を作れる教師と、自治的集団を作れない教師(自分)の違いって何なのだろう。そんな悩みを抱えた中で出会ったのが本書。本書を読むと、ページをめくるたびに、自分のクラスの学級会がうまくいかない理由が分かる分かる(笑)。まさに、自治的集団を形成したい教師にとっては、必読の書籍であると思います。さて、本書冒頭には、下記のような文章が紹介されています。「子どもの前に出て指導することを控え、活動を見守るようにして、子どもの自主性を育てたい。しかし、出ないでいると子どもの活動は停滞し、自主性が高まっていかない。出てもだめ、出なくてもだめ。どうしたらよいのかーという「出る・出ないジレンマ」である」(第11頁)。この「出る・出ないジレンマ」は、まさに当時の自分が最も悩んでいたことの一つでした。そして、この「出る・出ないジレンマ」を軸に本書を読み解いていく中で、自分の学級会が上手くいかない理由が明確に分かりました。橋本さんはこの「出る・出ないジレンマ」に対して、「出ないー決める「内容」に口を出さない。子どもの選択に任せる。出るー話合いの「やり方」について出る。やがて子どもがその働き掛けを必要としなくなることをねらって出る。それ以外では、「内容」を決める話合い本番の、前と後に出る」(第19頁)とまとめていいます。そして、自分は思いました。「あぁ…俺は出ない方が良い時に出て、出た方が良い時に出てないんだな…」と。まず、「出ない方が良い時に出ている」という問題。場面として一番あるのは、「どうしても問題のある内容になった時に、口を出してしまう」ということでした。例えば、「絶対に仲間はずれが出る」と分かる内容になってしまう時にどうするか、ということ。ここに関して、橋本さんは、一蹴しています。「「口を出さない」ということは、「口を出さなくても大丈夫という状態にしておく」ということである」(第22頁)。「あぁ…自分は出来ていないなぁ…」と思いました。子どもたちを育ててないなぁ…と。「話合いで出ないために、それまでの過程で出ておく」。自分はそれが出来ていなかったのです。そして、「話合いが始まってしまえば、その過程で子どもがどんな根拠でどんな意見を出し、どう検討し、どれが支持され、何に決定するのか。これは祈って見守るしかない」(第23頁)。こういった腹のくくり方も出来てなかったなぁ…と。「話合いの内容について、教師が出なくて良い状態にするには、どうすべきだったのか」。自分にとって、この部分は、非常に大きな課題として、今も突きつけられています。続いて、「出た方がいい時に出てない」について。例えば本書では、「仕掛けの助言」というものが、第70頁から紹介されています。「(a)ある問題をみんなで何とかしようという願いをもって、言い出しっぺが立ち上がり、(b)「そうだ、その通りだ。何とかしよう。」とその願いを共有する有志が言い出しっぺの立ち上がりを支え、(c)その願いをさらに多くの子どもが共有し、徐々に学級のなかにその問題に向かおうとする勢いが強まっていく」(第70頁)というような流れをいかに作るか、ということです。「これは、全然意識できていなかったなぁ…」というのが正直な感想。話合いを行うには、何よりも切実性がなくてはならない。その切実性をどう高めていくか。自分は学級会を行う以前に、問題への切実性を高める事件化、学級会への期待感を高める取り組み、当事者を立たせる声かけ、など学級会を行う前提条件を全然作れていませんでした。他にも、提案が自分事になるための世論作りや学級会前の提案者への皆の心を動かすための指導、話合いの山場の構想、などなど、全然できていない自分に愕然。「出る」ところは、正直、「話合いの方法の指導」だけなのかな、と思っていました。でも、そんなことは全然ない。子どもたちを本気で話合いの場に向かわせるため、教師は、話合いまでにたくさんの仕掛けを用意しなければならない。本書を読み、一番に感じたことは、そこになります。さて、もう一点、本書を読み、大切だなぁ、と思ったところは、自主的な話合いだけでは不十分であるということ。「子どもが自主的に活動する「形」の具現で終わりとせず、「その先」に踏み出すこと。「その先」とは、子どもに力をつけ、心にくい込む活動を具現すること」(第34頁)。ただ、自主的に話合い、「皆でお楽しみ会を計画したよ」ではダメ。それでは、「形」だけの話合いを実践しただけ。そう橋本さんは言います。そして、その言葉、自分に刺さります。自分はどちらかというと、自主的な話合いを目指していただけでしたから。橋本さんのいう「その先」とは、実は「教師の願い」が決める。例えば「サッカー大会をやりたい」という「子どもの願い」がある。その「子どもの願い」をそのまま受け止め、「じゃあ、話し合ってみな」というだけでは、「形」だけ。本物ではない。では、本物にするためにはどうすべきか。「この活動で学級のこの問題・課題を何とかできるかもしれない」「この活動でこの子をこう活躍させると、ここが伸びるかもしれない」という「教師の願い」を持つ。例えば、「弱い立場の子に対し配慮にかける」という実態がある。だから、何とかその状態を良くしたい。そういった「教師の願い」の実現に向けて、「サッカー大会をやりたい」という「子どもの願い」を中心においたまま、指導・助言を入れていく。例えば、話合いの柱を、助言を繰り返しながら、「特別なルールを作るかどうか」「チーム編成をどうするか」などに持っていき、子どもたちが話合いを実践する中で「弱い立場の子も大切にしなきゃだめだ」という論理が展開されていく可能性がある話合いへと仕掛けていく。すると、ただ自主的に内容を決めただけではなく、「もっと、皆のことを大切にしなくちゃいけない」と思えるような、子どもたちの心に響くような集団決定がなされるようになる。こういったことが書かれています。自分は、この記述に心を打たれました。自主性を重んじるだけではダメ。子どもたち一人ひとりが相手のことを考え、集団としてより成長していけるよう、教師は子どもたちを常に観察し、良い点・課題を見抜きながら、討議になりそうなきっかけを探し仕掛けていく。そして、十分に仕掛けきって、最後は祈る。見守る。凄いなぁ。凄すぎるなぁ。自分にはまだまだできていない実践です。でも、いつかは、子どもたちにそんな自治的な話合いを経験してもらいたい。そう心から願います。自分は以前の書評で、「子どもの自由度増加期」まではいけるけれども、「自治的集団期」までには持っていけていない、と書きました。その理由が、本書を読み進めるうちに、いくつも分かった気がします。さて、書評が一度消えてしまい、久々に本書を読みました。でも、改めて読めて本当に良かったです。まだまだ落とし込めていない部分もあるので、何度も読み返したいと思います。本書は、自分にとって、とても大切な本の中の一冊です。
『最高の学級づくりパーフェクトガイド』
2018 明治図書 著者 赤坂真二
世界観の形成 5 実践への影響 5

書評
本書冒頭に書かれていた言葉は、自分の一年間の学級経営の不十分(教師生活3年目2017年度)を端的に指摘しているものでした。「もし、大きなトラブルもなく、一年間が終わったとします。しかし、改めて振り返ってみると、自分の描いたゴールとは違っていたとします。それは、「順調に誤った場所に着いた」だけです。そもそもハシゴをかけた先が違っていたのです。「とんとん拍子に違ったところに登った」だけです」(第17頁)。人間関係は良好であったかもしれない。大きなトラブルは特になかった。楽しい1年間を送れた。でも、自分が目指していた民主主義で運営される学級、すなわち、自治的な学級にこの学級はなっていったかと言われると、否と言わざるを得ない。赤坂さんが指摘されているように、自分は、順調に、とんとん拍子に、誤った場所に登ってしまっていたのだ…。そう自分を省みざるを得ませんでした。では、来年度、どうしていけば、自分の目指す自治的な学級にクラスを持っていくことができるのだろうか。そんなことを考えながら、本書を読み進めました。そんな中で、自分の反省に引っかかった箇所をピックアップしていきたいと思います。来年度、この文章を読んだときに、「今年は大丈夫だった」と自分が思えているはずだ、という期待を込めてです。まず一つ目。「学級目標が年度当初に決められたまま、振り返られることのない豪華な掲示物でいいはずがありません。学級目標は、様々な学級における活動と連動して、活用されるものであることが本来の姿です。学級目標を掲げながら何もしないのは、ダイエットで「○キロになる」と言っておきながら普通の生活をしているのと同じです」(第62頁)。今年の自分の学級経営の大きな反省点は、学級目標を豪華な掲示物にしてしまったところ。省みることがほとんどなかった。それ以前に、もっと願いや課題意識を持って、学級目標作成を行わなければいけなかった。最初から、豪華な掲示物としての学級目標作りとなってしまっていたのではないか、と反省。だから、来年度は、クラスで本気で達成したいと思えるワクワクする学級目標を作る。二つ目は教師の在り方の部分。以前の書評でたくさん描かせてもらった気がします。結局は、在り方なんだな、と。でも、分かっていながらもまだまだ不十分。改めて、教室にいる時は上機嫌でいよう。どんどん子どもたちに好意を伝えよう。子どもたちを知ろうとしよう。つながろうとしよう。安心できる教師でいよう。そんなことを思いました。上機嫌でいる時の教師の理想形は自分の中2の時の担任です。思い出しながら、その理想形に近づいているか、自己点検していこう。自分なりに意識をしなきゃ、と思っているものもあります。例えば、「できていない点よりもできている点に注目」「好意を伝える」「多様な観点で評価する」「教育的スルーをする」などなど。でも、意識をしていないとできていない自分がいます。意識しなくても当たり前のようにできるようにならなきゃいけないな、と実感。本書は、1年に1度読み返し、自己点検に使いたい本であるなぁと思います。理論編なだけあって、いつでも読み返し、自分の実践を省みるバイブルの役割を持つものとして、大切にしていきたいです。とりあえず、来年度(2018年度)は今年の反省を踏まえ、自治的学級を目指していきたいと思います。
『アイスブレイク入門』
2009 解放出版社 著者 今村光章
世界観の形成 2 実践への影響 2

書評
学級経営において、まず最初に求められているのは、安心感の形成。逆にいえば、不安の払拭です。では、不安の原因は何かといえば、それは人間関係への不安です。そして、その不安は教師に対する不安と、生徒間での不安の二つに大別されます。教師に対する不安に関しては、こちら側が何とかできる部分ですし、何とかしなければならない部分です。しかし、生徒間での不安は、何か手立てを打たなければ、全く繋がりが生まれず、ずっと同様の人間関係で、不安を残したまま、1年間が終わってしまうことも無くはありません。それに加え、生徒にとってみれば、生徒に対する不安の方が、教師に対する不安よりも、圧倒的に大きいはずです。人は安心感のある空間でこそ、主体性を発揮できます。したがって、早めに生徒の人間関係の不安感を、取り除いてあげなくてはなりません。そのための一つの手法がアイスブレイクである。自分は上記のように捉えています。ちなみに、アイスブレイクの定義とは、「アイスブレイクとは、見知らぬものどうしの出会いの緊張をほぐす演出法です」(第5頁)とのことです。さて、特に本書に掲載されているもので実践しているのは、「バースデイ・チェーン」(第28頁)、「ネームチェーン」(第34頁)、「ヤルキチェーン」(第39頁)、「実家の固定電話チェーン」(第40頁)、「血液型パズル」(第43頁)などん「チェーン術」です。非常に簡単で自己紹介に繋げやすいため、行うことが多いレッスンです。また、「キーパーソンを押さえ、それとなく協力してもらう」(第84頁)など、「アイスブレイク」のコツも書かれています。自分にとって、このアイスブレイクは、生徒ー生徒間の人間関係を紡ぐという視点で、「構成的グループエンカウンター」の第一回目のような、そんな位置付けとして実践しています。実践回数は多くはありませんが、知っていて損はないかな、と思います。
『学級通信を出しつづけるための10のコツと50のネタ』
2012 学事出版 著者 石川晋
世界観の形成 2 実践への影響 4

書評
自分は、年平均で50号程度の学級通信を配布しています。その意図は二つ。一つ目は、学級での日々の様子を、物語として将来共有できるよう紙媒体で残しておくということ。二つ目は、学級での生徒の様子を保護者にできるだけ鮮明に伝えるということ。上記の2点の目的に従って、できるだけ短時間で、できるだけ労力をかけず、学級通信を作成しています。例えば、「レイアウトを統一して上書きしよう」(第15頁)、「『定期的に書くもの』を用意しよう」(第20頁)、「『写真』『資料』をふんだんに使おう」(第21頁)などと石川晋さんの実践の中では、他の実践に比すれば、再現可能性の高いコツが明示されていて、実学的な部分で参考になっています。ただ、石川さんのように毎日発行しようという感覚は自分にはありません。あくまで、発行したい時に発行しますという位置付けです。学級通信にかける労力と、その効用を比較すると、それほど高い効用は見込めないという自分の結論から、上記のような不定期更新のような形をとっています。ただ、その時々の写真であるとか、その時々の生徒の感想や想いであるとか、その時々の生徒の姿であるとか、何かの資料に残しておかないと忘れ去られてしまう物語も多いのかなぁと思います。いつか、その物語を思い出す時の、何かの一助になれば嬉しいなぁと思って、自分は学級通信を出しているような気がしています。
『思いっきり笑える爆笑クラスの作り方12か月』
2010 黎明書房 編著 中村健一
世界観の形成 2 実践への影響 2

書評
「片手に厳しさを、片手にユーモアを!『厳しさ』と『お笑い』、この両方が備わってこそ、安定した学級経営ができるのです」(第2頁)と書かれる中村健一さんが編集した、「お笑い」の書籍です。「水よ!出てきてくだされ!」(第28頁)、「教育実習生にむちゃぶり」(第33頁)、「1人だけ紹介しない」(第34頁)、「お祝いしてよ誕生日」(第73頁)、「ラッキーおみくじ」(第75頁)、「在校生、起立!」(第90頁)、「赤ちゃん当てクイズ大会」(第92頁)など、教師も生徒も楽しめる実践がいくつもあります。特に飯村友和さんが書かれた実践が、ユーモアの感覚と教師の指導性が強力すぎない点で、自分には合っているな、と感じます。さて、「本書で紹介しているユニークな取り組みで、教室に『安心感』を生み出すことができると確信しています。本書は、野中氏の言う『横糸』を張る1つの方法なのです。本書を使って『横糸』を張りましょう!ただし、『縦糸』を張るのも忘れずに!」(第3頁)。と本書には書いてあります。ただ、自分はこの「お笑い実践」が横糸かどうかは怪しい部分があるのではなかろうか、と思っています。中村健一さんも土作彰さんもそうですが、「お笑い」や「ミニネタ」を学級経営の一つの軸とされている先生方は、教師の指導性が非常に高い統率型の学級を作ることで知られています。生徒の行動も、ピシッと規律があり、全力で何事にも取り組むような学級です。すなわち、縦糸(教師ー生徒関係)が強固な環境であることを意味していると思います。その上で、このお笑い実践は何を意図しての実践かというと、ピリッした緊張に緩和を加え、生徒に楽しさや安心感を抱かせ、学級への所属感、ひいては担任への所属感を高めるための実践です。それは、すなわち、縦糸(教師ー生徒関係)を成立させるための工夫ではないでしょうか。もし生徒間の人間関係を紡ぐための実践であれば、それは間違いなく横糸(生徒ー生徒関係)でしょう。しかし、本書の場合、基本的には教師側がお笑いをしきり、生徒を楽しませる実践群です。ですので、あくまで、縦糸の一部ではないでしょうか。学級経営での書籍紹介では何度も引用していますが、赤坂真二さんは学級経営における生徒集団の成長プロセスを、「緊張期→教師の指導優位期→生徒の自由度増加期→自治的集団期」であると提示しています。その時に、本実践を当てはめた場合、教師の指導優位期のまま終わってしまうのではなかろうか、と思うのです。もちろん、お笑いやミニネタ実践は、あくまで教師の指導を成立させるための一工夫であるという位置付けで、最終的には生徒の自由度を高め、自治的集団を形成していくんだ、という意図があるならば、自分は構わないと思います。ただ、統率型指導とお笑いやミニネタ的活動の裏文化活動の両輪で学級を作り上げていこうとすると、「緊張期→教師の指導優位期」までで終わってしまい、自治的集団を作り、自立的に学級で生活していくという生徒の大きな成長には繋がらないと思うのです。ですので、本実践を横糸(生徒ー生徒関係)の構築と捉えるのは、誤った理解ではないかな、と思います。あくまで本実践は縦糸(教師ー生徒関係)を成立させるための工夫。学級経営における初期的な状況までしか、本書のような実践は保証し得ないと留保を持って読むべきであると自分は思います。
『伝説の教師 鈴木惠子 「明日の教室」発! 子どもの力を引き出す魔法の学級経営』
2014 学事出版 著者 糸井登・池田修
世界観の形成 3 実践への影響 2

書評
「『授業の名人』と呼ばれていた有田和正先生が、かつて『日本一の授業』と評された鈴木惠子先生」(本書表紙)の講演と実践をまとめたものが本書になります。鈴木惠子さんから学べるのは、まさに教師の在り方です。生徒を自立的に成長させるためには、教師はどのような在り方で日々の教育活動に向かえば良いのか、そういった視点で読むとと、本書には大切な金言があふれています。「イソップ物語の太陽になって、子どもたちの輝きを引き出したい、子どもが自ら良い方向へ向かって行こうとする、その芽を引き出すきっかけをつくってあげたい」(第11頁)。「子どもたちは、大人が自分をどう見ているか、愛してくれているかどうかということにとても敏感」(第15頁)。「素敵!と教師が思わなければ、それはその子たちの良さとして、顕在化しません」(第20頁)。という記述は、教師の在り方が子どもたちに安心感を与えるための第一義であることを、明確に伝えてくれます。どんなシステムを作っていても、子どもたちの良い部分を見ようとして、子どもたちを心から愛して、子どもたちが行動した素敵な行動に着目して価値付けできなければ、それは子どもたちの安心感の形成や自立に結びついていかない、ということを感じさせてくれます。また、「教師がどれだけ我慢できるか、待てるか、子どもに任せきれるか、それが大事です」(第53頁)。という記述も、どれだけ子どもたちに成長する力があると信じきれるか。教師の在り方を規定する言葉であろうと思います。「教育の最大の目的は、自立させること」(第14頁)。「自分を信じる。自分の信念を信じる。そして、子どもを信じる」(第183頁)。子どもたちには自立する力がある。それを信じて、子どもたちを見守り、価値付け、勇気付けし続ける。教育という営みは、優れたシステムでどうにでもなるものではなくて、やはり教師の在り方が、重要なのでしょう。基本的なことであろうと思いますが、鈴木さんのお話は、改めて「教育は人なり」という言葉を実感させてくれる、そんなものになりました。
『向山型スキル・学級活動の授業パーツ100選』
2012 明治図書 プロデュース 谷和樹 編集 国友靖夫・佐藤泰弘
世界観の形成 3 実践への影響 3

書評
本書では、向山型学級活動を100に分類し提案しているのですが、なんと最初の42項目が黄金の三日間に関する記述です。どれだけTOSSが学級開きの黄金の三日間を大切な期間として捉えているかが、よく分かる構成であるなぁ、と思います。「年度最初の三日間、このときばかりは、ほとんどのこどもが担任の言うことをきく。そこで向山洋一氏は、『黄金の三日間』と名づけた」(第16頁)とあるように、この三日間で如何に生徒に、教師から与えられるルールを確立していくか。言い換えれば、赤坂真二さんが言われる教師の指導優位期を確立し、織物モデルで言う縦糸を強靭に張るかが、非常に重要であるということです。まずは、徹底して、教師の指導優位を確立し、学級集団を統率する。これが、TOSSによる学級経営の一つの肝となっているのだなぁと改めて思います。その教師の指導優位を確立した上で、本書には様々な学級経営における向山実践が紹介されています。例えば、教室における「裏文化活動」、向山学級における「イベント・パーティー」などは、縦糸・横糸をより強固に張ることができるし、自治的集団形成にも寄与していくような魅力的な実践群だなぁと思います。向山実践は、言われるほど統率型一色ではない、魅力にあふれた実践群だなぁなんて、自分は思います。あとは、それを、子どもの実態に合わせ変容させて実践することを是とするか否とするか。実践しないという選択肢も是とするか否とするか。TOSSという組織の多様性や寛容性の問題なのかなぁと思います。例えば本書の中では、「自由立候補ジャンケンシステム」は、自分はおかしいシステムであると思います。教室が民主的な場であれば、立候補者が多数いた場合は、投票するのが当然だと考えるからです。人気投票になってしまうと書いてありますが、学級委員を人気投票でしか選べないような学級に育ててしまった教師が悪い、と自分は思います。この子なら任せられるという意識でしっかり投票することの繰り返しが、市民的資質を育てると自分は思います。そういう意味で、「自由立候補ジャンケンシステム」には反対なのですが、TOSSとはそれが是とされる場であるのか、ということですね。どのような教育技術にも完成はありませんし正解もありません。教育技術は、批判され乗り越えていかれなければいけません。ただ、TOSSという組織は、向山洋一さんの実践を誰も乗り越えていないところに、最も大きな問題点があると思います。学級経営とは離れてしまいましたが、本書の実践を取り入れるにしても、それはTOSSの実践として取り入れるのではなくて、自分の教育観や子どもの実態に照らし合わせた時に最善の選択肢であると考えるから、取り入れるわけです。TOSSから向山洋一実践批判なんか出てきたら絶対その実践は評価されるだろうになぁ、なんて思います。
『学級通信ガリバー』
1973 社会評論社 著者 村田栄一
世界観の形成 4 実践への影響 2

書評
絶版になっている本のため、古書店にて入手しました。不意に小学校一年生の子どもたちや先生の周りに発生したハプニングをいきいきと価値づけ描写しており、こんな筆力のある学級通信が書きたいなぁと心底思います。村田さんの思想的訴えもところどころで書かれており、私は読みごたえがあり好きです。「いたずらは、心を生き生きと躍動させるビタミンです。与えられた知識やルールのわくを突き破る創造力=想像力の出発点でもあります」(第60頁)なんて、良いなぁって思います。「教師は、いたずらの取締り屋ではなく、いたずらの中で心と行動を育てる『ガキ大将』でなければいけない、とぼくは思うのです」(第60頁)なんて、ぼくも思うなーって感じです。また、子どもに怪我をさせてしまったことも赤裸々に書いて「完全にぼくの軽率さが生んだ事故でおわびのしようもありません」(第46頁)と謝罪もそのまま載せています。「あぁ、こんな生徒や保護者と想いを共有できるような、形式的で学校的でない通信を出したいな」と、私に決意をさせた一冊でした。管理職からしたら、不安に想う内容もあると思いますし、いまこの通信を管理職に起案したら、自分だったら突き返されてしまうだろうな、と思う通信もあります。それが面白いな、と思います(笑)。

書評
中学校教師である堀裕嗣さんが現状<是>と感じている学級経営を中心とした洞察がふんだんに記述されている著書、そのような印象を感じます。特に、自分が印象的だったのは、「環境調整型権力の在り方」について。「<マクドナルド化>の動きを学校教育に引きつけて考えてみると、先にも述べたように、『これが正しい』と生徒たちに教師が強制する指導の在り方から、<効率性><計算可能性><予測可能性>を保障する環境を整えながら、生徒たちにいやな思いを抱かせずに指導目的を達成させる指導の在り方へと移行してきている」(第80頁)と、堀裕嗣さんは述べます。そして、その移行してきた指導の在り方を「環境調整型権力」(第81頁)と名づけ、その「環境調整型権力」に基づいた教育では、「『カウンセリングマインド』『チーム・ビルディング』『特別支援教育』『学びのしかけ』『協同学習』『学び合い』』『ファシリテーション』『クラス会議』など多くの手法・思想が取り入れられている」(第77~79頁)と喝破しています。「誤解を怖れずに言えば、『カウンセリング・マインド』とは、生徒たちに共感的な姿勢を示しながら予定調和に誘っていく営み」(第68頁)、というような堀裕嗣さん独自の本質をついた定義をされています。自分は、この「環境調整型権力」による生徒指導や学級経営って、非常に恐ろしいものだと思っています。学校には、様々なルールがあります。例えば、無言清掃、全力校歌、制服の靴下の長さや柄、着替えのルール、髪色などなど。そして、本来的にはそのルールは、改変可能なはずです。しかし、教師側は、ルールの変更に関しては、生徒の手に委ねず、ルールを守らせることのみを生徒に強います。そして、その際、「環境調整型権力」を用いて、できる限り、生徒に嫌な思いを抱かせないように働きかけていきます。もし、反抗したら、それは許さないという線をチラつかせながら。そのため、「変だな」と思うルールがあっても、子どもたちは表向きには反発しません。教師もルールを守っていれば、褒めたり価値付けたりしますから、子どもたちは心地よい。そんな状況で、義務教育で12年も「環境調整型権力」のもと、大人が与えたルールに心地よく、子どもたちは従ってきているわけです。これって、ほとんど洗脳なのではないかな、と自分は思ってしまいます。「環境調整型権力」の発想のもと取られる教育をすれば、学校は荒れないかもしれません。子どもたちも教師も心地よいのかもしれません。でも、そんな権力に従順な子どもたちを育てるような教育で良いのかなぁ…と疑問を持たざるを得ません。生徒に気分良く学校の方針に従わせるような教育の在り方。この在り方が、実は黒髪の強要など、過度な一律の強要を可能にしているという見方もできると思います。この「環境調整型権力」という在り方は、あくまで生徒を教師の意図するようにコントロールする発想の内にあります。自分は、この発想、あまり好きじゃないんだよなぁ。もっともっと、子どもたちが自分の信念や自分の意志で、自由に自治的に生きていけるような教育を自分は目指しています。大切だと思うけれども、発想の在り方は好きではないなぁ、と感じました。また、「礼儀正しさ」を「少なくとも日本人がコミュニケーション行動として採用する場合、その目的は『ディセンシー(筆者補:礼儀正しさ)によって自分を守る』ということに焦点を合わせがちになる」(第44頁)というように、「自分を守るためのコミュニケーションの手法」という洞察での位置づけも、面白かったなぁ。まさに日本人の礫着正しさって、相手目線よりは、自分目線なんだよなぁって。様々なことを考えさせてくれた、読書になりました。
『自分を鍛え、集団を創る!特別活動の教育技術』
2013 小学館 著者 杉田洋
世界観の形成 5 実践への影響 4

書評
「最近、特別活動というカリキュラムは揺らぐことなく存続しているのに、特別活動を指導できる先生がめっきり少なくなったという」(第6頁)から始まる本書。初担任を持った自分は、まさに特別活動の指導に苦手意識を感じる、特別活動を指導できない教師でした。本書ではまず、特別活動の意義を、「各教科の役割は、優秀なエンジン(知識・技能等)をつくることであり、頑丈なボディをつくるのは、保健・体育、ハンドルやブレーキをつくるのは、徳の指導に該当する。…。しかし、それだけでいきなり道路に出てしまえば、交通事故が多発することは目に見えている。だから、実際に一般道や高速道路などに出て運転をしてみる路上教習も必要となる。つまり、教科書も副読本も使わず、生活や社会とのかかわりの中で体験的に学ぶような場が特別活動や総合的な学習の時間であると考えればわかりやすい」(第8頁)と説明しました。そのわかりやすさに唸りましたし、特別活動の重要性を再認識しました。そして「年度当初の子どもたちは、たまたま同じ舟に乗り合わせたような子どもたちの集まりにすぎない。だからこそ、学校にも学級にも目標が必要になる。みんなが共通の目標に向かって努力し、役割を分担し協力してその実現を目指し、苦労と喜びを共にし、やり遂げた喜びを味わえるような集団まで高めることが特別活動の役割の一つである。ぜひ、学級を引っ張って走らせるモーターボートではなく、子どもたちが同じ目標に向って、全員が仲間となって舟を漕ぐような集団にしたいものである」(第19頁)という記述。自身の教育観をそのまま規定しています。では、「どのように子どもたちが共通の目標をつくるのか」などの指導技術の部分が、後半に記されています。例えば、「学級会を活性化するためには、学級や学校の生活づくりの問題に気付く目を育てることからはじめたい。そのために、まず生活の問題を洗い出す活動から取り組ませたい」(第52頁)という記述。生活上の諸問題について話し合わせたいと思っていても、子どもたちに課題意識がなければ、それは空砲になってしまうということを実感している時に目にし、自分がなぜ失敗したのかがよくわかりました。「安易に多数決で決めてしまうならば、よい話し合いとは言えない」(第54頁)ということはわかっていても、「じゃあどうすれば良いんだろう?」と思っている矢先に、「折り合いの付け方のパターンを教師がいくつ知っているか」(第54頁)という記述にも出会いました。「意見Aと意見Bの両方を満たす方法」「意見Aを中心にして、意見Bのよさを加味する方法」「意見AとBを合体させる方法」「意見AとBの発想を生かして新しいものをつくり出す方法」「サラダの盛り合わせ型の方法」「優先順位をつけて妥協する方法」(第55頁)など、たくさん紹介されていました。自分の学級が話し合い場面で収束が貧弱になってしまうのは、自分の折り合いをつけるための視点が少なかったからだと、強く反省させられました。司会の子どもたちに関しても、初担任時は、「労を多くして功少なし」(第56頁)になってしまっていたと思います。今は、「話し合いの流れをシミレーションして、ディスプレーとしての板書の仕方(板書計画)を想定して」(第56頁)などの司会の技術も、第2回目の話し合いからは会議をして考えさせ、話し合いの成功体験を積ませるようにしています。(第1回はあえて失敗させ、反省会をし、第2回の成功体験につなげる場合が多いです)。この司会の技術に関しても、司会の声がけの手法が具体的に記載されています。このように、特別活動に悩んでいた自分に、多くの示唆を与えてくれたのが本書です。担任2年目から、隣の学級のK先生の実践や本書や『子どもが力をつける話し合いの助言』の学びを経て、特別活動が有意義なものになっていきました。
『「最高のチーム」になる!クラスづくりの極意』
2011 農文協 著者 岩瀬直樹
世界観の形成 5 実践への影響 3

書評
「だってこのクラスつくったのオレたちだよ」「イワセンはケーキでいうと土台のスポンジをつくってくれたんだよ。それに一生懸命きれいにデコレーションして、ケーキに仕上げたのは私たち!」(第9頁)。岩瀬学級の卒業式の日の生徒の言葉です。「こんなことを子どもたちが言えるようなクラスを作りたい!」という憧れ。子どもたちが自らクラスを作り、ゆるやかに安心感を持って過ごせる空間を作りたいという理想。この岩瀬直樹さんの実践が、自分の学級経営の大きな目標となっています。本書には岩瀬さんの実践が盛りだくさんです。「教室リフォームプロジェクト」「お掃除プロ制度」「プロジェクトアドベンチャー」「文学サークル」などなど。まさに、「学びの個別化・協同化・プロジェクト化」。特に、普段、当たり前のように学校で行っていることの多くがプロジェクトになっているというのは、素敵だなぁと思います。「まだ、今の自分には踏み込めないなぁ」と感じる実践も、正直多いですし、あくまで目標を達成するための手段の一つ一つなので、自分にはできていなくても、あまり気にはしていません。現状、自分の実践で取り入れているのは、「三月にこうなっていたい!という夢を共有」(第44頁)して作る、「子どもも担任も『読んでワクワクする』」(第45頁)な学級目標づくりです。でも、その後の振り返りは、岩瀬さんほどはできていません。今後の課題にしなければ、と強く思っています。他にも、家庭学習に関しての「ボクがサポートできることってある?」(第101頁)という姿勢で関わる面談だったり、「みんなができるようになるのが目的」(第96頁)だから、何度も受けられるテストを実施したり、授業中の『学び合い』でも、「保安官バッチを捨てました。この授業のなかでの子どもたちのプラスの行動、いい行動だけに目を向けよう!」(第92頁)という意識での生徒への関わりだったり、自分の中では、本書から感じる岩瀬さんの子どもたちへの関わり方・教育に対する姿勢の一つ一つが目標となっています。自分の目指す学校での子どもたちひとりひとりの姿。それは、岩瀬学級のような姿なんだろうなぁ、と本書を読む度に思います。大きな目標となっている大切な一冊です。
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『スペシャリスト直伝!学級を最高のチームにする極意』
2013 明治図書 著者 赤坂真二
世界観の形成 5 実践への影響 5

書評
学級経営について、様々な書籍を刊行し講演をされている赤坂真二さん。自分の学級経営に関する根本的な考え方は、赤坂真二さんの理論に強い影響を受けています。本書は赤坂さんの書籍の中でも、自分が最初に読んだ書籍であり、自分への影響度で言えば、一番強いかもしれません。さて、理論的影響と書きましたが、赤坂さんが提唱されている学級経営の理論の中でも、最も強く自分が意識している理論は、学級経営の段階論です。「学級づくりにおいては人間関係づくりを目的化してはならない。その上に成り立つ課題解決集団の育成を目指すべきである」(第17頁)という目標のもと、最終的にはゴールとして子どもたちが自分たちの問題を自分たちで解決できるという自治的集団になっていくことを目指します。そのことを赤坂さんは、「学級づくりとは、群れ状態の子どもたちをチーム化すること」(第10頁)なんて言い換えてもいますが、そこに移行するまでには、4つのステップがあると、提唱しています。第一段階は、「緊張期」。教師と子どもの関係、子ども同士の関係ができておらず、緊張状態の段階です。第二段階は、「教師の指導優位期」。教師が主導して、学級や授業を成立させていく段階。第三段階は、「子どもの自由度増加期」。子ども同士の人間関係がつながり、広がっていく段階です。そして、第四段階が、「自治的集団期」。教師の介入なくとも、自分たちの課題は自分たちで解決できる、子どもたちが学級のオーナーシップを持っている段階であるとも言えます。まず、学級経営には、大きく捉えればこの四段階があるということが、自分の学級経営観の根幹となっています。そして、最後の「自治的集団期」では、一見、教師は何もせず学級が子どもたちの手で回っているように見えるけれども、実はそれまでには、「緊張期」「教師の指導優位期」「子どもの自由度増加期」それぞれで、教師が適切な手立てを打ったから、「自治的集団期」が形成できたのだという、学級経営のストーリーを描く必要があるということを、本書からは教えてもらいました。目安としては、「3日間で「緊張期」を脱する。7日間で「教師の指導優位期」体制をつくる。30日間で「教師の指導優位」体制を定着させる」(第34頁)。そして、「90日間で子どもの自由度を徐々に増加させるとともに自治的活動の下地をつくる。120日間で自治的活動を軌道にのせる」(第35頁)というものが示されています。あくまで目安ですが、参考になる視点かな、と思います。さて、本書は上記の四段階の中でも、「緊張期」「教師の指導優位期」「子どもの自由度増加期」の三段階について、詳しく書かれています。まずは、「緊張期」に関して。「スタートの3日間で最も優先しなくてはならないことは、担任に対する安心感を持たせること」(第41頁)。そのための、様々な手立てが紹介されています。ここで紹介されているネタは、「小学校の先生だなぁ」と思う実践が多く、自分のキャラクターも踏まえ、中学生に実施するのは尻込みしてしまうようなものが多いのですが、「安心感を持たせる」という一点の目標に依拠していれば、何でも良いと思っています。続いて、「教師指導優位期」。実は、本章が非常に面白くて、本章では、教師指導優位を成立させるための方法論からは入りません。例えば、細かい日直システムや給食システムなどは解説しません。では、何を最も大切にしているかと言うと、「教師の在り方」です。「育てると言うことは、結果に関心を持たねばなりません。教えっぱなしでは育てたことになりません。教えた後、変容を見取り、ときには励まし、ときにはやり直しをさせるなど教えることよりもさらに深いやりとりが子どもとの間に求められます。すると、教師の行為や言葉が子どもにより受け入れられる関係性が必要になります」(第47頁)。すなわち、「教師指導優位」を成立させるためには、まずは子どもとの信頼関係の構築が必要で、それは子どもとの日々の関わりなどの教師の在り方が根本にはあるということを、示してくれている章であると思います。「子どもの安全基地になろう」という言葉が紹介されていますが、子どもが自由に活動していくためには、この先生のもとならば安全に挑戦できるという信頼関係が何よりも大切だということを示しているなぁ、と思います。そして、「子どもの自由度増加期」。ここでは、子どもたちをつなげていくための方法がたくさん示されています。そして、課題達成の小さな経験を積み重ねていきながら、「自治的集団期」へと移行していこうという流れ。本書における学級経営のストーリーは、自分が学級経営を考える際の根本となっています。「今の学級はどの段階か」「自分の指導はどの段階の指導にあたるのか」など、本書の主張と照らし合わせながら学級に向き合っています。自分はまだまだ「自治的集団期」に上手に生徒を移行させることができていないのですが、「自治的集団期」を目指さなければ、という意識があるかないかで大きく違うと思いますし、いつかは「自治的集団期」を生徒とともに作り上げることができるクラスを夢見ています。本書の主張は、自分の学級経営観の根幹。振り返りながら、進んでいきたいと思っています。
『スペシャリスト直伝!成功する自治的集団を育てる学級づくりの極意』
2016 明治図書 著者 赤坂真二
世界観の形成 5 実践への影響 5

書評
前の書評で、赤坂真二さんの学級経営の四段階の理論を紹介しました。「緊張期」「教師の指導優位期」「子どもの自由度増加期」「自治的集団期」の四段階です。しかしながら、「自治的集団期」については、前著にほとんど記述がありませんでした。本書では、その「自治的集団」に学級を育てていくための理論・方法を示しているという、そんな書籍であるという印象です。まず、理論に関してですが、本書が非常に面白いのは、「幸福とは何か」という、哲学的なテーマから、教育の目的に迫っているところです。その理論的根拠はアドラー心理学の共同体感覚です。「自己受容」「他者貢献」「他者信頼」からなる「共同体感覚」ですが、本書では、「幸福感は、自分の能力を発揮して他者に貢献することで得られる」(第30頁)と示されている通り、「他者貢献」を中心に記述されています。この「他者貢献」を主体的に行える集団こそが、「自治的集団」であると示し、だからこそ、「自治的集団」の形成は大切だ、と赤坂さんは主張しています。アドラー心理学については、以前から理解していたつもりでしたが、子どもたちの心理面からのアプローチでも自治というのは大切なんだなぁ、と気付かされた次第です。さて、本書では、「自治的集団」を築くために最も大切なことは何かという問いに、こう答えています。「価値を語り続けること、求め続けること」(第60頁)。そう、結局はやはり、教師の在り方なんだなぁ、と思わされました。「「感覚的に気づく」レベルまでになっていないと、不可視の部分へのアプローチは難しい」(第62頁)という言葉も、自分には大きく刺さった言葉で。子供達が感覚的に気づくまでに、自治的であること・民主的であることを語り続け、求め続け、気付かせ続け、考えさせ続けているだろうか、と考えると、まだまだ自信がありません。教師の在り方、自治的集団形成への本気度への顕在化が何よりも重要なのだ、という赤坂さんの言葉。「お前は本気なのか?」と心に突き刺さってきます。さて、本書では、「自治的集団」形成への方策として、授業と特別活動の二つに分けて論じています。軸は、どちらも課題解決が第一の目的であること。課題解決集団としての自治的集団の形成が大切にされています。まず授業。本書では、チーム学習と紹介されていますが、有り体に言えば、『学び合い』と一緒(※分かりやすさを優先し書評は『学び合い』で統一します)という理解で良いのかな、と思っています。クラス全員の達成を目指し、クラス全員が目の前の課題達成に向かっていく。まさに課題解決集団であるからこそできる授業。教科の授業ではあるけれども、「自治的集団」として機能しているからこそ、機能度が高まるのが『学び合い』なのか、と思いました。この『学び合い』。やはり機能させるために一番重要なのは、教師の在り方であろうな、と自分は読み解きました。結局、「全員達成」を求める際、どれだけその「全員達成」の価値観を本物に落とし込めるかは、教師の在り方次第。どれだけ本気で教師が子供達に求めていくかだと思います。そして、それがフリーライダーの発生を防いでいく。教師の在り方が大切だという点は、強調しても強調しすぎることはないなぁ、と思います。続いて特別活動。ここで紹介されているのは、赤坂真二さんですので、もちろんクラス会議です。クラス会議に関しては別の書評に書きたいと思いますが、ショートもあり、ロングもあり、様々な生活課題に関して話し合うことが可能で、とても自治的な活動であるなぁ、と本書を読んで改めて思いました。さて、「自治的集団期」に関しての理念と方策の提示が、本書で示されている中心であると最初に述べました。でも、理念さえ共有していれば、方策は変わってOKなのだと思います。大切なのは、理念。そして、教師の在り方。本気で自治的集団を作りたいんだという想いと、その伝え方。本気度が大切なんだ、と背中を押された気持ちになった一冊でした。「子どもの自由度増加期」と「自治的集団期」には大きな壁がある、と自分は思っています。担任として学級経営をしながら、「子どもの自由度増加期」にはいけるけれども、「自治的集団期」には、うちのクラスは入ってないよなぁ…とよく思うのです。でも、その壁を破っていかないとなぁ。頑張ります。
『スペシャリスト直伝!成功する自治的集団を育てる学級づくりの極意』
2017 明治図書 著者 赤坂真二
世界観の形成 5 実践への影響 5

書評
上記に紹介した2冊は、学級経営における1年間の物語をどう構築していくか、という視点が中心でした。特に2冊目では、自治的集団をどう形成していくか。学級という集団に焦点を当てて書かれている書籍でした。本書の場合は、最終的な目標地点が個に焦点化されます。子どもたち一人一人が主体性を発揮するためには、どのような学級経営をするべきか。そういった視座で書かれています。さて、そもそも主体性とは何か。本書では、主体性(やる気、内発的動機)が発揮される3つの条件として、「有能感と、自己決定感と、他者受容感」(第27頁)を上げています。自己決定感は、もちろん、『自分のことは、自分で決めている』という気持ちです。しかし、自分で決めただけでは、学習意欲は起こってこないのです。そこには、『自分は勉強ができる』『やろうと思えば勉強ができる』という気持ちである有能感が必要です」(第27頁)。「他者受容感が『安心して勉強ができる場』をつくる要素である」(第28頁)。以上のことから、子どもたちの「有能感・自己決定感・他者受容感」をどう高めていくか、ということが大切なテーマとなります。そして、子どもたちが主体性を発揮するために最も大切なのは、教師のリーダーシップであるというのが結論です。「リーダーシップとは『目的達成に向けた影響力』のこと」(第4頁)であると、本書は言います。そして目的とは、子どもたちの主体性の発揮です。ではどうすれば子どもたちは主体性を発揮するようになるのか。本書では、その中心を、教師のリーダーシップの在り方に求めます。結局のところ、それは最後の「学級機能アップチェックリスト」(第137頁)に集約されています。そして、そのほとんどが教師の在り方についてのものであり、自分自身の在り方を常に見直させられます。全20のチェックリストでしたが、教師生活3年目段階での自分がチェックした時、20項目中◯は12項目、×が8項目でした。赤坂さんの著書を読むと毎回痛感させられるのですが、最終的に子どもたちを成長させるのは、教師の在り方なんですよね。自分の中では、まだまだ磨かれていない足りないないなと思う部分です。システムは事前に構築すれば実践可能ですが、在り方はそうはいきません。自分の中に価値が内在化されていて、その価値を具体的な教育場面の事例に即して語ることもできる。そういった力量が求められるのであろうな、と思います。赤坂さんの書籍を読むと、学級経営について勉強しようと思って読んだはずなのに、最終的には自己変革を迫られるんですよね。そして、その感覚が自分にはとても好きなのです。赤坂さんが提案されている学級経営に対する考え方。まだ理解が不十分な部分は多々ありますが、それでもなお、内在化して実践していきたいと強く思います。
『学級経営10の原理100の原則』
2011 学事出版 著者 堀裕嗣
世界観の形成 5 実践への影響 5

書評
「いまの時代、何よりも大切なことは「成功すること」ではなく、「失敗しないこと」なのです」(第5頁)という記述から分かる通り、失敗しないための最低限の学級経営の考え方や方法が本書籍では示されています。例えば原理の章では、「一時一事の原則」「全体指導の原則」などを具体的な事例を交えて紹介しているのですが、これはすべて教師の指導を学級で通すための原理。原則の章でも、「席替え」「給食指導」「清掃指導」「ショート・ホームルーム」など、非常に構成的でシステム化された細かな学級経営の方策が紹介されていて、「学級経営とは、教師がシステムを固め、そのシステムの中で生徒にいかに工夫させるかという営み」(第60頁)という堀裕嗣さんの言葉からも分かる通り、まず大事なのは、教師がシステムを明確に固めること。すなわち、原理でも原則でも、赤坂さんの学級経営理論でいけば、「教師の指導優位」の確立を目指して行われているのが本書の提案であると解釈し、本書を読み進めました。ですから本書は「学級経営」と書いていながらも、「緊張期」「教師の指導優位期」「子どもの自由度増加期」「自治的集団期」のうち、基本的にはすべて「教師の指導優位期」に関わる記述であるということは考慮に入れて読み進める必要がある書籍であると思いますし、別の捉え方をすれば、「教師の指導優位」さえ確立できれば、成功とは言えなくとも失敗しない学級経営はできる、ということになろうか、と思います。本書に紹介されている「席替え」「給食指導」「清掃指導」「ショート・ホームルーム」などの一つ一つの実践は、個別具体的であるため、地域や学校、学級に合わせて自分が最良の方法で学級経営を行えば良いと思うのですが、何よりも大切なのは本書を貫く発想。「教師の指導優位」を作ることが大切。そのためには、「安定したシステムが必要」だということ。最初から「自治的集団」を作ろうとしてもうまくいきません。「まずは、これができるようになってからね」という教師としての最低限のスタートラインを示している一冊であろうと、自分は本書を捉えています。
『必ず成功する「学級開き」90日間システム 資料増補版』
2017 明治図書 著者 堀裕嗣
世界観の形成 5 実践への影響 5

書評
堀裕嗣さんが実践された「学級開き」を超具体的に示してくれている一冊です。この増補版で素敵だなぁ、と思ったのは、序文として示されている織物理論。織物モデルの縦糸は、教師ー生徒関係。横糸は、生徒ー生徒関係。その概略は、「(1)〈縦糸〉だけでも〈横糸〉だけでもいけない。(2)ただし、〈縦糸〉があってこその〈横糸〉であって、〈縦糸〉がなければ〈横糸〉はほつれてしまう。(3)とはいえ、〈縦糸〉はできるだけ見えない方が良い。織物を美しく見せるのはあくまで〈横糸〉のコントラストである。(4)織物は、強靭な〈縦糸〉と美しく織りなす〈横糸〉とが互いに補完し合っている」(第9頁~10頁)。自分は、赤坂さんの学級経営の四段階をベースに、常に学級経営について見る癖がついているのですが、織物理論もほぼ同様の学級経営理論であるなぁ、と思いました。まずは強靭な〈縦糸〉を張るのが「緊張期」「教師の指導優位期」でしょう。続いて、〈横糸〉を「子どもの自由度増加期」で張っていき、最終的な「自治的集団期」では、子どもたちが学級のすべてを動かしているように一見見えるため、〈縦糸〉は消えてしまったかのように思えます。しかしながら、実はその活動は、強靭な〈縦糸〉によって支えられてる。どちらの理論で説明しても学級経営の流れは上手に表現できているなぁ、なんて考えながら読みました。さて、本書の主題は、「学級開き」。すなわち、「緊張期」と「教師の指導優位期」。織物理論でいえば、〈縦糸〉を張る時期の詳細な実践群の紹介です。『学級経営10の原理100の原則』では見えなかった「学級開き」から「教師の指導優位」の確立までの流れが明確に紹介されています。まずは、「緊張期」から。ここでの目標は、生徒たちとの心理的距離を縮めること。しかし、それは生徒と仲良くなろうという発想ではありません。堀実践で何よりも大切にされてるのは、安心感の形成です。入学式への準備。入退場という不安を解消するための取り組みを最優先に実践します。そして、大量の提出物に提出日を書かせ、安心して帰宅できるようにします。生徒たちとの心理的距離を縮めるという発想だと、仲良くなろうという考え方だけにいきがちですが、まずは安心感を形成するという視点は、子どもたちにとっては楽しさと同様に大切な観点であろうと思いましたし、徹底的に子ども目線になって考え抜かれている取り組みだなぁと思います。続いて、「教師の指導優位期」。ここで大切だなぁと感じたのは、平等の観点。例えば、清掃。堀裕嗣さんの視座は非常に現実的で、「清掃なんて、基本的には面倒くさいものだ」という視座に立っているのだろうなぁ、と思います。自分は、そう捉えています(笑)。そうであるからこそ、できるだけ掃除時間が平等になり、掃除内容も平等になるよう係を変えていこうという発想には、子ども目線で考えれば、とても現実的で好感が持てました。さて、他に、強く意識されているのだなぁ、と思ったのは教師間の連携の観点。生徒に強い指導をした後は、一応管理職に報告を行っておいたり、学年全体が同様のシステムで回せるよう配慮できていたり、学年会資料の丁寧さなんかを見ると頭が下がります。「(1)自分(学級担任)の思いを先行させるのではなく、学級経営における諸事象を常に「生徒・保護者にどう見えるか」という視点で捉え直すこと。(2)一人でやろうとしないこと。常に周りの教師を頼ること。自分たちが「チーム」であると意識すること」(第13頁)。この2点が本書の提案の考え方の肝であることが、本書の冒頭で示されていました。まさに読み進めると、「あ、この実践は(1)だな」「(2)の意識が強い!」と至るところで感じますし、読めば読むほど、その大切さが分かってきます。本当に丁寧に考え抜いて学級開きが行われているのだなぁ、と感じ入った読書でした。さて、最後に、あくまで本書で示されているのは、「緊張期」「教師の指導優位期」、織物モデルでいえば〈縦糸〉を張るという点に特化した実践であることは抑えておくべきであると思います。したがって、本書で示されているのは、学級経営のあくまでスタート。その後は、本書から離れ実践を作り上げていかなければならない、ということです。『学級経営10の原理100の原則』も含めてですが、堀裕嗣さんが実践として示しているのは、「緊張期」「教師の指導優位期」がほとんど。ファシリテーションなどで「子どもの自由度増加期」、すなわち〈横糸〉を張る実践は見ることができますが、「自治的集団期」の実践は、自分が知る限りでは見たことはありません。あくまで堀実践は、学級経営のゴールを示しているものではない。この点は、明確に理解していなければいけないと思っています。
『中学校学級づくり 構成的グループエンカウンターエクササイズ50選』
2014 明治図書 編著 吉澤克彦
世界観の形成 4 実践への影響 5

書評
構成的グループエンカウンターとは、国分康孝さんが提唱した開発的なカウンセリング方法の一つです。本書では、その構成的グループエンカウンターでも、中学校で実際に実践され、効果があったと実践者たちが考えた、たくさんの事例が紹介されています。さて、編集代表である吉澤さんは、構成的グループエンカウンターの効果について、2つ言及しています。「①人間関係づくりができる。②一人一人の成長を支援できる」(第9頁)。まず、①人間関係づくりについて、自分は、教室で構成的グループエンカウンターを実施する際、現状最も意識しているのが、人間関係づくりです。「緊張期」「教師の指導優位期」の後にやってくる「子どもの自由度増加期」。この「子どもの自由度増加期」で最も大切なのは、子どもたちの人間関係が繋がっているかどうか。自分はその人間関係を繋げる機能を、構成的グループエンカウンターに担ってもらっています。構成的グループエンカウンターの何が良いか。教師側から見ると、一度作ったプリントは何年も使用可能だし、構成的であるため流れを踏めばどんな教師であれ実践可能であるという点は、優れた点かなぁ、と思っています。生徒側から見ても、普段話さない生徒と強制的にでも繋がることができたり、相手の深い部分まで知ることができたり、魅力的な部分はたくさんあるなぁ、と思っています。中学校では教科担任制であるため、もちろん授業内での協同学習は仕組みますが、他の授業でも同様に実践されているかは分かりません。ですから、学級活動や道徳の時間で意図的に子どもたちを繋げる必要があると思います。そういう意味で、構成的グループエンカウンターが作り出している効果は非常に大きいものであると思っています。2点目の一人一人の成長について。カウンセリングという点では、こちらの方がメインなのかもしれません。ここで大切なのは、振り返りですよね。子どもたちが自身の取組や感情を、素直にメタ認知できること。振り返りを大切にしていきたいなぁ、と思っています。本書とともに、姉妹編であるミニエクササイズの書籍もよく活用しています。意図的・計画的に、一つ一つのプログラムを実施する時期を、子どもたちの実態に応じて考えながら、構成的グループエンカウンターを実践していきたいなぁ、と思っています。ただ一点だけ。あくまで構成的グループエンカウンターは、学級経営の視点からいえば、「子どもの自由度増加期」までの実践。それ以降の「自治的集団期」では、非構成的な集団決定が行われることが大切であろう、と思いっています。構成的グループエンカウンターで学級の人間関係が円滑になっただけで満足しない。学級の人間関係を円滑にして、最終的に自分たちだけで課題解決ができる自治的集団を作っていかなければいけない。そのように思います。
『よくわかる学級ファシリテーション①かかわりスキル編』
2011 解放出版社 著者 岩瀬直樹 ちょんせいこ
世界観の形成 5 実践への影響 5

書籍
信頼ベースの学級ファシリテーション。本当によく作り込まれている提案だなぁ、と本書を読めば読むほど思います。まずは、本書では教師としての在り方に言及。これが、ファシリテーターのかかわりスキル10か条です。「クラスや学びのオーナー(当事者)は子どもたち。先生もその一員です」とか、「主語はボクたち、私たち。「やらせる」「させる」ではなく「一緒にやろう」」とか、「ひとりでがんばりすぎない。仕事を楽しむ!学び続けます」とか。これはスキルというより、在り方だよなぁと。子どもたちが学びの主体者であるという構え。教師は子どもたちのやる気を引き出す促進者であるという構え。これが在り方として示されているなぁ、と思います。では、その在り方のもと、具体的にどんな学級を作っていくのか。その点が、具体的に紹介されています。まず、「緊張期」。ここでは、「対話型絵本の読み聞かせ」「ホワイトボードでペアトーク」「先生自己紹介クイズ」「教室リフォームプロジェクト」「4つのコーナー」「会社活動」「振り返りジャーナル」「掃除プロ制」などなど、たくさんの実践が紹介されていて、しかも、「最初の一週間の過ごし方の例」まで紹介されています。ここは、生徒や学校の実態に応じて作り替えれば良いと思いますが、とても丁寧な紹介に素敵だなぁ、と思います。「緊張期」に関しては、何よりも「安心感」だなぁ、と感じます。「このクラスは楽しそう」「私たちって力があるかも」「好きなことに挑戦できそう」「先生は応援してくれる」と感じられるような取組の数々。子どもたちの心を温めることに、何よりも重点が置かれているなぁ、と思います。そして、実は、「教師の指導優位期」と「子どもの自由度増加期」を同時進行で保証してます。様々な取り組みを最初は教師が丁寧なインストラクションのもとに提示し、「先生の提案にチャレンジしてみたら、楽しいな・頑張れるな・間違いないな」という部分を保証しつつ、人間関係をつなげていく。素敵だなぁ、と思います。しかもそこには、小さな子ども集団としての「自治的集団」が形成されていく。「教室リフォームプロジェクト」や「会社活動」、「掃除プロ制」なんて、その典型かなぁと。子どもたちの日常をプロジェクト化していく。そして、最初から、子どもたちは学びのオーナーとして、自治的な学級をデザインしていく立場にある。素敵だなぁ、と思います。そして、本実践の白眉は、ホワイトボードミーティングだと自分は捉えています。この取組は、一言でまとめると、子どもたち全員がファシリテーターになるという取組。最終的には、子どもたちが自分たちが解決したいプロジェクト(喧嘩の仲直り、授業での課題解決、お楽しみ会など)の規模に応じて、必要なメンバーで課題解決ができるという営み。学級会って、毎回全員で話し合いを行うけれども、それって自然じゃないなぁ、と思っていました。社会に出たら、会社や学校の全員で話し合う事例ってよほど大きいこと。でも、自分自身が解決したい問題って、それほどの問題ではないよなぁ、ということもあると思います。このホワイトボードミーティングの実践は、そういった問題に関して、とても柔軟に対応できる優れた実践だなぁ、と思います。どこでも、誰とでも、自治的集団が形成できて、問題が解決できる。それは時には数人だっていいし、時にはクラス全体だっていい。自分が目指したい緩やかな自治的集団の理想だなぁ、と思っています。これに、授業内での『学び合い』やプロジェクトが絡まって、課題解決が当たり前な集団となっていく。素敵ですねぇ。さて、同じファシリテーションでも、実は堀裕嗣さんの教室ファシリテーションの提案とは真逆で、堀さんの場合は、明確なシステムのもと、ファシリテーターがいなくても実践可能であるという提案。本書の場合は、全員をファシリテーターにしてしまおうという提案。ファシリテーションという語句を用いながらも、目指している方向は違うんだなぁということも感じながら読みました。さて、この信頼ベースの学級ファシリテーション。「緊張期」から「自治的集団期」までの学級経営を、見事に紹介している書籍であるなぁ、と思います。このエッセンスを自分なりにしっかりと落とし込み、自分の学校で実践できることを考え、できるだけ子どもたちが自治的に生活できるように学級をデザインしていけなければなぁ、と思っています。
『子どもが力をつける話合いの助言』
1997 明治図書 著者 橋本定男
世界観の形成 5 実践への影響 5

書評
本書を読んだのは、教職2年目の冬。学級会がうまくいっていない。でも、なぜ学級会がうまくいかないのかがわからない。隣のクラスのK先生のもと行われる話合いと、自分のクラスの話合いの違いは何なのだろう。自治的集団を作れる教師と、自治的集団を作れない教師(自分)の違いって何なのだろう。そんな悩みを抱えた中で出会ったのが本書。本書を読むと、ページをめくるたびに、自分のクラスの学級会がうまくいかない理由が分かる分かる(笑)。まさに、自治的集団を形成したい教師にとっては、必読の書籍であると思います。さて、本書冒頭には、下記のような文章が紹介されています。「子どもの前に出て指導することを控え、活動を見守るようにして、子どもの自主性を育てたい。しかし、出ないでいると子どもの活動は停滞し、自主性が高まっていかない。出てもだめ、出なくてもだめ。どうしたらよいのかーという「出る・出ないジレンマ」である」(第11頁)。この「出る・出ないジレンマ」は、まさに当時の自分が最も悩んでいたことの一つでした。そして、この「出る・出ないジレンマ」を軸に本書を読み解いていく中で、自分の学級会が上手くいかない理由が明確に分かりました。橋本さんはこの「出る・出ないジレンマ」に対して、「出ないー決める「内容」に口を出さない。子どもの選択に任せる。出るー話合いの「やり方」について出る。やがて子どもがその働き掛けを必要としなくなることをねらって出る。それ以外では、「内容」を決める話合い本番の、前と後に出る」(第19頁)とまとめていいます。そして、自分は思いました。「あぁ…俺は出ない方が良い時に出て、出た方が良い時に出てないんだな…」と。まず、「出ない方が良い時に出ている」という問題。場面として一番あるのは、「どうしても問題のある内容になった時に、口を出してしまう」ということでした。例えば、「絶対に仲間はずれが出る」と分かる内容になってしまう時にどうするか、ということ。ここに関して、橋本さんは、一蹴しています。「「口を出さない」ということは、「口を出さなくても大丈夫という状態にしておく」ということである」(第22頁)。「あぁ…自分は出来ていないなぁ…」と思いました。子どもたちを育ててないなぁ…と。「話合いで出ないために、それまでの過程で出ておく」。自分はそれが出来ていなかったのです。そして、「話合いが始まってしまえば、その過程で子どもがどんな根拠でどんな意見を出し、どう検討し、どれが支持され、何に決定するのか。これは祈って見守るしかない」(第23頁)。こういった腹のくくり方も出来てなかったなぁ…と。「話合いの内容について、教師が出なくて良い状態にするには、どうすべきだったのか」。自分にとって、この部分は、非常に大きな課題として、今も突きつけられています。続いて、「出た方がいい時に出てない」について。例えば本書では、「仕掛けの助言」というものが、第70頁から紹介されています。「(a)ある問題をみんなで何とかしようという願いをもって、言い出しっぺが立ち上がり、(b)「そうだ、その通りだ。何とかしよう。」とその願いを共有する有志が言い出しっぺの立ち上がりを支え、(c)その願いをさらに多くの子どもが共有し、徐々に学級のなかにその問題に向かおうとする勢いが強まっていく」(第70頁)というような流れをいかに作るか、ということです。「これは、全然意識できていなかったなぁ…」というのが正直な感想。話合いを行うには、何よりも切実性がなくてはならない。その切実性をどう高めていくか。自分は学級会を行う以前に、問題への切実性を高める事件化、学級会への期待感を高める取り組み、当事者を立たせる声かけ、など学級会を行う前提条件を全然作れていませんでした。他にも、提案が自分事になるための世論作りや学級会前の提案者への皆の心を動かすための指導、話合いの山場の構想、などなど、全然できていない自分に愕然。「出る」ところは、正直、「話合いの方法の指導」だけなのかな、と思っていました。でも、そんなことは全然ない。子どもたちを本気で話合いの場に向かわせるため、教師は、話合いまでにたくさんの仕掛けを用意しなければならない。本書を読み、一番に感じたことは、そこになります。さて、もう一点、本書を読み、大切だなぁ、と思ったところは、自主的な話合いだけでは不十分であるということ。「子どもが自主的に活動する「形」の具現で終わりとせず、「その先」に踏み出すこと。「その先」とは、子どもに力をつけ、心にくい込む活動を具現すること」(第34頁)。ただ、自主的に話合い、「皆でお楽しみ会を計画したよ」ではダメ。それでは、「形」だけの話合いを実践しただけ。そう橋本さんは言います。そして、その言葉、自分に刺さります。自分はどちらかというと、自主的な話合いを目指していただけでしたから。橋本さんのいう「その先」とは、実は「教師の願い」が決める。例えば「サッカー大会をやりたい」という「子どもの願い」がある。その「子どもの願い」をそのまま受け止め、「じゃあ、話し合ってみな」というだけでは、「形」だけ。本物ではない。では、本物にするためにはどうすべきか。「この活動で学級のこの問題・課題を何とかできるかもしれない」「この活動でこの子をこう活躍させると、ここが伸びるかもしれない」という「教師の願い」を持つ。例えば、「弱い立場の子に対し配慮にかける」という実態がある。だから、何とかその状態を良くしたい。そういった「教師の願い」の実現に向けて、「サッカー大会をやりたい」という「子どもの願い」を中心においたまま、指導・助言を入れていく。例えば、話合いの柱を、助言を繰り返しながら、「特別なルールを作るかどうか」「チーム編成をどうするか」などに持っていき、子どもたちが話合いを実践する中で「弱い立場の子も大切にしなきゃだめだ」という論理が展開されていく可能性がある話合いへと仕掛けていく。すると、ただ自主的に内容を決めただけではなく、「もっと、皆のことを大切にしなくちゃいけない」と思えるような、子どもたちの心に響くような集団決定がなされるようになる。こういったことが書かれています。自分は、この記述に心を打たれました。自主性を重んじるだけではダメ。子どもたち一人ひとりが相手のことを考え、集団としてより成長していけるよう、教師は子どもたちを常に観察し、良い点・課題を見抜きながら、討議になりそうなきっかけを探し仕掛けていく。そして、十分に仕掛けきって、最後は祈る。見守る。凄いなぁ。凄すぎるなぁ。自分にはまだまだできていない実践です。でも、いつかは、子どもたちにそんな自治的な話合いを経験してもらいたい。そう心から願います。自分は以前の書評で、「子どもの自由度増加期」まではいけるけれども、「自治的集団期」までには持っていけていない、と書きました。その理由が、本書を読み進めるうちに、いくつも分かった気がします。さて、書評が一度消えてしまい、久々に本書を読みました。でも、改めて読めて本当に良かったです。まだまだ落とし込めていない部分もあるので、何度も読み返したいと思います。本書は、自分にとって、とても大切な本の中の一冊です。
『最高の学級づくりパーフェクトガイド』
2018 明治図書 著者 赤坂真二
世界観の形成 5 実践への影響 5

書評
本書冒頭に書かれていた言葉は、自分の一年間の学級経営の不十分(教師生活3年目2017年度)を端的に指摘しているものでした。「もし、大きなトラブルもなく、一年間が終わったとします。しかし、改めて振り返ってみると、自分の描いたゴールとは違っていたとします。それは、「順調に誤った場所に着いた」だけです。そもそもハシゴをかけた先が違っていたのです。「とんとん拍子に違ったところに登った」だけです」(第17頁)。人間関係は良好であったかもしれない。大きなトラブルは特になかった。楽しい1年間を送れた。でも、自分が目指していた民主主義で運営される学級、すなわち、自治的な学級にこの学級はなっていったかと言われると、否と言わざるを得ない。赤坂さんが指摘されているように、自分は、順調に、とんとん拍子に、誤った場所に登ってしまっていたのだ…。そう自分を省みざるを得ませんでした。では、来年度、どうしていけば、自分の目指す自治的な学級にクラスを持っていくことができるのだろうか。そんなことを考えながら、本書を読み進めました。そんな中で、自分の反省に引っかかった箇所をピックアップしていきたいと思います。来年度、この文章を読んだときに、「今年は大丈夫だった」と自分が思えているはずだ、という期待を込めてです。まず一つ目。「学級目標が年度当初に決められたまま、振り返られることのない豪華な掲示物でいいはずがありません。学級目標は、様々な学級における活動と連動して、活用されるものであることが本来の姿です。学級目標を掲げながら何もしないのは、ダイエットで「○キロになる」と言っておきながら普通の生活をしているのと同じです」(第62頁)。今年の自分の学級経営の大きな反省点は、学級目標を豪華な掲示物にしてしまったところ。省みることがほとんどなかった。それ以前に、もっと願いや課題意識を持って、学級目標作成を行わなければいけなかった。最初から、豪華な掲示物としての学級目標作りとなってしまっていたのではないか、と反省。だから、来年度は、クラスで本気で達成したいと思えるワクワクする学級目標を作る。二つ目は教師の在り方の部分。以前の書評でたくさん描かせてもらった気がします。結局は、在り方なんだな、と。でも、分かっていながらもまだまだ不十分。改めて、教室にいる時は上機嫌でいよう。どんどん子どもたちに好意を伝えよう。子どもたちを知ろうとしよう。つながろうとしよう。安心できる教師でいよう。そんなことを思いました。上機嫌でいる時の教師の理想形は自分の中2の時の担任です。思い出しながら、その理想形に近づいているか、自己点検していこう。自分なりに意識をしなきゃ、と思っているものもあります。例えば、「できていない点よりもできている点に注目」「好意を伝える」「多様な観点で評価する」「教育的スルーをする」などなど。でも、意識をしていないとできていない自分がいます。意識しなくても当たり前のようにできるようにならなきゃいけないな、と実感。本書は、1年に1度読み返し、自己点検に使いたい本であるなぁと思います。理論編なだけあって、いつでも読み返し、自分の実践を省みるバイブルの役割を持つものとして、大切にしていきたいです。とりあえず、来年度(2018年度)は今年の反省を踏まえ、自治的学級を目指していきたいと思います。
『アイスブレイク入門』
2009 解放出版社 著者 今村光章
世界観の形成 2 実践への影響 2

書評
学級経営において、まず最初に求められているのは、安心感の形成。逆にいえば、不安の払拭です。では、不安の原因は何かといえば、それは人間関係への不安です。そして、その不安は教師に対する不安と、生徒間での不安の二つに大別されます。教師に対する不安に関しては、こちら側が何とかできる部分ですし、何とかしなければならない部分です。しかし、生徒間での不安は、何か手立てを打たなければ、全く繋がりが生まれず、ずっと同様の人間関係で、不安を残したまま、1年間が終わってしまうことも無くはありません。それに加え、生徒にとってみれば、生徒に対する不安の方が、教師に対する不安よりも、圧倒的に大きいはずです。人は安心感のある空間でこそ、主体性を発揮できます。したがって、早めに生徒の人間関係の不安感を、取り除いてあげなくてはなりません。そのための一つの手法がアイスブレイクである。自分は上記のように捉えています。ちなみに、アイスブレイクの定義とは、「アイスブレイクとは、見知らぬものどうしの出会いの緊張をほぐす演出法です」(第5頁)とのことです。さて、特に本書に掲載されているもので実践しているのは、「バースデイ・チェーン」(第28頁)、「ネームチェーン」(第34頁)、「ヤルキチェーン」(第39頁)、「実家の固定電話チェーン」(第40頁)、「血液型パズル」(第43頁)などん「チェーン術」です。非常に簡単で自己紹介に繋げやすいため、行うことが多いレッスンです。また、「キーパーソンを押さえ、それとなく協力してもらう」(第84頁)など、「アイスブレイク」のコツも書かれています。自分にとって、このアイスブレイクは、生徒ー生徒間の人間関係を紡ぐという視点で、「構成的グループエンカウンター」の第一回目のような、そんな位置付けとして実践しています。実践回数は多くはありませんが、知っていて損はないかな、と思います。
『学級通信を出しつづけるための10のコツと50のネタ』
2012 学事出版 著者 石川晋
世界観の形成 2 実践への影響 4

書評
自分は、年平均で50号程度の学級通信を配布しています。その意図は二つ。一つ目は、学級での日々の様子を、物語として将来共有できるよう紙媒体で残しておくということ。二つ目は、学級での生徒の様子を保護者にできるだけ鮮明に伝えるということ。上記の2点の目的に従って、できるだけ短時間で、できるだけ労力をかけず、学級通信を作成しています。例えば、「レイアウトを統一して上書きしよう」(第15頁)、「『定期的に書くもの』を用意しよう」(第20頁)、「『写真』『資料』をふんだんに使おう」(第21頁)などと石川晋さんの実践の中では、他の実践に比すれば、再現可能性の高いコツが明示されていて、実学的な部分で参考になっています。ただ、石川さんのように毎日発行しようという感覚は自分にはありません。あくまで、発行したい時に発行しますという位置付けです。学級通信にかける労力と、その効用を比較すると、それほど高い効用は見込めないという自分の結論から、上記のような不定期更新のような形をとっています。ただ、その時々の写真であるとか、その時々の生徒の感想や想いであるとか、その時々の生徒の姿であるとか、何かの資料に残しておかないと忘れ去られてしまう物語も多いのかなぁと思います。いつか、その物語を思い出す時の、何かの一助になれば嬉しいなぁと思って、自分は学級通信を出しているような気がしています。
『思いっきり笑える爆笑クラスの作り方12か月』
2010 黎明書房 編著 中村健一
世界観の形成 2 実践への影響 2

書評
「片手に厳しさを、片手にユーモアを!『厳しさ』と『お笑い』、この両方が備わってこそ、安定した学級経営ができるのです」(第2頁)と書かれる中村健一さんが編集した、「お笑い」の書籍です。「水よ!出てきてくだされ!」(第28頁)、「教育実習生にむちゃぶり」(第33頁)、「1人だけ紹介しない」(第34頁)、「お祝いしてよ誕生日」(第73頁)、「ラッキーおみくじ」(第75頁)、「在校生、起立!」(第90頁)、「赤ちゃん当てクイズ大会」(第92頁)など、教師も生徒も楽しめる実践がいくつもあります。特に飯村友和さんが書かれた実践が、ユーモアの感覚と教師の指導性が強力すぎない点で、自分には合っているな、と感じます。さて、「本書で紹介しているユニークな取り組みで、教室に『安心感』を生み出すことができると確信しています。本書は、野中氏の言う『横糸』を張る1つの方法なのです。本書を使って『横糸』を張りましょう!ただし、『縦糸』を張るのも忘れずに!」(第3頁)。と本書には書いてあります。ただ、自分はこの「お笑い実践」が横糸かどうかは怪しい部分があるのではなかろうか、と思っています。中村健一さんも土作彰さんもそうですが、「お笑い」や「ミニネタ」を学級経営の一つの軸とされている先生方は、教師の指導性が非常に高い統率型の学級を作ることで知られています。生徒の行動も、ピシッと規律があり、全力で何事にも取り組むような学級です。すなわち、縦糸(教師ー生徒関係)が強固な環境であることを意味していると思います。その上で、このお笑い実践は何を意図しての実践かというと、ピリッした緊張に緩和を加え、生徒に楽しさや安心感を抱かせ、学級への所属感、ひいては担任への所属感を高めるための実践です。それは、すなわち、縦糸(教師ー生徒関係)を成立させるための工夫ではないでしょうか。もし生徒間の人間関係を紡ぐための実践であれば、それは間違いなく横糸(生徒ー生徒関係)でしょう。しかし、本書の場合、基本的には教師側がお笑いをしきり、生徒を楽しませる実践群です。ですので、あくまで、縦糸の一部ではないでしょうか。学級経営での書籍紹介では何度も引用していますが、赤坂真二さんは学級経営における生徒集団の成長プロセスを、「緊張期→教師の指導優位期→生徒の自由度増加期→自治的集団期」であると提示しています。その時に、本実践を当てはめた場合、教師の指導優位期のまま終わってしまうのではなかろうか、と思うのです。もちろん、お笑いやミニネタ実践は、あくまで教師の指導を成立させるための一工夫であるという位置付けで、最終的には生徒の自由度を高め、自治的集団を形成していくんだ、という意図があるならば、自分は構わないと思います。ただ、統率型指導とお笑いやミニネタ的活動の裏文化活動の両輪で学級を作り上げていこうとすると、「緊張期→教師の指導優位期」までで終わってしまい、自治的集団を作り、自立的に学級で生活していくという生徒の大きな成長には繋がらないと思うのです。ですので、本実践を横糸(生徒ー生徒関係)の構築と捉えるのは、誤った理解ではないかな、と思います。あくまで本実践は縦糸(教師ー生徒関係)を成立させるための工夫。学級経営における初期的な状況までしか、本書のような実践は保証し得ないと留保を持って読むべきであると自分は思います。
『伝説の教師 鈴木惠子 「明日の教室」発! 子どもの力を引き出す魔法の学級経営』
2014 学事出版 著者 糸井登・池田修
世界観の形成 3 実践への影響 2

書評
「『授業の名人』と呼ばれていた有田和正先生が、かつて『日本一の授業』と評された鈴木惠子先生」(本書表紙)の講演と実践をまとめたものが本書になります。鈴木惠子さんから学べるのは、まさに教師の在り方です。生徒を自立的に成長させるためには、教師はどのような在り方で日々の教育活動に向かえば良いのか、そういった視点で読むとと、本書には大切な金言があふれています。「イソップ物語の太陽になって、子どもたちの輝きを引き出したい、子どもが自ら良い方向へ向かって行こうとする、その芽を引き出すきっかけをつくってあげたい」(第11頁)。「子どもたちは、大人が自分をどう見ているか、愛してくれているかどうかということにとても敏感」(第15頁)。「素敵!と教師が思わなければ、それはその子たちの良さとして、顕在化しません」(第20頁)。という記述は、教師の在り方が子どもたちに安心感を与えるための第一義であることを、明確に伝えてくれます。どんなシステムを作っていても、子どもたちの良い部分を見ようとして、子どもたちを心から愛して、子どもたちが行動した素敵な行動に着目して価値付けできなければ、それは子どもたちの安心感の形成や自立に結びついていかない、ということを感じさせてくれます。また、「教師がどれだけ我慢できるか、待てるか、子どもに任せきれるか、それが大事です」(第53頁)。という記述も、どれだけ子どもたちに成長する力があると信じきれるか。教師の在り方を規定する言葉であろうと思います。「教育の最大の目的は、自立させること」(第14頁)。「自分を信じる。自分の信念を信じる。そして、子どもを信じる」(第183頁)。子どもたちには自立する力がある。それを信じて、子どもたちを見守り、価値付け、勇気付けし続ける。教育という営みは、優れたシステムでどうにでもなるものではなくて、やはり教師の在り方が、重要なのでしょう。基本的なことであろうと思いますが、鈴木さんのお話は、改めて「教育は人なり」という言葉を実感させてくれる、そんなものになりました。
『向山型スキル・学級活動の授業パーツ100選』
2012 明治図書 プロデュース 谷和樹 編集 国友靖夫・佐藤泰弘
世界観の形成 3 実践への影響 3

書評
本書では、向山型学級活動を100に分類し提案しているのですが、なんと最初の42項目が黄金の三日間に関する記述です。どれだけTOSSが学級開きの黄金の三日間を大切な期間として捉えているかが、よく分かる構成であるなぁ、と思います。「年度最初の三日間、このときばかりは、ほとんどのこどもが担任の言うことをきく。そこで向山洋一氏は、『黄金の三日間』と名づけた」(第16頁)とあるように、この三日間で如何に生徒に、教師から与えられるルールを確立していくか。言い換えれば、赤坂真二さんが言われる教師の指導優位期を確立し、織物モデルで言う縦糸を強靭に張るかが、非常に重要であるということです。まずは、徹底して、教師の指導優位を確立し、学級集団を統率する。これが、TOSSによる学級経営の一つの肝となっているのだなぁと改めて思います。その教師の指導優位を確立した上で、本書には様々な学級経営における向山実践が紹介されています。例えば、教室における「裏文化活動」、向山学級における「イベント・パーティー」などは、縦糸・横糸をより強固に張ることができるし、自治的集団形成にも寄与していくような魅力的な実践群だなぁと思います。向山実践は、言われるほど統率型一色ではない、魅力にあふれた実践群だなぁなんて、自分は思います。あとは、それを、子どもの実態に合わせ変容させて実践することを是とするか否とするか。実践しないという選択肢も是とするか否とするか。TOSSという組織の多様性や寛容性の問題なのかなぁと思います。例えば本書の中では、「自由立候補ジャンケンシステム」は、自分はおかしいシステムであると思います。教室が民主的な場であれば、立候補者が多数いた場合は、投票するのが当然だと考えるからです。人気投票になってしまうと書いてありますが、学級委員を人気投票でしか選べないような学級に育ててしまった教師が悪い、と自分は思います。この子なら任せられるという意識でしっかり投票することの繰り返しが、市民的資質を育てると自分は思います。そういう意味で、「自由立候補ジャンケンシステム」には反対なのですが、TOSSとはそれが是とされる場であるのか、ということですね。どのような教育技術にも完成はありませんし正解もありません。教育技術は、批判され乗り越えていかれなければいけません。ただ、TOSSという組織は、向山洋一さんの実践を誰も乗り越えていないところに、最も大きな問題点があると思います。学級経営とは離れてしまいましたが、本書の実践を取り入れるにしても、それはTOSSの実践として取り入れるのではなくて、自分の教育観や子どもの実態に照らし合わせた時に最善の選択肢であると考えるから、取り入れるわけです。TOSSから向山洋一実践批判なんか出てきたら絶対その実践は評価されるだろうになぁ、なんて思います。
『学級通信ガリバー』
1973 社会評論社 著者 村田栄一
世界観の形成 4 実践への影響 2

書評
絶版になっている本のため、古書店にて入手しました。不意に小学校一年生の子どもたちや先生の周りに発生したハプニングをいきいきと価値づけ描写しており、こんな筆力のある学級通信が書きたいなぁと心底思います。村田さんの思想的訴えもところどころで書かれており、私は読みごたえがあり好きです。「いたずらは、心を生き生きと躍動させるビタミンです。与えられた知識やルールのわくを突き破る創造力=想像力の出発点でもあります」(第60頁)なんて、良いなぁって思います。「教師は、いたずらの取締り屋ではなく、いたずらの中で心と行動を育てる『ガキ大将』でなければいけない、とぼくは思うのです」(第60頁)なんて、ぼくも思うなーって感じです。また、子どもに怪我をさせてしまったことも赤裸々に書いて「完全にぼくの軽率さが生んだ事故でおわびのしようもありません」(第46頁)と謝罪もそのまま載せています。「あぁ、こんな生徒や保護者と想いを共有できるような、形式的で学校的でない通信を出したいな」と、私に決意をさせた一冊でした。管理職からしたら、不安に想う内容もあると思いますし、いまこの通信を管理職に起案したら、自分だったら突き返されてしまうだろうな、と思う通信もあります。それが面白いな、と思います(笑)。
『コミュニケーション能力って何?』
2013 学事出版 著者 堀裕嗣
世界観の形成 4 実践への影響 3
2013 学事出版 著者 堀裕嗣
世界観の形成 4 実践への影響 3

書評
中学校教師である堀裕嗣さんが現状<是>と感じている学級経営を中心とした洞察がふんだんに記述されている著書、そのような印象を感じます。特に、自分が印象的だったのは、「環境調整型権力の在り方」について。「<マクドナルド化>の動きを学校教育に引きつけて考えてみると、先にも述べたように、『これが正しい』と生徒たちに教師が強制する指導の在り方から、<効率性><計算可能性><予測可能性>を保障する環境を整えながら、生徒たちにいやな思いを抱かせずに指導目的を達成させる指導の在り方へと移行してきている」(第80頁)と、堀裕嗣さんは述べます。そして、その移行してきた指導の在り方を「環境調整型権力」(第81頁)と名づけ、その「環境調整型権力」に基づいた教育では、「『カウンセリングマインド』『チーム・ビルディング』『特別支援教育』『学びのしかけ』『協同学習』『学び合い』』『ファシリテーション』『クラス会議』など多くの手法・思想が取り入れられている」(第77~79頁)と喝破しています。「誤解を怖れずに言えば、『カウンセリング・マインド』とは、生徒たちに共感的な姿勢を示しながら予定調和に誘っていく営み」(第68頁)、というような堀裕嗣さん独自の本質をついた定義をされています。自分は、この「環境調整型権力」による生徒指導や学級経営って、非常に恐ろしいものだと思っています。学校には、様々なルールがあります。例えば、無言清掃、全力校歌、制服の靴下の長さや柄、着替えのルール、髪色などなど。そして、本来的にはそのルールは、改変可能なはずです。しかし、教師側は、ルールの変更に関しては、生徒の手に委ねず、ルールを守らせることのみを生徒に強います。そして、その際、「環境調整型権力」を用いて、できる限り、生徒に嫌な思いを抱かせないように働きかけていきます。もし、反抗したら、それは許さないという線をチラつかせながら。そのため、「変だな」と思うルールがあっても、子どもたちは表向きには反発しません。教師もルールを守っていれば、褒めたり価値付けたりしますから、子どもたちは心地よい。そんな状況で、義務教育で12年も「環境調整型権力」のもと、大人が与えたルールに心地よく、子どもたちは従ってきているわけです。これって、ほとんど洗脳なのではないかな、と自分は思ってしまいます。「環境調整型権力」の発想のもと取られる教育をすれば、学校は荒れないかもしれません。子どもたちも教師も心地よいのかもしれません。でも、そんな権力に従順な子どもたちを育てるような教育で良いのかなぁ…と疑問を持たざるを得ません。生徒に気分良く学校の方針に従わせるような教育の在り方。この在り方が、実は黒髪の強要など、過度な一律の強要を可能にしているという見方もできると思います。この「環境調整型権力」という在り方は、あくまで生徒を教師の意図するようにコントロールする発想の内にあります。自分は、この発想、あまり好きじゃないんだよなぁ。もっともっと、子どもたちが自分の信念や自分の意志で、自由に自治的に生きていけるような教育を自分は目指しています。大切だと思うけれども、発想の在り方は好きではないなぁ、と感じました。また、「礼儀正しさ」を「少なくとも日本人がコミュニケーション行動として採用する場合、その目的は『ディセンシー(筆者補:礼儀正しさ)によって自分を守る』ということに焦点を合わせがちになる」(第44頁)というように、「自分を守るためのコミュニケーションの手法」という洞察での位置づけも、面白かったなぁ。まさに日本人の礫着正しさって、相手目線よりは、自分目線なんだよなぁって。様々なことを考えさせてくれた、読書になりました。
『自分を鍛え、集団を創る!特別活動の教育技術』
2013 小学館 著者 杉田洋
世界観の形成 5 実践への影響 4

書評
「最近、特別活動というカリキュラムは揺らぐことなく存続しているのに、特別活動を指導できる先生がめっきり少なくなったという」(第6頁)から始まる本書。初担任を持った自分は、まさに特別活動の指導に苦手意識を感じる、特別活動を指導できない教師でした。本書ではまず、特別活動の意義を、「各教科の役割は、優秀なエンジン(知識・技能等)をつくることであり、頑丈なボディをつくるのは、保健・体育、ハンドルやブレーキをつくるのは、徳の指導に該当する。…。しかし、それだけでいきなり道路に出てしまえば、交通事故が多発することは目に見えている。だから、実際に一般道や高速道路などに出て運転をしてみる路上教習も必要となる。つまり、教科書も副読本も使わず、生活や社会とのかかわりの中で体験的に学ぶような場が特別活動や総合的な学習の時間であると考えればわかりやすい」(第8頁)と説明しました。そのわかりやすさに唸りましたし、特別活動の重要性を再認識しました。そして「年度当初の子どもたちは、たまたま同じ舟に乗り合わせたような子どもたちの集まりにすぎない。だからこそ、学校にも学級にも目標が必要になる。みんなが共通の目標に向かって努力し、役割を分担し協力してその実現を目指し、苦労と喜びを共にし、やり遂げた喜びを味わえるような集団まで高めることが特別活動の役割の一つである。ぜひ、学級を引っ張って走らせるモーターボートではなく、子どもたちが同じ目標に向って、全員が仲間となって舟を漕ぐような集団にしたいものである」(第19頁)という記述。自身の教育観をそのまま規定しています。では、「どのように子どもたちが共通の目標をつくるのか」などの指導技術の部分が、後半に記されています。例えば、「学級会を活性化するためには、学級や学校の生活づくりの問題に気付く目を育てることからはじめたい。そのために、まず生活の問題を洗い出す活動から取り組ませたい」(第52頁)という記述。生活上の諸問題について話し合わせたいと思っていても、子どもたちに課題意識がなければ、それは空砲になってしまうということを実感している時に目にし、自分がなぜ失敗したのかがよくわかりました。「安易に多数決で決めてしまうならば、よい話し合いとは言えない」(第54頁)ということはわかっていても、「じゃあどうすれば良いんだろう?」と思っている矢先に、「折り合いの付け方のパターンを教師がいくつ知っているか」(第54頁)という記述にも出会いました。「意見Aと意見Bの両方を満たす方法」「意見Aを中心にして、意見Bのよさを加味する方法」「意見AとBを合体させる方法」「意見AとBの発想を生かして新しいものをつくり出す方法」「サラダの盛り合わせ型の方法」「優先順位をつけて妥協する方法」(第55頁)など、たくさん紹介されていました。自分の学級が話し合い場面で収束が貧弱になってしまうのは、自分の折り合いをつけるための視点が少なかったからだと、強く反省させられました。司会の子どもたちに関しても、初担任時は、「労を多くして功少なし」(第56頁)になってしまっていたと思います。今は、「話し合いの流れをシミレーションして、ディスプレーとしての板書の仕方(板書計画)を想定して」(第56頁)などの司会の技術も、第2回目の話し合いからは会議をして考えさせ、話し合いの成功体験を積ませるようにしています。(第1回はあえて失敗させ、反省会をし、第2回の成功体験につなげる場合が多いです)。この司会の技術に関しても、司会の声がけの手法が具体的に記載されています。このように、特別活動に悩んでいた自分に、多くの示唆を与えてくれたのが本書です。担任2年目から、隣の学級のK先生の実践や本書や『子どもが力をつける話し合いの助言』の学びを経て、特別活動が有意義なものになっていきました。
『「最高のチーム」になる!クラスづくりの極意』
2011 農文協 著者 岩瀬直樹
世界観の形成 5 実践への影響 3

書評
「だってこのクラスつくったのオレたちだよ」「イワセンはケーキでいうと土台のスポンジをつくってくれたんだよ。それに一生懸命きれいにデコレーションして、ケーキに仕上げたのは私たち!」(第9頁)。岩瀬学級の卒業式の日の生徒の言葉です。「こんなことを子どもたちが言えるようなクラスを作りたい!」という憧れ。子どもたちが自らクラスを作り、ゆるやかに安心感を持って過ごせる空間を作りたいという理想。この岩瀬直樹さんの実践が、自分の学級経営の大きな目標となっています。本書には岩瀬さんの実践が盛りだくさんです。「教室リフォームプロジェクト」「お掃除プロ制度」「プロジェクトアドベンチャー」「文学サークル」などなど。まさに、「学びの個別化・協同化・プロジェクト化」。特に、普段、当たり前のように学校で行っていることの多くがプロジェクトになっているというのは、素敵だなぁと思います。「まだ、今の自分には踏み込めないなぁ」と感じる実践も、正直多いですし、あくまで目標を達成するための手段の一つ一つなので、自分にはできていなくても、あまり気にはしていません。現状、自分の実践で取り入れているのは、「三月にこうなっていたい!という夢を共有」(第44頁)して作る、「子どもも担任も『読んでワクワクする』」(第45頁)な学級目標づくりです。でも、その後の振り返りは、岩瀬さんほどはできていません。今後の課題にしなければ、と強く思っています。他にも、家庭学習に関しての「ボクがサポートできることってある?」(第101頁)という姿勢で関わる面談だったり、「みんなができるようになるのが目的」(第96頁)だから、何度も受けられるテストを実施したり、授業中の『学び合い』でも、「保安官バッチを捨てました。この授業のなかでの子どもたちのプラスの行動、いい行動だけに目を向けよう!」(第92頁)という意識での生徒への関わりだったり、自分の中では、本書から感じる岩瀬さんの子どもたちへの関わり方・教育に対する姿勢の一つ一つが目標となっています。自分の目指す学校での子どもたちひとりひとりの姿。それは、岩瀬学級のような姿なんだろうなぁ、と本書を読む度に思います。大きな目標となっている大切な一冊です。
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