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60周年史

<調整中>
創立60周年記念によせて
群馬県ウエイトリフティング協会
会  長    原  時   夫
 群馬県ウエイトリフティング協会(県協会)が創立されて、ちょうど今年で満60年を迎えることになりました。この記念すべき年に当たって、新たに「60年史」を刊行することになりましたが、さらに今後は、10年毎にその歩みを記録することによって、これらの年史が後世に伝えられる貴重な資料となることを、大いに期待するものであります。
 先に刊行しました「50年史」でもお伝えいたしましたように、本協会は昭和21年5月に大河原宇明吉初代会長が、太平洋戦争で荒れ果てた日本を再建するためには、スポーツの振興こそ人々に希望と夢を与え、若者の健全育成に寄与するものと確信し、まさに国民体育大会と期を一にして、精力的なご尽力によって創立されたものであります。
 その間、本協会は毎年の国民体育大会においても、群馬県の得点源として貢献してまいりましたが、この10年間の足跡を振り返って見ても、アジア大会・世界選手権大会・アテネオリンピック大会に出場した山田政晴選手、世界ジュニア選手権大会・世界大学選手権大会に出場した中條桂良選手、世界大学選手権大会に出場した村山厚史選手、インターナショナル・フレンドシップ大会に出場した真下智恵美選手、日韓中ジュニア交流競技会に出場した宮下貴志選手と、5人の本県選手が日本代表として国際大会に参加しており、まさにウエイト群馬の名声を確固たるものにしてまいりました。
 さて、60年を経過したわが協会でありますが、近年高校生のマイナースポーツ離れに益々拍車がかかり、全国的に競技人口の減少傾向が進むなか、本県も選手の獲得に苦慮しているところであります。
 現在、日本体育協会が策定しています生涯スポーツの振興と競技スポーツの推進の2本柱のうち、特に後者については、日本協会もこの趣旨に沿って人材の発掘法や身体的特性を生かした科学的・生理学的・計画的な指導法の開発に邁進しておりますが、本県の指導者も常に講習会等に参加して、これらの最先端の理論と実践を体得しており、今後とも全国や世界で活躍できる選手の育成に鋭意努力する所存でありますので、県協会会員をはじめ教育関係各位のご理解とご協力を賜りますよう、お願い申し上げます。
 おわりに、「60年史」発刊に当たり、資料を提供下さいました皆様や、発刊にご尽力いただきました編集委員をはじめとする関係各位に深く感謝申し上げ、ご挨拶といたします。

群馬県協会10年史 (1997年〜2006年)
はじめに
 1946(昭和21)年5月21年に、大河原宇明吉初代会長によって創立されたわが群馬県ウエイトリフティング協会(県協会)が、今年の2000(平成18)年で60周年を迎えることになった。10年前の創立50周年には盛大な式典を挙行し、その事業の一環として「五十年史」を発刊することが出来た。そこで今回の60周年に当たり、「五十年史」に続く協会史を発行するための公式資料として、とりあえず10年毎に「記録集」を作成することが、今年度の県協会の総会で承認されたのである。そこで、この新しい試みのスタートとなる10年間の歴史を記述することにする。

1997(平成9)年
 県協会中興の祖である出野博会長が、2月1日に逝去(2月3日告別式)された。その死は県内外の関係者に大きな衝撃を与えたが、その功績が評価され「正六位・勲四等瑞宝賞」が授与されることになった。そこで4月27日に県協会が主催して叙位叙勲を顕彰する会を挙行し、氏の業績を称えることにした。また同日に県協会の総会も行われ、その席上で原時夫会長代行が正式に第4代会長に就任することになった。
 この悲しみを払拭するように、選手たちは大活躍をした。まず1月の関東高校選抜大会(関東選抜)で、59kg級の山田政晴(前橋育英高・育英高)が2位となり、70kg級でも小渕絢也(育英高)が2位、99kg級でも荒井純一(利根実業高・利実高)が3位となり、幸先のよいスタートを切った。
3月の全日本ジュニア選手権大会(全日本ジュニア)でも、まず2年生の山田が54kg級で5位に入賞すると、高校チャンピオンの 中條桂良(育英高)が70kg級のジャーク(J)で152.5kg、トータル(T)で275kgの日本高校新記録を樹立して優勝し、さらに108kg級の村山厚史(育英高)もS127.5kg・J161kg・T287.5kgの全てで日本高校新記録を樹立して優勝し、さらに、同階級に出場した宮崎広勝(群馬工業高専)も3位に入賞した。勢いを駆った山田は全国高校選抜大会(全国選抜)の54kg級で優勝(210kg)し、中條に続く高校三冠の夢をつないだ。また中央大学に進学した中條は、この結果により5月末の世界ジュニア選手権大会(南アフリカ・ケープタウン)に出場(70kg級12位)することことが出来た。
 5月の県高校総合体育大会(県総体)は利根実業高(利実高)が連覇して、7回目の優勝をし、6月の県地域対抗戦(地域対抗)では前橋チームが2年ぶりに12回目の優勝を果した。
 しかし、6月に前橋育英高校で開催された関東高校大会(関東高校)では、本県から15名が参加したが、59kg級の山田が3位、76kg級の小渕が2位、91kg級の新井が3位となった外に、3名が下位入賞したに留まった。
 さて7月6日には、待望の県協会創立50周年記念式典を前橋東急インで開催することになった。林 克也日本協会会長・群馬県体育協会安藤太郎専務理事・群馬県教育委員会文化スポーツ荒畑大治部長・群馬県高等学校体育連盟杉山洋一会長をはじめ15名の県内各競技団体・学校関係等の来賓と、県協会関係者の参加のもと、これまでの協会の功労者並びに全国レベルのトップ選手として活躍した16名の方々を表彰した後、祝賀会となって50年の思い出を語り合った。
 8月に入ると、京都全国高校総合体育大会兼全国高校選手権大会(全国総体)では、期待通りに山田が54kg級のスナッチ(S)・ジャーク(J)・トータル(T・215kg)で優勝し、小渕も70kg級のSで3位・Tで8位に入賞して、育英高は学校対抗で第6位となり、通算5回目の全国入賞を果した。さらに関東選手権大会(関東選手権)では、成年の部76kg級の高橋 仁(群馬総合ガード)が2位になり、少年の部では76kg級の小渕が優勝(225kg)し、91kg級の荒井が3位となった。また、全国中学生選手権大会(全中大会)に出場した宮崎善晴(高崎塚沢中学校)が50kg級で優勝(97.5kg)している。
 また、8月末にソウルで開催された日韓ユース大会(ソウル)には山田が出場し、54kg級で見事優勝(212.5g)した。なおこの大会には恩師の原 徹(育英高教員)がコーチとして参加している。その後の山田は、10月の大阪国民体育大会(国体)少年の部54kgでも健闘し、Sでは2位であったが、得意のJは128kgの日本高校新記録で1位となり、Tでも優勝(217.5kg)をした。
 11月の県高校選手権大会(県高校選手権)は利実高が2連覇し、8回目の優勝を飾った。また、全日本社会人選手権大会(全日本社会人)では原が59kg級で2位となり、.同時開催の全日本実業団選手権大会(全日本実業団)では、高橋が83kg級で2位に入賞した。毎回本県選手が多数参加する全日本マスターズ選手権大会(全日本マスターズ)では、今回も川島弘市(川島自転車)が54kg級B(130kg)で、根岸信夫(館林バーベルクラブ・館林BC)が83kg級A(155kg)でそれぞれ優勝した。
 一方大学連盟の大会(学連大会)では、中條(中央大)が全日本大学個人選手権大会(大学個人)並びに全日本大学対抗選手権大会(インカレ)の70kg級でいずれも2位になり、また全日本学生新人選手権大会(学生新人)の108kg級では村山(法政大進学)が優勝(280kg)している。以上この1年を通じては、特に山田の活躍は特筆され、9年度の上毛スポーツ賞と県高体連最優秀選手賞を受賞することとなった。

1998(平成10)年
 年明け1月の関東選抜で、まず山田政晴(育英高)がJで132.5kgの日本高校新記録を樹立して優勝(222.5kg)し、今大会の男子の最優秀選手となった。また深代和良(利実高)も77kg級で2位となった。さらに、3月の全日本ジュニアでは、山田は56kg級で3位に入賞し、先輩である中條桂良(中央大)が69kg級(267・5kg)で、村山厚史(法政大)も+105kg級(282.5kg)でともに連続優勝した。 またこの結果により、5月に開催された世界ジュニア選手権大会(ブルガリア・ソフィア)に山田(56kg級16位)と、昨年に続き中條(69kg級22位)が出場したが、2人の恩師である原 徹(育英高教員)もコーチとして参加した。
 同じく3月には、恒例の北関東選手権大会(北関東大会)を前橋育英高校で開催し、月末の全国選抜には本県から2名が選抜され、山田は階級を上げて62kg級で2位に入賞した。
 5月の県総体で育英高が3年ぶり20回目の優勝をし、6月の地域対抗は前橋チームが13回目の優勝をした。しかし関東高校は、階級を上げた山田の62kg級3位の外は、6名が下位入賞するに終わった。しかし、8月開催の香川全国総体では、県壮行会で全選手を代表して宣誓を行った山田が、期待通りに56kg級のS・J・T(215kg)で完全連続優勝を遂げる偉業を達成した。また鬼形昌通(育英高)も62kg級のTで8位に、深沢が77kg級のTで7位に入賞する健闘を示した。また、全中大会の53kg級でも宮崎善晴(塚沢中)が昨年に続いて優勝(115kg)した。
 8月末に東京都大田区で開催された日韓ユース大会には2年連続で山田が出場し、62kg級で2位となったが、この大会には日本選手団の団長として中川豊美(育英高校長)が、コーチとして原 徹が参加している。同時期の関東選手権では、成年の部で62kg級の原が3位、77kg級の高橋 仁(群馬総合ガード)が2位、少年の部では62kg級の山田が優勝(215kg)、69kg級の鬼形が優勝(217.5kg)、77kg級の深代が3位、+105kg級の縫島康太(藤岡北高)が3位となる奮闘を見せた。
 10月の神奈川国体では、成年の部の69kg級で中條がSで7位・Jで8位(147・5kg大学新記録)・Tで7位(267.5kg)になり、77kg級の高橋もTで8位(272.5kg)に、94kg級でも白石雅好(高崎クラブ)がSで6位に、Tで7位(297.5kg)に入賞した。少年の部でも山田が56kg級でS95kg(日本高校新記録)・J130kg・T225kg(日本高校新記録)を成功させ、完全優勝で国体2連覇を果たし、また鬼形も62kg級のSで8位・Jで5位・Tで5位に入賞した。
 11月になると、まず県高校選手権で利実高が3連覇して、9回目の優勝をした。次いで、全日本社会人で原が59kg級で優勝(232.5kg)し、全日本実業団でも、高橋が77kg級で2位に、白石(パーフェクトSP)が105kg級で3位に入賞した。
 なお、5月23・24日に地元の水上観光会館で開催のされた全日本マスターズに本県から15名の選手が参加し、根岸信夫(館林BC)が83kg級C(157.5kg)で優勝した外に、2位が6名、3位が3名という成果を収めた。
今年度も抜群の活躍を示した山田は、10年度の群馬読売スポーツ大賞最優秀賞・上毛スポーツ賞・県高体連最優秀選手賞等などの体育賞を独占することとなった。なお、この年、群馬県レスリング界のリーダーであり、県協会の第2代理事長でもあった正田文男顧問が逝去され、7月26日に告別式が行われた。ここに深く哀悼の意を表するものである

1999(平成11)年
 1月の関東選抜では、69kg級の鬼形雅通(育英高)が優勝(230kg)し、女子63kg級の吉野友紀子(育英高)が3位となった。
 3月の全日本ジュニアには山田政晴(育英高)が56kg級に出場し、Sで97.5kgの日本高校新記録、Jは130kgを挙げ、Tでも227.5gの日本高校新記録で初優勝した。この結果、日本体育大学に進学した山田が、7月の世界ジュニア選手権大会(アメリカ・サバンナ)に選抜され、56kg級で5位に入賞した。この大会にも原 徹(育英高教員)がコーチとして参加している。
年度が変わって4月に、中川豊美(育英高校長)が全国高体連ウエイト部会並びに関東ウエイト専門部会の部長に就任し、高校生の大会運営を推進する役目を担うことになった。
 5月初旬に千葉市で開催された世界大学選手権大会には、中條桂良(中央大)が選抜され、77kg級で4位に入賞した。、県内では藤岡工業高(藤工高)が県総体で16年ぶりに4回目の優勝を果した。
 6月の関東高校では下位入賞が3名のみとなり、8月の岩手全国総体でも、昨年に続き鬼形が69kg級のSで3位、Tで4位に入賞したのみという不振に終わった。また地域対抗は、高崎チームが3年ぶり3回目の優勝となった。
 8月に入り、関東選手権では成年の部77kg級の高橋 仁(群馬総合ガード)が3位に、少年の部69kg級の鬼形が2位に、77kg級の中山和也(利実高)が3位になり、女子の部69kg級の真下智恵美(利実高)も3位となった。なお月末には、日韓ユース大会(韓国・ソウル)の日本選手団長として全国部長の中川豊美(育英高校長)が参加している。
 10月の熊本国体においては、山田が成年の部の56kg級に出場し、得意のJで2位に、Tでも4位となり、白石雅好(高崎体育公園施設管理)もSで7位に入賞し、少年の部では孤軍奮闘の鬼形が69kg級でS・J・Tともに2位と健闘した。
11月には、まず県高校選手権で育英高が4年ぶりに15回目の優勝をし、全日本実業団では高橋が77kg級で3年連続して2位となった。なお、全日本マスターズでは、94kg級の阿久沢保(高崎市役所)が94kg級Gで優勝(220kg)し、学連大会では、大学個人で日体大の山田が62kg級で2位、法政大の村山が105kg級で2位となり、インカレでは山田が56kg級で2位、村山が105kg級で同じく2位となっている。
 最後に、この年も館林協会再編の中心となった岡住清館林協会長(2月24日告別式)と、高崎協会で広勝・善晴兄弟を育成した宮崎晴夫理事(7月16日逝去・7月19日告別式)の訃報があった。ここに深くご冥福を祈るものである。

2000(平成12)年
 1月の関東選抜ではまず、53kg級の犬飼博文(育英高)と56kg級の星野孝幸(育英高)が3位に入賞し、女子では58kg級の石井由紀(利実高)が2位に、69kg級の真下智恵美(利実高)が優勝(107.5kg)した。
 3月の全日本ジュニアでは、階級を上げ62kg級に出場した山田政晴(日体大)が優勝(257.5g)して、昨年に続き2階級を制覇した。年度始めの4月には、舟喜信生(藤工高教員)が全国高体連ウエイト部会の事務局長に就任し、中川部長との群馬コンビで高校の切り盛りすることとなった。また、これを契機とするように、舟喜が指導する藤工高は5月の県総体で連勝して5回目の優勝をし、11月の県高校選手権でも初優勝をして、藤工高の黄金時代のスタートを切った。
 6月の関東高校では、53kg級3位の犬飼の外6名が入賞し、学校対抗では育英高が4年ぶりに5位に入賞した。地域対抗は前橋Aチームが14回目の優勝となった。さらに世界大学選手権大会(カナダ・モントリオール)に村山厚史(法政大)が選抜され、105kg級で第7位に入賞している。昨年の7月より全国高校女子選手権大会(全国女子)が開催されるようになり、今年初めて本県から2名の選手が参加したが、入賞者は生まれなかった。さらに8月の岐阜全国総体でも、入賞者が7年ぶりに出なかった。
 しかし、関東選手権では成年の部62kg級の原 徹(育英高教員)が3位に、77kg級の高橋 仁(群馬総合ガード)が2位になり、少年の部53kg級の犬飼が3位に、69kg級の縫島佑介(藤工高)も3位に、女子の部58kg級の石井由紀(利実高)が3位、69kg級の真下智恵美(利実高)も2位となる活躍を見せた。さらに10月の富山国体でも、まず山田が56kg級のS・J・T(250kg)の全てで1位となり、成年の部でも完全優勝を成し遂げた。また105kg級の村山がJで8位に、少年の部でも85kg級の福岡 勉(育英高)がSで8位・Jで6位・Tで8位に入賞する健闘を示した。
 11月になると、韓国(全州)で開催されたインターナショナル・フレンドシップ大会に望月豊司(協会理事長)が審判として参加した。さらに全日本実業団に出場した高橋は、77kg級で3位に入賞して、4年連続のメダリストとなった。
また全日本マスターズは、56kg級Cの真下昇(館林BC)が優勝(107.5kg)し、学連大会の大学個人では、中央大の中條桂良が77kg級のJで165kgの日本大学新記録を樹立し、Tで2位に、法政大の村山も105kg級で2年連続2位となり、インカレでは日体大の山田が56kg級で初優勝(255kg)をしている。

2001(平成13)年
1月の関東選抜では、53kg級の犬飼博文(育英高)が2位に、62kg級の宮崎善晴(藤工高)が3位に、77kg級の江原千春(藤工高)2位に入賞し、女子58kg級の石井由紀(利実高)が2位、63kg級の清水彩矢(利実高)が3位、69kg級の真下智恵美(利実高)が2位に入賞する好スタートを切り、3月の全国選抜にも男女3名が選抜され、犬飼が53kg級で6位に、真下が75kg級で3位に入賞した。また3月上旬には、北関東大会を前橋育英高校で開催した。
5月の県総体は藤工高が3連勝して6回目の優勝を飾り、11月の県高校選手権でも連勝した。
6月の地域対抗は、前橋Aチームが15回目の優勝をした。
3月の最終予選会で優勝(240kg)した山田(日体大)は、5月に大阪で開催された東アジア競技大会に日本代表として出場した。結果は56kg級で4位入賞であったが、ジャークの2試技目に147.5kg、3試技に150kgを成功させ、トータルにおいても257・5kg及び260kgを記録して、4つの日本並びに大学新記録を樹立することが出来た。
6月の関東高校では、藤工高が62kg級の宮崎・77kg級の江原・+105kg級の山越正樹がいずれも3位となり、学校対抗で5位に入賞した。これは藤工高にとって20年振りとなる快挙であった。また、育英高も53kg級で犬飼が優勝(175kg)し、69kg級でも堤 阿錬が2位となって、昨年に次いで7位入賞となった。
7月の全国女子では、真下が75kg級で3位に入賞して、県内初のメダリストになった。
しかし8月の熊本全国総体では、53kg級の犬飼がTで5位に入賞したのみという、厳しい結果になった。
8月末の関東選手権は、成年の部では62kg級の原 徹(育英高教員)が3位に、77kg級の高橋 仁(群馬総合ガード)が2位に、105kg級の白石雅好(高崎体育公園管理)が3位になり、少年の部では53kg級の犬飼が2位に、56kg級の稲垣幸威(藤工高)が3位に、62kg級の宮崎が2位に、69kg級の堤が2位に、77kg級の江原が2位に、94kg級の倉品 一(利実高)が3位となり、団体で11年振りとなる2位に躍進した。また女子の部でも、利実高トリオの48kg級の田中恵美・58kg級の石井由紀・69kg級の真下がいずれも2位と健闘した。なお月末の日韓ユース大会(韓国・ソウル)には舟喜信生(藤岡工業高教員)が日本選手団長として参加している。
10月の宮城国体の成年の部では、山田が62kg級に階級を上げて出場し、Jで3位に、Tでも7位となり、中條桂良(自営)も69kg級のSで8位に入賞した。少年の部では53kg級の犬飼がJで5位に、62kg級の宮崎がSで8位になり、69kg級の堤がSで7位・Jで5位・Tで7位に入賞する健闘をみせた。
なお全日本マスターズでは、77kg級Cの高橋積雄(高崎ウエイト協会・180kg)と、85kg級Fの野村 正(館林BC・147.5kg)が優勝し、学連大会のインカレでは日体大の山田が56kg級で連続優勝(232.5kg)している。

2002(平成14)年
 年明け早々に、大河原初代会長の愛弟子として、県協会の発展のために献身的に尽力された第3代理事長の湯浅正太顧問が逝去(1月22日告別式)された。惜しんで余りある人材を失った県協会の悲しみを記し、謹んで惜別の心を捧げる。
 さて、久し振りに高校生の活躍が目立った年となった。まず1月の関東選抜では、69kg級の堤 阿錬(育英高)が優勝(235kg)し、94kg級の倉品 一(利実高)が3位に、105kg級の小林政幸(育英高)が2位に入賞し、女子では48kg級の田中恵美(利実高)が優勝(82.5kg)し、63kg級の清水彩矢(利実高)が3位に入賞した。そして3月の全国選抜には2名が選抜され、堤が69kg級で4位に、倉品が94kg級で6位に入賞した。
 5月の県総体は、育英高が4年ぶり21回目の優勝をし、さらに6月の関東高校では、69kg級の堤が優勝(245kg)、94kg級の倉品が2位となり、外に5名の選手が下位入賞する活躍を見せ、続く8月の茨城全国総体でも、5名のみの出場ではあったが、69kg級の堤がS2位・J3位・T3位に、倉沢が94kg級のTで4位に入賞する健闘を示した。なお、6月の地域対抗は前橋Aチームが16回目の優勝をした。
 8月の関東選手権では、成年の部77kg級の中條桂良(高崎紙工)が2位に、94kg級の深代和良(日体大)が3位になり、少年の部56kg級の斉藤祐希(前工高)が2位に、77kg級の堤が優勝(235kg)して、94kg級の倉品も2位となり、女子の部でも48kg級の阿部恵理子(利実高)が2位に、75kg級の真下智恵美(日体大進学)が優勝(145kg)する好成績をあげた。
 さて、5月には、この年一番の目標となるアジア大会の最終予選会を兼ねた全日本選手権大会(全日本)あり、山田政晴が56kg級で出場した。結果は惜しくも2位に終わったが、その記録(242.5kg)が評価され、10月の第14回アジア競技大会(韓国・釜山)の56kg級日本代表となった。本県では瀬山儀三郎・柴崎恒二・佐藤光正・原 徹に次ぐ5人目の出場者となり、大いに期待が賭けられたが、大会では初出場のプレッシャーもあり、8位入賞に留まった。また、同時期に開催された世界マスターズ競技大会(オーストラリア・メルボルン)に高橋積雄(高崎協会)が参加し、77kg級Eで2位に入賞した。
 そして、10月の高知国体では、成年の部の62kg級に出場した山田はSで7位・Jで6位・Tで7位に入賞し、少年の部では堤が69kg級のSで2位・Jで3位・Tで2位になり、倉品も94kg級でS・J・Tのいずれも4位に入賞した。
  11月に入り、県高校選手権では藤工高が3連覇を果たし、今年度をもって全日本社会人に吸収される全日本実業団では、77kg級の中條が優勝(280kg)して、有終の美を飾ることになった。また同時期開催の、わかふじ国体記念杯女子大会(国体記念女子)一般の部の75kg級で真下が初優勝(160kg)をした。
なお、全日本マスターズでは、77kg級Cの高橋積雄が連続優勝(175kg)し、学連大会の大学個人は、日体大の山田が62kg級で優勝(252.5kg)し、インカレでも56kg級で3連覇(232.5kg)をした。また同大会では日体大の深代も85kg級で3位となり、さらに学生新人では日体大の真下が75kg級で優勝(162.5kg)している。

2003(平成15)年
 今年も1月の関東選抜では69kg級の堀口康文(育英高)が3位になり、105kg級では田部井晋作(伊勢崎興陽高)が優勝(215kg)し、小林政幸(育英高)が3位に、+105kg級でも淺川充正(藤工高)が2位に、多田部岳秀(常磐高)も3位になり、女子も53kg級の田中恵美(利実高)が2位に、63kg級の大山恵理(育英高)が優勝(115kg)する順調な滑り出しとなった。
 3月には、全日本ジュニアに出場した真下智恵美(日体大)が75kg級で優勝(160kg)し、全国選抜も田中のみの参加であったが、女子53kg級で5位に入賞した。
 3月末に日本協会の役員改選があり、原時夫会長が監事に、望月豊司理事長が理事(マスターズ委員長)に就任し、出野前会長に次いで協会の要職を兼ねることになった。
 5月の県総体では藤工高が2年ぶりに7回目の優勝をし、余勢を買って県高校選手権でも4連覇を果した。
 6月になり、地域対抗では多野藤岡Aチームが11年ぶりに6回目の優勝をし、関東高校では、69kg級の堀口が2位、105kg級の田部井が優勝(225kg)、+105kg級の淺川が2位となり、外にも6名の選手が入賞した結果、学校対抗では藤工高が7位に、育英高が8位に入賞した。しかし、8月の長崎全国総体では3年ぶりで入賞者が零となった。
 8月末に、ぐんま武道館で開催した関東選手権では、成年の部62kg級の山田が優勝(237.5kg)し、少年の部では53kg級の中村照彦(利実高)・69kg級の堀口・105kg級の田部井・+105kg級の淺川がいずれも2位となり、団体でも3位を確保獲得した。女子の部でも53kg級の田中が優勝(112.5kg)し、63kg級の大山と69kg級の林亜衣(利実高)が3位、75kg級の真下も優勝(157.5kg)した。また同時期開催となった全中大会でも、48kg級で出場した利根川由樹(前橋東中学校)が6位に入賞し、大会運営は成功裏に終了することが出来た。
 9月の世界マスターズ競技大会(アメリカ・サバンナ)に、昨年に続いて参加した高橋積雄(高崎協会)が85kg級Fで優勝(165kg)した。増量の苦しみを味わった後の優勝で、思い出に残る快挙となった。
 6月の全日本選手権の56kg級に出場した山田政晴(長沢林業)は、体重差により再び2位に甘んじた。しかし上位入賞者の記録を比較した結果、幸いにも11月にカナダのバンクーバーで開催される第73回世界選手権大会の出場権をを獲得した。本大会にはこれまでに本県からは岩崎賢二が2回・原 徹が3回出場しており、山田が3人目となった。特に、今回は来年のオリンピックの前哨戦とも言うべき大会であり、その結果に期するところが大であったが、得意のジャークで失敗し記録なしに終わった。
 10月の静岡国体では、成年の部には世界大会の直前のために62kg級に出場した山田が、Sで6位に・Jで3位に・Tで4位に、69kg級の堤 阿練(拓殖大に進学)がTで8位に入賞し、少年の部では69kg級で堀口がJで6位に・Tで7位に、宮下貴志(藤工高)がSで6位に・Jで8位に・Tで7位に入賞した。
 11月には、まごころ国体記念女子の一般の部75kg級に出場した真下が3位に入賞した。なお、全日本マスターズでは、77kg級Bの高橋積雄(高崎ウエイト協会)が3連覇(170kg)を飾っている。

2004(平成16)年
 いよいよオリンピック・イヤーの幕開けとなった。
 まず3月の全日本ジュニアで、75kg級に出場した真下智恵美(日本体育大)が初優勝(165kg)をした。成長著しい真下は、4月の全日本女子学生選手権大会でも75kg級で2位となり、5月の全日本女子選手権大会(全日本女子)でも同階級で2位に、11月の晴れの国国体女子一般の部75kg級では2度目の優勝(180kg)を飾っている。
 同じく3月の全国選抜には男女3名が出場し、105kg級で出場した宮下貴志(藤工高)が、得意のスナッチで差をつけ、本県としては8年振りとなる優勝(250kg)を遂げた。さらに淺川充正(藤工高)が+105kg級で4位に、大山も女子63kg級で4位に入賞した。なお3月上旬に、北関東大会を前橋育英高校で開催ている。
 4月には、長屋清臣副会長と長坂清美参与が県協会の顧問に就任した。
 5月の県総体では、綜合開会式で選手宣誓を行った宮下を擁する藤工高が、8回目の優勝をしたが、11月の県高校選手権でも県内初の5連勝を飾った。 次いで6月の関東高校でも、105kg級の宮下が優勝(257.5kg)し、+105kg級の淺川も2位となり、学校対抗でも同校初の4位に入賞した。さらに8月の島根全国総体では、優勝を期待された105kg級の宮下が、膝の怪我による体調不良のなか、得意のSで1位となったがJが伸びず、惜しくもTで2位となった。しかし、+105kg級の淺川が頑張り、Tで5位に入賞して、学校対抗でも初の8位入賞となった。これで本県の全国入賞校は、利農(利実)高・育英高・前工高に次いで4校目となったが、本県としても7年振りの団体入賞であった。
 この間に、6月の地域対抗では、多野藤岡チームが連勝して7回目の優勝となり、7月の全国高校女子では、大山恵理(育英高)が63kg級で2位に入賞した。
さて、オリンピック出場を悲願とする山田政晴(群馬県綜合ガードシステム)は、最終予選会となる5月の全日本選手権の56kg級でついに初優勝(255kg)を飾り、その目標を達成することになった。こうして県内外の期待を一身に担った山田は、8月には古代大会の発祥の地であるギリシアおいて開催された第28回アテネオリンピック大会に参加することになった。しかし、大会の雰囲気に飲まれたのか、1種目目のスナッチで失格し、得意のジャークを披露しないうちに夢ははかなく消え去った。
 8月の関東選手権では、成年の部56kg級の松田満(コカコーライーストジャパン)が3位に、77kg級の堤 阿錬(拓殖大)が2位に、85kg級の中條桂良(高崎紙工)が2位に入賞。少年の部でも、77kg級の新井将登(藤工高)が3位に、85kg級の片平悠介(育英高)も3位に、+105kg級の淺川が2位となり、団体で3位となった。女子の部でも63kg級の大山と、69kg級の林亜衣(利実高)が2位になり、75kg級の真下が3連勝(160kg)を成し遂げた。
 8月末に開催された日韓中ジュニア交流競技会(中国・長春)には宮下が出場したが、膝の悪化により105kg級で4位であった。なおこの大会には恩師の舟喜信生(藤岡工業高教員)が日本選手団長として参加したが、9月のインターナショナル・フレンドシップ大会(中国・開化)でも原 時夫会長が日本選手団長として参加している。
 10月の埼玉国体の成年の部で、再起を図る山田が56kg級のSで4位に・Jで1位となり、Tでも2位(247.5kg)となって復調の兆しを見せた。また中條桂良(高崎紙工)が77kg級のSで6位に・Jで4位に・Tで5位になり、白石雅好(高崎体育公園施設管理)も105kg級のSで6位に入賞した。少年の部でも53kg級の中村照彦(利実高)がSで7位に、+105kg級の淺川がSで7位に・Jで5位に・Tでも4位に入賞した。
 11月の全日本社会人には、本県選手が「赤城チーム」として登録出場し、山田が62kg級で2位に、中條が77kg級で3位となり、地域スポーツクラブ部門で5位に入賞した。なお、全日本マスターズでは、56kg級Eの山田和広(トーワ)が優勝(152.5kg)している。

2005(平成17)年
 1月1日よりIWFのルールが一部改正され、重量増加が2.5kg単位から1kg単位に変更された。これによって競技の駆け引きが多様化して、これまで以上に順位決定に影響を与えることになり、結果的に競技会としての魅力が高まることを狙った改正であった.。
 1月の関東選抜では85kg級の片平悠介(育英高)が2位になり、女子では53kg級の新野枝美果(育英高)が優勝(115kg)し、69kg級の石関結理(共愛学園高・共愛高)が2位に、+75kg級の須藤彩子(利実高)が優勝(107.5kg)した。
 3月の全日本ジュニアでは大山恵理(育英高)が63kg級で2位に入賞した。
 今年度より日本協会の役員選出方法が改正され、3月末の日本協会の総会で原 時夫会長が監事に再選され、中川豊美副会長が理事(審判委員長)に、望月豊司理事長が正会員となった。また、中川が育英高を退職したことにより、新たに全国高体連ウエイト部長に飯野洋一(藤工高校長)が、関東高体連ウエイト専門部長に小茂田恵三(育英高校長)が推挙された。またこれに合わせて、両部長は県協会の顧問に就任した。
 5月の全日本選手権には山田政晴(群馬綜合ガード)が56kg級に出場して2位となり、県総体では藤工高が3連覇して9回の優勝となり、11月の高県校選手権でも6連覇を果たした。
 6月の地域対抗は前橋チームが3年ぶり17回目の優勝をした。また、同月には前橋育英高校で関東高校が開催されたが、85kg級の片平が2位に、105kg級の高野隆二(利実高)が3位に入賞したのみとなり、8月の千葉全国総体でも、片平が85kg級のTで5位に入賞したに留まり、寂しい結果となった。
 8月に入り、関東選手権では、成年の部で62kg級の山田が優勝(252kg)し、少年の部では85kg級の片平が優勝(230kg)して、105kg級の高野が3位となり、女子の部でも58kg級の新野が3位に、69kg級の石関が優勝(130kg)し、75kg級の真下智恵美(日体大)は4連勝(178kg)を達成した。なお、8月末に札幌で開催された日韓中ジュニア交流競技会に、舟喜信生(藤岡工業高教員)が昨年に引き続き日本選手団長として参加した。さらに、10月末から11月にかけて行われた東アジア競技大会(中国・マカオ)に、中川豊美副会長が審判として参加している。
 10月の岡山国体では、成年の部56kg級の山田がS・J・T(247.5kg)で、本人自身3度目となる完全優勝を成し遂げた。また、中條桂良(高崎紙工)も77kg級のJで4位に・Tで6位に入賞し、少年の部の85kg級では片平がSで6位に・Jで4位に・Tで5位に入賞し、一人面目を保った。
 11月の全日本社会人では中條が77kg級で連続3位となり、また赤城チームが地域スポーツ部門で6位に入賞した。同時開催ののじぎく国体記念女子一般の部75kg級では、真下が3度目の優勝(186kg)を飾った。そして、12月.10・11日にインターナショナル・フレンドシップ大会をぐんま武道館で主管開催することになった。本県は1993(平成5)年の記念すべき第1回大会を開催(水上観光会館)しており、今回が2度目のイベントとなった。さらに日本選手の代表に地元の山田と真下が選抜され、役員として原 時夫会長が日本選手団長に、宇敷益夫(利根実業高教員)が女子のコーチ、原 徹(育英教員)が男子のコーチに指名された。また、県協会の多くの役員や選手が競技役員・補助員として大会運営に協力をし、大成功のうちに無事終了することが出来た。なお競技会は中国が圧勝したが、山田が56kg級で2位に、真下が75kg級で3位になる活躍をを見せた。
 最後に、全日本マスターズでは、56kg級Eの山田和広(トーワ)が連続優勝(152.5kg)し、根岸信夫(館林BC)も77kg級で優勝(1123kg・通算で6回目)し、阿久沢保(高崎市役所)が105kgFで優勝(196kg)している。また学連大会のインカレ女子で、日体大の真下が69kg級で優勝(179kg)し、また学生新人では、早稲田大へ進学した大山恵理が63kg級で同じく優勝(140kg)している。

2006(平成18)年
 県協会創立60周年に当たる年となった。まず1月の関東選抜では85kg級の小口和也(藤工高)が3位に、+105kg級の鈴木匠平(利実高)が2位に、女子では58kg級の新野枝美果(育英高・129kg)、69kg級の石関結理(共愛高・139kg)、+75kg級の須藤彩子(利実高・138kg)の出場選手が全員優勝し、シンクレア方式で新野が女子の最優秀選手に選ばれた。そして、3月の全国選抜には女子2名が出場し、58kg級の新野が6位、石関が69kg級で2位に入賞した。なお、茨城県が全国選抜を開催したことにより、茨城県での北関東大会の実施が日程的に不可能となり、今回は中止となった。
4月から、高木政夫副会長が前橋市長に就任したことによる公務多忙のため、今年度から名誉顧問として協会に携わることになった。
 5月の県総体は藤工高が4連覇し、通算10回目という節目の優勝をし、6月の地域対抗では前橋が18回目の優勝をした。
今年度も高校男子が不振で、6月の関東高校では+105kg級の鈴木が2位になった外は、5名が下位入賞に留まり、8月の大阪全国総体でも、鈴木が;105kg級のTで7位に入賞し、辛うじて面目を保った。
そんな中で再びオリンピックを狙う山田政晴(群馬綜合ガード)は6月の全日本選手権の56kg級で2度目の優勝(258kg)を遂げ、さらに得意のジャークでは5年振りとなる151kgの日本新記録を樹立して、2度目の世界選手権大会への出場権を獲得した。また同時開催の全日本女子でも真下智恵美(自営)が75kg級で3位に入賞した。
 7月の全国高校女子大会では、石関が69kg級で3位に入賞し、8月の関東選手権では、成年の部62kg級の原 徹(育英高教員)と中條桂良(トラウムスポーツ)が3位に、少年の部では+105kg級の鈴木が2位となり、女子の部でも58kg級の新野が3位に、63kg級の大山恵理(早大)が2位に、69kg級の石関が2連覇(150kg)、75kg級の真下は5連勝(180kg)し、+75kg級の須藤も2位に入賞するなど、女子選手の活躍が目立った大会となった。
 10月に入ると、カリブ海のドミニカ(サント・ドミンゴ)で開催された第76回世界選手権大会に山田が出場した。今大会は2008年北京オリンピック大会の国別出場枠を決定するための第1次予選を兼ねることになり、個々の選手の順位が大変重要になった。そんな条件の中で、山田は56kg級でスナッチとジャークの6回の試技を全て成功させる、いわゆるパーフェクト・ゲームを達成し、日本選手団最高の12位となり、貴重な得点を稼いだ。
 10月の兵庫国体は、山田が世界大会出場のために成年の戦力がダウンし、少年の部も鈴木が105kg級のS・J・Tでともに6位に入賞して、唯一の得点を稼いだのみとなり、この10年で最悪の結果となった。しかし、鈴木はまだ2年生であり、今後の成長に期待が賭けられるが、その鈴木を軸にした利実高がその後着実に力をつけ、11月の県高校選手権では常勝の藤工高を接戦の末に破り、8年ぶり10回目の優勝を遂げた。
 11月の全日本社会人では、今大会より得点方式が変更(各階級の15位までを得点対象とする)したことにより、山田の62kg級3位をはじめ参加者全員が得点を獲得したために、赤城チームは地域スポーツ部門で5位になり、総合でも初めて7位に入賞した。また、同時開催のわかすぎ国体記念女子の一般の部75kg級で真下(川場小学校教員)が2位になり、高校の部の69kg級で石関が初優勝(156kg)をした。
 また全日本マスターズでは94kg級Eの利根川博(前橋協会)が初優勝(197kg)を飾った。
 最後になったが、往年の国体選手であり、近年はマスターズの選手として全日本で本県最高の6回の優勝を誇った根岸信夫県協会顧問が逝去(5月27日告別式)された。謹んで哀悼の意を表したい。

2007(平成19)年
 1月の関東選抜は地元前橋育英高校を会場として開催された。結果は53kg級で金沢高太(藤工高)が3位に入賞し、鈴木が+105kg級で優勝(250kg)。女子は58kg級の根岸茜(利実高)が3位に入賞して、何とか面目を保った。
3月には、今回から金沢開催が決定した全国選抜に唯一出場した鈴木が、+105kg級で2位に入賞した。自己新記録での入賞で,今後の活躍が一層高まった。

 終わりに(展望をかねて)
 この10年を振り返ってみると、まさに山田政晴の時代であった感がする。高校三冠・日本高校新記録、インカレ3連覇・ジュニア日本並びに大学新記録、日本チャンピオン・日本新記録、アジア大会・世界選手権大会・オリンピック大会出場と、全ての選手が夢見ることを、実現させてきたのである。しかし、山田の夢はまだ完成はしていない。それはオリンピックでメダルを獲ることである。それは、これから2年後の北京大会に懸っている。そしてそれは、わが協会の夢の実現でもある。
高校生選手が急速に減少した10年でもあった。伝統校の前工高や、好選手を育成した藤岡北高に次いで、まさに黄金時代を築いて来た育英高も、部員不足による存続が危ぶまれるようになった。今後は、何はともあれ部員獲得のために、協会が一丸となって奔走することが急務であろう。
 最後に、近年協会の役員構成が高年齢化し、従って役職につく会員が固定化しつつある状況あることである。そこで今後は、高校卒業後の選手経験者を会員として確保する方策を講ずる必要がある。選手を継続する者は当然協会に係わってくるが、問題は、卒業と同時に選手を辞めてしまう若者に対して、今後は協会の会員(役員)として残るように、まず母校の顧問や先輩、さらには協会の役員が説得に当たることである。そのためには、県内の競技会や総会の日程を通知し、出来る限り応援や参加を促すことや、審判員の資格を取得してもらい、実際に審判員としての経験を積むこと等によって、協会の役員としての自覚のもとに、協力してもらえるような体制を、出来るだけ早急に講じなければならないと痛感した10年であった。
 協会創立後の周年が、今後とも70・80・90・100周年と益々発展継続することを願って、この10年史を終える。

 

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