2026年7月 アーカイブ

2026年7月26日

「日蓮が弟子等は臆病にては叶うべからず」

 日蓮大聖人の六十一年にわたる御生涯を拝する時、そこに何ものをも恐れない偉大な勇猛心が貫かれていることを拝察することができる。三十二歳にして比叡山延暦寺等での遊学から故郷に帰られた時、大聖人は既に「阿闍梨」の資格を持つ高僧であった。そのまま故郷で過ごされたならば、人々から最高水準の学問をおさめた存在として尊敬され、安穏無事の人生が約束されたであろう。しかし、大聖人はその人生を選ばず、諸宗の謗法を破折して三大秘法の大法を弘通するという未聞の道を選ばれたのである。はたして立宗のその日から地頭の迫害を被り、清澄寺から退出せざるを得ない苦難が起きた。
 また大聖人が「立正安国論」をもって時の最高権力者・北条時頼を諫暁されたことは、日本仏教史において前代未聞の出来事であった。言論の自由などという観念が存在しない当時、後継の天皇をも実質的に決定できるほどの権力を握る時頼を正面から諫暁することは、場合によっては命の危険にも直結する。実際に安国論提出後まもなく、松葉ヶ谷の法難によって念仏者から命を狙われ、翌年には伊豆流罪という国家権力による迫害が生じたことは周知の通りである。
 その後、大聖人は小松原の法難から竜の口の法難、佐渡流罪という大難の連続の御生涯を歩まれたが、何故に大聖人はこれほどの大難を忍ばれたのか。それについて日寛上人は「外に大難を忍ぶは、内に慈悲の勝れたる故なり」(「開目抄愚記上」『日寛上人文段集』124頁)と述べられている。日蓮大聖人が命にも及ぶ多くの大難を忍ばれたのは末法万年の人類を救おうとされる大慈悲の故であると言われているのである。
 そして大聖人はご自身と同様の、難を恐れない勇気を門下にも求められた。「日蓮が弟子等は臆病にては叶うべからず」(教行証御書、新版1675頁)、「各々我が弟子となのらん人々は、一人もおくしおもわるべからず。おやをおもい、めこをおもい、所領をかえりみることなかれ(中略)仏の御使いとなのりながらおくせんは、無下の人々なりと申しふくめぬ」(種々御振舞御書、新版1227頁)。大聖人ご在世当時、門下が退転していったのも悪口罵詈や権力からの迫害を恐れる臆病心の故であった。
 日蓮大聖人のようなお振る舞いは御本仏であるからなし得たことであって、我々などが到底できるものではない、と考えたのでは「師匠は師匠、弟子は弟子」となってしまい、師弟不二にならない。かつて池田先生は「信心とは言い換えれば勇気である」と繰り返し指導された。「日蓮と同意ならば地涌の菩薩たらんか」(諸法実相抄、新版1791頁)と仰せのように、大聖人の万分の一であっても、大聖人と同じ「師子王のごとくなる心」(佐渡御書、新版1286頁)をもって前進していきたい。
 

2026年7月11日

「竜の口の法難」の意義づけが身延派と同一

 日蓮大聖人を釈尊の使いとする『創価学会教学要綱』の教義が多くの点で身延派の教義と一致していることは既に多くの人が指摘しているが、とりわけ酷いのは「竜の口の法難」の意義づけである。
 これまで創価学会では「竜の口の法難」において日蓮大聖人が「内証に永遠の妙法と一体となった自在の御境地である久遠元初の『自受用報身如来』の本地を顕されました」(池田大作「『開目抄』講義」『池田大作全集』第34巻21頁)と説明してきた。しかし『教学要綱』は「上行菩薩の使命の自覚」という見出しを立てた上で、「竜の口の法難」によって大聖人が「上行菩薩としての役割を果たす立場」に立ったと説明し(同書43頁)、「上行菩薩の働きを行う者であるという自覚を表明された」(同書45頁)とする。しかし、これでは大聖人が竜の口の法難以前は上行菩薩であるとの自覚もないのに南無妙法蓮華経を弘通してきたことになってしまう。
 この『教学要綱』の説明は、実は身延派日蓮宗の説明と同一である。身延派の正式な教義書である『宗義大綱読本』(日蓮宗勧学院監修)では「遠流と刀杖等の諸難の連続を体験された聖人は、法華経に予言された地涌上行の自覚を確立された」(同書8頁)と述べている。
 このような身延派と同一の教義を信じていたならば、どのように唱題に励んでも功徳はない。日蓮大聖人は「生死一大事血脈抄」に「信心の血脈なくんば、法華経を持つとも無益なり」(新版御書1777頁)と言われている。「信心の血脈」とは日蓮・日興に伝わる正しい教義である。法主信仰を奉持する日蓮正宗や釈迦を本仏とする身延派のように、信ずる教義が誤っていたならば、たとえ本尊は正しくても功徳が生ずることはないとの御指南である。
「御本尊と題目があれば教義はどうでもよい」などという暴論を吐く人がいる。とんでもない誤りである。信ずる教義が狂っていたならば「日蓮を用いぬるとも、あしくうやまわば国亡ぶべし」(「種々御振舞御書」新版1239頁)と仰せのように、功徳どころか大罰を被ることになる。教義の正邪を厳しく峻別しなければならない。

2026年7月8日

「認識せずして評価するなかれ」の名言

「認識せずして評価するなかれ」とは牧口常三郎先生が繰り返し強調された名言である。先生はどのような権威にも盲従せず、風評に左右されず、自らの目で対象をきちんと認識し、自身の体験と思索によって画期的な『人生地理学』『創価教育学体系』等を生み出された。
 牧口先生といえば、仏教学の泰斗・中村元博士も先生を極めて高く評価されていた。私は博士の講演を直接聴いたことがある。その時、中村博士は、明治以降の日本の学者が概して欧米の学問の紹介・祖述に終始していた中で、牧口先生が西欧の学説を鵜呑みにせず、それを正しく認識し評価した上で自分自身の学説を確立したことを絶賛されていた。要するに権威になびかず、あくまでも自分の頭で考えぬいたところに牧口先生の偉大さがあるというのである。
 何事も自分の目で確認し、認識した上で評価を下していく自立した態度が大切であることを牧口先生は教えられたわけだが、ともすると自分で確かめてもいないのに、先入観やイメージだけで安易に判断してしまいがちである。
 自分のことで恐縮だが、『創価学会教学要綱』の問題点について2025年1月に「『創価学会教学要綱』と日蓮本仏論の考察」という小著を上梓した。ここで取り上げているのは日蓮仏法の根本教義の問題なので、是非とも『教学要綱』と拙著がそれぞれどのようなことを述べているのか、自分の目でしっかりと確認し、自分の頭で認識した上で評価の判断を下してほしい。内容を認識せずに、ただ「本部が出したものを批判するのはよくない」と簡単に決めつける態度は牧口先生の教えに違背していると思う。

2026年7月5日

組織信仰は法主信仰と同じ

『創価学会教学要綱』が従来の教義を改変して多くの点で身延派日蓮宗の教義と同じになっていることを指摘すると、多くの学会員は「何がどうであれ創価学会がやっていることは正しい」「難しいことは分からないので、学会本部についていくしかない」という反応を示す。しかし、それでは創価学会という教団を絶対視して、教団組織そのものを信仰の対象にしている「組織信仰」になる。それは大石寺の法主を絶対視して「以前の教義から変更されていても、その時の法主に従っていくことが正しい信心である」と主張する日蓮正宗信徒の「法主信仰」と同じである。
 しかし「法に依って人に依らざれ(依法不依人)」が仏教の鉄則であり、仏法の教え(法)よりも教団や法主などの人を基準にすることは根本的な誤りであることは言うまでもない。それ故に日興上人は「日興遺誡置文」で「時の貫首たりといえども、仏法に相違して己義を構えば、これを用いるべからざること」(新版御書2196頁)と、仏法に違反して我見の邪義を構える法主が出たならば、その者を用いてはならないと厳戒されたのである。教団の正式決定であろうと法主の指南であろうと、仏法に照らして疑義があるならば、それを糺していかなければならない。教団の決定に対する批判は一切許さない、学会を批判すること自体が悪であり、破和合僧であるというのであれば、そのような態度そのものが言論の自由の否定であり、現代社会では容認されない。それは社会通念に反する狂信となり、創価学会そのものを常軌を逸した異常団体にさせることになるだろう。
 やはり「おかしい」と思うことがあれば「これはおかしいんじゃないですか、どうなんですか」と率直に何でも質問できる団体でなければならない。会員にとっては心から納得して信仰に励めることが大事である。「会員は黙って会に従え」「異を唱える者は全て抑圧し排除する」という権威的な在り方では会員の力は出ないし、衰退が加速するだけである。社会からも相手にされなくなる。創価学会は今こそ「発迹顕本」し、蘇生の道を歩まなければならないと思う。 

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