2016年3月 アーカイブ
2016年3月24日 21時39分56秒 (Thu)
「トヤ」って、なんだ?

我が家には柴犬のほか、娘が文鳥(桜文鳥とシルバーイノ文鳥のペア)を飼っており、この子たちも家族の一員です。小鳥を飼ったことのある方ならご存知のことと思いますが、この時期、犬も鳥も毛のはえかわりの時期で、どちらも非常にみずぼらしい格好になってしまいます。まあ、自らの体毛が外気との温度コントロールをしているごく普通の生き物ですから、仕方がありません。犬ならばこの時期は家の中へ入れてもらえずに屋外の「犬小屋生活」で我慢してもらっているところですが、さすがに小鳥を屋外で飼うなんてことはできないので、部屋の中にはいつのまにか文鳥の抜け落ちた羽が散らばっていることになっております。しかし、我が家には、いる先々で食べこぼしたり汚しまわる大魔神小僧が活躍していますから、小鳥の抜け落ちた羽などは部屋のゴミ掃除理由の「誤差範囲」、取るに足らない十分許容できるコトとなっている実情が、我が家の深刻な問題です。
鳥の羽の生え変わることを「とや」というのだと、はじめて家内から聞いた時、頭の中で漢字変換できずに「トヤ?ってなんだ?」と思いました。調べると「鳥屋に就く」という言葉があり、羽の生え変わりの時期には鳥も神経質になって鳥小屋にこもりっきりになるらしいことが書かれておりました。我が家の文鳥は普段はどちらもきれいな羽をまとった人慣れして手乗りで遊んでくれるペアなのですが、羽が生えそろうまでは、しばしボロをまとった白雪姫のごとくナイーブな時を過ごしているのでしょう。以前は私の手や頭にでさえ飛んできて留まってくれていたのに、現在では世話している娘の手にしか安心して乗ってきてはくれないのです。
文鳥の鳥屋に触発され、そういえば、鳥の羽の生え変わりということを南極でしばしば目にしたなあ、ということを思い出し、南極四季折々のページにペンギンたちの羽の生え代わりにまつわる雑感を写真とともに掲載してみました。
2016年3月18日 10時26分00秒 (Fri)
新ページ、はじめました
うつろう季節到来、ということもあり、南極で感じた「なんとなく季節感」ある話をつづっていこうかなと、突如思いつき、「南極 四季折々 萬話(よろず ばなし)」というものを始めてみようと、スタートさせました。

北極観測日誌は、バレンツ海航海日誌は完了、次は「20代?最後の時代にスバルバール諸島に大学院生を引き連れて悪戦苦闘したときの記録」でも紐解いてみようかな?とも思ってます。

北極観測日誌は、バレンツ海航海日誌は完了、次は「20代?最後の時代にスバルバール諸島に大学院生を引き連れて悪戦苦闘したときの記録」でも紐解いてみようかな?とも思ってます。
2016年3月9日 16時13分11秒 (Wed)
ついでの仕事?
先月に、「南極OB会」なるところから、メールマガジンの一コマ、「南極・北極最前線」というタイトルのコーナーへの原稿依頼があって、現在自分が研究している分野「南極湖沼研究」を紹介する機会をいただきました。かなりお気軽に「つい昨シーズン、スペインと共同観測で南極半島部の湖を見て「びっくりぽん」だったから、その辺の見聞録でもかきましょうかね?」と安請け合いしたのでした。その後、しばらく業務に埋もれて手を付けずにいたのですが、締め切りが今月半ばだったので、「さて、書きましょうかね。みんなどんなこと書いているのかな?」と、これまでそのコーナーへ書いていた人たちの記事を読んでみて、襟を正す羽目になってしまいました。みな、自己の研究分野の最近の話題とそれらに対する取り組みなどを、きわめて真面目なトーンで紹介していたのでした。
これでは、雪解け後に土の上に残った浪の華の化石、もしくはメレンゲの親玉のようなものは、実は、昭和基地の周辺では見ることのないミナミゾウアザラシの鼻汁だから、食べないほうが無難であるとか、ナンキョクオットセイは短気で足が想像よりかなり速いので、機嫌が悪い時には半径15m以内に近づいたら逃げ切れないかもしらんとか、大きめのトコブシぐらいのサイズの美味そうなカサガイの貝殻が波打ち際ゴロゴロあるところをみると、ちょっと沖合の岩場でゴッソリ採集できるかも、とか、読む人によっては貴重な情報を満載しようという趣旨の記事を書いてしまうと、完全にこれまでの流れを大きく変更させてしまうばかりか、当方の人格も疑われかねず、もしかしてOB会から除名されてしまうかもしれない、と危惧したのでした。
そこで、不本意ではありますが、そのコーナーのこれまでの流れと品位を乱さない程度の「南極湖沼研究の紹介」を書いてみようと、最近出版された専門書を紐解いて、これをベースに書き上げる努力をしてみたのです。書いたのがこの私ですから、前の人たちの記事より劣るのは仕方ありませんが、それがために南極の湖の研究の価値が低下してしまうことだけは回避できたんじゃないかと切望するところです。
せっかく時間をかけて書き上げたものでもあるし、自分が著者だし、写真なんかも載せるし、同じようなネット空間での紹介記事だし、一足先に自分のHPに乗せちまって批評を受けるのも悪くなかろう、なんて思いついて、「ちょっと研究」というページを作って発作的に掲載してみたのでした(3月9日)。
2016年3月7日 10時06分22秒 (Mon)
伝承するコト、されるコト
週末、秋田から母が上京してきてくれました。家へ到着して荷物を置く間もなく、我が手ではゆき届かなかった掃除片づけ家事一般を次々とこなし、「春の嵐」のごとく秋田へと北上したのでした。目覚めてから就寝するまでの間、椅子に座っていることなどなかったぐらい、とにかく動き続ける姿を目の当たりにし、自分がこの年になっても、まだまだ母親の域には達することができていない未熟者だということを、心底実感したのでした。趣味の欄に「料理」などとプロフィールに書いてしまっている私、ご飯作りはそれほど手抜きをしてきたつもりではありませんが、同じ材料、同じ道具を用いて母がつくった夕食に、我が息子が七杯ご飯をおかわりしたことが如実に実力の違いを物語るのでした。
親というのは、はるか年の離れた存在だと認識し、暮らしてきたのですが、よくよく考えてみると、母と私の年齢差は20歳余り。自分と娘の年齢差が30歳ぐらいで、息子となると40歳以上離れていますから、むしろ、母とは自分の子供たちよりも近い年齢だという「当たり前のこと」に、今更ながら思い当りました。年齢差というものは決して追い越すことのできないものですが、果たしてこの先、20年たったら、私自身が彼女の領域まで人間としての完成度を高めることができるのでしょうか?まだまだ修行し、向上させるべきことがたくさんあるなあ、と気づかされたのでした。自分もそんな、いつまでも「子供の規範・目標」になれる部分があるように「日々向上」を念仏のように唱え、暮らし生き続けなければならないなあ、と。
我が息子、小学一年生だから仕方のないことかもしれません。自己中心、親の言うことを聞かない、あまのじゃくである、など、今後、向上していかなければニンゲンとして成り立たない「伸びシロ」が山ほどあるオトコです。とりわけ、現在、彼に対し私が一番心配していることが「モノを大事にする意識がない」ことです。彼には自分の親の年齢に達するまでの時間が、私が親の年齢になるまでの2倍もあるのですから、現時点であまりにもニンゲン的に完成度が高いと「親の立つ瀬」がなくなってしまうのは、イカガナモノカ?そんな思いやりの末、ダメな子供にとどまってくれているのかもしれません。が、それは思い過ごしでしょう。
彼がモノを大事にしないさまは、腕白でタクマシイ男の子だからということで、「仕方ないなあ」と片づけてはいけないレベルなのです。次から次へと彼の周りのモノすべてが破壊されます。必要以上には買い与えない妻の厳しい方針にもかかわらず、誕生日などでもらった自分のおもちゃはもちろん、学校で使う本、教材や道具に至るまで破損してないものはない、のでした。自宅で開いている姿を見たことのない彼の教科書ですら、10年間繰り返し繰り返しページをめくって勉強したようなボロボロさです。彼が近所の公園で遊んできたあとは、彼の野球のバットやら上着やらが、必ずと言っていいほど、公園や道路わき、そこらへんに放置されています。放置されている証拠物品を拾いたどれば、彼の外遊び範囲が特定できるぐらいですから、職業として泥棒には向いていない子だと安心できそうです。が、外遊びのたび、上着も一着ずつ無くなるのでは、投資家にも向いていないようにも思えます。極めつけは放り投げたり、放置したり、想像をはるかに超える大胆な取り扱いで、これからまだ5年使ってもらわなければいけないランドセルの留め金のリベットが飛んで、ふたができない状態になってしまったことでした。会釈をすると教科書がなだれ落ちる、どこかのコマーシャルであった状態になってしまっているのです。現在の「モノ」が容易に手に入る時代がいけないのかもしれませんし、おもちゃ等は信じがたいぐらい安価で粗悪なものまであふれかえっているのがイケナイのかもしれません。我が育った時代は今の時代のようにはモノがなかった、だから、遊び道具等は自作したり、修理したりして使うのがあたりまえで楽しかった、そうしてモノを大事にする心が自然と養われてきた気もします。
当然、ランドセルの修理をしながら、息子に「モノは大事にしなきゃ、いかんのだぞ!大事にできないヤツはロクなオトナにならんのだから、な!」と言い聞かました。ですが、彼の意識の中に、私の言葉が行き届いた気配は全くありません。「どうしたらいいのかねえ?」と、その場にいた母に言ったとたん、笑いながら、「ランドセルを忘れてる、と、学校から連絡がきて、取りに行かされたねえ」と告げられたのでした。聞いていた家内も爆笑です。どうやら、モノを置き去りにしたり、乱雑に扱うのは我が方面から伝承されたことのようなのです。
うーむ、そんなことが我が幼少時代にあったとは…。
北極観測日誌の続編をアップしました。南極に関しては準備が整い次第、新ページにて連載して行こうと思ってます。今しばらくお待ちください。
親というのは、はるか年の離れた存在だと認識し、暮らしてきたのですが、よくよく考えてみると、母と私の年齢差は20歳余り。自分と娘の年齢差が30歳ぐらいで、息子となると40歳以上離れていますから、むしろ、母とは自分の子供たちよりも近い年齢だという「当たり前のこと」に、今更ながら思い当りました。年齢差というものは決して追い越すことのできないものですが、果たしてこの先、20年たったら、私自身が彼女の領域まで人間としての完成度を高めることができるのでしょうか?まだまだ修行し、向上させるべきことがたくさんあるなあ、と気づかされたのでした。自分もそんな、いつまでも「子供の規範・目標」になれる部分があるように「日々向上」を念仏のように唱え、暮らし生き続けなければならないなあ、と。
我が息子、小学一年生だから仕方のないことかもしれません。自己中心、親の言うことを聞かない、あまのじゃくである、など、今後、向上していかなければニンゲンとして成り立たない「伸びシロ」が山ほどあるオトコです。とりわけ、現在、彼に対し私が一番心配していることが「モノを大事にする意識がない」ことです。彼には自分の親の年齢に達するまでの時間が、私が親の年齢になるまでの2倍もあるのですから、現時点であまりにもニンゲン的に完成度が高いと「親の立つ瀬」がなくなってしまうのは、イカガナモノカ?そんな思いやりの末、ダメな子供にとどまってくれているのかもしれません。が、それは思い過ごしでしょう。
彼がモノを大事にしないさまは、腕白でタクマシイ男の子だからということで、「仕方ないなあ」と片づけてはいけないレベルなのです。次から次へと彼の周りのモノすべてが破壊されます。必要以上には買い与えない妻の厳しい方針にもかかわらず、誕生日などでもらった自分のおもちゃはもちろん、学校で使う本、教材や道具に至るまで破損してないものはない、のでした。自宅で開いている姿を見たことのない彼の教科書ですら、10年間繰り返し繰り返しページをめくって勉強したようなボロボロさです。彼が近所の公園で遊んできたあとは、彼の野球のバットやら上着やらが、必ずと言っていいほど、公園や道路わき、そこらへんに放置されています。放置されている証拠物品を拾いたどれば、彼の外遊び範囲が特定できるぐらいですから、職業として泥棒には向いていない子だと安心できそうです。が、外遊びのたび、上着も一着ずつ無くなるのでは、投資家にも向いていないようにも思えます。極めつけは放り投げたり、放置したり、想像をはるかに超える大胆な取り扱いで、これからまだ5年使ってもらわなければいけないランドセルの留め金のリベットが飛んで、ふたができない状態になってしまったことでした。会釈をすると教科書がなだれ落ちる、どこかのコマーシャルであった状態になってしまっているのです。現在の「モノ」が容易に手に入る時代がいけないのかもしれませんし、おもちゃ等は信じがたいぐらい安価で粗悪なものまであふれかえっているのがイケナイのかもしれません。我が育った時代は今の時代のようにはモノがなかった、だから、遊び道具等は自作したり、修理したりして使うのがあたりまえで楽しかった、そうしてモノを大事にする心が自然と養われてきた気もします。
当然、ランドセルの修理をしながら、息子に「モノは大事にしなきゃ、いかんのだぞ!大事にできないヤツはロクなオトナにならんのだから、な!」と言い聞かました。ですが、彼の意識の中に、私の言葉が行き届いた気配は全くありません。「どうしたらいいのかねえ?」と、その場にいた母に言ったとたん、笑いながら、「ランドセルを忘れてる、と、学校から連絡がきて、取りに行かされたねえ」と告げられたのでした。聞いていた家内も爆笑です。どうやら、モノを置き去りにしたり、乱雑に扱うのは我が方面から伝承されたことのようなのです。
うーむ、そんなことが我が幼少時代にあったとは…。
北極観測日誌の続編をアップしました。南極に関しては準備が整い次第、新ページにて連載して行こうと思ってます。今しばらくお待ちください。
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- プロフィール
- 極地で水の中とその周辺で生きている生き物を対象とした生態学を探究中。
北極や海が冬に凍るオホーツク、はたまた夏の南氷洋で氷とともに生きるアイスアルジー(海氷藻類)の研究に携わった後、これまでに日本南極地域観測・越冬隊に3回、夏隊に5回参加しながら南極の湖の野外調査研究を続けている。 - 性別
- 男
- 血液型
- O型
- 自己紹介
- 極地研究所に職を得て以来、地球の北や南の極地でなぜか騒々しくドタバタ・ジタバタしながら動き回る生活を四半世紀以上続けてきたことに気づいてしまった。現在は、南極でひそやかに輝く湖たちと付き合ってきたせいか、年齢相応の落ち着いたオトナになっているような気がする。
- 趣味
- 釣りと料理、最近、家事一般雑事など、多趣味になりつつあるのが困ったところ
- 特技
- 自転車操業、せっかちで多動症のようなところで人生をやり過ごしているような技
- 職業
- 国立極地研究所 生物圏研究グループ・総合研究大学院大学 極域科学専攻 教授
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