2017年11月 アーカイブ
2017年11月19日 17時35分52秒 (Sun)
冬初めの休日

11月も半ばを過ぎた。なかなか太陽が昇らなくなった。これまでと同じ早朝に釣りに出かけても、出港前になってもまだ日が昇らない。船長さんは船の電灯をつけて太公望たちの足元を照らし、出港準備に取り掛かる。
この時期、海中はどうやら秋から冬への移行期らしい。海は暖かく、気温よりはるかに高水温を保っている。そんな中、魚は冬に備えるのだろう、活性高く、また、身にも脂を蓄えだす。そんなおいしい魚たちに出会うべく、まあ、いつもそうなのだけど、いそいそと船に乗り込んで、脳内に本日の釣りと帰宅してからの料理の段取りなどを妄想し、どんなふうにするのか組み立てて準備に取り掛かるのだ。そんなことしても皮算用、実際海に出てみて釣りをしなきゃ、始まらないんだけどさ。これがものすごく面白い一時なのだ。

沖に出てようやく夜が明け、釣り開始。今回は「イナダ五目」を看板にした船だ。自分の中では本命でもあるイナダは、前回、必要以上に釣れちゃったこともあって、それほどの好釣果は望んでいない。その船で同じ仕掛けで釣ることができるその他の魚を望んでの釣行なのだ。秋田から母が上京していることもあって、この時期ならではのおいしい魚を確保したい、そんな願いの釣行。事前の情報では「わらしべ長者、あるいは食物連鎖」をうまく使った「喰わせサビキ」という仕掛けで、まずは小魚(現在は小鯵らしい)をかけ、そのまま大型魚に喰わせてとる釣り方が成立しているとのことなのだ。イナダだけではなく、より大型のワラサ・ブリなんかも一日に何本か釣り上げられているらしいし、状況によっては大型のマダイやヒラメ、ハタの類も釣れることがある。
船は小田原の港のすぐ前で群れを見つけたのか、すぐさまスローダウン。周囲には平塚漁港の船も見えるから、どうやら相模湾内、小田原沖の魚がここのところ好釣果らしいと、うかがえる。船長は魚探を見ながら、
「まだ、時間前ですので、漁場に入れないので(どうやら遊漁できる時間を取り決めている漁場に入るらしい)、まずはここでキントキをやってみます!キントキは30~40mのところに群れてます!」
と、開始宣言。生業にして毎日のように仕事しているのだからわかるのであろうが、魚探映像で魚種までを判別できるなんて、すごい。
言われるがまま、仕掛けを30mまでおろして、ゆっくりと誘いながら落とし込んでいくと派手な魚信が来た。大きな鰭を張って赤い魚が釣り上げられた。チカメキントキである。

相当濃い群れのようで、仕掛けが降りていけば針数だけかかってくる。ここで10分少々だと思うが、乗船したお客さんにお土産確保させてくれたのだった。その後、イナダ場へ移動して本命へと移行。その後も魚の模様は上々で、母への鮮魚の提供という目的を果たすことができた。

息子はといえば、雨予報の天気予報に、一緒に釣りへとは行かず、この休日中、片時もゲーム機を手放さずにいたのだ。学校の宿題すらなかなかやろうとせず、先送り。ゲーム時間10時間以上、宿題時間3分、そんな感じである。そんなもんだから、覚えればいいだけのはずの「漢字の書き取り」では、いつも悲惨な点数のテスト用紙を恥ずかしげもなく、持ち帰ってくるのだ。隠してしまわないだけましなのかもしれないけど、一生懸命やった結果がこれだからと(それはそれで、教科書や授業で一瞬習った記憶を引き出そうとした事実かもしれない)本人は言い張るのだ。一日、一個ずつでもいいから掛けなかった漢字を覚えろというと、
「ムーリー!」
などと、どうやっても本気になって書き取り練習などをしてくれない。困ったなー。

母はいつも来てくれた時のように、こちらの行き届かないところの掃除などに寸暇を惜しんで取り組んでくれた。玄関やなど脇にはさりげなく、その辺の草花で生け花をアレンジ。

ヨウシュヤマゴボウ、エノコログサ、オシロイバナなどなど、本当にその辺に生えている雑草たちを摘んできて、ものの見事に「新たないでたち」を与えているのだ。ともすると手を焼く息子の世話に殺伐としがちな我が家に、柔らかな安らぎ空間を創り出してくれた。
さすが、母親・(元)生け花プロ、だなあ。

2017年11月13日 9時27分37秒 (Mon)
立冬、そして、出港

木枯らしが大気中の塵をも吹き飛ばしてくれたのか、スッキリブルーの東京駅。ここのところ今年の南極観測隊にかかわる行事でこの駅を通過する機会が多かったのだけれど、なぜかいつも雨っぽかった今年の秋だった。立冬が過ぎてようやく晴れの天気が続いてくれている。
11月12日は第59次日本南極地域観測隊の砕氷艦しらせが晴海埠頭を出港するのだ。
天気晴朗なれど波高し、といった感じもあるけれど、なーに、昨日ほどではない。昨日土曜日はといえば、釣り船の乗船予約をしていた私。夜明け前に小田原早川漁港までたどり着いたはいいが、港に着いた頃合いに突如暴風が吹き荒れ、雨までも降ってくる有様。で、その場で出船中止となり、子供たちが目覚める前に帰宅となってしまったのに比べれば、本日の風や波は大したことはない。8年前に就航したしらせにとって、この程度の風波は大した動揺をもたらすものではないだろう(その前のしらせは、ものすごく揺れる船だったけれど)。

日本の南極観測隊、南極観測の当初から「晴海埠頭」で出港行事が執り行われてきた。かつてはこの埠頭脇にあった「日本通運」の倉庫(今はない)で、物資搭載してもいたのだが、昨今、この埠頭周辺もいろいろな開発が進められているのだ。かつて、東京モーターショウなどが開催されていた(古い記憶だなあ)、なんてことを思わせる風景など、全くない。今も多数のクレーンが埠頭周辺に立ち並んで、なにがしかの工事に取り組んでおり、道路工事なども進められ、様変わりしてきつつある。なんでも、晴海埠頭客船ターミナルも近い将来、その機能をお台場方面へ移すらしい。となると、ここでの南極への出港行事もなくなるのだろうなあ。

最後の舫いが解かれ、タグボートに引っ張られて離岸しだす「しらせ」

現在は南極観測隊員はこの船が西オーストラリアの港に入るまで、今しばらく日本で過ごすことになっているのだけれど、20年ほど前まではこの船(先代の「しらせ」)に乗船し、この港から旅立ったのだ。ゆっくりと離れる船と見送りの人々の間をつなぐ紙テープが伸び、たなびき、そしてちぎれ、双方の顔が見えなくなるまで、手を振り、しばしの別れの感傷につつまれたものだった。今はそんな光景が過去のものとなりつつあるところもあるけれど、それでも、この船の出港はいまだに、独特の雰囲気を保っている。

宇宙よりもたどり着きにくい場所、それが南極なのだからかもしれない、なあ。
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- 極地で水の中とその周辺で生きている生き物を対象とした生態学を探究中。
北極や海が冬に凍るオホーツク、はたまた夏の南氷洋で氷とともに生きるアイスアルジー(海氷藻類)の研究に携わった後、これまでに日本南極地域観測・越冬隊に3回、夏隊に5回参加しながら南極の湖の野外調査研究を続けている。 - 性別
- 男
- 血液型
- O型
- 自己紹介
- 極地研究所に職を得て以来、地球の北や南の極地でなぜか騒々しくドタバタ・ジタバタしながら動き回る生活を四半世紀以上続けてきたことに気づいてしまった。現在は、南極でひそやかに輝く湖たちと付き合ってきたせいか、年齢相応の落ち着いたオトナになっているような気がする。
- 趣味
- 釣りと料理、最近、家事一般雑事など、多趣味になりつつあるのが困ったところ
- 特技
- 自転車操業、せっかちで多動症のようなところで人生をやり過ごしているような技
- 職業
- 国立極地研究所 生物圏研究グループ・総合研究大学院大学 極域科学専攻 教授
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