ちょっと研究その6
2018年10月、久々に外泊出張。日本陸水学会へ参加し企画講演を開催することができた。最近、南極の湖周辺で行ってきた研究「生態系トランジション」と題したプロジェクトの成果報告なのだ。58次・59次観測隊として4名の夏隊員・1名の越冬隊員・外国からの参加者をも含む4名の同行者の皆さんがやってくれた仕事の話を紹介しようと目論んだ。残念なことに企画責任者だった私は、この機会に南極へは行けずに日本での留守番。仕方なくこちらで用意した装置を持って行ってもらって
「これで実態を捉えよ!」
とお願いし、待っていたわけだ。
科学的最先端の話は各隊員・同行者にお任せするとして、企画責任者としては、そんなとってきてもらったデータを料理して、ちょっと地味だけどオモシロイ南極の湖の調査話を、企画講演の前座話として提供できた、かな?
南極の大陸縁、そこには氷期-間氷期を繰り返した地球環境変動によってできた「氷から露出したエリア」が、現在、ごくわずかですが存在しております。そこには氷で削られた窪地に融け水がたまって湖が出来上がっている姿を、いくつも見ることができます。
氷床上に夏限定でできるもの、氷河末端にできるもの、堰き止められたり、海岸隆起で出来上がったりと、氷河湖であっても履歴や涵養のされ方などに違いがあるものですから、同じエリアにあって、同じ気候・時間的経過をしているのだけれど、湖は「多様」な性質を示します。しかしながら、南極の湖で、まっとうな科学調査がこれまでなされてきたのは、「ごく一部」ですから、まだまだ、人類の知りえないモノ・コトがいっぱいあるように思っております。
わかりやすい湖の多様性を示す一例として、同一エリアの南極湖沼の塩分があります。昭和基地の面する宗谷海岸露岩域のみならず、あといくつかあるほかの南極露岩の湖沼でも、湖水塩分濃度の多様性には著しいものが認められます。きわめて狭いエリアにある南極の湖沼に、地球上の水界のダイナミックレンジをすっかりカバーするほど、超純水レベルから塩分飽和する超塩湖までもが存在しているのです。
これら湖水塩分が多様化するには、それぞれ、種々、いくつか、いくつもの湖沼学的な理由がある、と考えます。が、極地砂漠という乾燥が卓越した環境、地球一の水の供給源(ストック)が存在することが根本にある、と思ってます。この乾燥が卓越した環境でどのぐらいの真水が供給されるのか、要は供給と支出のバランスの問題に思えます。
そんな水収支の問題なのならば、その実態はどうなっているのでしょう?これがなかなか調査できていないのでした。通常、湖に出入りする水の量を測定するとすれば、源口(湖の流出口)に堰を設けるなどして通過する水をモニターすればよい、ということになります。そこで、夏になると海へ流出する湖の流出部に土嚢を積んで、流速計を取りつけたこともありました。ところが、運が悪かったのかそれとも私の普段の行いの悪さのせいなのか、設置後3年ほど、その流出口から海へと水が流れ出した様子がない、かなりドライな年が続いてしまい、まったくデータが取れずに(いや、ゼロだったという貴重なデータかもしれませんが)この観測は失敗に終わってしまいました。これ以前にも有線式の水位観測装置を取り付けたりもしましたが、湖氷が発達消失・移動するせいでケーブル破断が生じ、まともにデータが取得できない、ということも経験してきました。
3度目の挑戦!ということで、データロガー式の圧力センサーロガー(水位計)を湖底に沈め、これを湖岸に置いたものとの差分で水位変化を捉えることに成功しました!その結果を見ると気温が0℃以下になる10カ月ほどの秋から早春期間は流入は生じないハズで、この時に水位が漸減、気温が氷点を上回る夏に集水域からの流入が始まって水位回復し、最終的に流出に至る様子が記録できたのです。水位が減じる冬期には、おそらく湖面への降雪とその消失が繰り返し生じたことによると考えられる短い不定期のスパイク状の増減もありました。それは最大4,5㎝の水位変化となっていますから、降水として40~50㎜、雪だったら80~100㎝ほど湖氷の上に積もっちゃたぐらいの圧力変化をもたらすこともある、と読めます。
この観測データと地形図上から湖やその集水域面積などを求め、湖に生じる水の流入出・昇華(蒸発)消失量などを概算してみました。
この湖(親子池)の場合、1万トンレベルの水の出入りがあるだろう、というところまで大まかに計算できました。が、・・・果たしてこの1万トンという水の出入りは、この湖にとってどんな量なのでしょう?その辺がいまひとつ判然としません。なにぶん、この湖の貯水量というものが不明だからです。
湖の容積を求めよ。そんな問題が出されたら、(表面積)x(平均水深)で計算していいじゃないか!と言われそうですけれど、その平均水深の求め方が難題なのです。日本の要所にある湖もしくはダムなど、現在ではかなりきめ細かく調査され、地図に水深図も記述されているもの多数なのですが、南極の場合、我々酔狂な研究者が、突発的な熱病にかかったかの如く測深しまくって描いたものが数湖沼あるだけ、多くの湖の水深の様子は不明なのでした。
なかなかできていない理由は凍った湖面で水深を図る多大な労力、きわめて動きやすいゴムボートで位置を固定しながら測深する面倒さ、などで調査がうまく進められないところにあります。ですが最大の理由はその水深がわかったところで、治水・利水・災害対策など人間生活と全くかかわりを持たないというところにある、と思います。湖が人間生活とかかわるのなら、少しぐらい困難・面倒であったにせよ、調査は進められる、進めなきゃいけないと思えるはずですから。
世の人類で、とある南極の湖の湖盆図が必要、と思っているのはおそらく80億人に一人か二人。たまたま私がそのうちの一人だったわけで、まあ、酔狂ついでにもっとお手軽に測深マップを作れないものかと、自身の趣味の業界の機材を持ち込んでみたのです。近年進歩著しいGPS搭載の小型プロッター魚探です。二人乗りゴムボートに取り付けて、これで湖を漕ぎまわれば回るほど正確にそして瞬時に湖盆図が画像として描かれるのです。釣り人が「自分だけの釣り場・ポイントの特徴」を見つけ出そうとする道具として開発され、流通しだした装置ですが、その値段は10万円以下!これを使わない手はない!と思って導入しました。
これを観測隊員に託して、南極湖沼を漕ぎまわってもらいました。結果、先ほどの親子池の湖盆の様子はもちろん、平均水深もしっかりと求めることができたのです。
こうして求めた親子池の貯水量は166000トン。先ほど年間1万トン程度の水の出入りがあるという現象は、およそ湖水の6-10%程度の量が毎年、入れ替わることができる量であった、と推定できたわけです。この湖、その履歴は、隆起した海岸で海が隔離されてできた海跡湖です。隔離されたばかりは海水をたたえていたのでしょうけれど、毎年1割ほどの水が交換される(現状の水収支なら)となれば、ごく短期間で淡水に置き換わったであろう、と推察されます。現在、この親子池はこのスカルブスネスエリアで最も塩分濃度の低い湖となっています。
湖盆図が描けたならば、その上に発達する生物群集の様子を描き出すこともできるのではなかろうか?そんな思いで、59次隊では背負って運べる程度の小型ROVを開発してもらい、それに搭載したステレオ画像記録装置で「水中でのドローン測量のようなもの」に挑戦してもらいました。おそらく近日中に成果が得られる、と思ってます。ただ、ROVの位置情報など処理上、ムズカシさを抱えてもおりますが。
あと一つ、今回、湖の基本情報を整理した際に、オモシロイなあ、と思えたことがありました。宗谷海岸の淡水湖沼は冬季に1~2mほどの厚さの氷が発達し、その下の湖水は当然のように逆列成層します。それは夏が近づくにつれ、氷を透過して差し込む日射のため、氷が融けきる以前から温められ、湖水の循環が開始する現象が捉えられていました。昨年の同学会で湖氷の下で湖水が暖められ密度逆転現象が日周期的に生じて鉛直循環が開始され、湖氷の完全消失前までに最大10℃程度まで水温上昇する事実を報告したところです。では、なぜ、湖水が暖められて循環が開始されるにもかかわらず、氷が速やかに融けてなくなってしまわないのか?その辺の事情はどうなっているのだろう?湖に入り込むエネルギーで、どう説明されるのか?などなど、その理由をデータと相談して追跡してみたくなったのでした。
手元にあるデータは太陽から供給される放射エネルギー、地表の日射・可視光エネルギー・UVエネルギーに加え、水中で観測したふたつの深度での光エネルギー記録です。これと、水の比熱、氷の融解熱など水の物理性質の知識、湖水の中でのエネルギーの鉛直消散に関する物理法則から、エネルギーが熱に変換されて氷を融かす(だろう)現象を追跡してみたのでした。
氷の融解熱、氷1㎏を融かすエネルギーはおよそ335kJである、と教科書にあります。これを考えると、例えば1m2あたり厚さ1mの氷があるとすれば、その重さは約1トン。1トンの氷を融かすエネルギーは・・・みたいな算術を積み上げていきます。一方で、湖中に到達し氷(あるいは水)中を透過中に失われる(吸収される)エネルギーが熱に変換され氷を融かすのに消費される、と考えて・・・みたいな思考実験です。
氷と水の光エネルギー吸収特性に本質的にどんな違いがあるのか、十分な考慮は私にはできませんが、ひとまず、氷も水も同じ吸収特性だと仮定し、湖中2深度に設置したセンサーのデータから鉛直拡散係数を求め、湖面から入ってくる光エネルギー量を推定、それが氷の厚さ分で吸収されるエネルギーは・・・そんな計算をしていきました。
こうして湖に入り込んで湖氷部分で熱となるエネルギーを積算し、それが氷を融かし切る臨界値に達するのは、いつになるか、見積もりました。水という性質上、水中には赤外光はすぐさま吸収され、透過しやすい可視光がエネルギーとして届きます。この可視光エネルギーだけを考慮した場合、厚さ1mの氷を融かすためには、なんと1月下旬までかからなきゃ、十分なエネルギー量にはならない!と見積もられたのでした。これでは2月に入った途端、気温は氷点以下の平均値になってしまう南極の気象条件下では、湖氷が融けて間もなく凍り始める、ことになります。それだけのエネルギーしか、湖中には届いてないのでしょうか?ご用心。地表には可視光エネルギー以上に赤外線エネルギーが到達し、物質を温めてくれています。赤外光は可視光エネルギーの1.5倍程度あるのです。水中深くには赤外光が届きませんが、それは表面付近で速やかに吸収されるせいでもあります。これをキチンと「氷を融かすことに貢献するエネルギー」として、これを加味して積算する必要があります。地表に到達する可視光エネルギーと赤外エネルギーの比をおおまかに1:1とし手計算した場合、こうすると12月下旬、湖氷は無事に融ける?臨界条件を迎えるだろう、と予測できたのでした。
実際、宗谷海岸の淡水湖沼は12月末から1月上旬に湖氷の消失が観測される場合が多いのです。現実の観測記録と日射エネルギーの熱量計算結果は整合的でした。それ以前では、例えば水温が5℃以上になると記録される12月当初には、湖氷をすっかり融かすには日射からのエネルギー供給では不足、だから、氷が張ったままの湖しか観察できないのだ、ということになる、なんだか自信をもって言えそうで、ちょっと嬉しい気持ちになりました。そんなお日様がもたらすエネルギー事情ですから、逆に、「ちっとも太陽が顔を出さない夏」には結氷しっぱなしになるばずで、実際、凍ったままで夏が終わってしまう夏もあることも、これまで観察・経験できています。
湖に入射するエネルギーと氷の潜熱とのやり取りで、上記のような考察をしたのですが、その氷の下、透過した光エネルギーで温まり、循環を始めた湖水との間で、顕熱的な(熱伝導)やり取りはどうなんでしょう?ハイボールに氷を浮かべかき回すと、いとも簡単に氷が融けることは日常的に経験しているところです。
ここはさらに慎重に考察すべき部分がありそうです。氷が融ける際には湖水に比べ薄く軽い純水的な0℃の液体となること、これが密度的に下部の湖水よりも軽いことで、氷の融解では湖水との境界面に0~4℃の急激な温度境界層が膜のように発達するだろう、と想像できます。これがその下部で鉛直循環を始めた湖水と氷の熱伝導を妨げるように作用するのかもしれません。淡水の湖水が4℃の密度最大温度まではこんな解釈でもいい気もしますが、湖水が10℃程度まで循環しながらひと月ほどかけて温められていく時に、本当に熱伝導がゆっくりとしか進まないことを説明できるのか?
これはおそらくは氷で風の影響を受けない静かな湖には、ウイスキーに静かに浮かべた氷周辺に観察できるような薄い軽い液体が氷を包み込むように絶えず生じ、これが断熱的に作用して、みたいなことなのかもしれません。融け始めた湖氷はツララのように鉛直方向に伸びた結晶がブラシの毛のように束ねられていることがわかります。この結晶との間に融けたばかりの純な冷たく軽い水がとどまって、やがて温めれれて軽くなった湖水と置き換わるまで、熱伝導による氷の融解は活発化しない、そんな想像をしています。今一つは12月から1月の大気の温度が0℃よりもわずかに暖かいだけ、という南極夏事情で、空気との間の熱伝導による融解も活発化しにくいことも、湖氷の融解をゆっくりとしたものにしている、と思います。
ともあれ、これらの観測データと推察から、南極大陸沿岸部の露岩、おおむね南緯70度前後の緯度帯では、太陽エネルギーの供給量は、湖に張った氷がひと夏かかってぎりぎり、融けきるのにいっぱいいっぱいのレベルなのだ、と。
どうです?基本的性質だけでも、オモシロイでしょ?
「これで実態を捉えよ!」
とお願いし、待っていたわけだ。
科学的最先端の話は各隊員・同行者にお任せするとして、企画責任者としては、そんなとってきてもらったデータを料理して、ちょっと地味だけどオモシロイ南極の湖の調査話を、企画講演の前座話として提供できた、かな?
南極から基礎湖沼学研究のオモシロサを学ぶ(日本陸水学会・岡山大会)

南極の大陸縁、そこには氷期-間氷期を繰り返した地球環境変動によってできた「氷から露出したエリア」が、現在、ごくわずかですが存在しております。そこには氷で削られた窪地に融け水がたまって湖が出来上がっている姿を、いくつも見ることができます。

氷床上に夏限定でできるもの、氷河末端にできるもの、堰き止められたり、海岸隆起で出来上がったりと、氷河湖であっても履歴や涵養のされ方などに違いがあるものですから、同じエリアにあって、同じ気候・時間的経過をしているのだけれど、湖は「多様」な性質を示します。しかしながら、南極の湖で、まっとうな科学調査がこれまでなされてきたのは、「ごく一部」ですから、まだまだ、人類の知りえないモノ・コトがいっぱいあるように思っております。

わかりやすい湖の多様性を示す一例として、同一エリアの南極湖沼の塩分があります。昭和基地の面する宗谷海岸露岩域のみならず、あといくつかあるほかの南極露岩の湖沼でも、湖水塩分濃度の多様性には著しいものが認められます。きわめて狭いエリアにある南極の湖沼に、地球上の水界のダイナミックレンジをすっかりカバーするほど、超純水レベルから塩分飽和する超塩湖までもが存在しているのです。

これら湖水塩分が多様化するには、それぞれ、種々、いくつか、いくつもの湖沼学的な理由がある、と考えます。が、極地砂漠という乾燥が卓越した環境、地球一の水の供給源(ストック)が存在することが根本にある、と思ってます。この乾燥が卓越した環境でどのぐらいの真水が供給されるのか、要は供給と支出のバランスの問題に思えます。

そんな水収支の問題なのならば、その実態はどうなっているのでしょう?これがなかなか調査できていないのでした。通常、湖に出入りする水の量を測定するとすれば、源口(湖の流出口)に堰を設けるなどして通過する水をモニターすればよい、ということになります。そこで、夏になると海へ流出する湖の流出部に土嚢を積んで、流速計を取りつけたこともありました。ところが、運が悪かったのかそれとも私の普段の行いの悪さのせいなのか、設置後3年ほど、その流出口から海へと水が流れ出した様子がない、かなりドライな年が続いてしまい、まったくデータが取れずに(いや、ゼロだったという貴重なデータかもしれませんが)この観測は失敗に終わってしまいました。これ以前にも有線式の水位観測装置を取り付けたりもしましたが、湖氷が発達消失・移動するせいでケーブル破断が生じ、まともにデータが取得できない、ということも経験してきました。

3度目の挑戦!ということで、データロガー式の圧力センサーロガー(水位計)を湖底に沈め、これを湖岸に置いたものとの差分で水位変化を捉えることに成功しました!その結果を見ると気温が0℃以下になる10カ月ほどの秋から早春期間は流入は生じないハズで、この時に水位が漸減、気温が氷点を上回る夏に集水域からの流入が始まって水位回復し、最終的に流出に至る様子が記録できたのです。水位が減じる冬期には、おそらく湖面への降雪とその消失が繰り返し生じたことによると考えられる短い不定期のスパイク状の増減もありました。それは最大4,5㎝の水位変化となっていますから、降水として40~50㎜、雪だったら80~100㎝ほど湖氷の上に積もっちゃたぐらいの圧力変化をもたらすこともある、と読めます。

この観測データと地形図上から湖やその集水域面積などを求め、湖に生じる水の流入出・昇華(蒸発)消失量などを概算してみました。

この湖(親子池)の場合、1万トンレベルの水の出入りがあるだろう、というところまで大まかに計算できました。が、・・・果たしてこの1万トンという水の出入りは、この湖にとってどんな量なのでしょう?その辺がいまひとつ判然としません。なにぶん、この湖の貯水量というものが不明だからです。
湖の容積を求めよ。そんな問題が出されたら、(表面積)x(平均水深)で計算していいじゃないか!と言われそうですけれど、その平均水深の求め方が難題なのです。日本の要所にある湖もしくはダムなど、現在ではかなりきめ細かく調査され、地図に水深図も記述されているもの多数なのですが、南極の場合、我々酔狂な研究者が、突発的な熱病にかかったかの如く測深しまくって描いたものが数湖沼あるだけ、多くの湖の水深の様子は不明なのでした。

なかなかできていない理由は凍った湖面で水深を図る多大な労力、きわめて動きやすいゴムボートで位置を固定しながら測深する面倒さ、などで調査がうまく進められないところにあります。ですが最大の理由はその水深がわかったところで、治水・利水・災害対策など人間生活と全くかかわりを持たないというところにある、と思います。湖が人間生活とかかわるのなら、少しぐらい困難・面倒であったにせよ、調査は進められる、進めなきゃいけないと思えるはずですから。

世の人類で、とある南極の湖の湖盆図が必要、と思っているのはおそらく80億人に一人か二人。たまたま私がそのうちの一人だったわけで、まあ、酔狂ついでにもっとお手軽に測深マップを作れないものかと、自身の趣味の業界の機材を持ち込んでみたのです。近年進歩著しいGPS搭載の小型プロッター魚探です。二人乗りゴムボートに取り付けて、これで湖を漕ぎまわれば回るほど正確にそして瞬時に湖盆図が画像として描かれるのです。釣り人が「自分だけの釣り場・ポイントの特徴」を見つけ出そうとする道具として開発され、流通しだした装置ですが、その値段は10万円以下!これを使わない手はない!と思って導入しました。

これを観測隊員に託して、南極湖沼を漕ぎまわってもらいました。結果、先ほどの親子池の湖盆の様子はもちろん、平均水深もしっかりと求めることができたのです。

こうして求めた親子池の貯水量は166000トン。先ほど年間1万トン程度の水の出入りがあるという現象は、およそ湖水の6-10%程度の量が毎年、入れ替わることができる量であった、と推定できたわけです。この湖、その履歴は、隆起した海岸で海が隔離されてできた海跡湖です。隔離されたばかりは海水をたたえていたのでしょうけれど、毎年1割ほどの水が交換される(現状の水収支なら)となれば、ごく短期間で淡水に置き換わったであろう、と推察されます。現在、この親子池はこのスカルブスネスエリアで最も塩分濃度の低い湖となっています。

湖盆図が描けたならば、その上に発達する生物群集の様子を描き出すこともできるのではなかろうか?そんな思いで、59次隊では背負って運べる程度の小型ROVを開発してもらい、それに搭載したステレオ画像記録装置で「水中でのドローン測量のようなもの」に挑戦してもらいました。おそらく近日中に成果が得られる、と思ってます。ただ、ROVの位置情報など処理上、ムズカシさを抱えてもおりますが。

あと一つ、今回、湖の基本情報を整理した際に、オモシロイなあ、と思えたことがありました。宗谷海岸の淡水湖沼は冬季に1~2mほどの厚さの氷が発達し、その下の湖水は当然のように逆列成層します。それは夏が近づくにつれ、氷を透過して差し込む日射のため、氷が融けきる以前から温められ、湖水の循環が開始する現象が捉えられていました。昨年の同学会で湖氷の下で湖水が暖められ密度逆転現象が日周期的に生じて鉛直循環が開始され、湖氷の完全消失前までに最大10℃程度まで水温上昇する事実を報告したところです。では、なぜ、湖水が暖められて循環が開始されるにもかかわらず、氷が速やかに融けてなくなってしまわないのか?その辺の事情はどうなっているのだろう?湖に入り込むエネルギーで、どう説明されるのか?などなど、その理由をデータと相談して追跡してみたくなったのでした。

手元にあるデータは太陽から供給される放射エネルギー、地表の日射・可視光エネルギー・UVエネルギーに加え、水中で観測したふたつの深度での光エネルギー記録です。これと、水の比熱、氷の融解熱など水の物理性質の知識、湖水の中でのエネルギーの鉛直消散に関する物理法則から、エネルギーが熱に変換されて氷を融かす(だろう)現象を追跡してみたのでした。

氷の融解熱、氷1㎏を融かすエネルギーはおよそ335kJである、と教科書にあります。これを考えると、例えば1m2あたり厚さ1mの氷があるとすれば、その重さは約1トン。1トンの氷を融かすエネルギーは・・・みたいな算術を積み上げていきます。一方で、湖中に到達し氷(あるいは水)中を透過中に失われる(吸収される)エネルギーが熱に変換され氷を融かすのに消費される、と考えて・・・みたいな思考実験です。

氷と水の光エネルギー吸収特性に本質的にどんな違いがあるのか、十分な考慮は私にはできませんが、ひとまず、氷も水も同じ吸収特性だと仮定し、湖中2深度に設置したセンサーのデータから鉛直拡散係数を求め、湖面から入ってくる光エネルギー量を推定、それが氷の厚さ分で吸収されるエネルギーは・・・そんな計算をしていきました。
こうして湖に入り込んで湖氷部分で熱となるエネルギーを積算し、それが氷を融かし切る臨界値に達するのは、いつになるか、見積もりました。水という性質上、水中には赤外光はすぐさま吸収され、透過しやすい可視光がエネルギーとして届きます。この可視光エネルギーだけを考慮した場合、厚さ1mの氷を融かすためには、なんと1月下旬までかからなきゃ、十分なエネルギー量にはならない!と見積もられたのでした。これでは2月に入った途端、気温は氷点以下の平均値になってしまう南極の気象条件下では、湖氷が融けて間もなく凍り始める、ことになります。それだけのエネルギーしか、湖中には届いてないのでしょうか?ご用心。地表には可視光エネルギー以上に赤外線エネルギーが到達し、物質を温めてくれています。赤外光は可視光エネルギーの1.5倍程度あるのです。水中深くには赤外光が届きませんが、それは表面付近で速やかに吸収されるせいでもあります。これをキチンと「氷を融かすことに貢献するエネルギー」として、これを加味して積算する必要があります。地表に到達する可視光エネルギーと赤外エネルギーの比をおおまかに1:1とし手計算した場合、こうすると12月下旬、湖氷は無事に融ける?臨界条件を迎えるだろう、と予測できたのでした。

実際、宗谷海岸の淡水湖沼は12月末から1月上旬に湖氷の消失が観測される場合が多いのです。現実の観測記録と日射エネルギーの熱量計算結果は整合的でした。それ以前では、例えば水温が5℃以上になると記録される12月当初には、湖氷をすっかり融かすには日射からのエネルギー供給では不足、だから、氷が張ったままの湖しか観察できないのだ、ということになる、なんだか自信をもって言えそうで、ちょっと嬉しい気持ちになりました。そんなお日様がもたらすエネルギー事情ですから、逆に、「ちっとも太陽が顔を出さない夏」には結氷しっぱなしになるばずで、実際、凍ったままで夏が終わってしまう夏もあることも、これまで観察・経験できています。
湖に入射するエネルギーと氷の潜熱とのやり取りで、上記のような考察をしたのですが、その氷の下、透過した光エネルギーで温まり、循環を始めた湖水との間で、顕熱的な(熱伝導)やり取りはどうなんでしょう?ハイボールに氷を浮かべかき回すと、いとも簡単に氷が融けることは日常的に経験しているところです。
ここはさらに慎重に考察すべき部分がありそうです。氷が融ける際には湖水に比べ薄く軽い純水的な0℃の液体となること、これが密度的に下部の湖水よりも軽いことで、氷の融解では湖水との境界面に0~4℃の急激な温度境界層が膜のように発達するだろう、と想像できます。これがその下部で鉛直循環を始めた湖水と氷の熱伝導を妨げるように作用するのかもしれません。淡水の湖水が4℃の密度最大温度まではこんな解釈でもいい気もしますが、湖水が10℃程度まで循環しながらひと月ほどかけて温められていく時に、本当に熱伝導がゆっくりとしか進まないことを説明できるのか?
これはおそらくは氷で風の影響を受けない静かな湖には、ウイスキーに静かに浮かべた氷周辺に観察できるような薄い軽い液体が氷を包み込むように絶えず生じ、これが断熱的に作用して、みたいなことなのかもしれません。融け始めた湖氷はツララのように鉛直方向に伸びた結晶がブラシの毛のように束ねられていることがわかります。この結晶との間に融けたばかりの純な冷たく軽い水がとどまって、やがて温めれれて軽くなった湖水と置き換わるまで、熱伝導による氷の融解は活発化しない、そんな想像をしています。今一つは12月から1月の大気の温度が0℃よりもわずかに暖かいだけ、という南極夏事情で、空気との間の熱伝導による融解も活発化しにくいことも、湖氷の融解をゆっくりとしたものにしている、と思います。

ともあれ、これらの観測データと推察から、南極大陸沿岸部の露岩、おおむね南緯70度前後の緯度帯では、太陽エネルギーの供給量は、湖に張った氷がひと夏かかってぎりぎり、融けきるのにいっぱいいっぱいのレベルなのだ、と。
どうです?基本的性質だけでも、オモシロイでしょ?
- トップページ
- ブログ
- 四季の釣り談義
- 写真童話アザラシちょのちゃん
- 南極観測日誌(40次)
- きざはし物語(45次)
- きざはし物語 II(48次)
- 北極メモリアル
- 北極日誌(ニーオルスン奮闘記)
- 北極紀行1995編
- 北極航海日誌
- 南大洋航海日誌
- 航海日誌タンガロア2003
- 宗谷海岸2nd
- 南極 四季折々萬噺
- 南極の湖の物語
- ちょっと研究
- ちょっと研究その2
- ちょっと研究その3
- ちょっと研究その4
- ちょっと研究その5
- ちょっと研究その6
- 掲示板
- お問合せ
- リンク
- フリーページ
- まだシリーズ講演録
- まだシリーズ講演録その2
- ちょっと研究その7
プロフィール
- プロフィール
- 極地で水の中とその周辺で生きている生き物を対象とした生態学を探究中。
北極や海が冬に凍るオホーツク、はたまた夏の南氷洋で氷とともに生きるアイスアルジー(海氷藻類)の研究に携わった後、これまでに日本南極地域観測・越冬隊に3回、夏隊に5回参加しながら南極の湖の野外調査研究を続けている。 - 性別
- 男
- 血液型
- O型
- 自己紹介
- 極地研究所に職を得て以来、地球の北や南の極地でなぜか騒々しくドタバタ・ジタバタしながら動き回る生活を四半世紀以上続けてきたことに気づいてしまった。現在は、南極でひそやかに輝く湖たちと付き合ってきたせいか、年齢相応の落ち着いたオトナになっているような気がする。
- 趣味
- 釣りと料理、最近、家事一般雑事など、多趣味になりつつあるのが困ったところ
- 特技
- 自転車操業、せっかちで多動症のようなところで人生をやり過ごしているような技
- 職業
- 国立極地研究所 生物圏研究グループ・総合研究大学院大学 極域科学専攻 教授
最近の記事一覧
アーカイブ
携帯用QRコード
- アクセス数

- ページビュー数
