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ランス旅行記

2015.3.12
 ストラスブールから、宿泊地コルマールまでは、1時間ほど。ホテルを朝出発して、ランスに着いたのが13時半。5時間以上のバス移動でした。
 ランスの滞在時間は1時間半程度でした。昼食は2時頃です。ノートルダム大聖堂を見学して、昼食。私は奥さんをレストランに置いて、トー宮殿を見学に行きました。トー宮殿の見学も駆け足ってところです。
 トー宮殿の写真がないのは、撮ってもいいのかどうかの確認をしていなかったこと。館内で写真を撮っている人がほとんどいなかったからでした。(中を紹介しているサイトがあるので、撮影ができたのでしょう。後の祭りです。)トー宮殿は博物館になっていて、展示物はすごいの一言です。ぜひ、訪れて見てください。
 15時には、パリに向け出発しました。パリへは2時間程で到着しました。  ランスの写真アルバムは、こちらをクリック!
 最後に、ランスのミニ知識をまとめてあります。
ランス地図にリンク →フランス・ランス地図にリンク
写真をクリックすると、大きな写真にリンク!



ランスの市街地
 
ランスの市街地
 市電車のレールと停車場が見えています。これが現代の都市中心の景観なんて、すごいと思いませんか?

世界遺産ノートルダム大聖堂 ランス



 



 
世界遺産ノートルダム大聖堂
 歴代のフランス国王が戴冠式を行った所です。ここで、戴冠式を済ませないは、国王と認められなかったということでした。
ノートルダム大聖堂を横から見る ランス







 
 
ノートルダム大聖堂を横から見る
 ノートルダム大聖堂は一定の建築様式がありそうで、国は違っても造りは似ています。

ノートルダム大聖堂の内部 ランス



 


 
大聖堂の内部
 大きさがわかるショットです。柱の太さがすごい。
 
ノートルダム大聖堂内部の石像 ランス
 

 
大聖堂内部の石像
 マリア像だとは思うのですが、なかなか見ない構図です。
 ランスの大聖堂の内部は、置物や飾り物が少なかったです。トー宮殿(博物館)の方に保管しているとのことです。

ノートルダム大聖堂の裏面 ランス

 


ノートルダム大聖堂の裏面
 ランスの大聖堂の内部はいがいとシンプルなのですが、外壁は荘厳です。トー宮殿の門が見えています。
 

 トー宮殿にある門 ランス

 
 
トー宮殿にある門
どことなく、ローマ風だと感じました。

 

トー宮殿 ランス

 

 
トー宮殿
 宮殿とはいいますが、大司教の舘ということで派手さはありません。休憩時間内で昼食をすませてから、駆け足で見に行きました。
 

トー宮殿・博物館入口 ランス
 
 
トー宮殿・博物館の入口
 入口には博物館らしい飾り付けがされていました。
 中に入ってから、セキュリティーチェックがあり、ザックを開けて中を見せました。
 
トー宮殿 王の玉座 ランス
 

 
トー宮殿 王の玉座
 写真は撮らないようにしていたのですが、これは外せないでしょう!ということでのショットです。絢爛豪華とはこのことです。



大聖堂前の広場の建物 ランス


大聖堂前の広場の建物
 御覧のように、大聖堂の周りは街並みがあるという風ではありせん。公共関連の建物が建てられています。
 
 

裁判所 ランス
 


 
大聖堂前広場に面した裁判所
 これほどシンメトリー(左右対称)な建物をこの旅行では見ませんでした。

裁判所の玄関 ランス
 

 
 

 
裁判所の玄関
玄関もシンメトリー、シンプルで力強い造りです。
 

 
ジャンヌ・ダルクの騎馬像 ランス


 

 



大聖堂を仰ぎ見るジャンヌ・ダルクの騎馬像
 大聖堂前の広場に立って、ノートルダム大聖堂を見上げています。実は撮影した時点では、この騎士がジャンヌ・ダルクとは知りませんでした。また、シャルル7世とジャンヌ・ダルクのつながりも。
 
ノートルダム大聖堂の一部 ランス



 

 
ノートルダム大聖堂の一部
全体は、ほんとうに大きな建物です。

 

ランスでの話題

・トー宮殿に入ったら、所持品検査(セキュリティーチェック)がありました。最初は、何のことかわからなかったのですが、「英語がいいか?」と聞かれて、はいと言ったら、英語で話してくれました。ようは、私の持っているサップザックの中を見せろということでした。口を開けて見せたら、どうぞって感じです。品のいいおばさんでした。


シャルル7世とジャンヌダルク

・フランスはブルゴーニュ派とアルマニャック派の内戦状態にあり、1415年にこれを好機と見たイングランド王ヘンリー5世がフランスに侵攻した。1422年、フランス王位はヘンリー5世の子ヘンリー6世がイングランド王位とともに継承することとなった。
 一方、シャルル7世もアルマニャック派の支持のもとでフランス王位を継承することを宣言したが、ブルゴーニュ派はこれを否認し、シャルル7世は正式にフランス王として即位することができなかった。

・イングランドはブルゴーニュ派と再び提携して、1428年にオルレアンを包囲した。このときジャンヌ・ダルクの活躍によってイングランド軍は撤退せざるを得なくなった。1429年7月17日、シャルル7世はランスへ赴き、ノートルダム大聖堂で正式にフランス王として戴冠式を挙行した。

・ジャンヌは農夫の娘として生まれた。神の啓示を受けたとしてフランス軍に従軍し、イングランドとの百年戦争で重要な戦いに参戦して勝利を収め、後のフランス王シャルル7世の戴冠に貢献した。その後ジャンヌは捕虜となり、イングランドと通じていた司教によって「不服従と異端」の疑いで異端審問にかけられ、異端の判決を受けたジャンヌは、19歳で火刑に処せられてその生涯を閉じた。


ランスのミニ知識

ランスは「戴冠の都市(la cité des sacres)」または「王たちの都市(la cité des rois)」とも呼ばれる。シャンパン醸造の一大中心地。

ノートルダム大聖堂
 ランスのノートルダム大聖堂では、フランク王国のクロヴィスが洗礼を受けたとされることにちなみ、歴代のフランス王たちの戴冠式が挙行されてきたカトリックの大聖堂。現存するゴシック様式の大聖堂は、13世紀以降のものである。フランス国内におけるゴシック様式の傑作の一つと称される。
 大聖堂で戴冠式を行った王には、15世紀ジャンヌ・ダルクに連れられて聖別を受けに来たシャルル7世や、ルイ13世、ルイ14世、ルイ16世などがいる。

トー宮殿
トー宮殿は、1498年から1509年に建造された大司教の館。
 名前はギリシャ文字のτ(タウ)から付けられたものであり、平面図がT字型をしていたことにちなんでいる。ノートルダム大聖堂に隣接し、国王の戴冠式の際には期間中の国王の御座所としても使われた。
 1972年以降、トー宮殿はタペストリーなどの大聖堂に関わる品々、あるいは戴冠式に関わりのあった品々などを展示する国立博物館となっている。   

 ランス・ノートルダム大聖堂 は、隣接するトー宮殿、市内の聖レミ教会堂とともに1991年に、ユネスコ世界遺産に登録された。

◇ 登録基準
この世界遺産は世界遺産登録基準における以下の基準を満たしたと見なされ、登録がなされた。
    (1) 人類の創造的才能を表現する傑作。
    (2) ある期間を通じてまたはある文化圏において、建築、技術、記念碑的芸術、都市計画、景観デザインの発展に関し、人類の価値の重要な交流を示すもの。
    (6) 顕著で普遍的な意義を有する出来事、現存する伝統、思想、信仰または芸術的、文学的作品と直接にまたは明白に関連するもの。〈Wikipediaまとめ 〉


 


































 


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