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バリ島旅行記1(ウブド)

2015.12.24-26
 年末に休みを工面してあこがれのバリ島旅行に行ってきました。赤道に近い日本とはまったく違う土地でありながら、バリ島はなぜか日本の原風景のような親近感を感じる所でした。自分で見学地の行程を決めて、チャーターカーで自分の行きたいところに行くという旅は楽しかったです。ウブドの近く、ウブドの周辺、その他とまとめて、現地に行ったからこそわかったこと、見たことを旅行記としてお知らせします。
 まずは、ウブドの中心付近です。

 contents → ゴア・ガジャ遺跡 - イエ・プル遺跡 - プリ・ルキサン美術館 - ネカ美術館 - バリ舞踊 演目:レゴン・トランス、ジャウック、クビャール トロンポン、レンチャナ・アグン・ウブト - バリ島の話題 - バリ島のミニ知識

※王国、神、寺院等の情報は別なページにリンクして説明します。

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img_20160214-132737.png

○ ゴア・ガジャ遺跡 Goa Gajah :ウブド 

 11世紀前半に起源をもつ寺院遺跡。象の洞窟と呼ばれていますが、元は埋まっていて発見された時に入り口の石像が象に見えたとか。中に入ると、ガネーシャ神と、3体のリンガが祀られていました。沐浴場には、女神象が刻まれています。水はそんなに豊富ではありません。昔は神殿だったという場所に、当時の石材が積まれていました。

鬼面カーラ

洞窟入口のレリーフ:鬼面カーラ

 バリ島観光パンフレットに必ずというほど載っているゴア・ガジャ遺跡。行ってみると寺院なことがわかりました。11世紀ごろの古代遺跡で、僧侶が瞑想や修行をした場所、と言われています。
 この洞窟は、1923年に発見されたもの。洞窟内に祀られているリンガは、シヴァ(風の神-破壊神)、ヴィシュヌ(水の神-維持神)、ブラフマー(火の神-創造神)のヒンドゥー3神を表しています。洞窟の中には、ガネーシャ神ハリティー(鬼子母神)もあります。
入り口の彫刻は「ランダ」といわれていますが、「カーラ」が正しいようです。

沐浴場

沐浴場

 洞窟手前の広場には1954年に発見された女神ウィジャダリ(天女)が彫られた沐浴場があります。この沐浴場は戦後発見された古代遺跡としてはインドネシア最大の発見と言われているということです。

女神ウィジャダリ石像

 

沐浴場と女神ウィジャダリ象 Wijadari

 石像の大きさは、人より少し大きいくらい。端正な顔だちをしています。(そんなにいいものなら、下に降りてしっかり撮影したらよかった・・・)
 現在は、沐浴場としては使われていないようでした。ゴア・ガジャ遺跡地図にリンク
ゴア・ガジャ遺蹟map ⇒

 →※ゴア・ガジャ遺跡の紹介へ
 link-バリ島旅行.com ゴアガジャ遺跡

イエ・プル遺跡 Yeh Pulu 

 イエ・プル遺跡は、ゴア・ガジャのすぐ近くにあります。棚田も美しいということで行きました。岩に刻まれている石像は迫力があります。水に恵まれてる所で、前の日の雨で歩道が冠水していましたが、裸足で歩いて行ったかいがありました。

岩盤に刻まれたレリーフ

岩盤に刻まれたレリーフ(手前)

 イエ・プル遺跡は、14世紀のバリ人の王国・ワルマデワ王朝が栄えたころに創られたとされ、25メートルほどの大岩に描かれた、古代神話をモチーフにしてあるそうです。 一説ではインド神話の英雄でもあるクリシュナの生涯を描いたものだとされ、馬にまたがり狩りをしたり槍投げをする様子などが、力強く彫られています。
 ※クリシュナは「マハーバーラタ」の主役の一人です。


岩盤に刻まれたレリーフ

岩盤に刻まれたレリーフ(奥)

 遺跡の名前のイエとは水、プルとは容器のことで、石の器から湧き出る泉のことを表していて、当時の修行所であったと考えられています。泉と沐浴場は、入口近くにあります。イエ・プル遺跡には、観光客の姿はあまり見られませんが、レリーフに着くまでの自然も美しいところです。
 イェ・プルにもグヌン・カウィと同じに、巨人クボイオが爪で彫ったものだという言い伝えがあるそうです。⇒ 巨人クボイオ伝説
link-トラベルjp イェ・プル遺跡

イェー・プル遺跡看板イェー・プル遺跡付近の棚田イエ・プル遺跡地図にリンク
イェ・プル遺蹟map ⇒



左「イェ・プル遺跡看板」。右「イェ・プル遺跡付近の棚田」。
※イェ・ブル遺跡の看板を降りた近くにカフェがありました。

プリ・ルキサン美術館 Museum Puri Lukisan

 ウブトの王族が設立し、バリの昔からの絵画が納められている美術館で、サレン・アグン宮殿から近いということで見学しました。バリの神々や民族が描かれている絵が多く、バリの人々の世界観が感じられます。木から削りだしたような彫刻が見ものです。
獅子頭(バロン)


イノシシの仮面(バロン)

 大変美しい仮面です。バロンには、バロン舞踊に使われる面・衣装の他に、ライオン、虎、猪、象、牛の仮面があるのだそうだす。


バリの細密画
 


バリの人々が描かれた絵画

 このような細密な画が多かった。バリの人々は、すみからすみまで、描ききらないと満足しないのでしょう。
 バリの細密画
 



海の生物が描かれた絵画









 

 海の生物が描かれた絵画





木彫りの女性木彫りの水牛
木から掘り出された女性と水牛

 木の素材や木目を熟知しているのでしょう。バリの木像は素晴らしい!バリの人々は美術的にも手業工芸にもたけています。
(ぜひ、画像をクリックして大きい写真も見てください。)プリ・ルキサン美術館地図にリンク
プリ・ルキサン美術館map

 → プリ・ルキサン美術館紹介へ  link-バリナビ プリ・ルキサン美術館

ネカ美術館 Neka Art Museum

 サレン・アグン宮殿から車10分ほど山の方に進んだところにありました。 展示している絵画は、バリに関するもので古い時代から新しい時代のものまであるので見飽きません。バリに行ったら外せないところだと思います。
 

「祠の上の龍」と神鳥「ガルーダ」

 「祠の上の龍」は、美しく細密な彫刻です。バリには、ガルーダがそこかしこにありますが、このガルーダは質感が素晴らしい。
祠の上の龍神鳥「ガルーダ」アブドゥル・アジス作「引かれあう心」






























アブドゥル・アジス作「引かれあう心」

 この絵はHPで調べて名前がわかりました。ネカ美術館の代表絵画です。なんと、美術館創設者が別々の2つの絵を並べたものなのだそうです。

アブドゥル・アジス作「踊りの出番を待つ」
 














アブドゥル・アジス作「踊りの出番を待つ」

 これも、ネカ美術館の代表絵画です。本当に存在感のある絵です。枠から飛び出して見えます。パンフレットでアブドゥル・アジスは、だまし絵の名手と紹介されています。



伝説を題材とした絵

 
ラーマーヤナ物語(The Ramayana)
 ラーマRama王子、弟ラクシュマナLaksmana、シータSita姫と黄金の鹿の場面(シータ姫が王子に捕らえるように頼んだ鹿は、邪悪な王ラーヴァナが送り込んだ魔術師マーリーチャが化けていたものだった。)
 ⇒ ラーマーヤナ物語のあらすじ 


二人の踊り子 レゴン・ダンス


鬼面カーラと女性たち

若い女性










踊り子木彫りの鹿














 

左「ネカ美術館看板」。中「ネカ美術館中庭」。右「ネカ美術館玄関」。
ネカ美術館看板ネカ美術館中庭ネカ美術館正面入口
 link-mamichan ネカ美術館 
※ネカ美術館には、センスのあるお土産(服・布・アクセサリー・置物、etc)を扱っている売店もありました。 バリではこんな感じで一度に各種お土産を見るところは見かけません。飲み物の飲める休憩所もあります。
 それから、駐車側から見える所に、クルクル(木製半鐘)が吊り下げられています。まじかに見て叩いて音を聞くこともできます。訪れたらぜひ体験してください。
ネカ美術館地図にリンク
ネカ美術館map ⇒

こちらのページも参考にご覧ください。
⇒ アルマ美術館 旅行記13

バリ舞踊 サレン・アグン宮殿 Puri Saren Agung = Ubud Palace

 バリ舞踊を観るためにサレン・アグン宮殿(ウブド王宮)を訪れました。 いいイス席で観るためには、30分前には着いていることをお勧めします。(イス席が埋まっても、正面の床に座ることも可能です。)宮殿のコリアグンをバックに踊る舞踊は見応えがあります。 チケットは入口で売っていて、入場の際に日本語で書かれたリーフレットをくれました。舞踊が終了しての帰りには、入口にタクシーの勧誘がいっぱい集まっています。
 この日の舞踊団は、スク・パンチャ・アルタ・ウブド・クロッド Sekehe Gong Panca Artha でした。

※バリ舞踊についてこちらにまとめてあります。バリ島の舞踊・主な踊り悪魔祓いの踊り宮廷での踊り

開演間近のサレンアグン宮殿
 
開演間近のサレンアグン宮殿
 サレン・アグン宮殿のコリアグン(中門)が照明に映えて、気分が高まります。この区画は「アンチャッサジ」と呼ばれるとのこと。踊り手は基本的に入場の際はコリアグンの門を開けて舞台に登場し、退出はコリアグンの両側にある通用口を使うのが習わしのようでした。
 ●中門:コリアグン kori agung → 寺院においては神々の領域を隔てる中門。神の住むマハメル山の山腹を表す。中央の扉は御神体の出入り用。宮殿では、人々が出入りするエリアとの境。

レゴンダンス 清めの儀式
 

レゴン・ダンス

 レゴン・クラトンは清めの儀式から始まりました。この舞踊は、レゴン・ダンスの中でも、レゴン・クラトン legon keraton という宮殿での舞踊を形としたものに属します。同じレゴンでも新しい形のものもあるということです。



レゴンダンス


レゴン・ダンス

  「レゴン・ダンス」はかつての宮廷舞踊がその原型だそうですが、「レゴン」と呼ばれる女性の踊り手によって、物語が踊りで演じられていく、というスタイルの舞踊のことです。




レゴンダンス
レゴン・トランス
 レゴン・クラトンは双子に見えるような踊り手を選ぶのだそうです。それにこの舞踊団のレゴン・ダンスの前半はほとんど目を閉じて踊っていました。このダンスはレゴン・トランスとして、サンヒャン・ドゥダリ(憑依舞踊)の特徴が取り入れられている舞踊です。


レゴンダンス



  この舞踊を見たくて、鑑賞する曜日を決めました。バリ舞踊は見たい演目にあわせて、会場と曜日を調べて見に行ってください。




トペンダンス(仮面舞踊)
 
ジャウック トペンダンス(仮面舞踊)
 仮面の道化師が滑稽な動きで楽しませてくれます。観客席の近くに来て、舞踊を見ている子供と握手したりして観客を沸かせてくれました。




クビャール トロンボン

クビャール トロンポン

 踊りながら、打楽器(トロンポン)を演奏します。ある場面では、彼の演奏に合わせて楽団が音楽を奏で、指揮者となります。彼の演奏と楽団の演奏の掛け合いが素晴らしい。ところで、男装した女性を演じているのだとか。叩いているのは「トロンポン:こぶ付きドラ」。デンパサールのアートセンターでは楽器をまぢかに見ることができます。

バリ舞踊
 

レンチャナ・アグン・ウブト

 傘を持った男性が4人、女性が3人での踊りです。両側の女性が赤と白の龍を持ち、中央の女性が太陽の飾りを持って踊っていました。


バリ舞踊

 午後7時30分から9時までの間に、演目は7つほどもあったでしょうか。男性はともかく、女性は演目ごとに違う人が踊っています。楽団と踊り手をあわせると50人ほどにもなるダンスチームでした。すごいと思いませんか?
サレン・アグン宮殿map ⇒ウブト宮殿(サレン・アグン宮殿)地図にリンク
 
 
 バリ舞踊が儀礼での踊りから観光客に公演するようになったのは、1930年代(昭和初期)の欧米からの来訪者がくるようになってからです。それほど昔のことではありません。このころから、劇の要素も入れ、ストーリー性を持った舞踊に変化していきます。ガムラン音楽も色々な形態が出てきたとのことです。

 次の旅行でみたバリ舞踊は、こちらのページで紹介しています。「ビナ・ルマジャ舞踊団」
 こちらのページも参考にご覧ください。
⇒ バリ島の舞踊・主な踊り ⇒ バリ島の音楽・ガムラン  

バリ島の話題

ゴア・ガジャ

 9世紀から11世紀頃に築かれたヒンズー教の石窟寺院で、仏教の影響も強くみられる。Goa は洞窟、Gajahは象を意味するため、象の洞窟といわれているが、次の説がある。
 洞窟のそばを流れるペタヌ川が昔、ルワ・ガジャ「象の川」と呼ばれていたため。この他、象は大きい物を表し「大きな洞窟」の意味だと解説しているサイトや、「14世紀にこの遺跡をオランダ人が発見した時に見つけた像が、巨大な象の石像に見えたから」という説もある。1923年にオランダ領東インドの公式報告書に掲載された。
 洞窟の入口の彫刻は「鬼面カーラ」だと文献に記載されている。カーラとは、ジャワから伝わったもの。南インドのキールティムカに由来し、創造上の魔物で魔除けの役割を果たす。沐浴場の女神像の発見は1954年の発掘による。更にここから100mほど谷底に向かって下り川に着くと、1917年のバリ南部大地震で崩落した巨大な仏教遺跡が荒廃したまま残されている。この仏教遺跡は紀元8世紀の物で、バリ島にはほぼ同時にヒンズー教と仏教が伝来した事を示しているが、この地ではヒンズー教と仏教の僧侶達が共に修行に励んでいたといわれている。
参考文献:神々の島バリ バリ=ヒンドゥーの儀礼と芸能 春秋社、他

プリルキサン美術館

 プリルキサン美術館は、バリで最も古い美術館で1954年に開設。質の高いバリ絵画および木彫り作品を展示し、コレクションは1930年~現代まで、バリの芸術的なスタイルのすべての重要な例が含まれている。(主に第二次世界大戦前の作品を所蔵、展示)ラトナ・ワルタ財団が運営するウブド絵画美術館で、画家のルドルフ・ボネやウブドの領主のラコー・スカワティらが設立した。名称は「絵画の宮殿」。バリ語のプリは宮殿、ルキサンは絵画の意味。
〈 建物 〉 ○ビルⅠ(北)- Pitamahaギャラリー:戦前現代の伝統的なバリ絵画(1930から1945)とNyoman Lempad コレクション ○ビルⅡ(西)- Ida Bagus Madeギャラリー:イダバグースメイドエステートコレクション ○ビルⅢ(東)- ワヤンギャラリー:ワヤン絵画コレクション
※参考文献:プリルキサン美術館提供の日本語パンフレット他

ネカ美術館

 バリでも屈指の規模を誇る美術館。ステジャ・ネカは、もともとは芸術に大変興味を持つ一教師であり、父は著名な画商だった。 1976年に美術館を開設し、現在はダルマ・スニ財団(芸術に奉仕する財団)が運営している。 カマサンスタイル、バトゥアンスタイル、ウブドスタイルなどの伝統的なバリ絵画を集めた展示館やバリ島在住のオランダ人アリー・スミットの作品を集めた展示館、 現代インドネシア絵画を集めた展示館などが中庭の休憩所を取り囲むように配置されている。
○展示館Ⅰ:様々なスタイルのバリ絵画 ○展示館Ⅱ:アーリー・スミット・パピリオン ○展示館Ⅲ:写真展示室
○展示館Ⅳ:グスティ・ニョマン・レンパッド・パビリオン ○展示館Ⅴ:現代インドネシア絵画(アブドゥル・アジスの作品がある) ○展示館Ⅵ:東西絵画の出会い
 
(展示館Ⅱには、絵画グループ・ピタ・マハの設立に関わり、バリ絵画に大きな貢献を果たした三人の外国人画家、ウォーター・スピース、ルドルフ・ボネ、アーリー・スミットの作品がある。)
※参考文献:ネカ美術館提供の日本語パンフレット他

バリ舞踊、当日のプログラム

 Legong Trance(レゴン・トランス)

 悪人たちの傍若無人な振る舞い等で、全世界が様々な災難に見舞われているのを知った天国の神々が、芸術的精神を広め全世界の安寧を保つために地上に舞い降りました。バリ全土に普及させた芸術的精神は従来から善を表すものとして加護され、現在もバリヒンドゥー教の信仰とは切り離せないものになっています。
 スルガウィの歌声と共に、女神の象徴である2人の美しい踊り手(レゴン)がトランス状態の中、しなやか、かつ弱々しい動きで踊り始めます。この踊りは、神々が全人類の安寧、繁栄に対し慈悲と恵みを与える物語を表現しています。

 Jauk (ジャウク)

 ジャウクとは鬼神が森の中を一人で戯れる姿を踊りにしたものです。群がる虫とじゃれあったり、フルートを吹いてみたり、木々を崇拝したり等、ジャウックの感情を自由に表現しています。さらに、仮面の裏に隠れた踊り手自身の感情も即興で表現しています。

 Lencana Agung Ubud(レンチャナ・アグン・ウブト)

 男性は儀式などで使われる大きな傘を持ち、女性はお供え物と人形を持って踊ります。そのシンボルはアルダチャンドラ(半月)、ウィンズ(太陽)、コスモス(地球)、ナガ(龍)で構成され、バリヒンドゥー教では「月と太陽は地球を守り、龍は地球を支えている」という教えがあり、その思想を元に表現されています。この二匹の龍はバリ島最大の寺院ブサキ寺院に住んでいると言われている龍です。このシンボルは自然・文化・芸能等全てを含め、ウブトはもちろん、バリ島全体を守っているという意味を持ちます。この舞踊は国立芸術大学教授が作った創作舞踊です。

 Kebyar Trompong(クビャール・トロンポン)

 クビャールとは稲妻という意味で、伝統的なクビャールスタイルという演奏形態と舞踊に対し、その名前がつけられています。トロンポンとはこの舞踊の踊り手により演奏される旋律打楽器の名称です。クジャール・トロンポンの踊り手には「踊りながら楽器を演奏する」という、かなり技術的かつ高度なレベルが必要とされ、クジャールの高速な音楽をダイナミックかつスリリングな動きで表現します。そして、表情も「強さ」から「洗練された繊細さ」まで細かく表現されます。1930年代に創作されました。
※参考文献:会場で配布されたリーフレットから 

ウブド Ubud

 ギャニアール県ウブド村。ウブド郡の中心地。 ガムラン音楽、バリ舞踊、バリ絵画など、芸術の村として知られ、観光客が数多く訪れる。夜には、毎日場所を変えてバリ舞踊の公演が行われる。美術館も数多く、ウブド近郊には彫刻や絵画の工房もある。1920年代、欧州からきいてバリに長期滞在した画家たちが地元の絵描きと交流する中で、バリ絵画に劇的な変化をもたらした。
 一般に、ウブドというと、ウブド郡に含まれる近隣の村を含めて指すことが多い。 (プリアタン村、マス村、サヤン村、クデワタン村) また、近郊にはライステラス(棚田)で有名なテガラランもあり、寺院、宮殿、遺跡も数多い。
 ウブドの地名は「薬草」に由来する。 8世紀にジャワの高僧ルシ・マルカンデヤが多くの信者を引き連れてアグン山へ向かう途中、 信者の幾人かがこの地に止まり、村を作るために森を開拓しようとしたところ、その森が薬草の宝庫だったため、 ウバド(バリ語で薬=オバットの意)と名付けたという。
 ウブドは1342年ジャワのマジャパイト王国に征服される前のバリ中心地といわれ、石像が多く出る地であった。それら石像を奉る「ペジョンの月:青銅の鼓」で有名なプラタナン・サシ寺院がある。また、19世紀後半、ギャニャール王国の北部を支配したウブドの領主、スカワティ家のウブド王宮「プリ・サレン・アグン」がある。

バリ島のミニ知識

 バリ島(インドネシア語: Pulau Bali)は、東南アジアのインドネシア共和国バリ州に属する島である。首都ジャカルタがあるジャワ島のすぐ東側に位置し、周辺の諸島と共に第一級地方自治体(Provinsi)であるバリ州を構成する。
 バリ州は、以下のカブパテン(県)と呼ばれる9つの第二級地方自治体で構成される。
(1) バドゥン県 Kabupaten Badung→メングイ(タマン・アユン寺院)、クタ
(2) バンリ県 Kabupaten Bangli
(3) ブレレン県 Kabupaten Buleleng
(4) デンパサール市 Kabupaten Denpasar
(5) ギャニャール県 Kabupaten Gianyar →ウブト、ギャニャール、
(6) ジュンブラナ県 Kabupaten Jembrana
(7) カランガスム県 Kabupaten Karangasem
(8) クルンクン県 Kabupaten Klungkung
(9) タバナン県 Kabupaten Tabanan
 ※デンパサール市を除く、8つの県は王国を基礎としている。9つあった王国は、上記の他に「メングウィ(ムングウィ)王国 Mengwi」があり、オランダ統治時代の19世紀に西隣のタバナン、南隣のバドゥンの両王国連合軍との戦いに敗れ、国土は2つに分断され、メングウィ王国の名前は消滅した。

人口:  約390万人
面積:  約5,561平方キロ → 四国の面積の約1/3
宗教:  バリ・ヒンドゥー教徒(9割) 他にイスラム教徒、キリスト教徒、仏教徒
民族:  バリ人(大多数) 他、ジャワ人、華人、外国人も多数住む
気候: サバナ気候、雨季(10月 - 3月)と、乾季(4月 - 9月)とに明確に分かれる
(この季節風による荒波によって海上交通が困難であったことが一因となって、バリ島は島外世界から相対的に独立性を保った歴史的発展をとげることになった)。
気温: 一年を通じて気温の変化はほとんどなく、年間の最低平均気温は約24度、最高平均気温は約31度。7月・8月が気温が低い。また、平均湿度は約78%。 


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海外旅行でドイツ・フランス・ベルギー、バリ島、シンガポールを訪れました。
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