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バリ島旅行記3

2015.12.24-26
 
年末に休みを工面してあこがれのバリ島旅行に行ってきました。
見学地を3つのページに分けてまとめました。「旅行記1」はウブドの近く、「旅行記2」はウブドの周辺、「旅行記3」はその他です。実際の見学行程は「旅行行程」をご覧ください。
 ウブト以外の見学地をこのぺージにまとめました。見学地をクリックすると説明ブロックにジャンプします。

 contents → タマン・アユン寺院 - タナロット寺院 - バリ博物館 - アートセンター - バジュラサンディ - バリ動物園 - スカワティ市場 - バリ島の話題 - バリ島のミニ知識

 

※王国、神、寺院等の情報は別なページにリンクして説明します。

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タマン・アユン寺院 Pura Taman Ayun

 メングウィ王国が建設し、バリでブサキ寺院に次ぐ、二番目に広い寺院で世界遺産ということで見学しました。 境内には入れませんが、堀の周りから観ることができます。芝生が美しい寺院です。11層ある塔はもっと大きいのかと思っていましたが、それほどでもありませんでした。警鐘楼が他の寺院と比べて、圧倒的な高さでした。
 タマン・アユン寺院は、サド・カヤンガン Sad Kahyangan 、6大寺院と呼ばれています。



タマン・アユン寺院の堀

タマン・アユン寺院の堀

 世界遺産「バリ州の文化的景観 : トリ・ヒタ・カラナの哲学を表現したスバック・システム」にタマン・アユン寺院は入っています。建物を見る前に、この堀に注目する必要があります。日本人は城の堀を思い起こしますが、防御のために作られたものではなく水利に利用しているのでしょうか。寺院の奥の方向以外の3方が堀になっています。


闘鶏(タジェン)場
 

闘鶏場「ワンティラン」wantilan

 タマン・アユン寺院の入口の近くに闘鶏(タジェン)場があります。人形を置き闘鶏の場面を再現しています。ガイドさんいわく、バリの人々はカケゴトは闘鶏しか許されていないということでした。
 闘鶏は神聖なる供儀で、オダラン(寺院祭礼)や火葬式をはじめ、大きな儀礼にはかかせないもので、その特徴は、雄の軍鶏の右足首に10センチほどの鉄の鋭利なナイフを糸でしっかりと縛りつけて戦う、ということです。
 ●ワンティラン:wantilan → 舞踊舞台、会議場、闘鶏場等多目的ホール。三面解放型。屋根は瓦。タマン・アユン寺院は闘鶏場として使われているるようで、屋根はカヤ葺き。

警鐘楼「クルクル」








警鐘楼「バレ・クルクル」Kul Kul

 警鐘楼バレ・クルクルは街中でよく見かけます。吊されている木の鐘クルクルは、長さが同じではなく、片方が短いのが特徴です。ラナン(Lanang=男性)とワドン(Wadon=女性)と呼ばれるのだそうです。魔除けのポレン布(白黒チェック柄)を巻かれているものもありました。ネカ美術館の庭先には、クルクルが吊されています。木は中に割れ目を刻んであり、叩くと「ポーン」と響く音がしました。
 タマン・アユン寺院のバレ・クルクルは街中のものと異なり、大変大きなものでした。街中のバレ・クルクルにはスピーカーがセットされているものがあります。
 クルクルは寺での儀礼や会合、バンジャール内の死者、結婚などの知らせなど人を集める時に鳴らし、叩き方のリズムが人を招集する内容で違うのだそうです。
 ●クルクル塔l → 警鐘塔。堅い木に割れ目を入れてつくった木製ドラム。集会や緊急事態、公式行事等がある時にこれを鳴らして村人に知らせる。
バロン・ダンスの衣装
 







バロン・ダンスの衣装 Barong

 タマン・アユン寺院にバロンを飾っているバレがありました。バロンは森の王であり、獅子の姿の聖獣です。バロンは中国の影響があると言われ、日本の獅子舞・権現舞・神楽と共通のルーツを持つものです。バロンダンスでは、善の象徴である聖獣バロンと悪の象徴である魔女ランダの終わりなき戦いを描いたものですが、ここから、バロンはあらゆる災害を防ぐ力をもつと信じられており、デサ(村)の寺院の一隅に収められ、日々、供物と祈りの対象となっているということです。
  このバロンには、米など穀物が飾りつけられていました。五穀豊穣を願ってのことでしょう。バロンには種類があり、このバロンは「バロン・ケケ」といいます。


コリ・アグン 中門

 






中門 コリ・アグン Kori Agung

 コリ・アグンは、中陣 ジャバ・トゥンガー  jabaTengah と 内陣 ジャロアン jeroanとを分ける門で、寺院での神の領域と人の領域を隔てるものです。写真のような山型の形状が多いのですが、四角く屋根が配置されているものもあるようです。
 正面の門は御神体の出入り用で、祭典・儀式の時にしか開かないのでしょう、両側に通用口があります。正面の門の両側には邪悪なものが通るのをゆるさないというように、守護神ラクササが配置されています。
 ●中門 → 神々の領域を隔てる中門。神の住むマハメル山の山腹を表す。中央の扉は御神体の出入り用。
 ●中庭:ジャバ・トゥンガー jaba tengah → 3つの領域を持つ寺院において、神々の領域と人々の領域のバッファーゾーン。奉納舞の多くはここで演じられる。 
 ●内庭:ジェロアン jeroan:内庭 → 神々の領域で、ヒンドウー教徒の参拝客であっても通常は入れない。



バレ Bale

バレ Bale

 バリ島の寺院ではバレが必ずあります。基本的には四方が解放された構造です。バレには、人が集まり作業する、供物を作る、供物を献げる、僧侶が拝むなどのそれぞれのバレに機能があります。
 寺院の奥にちかづくにつれ、広さが狭く(少人数)、土台が高くかつ装飾が豪華になっています。三方が解放で背中に壁があるバレは、僧侶が儀式の際に使うものや供物をあげるものです。baleは、インドネシア辞典ではbalai建物、公共の家:宮殿内の建物と記載されています。このバレは供物を作る時に使うものだと聞きました。

神鳥ガルーダとヴィシュヌ神


神鳥ガルーダとヴィシュヌ神













神鳥ガルーダとヴィシュヌ神

 タマン・アユン寺院は堀で囲まれていて、入場する際に橋を渡ります。寺院は3つのエリアに分かれていて、通用門から先の中陣 jabaTengahと内陣 jeroanは、塀の回りの歩道を歩いて見学します。塀は胸くらいの高さなので中がよく見えます。タマン・アユンは寺院を裏から見ることができ、構造や配置がよくわかり、バリ島の寺院を理解するためにかっこうな場所と言えるでしょう。
 このガルーダヴィシュヌ神は裏から見ていることになり、頂点に蓮華座(神の座る椅子)が置かれています。
 シワ神パドマサナだそうです。そして、その右手にあるのが、ブラフマ神のパドマサナです。
 ●パドマサナ:padmasana → 通常は太陽神スリアもしくはシワ神の玉座。最上部は椅子になっている。常にガジャの方角であるアグン山を背中にし、境内の奧・もっとも高貴な位置に建てられる。

メル


 






11層のメル Meru

 メルは、多層(奇数)の屋根を持った塔状の寺院建築で一般に聖なる山スメルを表すとされています。バトゥール山やアグン山を崇めるメル、唯一神サン・ヒャン・ウィディを崇めるメルなどがあります。それぞれのメルは崇める対象が異なり、建物の中は中空だそうです。屋根は砂糖ヤシの繊維でできているとのことでした。11層のメルはバリで最も高いメルです。
 ●メル:meru → 奇数層の屋根を持つ塔。高さは神格を表す。神の住むマハメル山を表す。砂糖ヤシの毛で屋根をふいている。中空で人が入ることを前提として建てられてはいない。​

メル

連なっているメル

 バリ島のイメージの一つであるメル。タマン・アユン寺院は、多くのメルが並び、連山を連想させます。メルの屋根は奇数なのですが、ここには2層のメルがあることも有名です。
 このお寺は、1634年にこの地にあったメングウィ王国の国寺として建立され、1937年に改修されました。「アユン」というのは歴代のメングウィ王が名乗った名前だそうです。王家の寺なので祖先を崇拝する写真手前の2層のメルがあります。
 link-バリナビ・タマンアユン寺院  ⇒ バリ島6大寺院=サド・カヤンガン紹介へ
 
左「タマン・アユン寺院看板」。右「クルクルの近くの楼」。下「僧侶が祭事を執り行う際に座る場所「Peganteb」」。
タマン・アユン寺院看板楼僧侶が祭事を執り行う際に座る場所「Peganteb」
通用門の兄弟像闘鶏場内の水牛と稲の女神、デウィ・スリの人形
左「通用門の兄弟像」。右「闘鶏場内の水牛と稲の女神、デウィ・スリの人形」。タマン・アユン寺院地図へリンク
タマン・アユン寺院map ⇒

タナロット Tanah Lot

 年末ということでインドネシアの観光客が大勢来ていました。海に突き出ているタナロット寺院は圧倒される風景です。 寺院を建てたお坊さんがパワースポットだということで、ここに開山したということでした。 主要道路から折れて、駐車場に入るまでには、かなり時間がかかりました。
 タナロット寺院は、サド・カヤンガン Sad Kahyangan 、6大寺院と呼ばれています。

 バトゥボロン寺院 タナロット北側の岬

タナロット北側の岬 バトゥボロン寺院

 駐車場から、タナロットへの割れ門をくぐり、海岸公園のような所に入ります。それを進んで行って、タナロットにたどり着きます。最初、「あった」と思いながら、何か感じが違うなというのが、この岬の寺院です。
※2016Vol.7のmaimaiに寺院の名前が載ってました。


タナ・ロット寺院遠景

タナロット遠景

 タナロットの引いた写真は写真はなかなか見ないので、掲載しました。多くの観光客がいるのが、おわかりと思います。実は左方向の浜辺は人で一杯なのです。ガイドさんに「あっち側に行くか」と尋ねられましたが、道が混んでいて、日没の時刻が迫っているので、そのまま待機しました。私のいる位置は、上の写真の岬とタナロット寺院の島との間にいます。

タナ・ロット寺院


タナロット

 タナロットは、干潮だと島に渡れるというので、日没(18:26)の1時間前に到着して、近くに行きたいと思っていましたが、かないませんでした。おまけに雨期に入ったばかりの時期なので、空はうす曇りです。夕日に輝くタナロットを写すことはできませんでした。


タナ・ロット寺院

タナロット

 海縁に人がいるのがわかりますか?この日は波がけっこう強く、岩盤に大きな波しぶきが立つ時もありました。「巻き込まれそう」と心配して見ていて、周りからも大きな波の時には「オ~」と声が上がっていました。
 タナロットでは海岸の浸食が進んでいたが、1980年あたりに日本のODAによる景観を再生するプロジェクトが行われているということでした。


タナロット海岸の夕日

タナロット海岸の夕陽

 空は、雲の切れ間ができたり、なくなったりの状況で、もしかしたら夕陽が切れ間から見えるかもしれないと粘ったのですが、駐車場が満杯でしたので、ここらであきらめて移動しました。タナロットの近場には、あまりレストランがなく、クタあたりまで戻ってからの夕食か、近くでとろうかと悩んだのです。私は近くでタナロットが見えるレストランで食べることにしました。
その説明は別なページで!→レストラン&ホテル
 → タナロットの由来へ
 ⇒ バリ島6大寺院=サド・カヤンガン紹介へ link-バリナビ タナロット寺院 

※タナロットの駐車場の周りは商店だらけです。また、海に向かう入口付近には割れ門があり、ここにも、お土産店がいっぱいありました。(この旅行先で最大の土産店街でした。)タナロット寺院地図へリンク

タナロットmap ⇒

 

バリ博物館 Museum Bali デンパサール

 バリは美術館に比べて博物館が少ないので、文化について知りたいとバリ博物館を見学しました。オランダ統治時代にバリの伝統的な建築様式で建てられた建物自体が貴重で、各棟を分けている門の装飾が綺麗です。正装したカップルが写真を撮っていました。舞踊の衣装などがよかった。休館が不定期らしく、また公営ということで、開館時間が短いのに要注意です。

コインの美女



コインの美女

 貨幣をまとった女性の人形です。このコーナーでは、バリ島が様々な国・地域との交易があったことを示す発掘された貨幣が展示してあります。日本の貨幣もあるという情報があったのですが、探せませんでした。
 中国の古銭・ケペン銭がバリ島でも広く流通していたそうで、現在でも埋葬時に使われるとのことです。他には、古代ジャワの円形穴あきの青銅でできた「アルジュナ硬貨」というのがあって恋愛のお守りの一種として昔バリの男性が持っていたそうです。

土偶




いろいろな土偶

 バリ島にも土偶があったとは驚きです。左上の土偶は何か容器のような感じでした。もしかして、首が蓋になっているのでしょうか。土偶キャラはユニークで楽しげでした。


舞踊衣装

バリ舞踊の衣装

 ホールにバリ舞踊の衣装が展示されていました。マネキンを使って動きをつけてわかりやすいように飾ってあります。天然光の光も入り、見栄えがし、親近感の湧く展示でした。
 左からテレック、バロン・ケケ、バロン・ランドゥン、トペン、男の人の人形の後にバロン・ランドゥン、そして一番右は魔女ランダ。⇒バリ島の舞踊・主な踊りへ

建物を分ける門
 








建物を分ける門

 バリ博物館はオランダ統治時代に、バリの伝統文化を模して作られた建物です。そう言えば門の彫刻もネリハリがはっきりしていました。四つの主要な建物・展示館に分かれていて、建物は壁で隔てられています。門をくぐって次の展示館に行くのですが、気分がわくわくしました。

龍の階段



 

龍の階段

 バリ・ヒンドゥー教では、龍は大地を支えていると考えられていて、大切なもののようです。デンパサールのアートセンターでは、実際に屋外から2階に上がる「龍の階段」がありました。バリの火葬塔の土台には、世界亀バドワン神の両側に蛇神アンタボガ、龍神バスキが取り付けられるのですが、そのモチーフから取られています。


写実的な像









写実的な石像

 バリ島の石像の中には、このような人物像の石像が見られます。バジュラサンディにあった同様な石像についてガイドさんに聞いたところ「インドの伝説に出てくる人だ」ということでした。この石像にもモデルがいるのでしょうか。

学問・芸能の女神サラスワティ




 





学問・芸能の女神サラスワティ Saraswati

 この石像なら何かわかるだろうと色々調べまして、ようやく、学問・芸能の女神サラスワティ(サラスヴァティ)だとわかりました。グヌンカウィ・スバトゥ寺院の池に立つ女神像と同じです。腕が4本、弦楽器ルバブ rebab を持ち、白鳥に乗っています。
 ヒンドゥー教の神様の画像を調べても、インド調の絵画でヒットするので、石像とのギャップが大きく、なかなかわかりませんでした。


カップル写真撮影

 






カップル写真撮影

 バリ博物館を見学していると、突然着飾ったカップルとカメラクルーに出くわしました。レフ係(照明)はいるは、メイク担当女性はいるはで、まさに撮影現場です。展示を見に行っていいのだろうかとビビッてしまいます。次の建物に行ってもまたいるのです。 → バリのカップル写真撮影の話題へ
 
左「カップル写真撮影」。右「バリ博物館展示室」。下「シンガ・マガラジャの石像」。
カップル写真撮影バリ博物館展示室シンガ・マガラジャ

  link-バリ王 バリ博物館   → バリ博物館紹介へ 
バリ博物館map ⇒バリ博物館地図へリンク

アートセンター Denpasar Art Centre デンパサール

 バリ動物園に行く移動経路にあるということで出かけました。野外劇場では、6月に大きなイベントがあるそうです。美術館の木造彫刻は素晴らしい。バリ博物館でも見かけましたが、正装したカップルが写真撮影をしていました。
 次回の見学は、こちらにまとめてあります。 ⇒ バリ島旅行記7アートセンター
野外劇場

アートセンター 野外劇場

 デンパサールのアートセンターは、毎年6月に開催されるアートフェスティバルでは、バリ舞踊などが披露されます。野外劇場の舞台のバックになる建物はエキゾチックな建物でした。広大な敷地内には大小5つの野外ステージが設けられていて、インドネシア国立芸術大学が隣接していて、アートフェスティバル開催以外は大学生達の踊りやガムランの練習、憩いの場として地元の人たちに親しまれている場所だそうです。

龍の階段

龍の階段

 アートセンターの美術館は、なかなかの物だと紹介したサイトを見つけて、訪ねることにしました。この大きく緻密な龍の彫刻が両側にある階段を上って美術館に行きます。
 急な階段を上って2階に行くのは、いい気分でした。
 ちょっとした顛末がありましたが、それはこちらで。→バリの公務員の話題へ

ガネーシャ神
 








ガネーシャ神の木像

 大変大きな絵画もありましたが、圧巻は木像彫刻です。大きさ、緻密さ、繊細さ、どれを見ても一級品なことは間違いありません。他の美術館ではお目にかかれないことでしょう。このガネーシャ神は、石造りでは見られない、まるで生きているような顔立ちです。また、身体の動きも精密です。木の色もいい。ほれぼれしてしまいます。
 バリの人々の木に関する感性は、先祖から受け継いだ生まれながらのものなのでしょう。

神鳥ガルーダとヴィシュヌ神



 


神鳥ガルーダとヴィシュヌ神の木像

 ガルーダは、バリ島ではよく見かけることができました。その中には、ヴィシュヌ神が乗っているものもあります。この木像の精細さ、動きの緻密さは石像ではとても表せないものです。台座の龍まで手を抜くことがありません。まさに、ガルーダヴィシュヌ神とは本来こういうものなのだと教えてくれます。
 このホールには、素晴らしい木像がこの他にも多々あります。アートセンターの美術館を紹介しているサイトはほとんどないのですが、木像を見るだけのためでも訪れる価値があります。


バリ舞踊・バロン衣装

バリ舞踊・バロン衣装

 アートセンター美術館のもう一つの見所は、バリ舞踊関連の展示です。バリ舞踊に関わる音楽、ガムランに使う楽器が身近に見ることができます。叩いてもいいのなら、感動ものです。そして、衣装。このイノシシの衣装は猪型バロンです。奧はバロン・ケケのものです。
 この他、仮面も様々展示してありました。



アートセンターの蓮池

アートセンターの蓮池

 アートセンターの蓮池は風情がありました。正面の東屋敷の右側に三体の女神像がありました。アートセンターは1979年に全館オープンしています。新しく建てているからこそ、バリの伝統文化に則った建築になっているのだろうと思います。
 デンパサールで時間をとれる方は、ぜひ訪れてください。
 毎年6月上旬から1ヶ月に渡って開催されるアートフェスティバルでは様々な舞踊ショーやガムランのコンテスト他が連日の賑わいを見せるだけでなく、絵画や手工芸作品の展示もされるそうです。バリの人々の芸術にかける思いは並々ならぬもののようです。

 link-バリナビ アートセンター 

 ※ 蓮はバリ語やインドネシア語ではパドマといい、ヒンドゥー教では女性のシンボル、神聖な花として尊ばれる。パドマは稲の神様であるデウィ・スリ神の象徴とされている。アートセンター地図へリンク
アート・センターmap
 

バジュラサンディ Monumen Bajra Sandhi デンパサール

 デンバサールを移動中にルノン広場の「バジュラサンディ」を見かけて、ぜひ行きたいと寄りました。展望できる階からの景色が美しい。中にバリの歴史を表したジオラマが展示してあります。

バリ人民闘争記念碑

バリ人民闘争記念碑 バジュラサンディ
 Bajra Santhi Monument

 バリ人民闘争記念碑は、一般にバジュラサンディと呼ばれていて、お坊さんがお祈りの時に使うベルに、塔の形が似ているから、そのような呼ばれ方をしているそうです。1987年建造、2003年に一般公開され、バリ島民の闘争の魂を記念して作られた記念塔です。高さ45mというこの塔は、大きなルノン広場に立っているため、とりわけ見栄えがします。

バジュラサンディの中央階段












バジュラサンディの中央階段

 周りが池になっているラセン階段を上って展望台に向かいます。


展望所







 

バシュラサンディの展望所と景色

 バリ島には建物の高さ制限もあり、高い建物があまりないので、展望所からの見晴らしはいい眺めです。左側の写真は園地を見渡した景色、右側は、遠景です。ルノン広場は、インドネシア独立戦争を記念した広場で、ベンチがあったり、遊具があったりとバリの人々がリラックスして楽しめる場所のようでした。
 デンパサールはバリで中心街で、大きなりっぱな建物があり、バリ州知事の公舎であったり、デンパサール市長の公舎でした。選挙運動の大きな看板があり、二人の顔写真が掲げられています。正副を明らかにして選挙するとのことでした。
バジュラサンディ園地


展望所遠景





 

バシュラサンディの歴史コーナー

 バジュラサンディのメインホールには、古代から植民地時代、独立国家への戦いに関する近代史までのジオラマがあります。英語の解説もないのでよくはわからないのですが、一周する内にバリの歴史がわかるように工夫されていました。
 このバジュラサンディの近くにププタン広場があり、「ププタン・バドゥン」の記念碑がありますので、合わせて見学をお勧めします。
 link-バリ島旅行.com バジュラサンディへバジュラサンディ地図へリンク
バジュラ・サンディmap ⇒

バリ動物園 Bali Zoo = Kebun Binatang Bali

 それほど大きな動物園ではありません。東南アジアにこだわった動物が展示され、ここでしか観られないだろうものもいて、びっくりしました。 ホワイトタイガーは貴重です。レストランでは、象に乗るアクティビリティが観られ、間近に寄ってきます。

ミーアキャット

ミーアキャット

 バリ動物園の入口近くの展示で、ミーアキャットがいました。
 ミーアキャットは、アフリカのサバンナに棲むマングースの仲間です。立って日光浴をする姿がかわいいと昔の動物テレビ番組で人気物でした。食べ物は雑食で、昆虫、サソリ、爬虫類、鳥類、植物の茎、根など何でも食べます。家族で暮らし、親以外でも群れの子供のヘルパーとして子育てをします。本物を見たことがなかったので感激しました。


ヒクイドリ 雄

ヒクイドリ 雄

 写真は羽が美しい雄のヒクイドリです。まるで恐竜のような足に注目です。もっとも凶暴な鳥だとされています。ヒクイドリはインドネシア、ニューギニア、オーストラリア北東部の熱帯雨林に生息します。ヒクイドリの名は、喉の赤い肉垂が火を食べているかのように見えたことから名づけられたと言われています。ダチョウに次ぐ大きさで飛ぶことのできない鳥です。


Rusa Totol

Rusa Totol (斑点ジカ)

 ご覧のとおりニホンジカに近い種類です。ジャワ島のボゴール宮殿にはいっぱいいるとのことです。インド地方に生息するシカで、本来インドネシアにはいないとインドネシアHPにありました。
 シカといえば、バリ動物園には「マメジカ」がいます。これも珍獣で、成獣でも重さ0.7~8.0 kgで、最も小さい種は世界最小の有蹄動物です。森林に棲む珍しいシカです。夜行性のため、姿が見えませんでした。


マレーガビアル

マレーガビアル

 よく知られているアリゲーターやクロコダイルのワニと比べて、口が細いのが特徴です。インドネシア、(スマトラ島、ボルネオ島)、マレーシアに生息するという珍種です。ガビアルも初めて本物を見ました。ワシントン条約に関わる貴重種です。つまり、生息数が激減しています。

珍獣 バビルサ


バビルサ

 バビルサは、毛のないイノシシに見えませんか?インドネシアのスラウェシ島と周辺の島々に生息し、分布が限られてもいて、世界の珍獣です。バビルサはその2対の牙が、頭の方に湾曲していて、オスの牙は肉を貫き鼻の天辺から突き出ています。本物を見ることは興奮ものなのですが、残念ながら、立った雄姿を見ることはできませんでした。


ボルネオオランウータン

ボルネオオランウータン

 オランウータンは日本ではよく知られています。でも、アジアのインドネシア(スマトラ島北部、ボルネオ島)、マレーシア(ボルネオ島)にしか生息していないことはご存知でしょうか?
 オランウータンという名前はマレー語で「森の人」の意味で、実は奥地に住む住民を指す言葉を、ヨーロッパ人が誤解したことによるのだそうです。写真は、オスの顔の両脇のでっぱりがりっぱな雄です。強い雄のみがこのでっぱりが発達します。
 オランウータンの生息する森が人間の農園開発などのために急激に減少しています。


ホワイトベンガルタイガー

ホワイトベンガルタイガー

 ベンガルトラは、インド地方に生息します。全長3m、体重200Kgにもなるアジアの森の王者です。ホワイトタイガーは、ベンガルトラの白変種で、アルビノとは異なる白化型だということです。全世界でも、250頭あまり、飼育下でか目にすることができません。
 道端のバリ動物園の大きな看板にこのトラの子どもの頃の写真がありました。バリ動物園のスターといえるでしょう。


スマトラゾウ

スマトラゾウ

 アフリカゾウでなければ、インドゾウと簡単に思っていましたが、このゾウはスマトラゾウです。スマトラゾウは亜種とされていて、インドネシアのスマトラ島、ボルネオ島に生息しています。バリ動物園のレストランの庭先がエレファント・ライドのコースになっていて、まぢかに見ることができました。

 
左「白オウム」。右「猿を見るロシアの子」。下左「Dusky Wallaby」。下右「ビントロング」。
白オウム猿を見るロシアの子Dusky Wallabyビントロング
 ビントロングはインド、インドネシアに生息していて、ジャコウネコ科の動物です。
別名は「クマネコ」。この動物園の目玉動物のようです。夜行性のため、いい写真が撮れませんでした。体長は60cm以上、体重は10kg以上とけっこう大きな動物です。するどい目をしていると見えたのですが、顔がコアラ顔で正面から見るとかわいいところもあります。
 link-バリナビ バリ動物園バリ動物園地図へリンク
バリ動物園map ⇒

スカワティ市場 Pasar Seni Sukawati

 バリの布を買いたいということで、ツアー会社の主任に紹介されて出かけました。観光地ということではないのですが、かえって地元の雰囲気が楽しめました。服、サロン(腰巻き)がいっぱい売ってありました。土産を買えと迫る人もいますが、地元の人のエネルギーを感じる所です。

スカワティ市場

スカワティ市場

 スカワティ市場は、車の通るメイン道路に面していました。駐車できる所が少ないらしく、駐車場には車が隙間なく駐車しています。とりあえず車から降りて、運転手さんが止めておくからという感じでした。中心部は衣服店が多い。
 この写真の右側がパン・お菓子etcを売っている店で、まずアイスクリームを食べてから物色スタートです。


スカワティ市場の店先

スカワティ市場の店先

 奥様がバリ島らしい布地が欲しいということで、数軒見て回りました。布地を売っているわけではないので、腰巻き(サロン)を買いました。お店には、必ず値段が表示されているというわけでもないので、値段交渉しながら苦労して買うことができました。写真は交渉の応援で通訳をお願いした、HISのガイドのサラムさんです。→ バリ島の布の話題へ

 link-BALI・navi スカワティ市場スカワティ市場地図へリンク
スカワティ市場map ⇒
 

バリ島の話題

タナロットの由来

 16世紀にジャワの高僧ダンヒャン・ニラルタがこの地を訪れ、この景観こそ神々が降臨するにふさわしい場所として、村人に海の守護神を祀る寺院を建てるよう勧めたのが始まりという。名前の由来は、真ん中の土地という意味のトゥンガ・ロットが変化したものといわれている。海岸の洞窟には、寺院の守り神とされる海蛇の巣があり、お布施を払うと拝観することができる。
link-informationcenter-APA 高僧ニラルタへ

デンパサール

 デンパサール  Kota Denpasar はバリ州の州都であり、「北(デン)の市場(パサール)」という意味である。旧名はバドゥン。バドゥン王国の都であった。1958年にバリ州が設置された当初はシンガラジャ(島の北海岸、オランダ軍が置かれたところ)が州都であったが、1960年にデンパサールが州都となった。

バリのカップル写真撮影

 デンパサールのバリ博物館やアートセンターでは、カップルが高級民族衣装に着飾って、建物や門を背景に写真撮影をしていました。お姫様、王子様です。それこそ、あちらこちらにいました。ガイドさんの話しでは、1日15万円位係るとのこと。衣装・メイク・食事・移動込み。カメラ、照明、メイクほかカメラクルーで動いています。カップルは、バリ島以外の人が多いとのことでした。新婚写真アルバムを作って配るのだそうです。どうりで、女性は美人揃い。男性はイケメンは残念ながら少なかったです。
 花嫁が具合が悪くなり、倒れて、新郎が介抱しているシーンを見ました。なかなか、大変です。朝早くからメイクして、着飾って、気軽に休めず、体力勝負なのでしょう。

バリ博物館 Bali Museum

 インドネシア政府・教育文化省の管轄下にあるバリでもっとも充実した博物館。デンパサール市内東部のアビアンカパスにある。ルノン広場のバジュラサンディにも近い。 元来はオランダ植民地政府の美術・工芸品の保管所だった。1932年に博物館としてオープン。バリ各地の代表的な寺院と宮殿を模して造られた4棟の陳列館は、先史時代から現代に至るバリの歴史、武具、生活、絵画、美術品、舞踊などの資料を展示している。
 バリ博物館は、オランダとの戦争によって焼かれた、バドゥン王国の旧王宮の場所近くに建てられ、ププタン広場に面している。バドゥン軍・王族は王と共に最後まで戦い「ププタン・バドゥン」と呼ばれ、欧米からの非難を浴び、オランダがバリ文化保護の政策に切り替えるきっかけとなった。ププタン広場には、ププタン・バドゥンの記念碑 Lapangan Puputan Badung が建てられている。
 バリ博物館には、ププタンの象徴ともいえるクリス keris(聖剣)※が展示されている。
※クリス。両刃の懐刀のこと。稲妻のような形で先が細くなっている。特に貴族は代々このクリスを家宝として大切に受け継ぎ、人々は一種の守護神として奉っている。 

バリの公務員

 バリ博物館もアートセンターも、開館時間がほぼ午前中なのです。観光客にとっては大変訪れにくい。ガイドさんになんで開館時間が短いのか聞いたところ、「公営(公務員)だから」という答えでした。あまりおかしいとは感じていないそぶりです。公務員の勤務時間が短いとのことです。バリ観光のために、公だからこそ、観光客に便宜を図ってほしいと思うのですが....。バリ美術館では、実は前日寄った時は休館日でした(金曜日だぞ)。クリスマスだからではないかとガイドさんは言っていました。アートセンターの美術館では、ガイドさんが龍の階段を「ここを上っていけばいい」と言うので気持ちよく上がっていったら、ドアが開きません。写真撮影をしているクルーに聞いたら「開いてない」といいます。残念だと思いながら、2階を回っていると開いているドアがあり、中に入れるようなので覗いていたら、ガイドさんが来てくれて、職員に話しをつけてもらい観覧できました。
 不思議の国、バリでした。

バリ島の布

バティック Batik

 バティクは、インドネシア、マレーシアのろうけつ染め布地の特産品。木綿や絹を素材としたもの。日本ではバディクは更紗として知られている。布地にロウで模様を描き、染料によって染める。ロウが載っていた部分は染料が染み込まないので、ロウを落とすと描いた模様が染め残る。この工程を繰り返すことにより、複雑な模様を描いていく。
 このロウで模様を描く方法も、すべて手書きで行う「手書きバティック(バティック・トゥリス)」や、ハンコのような型でロウを布に載せていく「チャップ」、機械を使ってロウを布に載せていく方法などがある。
 ジャワ島のバテimg_20160319-103241.jpgィックは、幾何学的な模様や、細かい模様のものが多いが、バリ島では絵画技法を用いて大きなお花など南国チックなデザインを描いたバリ・バティックと呼ばれるものがある。
 18世紀頃から作られるようになり、用途はサロン(腰巻き)、カイン・パンジャン(胴巻)、スレンダン(肩掛)、頭巾など。2009年10月2日インドネシアのバティックは、ユネスコの無形文化遺産に認定された。バリでは、トパティが産地。

イカット Ikat

 インドネシアでは「染め物」として有名なバティックに対し、「織物」としては絣織のイカットがあげられる。
 インドネシアの伝統的な絣(かすり)で、自然の草木からとった染料でむらに染めた糸を使って、動物や植物などを抽象的な表現で織り込む。糸を図柄に従って括り、染液がその部分に浸透しないように防染し、その糸を機にかけ織っていくと防染した部分が絣の模様となって現れる。
img_20160319-103334.jpg トゥンガ村では世界でも大変に珍しいダブル・イカットという経緯絣(たてよこかすり)、グリンシン geringsing が織られている。世界中でもこのダブルイカットを作っているのは、バリ島、インドそして日本の3か所だけ。
糸の染色から完成まで長いものでは、5年以上の歳月を費やすという。グリンシンは、現地の言葉で”災いが無い・病気が無い・無病息災”などを意味する。高級なものは結婚式やその他の儀式の際に着用する。
 ギャニャールがイカットの生産地で、大小の工房が多い。

ソンケット Songket

 ソンケットは、布地に金糸や銀糸、カラフルな色糸などが複雑に織り込まれた布織物。刺繍のように浮き出た模様が美しく、特img_20160319-104427.jpgに金糸や銀糸を使ったものは、とっても高価で、16世紀の王朝時代、この華やかな布は王族のみが身に付けられる特別な布だった。王宮から周辺の村に技術が伝わり、カランガッサム、クルンクンの他に、バリ島北部や西部の王朝が栄えた場所の周辺には、ソンケットを織る工房が点在している。
 現在でもソンケットは特別な時に身につける布と考えられていて、結婚式や儀式の時に使われる他、宗教儀式やお祭りなどの飾り布などとして使われる。
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バリ島のミニ知識

バリ島の歴史-ポイント

◇有史以前
・バリ島は紀元前2000年ごろから台湾起源のオーストロネシア語族が移り住んだ。
・紀元前1世紀からインドや中国の影響を受けるようになる。
・4世紀に入ると、ジャワの人々が来住し、ヒンドゥー・ジャワ時代を迎えた。
・西暦913年頃に、バリ人による独自のワルマデワ王朝が築かれた。

◇ヒンドゥー教・仏教の伝来(3世紀 - 9世紀)
・3~4世紀にインドからヒンドゥー文化が伝わり、 5世紀後半には仏教も伝わってきた。
・8~9世紀にはジャワ島の王国がインドなどから本格的な稲作をバリ島に持ちこむ。

◇ジャワ王朝の影響(11世紀 - 16世紀)
・11世紀に入るとバリ島の王朝はジャワの王国とのつながりを強め、伝統的な文化・慣習の基盤ができる。
・13世紀にジャワ王朝・マジャパヒト王国の侵攻を受け支配され、400年続いたバリ人の王朝は幕を閉じた。
・15世紀には、マジャパヒト王国が衰え、ジャワから王国の廷臣、僧侶、工芸師たちがバリに逃れてくるようになる。
・バリ島に逃れてきた一部の王族や貴族たちの影響により、爛熟した王朝文化の黄金期を迎え、古典文学や影絵芝居、音楽や彫刻などヒンドゥー・ジャワの影響を受けた文化が花開いた。
・ジャワから渡来したヒンドゥーの高僧がタナロット寺院やウルワツ寺院など数々の寺院を建立した。

◇群雄割拠による王国時代(17世紀 - 19世紀)
・ジャワ王朝によって作られたゲルゲル王国は衰退し、8つの小国に分かれ、バリ島は群雄割拠の時代を迎えることとなった。

◇オランダ帝国によるバリ征服(19世紀末 - 20世紀初頭)
・19世紀末になると、オランダがバリ島の植民地化を進め、1908年には、全土を植民地とした。
・攻められた王族らのププタン(無抵抗の大量自決)によってオランダは国際的な非難を浴びた。
・オランダ政府は、旧王族に実質的統治を任せる間接統治を行い、バリ島の伝統文化を保全する政策を打ち出すことにした。
・この時代からバリ島は「最後の楽園」として、多くの欧米人が訪れるようになる。
・来島した欧米人の影響を受け、1930年代には、バリ舞踊やガムラン音楽、バリ絵画のスタイルが確立されていった。

◇第二次世界大戦と日本軍の占領統治(1942 - 1945年)
・1942年2月日本軍はバリ島に侵攻し、オランダ軍は全面降伏し、日本軍の占領統治下になった。(1945年8月、日本はポツダム宣言を受諾し、敗戦)

◇太平洋戦争と独立
・1945年にはスカルノがインドネシア共和国の独立を宣言したが、翌46年にふたたびオランダ軍が上陸し、バリ島で激しい戦闘が行われた。(旧日本兵を含む日本人12名がこの戦いに加わり戦死した。)
・オランダはバリを親オランダの「東インドネシア国」に帰属する自治地域として宣言し、オランダによる間接統治が敷かれた。
・しかし、1950年をもって、ついにバリ島はインドネシア共和国の一員となった。

◇世界的な観光地の幕開け
・スハルト大統領の1970年代以降、インドネシア政府の周到な配慮の下、外貨獲得を目的とした観光開発が始まり、世界的な観光地へと成長することとなる。
 ⇒ 詳しい「バリ島の歴史と人物」へ
 



 
   

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