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バリ島の宗教と儀礼

2015.12.24-26
 バリ島を訪ねて寺院を回ってきました。バリの街を見ても宗教が生活に密接に関わっているようです。バリの宗教観は、八百万の神がいる日本に近い感覚です。ガイドさんから伺った話や調べたことをまとめてみました。

 contents → 街と宗教施設バリ寺院の祭礼:オダラン・カルンガン、バリとインドのヒンドゥー教の違いバリ・ヒンドゥー教とはバリ人の祭司バリ人の信仰バリ宗教の全体像バリ人の結婚バリ人の葬儀マンダラ翁の葬儀バリ人の通過儀礼 


※人物や宗教行事等の情報は別なサイトにリンクして紹介します。 

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バリの街と宗教施設

・バリの街には宗教施設がいっぱい

 バリの街には、宗教施設が満ちあふれています。大きな家には神社やプリンギー・トンバルが建っていす。ウォーターマークホテルの敷地や商店の脇にもありました。お供え物「チャナン」※1) が道端にもあふれています。村には村の寺院があります。9つある県境には、大きな割れ門が立っています。大きな交差点には神の象が建っています。
魔除け-プリンギー・トンバル
お供え置き場  プランキラン町境の割れ門チャトルムカ神像
写真の説明です。
左「魔除け-プリンギー・トンバル」。中左「お供え置き場 プランキラン」。中右「町境の割れ門」。右「デンパサールロータリー、チャトルムカ神像」。

・バリの寺院には僧侶がいない

 寺院を色々見て回って気づいたことは、僧侶が住んでいるような建物が見あたらない。ガイドさんに聞いたら、僧侶は在家で祭典の時や、特別に拝む時にいっしょについてくるということでした。※さすがにブサキ寺院にはあるということです。

・寺院には墓所はない

 日本の寺にはある墓が見あたりません。ガイドさんに墓はどこにあるのか?と聞いたら、「村の寺にあって、村の墓だ。」といいます。個人の墓や○○家の墓は存在しない。亡くなると一端土葬にして、村人がまとめてお葬式をあげる際に、掘り出して火葬にするのだそうです。 お葬式は1ヶ月かけて行うとのことで、個人だけで墓場はなかなかできないということです。
 ※墓は村のデサ・ダルム-死者の寺の近くにあります。村八分になると、葬式をあげてもらえなくなることを意味し、どんな偉い人でも、それだけは避けたいことのようです。

 お墓と死の寺院の紹介はプリアタン村旅行記で!

バリ寺院の祭礼

オダラン odalanオダラン

 寺院の創立記念日。オダル odal とは出てくるの直訳。オダランはその寺に奉られている神や祖霊が天界から降臨してきて、信徒と出会い供儀を受ける日。ウク歴の1年(210日)に一度開催される。
供物 ガガボン 祭礼が近づくと寺院や家々の門前にはペンジョール Penjor という竹ののぼりが立てられ、寺院では飾り付けが行われる。ガガボンと呼ばれる塔のようなお供えを持って、女たちは寺院に出向く。
 通常の寺院では3日間位開催される。オダランでは様々な露店や出店が並び、伝統の娯楽や芸能が催される。
 寺院では十年祭、三十年祭、五十年祭、百年祭などのオダランもあり、より大がかりに行われる。
 

ガルンガン/クニンガン Galungan / Kuningan

 ガルンガンとクニンガンは、日本のお盆に似た行事で、ウク歴(210日で1年)に準グルンガンじて行われる。ガルンガンは迎え盆、クニンガンは送り盆にあたる。バリ人の祖先の霊はガルンガンの五日前にやってくる。そして、十日後、すなわちクニンガンの五日前に天界に戻っていくと考えられている。先祖の霊が地上に留まるのは10日。学校や職場が休みになるのは、初日を挟んで前後3日間程。11日目に地上に遊んだ霊が天空に帰るのが、クニンガン。送別のための供物が供えられペンジョールる。
 供物とラマッを新たにこしらえ、家々の門ごとにココナッツの殻を燃やす。この期間中には家々の門前にはぺンジョール Penjor という竹竿で作った飾り物を立てる。人々は墓地や自分の先祖霊が祀られている寺院:プリ・ダラムに行き、供物をあげ祈りを捧げる。寺院では様々な催事が開かれる。
 ※ペンジョール。竹ののぼり。竹竿とヤシの葉で作る飾り、天と地をつなぐ龍を表している。
 〇カルンガンの日。2016年は、2月10日、クルンガンは2月20日。
  バリ島カレンダー 210日で回るので、毎年変わります。年に2回ある年もあることになります。

  〈 オダランとアルチャ 〉
 アルチャは、白檀や金、あるいは古銭をつなぎ合わせた小さな像で、必ず男女1対より成り、ウィシュヌ神とスリ神の生まれ変わりであるラーマ王子とシータ姫を表すことが多い。霊が地上に降りてきて、この小さな像の中に入る。普段は布で幾重にもくるんで専用の籠に入れ寺院の中央の祠に納められている。
 アルチャの像は神々が(清められるための)行列に連れ出されるときの「台」あるいは「乗り物」であり、動物の形に彫った台座にはまるようになっている。この台座は雄牛、鹿、あるいは神話上の動物ナガ(大蛇)やシンガ(獅子)の形をしている。半牛半魚のような複合動物であることもある。
 プマンク(祭司)が寺院のアルチャに土地の神々の霊を乗り移らせ、祭礼の主賓とする。

 人々は大行列をつくって、海や大きな川に、神々の霊が入ったアルチャを連れて行き、象徴的な水浴(ムリスまたはマーキス)をさせる。大行列は、旗やのぼりや槍を持った大勢の人たちが先頭に立ち、その後に黄色・緑・深紅色の絹帯で胴を巻き上げた娘たちが頭に供物や聖水の入った壺を乗せ、縦一列の長い列になって続く。続いて、生花で飾った神々の小像が、幾人かの娘たちの頭上の座蒲団に乗り、身分の高さを示す三段になった傘をさしかけてもらいながらやってくる。やはり、供物を運ぶ年配の女たちがこれに続き、男たちと楽団で行列はしめくくられる。
 水浴をする場では、アルチャは供物を受け、祭司がアルチャに向かって祈り、人々が賛歌を歌う。夕方には引き返して、夜通し宴を続ける。

ニュピ nyepiムラスティ

 ヒンドゥー教徒の大祭、サカ暦の正月。ただし、年が変わるわけではない。ニュピの頃は雨期が終わりを告げる季節で、サカ歴の第10月の始めにあたる。(3月の暗月(月齢30日)の日)〇ニュピの日。2016年は、3月9日 バリ島カレンダー 

 静寂の日として知られ、語源はバリ語で静かな意味の「スピ」からきている。ニュピの日には地獄の主神ヤマが大掃除をするので、地下界の悪霊が地上界に逃げてやってくると考えられている。ニュピは悪魔祓いの儀式の一種である。

 ニュピ前々日は、ムラスティと呼ばれる儀式により、御神体のお清めに海や湖や川へ行く。
 前日には、バリ中のすべての村の公共広場で、僧侶によるムチャル(大浄化奉納祭=悪魔払い)儀礼が行われる。家々では、夕方になると人間の生活を乱そうとする悪霊を追い払うため鍋釜など音の出るものを手に屋敷内の隅々をガンガンと鳴らしながら廻る。
 これらのニュピ前夜に行われる儀式は「ングルプック」Ngerupukと言われ、夜には「オゴオゴ」ogoh-ogoh と呼ばれる、張りぼて人形の御輿が決められた場所まで練り歩き、燃やされてそのまま道端に置かれる。その像を燃やす事で「悪」を消滅させ、オゴオゴ静かに「ニョピ」を迎えられるようにする。

 ニュピの祭礼の日は、その日一日、労働、外出、火(電灯)の使用、殺生などが禁じられている。この4つを守り、家の中にいて神に祈りを捧げる。そして、ヒンドゥー教以外の教徒と旅行者も含めて、外出と火の使用禁止が科せられるとともに、国際線の航空便を含む島内すべての交通機関がストップする。(バリ旅行に際して、旅行会社から説明がある。)
 ニュピの二日目は前日の静寂とは打って変わって、村や寺院では賑やかに祭礼が行われる。

  〈 ムチャル 〉
 カギンの方向に向かって、供物でいっぱいの高い祭壇が並ぶ。一つは太陽と三大主神(サンガー・アグン)のため、もう一つは祖先のため、三つ目は偉大なカラ、悪の神々のためである。あらゆる食べ物などが方位を示す八方にとがった星形に並べられ、全体をヤシの葉で編んだ低い垣根が囲っている。供犠の黒山羊がカジャ-(北)、白いアヒルがカンギン-(東)、赤犬がクロッド-(南)、黄色い子牛がカウ-(西)に置かれ、黒白赤黄の布きれがそれぞれの動物の上にかけられ、基本四方位の色をいっそう強調している。

 供物に面して祭司のためのやぐらが組まれる。そこにブラフマナ祭司であるプダンダが8人、それより低い小屋にスングフ※の祭司が悪霊に供物を捧げるために位置する。以上、9人の祭司が手と指ですばやい振りを付けながら、マントゥラを唱和し、入れ替わり立ち替わり鐘を鳴らす。9人の祭司は基本方位に1名ずつということになる。

 こうして、日の暮れる前に悪霊たちは、ムチャルと呼ばれるりっぱな供物に引き寄せられて、村の祭司の強力な呪文によって村から追い払われる。これが終わると「新しい火」と聖水が祭司から各バンジャールの長に渡される。爆竹があちこちで炸裂し、人々は群れをなして長い棒の先にたいまつとをつけ、大声で「出て行け、出て行け」と怒鳴っては音の出るものを叩いて町中を走り回る。

※スングフ sungguhu は下級祭司でカーストはスードラ:平民に属する。神は長く伸ばしているが、プダンダと違って頭の頂ではなくて、首の後で丸めている。他の祭司と儀礼の手順はさほどかわりがない。主に悪霊に供物を捧げる時の儀礼を司る。彼らは「祖先はブラフマナであるが、不祥事で階級を落とされた。」と信じている。

バリ・ヒンドゥー教とインドのヒンドゥー教の違い

 〈 寺院 〉
I→インドのヒンドゥー寺院は建物からなりたち、その中に神像が祀られている。
B→バリの寺院は壁の中にいくつかの塔や小さい社(やしろ)が建てられていて、神の像はない。
I→太陽神スリヤはインドでは神像として崇拝される。
B→バリでは神像ではなく、神が降臨してくるとされる座(椅子のような形をしている)となっている。
※神を祀るところを壁で囲み、中は空間で神が降臨するものを持つというのは、古代のインドネシアやポリネシアと共通する。

〈 慣習 〉
I→インドでは牛は神聖視され、これを殺したり食べることはしない。
B→バリでは牛は、儀礼の時の供犠として殺される。牛肉に対するタブーはない。
I→インドの火葬は簡単。
B→バリの火葬はできるだけ盛大に行われ、火葬をする広場まで華麗な行列を行う。また、神々や祖霊の祭りの際に、おびただしい数のきらびやかな供物を捧げるが、これもインドのヒンドゥー教には見られない。
I→インドのカーストでは、各カースト間を執拗に分離させる規則があり、異なるカーストとの結婚が禁じられる。最下層のカーストはつく職業が決まっている。
B→バリではそれぞれのカースト間の結婚が望ましいとされているが、異なるカーストとの結婚はインドのように厳しくない。バリではインドの不可触民がになう業務を扱うカーストはない。

 バリのカースト
 バリ・ヒンドゥーのカーストは、次の四つのワンサに分かれている。祭司であるブラフマナ Brahmana (インドのブラーマン)、統治者である王族サトリア Satria (インドのクシャトリア)、軍人ウェシア Wesya (インドのヴァイシャ)、これら3つが「トリワンサ:貴族」と呼ばれる。人口の90%以上は平民スードラ Sudra に属する。バリのカーストは、インドのような厳しい戒律による差別はみられず非常に緩やかなシステムである。
※もっと複雑であったカーストを4つにまとめたのはオランダ植民地政府。

バリの人びとの名の頭には、カーストによって以下の名称が付される。
    ブラフマナ:イダ・バグス(男性)、イダ・アユ(女性)
    サトリア:チョコルダ、アナック・アグン、デワ
    ウェシア:グスティ Gusti
    スードラ:イ(男性)、ニ(女性)
 

バリ・ヒンドゥー教とは

 バリ独自のヒンドゥー教はアガマ・ヒンドゥー・ダルマとよばれる。
 土着のアニミズム信仰+インド仏教&ヒンドゥー化したジャワ・仏教+ジャワから伝わったヒンドゥー教 この4つの要素が混ざり合ってできた独自のヒンドゥー教。
 ※ダルマとは「行うべき行い」であり、バリの宗教が生活の行為の一つの形であることがみてとれる。
 
・人々の祈りは、唯一神サン・ヒャン・ウィディよりも、ヒンドゥー教の様々な神々へ捧げられる。それ以上に、土着の神やさまざまな物体に宿る霊を崇拝し、そして祖先の霊に祈る。バリ人の宗教・社会の基本となっているのは、祖先崇拝である。

・バリの宗教は今も色どり豊かなアニミズム崇拝であり、それにヒンドゥー教の深遠な原理や哲学が織り交ぜられている。
 
〈 聖なる水の宗教 〉
 バリ・ヒンドゥー教を別名アガマ・ティルタ-聖なる水の宗教-という。
 バリの儀礼において「聖なる水・ティルタ」は欠かすことができない。死者を火によって浄化する葬儀ではティルタは必ず使われる。死者だけではなく、人々が神や悪霊に捧げる供物にも聖水がまかれる。さらに信徒である人々にもかけられて清めが行われる。規模の小さい儀礼で、司祭を頼むこともなしでも、聖水は必ず用いられる。聖水は、司祭が儀式によって神を呼び出し、それによって浄化され作り出された水をいう。

〈 聖水の種類 〉
 聖水には効力の度合の違う様々な種類がある。
作った祭司の地位や行われる儀式や清め方の違いにより、支払われる対価も異なる。

● イエー・ニン
 グヌン・アグン山の斜面や火口湖近くにあるような、高所にある聖なる泉から汲むことができる。低いカーストの祭司が三色の花をただの水に入れ、これに軽い祈りを唱えることによっても入手できる。

● ティルタ・プルカラン
 ブラフマナ祭司がマウェダという祭儀を完全に行うことによって作られる。どんな霊的不浄だろうと治せないものはない。重要な儀式には不可欠である。

● ティルタ、トヤ・パグンタス
 神聖このうえないやり方が用いられ、材料には黄色く染めたご飯、白檀を粉にしたもの、銘を刻んだ薄い金の板、宝石をはめた指輪、ルビーを粉にしたものまで使われる。

● ティルタ、トヤ・アムルタ
 効能が不死をもたらすことに限定された聖水、不死の霊薬。神々のためにしか使えない。

バリ人の祭司 プダンダ pedanda と プマンク pemangku 

〇カ-スト
 最高司祭プダンタ pedanda は、ブラフマナ階層出身者に限られている。
 非ブラフマナの宗教祭司はプマンク pemangku と呼ばれ、カーストにかかわらず祭司になることができる。
〇儀礼
 プダンダ祭司やそれの行う儀礼は、おそらくヒンドゥー・ジャワの要素であり、いわば大伝統に属するもの。
 プマンクは小伝統に属するものであり、より土着的な色彩の濃い存在である。
〇活動域
 プダンダ祭司はしばしば地域的境界を越えて、その儀礼を請い求められる。
 プマンクはそれぞれの属する寺に固有のものであって、それを越えて力を持つものではない。その権威・機能も限られている。
〇聖水の作り方
 プダンダは非常に時間のかかる手の込んだやり方をする。
 プマンクは極めて簡単なやり方で水を聖水に変える。
〇聖水の準備
 プダンダは毎日する礼拝の中ではヨガの姿勢で一定の場所で行う。
 プマンクは寺の中のある場所から別な場所へと次々に移動して行う。

プマンクがプダンダの無視しているそれぞれの寺の神を崇拝するにせよ、両者の神学は同一である。この両者の儀礼はまったく別のものなのではなく、多くの点で互いに影響を与えあってきており共通する点も多い。

〇プダンダの儀式
 葬式や祭りなどの祭礼とは別に、プダンダが毎朝の義務として行なっているのがスーリヤ・セーヴァナ(太陽の崇拝)である。この太陽とは、シヴァの現われとしての太陽である。マントラとムドラーが中心となっており、その本質は、自分自身がシヴァと同一化することで自己浄化を行なうことにある。
また、プダンダの儀礼は、聖水を創り出すという点で、プダンダ以外の人びとにとっても重要な意味を有している。葬式などの儀式では常にこの聖水が必要とされるからである。なお、プダンダは、これらの儀式の際には聖水を与えるだけで他の役割を果たすことはない。

〈 プダンダの儀式マウェダ 〉
 プダンダの宗教儀式マウェダは、聖句マントゥラの詠唱に、口から出る言葉を強調するための儀礼的動作と手と指の仕草(ムルダ)を伴う。トランス状態で精神統一の極みに達することにより、祭司は神そのものになる。神は祭司を通じて、水を神聖なものとし、霊波を発する。

〇プマンクの儀式
 プマンクの儀式は、丸覚えのサンスクリットのマントラを唱えながら花などを神に捧げるという単純なものである。マントラの内容はおおよそ、1.自己の浄化と聖水の醸成、2.太陽たるシヴァへの帰依、3.師たるシヴァへの帰依、4.最高神シヴァへの帰依、5.女神への帰依、6.現世的幸福への祈り、7.解脱への祈り、の7つの要素から成り立っている。

バリ人の信仰

〇 バリの宗教は日常生活と切り離され、階級制に支配された宗派的な教会制度ではなく、行動規則の集大成、つまり生活様式そのものなのである。才能豊かなバリ人は宗教体系を自分たちの社会に合わせ、法(アダット)とした。彼らは暮らしの行為ひとつひとつにきまりをつくり、自然の諸力と調和させるのである。

〇 宗教的信仰のこうした背景から、バリ人は暮らしの重要な部分を占める祭礼のため、相互協力のしくみをつくりあげる必要があった。村のそれぞれが社会的にも政治的にも独立した小共和国で、村民はすべて平等の権利と義務を有するという農業共同体にまで発展した。

〇 供物をこしらえること、清めの水と火を用いること、資格のある祭司が秘密の呪文を唱えることが、バリの儀式における三大要素である。

〇 祖先こそが人々にとっていちばん身近で最初の神々であり、祖先を祀ることはこの世と霊界のつながりを築くことである。

〇 バリ人がいちばん心に掛けていることは守護してくれる祖先の機嫌をとることで、祖先たちはきまった祭日や無数にある寺院の記念祭に地上に降りてきて、人々の供物やもてなしを受けるのである。このような儀式や寺院祭礼をすることによって大衆は諸霊をひきつけ自分たちのもとにとどまらせたいと願い、供物・音楽・舞台芸能は、諸霊が退屈して天界に行ってしまわないためのものなのである。
 参考:バリ島 ミゲル・コバルビアス

〇 バリでは、特別の儀礼のない日々においても、小さな供物は必ず捧げられる。朝、一日の分のご飯を炊くと、何よりもまずそれは家の中のさまざまな場所に供えられる。祖先や神を祀った社、台所の竃、井戸、地面にも、新しいご飯をほんの少しずつとり、小さく切ったバナナの葉にのせたものが捧げられる。夕刻には悪霊に対する小さな捧げ物が必ず捧げられる。大きな儀礼になれば装飾性の強いりっぱな供物が幾つも捧げられることになる。
 神々、祖霊、魔物や精霊に捧げられる供物はバリの儀礼を最もよく特徴づけるものである。バリにおける儀礼とは詰まるところ、供物の献納である。供物にはさまざまな種類があり、それぞれに象徴的な意味があるが、何よりもそれは神々、祖先、悪霊に対する「もてなし」である。
 参考:神々の島バリ バリ=ヒンドゥーの儀礼と芸能

バリ宗教 構造の全体像

ミゲル・コバルビアスがまとめたバリ宗教・構造の全体像
 キワ
悪、陰の勢力  左の勢力は霊的不浄の状況を生み出し、魂の力を弱める。スプルと呼ばれる、人間の内なる危険な霊波は出入りする場所を汚れた(テゲットまたはアンケル)-危険な霊波を帯びた-ものにする。
悪霊  カラとブタ。すなわち不浄と不健康を生み出すものたち、海・浜辺・森・四辻といった穢れた場所に住んでいる。悪意・粗暴・失敗・不幸・病気・破壊の象徴。村や個人がスプルになったり、親戚の死・双子の出生・近親相姦・月経等で弱まり、悪霊の攻撃に対してもろい状態になったときには、浄化の供物と供犠(ムチャル)によって祓うことができる。悪の勢力が増えてくると、土地・村・個人の定期的な浄化が必要になる。
右 テゲン
善、陽の勢力  スプルの状態と反対に、右の勢力は霊的肉体的安泰、すなわち清浄(エニン、スチ、ニルマラ)な状態を生み出す。この力は悪の力に対抗する霊力(サクティ、ウィセサ)を獲得して強めることができる。
神々  バタラとサンヒャンであるが、元来は祖先霊(ピタラ)。生命と霊力の源であり、山頂近い川や湖の水源に住む。祖先神・山の神・豊穣・大地・水・太陽などの神々。男神も女神もあり、正義・美・豊作、広くいえば繁栄と健康の象徴である。神々との調和は「清い」(スチ)あるいは「清純な」(スクラ)供物と正しい儀式、村の慣習法(アダット)と基本方位
すなわち高低・右左についての関係の遵守、さらには呪文と水と火を使って浄めるといった、神々の慰撫によって達成される。  
参考:バリ島 ミゲル・コバルビアス

 バリ人の結婚

 バリ人にとって、結婚は家系を永続させるために必要な義務である。村の正規のメンバーになれるのは結婚して世帯を持った男だけなので、独り者は肩身がせまいことになる。近年は、結婚に際して男性の稼ぎも重要になってきているらしい。

〇 結婚には、親同士(家)が決めるものと両方の親が正式に承諾する前に二人が結婚してしまうものと大別される。

ンゴロッド婚 ngerorod (ようは恋愛結婚)
 二人が決め結婚してしまうのは、ンゴロッド婚 ngerorod といい、略奪結、駆け落ち婚といわれ、平民階層スードラではごく普通に行われている風習である。

 女の子と恋に落ちた平民の男の子は、直接二人の間で結婚の約束を交わして、二人で決めた男の子が女の子を盗む日(女の子が家を離れる日)まで、男の父親や女の子を盗むのを手助けする友達以外には結婚することを内緒にしておく。

 女の子は二人の未来の隠れ家に密かに持ち込む衣装を整えて、約束の日に求婚者に率いられた誘拐団に捕らえられる。彼女は身を守ろうとして抵抗することになっている。周りの人たちは、割って入ろうなどとはしない。内気な(騒々しくしたくない)カップルなら、二人で駆け落ちをして友達の家まで行くだけである。
 女の子の家では、彼女の失踪が発覚すると怒れる父親がクルクルを鳴らし、誰が娘を連れていったのかを尋ねて回り、
捜索団が組織されることもある。
 二人がとりあえず落ち着く先はよその村と決まっていて、そこでハネムーンを過ごす。隠れ家には前もって特別な供物が運ばれ、「小さな固めの儀」結婚式を完了させる。こうして、二人は神々の前で夫婦となる。婚礼の大がかりな儀式は略奪後42日以内に行われることになっているが、費用がすぐに工面できない場合は、ずっと後になって行われることもある。

 もしも、女の子の意思に反した誘拐だとしたら、追跡は本物となり、誘拐者は滅多打ちにされる。女の子が力ずくの夫のもとにとどまることを選ぶならば、正規の供物・儀式と彼女の家族が要求する金額の支払いによって結婚が正式なものになるが、でなければ結婚は無効になり、男方には罰金か懲役が科せられる。

 女の子の家には、男の子の代理として父親か友人が行き、女の子の父親をなだめ、今後の式の日取りなどを取り決める。ハネムーンのあと、駆け落ちした二人は公認のための儀式にそなえ、男の子の父親の家に戻るが、このときは鳴り物を付けた行列で入る。婚礼には女側の親戚は参加せず、結婚後妻が自分の先祖の神々にいとまを告げ、夫の神々を受け入れる。

マパッディ婚 mapadik (ようは見合い結婚)
 バリ人の結婚は同じカースト同士が望ましく、低いカーストの男性が高いカーストの女性と結婚するのは難しい。貴族階級の場合は、家同士で子供が小さい内に取り決めたりする予約婚もある。女の子がその結婚を気に入らない場合は、密かに略奪されるように仕組むことができる。
 マパディ結婚、要請結婚は貴族のもう成長した男の子や女の子の希望によって行われることが多い。男の子の父親が衣服・指輪・食べ物などの結納品を女の側の一族に届け、女の子の名前でお返しの贈物をすることによってこれを受ける。

 結婚の大祭礼は高位の祭司プダンダが定めた吉日に行われる。マパディ婚は第4月か第10月、ゴロッド婚の場合は6週ごとにあるインケル・ウォンと呼ばれる週の好きな日を選ぶ。見合い結婚の場合は、同棲グンダッが許されることが多いが、女性を遺棄から守るためにグンダッ期間中にできた子供を正式の子とするためのきまりがある。

※この他、ニュンタナ婚 nyentana という入り婿婚があり、ニュプリン nyeburin という入り婿を迎える。

 バリ人の葬儀-死亡から祖霊になるまで

バリ人にとっての火葬
 おかしなことのようだが、バリ人のいちばんの楽しみといえば火葬儀礼である。火葬は浮かれ騒ぐときであって、喪に服するときではない。と、いうのは、遺体を焼いて死者の魂を解き放ち、死者がもっと上の世界に到達し、もっとすばらしいものに生まれ変われるようにするこの儀礼を行うことにより、人は神聖なこのうえない義務を果たすことができるからである。
 火葬することによって、魂は解き放たれて裁きを受けに天国に飛んで行き、死者の孫に生まれ変わって戻ってくるのである。火葬をしないで放っておいたり、儀式がきちんとしていなかったり、間違っていたりすると、魂は幽霊になって、いいかげんにしている子孫たちにつきまとう。
 豪勢かつ完璧な火葬によって天に旅立つ魂を盛大に見送ってもらうことは、バリ人ならだれでも生涯の夢である。このことを楽しみに一生の間、貯金し財産を蓄えて準備するのである。火葬の出費は膨大なもので、祭司への支払い・大量の聖水・金のかかる火葬塔・棺・供物等々に加え、数百人におよぶ弔問客や手伝いの人たちに何日にもわたって供する食事や余興(ワヤン、舞踊、音楽)のかかりもある。
 参考資料:バリ島 Island of BALI ミゲル・コバルビアス 平凡社

1.死亡
 人がなくなると家族の者はただちに親族、バンジャール(小村・部落)、デサ(慣習村)の人々に知らせる。親族は香典を持って手伝いにかけつける。香典は葬儀に使う白布、錦、食料供物に使う米、豚、鶏、アヒル、そして現金など。
 バンジャールの人々は一家で男女1人ずつが相互扶助の義務として参集する。
 
2.選択
 家族のだれかが死亡した時点で遺族はどのような葬儀を出すかを選択する。高位の宗教家、王族の当主の場合は選択の余地なく火葬になる。庶民は一度土葬にしておき、資金を貯えてから火葬にするのが多い。火葬儀礼には儀式の性格上、盛大華麗なものになるため膨大な費用がかかる。遺族たちは数家族、数十家族が集まり合同葬儀を行ったり、身分の高い人が亡くなっての火葬に合わせて葬儀を行う等、経費負担軽減の方法を取る。
 
3.死者霊への配慮
 葬儀の日まで庶民は1週間内程。家の門前にはダマル・クルン※2)と呼ばれる灯籠が吊される。遺体には毎日聖水を捧げ、少量ながらも食物も供される。
 
4.遺体浄化
 死亡後の吉日を選んで、浄化供の儀礼が行われる。屋敷内の屋外のバレに竹製の祭壇と寝台を用意する。遺体をそのバレに運ぶ。祭司は遺体に聖水を注ぎ、体を清める。儀礼が済んだら遺体は白布で巻かれ、寝台に安置する。
 
5.服喪
 遺体浄化から葬儀の日までは、遺体に対する日々の聖水と食べ物、夜間には灯籠をあげ、祭壇の供物は毎日取り替える。
また、予算がゆるせば夜を撤しての音楽や影絵芝居を催す。
 
6.土葬儀礼
 遺体浄化の後の吉日を選び挙行される。遺体に巻き付けてあった布を取り去り、聖水による二度目の遺体の清めを行い、布でくるみ直す。遺体は竹の担架に載せ、埋葬場※3)に運ぶ。埋葬場は村の死者の寺院プラ・ダルムの側にある。
 遺体を先頭に親族の一団とガムランの隊列がつづく。親族の女たちは歌いながら供物や聖水容器を運んでいく。
 墓を掘る前に地上に供物を捧げ、大地の女神からその土地を譲り受ける。遺体は頭を東に寝せ、聖水をかけ、花と銅銭をおき、土をかける。穴を埋めた上に、屋根に白い薄紙をはった竹小屋を建て、方位神の祭壇を祀り、以後12日間供物を捧げる。死後42日目に祭壇を取り払い、この日に遺族の喪があける。
 
7.火葬までの儀礼
 火葬の当日を待つ一連の儀礼は覚醒の儀と呼ばれる。火葬当日の数日前の吉日に遺体を掘り起こす。家のバレに諸儀礼のための祭壇を設置する。遺骸に対しての浄化儀礼を行う。この日から死亡の時のように灯籠を門前にたてる。影絵芝居を上演する。火葬の前日には第二の浄化儀礼が行われる。
 
8.火葬儀礼
 火葬は正午に行われる。遺体は家族によって棺に納められ、故人の家の門前に置かれている塔型輿バデ※4)に乗せられる。それと火葬輿バデ別に火葬棺プトゥランガンが用意される。火葬棺※5)は身分によって牛型、獅子型、鹿型、象魚型があり、死者の霊を天界に運ぶとされる。 
 輿からは長大な白布がのばされ、親族たちがそれを捧げ持って輿と共に行進する。遺体を乗せた輿と火葬棺は村の屈強な若者が数十人で担ぎ、参拝者達は火葬棺の前に並ぶ。輿の後ろにはガムランの楽団が並び賑やかな演奏の中で火葬場に向って行進する。輿には男が乗り、行進の最中、悪霊たちの気をそらすため、硬貨をまき続ける。火葬棺プトゥランガン
  火葬場までの道程で交差点があると、棺は交差点の中心を左に三回転する。死者に家の方角をわからなくさせ、迷わず昇天させるための儀礼。 
 火葬場に到着すると高い輿から棺を下ろし遺体が取り出され、神の世界への乗り物と信じられている火葬棺に収められる。呪力を込めた白布や錦を火葬棺の中の遺体にかけ、その他の供物も納めていく。東側から着火する。焼き上がるまでには4~5時間かかる。
 
9.遺骨の処遇
 骨上げは薄明か薄暮に行われる。祈祷台を建て供物、聖水を運ぶ。
 遺骨を儀礼により浄化した後、遺骨の一部をすりつぶし聖水に溶かし、くり抜いたヤシの実につめ白布で被い呪符をつける。遺族は川か海に赴き、水中にこのヤシの実を流す。
 家に帰ると家寺の地上に供物を並べ、しめくくりの儀礼を行う。
 
※火葬後、42日後に祖霊神化の儀礼を行い、この日から霊は家寺の小社に祀られる祖霊神※6)となる。
※1 チャナン canang
 天界の神々への供物。バナナの葉を四角や三角に折って、その上にご飯やココナツの果肉、花をのせてつくる。祭壇や社(やしろ)の他にも、門や玄関、母屋、台所、大木、通りの角など決まったところに置かれる。
 地界にいる悪霊ブタ・カラへ捧げる供物はチャル caru と呼ばれる。
 神々や悪霊に捧げられる、常時置かれている供物は、神や霊が食べるためというよりは、神や霊への税、諸霊に属すべきものを少々お返しするという民衆の慣習。

※2 ダマン・クルン damar kurung
 葬儀の時に家の門前に取り付けられる提灯式の灯籠。紅白の布に巻かれた竹の棒に吊される。ダマル・クルンは故人の霊が道に迷わないようにとの意味があり、火葬前の死者の霊は地上界をあちこち彷徨っているとされている。ダマン・クルンは近隣の人々に死による穢れ(スプル)が起きた家であることを示す役割もある。

※3 スマ sema
 バリの墓地:スマはあくまでも火葬までの間に遺体を一時的に保管しておく場所として、村外れのプラ・ダラムという死者の寺院の隣につくられる。付近は非常に霊力の強い場所と思われている。

※4 バデ塔 bade
 上位三カースト(平民層以外)に属する人が亡くなった時に火葬場に出向く際の塔型輿はバデとよばれている。バデの構造はバリ・ヒンドゥー教の世界観を表している。最下部は、竹を組んで作った基台と竹の担ぎ棒。その上にダサルと呼ばれる長方形の広い台。前方には世界亀ブタワンとバスキ神とアンタボガ神の二匹の龍がそれに絡んでいる。この上に三段の台(山)が重ねられる。後面にはボマの顔、ガルーダや極楽鳥を取り付ける。その上に、バレ・バレアンという遺体を収める家屋がのる。そして、トゥンパンというメル塔を模した多重層の屋根の飾り物がある。頂点にはリンガとよばれる黄金の飾りをつける。火葬場についた遺体は火葬棺に移されて、火葬塔バデと一緒に燃やされる。(黄金の飾りは取った者勝ちとなり、焼かれる前に争奪戦となる。)平民の火葬塔は、段が低く飾りもほとんどない。数人で担げる程度の大きさ。

※5 火葬棺 bade
 火葬棺は身分によって形状が異なると紹介したあるが、「バリ島遊学記、1997発行」で、著者がプリアタン村で5年に一度の合同葬儀の際には14人の火葬棺は全て牛型であり、ただし、身分や予算によって色が異なっている。と、書いている。

※6 カウィタン霊 Kawitan、ピタラ霊 pitara
 火葬などの一連の浄化儀礼を終え、半ば神格化され、浄化された祖先の霊魂。屋敷地内の社(やしろ)で家族が拝む霊やガルンガンの迎え盆の祭礼の際に地上界に降りてくる霊で、この霊は再生可能といわれ、ニャンブルタンの儀礼によって子孫の体に戻る。地域によってはデワ・ヤンともいう。

※7 ピラタ霊 pirate
 火葬等の一連の儀礼を終えていない未浄化の霊をピラタ霊といい、浄化されたピタラ霊とは区別している。葬等の一連の儀礼を終えない未浄化の霊魂

マンダラ翁の葬儀

マンダラ翁の死亡から火葬まで
 アナック・アグン・グデ・ングラ・マンダラ Anak Agung Gede Ngurah Mandera
 プリアタン村の王族であるプリ・カレラン家の出身。グヌン・サリ歌舞団の創始者。
 愛称はグンカ。偉大なる父の意味。

・1986年12月1日、マンダラ翁死亡
・2日、死亡した後、月のでない日(翌日)に遺体を浄める儀式を行う。
浄めの儀式ではプダンダ・祭司がマントラ・呪文を唱えながら聖水をふりまき、遺体の眼の上に硬貨を、歯に鉄をのせる。(この世に生まれてこなければなないときには、よく見える目と丈夫な歯を持てるように)
※亡骸はもはや魂の抜けた殻にすぎず、故人の「真の体」が一族の者の手によって布の上に、一針ずつかたちづくられていく(ウクル)。この後花びらを飾り、香油を浴びせて棺の上に載せられる。

・プタンダに火葬の日どりのお伺いを立てたら、18日になった。すぐ、一族の全員に知らせて招待状を用意する。
・牛の火葬棺は、ウブドのラジャが贈ってくれた。火葬塔・バデはバンジャール・共同体の人たちがつくった。※サトリア階級(王族)のマンダラ翁の火葬塔は9段であった。(最高は11段)
・バンジャールは120世帯、夫婦合わせて240人が祭壇を作ったり、供物や食べ物を用意したり毎日働いた。葬式の費用は莫大なものになる。毎日、300人は下らない弔問客がくる。全部で2500万ルピア(約250万円)はかかる。
・弔問客は香典を持ってくる人、砂糖や豚を持ってくる人がいる。バンジャールの人たちはお米やヤシの実、白い布を持ってきてくれる。
※祭壇はバリ州知事をはじめとする、各地の要人からの花輪で飾り立てられた。

・15日、グンカ(マンダラ翁の呼称)の霊を「目覚めさせる」儀式を行う。
真夜中に遺体を移す儀式があり、翌16日には、もう一度遺体を移す。

・17日、儀式に使う聖水を準備するため、早朝からガムランの楽隊をつらねて、泉までお水とりに出かける。立会人が弓を射ち間近いなく正しい場所で水を得たことを保証する。
・家にもどってから、グンカの霊が天界へ向かう旅の支度をととのえる。
大きな籠に果物とか魚や肉といった食べ物を入れる。道中の食料や天界の門番への贈り物になる。天界という島に迷わず辿り着けるように船と望遠鏡も入れる。

・グンカが生前持っていたものを、子孫に受け継がせる儀式がある。知恵とか富、勇気、力をそれぞれロンタル・ヤシの葉に書かれた文書とかケペン銭、クリス・剣といったものに象徴させて、分け与える。

・この間、プリ・カレランの前庭ではガムランのグループが交代で演奏を続ける。
葬式に欠かせないものとして、ガンバン(古い竹のガムラン)を演奏する。年輪を刻んだ竹と青銅の楽器の音色が死者の魂を天界へと誘っていく。
ワヤン・ルマ(日の光の下で行なわれるワヤン)が行われる。ラーマーヤナの朗唱も遺体を安置している横で続けられる。
※一生をバリの音楽、踊りに捧げ、その名を高めたグンカの葬式ということで、その遺徳を偲んでバリ中からいろいろなグループがきて、踊りや音楽を披露した。

・18日、火葬当日、太陽が真上に来たころ、棺を一族の男たちが外に出し、バデ・火葬塔に入れる。故人の肉体と魂は、白い布の道を渡って、火葬塔に移される。それから、バンジャールの男衆がかついで火葬場まで運ぶ。

※マンダラ翁の火葬の写真では、牛型の火葬棺の腹部が両側に開かれ、そこから遺体が吊された状態で焼かれている。牛が、死者をあの世へ導いていく。
 火葬のときは、遺体がすっかり焼き上がるまで、ずいぶん時間がかかったという。まるで、グンカがゆっくりとゆっくりと逝きたかったかのように。

・遺体がすっかり焼けると、家族の者が灰の中から骨を拾う。プダンダ・祭司が頭の骨、手の骨、足の骨を少しずつ集めて、グンカの体の形を作る。そして、鉢に入れてすりつぶし、粉にする。骨をすりつぶすのは霊を浄めるため。
・それから、骨の粉を黄色いヤシの実の容れ物に入れて海に持っていき流す。
・遺灰を海に流し終えると、グンカの魂が無事天界に到達できるようカンダ・ウンパット(四人の守り神)にお供をお願いする儀式を執り行う。

 こうした段階を全部で7回経て、最後にグンカの霊はベサキ寺院へ行く。
 親族はベサキまでグンカの霊をいただきにいって、屋敷の寺にお祀りし、全てが終わる。

 参考資料:踊る島バリ 聞き書き・バリ島のガムラン奏者と踊り子たち PARCO出版

バリ人の通過儀礼

1.妊娠6ヵ月 プグドン・グドンガン Pegedong-gedongan
 カンダ・ンパット※の完成する時期に、両親と子どもを浄め、健康で長生きする子どもの誕生を祈る。浴場で行う。 ※《 四人の兄/姉 》(羊水、血液、胎盤、臍帯)がこの四人であると考えられている。この四人の兄/姉が正しくとり扱われる限りは本人の守護者になってくれると考えられている。

2.出産直後 誕生儀礼
 胎盤を洗って砂糖ヤシの実に入れて白布でくるみ、両親の住居の前に埋めてから、川の石を載せる。そこに日々供物を捧げる。

3.ヘソの緒がとれた時 クプス・プンスド Kepus pungsed
 ヘソの緒を白布でくるんで、小さい容器に入れて乳児の首に下げる。クマラという小祭壇を子どもを寝かせている床の上に下げる。

4.生後12日目 グルバス・ハウォン Ngelepas hawon
 子どもを神々に紹介するため、台所(ブラフマの座所)、井戸(ウィスヌの座所)、家寺(ブタラ・グルの座所)に供物を捧げる。子どもに初めて聖水を散布する。祖先の誰の生まれかわりかバリアン(村の宗教的職能者)に伺いをたてる。

5.生後42日 トゥトゥグ・カンブアン Tutug Kambuhan
 カンダ・ンパットから生じた108のパジャン(悪)に代わって子どもを保護する雄と雌のヒヨコを選ぶ。

6.生後3ヵ月 ヌルブラニン Nulubulanin
 ニャンブーティンともいう。命名、入魂儀礼、親族による宴会。初めての正装、魔除けの装身具をつける儀礼。子どもの形代を沐浴場か道に投ずる。

7.生後6ヵ月 オトン Oton
 初めての誕生日。初めて大地を踏ませる儀礼。バレを飾りあげて、大量の供物を捧げ、子どもを浄めて、霊力を高める。

8.乳歯が抜け終わった後で ムクトゥス Maketus
 スリヤ神、ブラフマ神、デウィ・スリ神に供物を捧げ、大人の歯が美しく生えるように祈る。クマラを外す。家寺の供物のお下がりを初めていただく。

9.学齢のはじめ頃 パピントナン Papitonan
 村の寺院に村の構成員となったことを報告する。

10.初潮時(少女)/変声期(少年)
  ムンガー・ダアー Mungagah daa/ムンガー・トゥルナ Munggah teruna
 性的結合の両性的シンボルであるスマラ・ラティ神との〈結婚〉。美と成功と健康と除厄を願い、女子の家事技術の上達と貞淑さを願う。家寺、台所、寝所で供物を捧げる。

11.性的成熟から結婚までの間に ムパンデス Mapandes
 鑢歯儀礼。獣性を表す犬歯が平らになるまでヤスリをかける。情欲、貪り(むさぼり)、憤り(いきどおり)、放逸(ほういつ・勝手きまま)、嫉妬の〈六敵〉を制するためとされる。バレでサンギンの手で行われる。

12.結婚式 プウィワハン Pawiwahan
〈かけおち婚〉の場合は、その後花婿の家で親類縁者を集めて行う。プマンクー(祭司)が両人を結ぶ儀を行い、バリアン(村の宗教的職能者)が両人を浄め、よい子が授かるよう祈る。
〈家同士が決めた結婚〉の場合は、花嫁の家に迎えに行き、家寺で離籍の儀を行い、花婿の家の家寺、あるいはバレ前でプマンクーが神前に両人を結び、浄める。貴族の場合はさらにプタンダ(祭司:高位のカーストがなる)がバレで浄めの儀を行う。

※葬儀と通過儀礼の項目の参考資料は、神々の島バリ春秋社です。1994年のものですので、これら儀礼の習慣がどこまで継続しているかどうかはわかりません。例えばインターネットの情報によれば、結婚の前の犬歯のヤスリがけは今でもあるようです。儀礼が終わってから、披露宴という流れです。

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