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バリ島の音楽・ガムラン

 バリ島の魅力は、バリ舞踊とそれに音楽・ガムランを外すことはできません。音楽・ガムランのバリ人の思いや歴史、編成や楽器についてまとめました。
 contents → ガムランとは青銅楽器のタイプ楽器をグループに基本的な楽器ガムラン音楽の分類楽器の編成音階と音の質歌舞団にかける地域の思い王国時代のガムランガムランを作る人たち

※歴史上の人物の情報は別なページにリンクして説明します。

 楽団は地域の誇り

ガムラン gamelan とは

 ガムランは、東南アジアのインドネシアで行なわれている大・中・小のさまざまな銅鑼や鍵盤打楽器による合奏の民族音楽の総称で、青銅の銅鑼と鍵板打楽器、太鼓からなるインドネシアのオーケストラ。古代ジャワ語の「たたく、打つ」「装飾する」等の意味を持つ、動詞ガマル(gamel)に由来する。バリでは「ゴン」という呼び方をすることが多い。
 ゴンとは、本来はオーケストラの中核をなす銅鑼のことであり、転じて楽団全体をも指すことになった。ガムランは、今では民族音楽楽器の総称であり、また、演奏される音楽もさす。

 ガムランは二極対立的なインドネシアの宇宙観を反映した音楽構造をもっていて、例えば、AのパートとBのパートを組み合わせると、Cという本来の旋律が浮かび上がる。このガムランの基本的な演奏技法をコテカン(kotekan)といい、ほぼすべての楽器に及んでいる。(コテカン奏法:音程を微妙にずらしたおなじ楽器2台が並び、交互に一つのメロディを埋め合わせていく)2つの対になる楽器の微妙なずれによって生まれる音のうねりをオンバ(ombak)といい、ガムランの聴きどころとされている。

青銅楽器のタイプ


A.鍵盤打楽器(鉄琴のようなもの)
  • A-1 サロン saron:鍵盤が木枠の上に釘と緩衝材を用いて直接置かれる。重厚な響きが特徴。
  • A-2 グンデル gundel:鍵盤を紐で吊って木枠の上に固定し、各鍵盤の真下に竹筒を並べて共鳴筒にする。重厚感はないものの長い残響を得ることができる。
B.銅鑼(両方とも表面にこぶの有る銅鑼)
  • B-1 ゴン gong:楽曲の節目を示す「節目楽器」である。ガムランの音楽形式の基本である拍節周期(繰返し周期中での節目)を示すのに一定間隔で鳴らす
  • B-2 ボナン bonang:旋律、リズムを刻んだり、旋律装飾を行なったりする。少し小型の銅鑼類。
※ゴンには最も神聖な力が宿っているとされ、定期的に供物が捧げられねばならない。さもなくば、災厄が起こると信じられている。そもそもこの楽器の製法からして驚異的で、鋳型にはめるのではなく、1枚の熱い青銅板をハンマーで叩きながら成形をしていくのである。 製法からして既に神懸かり的所業が含まれている。

ガムランの楽器をグループに分ける


楽団の基本的な楽器はおおざっぱに次のようなグループに分けることができる。

1 様々に大きさと音程を異にする金属鍵盤の打楽器。
  •  テーマやバリエーションを奏でる鍵盤が9つある高音のもの →〈ガンサ・ジュンコッ〉
  •  バスを奏でる低音の5鍵盤のもの →〈ガンサ・ガントゥン、チェルン、ジュプラグ、ジュゴガン〉これらは右手に持った一本の木槌で叩き、左手の指で音を止める。
  •  鍵盤が10ないし13あるグンデル、両手で演奏する。
2 青銅の銅鑼とこぶつきゴング
  •  強いアクセントを出す吊した銅鑼 →〈ゴン、クンプル、クモン、ブンデ〉
  •  12(または13)個で1組と10個で1組のこぶつきゴング→〈ルヨン・トロンポン〉ゴンに形は似ているが、枠に大きさの順で並んでいる。この楽器でテーマと和音が奏でられる。
3 太鼓
  •  楽団をリードし、リズムを打ち、アクセントを補強する太鼓 →〈クンダン〉
 これはつねに、「男」と小型の「女」の一対になっている。太鼓は邪悪な霊波から守るために黒と白の碁盤縞の布で覆ってある。

4 付属的打楽器。
  •  膝にかかえ、棒で叩く小さな銅鑼 →〈クンプリ〉
  •  速いリズムを打ち出すシンバル →〈チェンチェン〉
  •  かすかなチリンチリンという音を出すいろいろな種類の鈴や小さな金属の筒 →〈クマナッ〉
  •  おもに旋律の導入部に使われる竹笛 →〈スリン〉笛はソロの場合が多い。
  •  二弦の弦楽器 →〈ルバブ〉ガムランで使われる唯一の弦楽器。アラビア地方が起源とされる。  

ガムランの基本的な楽器


ガンサガンサ Gangsa
青銅の鍵盤と竹の共鳴筒をもつ鉄琴。右手に持った木製のバチ(バングル)で叩く。直前に叩いた鍵盤の音と混じらないように、鍵盤を左手ではさむ。基本の旋律を装飾して、ひびきを豊かにする。


チェンチェンチェンチェン  Cengceng
小型のシンバルが亀などの台座に取り付けられた楽器。リズムを小さく刻み、賑やかしく演奏するのが特徴。両手に持った同じシンバルでたたく。大型のものは、両手に持って打ち合わせる。



クンダンクンダン  Kendang
ナンカ(ジャックフルーツ)の木をくり抜き、両側に牛の革を張った太鼓。テンポや強弱などをコントロールする。楽団のリーダーが演奏を担当する。通常は二台一組で演奏され、雄クンダン(クンダン・ラナンkendang lanang)と雌クンダン(クンダン・ワドンkendang wadon)の二種類がある。大きさは、ラナンの方が大きく、ワドンは小ぶり。胴の内部構造が異なり、ラナンは直線的にくり抜いた形、ワドンは内部が女性のウエストのように、途中でくびれる様に若干細く鼓型になっている。
ゴング
ゴング  Gong
直系1m弱の大きさの青銅製のゴング(銅鑼)。中心に瘤があるのが特徴。繰り返しの節目や演目の節目を示すときに打たれる。重みのある大きな音が響く。ゴングは最後の拍で打ち、リズムの節目を教える。


レヨンレヨン  Reyong
調律された丸い青銅製のゴング12個が、幅4mにもわたる木枠に並ぶ。音階のある裏返しの釜のような楽器で、こぶがありそれをたたく。両手に細長いバチを持ち、たたいて音をだしたり、軽く抑えて響きを止めたりしながら4人で並んで演奏する。旋律の装飾やリズム的アクセントを受け持つ。

トロンポン
トロンポン Trompong
形はレヨンと似ている。古典曲などで旋律を奏でる。儀式の始まりにソロで演奏したりする。一人で演奏。レヨンの釜が12個に対してトロンポンは釜が10個。

ルバブ
ルバブ Rebab
胡弓型の擦弦楽器で、弦は2本で金属弦が使用される。元々は伴奏用だったが、今日では青銅楽器群と一緒に演奏することが一般的になった。

スリン
スリン  Suling
竹製の縦笛。メロディを奏でる。循環呼吸で演奏される。通常はガンサ奏者などが兼用して演奏する。
 

バリ島のガムラン音楽の分類

バリ島のガムラン音楽は、その時期によって、古楽、中世音楽、近代音楽とに分けることができる。
〈 古楽 〉
マジャパイト王国の崩壊に伴って、その貴族や僧がバリ島への移住を始める16世紀以前からバリ島にすでにあったと考えられている音楽。基本的に宗教的な性格を強く帯びており、儀式の際に奏でられる。音階の種類の多彩さが、その特徴である。
〈 中世音楽 〉
マジャパイト王国の末裔によって中部ジャワに開花した16世紀来の宮廷文化から、20世紀のオランダ植民地支配が実効化するまでの期間の音楽。レゴンなどの舞踊や舞踏劇などの宮廷芸能と結びついた音楽で、ガムラン・ガンブー、ブバロンガンなどがこれにあたる。
〈 近代音楽 〉
20世紀以降の観光、娯楽と結びついた民衆音楽で、ゴン・クビャール、ガムラン・アルジャ、ジェゴグなどがこれにあたる。

バリの楽器と音楽-楽器の編成

アナック・アグン・グデ・ラカ・バワ ANAK AGUNG GEDE RAKA BAWA
1930年生まれ マンダラ氏の長男 クンダン奏者 1986-1987年談話


 ベサキ寺院やバリ・アガ(先住民)の住むトゥガナン村には、とても古いガムランが今も残っている。これらは、およそ二千年前、バリにヒンドゥーの教えを広めた、ルシ・マルカンディアというジャワの聖人がもたらしたものだと言われている。

 「ガムラン」の楽器の種類はさまざまだが、今、バリにあるガムランの多くは、ゴン・クビャール gong kebyar(クビャールのオーケストラ、ゴンは青銅の銅鑼のことだが、その銅鑼を含めた編成全体をも指す)と呼ばれているもので、大中小の銅鑼、一対の太鼓、十数台の青銅の鍵板打楽器(それぞれ対になっている)などから成っている。

 ゴン・クビャール(「炸裂する」響きのガムラン)は、20世紀に入ってから、北部のシンガラジャ地方で始まり、1930年代に急速にバリに普及した。このとき、各地に古くからあったスマル・プグリンガンの多くが溶かされ、ゴン・クビャールにつくりかえられたということだ。

 その他の代表的なものに、スマル・プグリンガン(柔らかな響きの古典的ガムラン)という編成がある。銅鑼も太鼓もゴン・クビャールのものよりも小さく、全体にゴン・クビャールより柔らかくて優しい響きになっている。
 また、式典や儀礼に欠かせない、古くからあるガムランには、ゴン・クビャールのもとになったゴン・グデ(大きなゴン)や、小さな楽器の編成のアンクルがある。儀礼に必要なガムランはどこの村にもあるが、音楽や踊りを楽しむためのガムランを持っているところは限られている。費用がかかるし、何よりもすぐれた指導者がいなければできないことなのだ。

 楽器をつくり変える他に、楽器の編成を組み替えることも行われてきた。つまり、それぞれの編成ごとに、演奏する音楽が決まっていたのを、何台か楽器を入れ替えることによってほかの音楽を演奏できるようにした。たとえばスマル・プグリンガンをもとに、レゴンの踊りの音楽を演奏できるようにしたのが、ガムラン・プレゴンガン(レゴンのためのガムラン)。また、最近のように、種類の違ういろいろな踊りを続けて演奏する必要が出てくると、奏法を工夫してひとつの編成でいろいろな音楽を演奏できるようにすることもある。

参考資料:踊る島バリ 聞き書き・バリ島のガムラン奏者と踊り子たち PARCO出版

ゴン・グデの配置図

楽団編成
「ゴン・クビャール gong kebyar」は20世紀になってできた編成。
「スマル・プグリンガン semar pegulingan」、「ゴン・グデ gong gede」、「ガンブー gambuh」は16世紀頃のバリ宮廷芸術が華やかりし頃に盛んだったと言われている。
※ガムラン・ゴン・グデ(gamelan gong gede):寺院の祭儀に用いられる大編成のガムラン。古くからの楽器は残存わずかといわれる。
※ガムラン・ガンブー(gamelan gambuh):14世紀ごろからあると言われる舞踊劇「ガンブー」に使われるガムラン。長い縦笛「スリン・ガンブー」主体のもの。

音階と音の質

バワの話 1930年生まれ マンダラ氏の長男 クンダン奏者 1986-1987年談話

 バリには二種類の音階がある。普通、音階は五つの音からできている(1オクターブに音が5つ)が、グンデル・ワヤンやアンクルンは、その音の間隔がだいたい同じになっている。一方、ゴン・クビャールやスマル・プグリンガンの音階は五音の間隔が不揃いになっている。これは、もともと不揃いの七つの音から成る音階を、五音に減らしてできた音階だからである。

 その不揃いの方の音階にも、音の選び方によって、いくつかの種類がある。その内の代表的なものが、スリシール、トゥンブン・ドゥムンと呼ばれるもので、それぞれの音の鳴り方が、よく響くかわいらしい音だったり、力強いけれど、鈍重な音だったりと違ってくる。
 こうした金属楽器の音楽のほかに、バリには竹でできた楽器を中心とした音楽が古くからある。ガンブの伴奏音楽には、長い竹笛が何本も使われる。レゴンなどの音楽は、このガンブの竹の音楽を青銅のガムランに移しかえたものだ。

 ※ ガムランの5音階には、ペログ音階とスレンドロ音階の二種類があり、両者は、狭い音程(西欧の音階でいうと半音に近い音程)の有無で区別される。ペログ音階には、狭い音程があり、スレンドロにはない。「ペログ音階」には「スリシール」と「トゥンブン」という2つの旋法がある。

バリ人にとっての楽団-歌舞団にかける地域の思い

オランダの統治により、寺院が王族のものから地域のものに変わり、歌舞団も地域で持つようになった時代

どのバンジャール banjar(小村・地域社会)にとっても、あたりで一番の楽団を持つことがなによりの願いである。寺院が整えられて余裕ができたら、祭りや儀式の際に演奏する楽団を自前で持つために、音楽クラブを組織し、楽器を入手し、楽団員を養成することが必要なのである。
 村社会の成員の誰でもがガムランに誇りをもち関心をはらっていて、高価な銅鑼や鉄琴を手に入れ、楽器の台を作り彫刻をほどこし、楽団員を養成するためなら、喜んで骨身を惜しまないし金だって惜しまない。

 新しく音楽クラブを組織するにあたってバンジャールは、まず長になる人と会計係を選ぶ。新楽団員はバンジャールの若い男性から選ばれ、音楽の経験を積んだ人に指導を受ける。楽団に所属することは名誉なことであり、団員は金をもらわず、楽器の入手のためにはそれぞれができる方法で寄与する。
 楽団がつくられると、クルクルで呼び集められての練習が、昼間の仕事が終わったあと毎晩行われる。リーダーは二人の太鼓たたきで、団でもっとも音楽知識があり、優れた演奏家である者が団員によって選ばれる.

 王国時代は大きな楽団をつくって、自分もその中で演奏するというのが王族たちの好む道楽だったが、(オランダ統治時代の)王族たちはもはやそんなに羽振りがよくないので、現在(1930年代)では楽団組織はたいてい独立していて、楽団を抱えているのは地域社会である。
参考資料:バリ島 Island of BALI ミゲル・コバルビアス 平凡社

王国時代のガムラン-楽団も踊り手も王家のもの

イ・マデ・ルバ  I MADE LEBAH 1910年生まれ クンダンの名手 1986年談話 グヌン・サリ楽団の設立に参加し、同楽団を率いてきた。

 王国時代は楽器も演奏者も踊り手も、全部ラジャの持ち物だった。演奏や踊りもお屋敷の中で行われた。削歯の儀式や結婚式の時に演じた。ガムランの打ち手はラジャが気に入れば、どこの村からでも連れてきて屋敷に住まわせた。歌舞団員の食料や踊りの衣装も王家が提供した。
 私も子どものころ、寺院で儀式がある時に、よく踊りを見に行った。寺院は今のようにバンジャール(共同体)の所有ではなく、王家の持ち物だった。プリ(王家)がプラ(寺院)を持っていた。だから、王家や寺院で儀式がある度にラジャの楽団が演奏をした。

 昔はラジャでなければガムランの楽器一式なんかは持てなかった。ガムランといえば全部、ラジャの持ち物にまちがいなかった。ラジャのところには式典用のゴン・グデという大編成のガムランと、スマル・プリンガン(宮廷の室内楽用ガムラン)、そしてガンブを演じる時のガムラン(竹笛群を中心とした編成)があった。

 オランダ時代が始まって、プリアタン(ギャニャール)のラジャも老齢になり、歌舞団を維持できなくなってきて楽器も野ざらし同然になった。王家では、しばらくガンブ(古典舞踊劇)の公演もない、レゴン(叙事舞踊)の踊りもない、という状態だった。オランダの支配が続いてラジャの力が削がれ、歌舞団を王家で維持していく余裕がなくなり、バリのあちこちで、王家にあったガムランのセットが村のバンジャールに貸し出されたり、与えられたりするようになっていった。それで、バンジャールをもとにしたガムランのグループがだんだんと出てくるようになった。

 ※ バンジャ踊り手を待つ楽器ールを基盤にしたわけではない、グヌン・サリ楽団
 グヌン・サリ楽団は、初めて日本公演を果たしたマンダラ翁 アナック・アグン・グデ・ングラ・マンダラ(グンカ)を著名にした楽団。プリアタン村グヌン・サリ寺院のプダンダ・祭司が、シンガラジャ近くのサワン村で火葬をとりはからったお礼に、ゴン・クビャールの一式を送られた。グンカが祭司のところを訪れると、「(当時活動していた仲間と)この楽器で楽団をつくりなさい」と渡された。よって、楽団の名称はその寺院からとっている。
参考資料:踊る島バリ 聞き書き・バリ島のガムラン奏者と踊り子たち PARCO出版

ガムランを作る人たち-パンデ 

バワの話 1930年生まれ マンダラ氏の長男 クンダン奏者 1986-1987年談話

 ガムランをつくる場合は、いつ作業にとりかかったらいいか、プダンダにちゃんとお伺いを立てて、その日に始めることが大切だ。

 実際にガムランをつくるのは、パンデといわれる人たちだが、新しくガムランをつくるとき、依頼人はパンデに、音の質を注文することがある。スリシールとかドゥムンといういい方に加えて、花や動物の名前で音の質を表わすこともある。こういう注文を受けて、パンデは製作にかかるわけだが、音の決め方はそれぞれのパンデに代々受け継がれているものがあるから、同じスリシールならスリシールでも、各地のパンデによって少しずつ違ったものができる。

 どの種類のガムランでも、対になっている楽器は少しずつ音の高さがずらしてあり、一緒に演奏したとき、いい響きになるように工夫されている。できあがったばかりのガムランは、まだ生ですから、よく使いこんでいかないといい音にはならない。1年か2年使い込んで、そこで改めて音を調節する。そこではじめて一人前の楽器になる。

パンデ Pande
 バリには、パンデ(鍛冶屋)と呼ばれる職能集団がある。その昔、神秘的な炎を操り霊力を持つ金属を細工し、クリスなど神聖な物を扱う仕事をしたところから、バリの階層制度の中ではスードラ(平民)階層と同位置にありながら、階層外として特別に扱われ、貴族階級からも一目置かれる存在で、村の中で独自の共同体をつくっている。  




 

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海外旅行でドイツ・フランス・ベルギー、バリ島、シンガポールを訪れました。
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