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バリ島旅行記6 プリアタン村

2016.10.15
 2度目のバリ島旅行です。宿泊地をウブドにして、前回には行けなかった所を見学することとHPを作りながら調べたことを確認する旅です。
 初日は、真夜中にホテルに入っていますので、ウブドの周辺から。ウブドの隣にあるプリアタン村を訪れました。旅の行程はこちらをご覧ください。バリ島の村・寺・住居のページに村の構造の解説があります。
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Bali-HOME - back - 旅行記 - next - 情報G 資料G 写真アルバムG - link-albumプリアタン村


プリアタン村 Peliatan

 プリアタン村を訪れたのは、大きく二つの目的がありました。
 一つは、このサイトでも紹介している「村の構造」、王宮があり、村の広場があり、村の3寺院がある、というものをこの目で確かめること。もう一つは、バリ舞踊の本場のプリアタン村で「グヌン・サリ舞踊団」の公演を見ることです。
 バリ島の村の構造については、こちらにまとめてあります。⇒「バリ島の村・寺。住居」へ 


ガネーシャ gaṇeśa Peliatan
ガネーシャ gaṇeśa
 まずは、バレ・バンジャール(小村の集会所)を訪ねます。歩いていると家の壁にガネーシャの像が立っていました。ガネーシャはバリ島ではガナ神 Bhatara Gana と呼ばれ、「魔除け」として崇められています。

バレ・バンジャールの看板 Bale Br.Tengah Peliatan
バレ・バンジャールの看板 Bale Br.Tengah
 村デサを構成する小村・部落のバンジャール内には地域の行事や共同作業を決める寄り合いのための公共の集会所があります。この名称を示す石版の回りには、青年団、病院、保育園などという表示がありました。
バレ・バンジャール Bale Br.Tengah  Peliatan
バレ・バンジャール Bale Br.Tengah
 子どもたちの遊具やガムラン楽器が置いてありました。
バレ・バンジャール Bale Br.Tengah Peliatan
バレ・バンジャール Bale Br.Tengah
 ワンティランのようなバレの向かい側にあった祠です。小村・部落の催事に関わる物を格納しているのでしょうか。
 プリアタン村の中心に位置するプリアタン王宮です。王宮の建物の前には、バリ舞踊の像が立っています。向かいには、村の広場「アルン アルン」があり、南にはバニヤンの木が生い茂っています。
 ここで、グヌン・サリ舞踊団の公演があるはずでした。プリアタン・宮殿地図にリンク
プリアタン・宮殿map ⇒


Peliatan Palace 正面の踊り子像
プリアタン・宮殿 Peliatan Palace 正面の踊り子像
 車の往来が多くて写真がゆっくり撮りませんでした。レゴンの衣装を着た踊り子の像です。さすが、プリアタンです。

Peliatan Palace 脇のバニヤンの木 Pura Peliatanimg_20170129-101502.png
Peliatan Palace 脇のバニヤンの木
 村の中心には必ずバニヤンの木が植えられているそうです。プリアタン宮殿はバニヤンの木の隣、赤レンガの建物です。

 ●バニヤン樹(Banyan) ベンガルボダイジュ(クワ科、イチジク属)菩提樹と訳されたりするが、それでは、別種(別科)を指してしまう → ボダイジュ/セイヨウボダイジュ(シナノキ科、シナノキ属)。ガジュマルに近い種類の木。
 バニヤンはヒンドゥー教でも聖木(ヒンディー語でピーパル)とされ、天地創造神ブラフマが根に宿り、破壊と創造を司るシバ神が幹に宿り、世界を維持するとされるビシュヌ神が枝に宿る、とされている。

アルン・アルンの表示板 ALUN-ALUN Pura Peliatan
アルン・アルンの表示板 ALUN-ALUN
 王宮から道路を挟んでアルン・アルン「村の広場」があります。アルン・アルンの周辺には公共の施設が置かれます。
ALUN-ALUN DESA PELIATAN アルン・アルン Pura Peliatan
アルン・アルン デサ・プリアタン ALUN-ALUN DESA PELIATAN
 村の広場には、小さな出店があり、そこで水分補給。色のついたお米の甘い飲み物がありました。おかゆジュースとたとえておきます。
 さて、アルン・アルンで休憩中に、残念なお知らせが...。ガイドさんが、グヌン・サリの公演について、村の人にたずねていたら「今日はオダランだから、公演はない。」という情報が得られたのです。本当に残念でした。寺院のオダランに当たって、なんと運がいい、と思っていたら、天は二兎を追わせてくれませんでした。
 ウブド王宮でのバリ舞踊公演を見ることで代替することになってしまいました。   

村の集会所の寺院 プラ・デサ プリアタン Pura Desa Gede Peliatan

 Pura Desa Gede Peliatan プリアタン村の活動の中心の場となり共同体の繁栄を司る寺院です。Cok Gede Rai 通りに面して、プリアタン王宮の南にあります。プラ・デサの同一敷地に、プラ・プセ Pura puseh 「起源の寺」が、隣接しています。クルクル塔は別々にありました。プラ・デサ プリアタン地図にリンク
プラ・デサ プリアタンmap ⇒

プラ・デサ 村の集会所の寺院 Pura Desa Gede Peliatan

プラ・デサ 村の集会所の寺院
 プリアタン村のプラ・デサでは、正装の着飾った男女。ペンジョール(竹飾り)、パユン(日傘)と寺院の創立記念日であるオダランでした。いい日に当たりました。
 バイクに乗っている女性の正装用ブラウスは、クバヤ kebaya といいます。今回の旅行では様々な場所で見ましたが、少なくとも寺院の祭事用としては、それぞれの部落で色を決めユニフオームのようにしているのではないかと思いました。プラ・デサは、ブラフマ神を祀り「火の寺院」と呼ばれています。

プラ・デサの社号標 Pura Desa Gede Peliatan
プラ・デサの社号標
 村の3寺院の内、プラ・デサは村の宗教活動や村の集会を行う「集会所の寺」です。おもだった祝いごとが行われ、バレ・アグン(村の集会所)が置かれています。看板にもお供えチャナンが捧げられています。
プラ・デサの門番  Pura Desa Gede Peliatanプラ・デサの門番  Pura Desa Gede Peliatan
プラ・デサの門番  Pura Desa Gede Peliatan
 オダランというだけあって、門番の石像も着飾っています。腰に巻いてある布は、ポレン布 poleng という魔除けの布。白黒の格子模様は魔除けとされ、神木にも巻かれています。
 バリの門に置かれる人物像は、親子か兄弟に分けられています。鼻の大小、輪郭がはっきりしているか・ゆるやかかなどで見分けるということです。恰幅のいい方が年長でいいのでしょうか?
プラ・デサのクルクル kulkul  Pura Desa Gede Peliatanプラ・デサのクルクル kulkul  Pura Desa Gede Peliatan
プラ・デサのクルクル塔 kulku
 クルクル塔は、どこの寺院でも入口の近く(外庭、ジャバ  jaba)に建てられます。つまり、道路からよく見える位置。
割れ目が刻まれている木の柱が2本つり下げられていて、このクルクルを叩いて、寺院への集合やその内容を伝えます。
 ここのクルクル塔の彫刻は緻密で美しい。プリアタン村の財力を表していると思います。

bale pawedan:バレ・パウェダン Pura Desa Gede Peliatan
バレ・パウェダン bale pawedan

プラ・デサのオダラン 子どもたちの踊り子  Pura Desa Gede Peliatan
子どもたちの踊り子 プラ・デサのオダラン
 中門から子どもたちの踊り子が出てきました。うまく踊れたのでしょうか?
子どもたちの踊り子 プラ・デサのオダラン  Pura Desa Gede Peliatan子どもたちの踊り子 プラ・デサのオダラン  Pura Desa Gede Peliatan子どもたちの踊り子 プラ・デサのオダラン  Pura Desa Gede Peliatan
子どもたちの踊り子 プラ・デサのオダラン

青年楽団  プラ・デサのオダラン Pura Desa Gede Peliatan
青年楽団  プラ・デサのオダラン
 こちらは、青年楽団、大人の演奏者の出番はまだのようです。
青年楽団  プラ・デサのオダラン Pura Desa Gede Peliatan
青年楽団  プラ・デサのオダラン
 彼らが待機している所は、bale gong:バレ・ゴングという、ガムラン演奏場です。
 ※バリ島の寺院の構造や宗教施設の名称と役割はこちらにまとめてあります。
kori agung:コリアグン 中門  Pura Desa Gede Peliatan
kori agung:コリアグン 中門
 プラ・デサはブラフマ神を奉り、火の寺院と呼ばれています。
 ●中門:コリアグン kori agung → 神々の領域を隔てる中門。神の住むマハメル山の山腹を表す。中央の扉は御神体の出入り用。

プラ・プセ 村の起源寺  Pura Puseh Peliatan

プラ・プセ 村の起源寺  Pura Puseh Peliatan
 プラ・デサの隣に(同一敷地内)プラ・プセがありました。プラ・プセとは村の共通の祖先(この村に入植・開拓した人)を祀る寺です。プセは「へそ」の意味。プラ・プセは村の3寺院として独立して立てられている場合やプラ・デサと併設されたり、同一敷地に立てられている場合があります。
 プラ・プセは見られないのか、と思っていましたのでラッキーでした。
プラ・プセのクルクル kulkul  Pura Puseh Peliatan
プラ・プセのクルクル塔 kulkul  Pura Puseh Peliatan
 寺院敷地にプラ・デサのクルクル塔とプラ・プセのクルクル塔が別にありました。プラ・プセは、ウィスヌ神を祀り「水の寺院」と呼ばれています。
 ●クルクル塔:バレ・クルクル bale kulkul → 警鐘塔。堅い木に割れ目を入れてつくった木製ドラム。集会や緊急事態、公式行事等がある時にこれを鳴らして村人に知らせる。

村の死者の寺院  プラ・ダラム プリアタン Pura Dalem Gede Peliatan

 プリンタン村の死者の寺院、Pura Dalem Gede Peliatan は、プリアタン王宮の南西(クロッド・カウ)の方角にあります。正面入口にはランダ Rangda の石像が建てられています。寺院の向かいには、墓地・スマ sema がありました。プラ・ダラム プリアタン地図にリンク
プラ・ダラム プリアタンmap ⇒


プラ・ダラム 村の死者の寺 社号標  Pura Dalem Gede Peliatan
プラ・ダラム 村の死者の寺 社号標
 プラ・デサ、プラ・プセと見学して、村の3寺院の残りはプラ・ダラム:死者の寺院です。プラ・ダラムは、シワ神を祀り「風の寺院」と呼ばれています。プラ・ダラムは村の中心から、クロッドという海側の方角に建てられるのが普通。同じく東ではなく西側日の沈む方角が選ばれます。ダラム(ダルム)は「内奥の、深淵な」を意味するとのことです。
 ※バリ島の村の構造については、こちらにまとめてあります。

プラ・ダラムの門番 ランダ  Pura Dalem Gede Peliatanプラ・ダラムの門番 ランダ  Pura Dalem Gede Peliatan
プラ・ダラムの門番 ランダ
 死者の寺院には、ランダがつきものです。魔女ランダ女神ドゥルガの化身とされています。ドゥルガ Durga は死の女神で、死者の寺院に住むのです。バリでは、シワ神の妻がドゥルガ神(シワ神には奥さんがいっぱいいます。というか、いろいろな名前で呼ばれているというか)。またはシワ神の破壊的側面がドゥルガといわれています。
 魔女ランダの像や面はプラ・ダラムに奉納されている場合が多いそうです。

wantilan:ワンティラン  Pura Dalem Gede Peliatan
wantilan:ワンティラン
 ワンティランは、多目的ホール。舞踊会場、闘鶏場、集会。三面解放型で、屋根は瓦。

木に寄生するランの仲間  Pura Dalem Gede Peliatan
木に寄生するランの仲間

プラ・ダムラの隣は水田  Pura Dalem Gede Peliatan
プラ・ダムラの隣は水田
 プラ・ダラムの近くには家はなく、水田に隣接していました。
sema 墓地スマ  Pura Dalem Gede Peliatan
sema 墓地スマ
 「死者の寺院」の傍には、墓地があります。ガイドさんに「墓地はどこにある?」と聞いたら、そこだといわれてビックリ。ちょっと見には空き地・広場にしか見えません。日本のように墓石があるわけではないのです。
 バリ島は土葬というわけではなく、墓地は火葬にするまでの安置場所のようなものです。火葬はただ、燃やして骨にするのではなく、祖先霊や神々の住む所に送る儀礼です。そのため、一連の行事があるため、個人で行うのにはよほどの財力が必要し、お金を貯めて合同で行うか、地位・財力のある人の火葬に便乗して行うのが通例です。

sema 墓地スマ  Pura Dalem Gede Peliatansema 墓地スマ  Pura Dalem Gede Peliatan
sema 墓地スマ
 よく見ると、ほんの少し土が盛り上がっています。花輪のような飾りも、埋められて間もないからあるのでしょうか。バリ島の墓地は、火葬するまでの待機所のような位置づけです。死者の寺院・墓地は霊魂の強い所だといわれています。バリを車で移動中に、花輪が立てられていて、ここが墓地なのかとわかるようになりました。
 

グヌン・サリ寺院  Pura Gunung Sari

 グヌン・サリ寺院は、バリ舞踊を世界に知らしめたマンダラ氏がつくったグヌン・サリ歌舞団の名前の由来の寺院です。
 グヌン・サリ寺院のプダンダ:祭司が、他の村で火葬をとりはからったお礼にゴン・クビャールの一式を送られ、この楽器で楽団をつくりなさいとマンダラ氏に渡されたことが、歌舞団の始まりということです。バリ舞踊好きの方はぜひ訪れてください。グヌン・サリ寺院地図にリンク
グヌン・サリ寺院map ⇒
 

グヌン・サリ寺院  Pura Gunung Sari
グヌン・サリ寺院  Pura Gunung Sari
 後で、場所がどこかを突き止めるのに、大変苦労しました。旅行会社から場所を教えてもらったほどです。そんなに人気のある寺院ではないので、グヌン・サリ寺院が掲載されている地図もないということでした。
 5層と7層のメルがあり、グヌン・サリ歌舞団が寄贈したもの、ということでしたが、私にはどこにメルがあるのかわかりませんでした。建て替え中なのでしょうか?

グヌン・サリ寺院の門番 蛙  Pura Gunung Sariグヌン・サリ寺院の門番 蛙  Pura Gunung Sari
グヌン・サリ寺院の門番 蛙
 グヌン・サリ寺院の門番は「蛙」でした。なかなか、ないのではと思います。バリ島では、蛙は再生・豊穣のシンボルだということです。蛙の置物(石像)は、庭の池の周りによく見かけるのですが、縁起物だったのです。

寄付者掲示板? グヌン・サリ寺院  Pura Gunung Sari
グヌン・サリ寺院前の寄付者掲示板
 DANAがファンドの意味。寄付者の名前、どこの人か、金額が表示されています。バリ島の寺院ではけっこう見かけます。グヌン・サリ寺院の名称は、グヌンとは山、サリとは聖なるもの、または物事の本質の意味です。

プリ・カレラン  Puri Kaleran

 プリ カレラン Puri Kaleran は、バリ舞踊を世界に知らしめたマンダラ氏の生家です。現在は、ご子孫が住んでいます。
アナック・アグン・グデ・ングラ・マンダラ Anak Agung Gede Ngurah Mandera。マンダラ翁の愛称はグンカ。偉大なる父の意味。グヌン・サリ歌舞団、ティルタ・サリ舞踊団の創始者です。
 プリの名前が示すように、プリアタン村の王族であるプリ・カレラン家の出身です。⇒マンダラ翁の葬儀の様子はこちら 
 プリ Puri は、王宮、宮殿の意味。バリ語のプラは寺院のことだが、プリもプラもサンスクリット語の城塞都市を意味するプラが語源となり、古代バリ語の文献では宮殿も寺院とともにプラと呼ばれていたようです。マハーバーラタのクル国の首都が「ハスティナープラ」このプラです。

プリ・カレラン  Puri Kaleran
プリ・カレラン  Puri Kaleran
 マンダラ翁の生家であるプリ・カレランも案内してもらいました。さすが、りっぱなお屋敷です。
プリ・カレラン前の看板  Puri Kaleran
プリ・カレラン前の看板  Puri Kaleran
 プリ・カレラン前に看板が出ています。なんと日本語で「スキンケア・スタジオ」と書いてありました。経営されているのでしょうか?プリ・カレラン地図にリンク
プリ・カレランmap ⇒

夜のオダラン Pura Prajapati

 この日の夕食は、ブリアタン村から車で数分先の「バレ・ウダン」というレストランでした。食べ終わって、ウブドに戻ろうという時に、ガムランが聞こえてきました。「これは!」と思って走るとレストンの隣にある寺院でのお祭り・儀礼でした。
Pura Prajapati 夜のオダラン  Pura Prajapati odalan
Pura Prajapati 夜のオダラン  Pura Prajapati odalan
写真左手にガムラン楽団。右手はお詣りする一団。
Pura Prajapati 夜のオダラン  Pura Prajapati odalanPura Prajapati 夜のオダラン  Pura Prajapati odalan
Pura Prajapati 夜のオダラン  Pura Prajapati odalan
 正装した女性の頭に供物が乗せられています。
Pura Prajapati 夜のオダラン  Pura Prajapati odalanPura Prajapati 夜のオダラン  Pura Prajapati odalan
Pura Prajapati 夜のオダラン  Pura Prajapati odalan
 ガムラン楽団は、若い人が中心のようです。
 写真の右側に写っている「長い毛」の持ち主がバロンです。動いているバロンを見るのは初めてです。ご覧のように人に取り囲まれていて、残念なことにバロンの顔を見ることはできませんでした。バリの男性の上が紺のジャケット、下がサルンが決まっています。Pura Prajapati地図にリンク
Pura Prajapati map ⇒

プリアタン村の話題

プリアタン村の紹介
 プリアタン村は、ギャニャール県のウブド郡になる。プリアタン王宮のあるCok Gede Rai 通りは、ウブドのハヌマン通りの東通りの大きな道にあたり、直線で歩いて15分程度の近さ。プリアタン王宮は、ウブドの東の王宮にあたる。
 プリアタンとは「見える」の意味を持ち、グヌン・サリ寺院の周辺が司祭によって神聖な場所にみえたという故事に基づいてそう名付けられた。プリアタン村はバリ舞踊の中心地であり、世界的にも有名なガムランや舞踊のグヌン・サリ歌舞団、ティルタ・サリ歌舞団、グヌン・ジャティ歌舞団はこの村が本拠地である。同村のタガスTegasはケチャ・ダンスの発祥地として知られている。

マンダラ翁が海外遠征したわけ
 オランダ植民地政府は、1931年にフランスのパリで開催された植民地博覧会において、ジャワやバリ等の東インドネシアの植民地経営がうまくいっていることをアピールする必要があった。バリ関連のパビリオンが造られるとともに、バリ舞踊団をパリ博覧会に派遣することになる。当時、バリ人でオランダ植民地政府に認められていたウブドの領主、ラコー・スカワティは自らが団長となり、自分の影響化にある地域からガムラン楽団や舞踊団を編成して、パリに連れて行くことにした。そこには、自分の親戚でもあり、バリ舞踊界で著名なマンダラ氏がいた。
 マンダラ氏は集められた踊り子やガムラン奏者をよくまとめ、パリでの公演に望み大好評をはくした。バリ舞踊が世界に認められる契機となった。
 スカワティ家の王宮は、サレン・アグン宮殿、ウブド王宮である。

バリ島の寺院は
 バリ島の寺院は、石やレンガで作られた神社だと理解した方がわかりやすい。先に西洋に「Temple」と紹介され、そののの寺院と訳した経緯があるとのことです。例えば、割れ門は鳥居のようなもので、ここからが境内だと示しています。日本の神社の本殿がジェロラン(内庭)神の領域であり、参拝者といえど入ることができないエリアです。
 村の寺院は、それぞれの部落に、日本で言えば市町村合併前の明治時代の村域ごとに神社があるのと同じです。プラ・プセは、氏神様を奉る寺院にあたるでしょう。日本では領主が守護した神社のように、王国が守護した寺院、地域を越えて信仰を集めてきた寺院がサド・カヤンガン、6大寺院にあたります。
 

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海外旅行でドイツ・フランス・ベルギー、バリ島、シンガポールを訪れました。
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