バリ島旅行記7 デンパサール・ギャニャール
2016.10.16
2度目のバリ島旅行です。宿泊地をウブドにして、前回には行けなかった所を見学することとHPを作りながら調べたことを確認する旅です。
二日目は、デンパサールに寄って前回の旅行で見逃したところを見学してから、クルンクンを目指します。まずは、デンパサールの周辺から。旅の行程はこちらをご覧ください。
2度目のバリ島旅行です。宿泊地をウブドにして、前回には行けなかった所を見学することとHPを作りながら調べたことを確認する旅です。
二日目は、デンパサールに寄って前回の旅行で見逃したところを見学してから、クルンクンを目指します。まずは、デンパサールの周辺から。旅の行程はこちらをご覧ください。
contents → ジャガナタ寺院 - ププタン・バドゥン記念碑 - アートセンター - バトゥブラン・クシマンパティラン - ケルメー蝶公園 クボ・イオ像 - ジャガナタ寺院の話題
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デンパサール Kota Denpasar
デンパサール Kota Denpasar はインドネシア、バリ州の州都であり、デンは北、パサールは市場の意味。バドゥン市場の北に発展してきた町。旧名はバドゥン。バドゥン王国の都でした。バリは8つの県とデンパサール特別市に分かれています。デンパサールはバドゥン県の行政所在地です。
街中に大きな建物があって「あれは何?」と聞くと、県知事の公邸。次の見えた大きな建物は市長の公邸でした。
観光名所は、バリ博物館、アートセンター、バジュラサンディ、ププタン記念碑、ジャガナタ寺院です。⇒前3つ名所は、こちらのページで紹介しています。
ジャガナタという寺院は一つではなく、グーグルマップで「Pura Jagatnatha」と検索すれば4箇所出てきます。もっとも大きなジャガナタ寺院は、シンガラジャにある寺院だそうです。
ジャガットとは宇宙・世界と言う意味で、この寺は宇宙の中心にあって地域全体を護ると言う役目を持っており、第二次大戦後にインドネシアが独立(1949年)して間もない1953年にバリ州政府の州寺として建てられるという、他の寺院とは異なる経緯をもっています。
ここジャガナタ寺院は、毎月の満月と新月の夜には盛大なウパチャラ(宗教行事)が催され、夕暮れになると民族衣装を着飾った大勢のバリ人達が詰めかけ、溢れんばかりの賑わいを見せるそうです。ジャガナタ寺院の祭礼は、サカ暦の第四月の満月プルマナの日。

ジャガナタ寺院の社号標
りっぱな石造りの看板です。お寺のマークが日本と同じなのですね。

ジャガナタ寺院の社号標
真ん中の箱は、お布施入れ。参拝者メモのノートがあがっています。

バリ島最大のパドマサナ padmasana
石灰岩の白を基調として精密で美しいパドマサナです。最上部はイスのようになっていて、シワ神のマークが刻まれています。シワ、ブラフマ、ウィシュヌなどの神格は唯一神「サンヒャン・ウィデイ・ワサ」の現れだとしているので、矛盾があるわけではありません。

パドマサナの中央 8人の神
上段には、各方位に神が配置されています。8神と真ん中にシワ神ですので、9方位神でしょう。2012年10月に寺院の改装工事を行い、中央に位置するパドマサナの祭壇も、白塗りの新しい建物へと変わりました。
●パドマサナ:padmasana → 一般には、太陽神スリアもしくはシワ神の玉座。最上部は椅子になっている。常にガジャの方角であるアグン山を背中にし、境内の奧・もっとも高貴な位置に建てられる。

パドマサナ台座の亀神 ブタワン神 Bedawang
パドマサナの台座には、バリ島を背負っていると考えられていた亀神ブタワン(鼻がとがっています)。そして、蛇神アンタボガと龍神バスキが亀神の上に造られています。土台の亀は大地の安定を、また龍・蛇はその逆を意味し、この二つの力の微妙なバランスで全宇宙の秩序が保たれていると、バリ・ヒンズー教では考えられているとのことです。

bale Paselang
小さなワンティランのようなバレです。催事にも、参拝者の休憩にも使われるという紹介がありました。

神の降りる座 gedong paruman

聖水 ティルタ tirta
私たちの前にお詣りにきていたバリ人家族がいました。バリ・ヒンドゥー教に欠かせない聖水ティルタです。カップに立てられているのが、撒水用のハケです。

儀礼用の供物 バンテン banten
お詣りに使われた供物です。バンテンは、奉納や贈物を意味するサンスクリット語のバリbaliが語源。神々への供物のことです。備える物の種類や目的によって様々なものがあります。
バリ島 Pulau Bali のバリ Bali は、この語が島の名称となったといわれ、神々に捧げられた島を意味します。バリ島が「神々の島」と呼ばれる由縁ともなっています。

ガイドのサラムさんの寺院お詣りの正装
私は腰巻きに腰紐ですが、ガイドさんはしっかり サルン Sarung の上に、サプッ Saput を巻いてから、帯 Slendang という正装です。やっぱり男性だとサルンだけでは、様にならないのでしょう。
ジャガナタ寺院をバックに写真をとってほしいと言われてパチリ。
街中に大きな建物があって「あれは何?」と聞くと、県知事の公邸。次の見えた大きな建物は市長の公邸でした。
観光名所は、バリ博物館、アートセンター、バジュラサンディ、ププタン記念碑、ジャガナタ寺院です。⇒前3つ名所は、こちらのページで紹介しています。
ジャガナタ寺院 Pura Jagatnatha
ジャガナタ寺院は、デンパサール市で最大のヒンドゥー教寺院です。ププタン広場の東に建てられた寺院は最高神 サンヒャン・ウィディを祀る寺院です。近くには、ププタンバドゥン記念碑、バリ博物館があり、デンパサールではぜひ寄りたい所です。
入場料は設定されていませんが、お布施を払って、サロン・腰紐の正装でないと入れません。塀の外からでも(バリ島でもっとも大きい)巨大なパドマサナは見ることができます。1953年に建てられ、1967年に完成した比較的新しい寺院です。現在は、デンパサール市の政府によって管理されています。
入場料は設定されていませんが、お布施を払って、サロン・腰紐の正装でないと入れません。塀の外からでも(バリ島でもっとも大きい)巨大なパドマサナは見ることができます。1953年に建てられ、1967年に完成した比較的新しい寺院です。現在は、デンパサール市の政府によって管理されています。

ジャガナタ寺院map ⇒
ジャガナタという寺院は一つではなく、グーグルマップで「Pura Jagatnatha」と検索すれば4箇所出てきます。もっとも大きなジャガナタ寺院は、シンガラジャにある寺院だそうです。
ジャガットとは宇宙・世界と言う意味で、この寺は宇宙の中心にあって地域全体を護ると言う役目を持っており、第二次大戦後にインドネシアが独立(1949年)して間もない1953年にバリ州政府の州寺として建てられるという、他の寺院とは異なる経緯をもっています。
ここジャガナタ寺院は、毎月の満月と新月の夜には盛大なウパチャラ(宗教行事)が催され、夕暮れになると民族衣装を着飾った大勢のバリ人達が詰めかけ、溢れんばかりの賑わいを見せるそうです。ジャガナタ寺院の祭礼は、サカ暦の第四月の満月プルマナの日。

ジャガナタ寺院の社号標
りっぱな石造りの看板です。お寺のマークが日本と同じなのですね。

ジャガナタ寺院の社号標
真ん中の箱は、お布施入れ。参拝者メモのノートがあがっています。

バリ島最大のパドマサナ padmasana
石灰岩の白を基調として精密で美しいパドマサナです。最上部はイスのようになっていて、シワ神のマークが刻まれています。シワ、ブラフマ、ウィシュヌなどの神格は唯一神「サンヒャン・ウィデイ・ワサ」の現れだとしているので、矛盾があるわけではありません。

パドマサナの中央 8人の神
上段には、各方位に神が配置されています。8神と真ん中にシワ神ですので、9方位神でしょう。2012年10月に寺院の改装工事を行い、中央に位置するパドマサナの祭壇も、白塗りの新しい建物へと変わりました。
●パドマサナ:padmasana → 一般には、太陽神スリアもしくはシワ神の玉座。最上部は椅子になっている。常にガジャの方角であるアグン山を背中にし、境内の奧・もっとも高貴な位置に建てられる。

パドマサナ台座の亀神 ブタワン神 Bedawang

bale Paselang
小さなワンティランのようなバレです。催事にも、参拝者の休憩にも使われるという紹介がありました。

神の降りる座 gedong paruman

聖水 ティルタ tirta
私たちの前にお詣りにきていたバリ人家族がいました。バリ・ヒンドゥー教に欠かせない聖水ティルタです。カップに立てられているのが、撒水用のハケです。

儀礼用の供物 バンテン banten
お詣りに使われた供物です。バンテンは、奉納や贈物を意味するサンスクリット語のバリbaliが語源。神々への供物のことです。備える物の種類や目的によって様々なものがあります。
バリ島 Pulau Bali のバリ Bali は、この語が島の名称となったといわれ、神々に捧げられた島を意味します。バリ島が「神々の島」と呼ばれる由縁ともなっています。

ガイドのサラムさんの寺院お詣りの正装
私は腰巻きに腰紐ですが、ガイドさんはしっかり サルン Sarung の上に、サプッ Saput を巻いてから、帯 Slendang という正装です。やっぱり男性だとサルンだけでは、様にならないのでしょう。
ジャガナタ寺院をバックに写真をとってほしいと言われてパチリ。
ププタン・バドゥン記念碑 Puputan Badung Monument ププタン広場 Lapangan Puputan Badung
デンパサール中心部のププタン広場には、ププタンバドゥン記念碑が建てられています。男性、女性、子どもが武器を手にしている彫像は、ププタンを象徴しています。バリ博物館、この広場はバドゥン王宮の跡地に造られています。
ププタンは「死の行進」と呼ばれ、ププタンバドゥンでは数千人がオランダ軍との戦いに倒れたとのことです。

ププタン・バドゥン記念碑 Puputan Badung Monument
前回、バリ博物館の見学をしましたが、すぐ隣にププタン記念碑があるということを知らず、見ていませんでした。デンパサールに行くので、ぜひ見なくては!ということで立ち寄りました。⇒ププタンについてはこちらにまとめてあります。

ププタン・バドゥン記念碑 Puputan Badung Monument
台座に立っている石像はクリスとヤリを持ったバドゥン王、クリスを持った后、ヤリを持った王子なのでしょう。ププタンでの犠牲者の多くは平民で、老人や女性、子どもも含まれています。王や戦士を立たせるのではなく、女性・子どもを描いたのには、このような意味があります。

ププタン・バドゥン記念碑 Puputan Badung Monument
辱めを受けて生きるより死を選ぶというのは日本人の感性でも理解できます。日本籠城では女・子ども、農民は逃すの場合が多いのですが、バリのププタンでは領民も王と運命を共にします。王とともに火葬されるといっしょに天国に連れて行ってもらえること。自分の最終地は現世ではなく、天国だというバリ人の死生観があるのだそうです。

記念碑の碑文
碑文を訳してみましたが、意味がとれませんでした。ププタン記念碑を建てるに至った経緯が書かれているようです。
ププタン・バドゥンについては、「ヴィキィ・バウム著 バリ島物語 筑摩書房」に詳しく描かれています。小説ではありますが、作者は生存者に対するインタビューをこなして書かれた作品だということです。

ププタン・バドゥンの際の王の名前
ププタン広場の一角にププタン・バドゥンの際のバドゥン国王の名前が刻まれています。「I GUSTI NGURAH MADE AGUNG」
バドゥン王国についてはこちらへ。

バリ島道の起点 「0」POINT
こちらは、ププタン広場の向かい側にあります。ガイドさんから、バリ島の道の起点だといわれて撮影しました。

チャトル・ムカ神 CATUR MUKA
ププタン広場に面したロータリに立てられている神像は、チャトル・ムカ神 Catur Mukaです。
四つの顔を持つ守護神。チャトルとは四の意味。チャトル・ムカ神はバリ土着の神様で、交通安全や家内安全の守護神として崇拝されていて、バリ島の交差点でよく見かけます。
ププタンは「死の行進」と呼ばれ、ププタンバドゥンでは数千人がオランダ軍との戦いに倒れたとのことです。
ププタンバドゥン記念碑map ⇒

ププタン・バドゥン記念碑 Puputan Badung Monument
前回、バリ博物館の見学をしましたが、すぐ隣にププタン記念碑があるということを知らず、見ていませんでした。デンパサールに行くので、ぜひ見なくては!ということで立ち寄りました。⇒ププタンについてはこちらにまとめてあります。

ププタン・バドゥン記念碑 Puputan Badung Monument
台座に立っている石像はクリスとヤリを持ったバドゥン王、クリスを持った后、ヤリを持った王子なのでしょう。ププタンでの犠牲者の多くは平民で、老人や女性、子どもも含まれています。王や戦士を立たせるのではなく、女性・子どもを描いたのには、このような意味があります。

ププタン・バドゥン記念碑 Puputan Badung Monument
辱めを受けて生きるより死を選ぶというのは日本人の感性でも理解できます。日本籠城では女・子ども、農民は逃すの場合が多いのですが、バリのププタンでは領民も王と運命を共にします。王とともに火葬されるといっしょに天国に連れて行ってもらえること。自分の最終地は現世ではなく、天国だというバリ人の死生観があるのだそうです。

記念碑の碑文
碑文を訳してみましたが、意味がとれませんでした。ププタン記念碑を建てるに至った経緯が書かれているようです。
ププタン・バドゥンについては、「ヴィキィ・バウム著 バリ島物語 筑摩書房」に詳しく描かれています。小説ではありますが、作者は生存者に対するインタビューをこなして書かれた作品だということです。

ププタン・バドゥンの際の王の名前
ププタン広場の一角にププタン・バドゥンの際のバドゥン国王の名前が刻まれています。「I GUSTI NGURAH MADE AGUNG」
バドゥン王国についてはこちらへ。

バリ島道の起点 「0」POINT
こちらは、ププタン広場の向かい側にあります。ガイドさんから、バリ島の道の起点だといわれて撮影しました。

チャトル・ムカ神 CATUR MUKA
ププタン広場に面したロータリに立てられている神像は、チャトル・ムカ神 Catur Mukaです。
四つの顔を持つ守護神。チャトルとは四の意味。チャトル・ムカ神はバリ土着の神様で、交通安全や家内安全の守護神として崇拝されていて、バリ島の交差点でよく見かけます。
チャトル・ムカ神map ⇒
アートセンター Taman Werdhi Budaya Art Center
アートセンターには、美術館があり、大型の絵画や彫刻、ガムラン楽器などが展示されています。特に木彫の造形には目を見張るものがあります。芸術大学が隣接している敷地内では、子どもたちがバリ舞踊やガムランの稽古をしていました。
デンパサールではぜひ訪れてほしい所です。
前回の見学は、こちらにまとめてあります。 ⇒ バリ島旅行記3アートセンター
アートセンターは、ISIデンパサル:インドネシア芸術大学が敷地に隣接してあるという、まさにバリ島の芸術の殿堂です。学生がここを利用してよく演奏の練習をしているとのことです。全館オープンしたのは、1978年。野外劇場もあります。
毎年6~7月にはここを拠点として、バリ・アート・フェスティバルが開催され、様々な舞踊ショーやガムランのコンテスト他が連日の賑わいを見せます。この期間は舞踊・ガムランだけでなく、絵画・彫刻なども展示会も行われます。

イスワラ神 Dewa Iswara
このイスワラ神はデンパサール空港の近くの交差点に建てられている、巨大なモニュメントを実際に制作する前の模型ではないでしょうか。イスワラ神はバリでは人気の神様です。

神になる前のガルーダ
下に亀神、次に龍神、上にガルーダと立っている石像です。このモチーフになる物語があるということでした。ヒンドゥー教の神様は、生まれた時から神なのではなく、経験・修行を通して神になるという考えがあるのですが、この物語もそれに類した話しでした。まだ、やんちゃをしている頃のガルーダが描かれているということです。

少女の踊り子、練習風景
演舞場で子どもたちがバリ舞踊の練習をしていました。練習しているフロアーは3つありました。小学校の低学年から高学年といったところでしょうか。

少女の踊り子、練習風景
付き添いのお母さんたちも子どもたちの踊りをしっかり見ているという印象です。ガイドさんがバリ舞踊は小さい頃から学ばないとモノにならないといっていました。

少年のガムラン演奏者、練習風景
こちらは少年たち。ガムラン演奏の指導を受けていました。中学生位の子も見えますが、練習しているのは小学生のようです。頭に ウダン Udeng をしっかりまいています。

少年のガムラン演奏者、練習風景
今回の旅行では、寺院のオダランによくあたり、寺院でのガムラン楽団をみかけましたが、中学生・高校生くらいでりっぱな演奏者として活躍できるようでした。

結婚写真撮影
前回の訪問同様、結婚写真をとってもらうカップルが目白押しです。バリ博物館でもいっぱい見ることができます。美男・美女を見るなら、バリ博物館。なぜなら、撮影料が高いからです。アートセンターではカメラマン一人とサポートが一人のクルーがほとんど、バリ博物館では、カメラ、照明、サポート、メイク係と4名のクルーです。
今回のアートセンター見学は、ガムラン楽器を撮影するのが目的でした。舞踊公演では夜間、人がいるなどの悪条件があり、なかなかいい写真は撮影できません。自分のサイトでガムランを紹介しているので自前の写真がほしいということです。
ガムランとは、古代ジャワ語の「たたく、打つ」「装飾する」等の意味を持つ、動詞ガマル(gamel)に由来します。ガムランは、インドネシアで行なわれている大・中・小のさまざまな銅鑼や鍵盤打楽器による合奏の民族音楽の総称で、インドネシアのオーケストラ。ガムランは、今では民族音楽楽器の総称であり、また、演奏される音楽もさします。
ガムランについては、こちらにまとめてあります。 ⇒ バリ島の音楽・ガムラン
ブンブン bungbung 右・上 グンデル・ワヤン Gender Wayang 影絵芝居用 左・下
ガンサ Gangsa



〈ガンサ〉
青銅の鍵盤と竹の共鳴筒をもつ鉄琴。基本の旋律を装飾して、ひびきを豊かにする。音域によって、カンティラン(高音域)、プマデ(中高音域)、ジェゴガン(低音域)等の種類がある。
バスを奏でる低音の5鍵盤のもの →〈ガンサ・ガントゥン、チェルン、ジュプラグ、ジュゴガン〉右手に持った木製のバチ(バングル)で叩く。次の音を鳴らすのと同時に直前に叩いた鍵盤の音と混じらないように、鍵盤を左手ではさむ。
鍵盤が10ないし13あるグンデル、両手で演奏する。
チェンチェン Cengceng

〈チェンチェン〉
小型のシンバルが亀などの台座に取り付けられた楽器。リズムを小さく刻み、賑やかしく演奏するのが特徴。両手に持った同じシンバルでたたく。


〈ゴング〉
直系1m弱の大きさの青銅製のゴング(銅鑼)。中心に瘤があるのが特徴。繰り返しの節目や演目の節目を示すときに打たれる。重みのある大きな音が響く。ゴングは最後の拍で打ち、リズムの節目を教える。
トロンポン Trompong 釜が10個 右・上 レヨン Reyong 釜が12個 左・下

ランダとバロンが登場する「チャロンアラン」については、こちらで紹介しています。 ⇒ バリ島の舞踊・悪魔祓いの踊り

ランダ Rangda
ランダの像やお面では、目はギョロ目、口からは牙が出ていて、爪は長く、とてつもなく長い舌を持つものとして描かれます。
ランダは本来の意味は「寡婦」です。ランダは墓や死者の寺院に住むとされています。寺院の門番がランダならばそれは死者の寺院=プラ・ダラムで、ランダのお面や衣装は通常、死者の寺院に保管されます。
ランダはドゥルガー女神の別の現れともされ、左の呪術を使う魔女で、悪霊レヤックや魔女の軍団を統べる存在です。バリ島では、村に災いが起きた時には、舞踊によってランダをたたえ、災いを鎮めます。
バリ島では、悪役のトップスター的存在です。

獅子のバロン (バロン・ケケ) Barong Ketket
ガムラン楽器とともに、バロンも展示されています。バロンには、幾種類かありますが、このバロンは、バロン・ケケといい、バロン舞踊で登場するものです。バロン舞踊では、他のバロンを使うことはありません。
本来のバロン劇は災厄が起きた時に死者の寺院で演じられる奉納舞でした。現在観光客用に披露されているバロン・チャロナラン劇は、バロン劇の要素をチャロナラン劇に取り入れて作られたもの。バリ・ホテルが宿泊者向けに上演するようになり、1936年頃から両者が互いに影響を与えて変わっていったといいます。


虎のバロンと猪の Barong
イノシシのバロンは、バリ島のお盆の時に、家々を門付けして回るのだそうです。日本の正月の獅子舞のようなものでしょうか。その時には猪バロンに子どもたちが入って活躍するのだそうです。
デンパサールではぜひ訪れてほしい所です。
前回の見学は、こちらにまとめてあります。 ⇒ バリ島旅行記3アートセンター
アートセンターmap ⇒
アートセンターは、ISIデンパサル:インドネシア芸術大学が敷地に隣接してあるという、まさにバリ島の芸術の殿堂です。学生がここを利用してよく演奏の練習をしているとのことです。全館オープンしたのは、1978年。野外劇場もあります。
毎年6~7月にはここを拠点として、バリ・アート・フェスティバルが開催され、様々な舞踊ショーやガムランのコンテスト他が連日の賑わいを見せます。この期間は舞踊・ガムランだけでなく、絵画・彫刻なども展示会も行われます。

イスワラ神 Dewa Iswara
このイスワラ神はデンパサール空港の近くの交差点に建てられている、巨大なモニュメントを実際に制作する前の模型ではないでしょうか。イスワラ神はバリでは人気の神様です。

神になる前のガルーダ
下に亀神、次に龍神、上にガルーダと立っている石像です。このモチーフになる物語があるということでした。ヒンドゥー教の神様は、生まれた時から神なのではなく、経験・修行を通して神になるという考えがあるのですが、この物語もそれに類した話しでした。まだ、やんちゃをしている頃のガルーダが描かれているということです。

少女の踊り子、練習風景
演舞場で子どもたちがバリ舞踊の練習をしていました。練習しているフロアーは3つありました。小学校の低学年から高学年といったところでしょうか。

少女の踊り子、練習風景
付き添いのお母さんたちも子どもたちの踊りをしっかり見ているという印象です。ガイドさんがバリ舞踊は小さい頃から学ばないとモノにならないといっていました。

少年のガムラン演奏者、練習風景
こちらは少年たち。ガムラン演奏の指導を受けていました。中学生位の子も見えますが、練習しているのは小学生のようです。頭に ウダン Udeng をしっかりまいています。

少年のガムラン演奏者、練習風景
今回の旅行では、寺院のオダランによくあたり、寺院でのガムラン楽団をみかけましたが、中学生・高校生くらいでりっぱな演奏者として活躍できるようでした。

結婚写真撮影
前回の訪問同様、結婚写真をとってもらうカップルが目白押しです。バリ博物館でもいっぱい見ることができます。美男・美女を見るなら、バリ博物館。なぜなら、撮影料が高いからです。アートセンターではカメラマン一人とサポートが一人のクルーがほとんど、バリ博物館では、カメラ、照明、サポート、メイク係と4名のクルーです。
今回のアートセンター見学は、ガムラン楽器を撮影するのが目的でした。舞踊公演では夜間、人がいるなどの悪条件があり、なかなかいい写真は撮影できません。自分のサイトでガムランを紹介しているので自前の写真がほしいということです。
ガムランとは、古代ジャワ語の「たたく、打つ」「装飾する」等の意味を持つ、動詞ガマル(gamel)に由来します。ガムランは、インドネシアで行なわれている大・中・小のさまざまな銅鑼や鍵盤打楽器による合奏の民族音楽の総称で、インドネシアのオーケストラ。ガムランは、今では民族音楽楽器の総称であり、また、演奏される音楽もさします。
ガムランについては、こちらにまとめてあります。 ⇒ バリ島の音楽・ガムラン
ブンブン bungbung 右・上 グンデル・ワヤン Gender Wayang 影絵芝居用 左・下

ガンサ Gangsa



〈ガンサ〉
青銅の鍵盤と竹の共鳴筒をもつ鉄琴。基本の旋律を装飾して、ひびきを豊かにする。音域によって、カンティラン(高音域)、プマデ(中高音域)、ジェゴガン(低音域)等の種類がある。
バスを奏でる低音の5鍵盤のもの →〈ガンサ・ガントゥン、チェルン、ジュプラグ、ジュゴガン〉右手に持った木製のバチ(バングル)で叩く。次の音を鳴らすのと同時に直前に叩いた鍵盤の音と混じらないように、鍵盤を左手ではさむ。
鍵盤が10ないし13あるグンデル、両手で演奏する。
チェンチェン Cengceng

〈チェンチェン〉
小型のシンバルが亀などの台座に取り付けられた楽器。リズムを小さく刻み、賑やかしく演奏するのが特徴。両手に持った同じシンバルでたたく。
ゴング Gong


〈ゴング〉
直系1m弱の大きさの青銅製のゴング(銅鑼)。中心に瘤があるのが特徴。繰り返しの節目や演目の節目を示すときに打たれる。重みのある大きな音が響く。ゴングは最後の拍で打ち、リズムの節目を教える。
トロンポン Trompong 釜が10個 右・上 レヨン Reyong 釜が12個 左・下

〈レヨン〉
調律された丸い青銅製のゴング12個が、幅4mにもわたる木枠に並ぶ。音階のある裏返しの釜のような楽器で、こぶがありそれをたたく。両手に細長いバチを持ち、たたいて音をだしたり、軽く抑えて響きを止めたりしながら4人で並んで演奏する。旋律の装飾やリズム的アクセントを受け持つ。
〈トロンポン〉
形はレヨンと似ている。古典曲などで旋律を奏でる。儀式の始まりにソロで演奏したりする。一人で演奏。レヨンの釜が12個に対してトロンポンは釜が10個。レヨンの釜が12個に対してトロンポンは釜が10個。
調律された丸い青銅製のゴング12個が、幅4mにもわたる木枠に並ぶ。音階のある裏返しの釜のような楽器で、こぶがありそれをたたく。両手に細長いバチを持ち、たたいて音をだしたり、軽く抑えて響きを止めたりしながら4人で並んで演奏する。旋律の装飾やリズム的アクセントを受け持つ。
〈トロンポン〉
形はレヨンと似ている。古典曲などで旋律を奏でる。儀式の始まりにソロで演奏したりする。一人で演奏。レヨンの釜が12個に対してトロンポンは釜が10個。レヨンの釜が12個に対してトロンポンは釜が10個。
ランダとバロンが登場する「チャロンアラン」については、こちらで紹介しています。 ⇒ バリ島の舞踊・悪魔祓いの踊り

ランダ Rangda
ランダの像やお面では、目はギョロ目、口からは牙が出ていて、爪は長く、とてつもなく長い舌を持つものとして描かれます。
ランダは本来の意味は「寡婦」です。ランダは墓や死者の寺院に住むとされています。寺院の門番がランダならばそれは死者の寺院=プラ・ダラムで、ランダのお面や衣装は通常、死者の寺院に保管されます。
ランダはドゥルガー女神の別の現れともされ、左の呪術を使う魔女で、悪霊レヤックや魔女の軍団を統べる存在です。バリ島では、村に災いが起きた時には、舞踊によってランダをたたえ、災いを鎮めます。
バリ島では、悪役のトップスター的存在です。

獅子のバロン (バロン・ケケ) Barong Ketket
ガムラン楽器とともに、バロンも展示されています。バロンには、幾種類かありますが、このバロンは、バロン・ケケといい、バロン舞踊で登場するものです。バロン舞踊では、他のバロンを使うことはありません。
本来のバロン劇は災厄が起きた時に死者の寺院で演じられる奉納舞でした。現在観光客用に披露されているバロン・チャロナラン劇は、バロン劇の要素をチャロナラン劇に取り入れて作られたもの。バリ・ホテルが宿泊者向けに上演するようになり、1936年頃から両者が互いに影響を与えて変わっていったといいます。


虎のバロンと猪の Barong
イノシシのバロンは、バリ島のお盆の時に、家々を門付けして回るのだそうです。日本の正月の獅子舞のようなものでしょうか。その時には猪バロンに子どもたちが入って活躍するのだそうです。
バトゥブラン・クシマンパティラン batubulan ・ Kesiman Petilan
バトゥブラン Batubulan は、ウブドからデンパサールへの移動の際に通過しました。バロン公演地と石彫の村として有名で、道路に面して大小様々な石彫像を造っている工房が数多く見られました。インドネシア語でバトゥは石、ブランは月の意味。

バロン像 Patung Barong Batubulan
バトゥブランのJl.Raya Singapadtと Jl.Raya Celukの交差点に、パロン像が建てられています。さすがは本場、美しく躍動感もある石像です。

バロン公演会場 バンジャール テンガルタム Banjar Tegaltamu
初めはこの地でバロン舞踊を見る計画を立てていたのですが、プリアタン村でのグヌン・サリ舞踊団の公演でバロン劇が見られるはずなので取りやめたという経緯がありました。
このBanjar Tegaltamuでは、予約をとっているので毎日必ず公演があるということです。開始時刻は9:30と聞いています。ここのバロンは他のバロン劇と比べて面白いとガイドさん一押しでした。バロン像のすぐ近く、80m南にあります。
デンパーサールに向かって進んでいると、車内から見えた通りにオダランに立てられる「ペンジョール」が立ち並んでいました。「近くで見たい!」と停車してもらいました。宿泊したホテルにもペンジョールは立てられていましたが、やはり気持ちが込められている本物は違います。

オダランの通り odalan
ペンジョールはカルンガン(先祖の霊が戻る祭、お盆)には、家々に立てられるそうです。ペンジョールは、天と地をつなぐ龍を表しているという説と、山を象徴するという説があるとか、神々や先祖の霊をお迎えするものです。

結婚式の飾り
バリ人の結婚についてはこちらにまとめてあります。

飾られたクルクル塔 bale kulkul
クルクル塔も白黒の格子模様のポレン布 poleng =魔除けの布で飾られています。
●クルクル塔 → 警鐘塔。堅い木に割れ目を入れ、くりぬいてつくった半鐘のようなものをつり下げている。集会や緊急事態、祝事、公式行事等がある時にこれを鳴らして村人に知らせる。

ぺンジョール Penjor
一際りっぱなペンジョールです。ここまでくれば芸術作品です。先端から下げられているのは、椰子の葉を細工したサンピアンという飾りです。
●ペンジョール Penjor → 竹の飾り付けで、祖先霊や神々は、このペンジョールを目印に寺院や各家庭に降り立つといわれている。ガルンガン、オダラン、田んぼの儀礼、地霊儀礼の日に立てられる。
バトゥブラン-バロン像map ⇒

バロン像 Patung Barong Batubulan
バトゥブランのJl.Raya Singapadtと Jl.Raya Celukの交差点に、パロン像が建てられています。さすがは本場、美しく躍動感もある石像です。

バロン公演会場 バンジャール テンガルタム Banjar Tegaltamu
初めはこの地でバロン舞踊を見る計画を立てていたのですが、プリアタン村でのグヌン・サリ舞踊団の公演でバロン劇が見られるはずなので取りやめたという経緯がありました。
このBanjar Tegaltamuでは、予約をとっているので毎日必ず公演があるということです。開始時刻は9:30と聞いています。ここのバロンは他のバロン劇と比べて面白いとガイドさん一押しでした。バロン像のすぐ近く、80m南にあります。
デンパーサールに向かって進んでいると、車内から見えた通りにオダランに立てられる「ペンジョール」が立ち並んでいました。「近くで見たい!」と停車してもらいました。宿泊したホテルにもペンジョールは立てられていましたが、やはり気持ちが込められている本物は違います。

オダランの通り odalan
ペンジョールはカルンガン(先祖の霊が戻る祭、お盆)には、家々に立てられるそうです。ペンジョールは、天と地をつなぐ龍を表しているという説と、山を象徴するという説があるとか、神々や先祖の霊をお迎えするものです。

結婚式の飾り
バリ人の結婚についてはこちらにまとめてあります。

飾られたクルクル塔 bale kulkul
クルクル塔も白黒の格子模様のポレン布 poleng =魔除けの布で飾られています。
●クルクル塔 → 警鐘塔。堅い木に割れ目を入れ、くりぬいてつくった半鐘のようなものをつり下げている。集会や緊急事態、祝事、公式行事等がある時にこれを鳴らして村人に知らせる。

ぺンジョール Penjor
一際りっぱなペンジョールです。ここまでくれば芸術作品です。先端から下げられているのは、椰子の葉を細工したサンピアンという飾りです。
●ペンジョール Penjor → 竹の飾り付けで、祖先霊や神々は、このペンジョールを目印に寺院や各家庭に降り立つといわれている。ガルンガン、オダラン、田んぼの儀礼、地霊儀礼の日に立てられる。
ケルメー蝶公園 クボ・イオ像 Kemenuh Bufferfly Park & Patung KEBO IWAKe Kemenuh
カイドさんから、今人気の施設だといわれて立ち寄りました。ウブド王宮から25分、バリZOOから12分あたりの位置です。ウェルカムドリンク付きで10万ルピア。売店等には入りませんでした。
蝶を飛ばしている施設はそれほど大きいわけではありません。南国風でいいですねよ。類似の施設はなかなかありません。ただ、こんなもんでしょうという感じもあります。

ケメルー・バタフライパークの広告塔
きらびやかなバタフライ・パークの看板です。レストラン、ギフトショップ、鯉釣りのできる池があるようです。

バタフライパークの説明パネル
このバネルの右手方法にカウンターがあります。入園料を支払うとウェルカムドリンクが出されるのですが、「冷たいだろう」という頭で口にしたので、「熱い!」って感じでした。

園内
園内には、花が咲き誇っています。蝶のエサのためにも、花が咲く植物を植えているのでしょう。

園内
園内では、水を霧状に散布して湿度管理をしていました。

蝶の説明パネル
園内にいるだろう蝶の説明パネルですが、これが一度に見ることができるというものではありません。

観光客
例えば、ヨーロッパには猿がいないので、モンキーフォレストが人気があるように、大型蝶はあまりいないので、人気があるのだと思います。


タテハ蝶SP

Kemenuh Bufferfly Parkの看板
このパークでは、大型の蛾も飼育しています。日本のヨナクニサンのような大きな蛾でした。なかなか見ることができないものですが、蛾は蛾ですから。

女神サラスワティ Saraswati
出入口近くにあった知恵と芸能の女神サラスワティ像。足元がハスの花、コブ白鳥、四本の手、楽器を持っているということで、わかりやすい神像です。

町境の割門とクボ・イオ像 Patung KEBO IWA
グヌン・カウィ石窟を一晩で爪で掘ったという伝説のあるクボ・イオ Kebo Iwa の像。クルン・クンのクルタ・ゴサ(スマラプラ王宮跡)から30分程のKEMENUH、町境の割れ門近くに立っています。
●割れ門:チャンディ・ブンタル candi bentar → 神聖な領域を示す門。寺院では中門より通りに近い。左右対称で内側の向き合う面は磨かれている。神の住むマハメル山の土台を表す。魔除けの意味も持ち、バリ島の県境に建てられている。

クボ・イオ像 Patung KEBO IWA
クボ・イオの伝説には様々ありますが、ジャワの艦隊の船を一人で粉砕するほどだったというものもあります。この像は、それがわかるような巨大なものです。台座部分で2m程でした。⇒クボ・イオ伝説はこちら
バリ島は第二次世界大戦終了後、日本に追われたオランダ軍が再び侵攻してきて、1948年にオランダ軍がバリ島から撤退まで間接統治を受けた時代があります。世界の批判から、オランダがバリ島から手を引く時がやってきた時に、バリ・ヒンドゥー教を信仰するバリ人にとって、インドネシアに加わるためには大きな課題がありました。インドネシア共和国の建国5原則です。
インドネシアが独立を宣言した1945年8月に制定された「1945年憲法」前文にその文言が刻まれていて、
その中に「唯一神への信仰」という条文があります。当初は、イスラム教、カトリック、プロテスタントだけが公認され、ヒンドゥー教は除外されました。バリのインドネシア・ヒンドゥー教評議会パリサダ Parisada Hindu Dharma は、「サンヒャン・ウィディ・ワサ」が唯一神であり、ヒンドゥー教の神々はその現れである。と、バリ・ヒンドゥー教の信仰を体系づけました。
ジャガナタ寺院の建設は1953年。バリがインドネシアに編入したのが1950年。ヒンドゥー教が大統領令で国家公認となったのは1965年。このような時期の建設だからこそ、ジャガナタ寺院で奉じる神は「サンヒャン・ウィディ・ワサ」でなくてはならなかったのだろうと考えます。
ちなみに、「サンヒャン・ウィディ・ワサ」は、古文書「大地のはじまり:プルワカ・ブミ」の中で天地やシワ神を含む神々を造った神として描かれています。ただし、神の御加護や御利益を願う人間からは認知されていない遠い存在の神でした。
もうひとつ、ジャガナタ寺院はププタン・バドゥンで滅んだバドゥン王宮の跡地に立っています。ジャガナタ寺院は、オランダ軍との戦いでなくなった多くのバリ人の鎮魂も担っていることでしょう。
さて、ジャガナタ寺院の建設は1953年という情報と1967年だという情報があります。近代の建設なのになぜこんな開きがあるのでしょう。
故郷を離れ、デンパサールに職を求めた人々にとって信仰の場としての寺院の建設が必要だというのが、建設理由だそうです。
ペンジョールとは、日本の七夕の竹飾りにも似た、竹の飾り付けで、祖先霊や神々は、このペンジョールを目印に各家庭に降り立つといわれている。山岳信仰のあるバリでは、神々は“山”にいるものと考えられてきて、ペンジョールは、天と地をつなぐ龍を表しているという説と、山を象徴するという説がある。
ペンジュールを立てるのは、サンウ(全能の神)に感謝を表すバリヒンドゥー教徒の義務となっている。ガルンガンからの35日後(Buda Keliwon Pahang)、一連の行事が終わり、ペンジョールはお役御免となり外される。
蝶を飛ばしている施設はそれほど大きいわけではありません。南国風でいいですねよ。類似の施設はなかなかありません。ただ、こんなもんでしょうという感じもあります。
ケルメー蝶公園map ⇒

ケメルー・バタフライパークの広告塔
きらびやかなバタフライ・パークの看板です。レストラン、ギフトショップ、鯉釣りのできる池があるようです。

バタフライパークの説明パネル
このバネルの右手方法にカウンターがあります。入園料を支払うとウェルカムドリンクが出されるのですが、「冷たいだろう」という頭で口にしたので、「熱い!」って感じでした。

園内
園内には、花が咲き誇っています。蝶のエサのためにも、花が咲く植物を植えているのでしょう。

園内
園内では、水を霧状に散布して湿度管理をしていました。

蝶の説明パネル
園内にいるだろう蝶の説明パネルですが、これが一度に見ることができるというものではありません。

観光客
例えば、ヨーロッパには猿がいないので、モンキーフォレストが人気があるように、大型蝶はあまりいないので、人気があるのだと思います。

右、左ともアゲハ蝶SP

タテハ蝶SP

Kemenuh Bufferfly Parkの看板
このパークでは、大型の蛾も飼育しています。日本のヨナクニサンのような大きな蛾でした。なかなか見ることができないものですが、蛾は蛾ですから。

女神サラスワティ Saraswati
出入口近くにあった知恵と芸能の女神サラスワティ像。足元がハスの花、コブ白鳥、四本の手、楽器を持っているということで、わかりやすい神像です。

町境の割門とクボ・イオ像 Patung KEBO IWA
グヌン・カウィ石窟を一晩で爪で掘ったという伝説のあるクボ・イオ Kebo Iwa の像。クルン・クンのクルタ・ゴサ(スマラプラ王宮跡)から30分程のKEMENUH、町境の割れ門近くに立っています。
●割れ門:チャンディ・ブンタル candi bentar → 神聖な領域を示す門。寺院では中門より通りに近い。左右対称で内側の向き合う面は磨かれている。神の住むマハメル山の土台を表す。魔除けの意味も持ち、バリ島の県境に建てられている。

クボ・イオ像 Patung KEBO IWA
クボ・イオの伝説には様々ありますが、ジャワの艦隊の船を一人で粉砕するほどだったというものもあります。この像は、それがわかるような巨大なものです。台座部分で2m程でした。⇒クボ・イオ伝説はこちら
クボ・イオ像map ⇒
デンパサールの話題
ジャガナタ寺院はバリ島にとって重要な寺院
それぞれの寺院で、或る神を奉じているわけですが、デンパサールのジャガナタ寺院はサンヒャン・ウィディ・ワサを奉じている寺院です。著名な寺院では例がなく、バリ島で唯一なのかもしれません。バリ島は第二次世界大戦終了後、日本に追われたオランダ軍が再び侵攻してきて、1948年にオランダ軍がバリ島から撤退まで間接統治を受けた時代があります。世界の批判から、オランダがバリ島から手を引く時がやってきた時に、バリ・ヒンドゥー教を信仰するバリ人にとって、インドネシアに加わるためには大きな課題がありました。インドネシア共和国の建国5原則です。
インドネシアが独立を宣言した1945年8月に制定された「1945年憲法」前文にその文言が刻まれていて、
その中に「唯一神への信仰」という条文があります。当初は、イスラム教、カトリック、プロテスタントだけが公認され、ヒンドゥー教は除外されました。バリのインドネシア・ヒンドゥー教評議会パリサダ Parisada Hindu Dharma は、「サンヒャン・ウィディ・ワサ」が唯一神であり、ヒンドゥー教の神々はその現れである。と、バリ・ヒンドゥー教の信仰を体系づけました。
ジャガナタ寺院の建設は1953年。バリがインドネシアに編入したのが1950年。ヒンドゥー教が大統領令で国家公認となったのは1965年。このような時期の建設だからこそ、ジャガナタ寺院で奉じる神は「サンヒャン・ウィディ・ワサ」でなくてはならなかったのだろうと考えます。
ちなみに、「サンヒャン・ウィディ・ワサ」は、古文書「大地のはじまり:プルワカ・ブミ」の中で天地やシワ神を含む神々を造った神として描かれています。ただし、神の御加護や御利益を願う人間からは認知されていない遠い存在の神でした。
もうひとつ、ジャガナタ寺院はププタン・バドゥンで滅んだバドゥン王宮の跡地に立っています。ジャガナタ寺院は、オランダ軍との戦いでなくなった多くのバリ人の鎮魂も担っていることでしょう。
さて、ジャガナタ寺院の建設は1953年という情報と1967年だという情報があります。近代の建設なのになぜこんな開きがあるのでしょう。
故郷を離れ、デンパサールに職を求めた人々にとって信仰の場としての寺院の建設が必要だというのが、建設理由だそうです。
ペンジョール Penjor
ペンジョールはバリ島の寺院がガルンガン(日本でいうお盆)などの宗教的な儀式を祝う儀礼での祭具。ペンジョールは、ガルンガン、オダラン、田んぼの儀礼、地霊儀礼の日に立てられる。プナンパハン Hari Panampahan の日(カルンガンの前日)かその前日に、各家では玄関先にはペンジョールを立てる。立てる場所は家の入り口の右側の前、北向きの家の場合は家の東側の入り口に立てられる。ペンジョールとは、日本の七夕の竹飾りにも似た、竹の飾り付けで、祖先霊や神々は、このペンジョールを目印に各家庭に降り立つといわれている。山岳信仰のあるバリでは、神々は“山”にいるものと考えられてきて、ペンジョールは、天と地をつなぐ龍を表しているという説と、山を象徴するという説がある。
ペンジュールを立てるのは、サンウ(全能の神)に感謝を表すバリヒンドゥー教徒の義務となっている。ガルンガンからの35日後(Buda Keliwon Pahang)、一連の行事が終わり、ペンジョールはお役御免となり外される。
参考になるサイト
Link-ププタン informationcenter-APA
Link-ペンジョール informationcenter-APA
Link-クボ・イオ informationcenter-APA
Link-ププタン informationcenter-APA
Link-ペンジョール informationcenter-APA
Link-クボ・イオ informationcenter-APA
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