生徒指導
生徒指導
『T-labo(中学校教師の支援サイト)』
管理人 tetra
世界観の形成 4 実践への影響 5

書評
中学校教師1年目の1学期。6月くらいからでしょうか。授業が活性化せず、指導が通らない生徒もいて、悩みに悩んでいました。その時は、「教師を辞めたいな…」と本気で思っていました。ネットで、「中学校 教師 ブラック」とか「中学校 教師 辞めたい」とか、検索していたことを覚えています。そして、そんな時に、見つけたサイトが、『T-labo(中学校教師の支援サイト)』でした。本サイトの「まずはここから」には、こんなことが書いてあります。「生徒指導のスキルは、教師を支える一番の基盤であると考えています。そのスキルがあるかないかで、教師人生は大きく変わります」。まさにその通りで、教師1年目の自分には、生徒指導のスキルが全く備わっていませんでした。挨拶が崩れていても、忘れ物があっても、「俺の授業が悪いんかなぁ」と思い、毅然とした指導が行えていませんでした。しかし、その後、本ホームページを読み、生徒指導が少しずつ変わっていったように思います。ただ、本ホームページにもよく書かれていることですが、生徒指導はスキルというよりも在り方。どれだけ良好な人間関係を築けるかという人間としての根本的な在り方が重要であるということを、何度も何度も手を変え品を変え、教えてくれているサイトです。ほぼ全ての記事を読了した中でのおすすめはいくつもありますが、一つは「学級崩壊と再生の物語」です。どのような指導を行えば、生徒の支持が得られるのか。逆に、生徒の支持が得られず学級崩壊してしまう指導とはどのようなものなのか。超具体的に記述されています。島田先生という生徒指導がしっかりとできる先生が赴任してからの箇所は、何度も何度も読み返し、生徒指導で大切な部分を再確認するようにしています。また、「生徒指導」や「教師論」のカテゴリーに入る記事もおすすめです。自分は、この記事を読み、実践していくことで、見違えるように生徒との関わりが変容しました。その結果、現状では、学校に行くことへのストレスはほぼゼロですし、楽しい日々を送っています。初めて本サイトを閲覧する方は、tetraさんがまとめた電子書籍を読まれるのが、最も良いと思います。ただ、一部、自分とは異なる考えだなと思うところもあります。例えば、授業に関する捉えです。アクティブ・ラーニングに対する否定的な記述が目立ちますが、自分は基本的には賛同派ですので、相容れない部分だな、と思います。また、力のない教師や教育委員会などの考え方を決めつけてしまっている節があって、当てはまる人もいるだろうけど、みんなそうではないんじゃないかなぁと思う部分はあります。ただ、プラグマティックな自分にとっては、本サイトから得られる利益の方がより多いですし、納得できない点はそのまま読み飛ばせば良いだけですので、毎日楽しみに更新を待っているところです。今後、様々なコンテンツが生まれてくるものと思います。それも非常に楽しみです。本サイトに出会えたことに、感謝しています。教師生活を充実したものにしてくれた、思い出のサイトです。書籍紹介と銘打って、最初から書籍ではありませんが(笑)、ご了承ください。
『生徒指導 10の原理100の原則』
2011 学事出版 著者 堀裕嗣
世界観の形成 5 実践への影響 5

書評
学校という場所で、生徒に与えられている自由とは、あくまで学校という権威に認められている範囲での自由でしかありません。制服の着用。頭髪のルール。時間の厳守。忘れ物の禁止。などなど。生徒は、時に理不尽とも思えるような学校規範にがんじがらめになりながら、日々の学校生活を送っています。教師にとって難儀なのは、そのルールを生徒に守らせなければいけない立ち場にあるということです。守らない生徒に対して、教師は生徒指導をしなければなりません。昔の教師は、強面で竹刀を持ちながら、権威で指導に従わせるということが圧倒的に多かったことと思います。堀裕嗣さんは、このような権力の在り方を、「規律訓練型権力」と呼んでいます。しかしながら、そのような指導は、現在立ち行かなくなっています。不良傾向の生徒だけでなく、非社会的で様々なことに無関心な生徒たちが存在する現在。「彼らを指導し、行動にまで影響を与えられるのは、むしろエンターテインメント性を発揮して彼らを楽しませることができ、『学校規範などではなく、きみたちのことを一番に考えているよ』という一見綺麗事とも思われる熱い姿勢を常日頃から演じ続けることができる、《サービス業的視座》をもった教師です。そして私には、そうした教師たちこそが、現在、『生徒指導のできる教師』になってきているように思えるのです」(第5頁)との記述に、現在の生徒指導の在り方が濃縮されていると思います。学校規範に生徒を従わせることを目的としながらも、生徒には「従わされている!」と感じ取らせないようにし、ストレスを極力溜めさせないサービス業的視座で、目的を遂行していく。堀裕嗣さんは、このような権力の在り方を「環境調整型権力」と名付けています。本書の最も大きな意義は「環境調整型権力」による生徒指導を提案していることでしょう。例えば10の原理を見ていくと、そこには、生徒には指導されていると感じ取らせないようにしながら、生徒指導の機能度を上げるための環境を調整していく原理が紹介されています。例えば、「スクールカーストの原理」を理解していれば、自身の学級での立ち位置を指導を行いやすい立ち位置に自然に移行できますし、「サイレント・マジョリティの原理」を理解していれば、生徒には悟られることなく中間層をポジティブ派に引きつけ、安定的な学級経営を行うことができます。「ヒドゥン・カリキュラムの原理」は教師の在り方によって生徒指導が機能しなくなることを意識的に防ぐ原理ですし、「ブロークン・ウィンドウズの原理」も、小さなほころびが大きな問題につながる前に環境を調整しようという原理です。「イニシアチブの原理」は、コミュニーケションの主導権を少しずつ握っていくことで、知らず知らずのうちに、教師の指導に従うことが是とされる原理。「インクルージョンの原理」は、まさに自分自身を、生徒を成長させるための環境として捉えようという原理。「マクドナルド化の原理」は、「環境調整型権力」の中心。嫌な思いを抱かせずに、さりげなく生徒指導という目的を達成しようという原理。また、「パッチング・ケアの原理」や「FMCチームワークの原理」、「自己キャラクターの原理」は、一人の力ではなく、学年単位で生徒指導が機能する環境を調整していこうという原理です。基本的に全ての原理が環境調整につながる原理となっていて、環境を調整することによって生徒指導が機能するという、大きな物語の消失した新たな時代にあった視座で書かれている提案であると思います。それに加えて、この原理のすごいのは、教育書だけを読み、教育現場だけに関心のある教師からは絶対にでてこない提案であるということです。例えば「マクドナルド化の原理」は、ジョージ・リッツァの『マクドナルド化する社会』を元にした提案ですし、「パッチング・ケアの原理」は、西川勝さんの『ためらいの看護 臨床日誌から』の提案が元になっているそうです。ちなみに、その元ネタは、堀裕嗣さんの著書を読むにあたり、鷲田清一さんの『「待つ」ということ』に紹介されていたものではないか、と予想しているのですが、間違っているかなぁ。続いて、100の原則に関しては、指導を実施する上で外してはならない考え方が書かれている箇所が多いです。例えば「事実を確認する10の原則」などは、絶対に外してはいけない原則だろうな、と思っています。といっても、何よりも、本書の核は、「環境調整型権力」による新しい発想での生徒指導です。ストレスを溜めさせないように知らず知らずに指導に従わせるという考え方は、自分が生徒の立ち場であれば、ある種、恐ろしいなという感覚を持ちつつも、今後も自分の教師としての在り方の根本になっていくのだろうな、と思います。
『このユーモアでクラスが変わる 教師のすごい!指導術』
2015 東洋館出版社 著者 森川正樹
世界観の形成 4 実践への影響 5

書評
生徒指導というと、「絶対にぶれない」とか、「正義を学級に貫く」とか、まずはそんな言葉がメインになりがちです。ただ、「絶対にぶれない」にしても、「正義を学級に貫く」にしても、様々な手法があると思います。例えば、「自主学習の全員提出」について。忘れた子に対しどう指導するのか。教師がガツンと指導するのか、優しく最後まで支援するのか、…。教師によってまちまちで、その人その人にあった手法があると思います。そして、自分の場合の基本軸は、「自主学習をやってくるという軸は絶対にぶらさない」で、できるだけ「ユーモア」で笑いを交えながら、人間関係を紡ぎつつ指導をしていくように意識しています。その示唆を頂いたのが「教師という仕事を心の底から楽しみ尽くすため…に必要なアイテムはただ一つ。そう、『ユーモア』です」(前書き)と書かれた本書です。この本には、手法がたくさん書かれていますが、その手法はあまり実践できていません。学校に行くと忘れてしまいます(笑)。ただ、「私が教師として困ったとき、それを乗り越えられたのは『ユーモア』を心の軸にしたときからでした」(第5頁)とある通り、生徒と接する際、第一義をユーモアに置くという意識は強く持って生徒と接しています。一回一回のやりとりで、「笑顔があったら良いな」なんて思っています。そうすると、人間関係が紡がれて、授業の空気がよくなりますし、何よりも、いざという時の生徒指導も話が通りやすくなります。このいざという時のために、人間関係を作っておくという意識は強いです。担任1年目、このユーモアの視点がたりず、「絶対にぶれない」だけを意識しすぎて、クラスが暗くなってしまった感じがありました。2年目以降はまずユーモア。これを意識したら、学級経営も生徒指導も授業も、すべて好転していく実感がありました。生徒指導では、「基本、ユーモアを大切に上機嫌で接する」が、最も大切な意識なのではないかな、と思っています。
『教師のためのポジティブシンキング』
2015 明治図書 著者 飯村友和
世界観の形成 4 実践への影響 4

書評
「二人の囚人が鉄格子から外を眺めている。一人は星空を。一人は泥土を。」(第3頁)というアイルランドの作家、フレデリック・ランブリッジの格言の引用から始まる本書。「ネガティブ(ネガ)→ポジティブ(ポジ)に見方を変えることによって、教師という仕事を楽しむことができるようになります」(第3頁)という言葉通り、生徒のネガティブに捉えがちな姿を、ポジティブに捉え直すことに眼目を置いています。例えば、片付けができずぐちゃぐちゃな生徒を、「おおらか」「次から次にやりたいことが生まれている」(第12頁)と捉えたり、「ごめんなさい」と謝れない生徒を、「正直」「精神的にタフ」「訴訟社会に強い」(第36頁)と捉えたり、様々な捉え方の事例が紹介されています。本書の指摘は、生徒指導では非常に重要だなぁと思っています。生徒の良いところをどれだけ認めて関われるかが、日々の信頼関係の構築につながり、その信頼関係の構築が指導場面に生きると考えるからです。前に紹介してあるユーモアの実践とともに、生徒との関わりでは、いかに生徒の言動や行動の発露をポジティブに捉え、その生徒に伝えられるかが重要だと思っています。なかなかできることではありませんが、常に意識していくことで、生徒との関係は良好なものになっていくであろうと、信じています。生徒指導において、とても重要な視座をもらったのが本書です。
『先生、できました!』
2013 王国BOOKS 著者 大橋宏朗
世界観の形成 4 実践への影響 4

書評
子どもたちを、何度も卓球の全国大会に連れて行ったことがある大橋宏朗さん。私も、卓球部顧問として、大橋さんの『卓球3ステップレッスン』を、書籍としてもDVDとしても購入し、卓球指導を行う際、本当にお世話になっています。その大橋さんが、教師人生を振り返り、生徒との関わり方を中心に記した書籍が、本書です。本書は特に、部活動における生徒指導に生かしている点が多いのですが、それに加え、すべての生徒指導に関わることが、ところ狭しと記されています。例えば、「子どもたちにとって、『好きになる』ことがとてつもない可能性を引き出すことにつながります」(第54頁)という記述。部活動では、特に強く意識していることです。そして、大橋先生は、誰よりも生徒のことを好きになります。「先生が私たちのことを『この子たちは自慢の子どもたち、自慢の生徒なんですよ』と、ほかの人たちに言う言葉を聞くのがうれしい」(第55頁)と生徒が大橋さんに言うとのこと。最高の生徒との関わり方だな、と思います。また、大橋さんの卓球指導の変遷も書かれています。新任教師時代は、全国大会出場を何度も決めていたものの「練習時間の半分は私が決めた練習をみんながやり、残りの半分は一人ひとりに合わせて私が細かくその内容を決めて練習をさせてい」(第116~117頁)たそうです。しかし、その練習を、別の先生との関わりを経て、「生徒が自分で課題を見つけて練習する」(第118頁)方法に変えたとのこと。このことは、私も常に意識していて、生徒が自ら決めた課題を何よりも大切にする指導をしています。そして、本書で最も衝撃を受けたのは、以下の引用です。大橋さんは、生徒にこんな言葉がけをします。「失敗をどんどんするんだよ、人間って失敗する数は決まっているんだから早めにどんどん失敗しようよ」(第126頁)、「どんどん負けていいぞ。一生負け続ける人はいないし、一生で負ける数は決まっているから、負けることを恐れるな。今のうちに負けておくと、この後に残るのは勝つことなんだよ」(第126頁)、「ミスしても殺されるわけじゃないから思い切ってやっておいで」(第126頁)、「高くジャンプする前には一度しゃがむんだよ。高く跳ぶためにはその分低くしゃがみ込むだろ」(第127頁)。何て温かく優しい言葉がけなんだ、と衝撃を受けました。たとえ全国大会の決勝で負けても、「命を取られるわけじゃないんだから何でもないよ」(第126頁)と声をかけられるその余裕。自分も生徒と接するときに持っておきたいものです。全国に生徒を連れて行くほどの先生が、これほど生徒一人ひとりを大切にされているという事実を知って、本当に感化されました。自分は部活動での試合中、生徒が負けてしまうと、どうしても「どんな練習をしてればよかったかな?」「何が悪かったのかな?」と理屈から考えさせがちです。でも、そうじゃない。まずは、生徒の気持ちをフォローしてあげる。生徒の心に火をつける指導ができてこそ本物なんですよね。それを、そのまま実践されている大橋さんの指導。感動しました。こんな教師を目指し、こんな風な生徒指導をしなければならないと、強く思わされた一冊です。
『青い鳥』
2007 新潮文庫 著者 重松清
世界観の形成 5 実践への影響 5

書評
生徒指導事案の中でも、最も深刻かつ、最も早期に対応し解決しなければならない事案は、いじめだと思います。そのいじめに対する構えを作ってくれたのが、学校に適応できない子と村内先生の関係性を描く短編集である本書です。「やめてくださいよぉ、勘弁してくださいよぉ」と笑いながら、コンビニで万引きをしてくる野口くん。でも、急に野口くんは自殺未遂をしました。「ひとを踏みにじって、苦しめるのが、いじめー。ひとを苦しめていることに気付かず、苦しくて叫んでいる声を聞こうとしないのが、いじめー。」(第202頁)。上記の定義には、唸りました。自分が気付いていないいじめもあるのだ、ということ。誰かが苦しんでいる声に敏感にならなければいけないのだ、ということ。その声は「苦しい」「嫌だ」と直接発せられないこともあるのだ、ということ。生徒には、この話を、再現構成法で授業をすることもありますし、エッセンスだけ学活で話すこともあります。自分自身、とても未熟な人間です。生徒の辛い思いに気付けず、苦しめてしまったこともあります。だからこそ、自分の見取りを過信してはならない。生徒の言葉だけで安心してはならない。そういった構えを、本書は自分に作らしてくれています。また、この短編の中では、上記の「青い鳥」のほかに、「進路は北へ」も好きです。「先生は、ひとりぼっちの。子の。そばにいる、もう一人の、ひとりぼっちになりたいんだ。だから、先生は、先生をやってるんだ」(第364頁)。中学生は、友達がいるかいないかで世界が変わってしまうような同調圧力の中で生活しているな、と自分の中学時代の経験からも、教師として中学校に赴任してからも、思うことが多いです。だから、友達がいなくたって、「そんなに気にすんな。世界はもっと広いから大丈夫」と言ってあげられる教師でありたいですし、そういった余裕や気持ちを立ち居振る舞いで示せる教師でありたいな、といつも思っています。学校だけが世界じゃないということを伝えたいから、自分は教師をやっているのかもしれません。この作品に登場する村内先生のようにあれたらと、思っています。
『知ってるつもりのコーチング』
2017 学事出版 著者 原田かおる 編著 片山紀子
世界観の形成 5 実践への影響 5

コメント
教職3年目。部活動指導。試合中のアドバイスが生徒の心に落ちていない。指導が通っていない。そう実感する機会がありました。「俺はどうすればいいのだろうか」と思い悩み、購入した本が、この『知ってるつもりのコーチング』です。本書の最初の「あるあるこんな場面」では、まさに自分の指導がそのまま書いてありました。子どもたちの場面で一方的に説教してしまったり、淡々と形式的な説諭が機能していなかったり。そして、著者はこう言います。「指導がうまくいかず、子どもの心に落ちていかない理由は、ズバリ先生の生徒指導が自己満足に終わっているからです。自分の思いを子どもに伝えるだけで満足し、そこで終わっていて、子どもの自立を目指していないからなのです」(第20頁)。ズキュンと胸を打たれた思いでした。指導の最終目的は、自立。そんな当たり前とも思える教育観すら、自分は全く意識できていなかったのです。そして、自立を促すために、生徒に接するアプローチこそ、コーチングです。「コーチングとは、子どもに問いかけ、それに対して子どもが自ら考え、解を見出していく、解決志向的なアプローチのことです」(第19頁)。すなわち、問題を解決するのは生徒。教師はそれを援助する存在。上記のように視点を変更していく必要があるということです。さて、このコーチングを機能させるための構えが、3つあります。「①その人に必要な答えと、それを解決するための能力は、既にその人に備わっている」「②どんな状況にも、解決の芽は既にある」「③それを引き出すためのコミュニケーションスタイルは『問いかけ』である」(第40頁)。この3点を読むと、毎回自分の至らなさを思い知ります。自分が一方的に答えを与え、生徒を自立させていなかったことへの反省を強く感じます。教育の目的は何か。それは自立です。そして、その自立を促す構えがコーチング。教職3年目現在の自分に最も必要な生徒指導のアプローチは、まさにコーチングであり、何よりも先駆けて実践していかなければいけないアプリーチであるなと思います。
『中学校を「荒れ」から立て直す!』
2013 学芸みらい社 著者 長谷川博之
世界観の形成 3 実践への影響 5

コメント
埼玉県で中学校の教師をされている長谷川博之さんの書籍です。生徒と接する時、気になったことがあったらどの程度指導するべきか。とても悩んでいた時がありました。指導しすぎていざという大事な指導を行う時にその指導が通らないほど人間関係が悪化していては元も子もない。しかし、指導しないことで、生徒が問題行動に突き進んでもいけない。ようはバランス感覚だと思うのですが、自分なりの線ができていませんでした。そんな時、本書の記述に、とても気持ちが楽になりました。「増やしたい行動は褒める。減らしたい行動は無視する。許せない行動は叱る。これが私たちが専門医から学んだ対応の原則である」(第92頁)。許せない行動にのみ焦点を当てて指導し、減らしたい行動に関しては無視をする。それだけで、生徒と接するのが、とても楽になりました。そして許せない行動があった時を想定し、「そういう勝負をするためにも、小さなことは無視をする。時には見逃す」(第182頁)という覚悟ができるようになりました。また、褒める部分に関しては、アドラー心理学を学んできた自分にとっては、認めるという感じで生徒に接しているのですが、その認める回数を何よりも増やそうと決意できました。続いて、「無駄な言葉」は言わないということ。すなわち、「「言っても言わなくても効果が変わらないこと」「言うと事態が余計に悪化すること」」(第169頁)は言わないということ。これは、強く意識させられました。例えば、朝の会や帰りの会、部活の時の顧問の言葉など、形式的に話す場面が毎日あります。その時も、「何か言わないと」ではなく、「無駄な言葉は言わない」という意識に変えることで、とても生徒との関わりがスッキリしたかな、と思います。生徒に意味のある話をできるほどに人間的魅力があるわけではないですし、先生の話を聞きたいと思っている生徒もほぼいないのが現状であると思うので、できるだけ「無駄な言葉は言わない」という意識は、謙虚に持っておかなければいけないな、と思いました。上記の二つの意識は、本書を読んで以降、強く意識付けされています。
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『T-labo(中学校教師の支援サイト)』
管理人 tetra
世界観の形成 4 実践への影響 5

書評
中学校教師1年目の1学期。6月くらいからでしょうか。授業が活性化せず、指導が通らない生徒もいて、悩みに悩んでいました。その時は、「教師を辞めたいな…」と本気で思っていました。ネットで、「中学校 教師 ブラック」とか「中学校 教師 辞めたい」とか、検索していたことを覚えています。そして、そんな時に、見つけたサイトが、『T-labo(中学校教師の支援サイト)』でした。本サイトの「まずはここから」には、こんなことが書いてあります。「生徒指導のスキルは、教師を支える一番の基盤であると考えています。そのスキルがあるかないかで、教師人生は大きく変わります」。まさにその通りで、教師1年目の自分には、生徒指導のスキルが全く備わっていませんでした。挨拶が崩れていても、忘れ物があっても、「俺の授業が悪いんかなぁ」と思い、毅然とした指導が行えていませんでした。しかし、その後、本ホームページを読み、生徒指導が少しずつ変わっていったように思います。ただ、本ホームページにもよく書かれていることですが、生徒指導はスキルというよりも在り方。どれだけ良好な人間関係を築けるかという人間としての根本的な在り方が重要であるということを、何度も何度も手を変え品を変え、教えてくれているサイトです。ほぼ全ての記事を読了した中でのおすすめはいくつもありますが、一つは「学級崩壊と再生の物語」です。どのような指導を行えば、生徒の支持が得られるのか。逆に、生徒の支持が得られず学級崩壊してしまう指導とはどのようなものなのか。超具体的に記述されています。島田先生という生徒指導がしっかりとできる先生が赴任してからの箇所は、何度も何度も読み返し、生徒指導で大切な部分を再確認するようにしています。また、「生徒指導」や「教師論」のカテゴリーに入る記事もおすすめです。自分は、この記事を読み、実践していくことで、見違えるように生徒との関わりが変容しました。その結果、現状では、学校に行くことへのストレスはほぼゼロですし、楽しい日々を送っています。初めて本サイトを閲覧する方は、tetraさんがまとめた電子書籍を読まれるのが、最も良いと思います。ただ、一部、自分とは異なる考えだなと思うところもあります。例えば、授業に関する捉えです。アクティブ・ラーニングに対する否定的な記述が目立ちますが、自分は基本的には賛同派ですので、相容れない部分だな、と思います。また、力のない教師や教育委員会などの考え方を決めつけてしまっている節があって、当てはまる人もいるだろうけど、みんなそうではないんじゃないかなぁと思う部分はあります。ただ、プラグマティックな自分にとっては、本サイトから得られる利益の方がより多いですし、納得できない点はそのまま読み飛ばせば良いだけですので、毎日楽しみに更新を待っているところです。今後、様々なコンテンツが生まれてくるものと思います。それも非常に楽しみです。本サイトに出会えたことに、感謝しています。教師生活を充実したものにしてくれた、思い出のサイトです。書籍紹介と銘打って、最初から書籍ではありませんが(笑)、ご了承ください。
『生徒指導 10の原理100の原則』
2011 学事出版 著者 堀裕嗣
世界観の形成 5 実践への影響 5

書評
学校という場所で、生徒に与えられている自由とは、あくまで学校という権威に認められている範囲での自由でしかありません。制服の着用。頭髪のルール。時間の厳守。忘れ物の禁止。などなど。生徒は、時に理不尽とも思えるような学校規範にがんじがらめになりながら、日々の学校生活を送っています。教師にとって難儀なのは、そのルールを生徒に守らせなければいけない立ち場にあるということです。守らない生徒に対して、教師は生徒指導をしなければなりません。昔の教師は、強面で竹刀を持ちながら、権威で指導に従わせるということが圧倒的に多かったことと思います。堀裕嗣さんは、このような権力の在り方を、「規律訓練型権力」と呼んでいます。しかしながら、そのような指導は、現在立ち行かなくなっています。不良傾向の生徒だけでなく、非社会的で様々なことに無関心な生徒たちが存在する現在。「彼らを指導し、行動にまで影響を与えられるのは、むしろエンターテインメント性を発揮して彼らを楽しませることができ、『学校規範などではなく、きみたちのことを一番に考えているよ』という一見綺麗事とも思われる熱い姿勢を常日頃から演じ続けることができる、《サービス業的視座》をもった教師です。そして私には、そうした教師たちこそが、現在、『生徒指導のできる教師』になってきているように思えるのです」(第5頁)との記述に、現在の生徒指導の在り方が濃縮されていると思います。学校規範に生徒を従わせることを目的としながらも、生徒には「従わされている!」と感じ取らせないようにし、ストレスを極力溜めさせないサービス業的視座で、目的を遂行していく。堀裕嗣さんは、このような権力の在り方を「環境調整型権力」と名付けています。本書の最も大きな意義は「環境調整型権力」による生徒指導を提案していることでしょう。例えば10の原理を見ていくと、そこには、生徒には指導されていると感じ取らせないようにしながら、生徒指導の機能度を上げるための環境を調整していく原理が紹介されています。例えば、「スクールカーストの原理」を理解していれば、自身の学級での立ち位置を指導を行いやすい立ち位置に自然に移行できますし、「サイレント・マジョリティの原理」を理解していれば、生徒には悟られることなく中間層をポジティブ派に引きつけ、安定的な学級経営を行うことができます。「ヒドゥン・カリキュラムの原理」は教師の在り方によって生徒指導が機能しなくなることを意識的に防ぐ原理ですし、「ブロークン・ウィンドウズの原理」も、小さなほころびが大きな問題につながる前に環境を調整しようという原理です。「イニシアチブの原理」は、コミュニーケションの主導権を少しずつ握っていくことで、知らず知らずのうちに、教師の指導に従うことが是とされる原理。「インクルージョンの原理」は、まさに自分自身を、生徒を成長させるための環境として捉えようという原理。「マクドナルド化の原理」は、「環境調整型権力」の中心。嫌な思いを抱かせずに、さりげなく生徒指導という目的を達成しようという原理。また、「パッチング・ケアの原理」や「FMCチームワークの原理」、「自己キャラクターの原理」は、一人の力ではなく、学年単位で生徒指導が機能する環境を調整していこうという原理です。基本的に全ての原理が環境調整につながる原理となっていて、環境を調整することによって生徒指導が機能するという、大きな物語の消失した新たな時代にあった視座で書かれている提案であると思います。それに加えて、この原理のすごいのは、教育書だけを読み、教育現場だけに関心のある教師からは絶対にでてこない提案であるということです。例えば「マクドナルド化の原理」は、ジョージ・リッツァの『マクドナルド化する社会』を元にした提案ですし、「パッチング・ケアの原理」は、西川勝さんの『ためらいの看護 臨床日誌から』の提案が元になっているそうです。ちなみに、その元ネタは、堀裕嗣さんの著書を読むにあたり、鷲田清一さんの『「待つ」ということ』に紹介されていたものではないか、と予想しているのですが、間違っているかなぁ。続いて、100の原則に関しては、指導を実施する上で外してはならない考え方が書かれている箇所が多いです。例えば「事実を確認する10の原則」などは、絶対に外してはいけない原則だろうな、と思っています。といっても、何よりも、本書の核は、「環境調整型権力」による新しい発想での生徒指導です。ストレスを溜めさせないように知らず知らずに指導に従わせるという考え方は、自分が生徒の立ち場であれば、ある種、恐ろしいなという感覚を持ちつつも、今後も自分の教師としての在り方の根本になっていくのだろうな、と思います。
『このユーモアでクラスが変わる 教師のすごい!指導術』
2015 東洋館出版社 著者 森川正樹
世界観の形成 4 実践への影響 5

書評
生徒指導というと、「絶対にぶれない」とか、「正義を学級に貫く」とか、まずはそんな言葉がメインになりがちです。ただ、「絶対にぶれない」にしても、「正義を学級に貫く」にしても、様々な手法があると思います。例えば、「自主学習の全員提出」について。忘れた子に対しどう指導するのか。教師がガツンと指導するのか、優しく最後まで支援するのか、…。教師によってまちまちで、その人その人にあった手法があると思います。そして、自分の場合の基本軸は、「自主学習をやってくるという軸は絶対にぶらさない」で、できるだけ「ユーモア」で笑いを交えながら、人間関係を紡ぎつつ指導をしていくように意識しています。その示唆を頂いたのが「教師という仕事を心の底から楽しみ尽くすため…に必要なアイテムはただ一つ。そう、『ユーモア』です」(前書き)と書かれた本書です。この本には、手法がたくさん書かれていますが、その手法はあまり実践できていません。学校に行くと忘れてしまいます(笑)。ただ、「私が教師として困ったとき、それを乗り越えられたのは『ユーモア』を心の軸にしたときからでした」(第5頁)とある通り、生徒と接する際、第一義をユーモアに置くという意識は強く持って生徒と接しています。一回一回のやりとりで、「笑顔があったら良いな」なんて思っています。そうすると、人間関係が紡がれて、授業の空気がよくなりますし、何よりも、いざという時の生徒指導も話が通りやすくなります。このいざという時のために、人間関係を作っておくという意識は強いです。担任1年目、このユーモアの視点がたりず、「絶対にぶれない」だけを意識しすぎて、クラスが暗くなってしまった感じがありました。2年目以降はまずユーモア。これを意識したら、学級経営も生徒指導も授業も、すべて好転していく実感がありました。生徒指導では、「基本、ユーモアを大切に上機嫌で接する」が、最も大切な意識なのではないかな、と思っています。
『教師のためのポジティブシンキング』
2015 明治図書 著者 飯村友和
世界観の形成 4 実践への影響 4

書評
「二人の囚人が鉄格子から外を眺めている。一人は星空を。一人は泥土を。」(第3頁)というアイルランドの作家、フレデリック・ランブリッジの格言の引用から始まる本書。「ネガティブ(ネガ)→ポジティブ(ポジ)に見方を変えることによって、教師という仕事を楽しむことができるようになります」(第3頁)という言葉通り、生徒のネガティブに捉えがちな姿を、ポジティブに捉え直すことに眼目を置いています。例えば、片付けができずぐちゃぐちゃな生徒を、「おおらか」「次から次にやりたいことが生まれている」(第12頁)と捉えたり、「ごめんなさい」と謝れない生徒を、「正直」「精神的にタフ」「訴訟社会に強い」(第36頁)と捉えたり、様々な捉え方の事例が紹介されています。本書の指摘は、生徒指導では非常に重要だなぁと思っています。生徒の良いところをどれだけ認めて関われるかが、日々の信頼関係の構築につながり、その信頼関係の構築が指導場面に生きると考えるからです。前に紹介してあるユーモアの実践とともに、生徒との関わりでは、いかに生徒の言動や行動の発露をポジティブに捉え、その生徒に伝えられるかが重要だと思っています。なかなかできることではありませんが、常に意識していくことで、生徒との関係は良好なものになっていくであろうと、信じています。生徒指導において、とても重要な視座をもらったのが本書です。
『先生、できました!』
2013 王国BOOKS 著者 大橋宏朗
世界観の形成 4 実践への影響 4

書評
子どもたちを、何度も卓球の全国大会に連れて行ったことがある大橋宏朗さん。私も、卓球部顧問として、大橋さんの『卓球3ステップレッスン』を、書籍としてもDVDとしても購入し、卓球指導を行う際、本当にお世話になっています。その大橋さんが、教師人生を振り返り、生徒との関わり方を中心に記した書籍が、本書です。本書は特に、部活動における生徒指導に生かしている点が多いのですが、それに加え、すべての生徒指導に関わることが、ところ狭しと記されています。例えば、「子どもたちにとって、『好きになる』ことがとてつもない可能性を引き出すことにつながります」(第54頁)という記述。部活動では、特に強く意識していることです。そして、大橋先生は、誰よりも生徒のことを好きになります。「先生が私たちのことを『この子たちは自慢の子どもたち、自慢の生徒なんですよ』と、ほかの人たちに言う言葉を聞くのがうれしい」(第55頁)と生徒が大橋さんに言うとのこと。最高の生徒との関わり方だな、と思います。また、大橋さんの卓球指導の変遷も書かれています。新任教師時代は、全国大会出場を何度も決めていたものの「練習時間の半分は私が決めた練習をみんながやり、残りの半分は一人ひとりに合わせて私が細かくその内容を決めて練習をさせてい」(第116~117頁)たそうです。しかし、その練習を、別の先生との関わりを経て、「生徒が自分で課題を見つけて練習する」(第118頁)方法に変えたとのこと。このことは、私も常に意識していて、生徒が自ら決めた課題を何よりも大切にする指導をしています。そして、本書で最も衝撃を受けたのは、以下の引用です。大橋さんは、生徒にこんな言葉がけをします。「失敗をどんどんするんだよ、人間って失敗する数は決まっているんだから早めにどんどん失敗しようよ」(第126頁)、「どんどん負けていいぞ。一生負け続ける人はいないし、一生で負ける数は決まっているから、負けることを恐れるな。今のうちに負けておくと、この後に残るのは勝つことなんだよ」(第126頁)、「ミスしても殺されるわけじゃないから思い切ってやっておいで」(第126頁)、「高くジャンプする前には一度しゃがむんだよ。高く跳ぶためにはその分低くしゃがみ込むだろ」(第127頁)。何て温かく優しい言葉がけなんだ、と衝撃を受けました。たとえ全国大会の決勝で負けても、「命を取られるわけじゃないんだから何でもないよ」(第126頁)と声をかけられるその余裕。自分も生徒と接するときに持っておきたいものです。全国に生徒を連れて行くほどの先生が、これほど生徒一人ひとりを大切にされているという事実を知って、本当に感化されました。自分は部活動での試合中、生徒が負けてしまうと、どうしても「どんな練習をしてればよかったかな?」「何が悪かったのかな?」と理屈から考えさせがちです。でも、そうじゃない。まずは、生徒の気持ちをフォローしてあげる。生徒の心に火をつける指導ができてこそ本物なんですよね。それを、そのまま実践されている大橋さんの指導。感動しました。こんな教師を目指し、こんな風な生徒指導をしなければならないと、強く思わされた一冊です。
『青い鳥』
2007 新潮文庫 著者 重松清
世界観の形成 5 実践への影響 5

書評
生徒指導事案の中でも、最も深刻かつ、最も早期に対応し解決しなければならない事案は、いじめだと思います。そのいじめに対する構えを作ってくれたのが、学校に適応できない子と村内先生の関係性を描く短編集である本書です。「やめてくださいよぉ、勘弁してくださいよぉ」と笑いながら、コンビニで万引きをしてくる野口くん。でも、急に野口くんは自殺未遂をしました。「ひとを踏みにじって、苦しめるのが、いじめー。ひとを苦しめていることに気付かず、苦しくて叫んでいる声を聞こうとしないのが、いじめー。」(第202頁)。上記の定義には、唸りました。自分が気付いていないいじめもあるのだ、ということ。誰かが苦しんでいる声に敏感にならなければいけないのだ、ということ。その声は「苦しい」「嫌だ」と直接発せられないこともあるのだ、ということ。生徒には、この話を、再現構成法で授業をすることもありますし、エッセンスだけ学活で話すこともあります。自分自身、とても未熟な人間です。生徒の辛い思いに気付けず、苦しめてしまったこともあります。だからこそ、自分の見取りを過信してはならない。生徒の言葉だけで安心してはならない。そういった構えを、本書は自分に作らしてくれています。また、この短編の中では、上記の「青い鳥」のほかに、「進路は北へ」も好きです。「先生は、ひとりぼっちの。子の。そばにいる、もう一人の、ひとりぼっちになりたいんだ。だから、先生は、先生をやってるんだ」(第364頁)。中学生は、友達がいるかいないかで世界が変わってしまうような同調圧力の中で生活しているな、と自分の中学時代の経験からも、教師として中学校に赴任してからも、思うことが多いです。だから、友達がいなくたって、「そんなに気にすんな。世界はもっと広いから大丈夫」と言ってあげられる教師でありたいですし、そういった余裕や気持ちを立ち居振る舞いで示せる教師でありたいな、といつも思っています。学校だけが世界じゃないということを伝えたいから、自分は教師をやっているのかもしれません。この作品に登場する村内先生のようにあれたらと、思っています。
『知ってるつもりのコーチング』
2017 学事出版 著者 原田かおる 編著 片山紀子
世界観の形成 5 実践への影響 5

コメント
教職3年目。部活動指導。試合中のアドバイスが生徒の心に落ちていない。指導が通っていない。そう実感する機会がありました。「俺はどうすればいいのだろうか」と思い悩み、購入した本が、この『知ってるつもりのコーチング』です。本書の最初の「あるあるこんな場面」では、まさに自分の指導がそのまま書いてありました。子どもたちの場面で一方的に説教してしまったり、淡々と形式的な説諭が機能していなかったり。そして、著者はこう言います。「指導がうまくいかず、子どもの心に落ちていかない理由は、ズバリ先生の生徒指導が自己満足に終わっているからです。自分の思いを子どもに伝えるだけで満足し、そこで終わっていて、子どもの自立を目指していないからなのです」(第20頁)。ズキュンと胸を打たれた思いでした。指導の最終目的は、自立。そんな当たり前とも思える教育観すら、自分は全く意識できていなかったのです。そして、自立を促すために、生徒に接するアプローチこそ、コーチングです。「コーチングとは、子どもに問いかけ、それに対して子どもが自ら考え、解を見出していく、解決志向的なアプローチのことです」(第19頁)。すなわち、問題を解決するのは生徒。教師はそれを援助する存在。上記のように視点を変更していく必要があるということです。さて、このコーチングを機能させるための構えが、3つあります。「①その人に必要な答えと、それを解決するための能力は、既にその人に備わっている」「②どんな状況にも、解決の芽は既にある」「③それを引き出すためのコミュニケーションスタイルは『問いかけ』である」(第40頁)。この3点を読むと、毎回自分の至らなさを思い知ります。自分が一方的に答えを与え、生徒を自立させていなかったことへの反省を強く感じます。教育の目的は何か。それは自立です。そして、その自立を促す構えがコーチング。教職3年目現在の自分に最も必要な生徒指導のアプローチは、まさにコーチングであり、何よりも先駆けて実践していかなければいけないアプリーチであるなと思います。
『中学校を「荒れ」から立て直す!』
2013 学芸みらい社 著者 長谷川博之
世界観の形成 3 実践への影響 5

コメント
埼玉県で中学校の教師をされている長谷川博之さんの書籍です。生徒と接する時、気になったことがあったらどの程度指導するべきか。とても悩んでいた時がありました。指導しすぎていざという大事な指導を行う時にその指導が通らないほど人間関係が悪化していては元も子もない。しかし、指導しないことで、生徒が問題行動に突き進んでもいけない。ようはバランス感覚だと思うのですが、自分なりの線ができていませんでした。そんな時、本書の記述に、とても気持ちが楽になりました。「増やしたい行動は褒める。減らしたい行動は無視する。許せない行動は叱る。これが私たちが専門医から学んだ対応の原則である」(第92頁)。許せない行動にのみ焦点を当てて指導し、減らしたい行動に関しては無視をする。それだけで、生徒と接するのが、とても楽になりました。そして許せない行動があった時を想定し、「そういう勝負をするためにも、小さなことは無視をする。時には見逃す」(第182頁)という覚悟ができるようになりました。また、褒める部分に関しては、アドラー心理学を学んできた自分にとっては、認めるという感じで生徒に接しているのですが、その認める回数を何よりも増やそうと決意できました。続いて、「無駄な言葉」は言わないということ。すなわち、「「言っても言わなくても効果が変わらないこと」「言うと事態が余計に悪化すること」」(第169頁)は言わないということ。これは、強く意識させられました。例えば、朝の会や帰りの会、部活の時の顧問の言葉など、形式的に話す場面が毎日あります。その時も、「何か言わないと」ではなく、「無駄な言葉は言わない」という意識に変えることで、とても生徒との関わりがスッキリしたかな、と思います。生徒に意味のある話をできるほどに人間的魅力があるわけではないですし、先生の話を聞きたいと思っている生徒もほぼいないのが現状であると思うので、できるだけ「無駄な言葉は言わない」という意識は、謙虚に持っておかなければいけないな、と思いました。上記の二つの意識は、本書を読んで以降、強く意識付けされています。
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