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ブログ

2015年6月25日 6時08分53秒 (Thu)

幻覚幻聴5

レム睡眠は1953年、シカゴ大学のKleitman教授とその大学院生Aserinskyが発見した睡眠状態で、眼球がキョロキョロと急速に動くことから、急速眼球運動(Rapid Eye Movement)の頭文字を取ってREM sleep(レム睡眠)と名付けられました。 レム睡眠は、爬虫類や両生類などの下等動物にもみられ、この睡眠中は筋肉が弛緩し、無動状態となり、エネルギー消費量は低下し、夢を見ていることが多いと言われます。睡眠中は大脳皮質の活動は低下するものの、レム睡眠時には体は休みつつ、大脳の表面に広がる神経細胞の灰白質の薄い層、大脳皮質は活発に動き、夢を見るのです。
最近は、ノンレム睡眠時にも夢を見るということが分かったものの、この間は皮質活動が低下しているため、まとまりのない曖昧な夢になりがちとのことです。
 
とすると、夢を見ると楽しい経験ができる、現実ではかなえられないまさに「夢」が夢の中でかなうというのはレム睡眠中なのでしょう。自分の体を休め、脳だけが活動する、、、人間の体というのはすごいなあ、と感じます。絶望的な精神状態にあったとしても、寝ている間に、その絶望を立ち直らせる夢を見て、生きる喜びを与え、精神状態を回復させたり、普段は考えなくなっていた昔のものを呼び戻して、過去の再現をさせ、自分の人生を再考えさせたりするのです。
 
そして、初めに書いた幻聴についても、私があの頃、聞きたかった声を脳が再現したのだろうなと考えます。あの頃、私が聞きたかった声――私の脳が無意識のうちに聞こうとしていたに違いありません。
 

アルクのヒアリングマラソン買いました。

2015年6月9日 22時42分15秒 (Tue)

幻覚幻聴4

としても、楽しい夢ばかりではありません。

この前の犬の夢にしても、何か胸の上が重苦しいなあ、という状況があったわけですし、そんなもわもわとした苦しさの中で、違う角度から見れば、古き良き昔を再び見ることができたという喜びを感じる面もあるということです。

子供の頃読んだ本には、「夢というのは浅い眠り(レム睡眠)の時に見るのであり、夢を多く見るというのは、その人の眠りが浅いことが多い」ということが書かれているものがありました。そして、よく人は、「眠りは質が大切なのであるから、深い眠りでなくてはいけない。十分な時間寝ているのに疲労がとれない、頭が冴えない、などと言うのは、眠りが浅いからだ」などと言ったりします。

そんなわけで、子供の頃は、夢を見ると、「また浅い眠り夢だったのか、もっと効率的に眠りをとりたいものだ」と思ったものでした。学校も行かなくてはいけない、部活もある、受験もあったし、寝ている時間が惜しかったのです。高校時代、特に3年の受験時代はいつも、とにかく勉強したくて寝る時間が惜しく、夜中過ぎまで起きて、そして朝も早く起きて登校していました。

しかし、最近読んだ本には、「その浅い眠り(レム睡眠)が重要で、それがなければ、人は、疲労は取れない」ということでした。実験で、ある人の睡眠中の脳の波動を測り、浅い眠り時に毎回起こしたところ、その人は疲労が全く取れず、ストレスがたまり、頭がおかしくなってきてしまったというのです。

眠りはレム睡眠とノンレム睡眠との繰り返しであり、結局両方とも必要不可欠と。―やはり、自然界に生まれた人のメカニズムと言うのはそうできているのか、そもそも必要だからこそ、存在するのか、と感じました。

ところが、最近、「夢はノンレム睡眠の時にもみる」、ということが日経新聞に出ていました(2015.3.10)


とにかく、疲労を取りたい。。。


2015年6月8日 2時38分01秒 (Mon)

幻覚幻聴3

「寝れば楽しい夢を見て喜びを得る」

最近は毎日夢を見ていますが、大体、起きると忘れてしまい、今覚えているのは、昨日のお昼寝時の夢だけです。これを書いている今、午前2時過ぎですが、それは、昨日の午後2時半頃から1時間ほど休憩をとった時に見た夢です。

―私の寝ている胸の上に、何か乗ったな、また、アーちゃんか。すぐ私の部屋に入ってきてベッドの上に乗るのだから、、、アーちゃん、重いよ〜

という夢でした。アーちゃんとは、小学2年生の終わりごろに飼いはじめ、私が26になる誕生日の少し前に亡くなった、オーストラリア品種の愛犬のテリアです。

アーちゃんを下ろそうとしたところ、いませんでした。

―そうだ、いるわけないのだ。

「また、アーちゃんが私のベッドの上に乗ってきた、そんなに私が好きなの?でも、だめだよ。すぐ部屋でおしっこするのだから、、」

などという幼く可愛いアーちゃんの思い出は、私が小学3年生の1学期の頃。その夢の中での私の部屋は、まさに建てたばかりで新しく、懐かしい、あの、私の部屋でした。

その後、アーちゃんは成長するにつれ、凶暴になっていきました。1歳を過ぎると、初めの頃とは同一個体とは思えないほど性格が変わってしまい、すぐに噛んできて、私は顔やらあちこち傷だらけになってしまい、こんなやつもう死んでしまえと思ったものです。どうしてあんなに可愛いかった子がこんなになってしまったのだろうとまさに悲劇です。

日々夜、寝るのが遅いので、私はいつも昼に起きます。普段、寝るのは朝の4時半や、下手をしたら5時半、7時過ぎなどということもあります。しかし、ここのところ疲労からか、体調が優れず、とても起きていられず、昨夜は午前2時前に寝ました。いつもより早く寝たため朝6時代に起きてしまい、結局、睡眠不足で頭は冴えず、少し寝ることにしました。最近頭が重い感じで苦しいので、寝づらく、そのため、胸の上が重く感じたのでしょうが、それが、昔の、子供時代の、凶暴な犬に変わる前の愛らしいアーちゃんでした。

最近、おとくケータイ.netで、ソフトバンクに乗り換えました。

2015年5月25日 20時07分36秒 (Mon)

幻覚幻聴2

大学受験の国語の読解問題で、こんなものがありました。ある田舎の年のいった女性は、毎日寝る時が楽しいという。―寝れば、夢を見られる、それもとっておきの楽しい。―寝れば、自分は夢の中で現実には行けない世界のかなたにでも行ける。―夢の中で、現実にはたとえ不可能でも、どんな楽しい体験でもできる。―だから、寝ている時が一番楽しい。毎日仕事を終えて、家に帰ると、「ああ、もうすぐ寝られる時間だ」と思うとうれしくてたまらない。
私は生徒に、この女性の心情がとらえられたかと聞きました。その子はいいえ、と答えました。―そうだろう、まだ、18歳なのだもの。そんな経験がない以上、目の前にこの人の様子がありありと思い浮かぶなどということはないだろう。この人の心情を理解するために、私は説明しだしました。
首都圏、ベッドタウン地域、駅周辺の開発がなされ、お金さえ払えば、欲しいものはお店で手に入る、レジャー施設に行けばある程度の楽しいことをすることができる。もう少し違うものがほしければ、あと少し電車に乗って出かければいい。まだ満足できなければさらにあと少し電車に乗って別の繁華街に行けばいい。お店なんて、レジャー施設なんて、五万とある。今日はこのレストランに行こう。今日はこのカラオケに行こう。今日は、こんな展望台で景色を楽しみたい。お金さえ払えば、可能である。
でも、もし、それが今より少し前で、田舎から都会に出るのが困難な時代であったら?
私はその人の気持ちが痛いほど分かります。―同様の体験をしていますから。寝るのが楽しくなった。それは、寝れば楽しい夢を見られるから。起きている間、大変だったりする。―肉体的に、、それでもやらなくては、やらなくては、やり遂げなくては、と、なんとか辛いのをこらえて、我慢して、できる限りを終え、これで寝てよいのか、、と、不安の中を寝る。本当にこれで寝てよかったのだろうか、と心残りの中、なんとか寝る。すると、自分の中の苦しかったものが、とりあえず少し楽になったりする。
そんなことが日々過ぎ、そして、ついに、いつの日か、「単に楽になる」というレベルではなく、「寝れば楽しい夢を見て喜びを得る」という積極的な効果が起こるようになりました。自らの脳が、現にありもしない幻想を通じて自己の精神を騙すことにより、寝ている間のわずかな時間に自分に喜びを与えるようになったのです。
それは、私が30を超えてのことです。


2015年5月13日 14時35分58秒 (Wed)

幻覚幻聴1

最近、幻聴を聞きます。―携帯の音が聞こえる。はっ!、電話だ!と思って携帯を見る。しかし、何の反応も示していない。周囲は何も変わらず、人はただ通り過ぎ、ただ、穏やかにしている。―携帯は鳴らなかったのだ。
今日はある人の声を聞きました。えっ!と振り返ってみたものの人はなし。―そうか、幻聴だ。。
幻聴とは、その音は、現実には、物理的には、していないのに、その人の体内で、すなわち脳の中で聞こえる音、ということができます。
よく、こんな夢を見た、という人がいますが、夢とはまた、現実には、物理的には、その事実は起こっていないのに、していないのに、その人の脳の中で見えたり聞こえたりする幻覚・幻聴ということができます。
こういうことは、私は子供のころから、普通のことだと思っていました。普通というのは、よくあるという意味ではありません。一定の状況にあると、そういうことが起こる可能性が高まり、現実に起こるのは異常なことではないという意味です。
私は子供のころからよく本を読みました。昔話やら、物語やら、小説やら、こうしたものにはよく幻覚や幻聴、が出てきました。あまり読書はしないという人でも、子供のころに勉強した国語の教科書にも、平安時代の女性が自分の好きな人の現れた夢を詠んだ歌や、今はそこにはいない子供や親や配偶者の声を聞いたというような歌が出てきます。特に今のような電話などの通信機器のないころには、この人に会いたい、という思いを募らせることにより、夢の中や幻覚・幻聴により、その人に会えたりその人の声を聞いたりできるのです。
これは人間の脳の自己防衛機能と言えるでしょう。人間は現実には満たされないものを自己の脳の力で満たすことができるのです。
続く


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