雨休亭雑記
2022年2月26日 22時14分55秒 (Sat)
チラシ置き行脚
「藤兵衛会in北浦和」開催まであと1ヶ月。
今日は各寄席にチラシを置いてもらいに行ってきました。
5軒のうち、受け取ってくれたのが4軒、お断りされたのが1軒。
そんなチラシ置き行脚の顛末をお話しいたします。
回ったのは、鈴本⇨浅草⇨国立⇨末廣⇨池袋 の順番。
浅草演芸ホールでは女性スタッフの皆さんが快く迎えてくださり、開催地が北浦和ということもあり
興行への影響なしとご判断いただけた模様でチラシを受け取っていただけました。
先日、マナー違反の悪質客を果敢にも撃退したスタッフさんもおられ、おしゃべりできて嬉しいひと時でした。
国立ではチケット売り場で訪いを入れると担当者の方がおいでになり、こちらも快くお受け取り。
色々な会のチラシが並び、私もぜひ伺いたいと思っている雲助師の会の雲様スマイルチラシが一際目立ってました。
新宿では、先代お席亭自らテケツにデンと構えてお出迎え。お許しを得てチラシをお預かり頂きました。
藤兵衛さん最近どうなの?とのお尋ねに膝の具合があんまり…などとご本人でもないのに外科の問診のような
おしゃべりをしてしまいました。
池袋では三語楼師の会がちょうど始まったところ。客席への出入り口が開放してあるため、声をひそめて
チラシ置きのお願い。かわら版最新号を買い求めてそぉっと退出。
と、受け取っていただいた4軒はこんな感じだったのですが、いちばん最初に伺った鈴本さんで
まさかの受取拒否。いつぞや林家はな平くんの勉強会のチラシを置いてもらうよう頼みに行ったときは
OKだったのですが… チラシ置きを受付けないことにした理由というのが、チラシを置くスタンドが
壊れてしまったので、というのがまずひとつ。それと、チラシ置き依頼で大量のチラシをドーンと
送りつけてきた主催者がいて、あまりの無茶にチラシ置きを断ったところ、主催者当人が乗り込んできて
おたくにはこれまで色々とうんぬんかんぬん…の猛クレームに辟易。
そんなこんなで自席の興行以外のチラシは置くのをやめにしたのだとか。
鈴本さんに置いていただけなかったのは残念ですが、ほかの四席ではこちらのチラシをお目に止めてもらえるものと
思います。

今日は各寄席にチラシを置いてもらいに行ってきました。
5軒のうち、受け取ってくれたのが4軒、お断りされたのが1軒。
そんなチラシ置き行脚の顛末をお話しいたします。
回ったのは、鈴本⇨浅草⇨国立⇨末廣⇨池袋 の順番。
浅草演芸ホールでは女性スタッフの皆さんが快く迎えてくださり、開催地が北浦和ということもあり
興行への影響なしとご判断いただけた模様でチラシを受け取っていただけました。
先日、マナー違反の悪質客を果敢にも撃退したスタッフさんもおられ、おしゃべりできて嬉しいひと時でした。
国立ではチケット売り場で訪いを入れると担当者の方がおいでになり、こちらも快くお受け取り。
色々な会のチラシが並び、私もぜひ伺いたいと思っている雲助師の会の雲様スマイルチラシが一際目立ってました。
新宿では、先代お席亭自らテケツにデンと構えてお出迎え。お許しを得てチラシをお預かり頂きました。
藤兵衛さん最近どうなの?とのお尋ねに膝の具合があんまり…などとご本人でもないのに外科の問診のような
おしゃべりをしてしまいました。
池袋では三語楼師の会がちょうど始まったところ。客席への出入り口が開放してあるため、声をひそめて
チラシ置きのお願い。かわら版最新号を買い求めてそぉっと退出。
と、受け取っていただいた4軒はこんな感じだったのですが、いちばん最初に伺った鈴本さんで
まさかの受取拒否。いつぞや林家はな平くんの勉強会のチラシを置いてもらうよう頼みに行ったときは
OKだったのですが… チラシ置きを受付けないことにした理由というのが、チラシを置くスタンドが
壊れてしまったので、というのがまずひとつ。それと、チラシ置き依頼で大量のチラシをドーンと
送りつけてきた主催者がいて、あまりの無茶にチラシ置きを断ったところ、主催者当人が乗り込んできて
おたくにはこれまで色々とうんぬんかんぬん…の猛クレームに辟易。
そんなこんなで自席の興行以外のチラシは置くのをやめにしたのだとか。
鈴本さんに置いていただけなかったのは残念ですが、ほかの四席ではこちらのチラシをお目に止めてもらえるものと
思います。

2022年1月29日 1時20分00秒 (Sat)
雨休亭発足について
「雨休亭」は、埼玉在住のイラストレーター「西野雨休(にしのうきゅう)」が、
愛して止まぬ噺家の方々の高座を楽しむ場を自分で作ってしまおう、と立ち上げたものです。
落語への接し始めは小学生の頃、偕成社刊「少年少女名作落語」という本を
学校の図書室で手にとったところから。
生の高座は中学の頃、学校寄席に七代目三升家小勝、先代橘家文蔵、六代目柳亭小燕枝(現・さん遊)
の三師匠が来演されたのが初体験でした。
日記をつけるようなまめなたちではありませんので聴いたネタが何であったか覚えておりませんが、
唯一覚えているのが文蔵師のマクラ。
そそっかしい奴がはばかりへ入ったはいいが、紙を持たずに用を足してしまい、そのまま手でお尻を拭いて
「うわ、汚ねぇ」と手を振るったら後架の縁へ手をぶつけ「あ痛ッ」ってんで口へパクリ…
誠に教育的な内容で、中坊のガキどもにはこんなもんだろうとふんでお出しになったマクラかとは
思いますが、この後『粗忽長屋』へでも入ったものかと推察しますが、マクラの効果で客席が温まったか、
当日一番のウケっぷりであったことは記憶しています。
本格的に噺にのめり込み始めたのは大学で落語研究会に入ってからで、先輩に寄席や落語会に連れて
行ってもらい、「あれが面白かった」「これを聴いておくといいよ」とあれこれ感化を受けてハマり込み、
持ち前のマニア気質も手伝って「落語キ○○イ」と言ってもいいような時期を経て現在に至ります。
芝居の方で「團菊爺い」などという言葉がありますが、私の場合、あの昭和30年代の名人上手が百花繚乱と
芸を競った時代に間に合ったわけではありませんが、数多く残された音源の収集に熱中し、
結局は志ん生・文楽だな、という気分から抜け出せず、令和の今を生きる人気者たちのスタイルに
馴染めずに今日に至ります。
愛して止まぬ噺家の方々の高座を楽しむ場を自分で作ってしまおう、と立ち上げたものです。
落語への接し始めは小学生の頃、偕成社刊「少年少女名作落語」という本を
学校の図書室で手にとったところから。
生の高座は中学の頃、学校寄席に七代目三升家小勝、先代橘家文蔵、六代目柳亭小燕枝(現・さん遊)
の三師匠が来演されたのが初体験でした。
日記をつけるようなまめなたちではありませんので聴いたネタが何であったか覚えておりませんが、
唯一覚えているのが文蔵師のマクラ。
そそっかしい奴がはばかりへ入ったはいいが、紙を持たずに用を足してしまい、そのまま手でお尻を拭いて
「うわ、汚ねぇ」と手を振るったら後架の縁へ手をぶつけ「あ痛ッ」ってんで口へパクリ…
誠に教育的な内容で、中坊のガキどもにはこんなもんだろうとふんでお出しになったマクラかとは
思いますが、この後『粗忽長屋』へでも入ったものかと推察しますが、マクラの効果で客席が温まったか、
当日一番のウケっぷりであったことは記憶しています。
本格的に噺にのめり込み始めたのは大学で落語研究会に入ってからで、先輩に寄席や落語会に連れて
行ってもらい、「あれが面白かった」「これを聴いておくといいよ」とあれこれ感化を受けてハマり込み、
持ち前のマニア気質も手伝って「落語キ○○イ」と言ってもいいような時期を経て現在に至ります。
芝居の方で「團菊爺い」などという言葉がありますが、私の場合、あの昭和30年代の名人上手が百花繚乱と
芸を競った時代に間に合ったわけではありませんが、数多く残された音源の収集に熱中し、
結局は志ん生・文楽だな、という気分から抜け出せず、令和の今を生きる人気者たちのスタイルに
馴染めずに今日に至ります。
プロフィール
- 雨休亭
- さいたま市および東京都内にて小規模の落語会を企画・運営してまいります。
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