哀しき血脈
第三章
ストーカー
二人の犠牲者を出した事件は意外なところから進展を見せた。
聞き込み捜査の結果、彼女たちがストーカーに悩まされてきたことが浮上してきたのだった。そして美しが丘警察署の被害届を調べたところ該当する物が出てきたのだった。その被害届には加害者の名前が記載されていた。それが二つとも「相馬祐司」だった。
二つの事件が相馬祐司でつながった。操作本部内の緊張が一気に高まった。相馬祐司を重要参考人として事情聴取をすることと決まった。
早速捜査員が相馬の部屋に向かった。彼の部屋は五階にあるので窓からの逃走はないと踏んで捜査員達は入り口を固めてチャイムを鳴らした。
だが、何度ならしても相馬は出てこなかった。耳をこらして内部の様子を探ると人が居る気配はあった。
一人の捜査員がドアノブに手をかけてゆっくりと捻ってみた。それは何の抵抗もなく回っていく。
鍵はかかっていない。
彼らは互いに目配せをして頷きあった。
先ほどの捜査員が再びドアノブを回し扉を開けていく。
別の捜査員が相馬の名前を呼びながら中に入っていく。
薄暗い部屋の柱の陰から一人の男が現れる。相馬祐司だ。
「相馬さん、いらしていたのですか。浅田美緒さんと金井美砂さんの件でお話を伺いたいのですが…」
中に入った捜査員が言った。
「それは任意ですか?」
「はい、ですが私たちとしては是非ご協力戴きたいと思っております」
ドアを開けた捜査員が中に入ってきて言った。
「任意なら別に警察に行かなくてもいいんですよね?」
「ですが、お断りになるとあなたにとって不利なことにもなりかねません」
「わかりました。少し待ってもらえますか?」
そう言うと相馬は捜査員達に背中を向け、壁に掛けてある薄手の上着に手をかけた。そう、手にかけたように見えた。
次の瞬間、相馬は捜査員達の方に振り返り、両手を彼らの方に伸ばした。そのとたん、入り口近くにいた捜査員がまるで空気の塊を受けたように後ろに吹き飛んだ。
彼の体がドアにぶつかり激しい音を立てる。
捜査員の悲鳴が響く。
彼の体はフェンスを越えて落下していく。
ドサッという鈍い音が相馬の部屋に届く。
「貴様!」
残った捜査員が相馬に飛びかかる。
相馬はその力を利用して捜査員を床に叩きつける。
受け身を問う暇のなかった捜査員は動くことが出来ない。
そこへ全体重をかけた相馬の肘がみぞおちのところに入る。
「ぐっ…」
捜査員は押しつぶされたような声を発して動かなくなった。
そこへキッチンから包丁を取り出してきた相馬が捜査員の体にそれを突き立てた。
相馬の心は喜びに満ちた。
なんと心地よいことなのだ。生命(いのち)を奪うということは…。
血の匂いが広がっていく中、相馬はこれまでにない喜びに包まれていった。
(さぁ、もう一度、ゲームのやり直しだ)
恍惚の表情の中、相馬は部屋を後にした。
絵美の家が遠くに見える。
信と絵美は手をつないで通学路を歩いている。
病気から逃れるためなのか、信の手はだぶついた上着の袖の中にある。
それでも絵美に触れている信の手は冷たかった。まるで氷に触れているみたいだった。
きっとこれも病気のせいなのだ。
絵美はそう思った。
信に触れている手に力が入る。
すると信もしっかりと握りかえしてきた。
二人は言葉を交わしていなかった。
言葉をかけると信が壊れてしまうように絵美には思えた。
それほど信ははかなく見えた。
信もまた絵美に何を話したらいいのかわからなかった。
話したいことは沢山あった。
だけどそれを話してしまうと絵美が去ってしまうと信は思っていた。
それほどの秘密を抱えた自分を信は恨めしく思った。
自分が背負っている運命と、自分の中に流れている血脈を恨んだ。
今、絵美とこうしていると心が穏やかになった。
それはこれまでに感じたことのない感情だった。
ずっとこのままで居られたらいいのに…。
信はそう思った。
それと同時に、その願いは叶えられないものだと彼は改めて思い出した。
(この場所にはいつまで居られるんだろう…)
信はそう思った。
そんなとき、絵美が声をかけてきた。
「ねえ遠山君。あなた佐藤達に呼び出されたでしょう?」
佐藤とは休み時間に信を呼び出した生徒のことだった。乱暴な生徒でよく弱い者を虐めては問題を起こしていた。
「何かされなかった?」
絵美は信のことを心配していた。佐藤のことだ、仲間を集めて信を虐めたに違いないと思っていた。
「別に。何もされなかったよ」
「嘘。」
絵美はじっと信の顔を見つめている。
「本当だよ。ちょっと病気のことをからかわれただけさ」
信は嘘をついていることに後ろめたさを感じていた。これだけ心配してくれている絵美に嘘はフェアではないと感じていたからだ。しかし本当のことをいう訳にはいかなかった。言ってしまえばここには居られなくなってしまう。
「でもちゃんと説明したらわかってくれたよ」
それも嘘だった。本当のことは、言えない…。
「そんなはず無いんだけどなぁ。あいつらに限って」
絵美はそう言って笑った。彼女は信の言ったことを半ば疑っていた。乱暴者の佐藤達が信をそのままにしておくはずはないと思っていた。けれども、信が無事に戻ってきたのは事実だった。何かがあったにせよ無難に切り抜けてきたのだろう。もうこの話は終わりにしよう。絵美はひとまず信の言うことを信じることにした。
「ところでさ。宿題どうする?」
絵美は言った。今日「友達を描く」という授業ををやった。絵美は信を、信は絵美を描いたのだが、二人とも授業中には終わらなかった。それは彼らだけではなく、多くの生徒が同じ状態だったので、来週の授業までの宿題となったのだ。だから一人で宿題を片付けることが出来なかった。
「うん、どうしようか…」
信は答えに窮してしまった。アパートに誘ってもいいのだが、この時間、春海はまだ帰ってはいないはずだった。隣の部屋の美鈴でも居ればまだ違うのだろうけれども、中学校はまだ授業中の筈だった。どうしたものかと考えていると絵美が提案してきた。
「ねぇ、これから家で片付けちゃわない?」
「え、いいの?」
「いいわよ。遠山君の家はお母さん働いているんでしょう?」
それは信にとって思ってもいない申し出だった。
聞き込み捜査の結果、彼女たちがストーカーに悩まされてきたことが浮上してきたのだった。そして美しが丘警察署の被害届を調べたところ該当する物が出てきたのだった。その被害届には加害者の名前が記載されていた。それが二つとも「相馬祐司」だった。
二つの事件が相馬祐司でつながった。操作本部内の緊張が一気に高まった。相馬祐司を重要参考人として事情聴取をすることと決まった。
早速捜査員が相馬の部屋に向かった。彼の部屋は五階にあるので窓からの逃走はないと踏んで捜査員達は入り口を固めてチャイムを鳴らした。
だが、何度ならしても相馬は出てこなかった。耳をこらして内部の様子を探ると人が居る気配はあった。
一人の捜査員がドアノブに手をかけてゆっくりと捻ってみた。それは何の抵抗もなく回っていく。
鍵はかかっていない。
彼らは互いに目配せをして頷きあった。
先ほどの捜査員が再びドアノブを回し扉を開けていく。
別の捜査員が相馬の名前を呼びながら中に入っていく。
薄暗い部屋の柱の陰から一人の男が現れる。相馬祐司だ。
「相馬さん、いらしていたのですか。浅田美緒さんと金井美砂さんの件でお話を伺いたいのですが…」
中に入った捜査員が言った。
「それは任意ですか?」
「はい、ですが私たちとしては是非ご協力戴きたいと思っております」
ドアを開けた捜査員が中に入ってきて言った。
「任意なら別に警察に行かなくてもいいんですよね?」
「ですが、お断りになるとあなたにとって不利なことにもなりかねません」
「わかりました。少し待ってもらえますか?」
そう言うと相馬は捜査員達に背中を向け、壁に掛けてある薄手の上着に手をかけた。そう、手にかけたように見えた。
次の瞬間、相馬は捜査員達の方に振り返り、両手を彼らの方に伸ばした。そのとたん、入り口近くにいた捜査員がまるで空気の塊を受けたように後ろに吹き飛んだ。
彼の体がドアにぶつかり激しい音を立てる。
捜査員の悲鳴が響く。
彼の体はフェンスを越えて落下していく。
ドサッという鈍い音が相馬の部屋に届く。
「貴様!」
残った捜査員が相馬に飛びかかる。
相馬はその力を利用して捜査員を床に叩きつける。
受け身を問う暇のなかった捜査員は動くことが出来ない。
そこへ全体重をかけた相馬の肘がみぞおちのところに入る。
「ぐっ…」
捜査員は押しつぶされたような声を発して動かなくなった。
そこへキッチンから包丁を取り出してきた相馬が捜査員の体にそれを突き立てた。
相馬の心は喜びに満ちた。
なんと心地よいことなのだ。生命(いのち)を奪うということは…。
血の匂いが広がっていく中、相馬はこれまでにない喜びに包まれていった。
(さぁ、もう一度、ゲームのやり直しだ)
恍惚の表情の中、相馬は部屋を後にした。
絵美の家が遠くに見える。
信と絵美は手をつないで通学路を歩いている。
病気から逃れるためなのか、信の手はだぶついた上着の袖の中にある。
それでも絵美に触れている信の手は冷たかった。まるで氷に触れているみたいだった。
きっとこれも病気のせいなのだ。
絵美はそう思った。
信に触れている手に力が入る。
すると信もしっかりと握りかえしてきた。
二人は言葉を交わしていなかった。
言葉をかけると信が壊れてしまうように絵美には思えた。
それほど信ははかなく見えた。
信もまた絵美に何を話したらいいのかわからなかった。
話したいことは沢山あった。
だけどそれを話してしまうと絵美が去ってしまうと信は思っていた。
それほどの秘密を抱えた自分を信は恨めしく思った。
自分が背負っている運命と、自分の中に流れている血脈を恨んだ。
今、絵美とこうしていると心が穏やかになった。
それはこれまでに感じたことのない感情だった。
ずっとこのままで居られたらいいのに…。
信はそう思った。
それと同時に、その願いは叶えられないものだと彼は改めて思い出した。
(この場所にはいつまで居られるんだろう…)
信はそう思った。
そんなとき、絵美が声をかけてきた。
「ねえ遠山君。あなた佐藤達に呼び出されたでしょう?」
佐藤とは休み時間に信を呼び出した生徒のことだった。乱暴な生徒でよく弱い者を虐めては問題を起こしていた。
「何かされなかった?」
絵美は信のことを心配していた。佐藤のことだ、仲間を集めて信を虐めたに違いないと思っていた。
「別に。何もされなかったよ」
「嘘。」
絵美はじっと信の顔を見つめている。
「本当だよ。ちょっと病気のことをからかわれただけさ」
信は嘘をついていることに後ろめたさを感じていた。これだけ心配してくれている絵美に嘘はフェアではないと感じていたからだ。しかし本当のことをいう訳にはいかなかった。言ってしまえばここには居られなくなってしまう。
「でもちゃんと説明したらわかってくれたよ」
それも嘘だった。本当のことは、言えない…。
「そんなはず無いんだけどなぁ。あいつらに限って」
絵美はそう言って笑った。彼女は信の言ったことを半ば疑っていた。乱暴者の佐藤達が信をそのままにしておくはずはないと思っていた。けれども、信が無事に戻ってきたのは事実だった。何かがあったにせよ無難に切り抜けてきたのだろう。もうこの話は終わりにしよう。絵美はひとまず信の言うことを信じることにした。
「ところでさ。宿題どうする?」
絵美は言った。今日「友達を描く」という授業ををやった。絵美は信を、信は絵美を描いたのだが、二人とも授業中には終わらなかった。それは彼らだけではなく、多くの生徒が同じ状態だったので、来週の授業までの宿題となったのだ。だから一人で宿題を片付けることが出来なかった。
「うん、どうしようか…」
信は答えに窮してしまった。アパートに誘ってもいいのだが、この時間、春海はまだ帰ってはいないはずだった。隣の部屋の美鈴でも居ればまだ違うのだろうけれども、中学校はまだ授業中の筈だった。どうしたものかと考えていると絵美が提案してきた。
「ねぇ、これから家で片付けちゃわない?」
「え、いいの?」
「いいわよ。遠山君の家はお母さん働いているんでしょう?」
それは信にとって思ってもいない申し出だった。
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