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哀しき血脈

第四章
対決

 取調室。
 灰色の机を挟んで小島良と横尾雅也は対峙していた。結城恵は二人に背を向けてパソコンのキーボードに手を乗せている。しかし、恵が活躍することはなかった。何故なら二人はここに入ってくるなり黙り込んでいるからだった。
 重苦しい空気が取調室を居心地の悪いものにしていく。三人の息遣いが聞こえてくる。
 やがて痺れを切らしたように小島が口を開く。
「それで…、あれは何なんだ?」
 小島はあの半人半蛇の化け物のことをいっていた。
 だが横尾はただ笑っているだけで応えようとしなかった。
「答えてくれないかな?」
 小島は身を乗り出す。
「知らない方がいいですよ。それに説明したところであなた方には理解できない」
「理解するか、しないかは、こちらが決めることだよ」
 小島もまた笑って横尾の顔を見た。
「無理だと思いますよ。あなた方のしていることが無意味になってしまう。ところで先ほどお教えした電話番号に連絡つけてくれましたか?」
 横尾の態度は全く動揺していない。
「ああ、係長に頼んである」
「そうですか、それじゃあ、そろそろかな?」
 横尾の鼻歌が取調室に流れ始める。
 小島はなおも食い下がる。
「お前さんは何故ベレッタなんていう拳銃を持っていたんだ?」
「それも知らない方がいい」
「あれが言っていた『狩人』とは何だ!」
 小島の声が荒くなった。
 そのとき、取調室のドアが開き、彼らの上司である太田昌義が小島に手招きをした。
 それに従って近くに行った小島に太田は小声で言った。
「釈放だ…」
 その言葉は小島にとって意外なものだった。
「どうしてですか?」
「上の方の命令だ。あいつはアンタッチャブルだ」
 太田の悔しそうな声が小島の耳に入った。
「上の方って何処の」
「わからんよ。あいつは国に守られている」
 二人はくつろいでいる横尾の後ろ姿をじっと見つめた。

 二人の捜査員の遺体はすぐに発見された。
 相馬祐司を訪ねたはずの彼らが戻ってこないのを不審に感じた別の捜査員が彼の部屋に赴き変わり果てた姿の捜査員を発見したからだった。捜査本部はすぐさま相馬を緊急手配した。小島達も野に放たれ相馬の行方を追った。恐らく一連の事件は相馬の犯行なのだろう。二人の犠牲者からの被害届は相馬が執拗に彼女たちに付きまとっていたことを示していた。彼女たちへの復習が犯行動機なのだろうか?小島は覆面パトカーの助手席で考えを巡らせていた。
 では、あの生き物はどう説明するのだ?
 恵によればあれは逆位置の五芒星によって呼び出されたもの、ということになる。確かに三崎を殺害したときの残虐さや小島達を襲ってきたときの生命力は普通の生き物では考えにくい。だからといって悪魔や妖怪などという存在を受け入れることは小島には出来なかった。
 そんなことを思っているとき、小島の携帯電話が鳴った。相手は鑑識の岸田だった。彼はあの生き物に非常に興味を抱き、解剖を行う監察医のところにまで押しかけていたのだ。
 だが、岸田は奇妙なことを言ってきた。
 監察医のところについたときには、あの生き物の死体が消えてしまったというのだ。
 いや、正確には相当量の灰を残してあの生き物が消えたというのだ。
 死体が動く、などということはあり得ない。
 また、あれが完全に絶命していたことは何人もの人間が確認している。
 だからあの生き物がどこかに行ってしまうなどということはあり得ないのだ。
 それならば、この現象はどういうことなのだ?
 小島の脳裏に、取調室での横尾の言葉が浮かんでくる。
 彼はあの生き物が何であるかを知っている様子だった。しかし小島達には「知らない方がいい」の一点張りで決して話そうとはしなかった。
 また、二件の事件について、その犯行手口があまりにも違うことも気になった。最初の事件は殺害場所も遺体発見場所も異なっており、犯行現場は未だ特定できていない。証拠も殆どなかった。しかし二件目は発見場所が犯行現場であり、証拠もいくつか見つかっている。更に遺体の損傷状況も二件目の方が激しい。全く違う人間が起こした事件と行ってもいいほどなのだ。二つの事件が関連しているのは完成された五芒星に沿って遺体が発見されているという点のみだった。
「嬢ちゃんはどう思う?」
 小島は運転席でハンドルを操る恵にそう尋ねた。
「どう思うって、何がです?」
 恵は運転に集中しているらしく小島のように事件を振り返る余裕がなかった。
「いや、今回の一連のことさ」
「わかりません。私たちの知識を越えた何かが起こっているとしか…」
 恵は必死にハンドルをさばいていく。
「ただ私は自分が見たことを信じるだけです」
 恵は気丈にもそう答えた。
 現実を素直に受け入れて自分のものにしていく…。
 自分には出来ないことをやってのける恵を見て、小島はジェネレーション・ギャップを感じていた。
 二人を乗せた覆面パトカーは混み始めた車道を車を縫うようにして走っていく。そして相馬のマンションに近づいたとき、設置された車載無線機が一方を告げた。それは河原で相馬が少女を襲っているという内容だった。それを聞いた恵は思い切りハンドルを切った。
 激しい横Gとタイヤの軋む音を残して覆面パトカーは方向を変えて走り去った。
 
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