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ふるさとの抵抗

第二章
森の中

 森崎龍一は都築町に住んでいるある女性を訪ねていた。彼女はこの地域の動物愛護活動の中心である団体に属しており、かつてその団体に天野恵理子も所属していた。森崎がその事を知ったのはつい最近だったのだが、その頃の恵理子のことは何も知らなかった。その頃の彼女を知ることが今の恵理子を知ることに繋がるのではないか、森崎はそう考えていた。
 都築町は美しが丘から電車で二つほど下った場所にあった。開発が進み、整理された町に生まれ変わろうとしている美しが丘と比べると都築町は古い田舎町そのままの姿を未だに保ち続けていた。駅前からはバスも数路線走っていたが、ターミナルは整備されて無く、停留所がそこここに散らばって配置されているだけだった。
 森崎はその内の一つの停留所に来たバスに乗り十五分ほど揺られて目的の女性に自宅に着いた。
 インターフォンを鳴らし名前を告げると程なく女性が姿を現した。
 胸には毛の長い小型犬が抱かれている。
 女性は森崎をコンパクトな居間に招き入れるとよく手入れがされているソファーを彼に勧めた。森崎がそれに身を沈めると別の小型犬が彼の膝に飛び乗ってきた。尻尾を思いっきり振って森崎の口元を舐めてくる。見ると左の前足がなかった。
「こら駄目よ。お客さんなんだから」
 女性は優しくしかると森崎の膝からその小型犬を下ろした。その犬はぎこちない足取りで仲間の方に走っていく。
 森崎は暫く女性から動物愛護に関する意見を聞き出すと、きりのいいところで本題に入った。
「ところで、天野恵理子さんという方をご存じですよね?」
 女性は森崎の口から恵理子の名を聞くとあからさまに嫌な顔をした。
「以前こちらの愛護団体に所属されていたとか…」
「ええ、もう大分前になりますが…」
「どんな方でした?」
 女性の表情は変わらない。
「まぁ、お辞めになった方のことはあまり悪くは言いたくないのですが…」
 女性は重い口を開き始めた。
 彼女の話だと天野恵理子はこの愛護団体の中でトラブルメーカーだった。
 この愛護団体はボランティアの獣医師とともに捨て犬、捨て猫の避妊手術を施したり、引き取り手のいない動物たちの里親捜しを活動方針としていた。里親にも一定に条件を課していたこともあり、捨てられた動物たちを積極的に保護するというところまではいっていなかった。この団体に参加していた人の多くはこれを活動の限界として認識して、そうした限られた中での保護活動を行っていたのだが、恵理子はもっと積極的に保護を進めるべきだ、里親が見つからなければ自分たちで飼ってでも保護をすべきだと主張し、参加者達と対立していた。
 恵理子の主張にも一理あるところもあったので、参加者達は彼女を含めて何度も話し合いを繰り返してきたのだが、両者の溝は埋まることなく やがて恵理子はこの団体を去っていったという。
「あの方の仰ることもわかるんですけどね。それでも限界があるんですよ…。それがあの方は許せないらしいんです」
 女性は溜息混じりにいった。
「でも、嫌な噂を聞いたんです」
「どんな噂です?」
「それが、天野さん、捨てられた動物を拾ってきては安楽死させているっていう…」
 女性はそこまで言うと目を背けてしまった。
 森崎が女性の家を出たのは、それから三十分ほどしてからだった。
 動物愛護活動をやっている人間がその動物を処分している…。にわかには信じられないことだった。
 だが、小学校からタロを引き取ったきり会わせようとしなかったことは、それで説明がついてしまう。あのときのかたくななまでの態度も納得が出来る。しかし何故…。
 森崎は恵理子の周りに広がる闇を感じて背筋に冷たいものが走った。

 佐枝からの連絡を受けて美鈴は彼女の家に来ていた。既に啓介、義男、孝、美佳が集まっていた。
 絵美がいなくなって二時間、辺りはもう日が暮れていた。
 佐枝達の両親は家にはいなかった。絵美の行方がわからなくなって心当たりのところを探して回っているのだ。それでも万が一帰ってきた時のために佐枝が家に残っていた。
 佐枝は応接セットのソファーに座りテーブルの上に置いた携帯電話を睨んでいる。電話機はただ沈黙を守っている。
 佐枝の指が震えている。
「絵美ちゃん、何処に行っちゃったのかしら…」
 カーテンの隙間から外の様子をうかがいながら美佳が呟いた。
 居間の中は重苦しい空気に包まれている。
 美鈴達は携帯電話を見つめて動かない佐枝の周りに集まる。
「こんなこと、初めてなんでしょう?」
 美鈴は佐枝の隣に座る。いつもの明るい佐枝はそこにはいなかった。
「絵美ちゃんさ、携帯とか持っていないの?」
 不意に思い当たったように義男が言った。
「持ってる。何度かかけたんだけど、繋がらない…」
「繋がらない?」
「圏外か、電源が切られているって…。そんな筈ないのに…」
 佐枝はもう泣き出さんばかりだった。そんな佐枝に義男がハンカチを差し出す。
「でも、僕たちで出来る事ってないのかな…」
 孝がそこにいる全員の顔を見つめる。
「暗くなってきたしね…」
「何だよ和田、冷たいな」
「そうじゃないわよ。杉山君。ただ闇雲に探しても意味がないって言いたいの」
「それにここにいても何も出来ない…」
 啓介がぼそりと言った。
 それからまた誰の口も閉ざされてしまった。
 壁に掛けられた時計の針が一つ進む。どこかからで犬の鳴き声が聞こえてくる。
「なぁ、今日のところは解散しないか?」
 そんなときに啓介が口を開いた。
 それは誰もが感じていたことだった。ここで集まっていても事態が好転する訳ではなかったからだ。
 五分後、義男を残して美鈴達は佐枝の家を出た。義男だけは佐枝を一人きりには出来ないと言い、彼女の親が戻るまで傍にいることにしたのだ。勿論、その事は佐枝が母親に連絡していた。
 美鈴と啓介は肩を並べて暗い道を歩いている。
 孝と美佳は家が反対方向なので佐枝の家の前で別れていた。
 啓介も美鈴の家とは方向が違うのだが、彼女を送り届ける責任があると言って一緒の道を歩いているのだった。
 街灯で照らされた道にはあまり人通りはなかった。そんな中では啓介がいてくれることは心強かった。
 秘密を打ち明けあい、共有したという思いからか、美鈴は啓介を以前より身近なものと感じていた。
「ねぇ啓介…」
 美鈴は隣を歩く啓介を見上げていった。
 子供の頃は自分の方が背が高かったのに、いつの間にか啓介を見上げるようになっている。
 それに気づいた頃だっただろうか、啓介のことを友達以上に意識し始めたのは…。
 美鈴はそこまで考えて我に返った。啓介の視線がまっすぐにこちらに向けられていたからだ。
 美鈴は視線をそらした。
「あの噂、気にならない?」
「『とおりゃんせ』の噂かい?」
「ええ、もう何人か子供が消えているわ。あなたも感じているはず…」
 二人はいくつかの角を曲がり、絵美の消えた公園の前に辿り着く。
 誰もいない夜の公園。街灯の光に照らされて遊具達が不気味な影を落とす。それらを縫うように微かな光の帯が流れている。それは幾重にも枝分かれをして網の目のようにこの公園を包んでいる。子供達の思念の名残が公園に残っている。
「この気の流れは?」
 網の目のように広がっている光の源を追うように啓介の視線が動いていく。ゆっくりと脈打つように青く光るそれは、二人の来た方とは反対側の公園の入り口から出て街角に消えていく。
「わからない…。でも『もの』に関係している何かの筈よ」
 美鈴の髪の端が逆立っていく。
 啓介は上着のポケットに忍ばせている短剣に手を伸ばす。
 するとその気配を察したのか、それまで公園一面に広がっていた光の網が、子供達の気配とともにふっと消えた。
 暖かい風が二人の間を通りすぎていった。
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