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ふるさとの抵抗

第二章
森の中

 翌日、美鈴は啓介とともに昨日気の流れを感じた公園に来ていた。あの気の流れは子供たちや絵美が消えてしまったことと無関係ではないと感じていたからだ。そして今日もまた微かな気の流れはそこにあった。
 二人は静かに流れるそれを追って歩き始める。
 それは住宅街を抜け、商店街を横切り、まっすぐに二人の通う中学校の裏山に向かって流れていた。
 マンションの予定地とされているそこは何台もの重機によって茶色い肌を陽に曝している。
 二人はその脇を抜けて残された木々の奥へと進んでいく。
 やがていくつも枝分かれしていた気の流れは一つになり、森の奥の陽炎に消えていく。
 その脇には苔むした小さな地蔵がひっそりと置かれている。
 二人は陽炎の先へと精神を集中した。
「結界だな」
 啓介はそう呟いた。
 美鈴もまた、それに同意する。
「大分強いものみたいね。破れるかしら」
 美鈴が辺りの気配を探る。
「さあね、やってみなければわからない」
 啓介はそう言うと目の前の陽炎に向かって鋭い視線を投げかけた。
 美鈴が静かにそれに続く。
 二人の思念は陽炎の中心に向かって放たれる。
 陽炎の中心にわずかな穴が穿たれる。
 二人は更に精神を集中する。
 やがて覗き穴のように穿たれた穴の向こうに若い緑の色が見え始める。その草木の中に様々な色の花々が咲き乱れている。平穏な空気、街の喧騒とは無関係の風景が二人の視界に広がっていく。穴は人が通れるまでに広がる。
「行くよ」
 啓介は短くそう言うと緑の通り道の中に入っていく。美鈴も黙ってその後に従う。
 そこには外の世界とは別の柔らかい風景が広がっていた。木々の緑は我が世の春を満喫しており、鳥たちが囀っている。どこからか小川のせせらぐ音が聞こえてくる。
「ここはどういう場所なんだ?」
 別世界のような風景を見回しながら啓介は呟いた。
「わからない。ただこの結界は『もの』が作り出したものでしょう?」
「そのはずだ。だけど何の目的があるのだろう?」
 二人の枝を掻き分け、草を踏む音が続いていく。暫く進むと開かれた空間に行き当たった。そこには春の風が吹き、暖かい日差しが降り注いでいた。二人はなだらかな坂を上って小高い丘の上に立った。
 何処かから子供たちの笑う声が聞こえてくる。
 それは消えてしまった子供たちの声だ。美鈴はそう直感し、足早に丘を下っていく。啓介もその後に続く。暫く進むと小川のほとりに数十人の子供たちが集まっているところに出くわした。子供たちの多くは前時代的な着物に身を包んでいたが、その中に二人は見知った子供の顔を認めた。
 それは佐伯絵美だった。
 彼女は五歳くらいの男の子とともにいた。
 美鈴はその子供の心の波動から、彼があの虐待されていた子供であることを悟った。
「絵美ちゃん」
 美鈴は絵美に駆け寄ると声をかけた。
 息が弾んでいる。
「美鈴お姉ちゃん」
 絵美は振り返るとそう言った。
「あなた、どうしてここに来たの?」
 絵美は美鈴の問いかけに視線を宙に投げて暫く考え込んだ。
「わからない。公園で遊んでいたんだけど、気がついたらここに来ていたの」
 絵美の表情は無邪気なものだった。
「この子は?」
 美鈴は絵美の傍らにいる男の子を指さしていった。
「守谷翔君。一緒にここに来たの」
 翔は自分の名前を呼ばれると美鈴たちに頭を下げた。
 何処かに用心している気配がうかがわれる。それは虐待によって身についてしまったものなのだろう。美鈴はいたたまれなくなった。
「さあ、帰ろう。お家の人たちが心配しているわ」
 美鈴はそう言うと絵美に手をさしのべる。
「そうはいかない」
 そのとき、強い声が美鈴たちの頭上から響いてきた。

 それは暗闇の中で意識を取り戻した。
 そこは酷く湿っていて冷たいものが取り巻いている。いつここに来たのか、どうしてここにいるのか、それにはわからなかった。ただ幸せだった時間が終わってしまったことだけは確かだった。
 それは長い時間彷徨っていたことを覚えていた。雨に濡れ、風に吹かれて凍えてしまうように感じた季節、熱風のようにアスファルトで覆われた地面に曝された季節、それらはいずれもそれに辛い思いをさせてきた。
 だが、最近そんな日々が終わった。
 住宅街の中にぽつんと作られている広い空間を訪ねたとき、初老の人間の女に拾われ、彼女の家に連れて行かれたからだ。
 そこには数匹の同種の生き物と、快く思えない生き物が住んでいた。どの生き物も手入れをされてのんきな顔をしている。それは自分もそういった生き物たちの仲間に入ったことを知った。しかし、まだなれていない群れに入るにはそれなりに礼儀というものがある。それは部屋の片隅に身を置き、生き物たちの様子を見守った。
 生き物たちもそれと同じような態度を示すものが多かった。中にはそれに興味を持って近づいてくるものや、鋭い目で睨みつけるものがいたけれども、時間が経つうちに生き物たちはそれを受け入れてくれた。
 やがて時が経ち、小さな使い古された食器に見慣れないものを入れたものをその女は与えてくれた。生き物たちはそれを待っていたかのように食器に駆け寄り、見たこともないものを頬張り始めた。それも生き物たちに混ざってその食べ物を頬張った。
 その食べ物は肉と魚の風味と味がした。堅く乾いたものだったので口の中で細かく砕かれ、飲み込むには少し苦労したが、腹を膨らませるには十分すぎる量があった。これまで人間のはき出した残飯を漁っていたそれには考えられない待遇だった。
 だが、その幸せは長くは続かなかった。
 何度目かの食事の時、人間の女はそれだけに特別なものを用意してくれた。その食事は適度に油の混ざった挽肉のようだった。少し薬くさい感じもしたのだが、それは気にせずに貪り食った。
 食事が終わった頃、それは引き込まれるような眠気に襲われた。それはその眠気に対抗することが出来ず、いつしか深い眠りに落ちていった。
 そしてここで目覚めたのだ。
 そこは酷く暗く時々何かが目の中に入ってきた。
 鼻に入ってくる臭いからそこが土の中だということをそれは知った。だが何故そこにいるのかはわからない。ただ眠っている間にそこに入れられてしまったのだろう。
 そこは寒かった。
 そして再び訪れてきた睡魔にそれは抗うことが出来そうになかった。
 まどろみ始めたそれの意識の中に不意に言葉が入り込んでくる。
『眠っては駄目だ…』
 その言葉はとてもはっきりとそれの意識の中に入ってきた。
 それは自由のきかない体を微かに動かしてその言葉の気配を感じようとした。
 その言葉は、それの中にあるものであり、それの周囲を取り囲んでいるものであった。
 それは微かな声を上げた。
 再び言葉が生まれた。
『おまえを生かしてやろう。』
『ここから出してやろう』
『だから我らに力を貸せ』
『我らの思いを人間たちに伝えよ』
 言葉がそこまで言ったとき、それを縛っていたものがなくなり、体に力がみなぎってきた。
 それは爪で土を掻き始めた。
 上へ、上に向かって…。
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