ふるさとの抵抗
第二章
森の中
二人の目の前には青い光に包まれた上品な女性の姿があった。その女性は僅かに怒りの表情を浮かべているようでもあった。
「何故この子たちを連れ帰ってはいけないんだ?」
啓介は女性に向かって身構えている。美鈴は両者の様子を伺っている。
女性は静かに翔の方へ近づいていく。
「その理由はこれを見ればわかるだろう」
女性はそう言うと翔のシャツをまくりあげた。果たしてその体には無数の傷跡やあざがあった。
「酷い…」
翔の思考を既に受け取っていた美鈴は、彼が虐待を受けていたことは知っていたが、まさかこれほどとは思っていなかったので驚嘆の声が思わず唇から漏れてしまった。
「見ての通りだ。この子供を家に帰せば再び傷つけられるだろう」
「一体誰がやったって言うんだ?」
「母親よ」
美鈴の沈んだ声が吸い込まれていく。
「虐待っていうやつか?」
啓介が信じられないというように首を横に振る。
「そうだ。この子供の声を聞いて、私がここに保護した」
そう言うと女性は振り返って近くで遊んでいる子供たちを指さした。どうやら消えてしまったといわれてる子供たちのようだった。
「あの子供たちも同じだ。それでもお前たちは連れ帰るというのか?」
女性は二人に詰めよってくる。
その問いに対する答えを持ち合わせていない二人は思わず絶句してしまった。
確かに女性の言う通りなのだ。このまま連れ帰っても、この子たちにはまた地獄の日々が待っているだけなのだ。だからといってこのままにしておいてよい筈もない。二人はどのように対処すべきなのか考えを巡らせた。
しかし、答えは出てこなかった。
そもそもこの問題は大人たちの問題なのだ。十四歳の自分たちが介入しても解決の糸口が見えるとは思えない。この子たちに地獄の日々しか待っていないのならば、ここにいた方がいいのではないか。美鈴は無邪気に笑う子供たちを見てそう思った。
それを見越したように女性が呟く。
「親に傷つけられる毎日であるなら私に返してもらうのだ。この子たちはまだ神の手にあるのだから…」
「神の手にあるって、どういう意味なのですか?」
美鈴は女性に対して疑問をぶつけた。すると女性の目が穏やかに変わり、二人に向かって言葉の意味を説明し始めた。
「ここにいる子供たちは皆、親とは暮らせなかった魂なのだ。口減らしのために捨てられたり、堕胎されてしまった魂なのだ。だが昔の人間たちは、生きていかれない子供を捨ててしまうとは思いたくなかった。そこで七歳までは人ではなくて神から授けられたものとしたのだ。子供を捨てたのではなく、神の手に返したとな…」
「そんな身勝手な…」
「だが大人たちはそう考えないと生きていけなかったのだよ。それを誰が責められる?」
女性の問いかけは、二人にとってとても重いものだった。口減らしのために子供を捨てる、そうしなければ一家全体が生きられない。親にとっては苦渋の決断だったのだろう…。
「その救われない魂を私は守り、穏やかに時を過ごせるようにしてきたのだ。だが時代変わった…」
「子供を傷つけたり、時には殺してしまう親が出てきた訳か…」
啓介が呟く。
「そうだ、時代が変わり人々は豊かになった。だが心を失ってしまった…」
「だからあなたが保護し始めたのね」
「その通りだ。親元にいてはこの子たちは不幸な結果に終わってしまうのだ」
女性の言葉が哀しく響く…。
どうすればこの問題を解決できるのか、それは女性の心の中にもないようだった。
この子たちの親が変わらなければ…。
その方法を見つけなければ…。
それは、そこにいる誰もが願っていることだった。
美鈴と啓介は互いの目を見合って、やがて決心した。
「わかりました。私達は一度元の場所に帰ります。でもこの子だけは連れ帰らせてください」
美鈴は絵美の肩を抱いていった。
「いいだろう。元々その子は巻き込まれてここに来てしまったのだからな」
女性は静かに答え、そして名乗った。
「私はハーリーティ。答えが見つかったらまたここに来ると良い」
ハーリーティはそう言うと美鈴の方に手を差し伸べた。
美鈴はただ頷いてそれに応えた…。
美鈴と啓介は絵美を彼女の家に送り届けるとその足で美鈴の家に向かった。先ほどの出来事とハーリーティのはなした内容を美里の意見を聞くためだった。単純に考えると啓介の父に聞いた方がよりよい情報を聞くことが出来るのだが、彼は美鈴に危害を加えかねないので美里に聞くことにしたのだ。
彼女たちの話を聞いて美里は深く考え込んだ。今回の問題は娘たちには荷が重すぎる、そう考えているのだろう。
やがて美里は溜息をつき、思い唇を開き始めた。
「確かにあなたたちには荷が重すぎるわね。これは大人が絡んでいることだし、単純に解決できることではないわ」
「でも、このままには出来ないでしょう?」
「そうなのよね、『もの』たちとは違って生きているものにはそれなりの制約があるものね」
「生きているものの制約?」
「食べて、眠ることよ」
美里が再び溜息をつき、美鈴が納得したように頷いた。
「でも、これは大人を介入させる必要があるのでしょう?」
啓介は真剣なまなざしで言った。
「確かにそうよ。でも簡単にはいかないわ」
「どうしてですか?」
「例えば児童相談所に通報したとするでしょう。それでもそこの職員が該当する家庭の中に入り込むことが難しいのよ」
「どうして?」
「面接を拒否したり、虐待を隠したり、躾だと言ったりするのよ」
「それでも私達が見た子供の体には酷い傷跡が幾つもあったわ」
「それは見えるところにあったのかしら?」
「いいえ、洋服に隠れたところです」
「やっぱりね…」
美里にとってもこの問題は重すぎるものだった。子供はやはり親元にいた方が良いはずなのだが、その子供たちの家庭環境は地獄であろう。仮にハーリーティの元から子供たちを連れ帰っても再び地獄に帰るようなものだ。そしてその先には『死』が待っているといっても過言ではない。子供を一時的にでも親から引き離し、保護をする必要がある。
しかしそのためには虐待があるということを証明しなければならなかった。ハーリーティも善意で保護している。彼女も納得させる必要があった。
そのためにはどのような方法が考えられるのか…。
三人の言葉が止まってしまった…。
「ここは警察に介入してもらうしかないのかもね…」
不意に何かに思い当たったように美里の唇が開いた。
「警察?」
「そうよ、以前の法律と違って今の法律は比較的警察力が介入しやすくなっていると聞くわ。それでも十分とはいえないみたいだけど…」
美里の言葉を聞いて美鈴は一人の刑事を思い出した。
着古したスーツに身をゆだね、いつも疲れたような表情をした刑事。
小島良だった。
彼の電話番号なら以前に聞いて知っていた。
あの人に相談すれば動いてくれるかもしれない。
美鈴の心の中に微かな希望が浮かんだ。
「でも、虐待があったという確実な証拠は必要よ」
美里は二人に念を押すように言った。
「それなら、写真に撮る、というのはどうですか?」
啓介が自分の携帯電話のカメラ部分を指さしていった。
「そうね、それが今出来る最良の方法かもしれないわね。でもそのためにはもう一度ハーリーティのところに行かなければいけないわね」
「そこへ行くことについては問題はないと思いますが…」
「ただ行くだけでは駄目かもしれないわ。ハーリーティに説明して納得させる必要があるかもしれない。そのためにはあなたたちだけでは信用されないかもしれない」
「それじゃあ、どうしたらいいの?」
「私も一緒に行くわ。大人の私であればあなたたちだけより信用されるでしょうから…」
美里はそう言うと自分の部屋に入り身支度を始めた。
美鈴たちは再びハーリーティの元に向かうことを決意した。
「何故この子たちを連れ帰ってはいけないんだ?」
啓介は女性に向かって身構えている。美鈴は両者の様子を伺っている。
女性は静かに翔の方へ近づいていく。
「その理由はこれを見ればわかるだろう」
女性はそう言うと翔のシャツをまくりあげた。果たしてその体には無数の傷跡やあざがあった。
「酷い…」
翔の思考を既に受け取っていた美鈴は、彼が虐待を受けていたことは知っていたが、まさかこれほどとは思っていなかったので驚嘆の声が思わず唇から漏れてしまった。
「見ての通りだ。この子供を家に帰せば再び傷つけられるだろう」
「一体誰がやったって言うんだ?」
「母親よ」
美鈴の沈んだ声が吸い込まれていく。
「虐待っていうやつか?」
啓介が信じられないというように首を横に振る。
「そうだ。この子供の声を聞いて、私がここに保護した」
そう言うと女性は振り返って近くで遊んでいる子供たちを指さした。どうやら消えてしまったといわれてる子供たちのようだった。
「あの子供たちも同じだ。それでもお前たちは連れ帰るというのか?」
女性は二人に詰めよってくる。
その問いに対する答えを持ち合わせていない二人は思わず絶句してしまった。
確かに女性の言う通りなのだ。このまま連れ帰っても、この子たちにはまた地獄の日々が待っているだけなのだ。だからといってこのままにしておいてよい筈もない。二人はどのように対処すべきなのか考えを巡らせた。
しかし、答えは出てこなかった。
そもそもこの問題は大人たちの問題なのだ。十四歳の自分たちが介入しても解決の糸口が見えるとは思えない。この子たちに地獄の日々しか待っていないのならば、ここにいた方がいいのではないか。美鈴は無邪気に笑う子供たちを見てそう思った。
それを見越したように女性が呟く。
「親に傷つけられる毎日であるなら私に返してもらうのだ。この子たちはまだ神の手にあるのだから…」
「神の手にあるって、どういう意味なのですか?」
美鈴は女性に対して疑問をぶつけた。すると女性の目が穏やかに変わり、二人に向かって言葉の意味を説明し始めた。
「ここにいる子供たちは皆、親とは暮らせなかった魂なのだ。口減らしのために捨てられたり、堕胎されてしまった魂なのだ。だが昔の人間たちは、生きていかれない子供を捨ててしまうとは思いたくなかった。そこで七歳までは人ではなくて神から授けられたものとしたのだ。子供を捨てたのではなく、神の手に返したとな…」
「そんな身勝手な…」
「だが大人たちはそう考えないと生きていけなかったのだよ。それを誰が責められる?」
女性の問いかけは、二人にとってとても重いものだった。口減らしのために子供を捨てる、そうしなければ一家全体が生きられない。親にとっては苦渋の決断だったのだろう…。
「その救われない魂を私は守り、穏やかに時を過ごせるようにしてきたのだ。だが時代変わった…」
「子供を傷つけたり、時には殺してしまう親が出てきた訳か…」
啓介が呟く。
「そうだ、時代が変わり人々は豊かになった。だが心を失ってしまった…」
「だからあなたが保護し始めたのね」
「その通りだ。親元にいてはこの子たちは不幸な結果に終わってしまうのだ」
女性の言葉が哀しく響く…。
どうすればこの問題を解決できるのか、それは女性の心の中にもないようだった。
この子たちの親が変わらなければ…。
その方法を見つけなければ…。
それは、そこにいる誰もが願っていることだった。
美鈴と啓介は互いの目を見合って、やがて決心した。
「わかりました。私達は一度元の場所に帰ります。でもこの子だけは連れ帰らせてください」
美鈴は絵美の肩を抱いていった。
「いいだろう。元々その子は巻き込まれてここに来てしまったのだからな」
女性は静かに答え、そして名乗った。
「私はハーリーティ。答えが見つかったらまたここに来ると良い」
ハーリーティはそう言うと美鈴の方に手を差し伸べた。
美鈴はただ頷いてそれに応えた…。
美鈴と啓介は絵美を彼女の家に送り届けるとその足で美鈴の家に向かった。先ほどの出来事とハーリーティのはなした内容を美里の意見を聞くためだった。単純に考えると啓介の父に聞いた方がよりよい情報を聞くことが出来るのだが、彼は美鈴に危害を加えかねないので美里に聞くことにしたのだ。
彼女たちの話を聞いて美里は深く考え込んだ。今回の問題は娘たちには荷が重すぎる、そう考えているのだろう。
やがて美里は溜息をつき、思い唇を開き始めた。
「確かにあなたたちには荷が重すぎるわね。これは大人が絡んでいることだし、単純に解決できることではないわ」
「でも、このままには出来ないでしょう?」
「そうなのよね、『もの』たちとは違って生きているものにはそれなりの制約があるものね」
「生きているものの制約?」
「食べて、眠ることよ」
美里が再び溜息をつき、美鈴が納得したように頷いた。
「でも、これは大人を介入させる必要があるのでしょう?」
啓介は真剣なまなざしで言った。
「確かにそうよ。でも簡単にはいかないわ」
「どうしてですか?」
「例えば児童相談所に通報したとするでしょう。それでもそこの職員が該当する家庭の中に入り込むことが難しいのよ」
「どうして?」
「面接を拒否したり、虐待を隠したり、躾だと言ったりするのよ」
「それでも私達が見た子供の体には酷い傷跡が幾つもあったわ」
「それは見えるところにあったのかしら?」
「いいえ、洋服に隠れたところです」
「やっぱりね…」
美里にとってもこの問題は重すぎるものだった。子供はやはり親元にいた方が良いはずなのだが、その子供たちの家庭環境は地獄であろう。仮にハーリーティの元から子供たちを連れ帰っても再び地獄に帰るようなものだ。そしてその先には『死』が待っているといっても過言ではない。子供を一時的にでも親から引き離し、保護をする必要がある。
しかしそのためには虐待があるということを証明しなければならなかった。ハーリーティも善意で保護している。彼女も納得させる必要があった。
そのためにはどのような方法が考えられるのか…。
三人の言葉が止まってしまった…。
「ここは警察に介入してもらうしかないのかもね…」
不意に何かに思い当たったように美里の唇が開いた。
「警察?」
「そうよ、以前の法律と違って今の法律は比較的警察力が介入しやすくなっていると聞くわ。それでも十分とはいえないみたいだけど…」
美里の言葉を聞いて美鈴は一人の刑事を思い出した。
着古したスーツに身をゆだね、いつも疲れたような表情をした刑事。
小島良だった。
彼の電話番号なら以前に聞いて知っていた。
あの人に相談すれば動いてくれるかもしれない。
美鈴の心の中に微かな希望が浮かんだ。
「でも、虐待があったという確実な証拠は必要よ」
美里は二人に念を押すように言った。
「それなら、写真に撮る、というのはどうですか?」
啓介が自分の携帯電話のカメラ部分を指さしていった。
「そうね、それが今出来る最良の方法かもしれないわね。でもそのためにはもう一度ハーリーティのところに行かなければいけないわね」
「そこへ行くことについては問題はないと思いますが…」
「ただ行くだけでは駄目かもしれないわ。ハーリーティに説明して納得させる必要があるかもしれない。そのためにはあなたたちだけでは信用されないかもしれない」
「それじゃあ、どうしたらいいの?」
「私も一緒に行くわ。大人の私であればあなたたちだけより信用されるでしょうから…」
美里はそう言うと自分の部屋に入り身支度を始めた。
美鈴たちは再びハーリーティの元に向かうことを決意した。
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