ふるさとの抵抗
第三章
裏切り
キメラは戸惑っていた。
体を二つに分けて、人間の雄と雌を襲ったのだが、途中でとんだ邪魔が入ってしまったからだった。
それらは素早く、そして強かった。
力そのものはキメラの方が勝っているはずなのだが、何しろ相手にはスピードという力があった。
その力のためにキメラはそれらを捉えることが出来なかった…。
義男は何が起こったのか、最初はわからなかった。
執拗に頭上から攻撃してくる化け物が不意にその手を緩めたからだった。
体制を立て直し、頭上を仰ぎ見ると未だにその化け物の姿はあった。しかし、今ではそれに向かってゆく白い影が見て取れた。その白い影は鳥だった。それは化け物が義男にしたように、執拗にそれに刃向かっていた。どうやら化け物の目を狙っているようだった。
そしてこのことは、義男にとっての好機でもあった。
義男は佐枝のいる方に目を向ける。
そこにも異なった形の化け物がいたが、それに対しては黒い影が襲いかかっていた。
義男は叫んだ。
「今だ、逃げよう!」
義男は佐枝の手をつかんで走り出した。
そのとき、九朗の嘴(くちばし)が空を飛ぶ獣の左目を貫いた。
九朗と魔鈴は疲労という内なる敵と闘っていた。
それぞれが相手をしている獣は底知れない体力を持っているらしく、一向に攻撃の手を休めようとはしなかった。
空を行く獣の左目をつぶした九朗は一気に上昇し、翼を畳んで今度は右の目を目指して急降下をした。
だが、その動きは相手の獣に読まれていた。
紙一重のところで九朗の攻撃をかわした獣は、その頑丈な翼で九朗を地面にたたき落とした。
九朗から意識が途絶えた。
キメラ1は悠然と地上に降りてきた。もはやそこに人間の姿はなかったが、彼らには新たな目的が芽生えていた。
自分たちに刃向かってきたこの小さな存在を完膚無きまでに叩きのめす。それが今の彼らの目的だった。
白い生き物はいま、叩き落とした。次は黒い奴だ。
そいつも、その武器であるスピードがかなり落ちてきている。
そう長くは持たないだろう。
キメラ1とキメラ2はゆっくりとその間合いを狭めていった。
魔鈴が背中の体毛を逆立てて、威嚇の声を上げた。
だが、その声は弱々しい。
もはやこれまでか、魔鈴は観念して体中の力を抜いた。
キメラ1とキメラ2は再び一つとなり魔鈴に近づいていく。
背中から生えた職種が一斉に鎌首をあげこの小さな生き物に狙いを定める。
キメラは間合いを詰めていく。
そのとき、どこからか強い念の塊が放たれ、キメラの身体をとらえた。
キメラの身体はそれを受けて数メートル吹き飛ばされた。
倒れたキメラの鋭い視線が念が放たれた方向をにらみつける。
そこには一人の少女の姿があった…。
『紅い菊』は目の前の『もの』をじっと見つめていた。それは彼女の長い歴史の中で初めて遭遇した『もの』だった。それは多数であり、ひとつだった。ひとつであり、多数であった。『紅い菊』は心の中で舌なめずりをした。これだけ多くの『もの』のエネルギーを吸収することが出来れば、自分の力は強大になれる。そうなれば、母の思いを叶えることが出来る…。
『紅い菊』は鋭い爪を舐めた。
そして間合いを詰めていった。
キメラはこの少女に興味を持った。
自分のこの姿を見ても恐怖心を感じない。そればかりか喜びすら感じているようだ。そうして向こうから間合いを詰めてくる。それはキメラにとって好都合なことだった。
糧が向こうから近づいてくる。
キメラは全身で舌なめずりをした。
あと数歩で触手の射程に入る…。
『紅い菊』は歩みを止めた。
これ以上足を踏み出すと『もの』の背中で蠢いている触手の餌食になるとわかっていたからだ。『もの』はそれがあるから安心しきっている。その過信がお前の命取りになるのだ。『紅い菊』は両の手に念を溜めていった。両足に力を込めていった。既に次にとる行動は決まっていた。
「うおぉぉぉぉ」
『紅い菊』は雄叫びを上げると一気に『もの』との間合いを詰めていった。
それを待っていたように『もの』の触手が牙をむいて、そして束になって『紅い菊』に襲いかかる。
紙一重のところでそれを交わし、『紅い菊』は宙に舞う。そして『もの』の触手の付け根に強い念を叩き込む。
「ぎゃあぁぁぁ」
空気を切り裂くような叫び声を上げた『もの』はもんどり打って倒れ込む。無数の触手が『もの』の体から引きちぎられる。
着地した『紅い菊』は『もの』に向かって突進し、鋭い爪をその腹に立てて引き裂く。どす黒い血が辺りに飛び散る。
(こいつは生きている。いや、生きているものを取り込んだのか…)
『紅い菊』はその血を見てそう判断した。念を数発、その傷に叩き込みながら再び間合いをとっていく。
『もの』は体制を整える。
「お前、何が望みだ?」
『紅い菊』は唸り声を上げている『もの』に向かって言った。
だが、『もの』は答えない。
(このままでは分が悪いな…)
キメラはそう判断して再び二つに分かれた。
そしてキメラ1はキメラ2を残して何処かへ飛び去っていった。
和田美佳は不機嫌だった。生徒会役員の打ち合わせをしていたのだが、優柔不断な大野孝のおかげで帰りが遅くなってしまったからだった。美佳は機嫌が悪いと眉間に皺(しわ)を寄せる。それを知っているから孝は数歩あとにして彼女の後を追っていた。
そう、二人は帰る道が同じなのだ。そして二人は生徒会長と副会長の間柄だった。勿論、会長は美佳である。だから孝は美佳と良好な関係を持ち続けていたいと思っていた。それ以外にも個人的な思いも寄せている。
美佳は歩みを休めることなく歩いて行く。そのために孝との距離が広がっていく。
「おい、和田。待ってくれよ」
孝は悲哀に満ちた声で美佳に言った。
それでも美佳の歩みは変わらない。
「何を怒っているんだよ」
孝はとうとう走り出して美佳に追いつく。
美佳は視線を孝に合わせようとしない。
「まったく、あんたのせいで遅くなったんじゃないの」
美佳は吐き捨てるように言う。
「だって仕方ないじゃないか、毎年奴は何を言ってくるかわからないんだから…」
孝が言う『奴』とは、毎年生徒会に対して難題をふっかけてくる男子生徒のことだった。そう、二人は来月に開かれる生徒総会のことを打ち合わせていて、その生徒に対する想定問答集を作っていたのだった。役員達はこれまでの男子生徒の発言を基にして今年は何を言ってくるのかを予想していた。そういう中で孝は的確な判断が出来なかったのだ。
美佳はそれで機嫌が悪い…。
それは孝にもわかっていた。こういうときはあまり美佳に関わり合わない方が良い。下手に関わろうとすると彼女の逆鱗に触れることになってしまうからだ。
孝は足早に歩く美佳の横を黙って歩いていた。
不意に美佳が足を止めて孝の方を睨み付ける。
「…」
孝は何を言われるのかわからないので身構えた。
「なによ、あんた。黙っていないで何か言ったらどうなの?」
「何かって?」
「一緒に帰っているんだから、黙っていることはないんじゃない?」
美佳は呟くように言った。
以前美佳は杉山義男に思いを寄せていた時期があった。だが彼には佐伯佐枝という彼女が居る。それで美佳は義男への思いをあきらめ、落ち着かない日々を過ごしてきたのだ。
美佳は孝の抱いている思いを知っていた。彼は端から見ていてもわかりやすい性格なのだ。孝が自分をみる視線は、ほかの女子を見るそれとは明らかに異なっていた。美佳も孝のことは嫌いではなかった。告白さえされれば付き合っても良いかなとも思っていた。しかし一向にその気配がない。それも美佳の神経を逆なですることであった。
だからといって自分の方から告白するのには少し抵抗があった。
こういうことは男の方がリードするものだ。美佳はそう思っていた。しかし、そうも言っていられないのかもしれない、美佳は今日決着をつけるつもりだった。
「あんた、私に言いたいことがあるんじゃない?」
「言いたいことって?」
「とぼけないでよ、あんたの気持ち、知っているんだから…」
孝は思いもよらない美佳の言葉にたじろいだ。
気持ちとは、つまり…。そういうことなのか?
孝の頭の中で様々な考えが走った。
そして思った…。
きっと今が打ち明けるときなのだと…。
孝は震える唇を動かして美佳に対する思いを言葉にしようとした。
しかし、思うような言葉が浮かばない。
耳が熱くなってくる。
やがて、意を決したように孝は思いの丈を口にした。
「あのさ、好きな人とか居るの?」
美佳は溜息をついた。
「勿論、居るわよ」
その言葉は孝の気持ちを萎えさせる。
でも後に引くわけにはいかない。
「あのさ、僕じゃだめかな?」
それは美佳が待っていた孝の精一杯の言葉だった。
美佳は俯いて答える。
「駄目なんかじゃ、ないよ…」
それは孝が待っていた言葉だった。
二人は暫くの間、互いを見つめたまま動こうとはしなかった。
そんな二人を上空から狙う邪悪な視線があった。
体を二つに分けて、人間の雄と雌を襲ったのだが、途中でとんだ邪魔が入ってしまったからだった。
それらは素早く、そして強かった。
力そのものはキメラの方が勝っているはずなのだが、何しろ相手にはスピードという力があった。
その力のためにキメラはそれらを捉えることが出来なかった…。
義男は何が起こったのか、最初はわからなかった。
執拗に頭上から攻撃してくる化け物が不意にその手を緩めたからだった。
体制を立て直し、頭上を仰ぎ見ると未だにその化け物の姿はあった。しかし、今ではそれに向かってゆく白い影が見て取れた。その白い影は鳥だった。それは化け物が義男にしたように、執拗にそれに刃向かっていた。どうやら化け物の目を狙っているようだった。
そしてこのことは、義男にとっての好機でもあった。
義男は佐枝のいる方に目を向ける。
そこにも異なった形の化け物がいたが、それに対しては黒い影が襲いかかっていた。
義男は叫んだ。
「今だ、逃げよう!」
義男は佐枝の手をつかんで走り出した。
そのとき、九朗の嘴(くちばし)が空を飛ぶ獣の左目を貫いた。
九朗と魔鈴は疲労という内なる敵と闘っていた。
それぞれが相手をしている獣は底知れない体力を持っているらしく、一向に攻撃の手を休めようとはしなかった。
空を行く獣の左目をつぶした九朗は一気に上昇し、翼を畳んで今度は右の目を目指して急降下をした。
だが、その動きは相手の獣に読まれていた。
紙一重のところで九朗の攻撃をかわした獣は、その頑丈な翼で九朗を地面にたたき落とした。
九朗から意識が途絶えた。
キメラ1は悠然と地上に降りてきた。もはやそこに人間の姿はなかったが、彼らには新たな目的が芽生えていた。
自分たちに刃向かってきたこの小さな存在を完膚無きまでに叩きのめす。それが今の彼らの目的だった。
白い生き物はいま、叩き落とした。次は黒い奴だ。
そいつも、その武器であるスピードがかなり落ちてきている。
そう長くは持たないだろう。
キメラ1とキメラ2はゆっくりとその間合いを狭めていった。
魔鈴が背中の体毛を逆立てて、威嚇の声を上げた。
だが、その声は弱々しい。
もはやこれまでか、魔鈴は観念して体中の力を抜いた。
キメラ1とキメラ2は再び一つとなり魔鈴に近づいていく。
背中から生えた職種が一斉に鎌首をあげこの小さな生き物に狙いを定める。
キメラは間合いを詰めていく。
そのとき、どこからか強い念の塊が放たれ、キメラの身体をとらえた。
キメラの身体はそれを受けて数メートル吹き飛ばされた。
倒れたキメラの鋭い視線が念が放たれた方向をにらみつける。
そこには一人の少女の姿があった…。
『紅い菊』は目の前の『もの』をじっと見つめていた。それは彼女の長い歴史の中で初めて遭遇した『もの』だった。それは多数であり、ひとつだった。ひとつであり、多数であった。『紅い菊』は心の中で舌なめずりをした。これだけ多くの『もの』のエネルギーを吸収することが出来れば、自分の力は強大になれる。そうなれば、母の思いを叶えることが出来る…。
『紅い菊』は鋭い爪を舐めた。
そして間合いを詰めていった。
キメラはこの少女に興味を持った。
自分のこの姿を見ても恐怖心を感じない。そればかりか喜びすら感じているようだ。そうして向こうから間合いを詰めてくる。それはキメラにとって好都合なことだった。
糧が向こうから近づいてくる。
キメラは全身で舌なめずりをした。
あと数歩で触手の射程に入る…。
『紅い菊』は歩みを止めた。
これ以上足を踏み出すと『もの』の背中で蠢いている触手の餌食になるとわかっていたからだ。『もの』はそれがあるから安心しきっている。その過信がお前の命取りになるのだ。『紅い菊』は両の手に念を溜めていった。両足に力を込めていった。既に次にとる行動は決まっていた。
「うおぉぉぉぉ」
『紅い菊』は雄叫びを上げると一気に『もの』との間合いを詰めていった。
それを待っていたように『もの』の触手が牙をむいて、そして束になって『紅い菊』に襲いかかる。
紙一重のところでそれを交わし、『紅い菊』は宙に舞う。そして『もの』の触手の付け根に強い念を叩き込む。
「ぎゃあぁぁぁ」
空気を切り裂くような叫び声を上げた『もの』はもんどり打って倒れ込む。無数の触手が『もの』の体から引きちぎられる。
着地した『紅い菊』は『もの』に向かって突進し、鋭い爪をその腹に立てて引き裂く。どす黒い血が辺りに飛び散る。
(こいつは生きている。いや、生きているものを取り込んだのか…)
『紅い菊』はその血を見てそう判断した。念を数発、その傷に叩き込みながら再び間合いをとっていく。
『もの』は体制を整える。
「お前、何が望みだ?」
『紅い菊』は唸り声を上げている『もの』に向かって言った。
だが、『もの』は答えない。
(このままでは分が悪いな…)
キメラはそう判断して再び二つに分かれた。
そしてキメラ1はキメラ2を残して何処かへ飛び去っていった。
和田美佳は不機嫌だった。生徒会役員の打ち合わせをしていたのだが、優柔不断な大野孝のおかげで帰りが遅くなってしまったからだった。美佳は機嫌が悪いと眉間に皺(しわ)を寄せる。それを知っているから孝は数歩あとにして彼女の後を追っていた。
そう、二人は帰る道が同じなのだ。そして二人は生徒会長と副会長の間柄だった。勿論、会長は美佳である。だから孝は美佳と良好な関係を持ち続けていたいと思っていた。それ以外にも個人的な思いも寄せている。
美佳は歩みを休めることなく歩いて行く。そのために孝との距離が広がっていく。
「おい、和田。待ってくれよ」
孝は悲哀に満ちた声で美佳に言った。
それでも美佳の歩みは変わらない。
「何を怒っているんだよ」
孝はとうとう走り出して美佳に追いつく。
美佳は視線を孝に合わせようとしない。
「まったく、あんたのせいで遅くなったんじゃないの」
美佳は吐き捨てるように言う。
「だって仕方ないじゃないか、毎年奴は何を言ってくるかわからないんだから…」
孝が言う『奴』とは、毎年生徒会に対して難題をふっかけてくる男子生徒のことだった。そう、二人は来月に開かれる生徒総会のことを打ち合わせていて、その生徒に対する想定問答集を作っていたのだった。役員達はこれまでの男子生徒の発言を基にして今年は何を言ってくるのかを予想していた。そういう中で孝は的確な判断が出来なかったのだ。
美佳はそれで機嫌が悪い…。
それは孝にもわかっていた。こういうときはあまり美佳に関わり合わない方が良い。下手に関わろうとすると彼女の逆鱗に触れることになってしまうからだ。
孝は足早に歩く美佳の横を黙って歩いていた。
不意に美佳が足を止めて孝の方を睨み付ける。
「…」
孝は何を言われるのかわからないので身構えた。
「なによ、あんた。黙っていないで何か言ったらどうなの?」
「何かって?」
「一緒に帰っているんだから、黙っていることはないんじゃない?」
美佳は呟くように言った。
以前美佳は杉山義男に思いを寄せていた時期があった。だが彼には佐伯佐枝という彼女が居る。それで美佳は義男への思いをあきらめ、落ち着かない日々を過ごしてきたのだ。
美佳は孝の抱いている思いを知っていた。彼は端から見ていてもわかりやすい性格なのだ。孝が自分をみる視線は、ほかの女子を見るそれとは明らかに異なっていた。美佳も孝のことは嫌いではなかった。告白さえされれば付き合っても良いかなとも思っていた。しかし一向にその気配がない。それも美佳の神経を逆なですることであった。
だからといって自分の方から告白するのには少し抵抗があった。
こういうことは男の方がリードするものだ。美佳はそう思っていた。しかし、そうも言っていられないのかもしれない、美佳は今日決着をつけるつもりだった。
「あんた、私に言いたいことがあるんじゃない?」
「言いたいことって?」
「とぼけないでよ、あんたの気持ち、知っているんだから…」
孝は思いもよらない美佳の言葉にたじろいだ。
気持ちとは、つまり…。そういうことなのか?
孝の頭の中で様々な考えが走った。
そして思った…。
きっと今が打ち明けるときなのだと…。
孝は震える唇を動かして美佳に対する思いを言葉にしようとした。
しかし、思うような言葉が浮かばない。
耳が熱くなってくる。
やがて、意を決したように孝は思いの丈を口にした。
「あのさ、好きな人とか居るの?」
美佳は溜息をついた。
「勿論、居るわよ」
その言葉は孝の気持ちを萎えさせる。
でも後に引くわけにはいかない。
「あのさ、僕じゃだめかな?」
それは美佳が待っていた孝の精一杯の言葉だった。
美佳は俯いて答える。
「駄目なんかじゃ、ないよ…」
それは孝が待っていた言葉だった。
二人は暫くの間、互いを見つめたまま動こうとはしなかった。
そんな二人を上空から狙う邪悪な視線があった。
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