リリスの嘆き
第二章
許されざるもの
「ここは…」
SRのタンデムシートを降りた啓介は、その見慣れた建物を見上げて唖然とした。その建物がこの街に住むものなら誰もが知っている区役所のそれだったからだ。
こんな所にどんな秘密があるというのだろうか。啓介が疑問に思っていると、横尾はいつの間にか前を歩きだしていた。その左手には彼愛用のヘルメットがぶら下がっている。
啓介は遅れまいとその後に続く。
新しく作られた街にはそぐわない古ぼけた鉄筋コンクリート造りの建物はそんな二人を静かに飲み込んでいく。既に業務を終了した内部はどこか冷え冷えとした雰囲気を漂わせている。
自動ドアの脇には小さく区切られた部屋がある。そこには厳つい顔をした初老の守衛が一人、ホールの人の動きを見逃すまいと身構えている。
そんな男に歩み寄ると横尾は胸のポケットから黒い手帳のようなものを差し出した。開かれたそのページをじっくりと確かめると、守衛はおもむろに一つの鍵を差し出した。
「どうも」
横尾は鍵を受け取ると守衛に向かって一礼をして区役所のエレベーターに乗った。啓介も黙ってそれに続く。ドアが閉まると横尾の指は四階を示すボタンにふれた。古ぼけたエレベーターは一瞬がたんと揺れると、二人の体は下方に押しやられるような軽いGを感じた。頭上からモーターのうなる音が微かに聞こえてくる。
「一体、何処に連れていくんです?」
苛立ちを覚えたような啓介の声がエレベーターの箱の中に消えていく。
「第四会議室」
守衛から手渡された鍵を弄びながら横尾は答える。
「そこに何があるというんです?」
「行ってみればわかるさ」
横尾がそう言ったとき、エレベーターは再び揺れると扉を開けた。そこは目的の四階のフロアーだった。
このフロアーは大部分が会議室で占められていた。五、六人程度が入れる小さなものから、大人数を納めることが出来るものまで大小様々な会議室があった。
第四会議室はそんな中の一番奥に位置していた。
そこは誰からも忘れ去られているかのように薄暗い場所であった。
横尾は鼻歌交じりに鍵を鍵穴に通すと力を込めて回した。ガチャリ、と大きな音を響かせて扉が開いていく。真っ黒な空間が二人に迫ってくる。横尾はそれをものともせずに会議室の中に入っていく。啓介もそれに続く。
二人が入ったのを確認したかのように、不意に部屋の照明が白い光を降り注いできた。そして目に入ってきた情景に啓介は愕然とした。
そこには何もなかった。
会議室と名乗っておきながら机も椅子もないのだ。人が数人は入れるだけのがらんとした空間にただ扉があるだけだった。
「ここまでが君たちの知っている『現実』。そしてこれからが君たちの知らない『現実』だ」
そう言うと横尾は先ほどの手帳のようなものを開いて扉の脇の壁に翳した。
すると音もなく扉は左右の壁に吸い込まれていった。
そこは白で統一された世界だった。
よほど手入れが行き届いているのだろう、塵一つ落ちていない空間を啓介と横尾の二人は歩いていた。何処からか機会の放つ低い雑音(ノイズ)が聞こえてくる。
「昔、この地域が四つに分かれていたことを知っているかい?」
不意に横尾が口を開いた。
「いえ、知りません」
啓介は思い当たることがなかったのでそう答えた。その答えが返っているのを予測していたのだろう、横尾は当然だというような視線を啓介に返してきた。
横尾はさらに続ける。
「玄武、朱雀、白虎、青龍という地域さ。これらは四方からある場所を『もの』から守ってきたんだ」
「ある場所ですか?」
「正確には『もの』を守ってきたんだ」
「『もの』を?」
「そう、奇妙な話だろう?」
確かに奇妙な話だと啓介は思った。
普通『もの』を守りはしない。多くの無害な『もの』には特に関わることはしない。危害を加える『もの』に対しては封印をしたり、滅ぼしたりはする。しかし、守ることはしない。
『もの』を守るとはどういうことなのだろうか…。
暗い疑惑が啓介の心の中に広がっていく…。
いつしか二人は黙って歩いていた。長い直線の通路はその終わりを彼らには見せようとしない。両脇に点在するいくつもの扉を二人はいくつも見送った。
「ここだ…」
横尾は不意に立ち止まると、右手にあるひときわ大きな扉を指さした。雑音(ノイズ)がひときわ大きく響いてくる。
その扉は、ほかのものとは異なって鮮やかな赤で塗られていた。ひときわ頑丈に出来ているのだろう、障壁のような扉からは重厚な気配がしてくる。
「ここからが、知ってはならない『現実』だ」
横尾はそう言うと黒い手帳を翳した。
「ぱすわーどヲ入力シテクダサイ」
何処からか機械的な女性の声が聞こえてきた。
その声を受けて横尾は扉に取り付けられたキーボードを滑らかにたたいた。それは正しい組み合わせだったのだろう、キーボードの上で点灯しているライトの色が赤から緑に変わり、ガクン、という大きな音を立てて上部に吸い込まれていった。
SRのタンデムシートを降りた啓介は、その見慣れた建物を見上げて唖然とした。その建物がこの街に住むものなら誰もが知っている区役所のそれだったからだ。
こんな所にどんな秘密があるというのだろうか。啓介が疑問に思っていると、横尾はいつの間にか前を歩きだしていた。その左手には彼愛用のヘルメットがぶら下がっている。
啓介は遅れまいとその後に続く。
新しく作られた街にはそぐわない古ぼけた鉄筋コンクリート造りの建物はそんな二人を静かに飲み込んでいく。既に業務を終了した内部はどこか冷え冷えとした雰囲気を漂わせている。
自動ドアの脇には小さく区切られた部屋がある。そこには厳つい顔をした初老の守衛が一人、ホールの人の動きを見逃すまいと身構えている。
そんな男に歩み寄ると横尾は胸のポケットから黒い手帳のようなものを差し出した。開かれたそのページをじっくりと確かめると、守衛はおもむろに一つの鍵を差し出した。
「どうも」
横尾は鍵を受け取ると守衛に向かって一礼をして区役所のエレベーターに乗った。啓介も黙ってそれに続く。ドアが閉まると横尾の指は四階を示すボタンにふれた。古ぼけたエレベーターは一瞬がたんと揺れると、二人の体は下方に押しやられるような軽いGを感じた。頭上からモーターのうなる音が微かに聞こえてくる。
「一体、何処に連れていくんです?」
苛立ちを覚えたような啓介の声がエレベーターの箱の中に消えていく。
「第四会議室」
守衛から手渡された鍵を弄びながら横尾は答える。
「そこに何があるというんです?」
「行ってみればわかるさ」
横尾がそう言ったとき、エレベーターは再び揺れると扉を開けた。そこは目的の四階のフロアーだった。
このフロアーは大部分が会議室で占められていた。五、六人程度が入れる小さなものから、大人数を納めることが出来るものまで大小様々な会議室があった。
第四会議室はそんな中の一番奥に位置していた。
そこは誰からも忘れ去られているかのように薄暗い場所であった。
横尾は鼻歌交じりに鍵を鍵穴に通すと力を込めて回した。ガチャリ、と大きな音を響かせて扉が開いていく。真っ黒な空間が二人に迫ってくる。横尾はそれをものともせずに会議室の中に入っていく。啓介もそれに続く。
二人が入ったのを確認したかのように、不意に部屋の照明が白い光を降り注いできた。そして目に入ってきた情景に啓介は愕然とした。
そこには何もなかった。
会議室と名乗っておきながら机も椅子もないのだ。人が数人は入れるだけのがらんとした空間にただ扉があるだけだった。
「ここまでが君たちの知っている『現実』。そしてこれからが君たちの知らない『現実』だ」
そう言うと横尾は先ほどの手帳のようなものを開いて扉の脇の壁に翳した。
すると音もなく扉は左右の壁に吸い込まれていった。
そこは白で統一された世界だった。
よほど手入れが行き届いているのだろう、塵一つ落ちていない空間を啓介と横尾の二人は歩いていた。何処からか機会の放つ低い雑音(ノイズ)が聞こえてくる。
「昔、この地域が四つに分かれていたことを知っているかい?」
不意に横尾が口を開いた。
「いえ、知りません」
啓介は思い当たることがなかったのでそう答えた。その答えが返っているのを予測していたのだろう、横尾は当然だというような視線を啓介に返してきた。
横尾はさらに続ける。
「玄武、朱雀、白虎、青龍という地域さ。これらは四方からある場所を『もの』から守ってきたんだ」
「ある場所ですか?」
「正確には『もの』を守ってきたんだ」
「『もの』を?」
「そう、奇妙な話だろう?」
確かに奇妙な話だと啓介は思った。
普通『もの』を守りはしない。多くの無害な『もの』には特に関わることはしない。危害を加える『もの』に対しては封印をしたり、滅ぼしたりはする。しかし、守ることはしない。
『もの』を守るとはどういうことなのだろうか…。
暗い疑惑が啓介の心の中に広がっていく…。
いつしか二人は黙って歩いていた。長い直線の通路はその終わりを彼らには見せようとしない。両脇に点在するいくつもの扉を二人はいくつも見送った。
「ここだ…」
横尾は不意に立ち止まると、右手にあるひときわ大きな扉を指さした。雑音(ノイズ)がひときわ大きく響いてくる。
その扉は、ほかのものとは異なって鮮やかな赤で塗られていた。ひときわ頑丈に出来ているのだろう、障壁のような扉からは重厚な気配がしてくる。
「ここからが、知ってはならない『現実』だ」
横尾はそう言うと黒い手帳を翳した。
「ぱすわーどヲ入力シテクダサイ」
何処からか機械的な女性の声が聞こえてきた。
その声を受けて横尾は扉に取り付けられたキーボードを滑らかにたたいた。それは正しい組み合わせだったのだろう、キーボードの上で点灯しているライトの色が赤から緑に変わり、ガクン、という大きな音を立てて上部に吸い込まれていった。
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