リリスの嘆き
第三章
覚醒
閉鎖された病棟の奥、さらに隔離された場所にそこはあった。
そこには通路側に面した壁はなく、太い鉄の棒で作られた格子がはまっていた。それもまた「病室」であり、いくつかのそれらがひとつの世界を形作っている。
そんな中に一人の少女がいた。
彼女の目はうつろで部屋の片隅に身を寄せて震えていた。もう何日も着続けているのだろう彼女の服は薄汚れて身体に貼りついている。
排泄物と汗の臭いが混ざり、独特の臭気が辺りに淀んでいる。少女は何事かを呟き続けている。
耳を澄ませてその言葉を聞いてみると、彼女はしきりに「ごめんなさい」と呟き続けている。
彼女の名は飯田美佳、あの連続殺人事件の引き金となった「虐め」を行っていた少女たちの生き残りだった。
彼女が体験した異常な出来事が公表されたことはない。いや、それは彼女の病状としてカルテに中に詳細に記録されていた。だが、それは過去のものではなく今も彼女にまとわりつくように続いていた。
美佳のうつろな目は、焦点が定まらないながらもある一点を見続けていた。それは彼女の対角線上の部屋の片隅だった。
そこには陽炎のような影があった。
それは目に見えない存在、『もの』だった。その『もの』は少女の形をしており不気味な笑みを美佳に向けていた。それが美佳に恐怖を与えていたのだ。
「いつまで私のことを怯えているの?お友達になろうって言ったじゃないの」
『もの』はしきりに美佳に話しかける。
「ごめんんさい、ごめんなさい、ごめんなさい…」
美佳はしきりにそう繰り返す。
『もの』は美佳たちの虐めによって命を落とした吉田沙保里だった。
彼女の心にはそれによって生み出された増悪がその心を支配し、彼女は悪霊と化したのだ。
悪霊となった沙保里は当時の副担任に取り付き、あの連続殺人事件を引き起こしたのだ。その副担任の女は、結局冷たい拘置所の中で首をつって自殺した。あのいじめの関わった者達の生き残りは、美佳だけになったのだ。
だが沙保里は美佳を殺さなかった。
一時はそうしてしまおとも考えたのだが、生残させて、生き続けさせて甚振る方が面白いと考えたからだ。
それは確かに楽しいものだった。沙保里が微笑む度に美佳の顔には恐怖が浮かんでくる。そして震え、懺悔の言葉を発してくる。美佳の中では時間が止まり、贖罪のみが残っていた。
そう、彼女の人生にはそれしか残されていなかった。
沙保里はそれを見ているのが楽しかった。
自分が奪われてしまった人生、踏みにじられた生命と同じことを今美佳が味わっている。彼女が死んでしまうまでそれは永遠に続くのだ。
沙保里はそれが小気味よかった。
自分が美佳の生命を握っていると思うと笑いが止まらなかった。
そう、それももうじき終わる。
美佳の灯火は消えかかっているのだ。
それで沙保里の増悪は成就される。
さて、その後はどうしようか?
沙保里がそう考えたとき、病室の中にもう一つの陽炎が生まれた。その陽炎は次第に女の姿に変わっていく。
「誰だ?お前は…」
沙保里は陽炎に向かってそう言葉を投げた。
「あら、つれないのね…」
陽炎が女の形を明らかにした頃、そんな言葉が沙保里に返されてきた。
「風間、先生?…」
沙保里は記憶の片隅から女の名前を引き出した。
「そうよ。あなたが生きていたころ時々お話をしたじゃない。それにあなたのお手伝いもしたじゃないの」
そう、沙保里に力を与え、連続殺人というアイディアを与えたのは、他ならない風間由香里だった。
「でも、なんで今頃ここに来たの?」
沙保里は楽しみを邪魔された苛立ちを柔らかい言葉で由香里に向けた。
「それがねぇ、少し困った事になっているのよ…」
由香里は左手に顎を乗せて小首を傾げてみせた。
「それでねぇ、あなたに手伝ってもらいたいのよ…」
由香里は沙保里に近づくとその耳元で囁いた。
沙保里の顔に残忍な笑みが浮かんだ…」
そこには通路側に面した壁はなく、太い鉄の棒で作られた格子がはまっていた。それもまた「病室」であり、いくつかのそれらがひとつの世界を形作っている。
そんな中に一人の少女がいた。
彼女の目はうつろで部屋の片隅に身を寄せて震えていた。もう何日も着続けているのだろう彼女の服は薄汚れて身体に貼りついている。
排泄物と汗の臭いが混ざり、独特の臭気が辺りに淀んでいる。少女は何事かを呟き続けている。
耳を澄ませてその言葉を聞いてみると、彼女はしきりに「ごめんなさい」と呟き続けている。
彼女の名は飯田美佳、あの連続殺人事件の引き金となった「虐め」を行っていた少女たちの生き残りだった。
彼女が体験した異常な出来事が公表されたことはない。いや、それは彼女の病状としてカルテに中に詳細に記録されていた。だが、それは過去のものではなく今も彼女にまとわりつくように続いていた。
美佳のうつろな目は、焦点が定まらないながらもある一点を見続けていた。それは彼女の対角線上の部屋の片隅だった。
そこには陽炎のような影があった。
それは目に見えない存在、『もの』だった。その『もの』は少女の形をしており不気味な笑みを美佳に向けていた。それが美佳に恐怖を与えていたのだ。
「いつまで私のことを怯えているの?お友達になろうって言ったじゃないの」
『もの』はしきりに美佳に話しかける。
「ごめんんさい、ごめんなさい、ごめんなさい…」
美佳はしきりにそう繰り返す。
『もの』は美佳たちの虐めによって命を落とした吉田沙保里だった。
彼女の心にはそれによって生み出された増悪がその心を支配し、彼女は悪霊と化したのだ。
悪霊となった沙保里は当時の副担任に取り付き、あの連続殺人事件を引き起こしたのだ。その副担任の女は、結局冷たい拘置所の中で首をつって自殺した。あのいじめの関わった者達の生き残りは、美佳だけになったのだ。
だが沙保里は美佳を殺さなかった。
一時はそうしてしまおとも考えたのだが、生残させて、生き続けさせて甚振る方が面白いと考えたからだ。
それは確かに楽しいものだった。沙保里が微笑む度に美佳の顔には恐怖が浮かんでくる。そして震え、懺悔の言葉を発してくる。美佳の中では時間が止まり、贖罪のみが残っていた。
そう、彼女の人生にはそれしか残されていなかった。
沙保里はそれを見ているのが楽しかった。
自分が奪われてしまった人生、踏みにじられた生命と同じことを今美佳が味わっている。彼女が死んでしまうまでそれは永遠に続くのだ。
沙保里はそれが小気味よかった。
自分が美佳の生命を握っていると思うと笑いが止まらなかった。
そう、それももうじき終わる。
美佳の灯火は消えかかっているのだ。
それで沙保里の増悪は成就される。
さて、その後はどうしようか?
沙保里がそう考えたとき、病室の中にもう一つの陽炎が生まれた。その陽炎は次第に女の姿に変わっていく。
「誰だ?お前は…」
沙保里は陽炎に向かってそう言葉を投げた。
「あら、つれないのね…」
陽炎が女の形を明らかにした頃、そんな言葉が沙保里に返されてきた。
「風間、先生?…」
沙保里は記憶の片隅から女の名前を引き出した。
「そうよ。あなたが生きていたころ時々お話をしたじゃない。それにあなたのお手伝いもしたじゃないの」
そう、沙保里に力を与え、連続殺人というアイディアを与えたのは、他ならない風間由香里だった。
「でも、なんで今頃ここに来たの?」
沙保里は楽しみを邪魔された苛立ちを柔らかい言葉で由香里に向けた。
「それがねぇ、少し困った事になっているのよ…」
由香里は左手に顎を乗せて小首を傾げてみせた。
「それでねぇ、あなたに手伝ってもらいたいのよ…」
由香里は沙保里に近づくとその耳元で囁いた。
沙保里の顔に残忍な笑みが浮かんだ…」
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