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リリスの嘆き

第三章
覚醒

 川岸に腰を下ろして啓介は流れが起こす小さな波を見つめていた。
 かすかな心地よい風が彼の頬をなでて過ぎ去っていく。夕焼け小焼けのメロディが何処かから流れてくる。子どもたちが家路に向かって歩き出す。
 幼い頃、自分もまたそんな独りだったことを啓介は思い返していた。そしてその傍らにはいつも美鈴の姿があったことも思い出されてきた。
 自分たちはなんという運命を背負ってしまったのだろう?
 数多く生まれてくるリリスの娘の中で、何故美鈴が目覚めてしまったのだろう?
 そのことは啓介の心を激しく揺さぶっていた。
 確かに、あのリリスという悪魔は身の毛もよだつほど強い力を周囲に発散していた。それを蘇らせてしまえば誰も止めることは出来ないだろう。そして、その行為をする鍵となるのが美鈴の中に眠っている『紅い菊』であるのだとしたら、彼女を葬るしか無いのかもしれない。そして、それを出来るのは自分しかいないと言われている。
 それならば、やるしかない。
 大きな災害を引き起こすリリスを世に放ってはいけない。
『紅い菊』を放置するということは、自分がその引き金を引くということなのだから。
 啓介は足元に転がっている平たい小石をひとつ掴み、水面に向かって出来るだけ平行になるように投げた。
 小石は音もなく水面を数回跳ねて消えた。
 けれども、自分にできるのだろうか?
 いや、恐らく出来ないのだろう。
 それをするためにはあまりにも長い時間、美鈴と一緒に居過ぎた。
 現在(いま)、自分の心は美鈴を欲している。自分の傍に居させておき、彼女を守っていきたいと思っている。美鈴を愛おしいと思っている。
 だからこそ、自分には出来ないだろうと思うのだ。
 それなのに父達は自分を美鈴の傍に置いた。
 何故なのだろう?
『狩人』の生き残り、横尾は『紅い菊』を倒すためにはその感情が必要なのだと言った。どうしてそうなのかは啓介には解らなかった。美鈴を愛おしいと思う気持ちが、彼女に巣食っている『紅い菊』を倒せるとはどうしても思えない。愛おしい、守りたいという気持ちが何故滅ぼすという行為につながるのだろうか。相反する感情なのではないだろうか。
 この相反するものを自分は胸の内にしまっておくことが出来るのだろうか?
 そして、その時が来たら自分は皆が望む行動をとってしまうのだろうか?
 何とかして美鈴を救うことは出来ないのだろうか?
 啓介の中では様々な思いが渦巻き府のスパイラルを形成していく。
 答えの見つからないまま、啓介は足元の小石を再び取り上げた。
 そして、それを投げようとした時、彼の脳裏で何かが光った。
 それは危険を告げる光だった…。
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