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踏みにじられた生命

第四章
追跡

 教室の中はとても授業の出来る状態ではないほど騒然としていた。
 無理もないことだ。昼休みが終わった直後に救急車が学校に来て、それが去った後に複数の警察車両が来たのだから学校内で何か事件があったことは容易に判断できる。
 どこから流れてきたのだろう、一人の女子生徒が殺され、もう一人がナイフで刺されたという噂が学校中に流れていた。
 騒がしさは教室の中だけでは無かった。
 学校の敷地の外で張り込んでいた報道陣の動きも急に活発になっていた。それが噂の拡がりに拍車をかけていた。
 教室内の騒ぎが治まらない要因は他にもあった。次の授業を受け持つ教師がまだ誰も来ていないのだ。美鈴の教室では副担任の吉田恵子の英語が予定されていた。だがその恵子がまだ来ていない。
 更にこのクラスでは鏡美鈴と野川明美の姿が見えなかった。この二人が犠牲者ではないか誰もがそう考えていた。
 この短い間に三人の生徒が殺され,一人の生徒が大きな怪我をしたらしいということは異常なことである。誰の心にも不安があった。
「美鈴、何処行っちゃったんだろう?」
 いつもの通り佐枝の席に啓介と義男が集まっていた。
「まさか、噂の通りになっちゃいないよな?」
 義男が同意を求めるように二人の方を見る。
「そんなこと、ある訳ないじゃない」
 佐枝が義男を睨みつける。
「けどなぁ、鏡の他に野川も帰って来ていないからなぁ。噂とは数は合うぜ」
 啓介が明美の席の方を指さしてそう言った。

 職員室の中も騒然としていた。
 校門の前で待機していた報道陣がいち早く異変に気づき職員室に押し掛けてきたからだ。彼らは校長や教頭を捕まえて一斉に校内で何が起こったのかと質問攻めにした。
 だが彼らも詳しいことは掴んでいなかったため、質問に答えることは出来ないでいた。 報道陣がそれで納得するわけがない。一刻も早く他社よりも情報を先に手に入れたいため、彼らを解放しようとはしなかった。
 その群れの外で教員達が不安そうに事の成り行きを見守っている。
 野本と恵子も教員達の中にいて脅えていた。
「まさか、あの二人じゃないだろうな…」
 野本が恵子にだけ聞こえるように呟く。
「まさか、そんなことは考えたくありません」
 恵子はそうでないことを願って、起きてしまった事実から逃れようとしていた。二人の共通の思いは、何故これほど短い間でこのようなことが起きているのか、出来るだけ早くこの問題から逃れることが出来ないのか、ということだった。
 彼らがそんなことを考えている時、ガラガラと職員室の扉が開き、二人の刑事らしい男達が入ってきた。
「はい静かに、美しが丘署のものだ。報道の方達は外に出て!」
 一人の男が警察手帳を掲げて群れをなしている報道陣に向かって叫んだ。
 彼のその一言でそれまで様々な質問をぶつけていた報道陣の声がぴたりと止んだ。そして文句を言いながらも職員室から出て行った。彼らにとって、そうするしかなかったからだった。ここで警察側に楯突くと得たいと思う情報も手に入れることが出来なくなったしまうからだ。
 刑事達は室内が静かになったことを見計らうと校長のそばに行き、伊本明美と鏡美鈴の担任が誰かを訊ねた。すると校長はゆっくりと振り返り野本と恵子に手招きをした。
 今度もこのことから逃れることは出来ない。二人は校長の仕草からそれを悟った。

その頃、美しが丘暑刑事課の応接セットでで係長の太田が小島を呼びつけ膝を交えていた。小島の手にはファイルが一つあった。
 少し間をおいて、小島は先ほど中学校で起こった出来事を詳細に報告していた。その報告が終わった頃合いを見て太田は口を開いた。
「そうか、また犠牲者を出してしまったか…」
 太田は深く溜息をつく。
「申し訳ありません、私がそこにいながら…」
 小島は深く頭を下げる。
「いや、駆け付けた時には既に二人の子たちは犯人の手に掛かっていたのだろう?良さんの責任じゃないよ」
 太田が小島の肩を叩く。
「しかし、犯人を取り逃がしてしまったことは残念だったな」
「はい、私もそのことが悔しいです」
 二人は押し黙り、その付近の空気が重く沈んだ。室内にいた刑事たちの耳は彼らがいる応接セットの方に向けられている。何しろ犯人に接触したのはここにいる小島と傷ついた子に連れ添って行った恵みだけなのだから、少しでも犯人に関する情報がほしかったのだ。
しばらくそんな状態が続いたが、やがて小島が口を開いた。
「係長、なぜ犯人はあの子たちの首を吊ったのでしょう?」
「良さん、急に何を言い出すんだ?」
「私たちが犯人と接触したとき、奴はナイフを持っていました。あの場ですぐに取り出せたのだから奴は常にナイフを持ち合わせていたはずでず。殺しが目的ならナイフの方が手っ取り早い。なのに奴はわざわざ被害者の首を絞めてから吊るしている」
「待てよ、今回の被害者は首を吊られていないだろう?」
「それは犯行の途中で私たちが介入した為でしょう。時間があればほかの被害者同様首を吊ってたはずです」
 小島は手にしていたファイルを大田の前に差し出した。
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