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踏みにじられた生命

第四章
追跡

 太田はワイシャツのポケットに差していた棒付きキャンディの一つを取出し暫く口の中で弄んでいた。
 小島はその様子をじっと見つめていたが、やがて意を決したように口を開いた。
「係長、私はこれを犯人からのメッセージと考えています
「メッセージ?」
「はい、犯人は楽に殺せるナイフを使わずにわざわざ面倒な『首つり』を選んでいます。きっと『首つり』に関する何かをわたしたちに伝えようとしているのかもしれません」
 小島はそこまで言うと手にしていたファイルを太田の前に広げた。
「実はあの学校では以前に首を吊って亡くなっている子がいます。私たちが自殺として処理した案件で吉田沙保里という子が亡くなっています」
「この案件が何か関係しているというのか?」
「ええ、当初この現場には遺書らしきものはありませんでした。そこで自殺か事故ということで調べを始めましたが、ほどなく彼女の日記が出てきたので、その内容から自殺と判断した訳です」
「そこに何か問題でもあるのか?」
 太田の口の中でキャンディがころりと転がった。
「はい、私もその日記を読みましたが、その中にこの事件の被害者三人の名前が記されていました」
 小島は大田の方に乗り出した。
「係長、この一連の事件は吉田沙保里の死に対する復讐です。私はこの事件に対して動機のある人間を知っています」
 小島の口調が強くなっていく。
「それは誰なんだ?」
「吉田沙保里の両親、吉田真人と吉田美子です。係長、任意で引っ張らせてください」
 小島の言葉に太田の動きが一瞬止まる。彼の視線が小島の瞳を真っ直ぐに貫いていく。
「確証はあるのか?」
 太田の声が囁くように小島の耳に届く。
「動機があります。それに最初の事件当日のアリバイがありません」
 太田の口の中のキャンディが動きを止めた。腕を組み、考え込んでいる。その太田を小島の視線が貫いていく。二人の視線が交錯する。
「駄目だ、それだけでは任意で引っ張るわけにはいかん」
 太田の言葉は半ば小島は予想していた。だが、ここで引き下がるわけにはいかない。
「係長、この事件はこれで終わりじゃありません。日記にはあと一人、名前が残っています!」
「引っ張れんことは引っ張れん!」
「しかし!」
「引っ張りたければもっとちゃんとしたものを持ってこい。それが出来なければその残った名前の子を徹底的にガードしろ!」
 太田はそう言うと去って行ってしまった。

 太田と言い合った後、小島は一人吉田家の前に行った。外から伺ったその家は相変わらず暗く、雑然としていた。それがこの夫妻の悲しみの深さだ、言葉に出来ない悲しみや悔しさ、憎しみの大きさが小島には痛いほど判っていた。娘をあんな形で亡くしてさえいなかったら、この家もこれほど暗くはなっていなかっただろう。小島は理不尽に未来を奪われた娘とその両親の気持ちを思うと胸が痛かった。
 けれどもその両親は今、連続殺人事件の容疑者の一人になっていた。彼らがまた、自分と同じ悲しみを振りまいている可能性があった。もしそうならば、彼らを止めなければならない。
 復讐は決して心を晴らしてはくれない。同じ様な憎しみを振りまいていくだけなのだ。
人は悲しいけれどもそれを背負って生きていかなければならない。
 だから止めなければならない。
 どんなに彼等から恨まれたとしても。小島は心の中で強く決意して呼び鈴を鳴らした。
 一度、二度、三度、呼び鈴を鳴らしたが、中からは何の反応もない。気配を探ろうとするが感じられない。
〈留守なのか?〉
 小島がそう思って立ち去ろうとした時、一台の白い中古の軽自動車が家の前で停まった。中には吉田夫妻が乗っていた。
 よほど家計が厳しいのだろう、その車は十年以上前の型だった。
 小島は車に近づき、ルーフに右腕を載せる。
 真人が右側のガラスを下ろす。
「お出かけでしたか」
 小島は出来るだけ親しげに話しかける。
「ええ、家内の具合が良くなかったので病院まで」
 真人が怪訝そうに答える。
 隣の席を除きもむと美子が俯いているのが見える。確かに顔色が悪い。真人の側のドアが開く音を立てる。
「これは、気がつきませんで」
 小島は塞いでいたところから離れ、真人が降りるのを待った。真人は車を回り込み妻の恵子を降ろした。
 彼は妻の体を支えながら小島を見つめた。
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