踏みにじられた生命
第四章
使い魔
翌朝、恵は麻酔から覚めた美鈴を訪ねた。
朝食を終え、ベッドで起き上がっている美鈴を見て恵は回復が早いことに驚いた。きっと若いからなのだろう、自分ではこうはいかない。恵は美鈴の回復力を羨ましく思った。
ベッドの上の美鈴はこの見覚えのない女性が自分を訪ねてきたことに戸惑いを見せていた。彼女の懐に入らなければならないと思い、恵は微笑んでみせる。
「おはよう、目が覚めたのね」
それでも美鈴は戸惑っていた。だが、挨拶は返さなければならないだろう。
「おはよう御座います。ええと、どちらさまですか?」
この問いかけは無理もないだろう。何しろ恵が美鈴に会った時は彼女には意識がなかったのだから。
恵は警察手帳を見せると美鈴がこの病室にいるようになった経緯を話した。
「ところであなたは、何故あの場所にいたのかしら?」
恵の言葉に美鈴は覚えている限りのことを全て話した。
それは恵には信じられないことだった。昨日美鈴の母親、美里から『結界』という言葉を聞いた時も彼女には思えたのだが、美鈴の話した内容はそれ以上のことだった。
だが、恵は見えなかった犯行現場が霧の晴れたように現れたという経験をしていた。その現象を美鈴の言葉は見事に裏付けている。現実離れした話しだが、信じるしかないのだろうか、恵がそう考え始めた時、美鈴の身の回りの物を持って美里が姿を見せた。
〈意外と荷物が少ないな〉
美里の持ってきた荷物の量を見て恵は思った。
「どう?気分は…」
持ってきた荷物を解きなながら美里は言った。
「うん、かなり楽になったよ」
美鈴は応えた。
「どうせすぐに退院できるから、荷物は明後日までの分だけ持ってきたわ」
美里の言葉を恵は耳を疑った。いくら回復力があったとしても少なくとも一週間くらいはかかる傷の筈だった。それが明後日には退院できるなんてこれまで聞いたこともない。 一体この親子はどうなっているのだろう? 恵の表情に何か異質のものを見ているような表情が現れた。
「驚いたでしょう、娘の話…」
恵と美里はエレベーターホールに設けられた長椅子に座っていた。午前中の病棟は意外と人の動きが多い。食事の手配やベッドメイク、ゴミの回収など意外とやることが多いようだ。
そんな様子を見ながら、恵は美里の言葉に驚いていた。まるで先ほどの会話をどこかで聞いていたような口ぶりだったからだ。
「はい、正直言って信じられません」
恵は正直に感じたことを述べる。
美里はそれも見越していたのだろう、恵に対して微笑んで見せた。
この人には何も隠すことは出来ない。恵は背筋が寒くなっていくのを感じていた。
「でも、信じてもらうしかないの。私達はそういう世界と接しながら生きているから…」
美里は視線を反らして言った。その表情は横から見ても寂しそうに見えた。きっと誰にも信じてもらえないのだろう、恵はこの親子の孤独を感じていた。
「そうですね、それしかないですよね。でも上司にはどう報告すればいいのでしょう。こんな話、誰にも信じてもらえないでしょうから」
「そうね、そのまま報告は出来ないでしょうね、でもそれがあなたの仕事でしょう?」
美里は寂しそうに言った。
あの子は偶然、そこを通りかかった。
そう報告するしかないと恵は思った。
同じ頃、小島は美しが丘中学校の職員室で野本を待っていた。授業を行っている時間なのだろう、職員室の中には殆ど人がいなかった。だからじっと待っている小島にはお茶さえ振る舞われていなかった。
予定ではあと二十分ほど待てば授業は終わるだろう。休憩時間は五分だと聞いている。出来れば副担任の吉田恵子にも話を訊きたい。たぶんこの二人には彼らが受け持っている次の授業は自習にしてもらうしかない。
待っている時間は長い、こういうときに何か気を紛らわせる持っていればよいのに。小島はいつも思っていた。
授業の終わりを告げるチャイムが鳴る。
程なくして教員達が戻ってきた。小島は野本の姿を見つけると彼を捕まえた。
「野本先生、少しお時間をいただけませんですかね?」
刑事に声をかけられて野本はあからさまに迷惑そうな表情をした。
「いえ、次の授業がありますので」
「そう仰らないでください。確認したいことがあるのです。御協力ください」
野本はまだ抵抗しようとする。
「大事なことです…」
小島は言葉の感じとは裏腹に野本の目を睨みつける。もう抵抗は出来ない、野本は観念して教科書類を自分の机に置き掌を上に向けて溜息をついた。
「それでは屋上にでも行きますか」
野本は職員室の扉に向かい、小島もそれに続いた。扉を出る時、小島は視界の隅に恵子の姿を捕らえると振り向きざまに声をかけた。
「そうだ、吉田先生もご一緒に来てくれますか?」
恵子は溜息をついて彼に従った。
屋上には誰もいなかった。誰にも訊かせたくない話をするにはもってこいの環境だった。
「こういうところに出ると気持ちが良いですね」
小島はそれを仰いだ。だが、それほど快適だとはいえなかった。空が曇っていたからだ。
「どんなお話しですか?申し訳ないのですが、あまり時間もありませんので」
野本が不満を小島にぶつけてくる。
小島は二人の方を振り返った。
「先生方、何か隠していませんか?」
小島の言葉に二人は脅えた。一体この男は『あのこと』を何処まで知っているのだろうか…。
「今年の春、女子生徒が一人、首を吊って自殺していますね?」
野本と恵子が息を呑む。
「その子の名前は吉田沙保里。自殺の原因は虐めによるもの」
小島は二人を追い詰めていく。
「虐めていたのは三上、伊本、野川、飯田の四人の生徒。そのうちの三人が殺された」
小島は更に畳み込む。
「あなた方は虐めという事実を隠した。だが一連の事件はこの自殺が元になっている!」
小島は証拠品の三上の携帯電話をぶつけるように彼等に翳した。
そこにはあのメッセージが表示されていた。
『私は殺された。
だから、おまえを殺す。』
朝食を終え、ベッドで起き上がっている美鈴を見て恵は回復が早いことに驚いた。きっと若いからなのだろう、自分ではこうはいかない。恵は美鈴の回復力を羨ましく思った。
ベッドの上の美鈴はこの見覚えのない女性が自分を訪ねてきたことに戸惑いを見せていた。彼女の懐に入らなければならないと思い、恵は微笑んでみせる。
「おはよう、目が覚めたのね」
それでも美鈴は戸惑っていた。だが、挨拶は返さなければならないだろう。
「おはよう御座います。ええと、どちらさまですか?」
この問いかけは無理もないだろう。何しろ恵が美鈴に会った時は彼女には意識がなかったのだから。
恵は警察手帳を見せると美鈴がこの病室にいるようになった経緯を話した。
「ところであなたは、何故あの場所にいたのかしら?」
恵の言葉に美鈴は覚えている限りのことを全て話した。
それは恵には信じられないことだった。昨日美鈴の母親、美里から『結界』という言葉を聞いた時も彼女には思えたのだが、美鈴の話した内容はそれ以上のことだった。
だが、恵は見えなかった犯行現場が霧の晴れたように現れたという経験をしていた。その現象を美鈴の言葉は見事に裏付けている。現実離れした話しだが、信じるしかないのだろうか、恵がそう考え始めた時、美鈴の身の回りの物を持って美里が姿を見せた。
〈意外と荷物が少ないな〉
美里の持ってきた荷物の量を見て恵は思った。
「どう?気分は…」
持ってきた荷物を解きなながら美里は言った。
「うん、かなり楽になったよ」
美鈴は応えた。
「どうせすぐに退院できるから、荷物は明後日までの分だけ持ってきたわ」
美里の言葉を恵は耳を疑った。いくら回復力があったとしても少なくとも一週間くらいはかかる傷の筈だった。それが明後日には退院できるなんてこれまで聞いたこともない。 一体この親子はどうなっているのだろう? 恵の表情に何か異質のものを見ているような表情が現れた。
「驚いたでしょう、娘の話…」
恵と美里はエレベーターホールに設けられた長椅子に座っていた。午前中の病棟は意外と人の動きが多い。食事の手配やベッドメイク、ゴミの回収など意外とやることが多いようだ。
そんな様子を見ながら、恵は美里の言葉に驚いていた。まるで先ほどの会話をどこかで聞いていたような口ぶりだったからだ。
「はい、正直言って信じられません」
恵は正直に感じたことを述べる。
美里はそれも見越していたのだろう、恵に対して微笑んで見せた。
この人には何も隠すことは出来ない。恵は背筋が寒くなっていくのを感じていた。
「でも、信じてもらうしかないの。私達はそういう世界と接しながら生きているから…」
美里は視線を反らして言った。その表情は横から見ても寂しそうに見えた。きっと誰にも信じてもらえないのだろう、恵はこの親子の孤独を感じていた。
「そうですね、それしかないですよね。でも上司にはどう報告すればいいのでしょう。こんな話、誰にも信じてもらえないでしょうから」
「そうね、そのまま報告は出来ないでしょうね、でもそれがあなたの仕事でしょう?」
美里は寂しそうに言った。
あの子は偶然、そこを通りかかった。
そう報告するしかないと恵は思った。
同じ頃、小島は美しが丘中学校の職員室で野本を待っていた。授業を行っている時間なのだろう、職員室の中には殆ど人がいなかった。だからじっと待っている小島にはお茶さえ振る舞われていなかった。
予定ではあと二十分ほど待てば授業は終わるだろう。休憩時間は五分だと聞いている。出来れば副担任の吉田恵子にも話を訊きたい。たぶんこの二人には彼らが受け持っている次の授業は自習にしてもらうしかない。
待っている時間は長い、こういうときに何か気を紛らわせる持っていればよいのに。小島はいつも思っていた。
授業の終わりを告げるチャイムが鳴る。
程なくして教員達が戻ってきた。小島は野本の姿を見つけると彼を捕まえた。
「野本先生、少しお時間をいただけませんですかね?」
刑事に声をかけられて野本はあからさまに迷惑そうな表情をした。
「いえ、次の授業がありますので」
「そう仰らないでください。確認したいことがあるのです。御協力ください」
野本はまだ抵抗しようとする。
「大事なことです…」
小島は言葉の感じとは裏腹に野本の目を睨みつける。もう抵抗は出来ない、野本は観念して教科書類を自分の机に置き掌を上に向けて溜息をついた。
「それでは屋上にでも行きますか」
野本は職員室の扉に向かい、小島もそれに続いた。扉を出る時、小島は視界の隅に恵子の姿を捕らえると振り向きざまに声をかけた。
「そうだ、吉田先生もご一緒に来てくれますか?」
恵子は溜息をついて彼に従った。
屋上には誰もいなかった。誰にも訊かせたくない話をするにはもってこいの環境だった。
「こういうところに出ると気持ちが良いですね」
小島はそれを仰いだ。だが、それほど快適だとはいえなかった。空が曇っていたからだ。
「どんなお話しですか?申し訳ないのですが、あまり時間もありませんので」
野本が不満を小島にぶつけてくる。
小島は二人の方を振り返った。
「先生方、何か隠していませんか?」
小島の言葉に二人は脅えた。一体この男は『あのこと』を何処まで知っているのだろうか…。
「今年の春、女子生徒が一人、首を吊って自殺していますね?」
野本と恵子が息を呑む。
「その子の名前は吉田沙保里。自殺の原因は虐めによるもの」
小島は二人を追い詰めていく。
「虐めていたのは三上、伊本、野川、飯田の四人の生徒。そのうちの三人が殺された」
小島は更に畳み込む。
「あなた方は虐めという事実を隠した。だが一連の事件はこの自殺が元になっている!」
小島は証拠品の三上の携帯電話をぶつけるように彼等に翳した。
そこにはあのメッセージが表示されていた。
『私は殺された。
だから、おまえを殺す。』
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