踏みにじられた生命
第四章
奪還
佐枝からの知らせを受けた美里は、仕事を投げ出して通勤に使っている二五〇CCのバイクに飛び乗った。
スターターを起動してエンジンを目覚めさせようとする。しかし、エンジンはなかなかかからない。、美里は焦りながら何度も同じ動作を繰り返す。美里の気が焦りを告げる。
十回ほど同じ動作を行った時、エンジンが思い出したように起動する。
美里は二、三度スロットルを開いてエンジンの回転数を上げていく。バイクに取り付けられているタコメーターの針が何度もレッドゾーンに振れる。
美里はギヤをローに入れ、乱暴にクラッチをつないだ。
前輪を持ち上げてバイクが走り出す。
セカンド、サードとギアを切り替えて、美里はバイクの速度を上げていく。十秒もしなうちにギヤはトップに入った。
六十キロ程度の速さで走っている車の群れの中を左右に避けながらバイクは縫うように走っていく。
佐枝が待っている場所に着いたのはバイクが走り出して三十分ほど後のことだった。
ガードレールにもたれ掛かりしゃくり上げている佐枝の周りには数人の通行人が遠巻きに集まっていた。誰もが何が起こったか判らないようで不思議な顔をしていた。
美里はガードレールをもどかしく乗り越えると「どうしたの?」と佐枝に声をかけた。
「美鈴が、加瀬の奴に連れて行かれちゃったの」
しゃくり上げながら話す佐枝の言葉は興奮しているために要領を得なかった。
美里はまず佐枝を落ち着かせることが必要だと判断して、彼女の背中を擦りながら呼吸が治まっていくのを待った。
暫くして呼吸が治まってきた佐枝は美里に先ほどの経緯を筋道を立てて話した。
「それで、二人はどっちの方に行ったの?」
「それが判らないんです。美鈴が加瀬の奴に捕まった途端、二人とも消えてしまったんです」
佐枝は再び混乱し始める。
美里は再度、佐枝の気持ちを治めようとしたが、今度は時間をかけても彼女の興奮は治まらなかった。美里の気持ちは焦り始めていた。早く美鈴の後を追いたがったが、興奮している佐枝をこのままには出来ないし、美鈴がどちらの方向に浚われていったかも判らなかった。誰か手を貸してくれる人はいないかと辺りを見回すと小太りの中年女性が歩み寄ってくれた。
後は美鈴の後を追うだけだ。
美里がそう思った時、今まで倒れていた魔鈴が体を震わせながら起き上がり、美里の目をじっと見つめてきた。まるで美鈴が連れ去られてしまった方向が判るとでもいいたげなしっかりとした視線だった。
美里はこの使い魔に賭けてみようと思った。その決断を待っていたかのように魔鈴は道路に出ると走り始めた。
美里は歩み寄ってくれた女性に佐枝を任せると急いでバイクに跨がり、前を走る使い魔を追っていった。
ガムテープで両手、両足、口の自由を奪われ、美鈴は猛スピードで走る車の助手席に座らされていた。隣の運転席には、小太りで、ぼさぼさの長い髪に無精髭の男が目を血走らせて運転している。
その男は加瀬拓也だった。
加瀬は以前から少女を自分の手に入れたいと思っていた。けれども彼の小心さがそれを押しとどめていた。それが実行してみると案外うまくいってしまった。数人いた通行人は加瀬の犯行をまるで気づかないように容認していた。そうだ、彼等は面倒なことに巻き込まれたくないのだ。
もっと早くやってしまっても良かったのだ。加瀬は自分の小心さを呪っていた。
少女を自分の自由に出来、加瀬の心は浮き足立っていた。その反面、追跡者があるのではないかという不安が背後から迫ってくるような感じがした。
小刻みにギヤを入れ替えてアクセルを深く踏み込む。車はその指令に基づき加速していく。
速度が乗ってきた時、加瀬は自分の不安が杞憂に過ぎないものだと感じてきて、次第に落ち着きを取り戻してきた。細かく変動を繰り返してきた排気音が一定になっていく。加瀬はちらりと助手席の方に目をやった。
そこにはスカートが少しめくれ上がったため露出した清らかな太ももが覗いていた。触れてみたいという感情が突き上げ、加瀬は左手を太ももにのせ、撫で回した。
美鈴の背中に悪寒が走った。
魔鈴は疾風のごとく車の流れを交わしていく。その後を美里のバイクが追っていく。八十キロ近くスピードを出しているバイクに追いつかれることなく魔鈴は走り続けた。魔鈴の速度は落ちることがなかった。
魔鈴を見失いまいと美里は視線を道路に近い高さに固定していた。周囲を走り車などお構いなしに走った。
不意に左右を走っている車の速度が落ちてきていることに美里は気づいた。視線をあげると信号機が『赤』に替わっていた。
周囲の車が停まり始めていく。だが、魔鈴は停まることなく、交差点に飛び込んでいく。 美里は意を決したようにギヤを一段落とし、エンジンにトルクを与える。
タコメーターの針が一気にレッドゾーンに達する。エンジンの咆哮が辺りに響く。スロットルを一気に開く。
すぐさま美里はギヤを元に戻し再びスロットルを開ける。
バイクは前輪が浮かせながら交差点に飛び込んでいく。左右の車が挟み込むように走り出す。その流れを断つように美里のバイクが走り抜ける。
急ブレーキの音が幾つも左右から聞こえてくる。その場に止まれる車もあれば、流されていく車もある。
そして、車の接触する音があちこちで響き渡る。
スターターを起動してエンジンを目覚めさせようとする。しかし、エンジンはなかなかかからない。、美里は焦りながら何度も同じ動作を繰り返す。美里の気が焦りを告げる。
十回ほど同じ動作を行った時、エンジンが思い出したように起動する。
美里は二、三度スロットルを開いてエンジンの回転数を上げていく。バイクに取り付けられているタコメーターの針が何度もレッドゾーンに振れる。
美里はギヤをローに入れ、乱暴にクラッチをつないだ。
前輪を持ち上げてバイクが走り出す。
セカンド、サードとギアを切り替えて、美里はバイクの速度を上げていく。十秒もしなうちにギヤはトップに入った。
六十キロ程度の速さで走っている車の群れの中を左右に避けながらバイクは縫うように走っていく。
佐枝が待っている場所に着いたのはバイクが走り出して三十分ほど後のことだった。
ガードレールにもたれ掛かりしゃくり上げている佐枝の周りには数人の通行人が遠巻きに集まっていた。誰もが何が起こったか判らないようで不思議な顔をしていた。
美里はガードレールをもどかしく乗り越えると「どうしたの?」と佐枝に声をかけた。
「美鈴が、加瀬の奴に連れて行かれちゃったの」
しゃくり上げながら話す佐枝の言葉は興奮しているために要領を得なかった。
美里はまず佐枝を落ち着かせることが必要だと判断して、彼女の背中を擦りながら呼吸が治まっていくのを待った。
暫くして呼吸が治まってきた佐枝は美里に先ほどの経緯を筋道を立てて話した。
「それで、二人はどっちの方に行ったの?」
「それが判らないんです。美鈴が加瀬の奴に捕まった途端、二人とも消えてしまったんです」
佐枝は再び混乱し始める。
美里は再度、佐枝の気持ちを治めようとしたが、今度は時間をかけても彼女の興奮は治まらなかった。美里の気持ちは焦り始めていた。早く美鈴の後を追いたがったが、興奮している佐枝をこのままには出来ないし、美鈴がどちらの方向に浚われていったかも判らなかった。誰か手を貸してくれる人はいないかと辺りを見回すと小太りの中年女性が歩み寄ってくれた。
後は美鈴の後を追うだけだ。
美里がそう思った時、今まで倒れていた魔鈴が体を震わせながら起き上がり、美里の目をじっと見つめてきた。まるで美鈴が連れ去られてしまった方向が判るとでもいいたげなしっかりとした視線だった。
美里はこの使い魔に賭けてみようと思った。その決断を待っていたかのように魔鈴は道路に出ると走り始めた。
美里は歩み寄ってくれた女性に佐枝を任せると急いでバイクに跨がり、前を走る使い魔を追っていった。
ガムテープで両手、両足、口の自由を奪われ、美鈴は猛スピードで走る車の助手席に座らされていた。隣の運転席には、小太りで、ぼさぼさの長い髪に無精髭の男が目を血走らせて運転している。
その男は加瀬拓也だった。
加瀬は以前から少女を自分の手に入れたいと思っていた。けれども彼の小心さがそれを押しとどめていた。それが実行してみると案外うまくいってしまった。数人いた通行人は加瀬の犯行をまるで気づかないように容認していた。そうだ、彼等は面倒なことに巻き込まれたくないのだ。
もっと早くやってしまっても良かったのだ。加瀬は自分の小心さを呪っていた。
少女を自分の自由に出来、加瀬の心は浮き足立っていた。その反面、追跡者があるのではないかという不安が背後から迫ってくるような感じがした。
小刻みにギヤを入れ替えてアクセルを深く踏み込む。車はその指令に基づき加速していく。
速度が乗ってきた時、加瀬は自分の不安が杞憂に過ぎないものだと感じてきて、次第に落ち着きを取り戻してきた。細かく変動を繰り返してきた排気音が一定になっていく。加瀬はちらりと助手席の方に目をやった。
そこにはスカートが少しめくれ上がったため露出した清らかな太ももが覗いていた。触れてみたいという感情が突き上げ、加瀬は左手を太ももにのせ、撫で回した。
美鈴の背中に悪寒が走った。
魔鈴は疾風のごとく車の流れを交わしていく。その後を美里のバイクが追っていく。八十キロ近くスピードを出しているバイクに追いつかれることなく魔鈴は走り続けた。魔鈴の速度は落ちることがなかった。
魔鈴を見失いまいと美里は視線を道路に近い高さに固定していた。周囲を走り車などお構いなしに走った。
不意に左右を走っている車の速度が落ちてきていることに美里は気づいた。視線をあげると信号機が『赤』に替わっていた。
周囲の車が停まり始めていく。だが、魔鈴は停まることなく、交差点に飛び込んでいく。 美里は意を決したようにギヤを一段落とし、エンジンにトルクを与える。
タコメーターの針が一気にレッドゾーンに達する。エンジンの咆哮が辺りに響く。スロットルを一気に開く。
すぐさま美里はギヤを元に戻し再びスロットルを開ける。
バイクは前輪が浮かせながら交差点に飛び込んでいく。左右の車が挟み込むように走り出す。その流れを断つように美里のバイクが走り抜ける。
急ブレーキの音が幾つも左右から聞こえてくる。その場に止まれる車もあれば、流されていく車もある。
そして、車の接触する音があちこちで響き渡る。
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