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踏みにじられた生命

第一章
初動捜査

 四人が教室を出て行ったあと、後ろの席の佐枝がまた美鈴の肩を叩いた。どうやらこの状況に何かを感じ取ったらしい。
「ねえ、おかしくない?」
 美鈴が振り向くと佐枝が赤いフレームの眼鏡を吊り来あげていた。
「何が?」
 美鈴のショートカットの髪が揺れる。彼女は佐枝の感じていることが判らなかった。
「だって二時限も続けて自習だよ。それに何故あの三人を連れて行ったの?」
「さぁ、私に判るわけないじゃない」
 美鈴はそう言って空いた三人の席を見た。そして今日はまだ来ていない三上響子の席を見た。相変わらず影はその傍らにあった。
「こぉら、自習中は静かにしていなくちゃいけないんだぞ」
 不意に声をかけられ、二人は振り向いた。そこには榊啓介と杉山義男の姿があった。四人は小学校以来の友人であった。四人はいつも一緒にいて、一緒に遊んでいた。けれども小学校五年くらいからだろうか、いつの間にか男子と女子は距離を置くようになって来た。
お互いを異性として意識し始めたのだろう。だが、中学生になって再び距離は近づいてきた。互いを異性として意識しながらも…。
「なによ、あんた達こそ席に戻りなさいよ」
 佐枝がきつい目で二人を睨みつけた。
「そういえば、三上の奴がまだ来ていないな」
 啓介の声に義男と佐枝が響子の席の方に向く。
「あいつが授業をフケルことは今日に限ったことじゃないぜ」
 確かに義男の言うとおり三上響子が遅刻したり、早退することは珍しくなかった。けれども今日は違っていたことを四人はまだ知らなかった。

野本が三人を連れて校長室に戻ってきたのは、出て行って五分くらい経った頃だった。野本が連れてきたのは、伊本彩花、野川明美、飯田美佳といった。彼女たちは、自分が何故連れてこられたのか疑問に思い、自分達が学校に隠していることがバレてしまったのか不安に思い、顔を下に向けていた。
 小島は彼女達に事実を直接ぶつけてみることにした。
「三上響子さんって、君達の友達だよね?」
 三人は黙って頷いた。
「彼女、殺されたよ」
 途端に三人の表情が変わり、互いの顔を見つめ合った。恵の眉が少し上がった。何もいきなり本題に触れなくても、そう言っているように小島には見えた。けれども、小島はそれを無視した。
「彼女、昨夜は何をしていたか知っている人はいないかな?」
 恵が意識して優しい声で言った。
 三人はまだ顔を伏せたままだった。
 しかし、いつまでも言わないことも出来ないと思ったのか、明美が重い口を開き始めた。「昨夜は四人で駅前のカラオケに行ったよ」「そのカラオケ店って、何処?」
 恵の質問に彩花が店名を応えた。小島と恵はその店名をメモした。
「何時頃まで居たんだい?」
 今度は小島が尋ねた。
「八時くらいかな?」
 美佳が答える。
 そのやりとりの間、小島は三人の様子を伺っていた。三人はどこかおどおどしているように彼には見えた。この子達は何かを隠している、小島の鋭い目がそう告げていた。けれども三人の少女達はそれに気づいてはいなかった。相変わらず彼女達は俯いている。
 小島は鑑識の岸田健二の言った死亡推定時間を思い出していた。詳しく調べてみないと判らないが、昨夜の八時から十時の間だと言っていた。美佳の言っていたことは辻褄が合う。
「その後響子さんはどうしたか知っている?」
 今度は恵が彼女達に訊ねた。
「さぁ、家に帰ったんじゃない?店を出てから私達バラバラになったから」
 明美が答えた。

誰もいない校庭を小島と恵はゆっくりと歩いていた。遠くから校内放送の音が聞こえる。その音が途切れた時、校舎内からざわめきが聞こえてきた。恐らく昨夜のことをこれから生徒達に説明されるのだろうと二人は思った。
 今日は珍しく日差しが強い。容赦なく二人に降りかかる。小島は堪りかねてネクタイを緩める、恵もハンカチで拭きだしてくる額の汗を拭っている。
「嬢ちゃんはどう感じた?あの子達の言ってこと」
「少なくとも、余り真面目な生徒達ではないみたいですね。親や学校の目を盗んで遊んでいるようですから」
 そう言ったとき、恵は突然、小島の行く手を遮るように立ちはだかり両手を腰にあてて鋭い目付きで小島を睨みつけた。
「小島さん、その『嬢ちゃん』っていうのはやめてくれませんか?」
 小島は呆気にとられて恵を見つめた。
「私だって、もう三十近いんですから」
 恵の声が段々小さくなる。
 小島は溜息をついてそれに応える。
「そりゃあなぁ、嬢ちゃんは今は俺と階級は一緒だが、すぐに上になってしまう、そして県警に行っちまう」
 小島は恵の鋭い視線をそらし、彼女の脇をすり抜ける時に上を見て言い切った。
「でも、俺にとっては『嬢ちゃん』は『嬢ちゃん』なんだ」
 小島は恵の肩を叩く、恵は溜息をついて彼に続いた。
 遠くでマイクを通した校長の声が聞こえてきた。
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