胸肩神社

胸肩神社
所在 青森市小橋字田川62   〈 後潟地区 〉
 胸肩神社の草創は貞享4年(1687)以前。御祭神は、多紀理姫命、市杵島比売命、多妓都姫命(宗像三女神)。注連縄(しめなわ)は毎年奉納していて、境内に鳥居付きの石塔群があります。
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胸肩神社
胸肩神社

御祭神
多紀理姫命 たきりひめのみこと
・航海安全、交通安全、金運、縁結び
多妓都姫命 たぎつひめのみこと
・海の神、水の神、道の神、財福の神、芸能の神
市杵島比売命 いちきしまひめのみこと(宗像三女神)
・水の神、海の神、航海の安全、豊漁、商売繁盛、芸能上達
 
祭日
5年に一度、宵宮。 

草創年等
創建不詳。貞享4年(1687)以前。明治6年村中五穀成就のため再建。
 
史料による当時の神社名と広さ
1966年胸肩神社:奥行25間、間口6間、1855年:不明、1687年熊野堂:奥行3間、間口1間 (参考資料:津軽の神社1000社一覧、貞享4年御検地水帳)

由緒
熊野堂が明治初年の神仏分離によって胸肩神社に改称された。明治6年に伊沢の稲荷神社に合祭廃社、後に復社。同11年7月社名を胸肩神社として存在の上、衆庶民の参拝が許可された。
 
見どころ
末社・祠・石塔等 鳥居付きの石塔群。馬頭観世音、安政4年(1857)銘の猿田彦大神碑。鳥居の大注連縄
 
備考
胸肩神社の草創期の名称が「稲荷宮」と「熊野堂」という相反する資料がある。貞享4年御検地水帳には、稲荷社が2つと熊野堂がある。「後潟の歴史」によると、片方の稲荷社は明治6年に伊沢稲荷に合祀されたとあることから胸肩神社の以前の神社は熊野堂とした。
 
アプローチ
胸肩神社は、街縁にある。
国道280号(旧道)を油川を過ぎて北に向かう。県道2号線交差 点に青森市立北中学校の標識がある。それを過ぎて、前方道の右側に「左堰駅」の標識あり。進むと左側前方に消防の鉄製櫓が見え、「中央市民センター小橋分 館」がある。その先の右手に「今鉄工所」の看板が見える。そのあたりの道路右手にロードミラーが立っている。そこを左折する。進むと胸肩神社の鳥居が右手 にあり、右折し鳥居をくぐり道なりに進むと神社がある。胸肩神社mapへリンク
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鳥居、社号標

鳥居 胸肩神社
鳥居 両部鳥居

大注連縄 胸肩神社
大注連縄

鳥居 胸肩神社
鳥居 明神鳥居
 

狛犬、馬碑、灯籠

狛犬 胸肩神社
狛犬 阿(あ)形

狛犬 胸肩神社
狛犬 吽(ん)形

灯籠 胸肩神社
灯籠
 

石塔、石碑

鳥居付きの石塔群 胸肩神社
鳥居付きの石塔群

石塔群 胸肩神社
石塔群

観世音 胸肩神社
観世音

馬頭観音 胸肩神社
馬頭観音

猿田彦大神碑 胸肩神社
猿田彦大神碑
 

神額・彫刻・樹木

神額 胸肩神社
拝殿の神額

池 胸肩神社

ツカ 胸肩神社
ツカ

ツカ 胸肩神社
ツカ
 

祭壇・神額・由来

拝殿内部 胸肩神社
拝殿内部
 

プロフィール

このサイトは
 青森市北部市民センターの「地域マップづくり」の講座受講生と応援隊で、取材した場所や調べたことをまとめました。
 西田沢・奥内・後潟の地域の魅力が伝われば幸いです。
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