心光寺

心光寺
所在 青森市左堰字野田32−1   〈 後潟地区 〉
 心光寺の宗派は、浄土宗で油川の浄満寺末庵です。御本尊は阿弥陀如来、観音菩薩、勢至菩薩。草創年は、宝歴4年(1754)道心の開庵。青(誓)龍庵とも言われていました。寺号は誓龍山。写真をクリックすると、大きな写真にリンク!
心光寺
心光寺

 
宗派
浄土宗(浄満寺末)
 
本尊
阿弥陀如来、観音菩薩、勢至菩薩
 
草創年等
宝歴4年(1754)開庵 道心。青(誓)龍庵とも言われていた。

境内の広さ
144坪

沿革
本堂は昭和31年に、総代の工藤忠男氏が私財を投げ売って新築したもの。

由緒
宝暦4年(1754)百姓五右衛門が油川町の浄土宗の浄満寺の末庵、誓龍庵として開いたもの。昭和27年頃に寺号を誓龍山心光寺と改称した。
アプローチ
心光寺は、街中にある。
国道280号(旧道)を油川を過ぎて北に向かう。道路右側の奥内小学校を過ぎると県道2号線交差点に青森市立北中学校の標識がある。それを過ぎて内真部川を渡る。左堰地区に入り、右手に工藤秀製材所、その先の左手に「左 堰集会所・心光寺」の看板がある。その道を進むと正面に白い建物「心光寺」が見える。心光寺mapへリンク
→ Google map へ リンク
 
寺号標 心光寺 
寺号標

本堂内部 心光寺
本堂内部

心光寺縁起
心光寺縁起
 

心光寺 縁起

原(たずね)るに當山(とうざん)は宝歴四年専修念仏能(の)行者百姓五右門叔父道心の開基(油川浄満寺依古書)にして、今を去る事弐百六年なり。その後嘉永三年八月草庵を開築せるも百有余年経たる現在、腐朽甚しく(はなはだしく)雨露を凌(しの)ぐ計(ばか)りの状態なり。
小衲(しょうのう)住職となるに及び幾度か増改築を志ざせども、機運熟せず不徳の至りと悲歎(ひたん)に哭(な)きつつありしに、戦争は無条件降伏となり五浊(ごじょく)の世相と化せり
然るに昭和廿六年宗教法人法の施行となり昇格して心光寺と稱(しょう)するに至れり。
時冾(あたか)も暁天の星の如く、特志者工藤忠雄氏は一寺一山能(の)風格と人心教化の道場として起立塔像の善薩行を発願せり、用材を営林署に求め、単身深山風雪幽谷降雨を冐(おか)し杣夫(そまふ)を督励し或いは浄財勧等幾多の障害を克服して昭和三十年拾一月本堂壱棟建立し寄進するに至れり。
往孤ならず信徒亦庫裡の新築を遂行し様相を備えるに至れり。

昭和三十三年拾二月吉日

心光寺第壱世 心蓮社光誉智山代
責任総代 高橋善一郎
  総代 藤田喜美太郎
  総代 長浜金次郎

プロフィール

このサイトは
 青森市北部市民センターの「地域マップづくり」の講座受講生と応援隊で、取材した場所や調べたことをまとめました。
 西田沢・奥内・後潟の地域の魅力が伝われば幸いです。
QRコード
携帯用QRコード
アクセス数
ページビュー数