平安時代の製塩跡、奥内埋蔵銭

青森市西田沢・奥内・後潟地区には安藤氏に関連のある遺跡以外にもある遺跡について紹介します。(このサイトでは、古代~中世の遺跡を紹介しています)

contents 
〈 A 〉平安時代の製塩遺跡
〈 B 〉奥内出土銭
〈 C 〉※ 写真アルバム
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平安時代の製塩遺跡

製塩遺跡のある水田
製塩遺跡のある水田 水田を約20cm掘り下げたところから見つかった

NTT東日本奥内交換所
NTT東日本奥内交換所 この裏手の水田から発掘された。ここから先は、車ではムリですから、徒歩で。

 平安時代の製塩遺跡は「内真部(9)遺跡」と称されています。
 所在地は青森市内真部字岸田。旧国道280号を北上し、「大山祇神社の社号標」を過ぎてからある「NTT東日本奥内交換所」付近の裏手、鉄道線路との間の水田のようです。アプローチは大山祇神社から確認してください。

 平成11年(1999)に青森市教育委員会が発掘調査を実施した結果、現在の水田を20cmほど掘り下げた位置から、大量の白砂式土器や土製支脚の集中する範囲が2か所検出されました。 両方とも遺物に混じって炭水化物、焼土粒、焼けた石などが確認できたことから、炉は発見されていないものの、製塩炉の操業に伴う廃棄物の集積場所と考えられ、出土土器によって9世紀後半~10世紀前半とみられています。
 

奥内出土銭

 青森市で最も多く埋蔵銭が出土している例は、奥内出土銭です。このサイトでも紹介している「三社宮」付近の水田から、見つかりました。
 かめに入って「さし」の状態で出土したとされ、至大通宝を最新とする一万四三二枚が現存します。(※さし=穴の開いた銭貨をひもでひとくくりにした単位) 銭の種類のほとんどは中国で作られたものですが、五銖(後漢AD24年)から至大通宝(元1310年)までの57種類の銭種があり、北宗銭の皇宋通宝や元豊通宝が多くみられ、日本で初めて作られた貨幣「和銅開珎」、3番目に作られた「神功開宝」が見つかっています。
 このような土の中から掘り出された銭貨は「埋蔵銭」「埋納銭」「備蓄銭」などと呼ばれます。埋めた意図については、戦乱などから自分の財産を守るための「隠匿説」や「へそくり説」などといった考え方とともに、出土状況の考察から屋敷以外の場所、特に水田などから出土するため、土地の神様に奉納する「神仏奉納説」もあるということです。
 

プロフィール

このサイトは
 青森市北部市民センターの「地域マップづくり」の講座受講生と応援隊で、取材した場所や調べたことをまとめました。
 西田沢・奥内・後潟の地域の魅力が伝われば幸いです。
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